天のいとを紡いで   作:コトナガレ ガク

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第一話 神を求めて

美とは神の意図である。

 

 地上のネオンで掠れる星空を屋上の縁に立って月空を見上げる。

 勿論フェンスなんて無い。

 死神が鎌を振るうが如く突風でも吹いてふらつけば闇の谷に真っ逆さま。

 今生と死の境界に立つ。

 死が深まれば生が輝き、掠れた星空すら富士の山頂で見る星空の如く輝き出す。

 星降る空に、薄汚れた心が洗われていく。

 

 エントロピーに支配され腐り落ちていくのが定めの世界において

 美には神の意図が込められている。

 つまり美しいと感じることは神の意図を感じること

 意図を集め紡いでいけば、人間を作った神へ到る糸となる。

 創造主以上に好奇心を刺激される存在などいない。

 故に俺は美を求める。

 

 だが漫然と美を求めるには人間には時間が足りない。

 海底の底に眠る美や天空の果てにある星々の輝き、世界は無限に拡がる。そして自然界の美は神の意図が直接表現され人間が理解するには雄大すぎる。

 だから俺は神が生み出した美で無く人が生み出した美に狙いを定めた。

 人間が生み出した生存には直接関係ない芸術、生きるためで無く己の中に眠る神の意図が発露した美、人が神を感じる為に生み出したのが芸術。

 俺はそれを神威と呼び求めることにした。

 だが理屈は安く体現は難しい。

 悲しいが今の俺では芸術を見ても美しいと感じても神威を感じ取れたことはない。

 芸術が神威を伝えられるほどのもので無かったのか

 俺の魂が神威を感じ取れるほどまで磨かれてないのか

 俺の魂と芸術の波長が合わないのか

 多分三つ共なのだろうで、神威を感じたければ三つが合わさる奇蹟がいる。

 だが俺は諦めない。

 万人に笑われようとも諦めない。

 魂の磨きが足りないなら数多の芸術を見て魂を磨けばいい。

 魂の磨きが足りなければ足りなくても大いなる神威を感じられる圧倒的芸術に出会えばいい。

 波長が合わないなら合うまで探せばいい。

 俺は必ず神に到る。

 そんな俺だが人間である以上稼がなければ食えず死んでしまう。死んでしまえば神の探求は出来ないと探偵・ルポライターから表沙汰に出来ないことまでして糊口を凌いでいる。

 生きる為に働く日々に心が錆び付きいつしか目的を見失いそうになる。

 だから俺は時々、この廃ビル寸前のボロビルの屋上の縁に立って心の錆を落とす。

 錆が落ちきるまで生き残れれば、また生まれ変わった気分で美を求められる。

 死んでしまえば、天国とやらで神に会うまでのこと。

 

「おじさん自殺するの?」

「ん?」

 風鈴のような心地いい声に振り返れば楚々と振る月明かりが透き通る少女がいた。

 柵すらなく、ところどころ雑草が生い茂るようになった古苔た屋上なのに少女がいれば静寂な森の中にいるような気になる。

「いいや、生と死を実感しているだけだ」

 手を水平に掲げ生と死のバランスを取って答える。

「そうなんだ」

 少女の張り詰めた頬が緩んだような言葉を返す。

「それと俺は、おにーさんだ」

「そう」

 少女はそこはどうでもいいように言葉を返す。

 ふんっ10代の小僧じゃ出せないこの男の魅力を理解するには若すぎたな。

「そこは危ないよ。こっちにおいで」

 少女は微笑み警戒する子猫を招くように俺にその手を伸ばす。

 不思議な少女だ。

 これも神のメッセージか。

 俺はついいつもの癖で観察をしてしまう。

 ハーフのような顔立ちでセミロングの髪が羽のようにふわっと広がっている。

 服装は白の袖の無いワンピース。

 そこから見えるその小さな肩は上下し、息を切らしている。見ている内に、だんだんと肩や顔、ちらりと見える胸の谷間などにうっすらと汗が浮き上がっていく。

 このボロビルの屋上まで走ってきたのか?

 どうやら俺が自殺をすると勘違いしたようだ。近頃はビルの屋上から飛び降り自殺する人を見かければ警察に通報する前にスマフォで撮影していいねを稼ぐのが普通なのに変わった子だ。

 心配をしてくれた人には誠実に対応する。

 それが人としての礼儀、人としての美しさ。

「人は死が間近になるほどに心が洗われ、感覚が鋭くなると思わないか?」

 別に俺独自の考えではない、昔から神を求める者が行う荒行と同じだ。

「何の為にそんなことするの?」

「俺は神秘を求めている。神秘を求めている者が鈍感ではしょうが無いだろ」

 この世には神のメッセージが込められ隠されている。ただ人はそれを探し出す事が出来ないだけ。

 だが俺は違う。神を隠すベールを捲ってみせる。

「死んだら何にもならないよ」

「神秘を感じる心を失ったら死んだも同然だよ」

 死を忘却し鈍感に日々楽しく生きることを俺は否定しない。

 鉛筆の先を鋭く削っていくような人生。

 それが俺が求める生き方なだけだ。

「私は生きていてくれた方が嬉しいな」

 否定でも嘲笑でもない、俺の意地ごと包み込むように少女は笑ってくれた。

 生きていることは素晴らしい、少女はそれだけで感動している。俺もそう思えたら楽だったろうな。

 負けたな。

「ふっ少女にいつまでも心配掛けかすのは紳士失格だな」

 俺は屋上の縁から降りて、生と死の境界から生側に戻った。

「俺は御簾神。いつか神を見つけ出す者だ。

 あっ名刺いる?」

「ううん、いらない。

 私はナメア、じゃあね」

 少女は安心したのか月明かりに溶けていくように消え去っていく。

 俺は本当に彼女に出会ったのだろうか? そんな気すらする俺と少女の月夜の出会いだった。

 

 

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