Afterglow〜Episode of Another〜 作:ある@誠心誠意執筆中
つい先日、うちの地元でもコロナウイルスによる死者が出ました。まだニュースには反映されていないみたいですが、この脅威を一刻も早く世に知らせてほしいところです。皆さん、お互いに気をつけましょう。
それでは本編、どうぞ。
──なぜ、あんなことをした。
「クソ......っ」
──なぜ、抑えられなかった。
「クソ......クソ、クソ......っ!!」
──なぜ......なぜ......なぜ、なぜ、なぜ......
────なぜにッッ!!!!
「......ぐ、ぅ」
壁に頭を打ち付け続けていたせいか途端に視界がくらみだした。朦朧とする意識のなか、俺はなすすべもなく地面にへたり込んだ。
ここは自室。なんの変哲もない俺だけの空間。残響となった耳鳴りさえ消えてくれれば、紛れもない静寂となる俺の唯一無二の場所のなかのひとつ。
そんな安心できる環境にいるにもかかわらず、俺の心は未だに荒みに荒んでいた。
震える両腕を見つめる。この震えはほかでもない、自らが犯した大罪への恐怖心によるものだった。
この両腕が、あの心優しき親友に危害を加えたのだ。
「うっ......おぇ......」
忌まわしい現実に本日何度目かも忘れてしまった吐き気を催す。でもそれは今は大して重要ではない。俺の体調なんてどうだっていい。
無気力にベッドに体を放り投げたのと同時に、ポケットの中で温められ続けていた携帯が震えた。取り出した携帯の電源を付けると、画面にいの一番に出てきたのはチャットの通知だった。
......つぐちゃんからのものだった。
『流誠くん、大丈夫?』
「......」
“大丈夫?”。その一言にどんな意味が込められているのかを想像することなど、今の俺にはあまりにも恐ろしすぎた。
覚束ない指先で順番に文字を打っていく。果たしてこんな俺に発言権があるのかなどの不安がよぎったが、せめてつぐちゃんを安心させるためとおこがましくも自己解釈し、俺は苦虫を噛む思いでメッセージを送信した。
『うん。大丈夫だよ』、と。
「はっ......何がだよ」
ピコンという音とともにチャット内に表示された自分の道化染みたメッセージに愚痴を垂れる。
こういう時の大丈夫は、実際にはそうでないことが多い。しかしつぐちゃんはそんなおべっかを真に受けたのか『そう?わかった』と気の利いた返事とともにゆるみにゆるんだキャラクターのスタンプを送ってきてくれた。対して俺は、そんな純粋さを踏みにじった己の狡猾さを酷く呪った。
腕で目を覆ってからしばらくして、また通知が届いた。同じくつぐちゃんからだった。
『改めてあの時はごめんね......自分勝手だったよね。流誠くんはいらないって言ってるのに、無理にご飯を食べさせようとして......』
「つぐちゃん......」
『つぐちゃんは謝らないでよ。どんな理由でも暴力を振るうのはいけないだろ』
『それでも私もちょっと横暴すぎたから。そのせいで流誠くんも怒ったんでしょ?だから謝らせて』
「......」
俺は横暴という単語に対し、不覚にも肯定よりの意を思い浮かべてしまった。それはあの時の謎の衝動に駆られた自分を思い出したからだった。
徐々に近づいてくるつぐちゃんと箸でつかまれた食材。それは朝食もろくにとってなかった俺にとっては、口から手が出るほどに欲していたはずのものだった。それでも俺が頑なに顔を背けて食べようとしなかったのは、あの“違和感”を味わいたくなかったことはもちろん、それによって引き起こされる嘔吐をみんなの前でしたくなかったからである。
......“あんな感情”が沸き上がることまでは予想していなかったが。
「───ぅ」
腹が疼く。あの香りを......業の果て、血の底まで堕落させるに足りるあの甘い香りに秘められているであろう美味を、もっと近くで、そしてより細部まで味わいたいと────。
......そう。俺は初めて、人のことを『捕食対象』と認識してしまった。
つぐちゃんのことを、ただの『餌』としか見ることができなかった────......
(もう、ダメだ......想像するだけで......)
食欲というのは恐ろしいもので、気を抜けば口の端からよだれの氾濫が起こりそうなくらいだった。原因はわからず、わかりたくもなかったが、あの時は......いや、今でも俺はつぐちゃんを欲している。
抑えなきゃ......ああ、でも、食べたい。あの甘い『食べ物』を、貪って、吸い尽くして、それで......
あぁあ、つぐちゃん......いやダメだ......でも腹空『食べたい』いてるし......それな『食べたい』ら他のもので代用し『食べたい』て......いやでも気持ち悪くなるのも嫌だし、それでも友達を『食べたい』、ましてや親友を食べる『食べたい』なんてそんなありえないし、したくないし聞き『食べたい』たくないし考えたくもいやでもそれでも俺は俺は『食べたい』嫌だんああ嫌だダメ『食べたい』だダメダメだ駄『食べたい』だから『食べたい』ヤメろよ『食べたい』せそんなことあぁああぁぁああああああああああ『食べたい』ああああ『食べたい』ああ『食べたい』あ『食べたい』食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべたたたたたたたたたたたたたたタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタあああああああああああああああああああああああああああああ───────────────────
────ぶつん。
「......ッ!?」
突然頬を襲った刺激に思わず体を跳ねさせる。辺りを見回し原因を探ってみると、携帯が断続的に震えていることに気がついた。
そういえばまだチャットを開いたままだった。
『おーい、流誠くん?』
既読スルーに見兼ねたのか、『つぐちゃん』が俺の名前を呼ぶ。
......今日はこのへんにしておこう。これ以上『つぐちゃん』と話していたら、俺は────。
『ごめん......気分悪くなって返信できてなかった。今日はもう休ませてくれないかな』
『そうだったんだね。こちらこそごめんね!気づいてあげられなくて』
『いいよべつに。それじゃあまた明日ね』
『うん!また明日。お大事にね』
『ありがとう』
お礼も言って話を切り上げたところで、俺は逃げるように携帯の電源を切った。再び訪れた静寂のなか、俺の耳には耳鳴りのほかに絶え間なく躍動する鼓動の音が加わっていた。
これではまるで獣だ。広大な野生の地で食に飢え、野を駆ける獲物をひとたび見かけたら牙を剥き、追いついたあとその四肢を抑えつけ、本能の赴くままに血肉を貪る───。今の俺ならそんな獣に平気でなることができる気がしてならなかった。
「......ぅぐ、あぅ......んぐ」
苦し紛れに自分の手を噛んでみる。意外と歯が鋭かったのか、試しに少し力を入れて噛んだだけなのにその跡からは血が次々と滲み出てきた。もしかしてと思って舐めてみたが、あのお馴染みの鉄の味はもちろんしなかった。
でも......
それでも、『つぐちゃん』の血なら、きっと───......
「────」
俺はただひたすらに、すでに唾液で血の止まった傷口を舐め続けた。
小汚い粘着音に、あの甘美を馳せながら。
▼
「でもやっぱり......」
「まあそうなるよなぁ、うーん......」
「みんなお待たせ!」
弁当箱片手に屋上の扉を開け放つと、何やらみんな真剣な表情をして携帯と睨みあっていた。
「つぐ!また生徒会?」
「うん、さっきは何も言わずに急いで行ってごめんね。ところでみんな、何見てるの?」
ひまりちゃんがこちらを向いたついでにこの異様な光景の実態について質問をした。その答えは代わりに巴ちゃんから告げられた。
「流誠が味を感じない原因を探ってたんだ。でもこれがイマイチわかんなくてさー......」
「そうだったんだね......」
眉を潜めて凝視していたのは、流誠くんの味覚障害について調べ込んでいたかららしい。
しかし見たところその結果はあまり芳しくないようだ。
「一時的な味覚障害もあるんだけど、それは絶対にないと思うんだよね」
「せいくん、ここ最近ずーっとお休みしてるもんねー」
「......」
モカちゃんの発言に少し胸が苦しくなった。
確かに流誠くんの姿は今日もどこにも見当たらずにいる。そしてこの状態が続いてはや一週間が経とうとしているという事実に、私は恐れ多い事態を脳裏に掠めた。
「もしかして、私達が思ってる以上にもっと酷い症状なんじゃないかな......」
「えっ!?いやでも、そんな......」
「昨日グループでも『病院行ったけど特に問題はなかった』って流誠言ってたじゃん」
私たちの心配に気兼ねしたのか、昨日流誠くんから自発的にそう発言された。体調のことも考えてグループでのやり取りは一時的に控えることにしていたのだが、逆に彼も私達に心配をかけまいと思ってくれていたのだろう。
だからこそ疑うのだ。メッセージの真偽はともかく、流誠くんが『そういう人』だということはすでにわかっているから。
「でもそれが本当かどうかはわからないでしょ?ああは言っても、私たちを心配させないようにするためのウソなのかもしれないし」
「つぐが疑うなんて珍しいな。でも言われてみれば確かに......」
「うんうん。確かに流誠ならありえるかも」
流誠くんへの疑心は皆同じみたいだった。しかし、疑ったところで何も始まりはしない。未だに流誠くんの容体の真相は不確かなままだ。
メッセージを送れるようになったくらいには気分は落ち着いているようだし、メッセージで聞き出そうと思えばできないこともない。かといって面と面で向き合って話しているわけでもないので表情を読み取ることはできない。読み取れるのは、電子記号に組み変えられた無表情な文字の数々だけだ。
......百聞は一見に如かず。
今日の古典の授業で原典を学んだあのことわざが、ふと私の脳内に思い浮かび上がった。
「......私、行ってみる!」
「え?行ってみる、って?」
「もちろん孤児院......流誠くんちだよ!」
すっくと立ち上がりはっきりと宣言する。しかしそれを聞いたみんなは、表情をさらに曇らせた。
「えぇ!?でもつぐ、また襲われるかもしれないよ?」
「そうだよ!アイツの目、本気だったの覚えてるだろ!?理由はどうあれ危ないって!」
確かにひまりちゃんや巴ちゃんの言う通りだ。あの時───流誠くんが私を押し倒してきた時、彼の顔は酷く歪んでいた。ぎらりとした目は食に飢え、普段あまり見せない口から覗く鋭い犬歯はもはや凶器そのものだった。
あの時の流誠くんはまさに獣そのものだった。巴ちゃんと蘭ちゃんが流誠くんを取り押さえてくれていなければ、私は喉元をやられていたかもしれない。そのくらいの怒気を彼から感じることができた。
でも、そんな流誠くんの顔に浮かんでいたのは獲物に対する殺意だけじゃなかったのも事実だ。
......流誠くんはきっと今も怯えている。
「でも行きたいの。私だからこそできることもあるんじゃないかなって────」
そう、私だからこそできること。
それはきっと、抱きとめるにしろ砕けるにしろ、真正面から当たってやること。
「そう思ったから」
「「「「......」」」」
「どうかな......やっぱりダメかな?」
場に沈黙が走る。そこに最初に一声を投じたのは、意外にも意外なあの子だった。
「......せいくんは」
「え?」
ぽつりと聞こえた声の方へと振り返ると、そこにはモカちゃんがいつもの悠然とした顔立ちで考え込むように腕を組んでいた。
「せいくんは、つぐを見てからさらに状態が悪くなってたような気がするんだ。だから、つぐ本人が直接行って原因探るっていうのもアリなんじゃないかなー?」
「モカ!だからそれは......」
「そう、つぐが襲われるかもしれない。だから────」
モカちゃんは言い留まるのと同時に、人さし指をピンと立ててこう続けた。
「......みんなでいけば、何も怖くないよね?」
「「「「あ......」」」」
「おや〜?もしかしてみんな気づいてなかったのー?こんな簡単なことなのにー」
モカちゃんの言う通りだった。確かに被害者である私が単独で行くよりもみんなでお見舞いに行ったほうが安心だし、何より流誠くんも喜んでくれることだろう。
しかし......
「でも、みんなを巻き込むわけにはいかないよ。モカちゃんが言った通り、原因は私にあるかもなんだし」
モカちゃんに言われて確信したことなのだが、実際に襲われた時、確かに流誠くんは私を間近で見るや否や別人のように豹変していたように見えた。その可能性がある以上、この一連の事件を私事ではないと言い切ることはできない。私はみんなをその巻き添いにはしたくなかった。
その旨を伝えた。そして、返ってきた答えはこうだった。
「ダメ」
「え......で、でも」
ダメと言い切る蘭ちゃんに不安の眼差しを向ける。すると次は、ともちゃんからこう告げられた。
「アタシら一人ひとりの悩みはみんなの悩みだ。一人で背負い込もうとするなっていつも言ってるだろ?」
「蘭はその辛さ、よく知ってるもんねー?」
「あの時は悪かったって......────だからほら、つぐみ」
蘭ちゃんがそっと恥ずかしそうに手を差し伸べる。それに続くように、他のみんなも私に温かい眼差しを向けてきた。
「あたしらも一緒に行くよ。何があってもつぐみを守ったげる」
「蘭ちゃん......みんなも......!」
「ぷっ......守ったげるって、なんか流誠が悪者みたい」
「いや悪者でしょ!つぐみを襲ったんだから!流誠にはちゃんと謝ってもらわないと気が済まないし」
「蘭、お父さんみたーい」
「うるさいモカ!」
「あはははは!!」
巴ちゃんの高らかな笑い声に連なるようにみんなの笑い声も屋上にこだましていく。それを聞いていると、なんだかなんとかなるような気がしてならなかった。
正直、あの時の恐怖は未だに私の心の奥底にこべりついている。それでも大切な幼なじみが困っていたら見過ごせるわけがない。流誠くんだって今もきっと苦しんでいることだろう。なら、あとはやるしかない。
......待っててね流誠くん。私たちが必ず、助けてあげるから。
そんな決意を、私は微笑みの内で強く固めた。
▼
「久しぶりだな、孤児院来るの」
「何度見てもデッカいね......ほんとここの家主の先生って何者なんだろ」
「ほら、早く行くよ」
絢爛豪華な孤児院に見惚れていると、蘭ちゃんからの呼びかけに目が覚めた。それから私はハッとしながらも、先々行く蘭ちゃんの背中を必死に追いかけた。
「インターホン......インターホンは......」
「ここだねー」
「あ、ありがとモカ。さすが流誠の彼女なだけあるね」
「いうてここ、あの時から行ったことなかったんだけどねー」
モカちゃんの助けもあって、広大な入り口のエリアから無事小さなインターホンを見つけることができた。
蘭ちゃんはおほんと咳こむと、震える指先でインターホンのボタンを押した。
「蘭、緊張してる?」
「ちょっとひまり、黙ってて!もうボタン押したんだし!」
「人来る前にからかえるところまでからかっとこー」
「あのねぇ......!」
「ま、まあまあ落ち着いて......」
蘭ちゃんが緊張していたのかは私も気になるところだが、今はそれどころではない。私は一触即発しかけた蘭ちゃんたちを制止し、みんなとインターホンからの返事を待った。
......しかし、いつまで経っても返事は返ってこなかった。
「あれ?留守なのかな......」
浮上してきた不在の可能性に、私は家の周囲へと視線を振りまいた。
孤児院の壁の側、木陰、駐車場......様々な所へと目を凝らした結果、孤児院には誰もいないことが発覚した。
「自転車も自動車もない......やっぱり誰もいないみたい」
「っ......待て!じゃあ流誠は......?」
巴ちゃんの言葉に、私や他のみんなはハッとした。流誠くんは今ごろ体調不良で寝込んでいるはずなのに、本来ならあるはずの彼の自転車も見当たらなかった。であれば、あるいは......
「どうだろう......病院行ったとかかな」
「あれほど無理するなって言ったのに......」
「でも玄関は開いてるみたいだよー?」
ふと聞こえてきた声にまさかと俯かせた顔を上げてみると、モカちゃんが玄関の扉をゆっくりと開け始めていた。
「ちょっとモカ!!不法侵入だよ!?」
「モカちゃん彼女ですし問題ないっしょー。それに開いてたら気になるしー」
「絶対そっちが本心でしょ!?って、行っちゃった......」
モカちゃんはひまりちゃんの呼びかけを擦り抜けて孤児院の中へと足を踏み入れていった。
「あーあ......どうする?ついてく?」
「うん、ていうか呼び戻さなきゃ」
さすがに法に触れることをするのはまずいので、大事に至る前に私たちもモカちゃんを外に連れ戻すべく孤児院の中へと入っていった。
扉を越えた先には、あいも変わらず豪勢な内装が私たちを待ち構えていた。外も中もこんなものだから、いくら親友の家とはいえ慣れるには相当時間を要するだろうな。
と、そんな呑気なこと考えている暇は......
「あれ?モカちゃん?」
モカちゃんを探すために靴を脱ごうとしていると、ターゲットであるモカちゃんは目の前にある玄関先のカーペットの上で茫然と立ち尽くしていた。
......と、ここで私は靴を脱ごうとする途中で、不可思議な点に気づいた。
誰もいない孤児院。流誠くんも含めて、全員外出中のはず。
なのになぜ、モカちゃん以外の外向きの靴が揃えて置かれてあるのだろうか。
......なぜいつも見る流誠くんのスニーカーが、“今”ここにあるのだろうか。
「え......え......?」
モカちゃんについてか流誠くんのスニーカーについてか、どちらの不自然さを先に言及しようか言い悩む。そんな私の嗚咽を遮って、モカちゃんが私たちにこう問いかけてきた。
「────ねえ。これ、何」
「“これ”?」
モカちゃんの声がやけに重々しく感じられ、その一瞬で場の空気が一変したのが嫌でもわかった。
「これって言われてもどれだかわかんないんたけど......」
「......モカ、何を見つけたんだ?」
ひまりちゃんと巴ちゃんに何事か伝えようとしたのか、モカちゃんは自分の足元へと静かに指さした。
その微かに震えている指から伸びる先へと視線を辿る。やがて視線は、モカちゃんからほんの少し前にある床へと着地した。
────斑点模様の血痕の染みついた床へと。
「ひ......ッ!な、何これ......!」
「これは......血なのか?」
「すごい量......」
血なんて指を切った時とかにしか見たことがない。それも少量だ。しかし、ここまで大量の血を実際に見るのは生まれて初めてだった。
あまりの異様な光景に吐き気を催す。そんなうつろな意識のなか、血痕はリビングのほうへと伸びていることがわかった。
「この血痕、リビングにまで伸びてるみたいだけど......」
「......ねえみんな、流誠の靴があるのはもう気付いてるよね」
「......ッ!蘭、お前......!」
ふと、蘭ちゃんが呟く。そこに巴ちゃんが血相を変えたように突っかかっていった。
「縁起でもないこと言うなよ!」
「でも事実かもしれない......それにもしそうだったら、縁起とか考えないで早く助けに行かなきゃでしょ!」
「......!」
蘭ちゃんの言葉に、私は先ほど屋上で密かに心に決めたことを思い出した。
そうだ────......流誠くんは、私たちが必ず助けてあげないと。
気がつくと、口より先に体が動いていた。
「私、見てくる!!」
「ちょ、つぐ!?」
ドタドタと廊下を駆けていく。その勢いと後ろから聞こえてくるみんなからの呼び止めゆえの後ろめたさに思わず躓きそうになったが、今は流誠くんの安否確認を優先すべきとつま先で踏みとどまった。
長い廊下をしばらく進むと、リビングへと伸びていたと思われていた血痕は手前のキッチンへと分岐していた。私もそれに従ってキッチンへと足を運んだ。
......そんな矢先、流誠くんを見つけた。
案の定流誠くんは口から血反吐を垂らしながら、横向きになって倒れていた。そして彼の周囲には、かみついた跡のついた様々な食べ物がいくつも乱雑に散らばっていた。
......とても、暴力的な噛み跡だった。
いかがだったでしょうか。次回は本編で、4月12日の20時30分に投稿予定です。お楽しみに!
少し説明不足だったので、一応このif世界線について補足しておきたいと思います。
このif世界線は名前の通り、いわゆる「もしものルート」というやつです。そこに超常があるかどうかは関係ありません。
もしもあそこであの選択をしていたら、世界観が違ったら、などなどそういった観点を軸にこの特別章を進行させていただいてます。選択という単語から察した方もいると思いますが、これは分岐ルートでもあります。事実この世界線αも「2章が終わったあとケーキバースが発現した世界」という体で進行してます。
とまあこんな感じです。もしわかりにくい箇所があれば気軽に感想欄に書き込んでもらえると幸いです。
ということで今回はここまで、また次回お会いしましょう。さいなら!