天のいとを紡いで   作:コトナガレ ガク

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第12話 三美神

 ピッピッ。

 電子音が11回響き目の前を塞いでいた鋼鉄の格子の扉が左右に開いていく。

 そして台車を押して扉を潜り前に進めば今度は戦車の装甲より厚い鋼鉄の丸状の金庫の扉が行く手を塞ぐ。

 核攻撃にも耐えるらしい。

「つくづく地下金庫の厳重さだけは一流だな」

 金庫の横で今度は20桁の暗証番号を打っている槇村に言う。一度でも間違えたら、せっかく開いた後ろの格子状の扉が閉まって、牢屋に早変わりらしい。20桁の暗証番号を間違えずに打ち込めるのが、ここを任される条件らしい。

「社員の命より美術品の方が大事、美術品のためにその身を捧げろ。社是だからな」

 いつ聞いても素晴らしいコンプライアンスだ。

 暗証番号を打ち終わった槇村は窓を覗き込み網膜スキャンを行っている。

 そして地下金庫の扉のロックが外れた音が響く。

 登坂保険に入っていたオーナーに奪還した美術品を返却するのだが、流石に俺が直接返却するわけにもいかないので、俺が登坂保険に美術品を引き渡し登坂保険からオーナーに返却する流れになっている。その為アジトから登坂保険本社の地下にある金庫に美術品を移しているところである。

「悪いがここから先は資格のある社員のみしか入れない」

「分かってるよ」

 槇村は申し訳なさそうに言うが、まあ演技だろ。今更過ぎる。

 どんなに俺が登坂保険に為に活躍し貢献しようが、決して線引きはあやふやのなあなあにならない。

 それでこそ信頼できる。信頼しているなら規則を曲げろとごねる奴もいるだろうが、それはだらしないだけだ。信頼とはこういうことの積み重ねでこそ成り立つ。

 槇村は俺から台車を受け取り扉の向こうに消えていく。

 う~ん中はどうなっているんだろうな。もしかしたら俺の知らない美術品が山のように眠っているのだろうか?

 この中を好きなだけ覗けるのなら社員になってもいいとさえ思えてしまう魅力がある。

 

「待たせたな。お詫びに昼飯でも奢ろう」

 大人しく金庫の扉の前で瞑想しながら待っていると槇村が空の台車を押して出てきた。

 確かに金庫に美術品が入ったことを確認した。

 入れもしない金庫の前まで何で俺がわざわざ来たかと言えば、俺が渡した芸術品を金庫に仕舞うのを確認するため。

 槇村を信用しないわけじゃ無い、これもまた互いに信頼を積み重ねるための仕事。契約だなんだと書類上で縛ろうとも、その気になればそんなもので人を縛れやしない。

 人との絆は、心のみが結びつけられる。

「ステーキがいいな」

「牛丼か」

「どういう耳してんだよ」

「お前こそ俺の給料知っているだろう」

「主任様がけちくさい事言うなよ」

 俺と槇村が並んで歩き出す先格子状の扉の向こうにいい女がいた。

 体も入念に手入れされたメリハリのきいたボディだが、一番目を引くのが枝毛など一本もないような手入れの行き届いた流すように腰まで伸びた黒髪。

 服装も薄い水色のドレスでよく似合っている。

 その強気な瞳で明らかに此方を見ているが俺は知らない。こんないい女を知らないことが残念だが全くの初対面。

 そして勘が告げる。この女は遠くからその美を眺めているのが一番いい。寧ろ知らないことは運がいいこと。

「何かご用でしょうか、三美神様」

 俺同様いい女の存在に気付いた槇村は恭しくいい女に挨拶する。

 へえ~あれが有名な三美神のご令嬢か。よく分からないが槇村に用があるのなら俺の用は終わったし俺はこの場からフェードアウトさせて貰おう。

 君子危うきに近寄らず。

「待ちなさい。あなた私を無視する気かしら?」

 やっぱりな強気な台詞を吐いて立ち去ろうとした俺の足を止める。

「これは失礼しました。

 お美しいお嬢様、心苦しいのですがこの後仕事もあるので私は失礼させて貰います」

 優雅に一礼し通り抜けようとする俺の前をお嬢様のすらりとした足が伸びてきて塞ぐ。

「槇村と一緒にいるということはあなたが噂の外部調査員ね」

「いえいえ、私如きが恐れ多い。私は単なる荷物運びですよ」

「あなたがここにいるということは先日のことはあなたの仕業なのね」

 このお嬢さんも人の話を聞かないな~、ぐいぐい話を進めて会話のキャッチボールが成り立っていない。

「何のことでしょうか、私には分かりかねます」

「登坂おじ様が言う通り一筋縄じゃ行かない男ね。

 あくまで荷物運びと言い張るのね」

 お嬢さんが溢れる目力で俺を睨み付けてくる。

「言い張るも何も事実ですが」

 少なくても今この場には荷物運びとして来ている。

「なら」

 三美神がとんと軽やかに後ろにバックステップすると格子状の扉が当たり前のように閉まった。

「へっ?」

「お嬢様これは?」

「槇村ここは登坂保険の秘匿区画、登坂保険の一級社員もしくはそれに相当する者以外の立ち入りは禁止されていたはずよ」

 槇村の問い掛けに三美神は正論でばっさりと切り捨てる。

「第一級規則を破った以上、クビは覚悟しているわよね」

 登坂保険の「美術品のためにその身を捧げろ」は伊達じゃ無い。クビならいい方で、中には人知れず魚の餌になったものもいるとか。

「それはっ」

「規則破りにならない為にはどうなればいいか分かるわよね」

 ちっ。悔しいが出入り口を抑えられた時点で勝負は決まっていた。

 槇村が情けない顔を俺に向けて目で訴えかけてくる。

 負けは負けだが、何か一矢報いなければ一生舐められる。

「お嬢ちゃん、おいたはここまでだ。今なら怒らないから扉を開けろ」

「負け犬の遠吠えね。もう少し気の利いたこと言えないのかしら」

 これでも修羅場をそれなりに潜った俺の威圧を三美神のお嬢さんは軽く流す。

 まあ檻の中に入った虎じゃ怖くないかもしれないが、檻の中にいようとも虎にはそれなりの敬意を払ったほうがいいぜ。

「これは監禁だよな」

「あら私は登坂保険幹部として犯罪者を閉じ込めただけよ」

「ならさっさと警察を呼ぶんだな」

「あらいいのかしら」

「いいぜ。

 だがここの金庫の中を警察に見られたら、誰が困るんだろうな。

 馬鹿に俺に教えてくれないか?」

「私を三美神 沙織を脅す気かしら」

「おいおい、俺が美しい人を脅すようなマネをするとでも思うのか?」

「どうかしら? 世の中には美しいものを壊すことで快楽を得る人も居るというじゃないですか」

「心外だな。

 俺は正真正銘お嬢さんのために俺は言ってやっているんだぜ。

 今なら綺麗なお嬢様のままでいられる。だがそのラインを超えて此方側に来れば、綺麗なままじゃいられなくなるぜ。

 美しいんだ、それだけで素晴らしい価値はあるんだぜ。好き好んで泥に塗れることは無いぜ」

「侮らないで、私は三美神よ」

 沙織の目が真っ直ぐ俺を射貫く。

 世間知らずのお嬢様の戯言かも知れない。世間を知れば折れてしまうようなものかも知れない。

 だが今この瞬間の覚悟は本物だ。

「覚悟はあるか。

 そうだとして一体俺みたいな下っ端に何の用だ?」

 お嬢さんに敬意を称して話だけは聞くことにした。

「私も忙しい身、だから単刀直入にいくわ。

 あなたが奪還した芸術品の内登坂保険に入ってないものについては私に預けなさい」

「はあ~何を勘違いしているか知らないが何で俺がお前に預けなきゃいけないんだよ」

 槇村ならまだしも、縁も縁もない初対面のお嬢さんに美人だからとデートに誘われれば行くが芸術品を渡すほど俺は色ボケじゃ無い。

「それは私が三美神だからよ」

「意味分からん」

 その豊かな胸を張ってドヤ顔で宣言されても分からない。

「我が三美神家は美の守護者として大成した家。

 その娘として美を持つに相応しい者なのか見定める義務があります」

 確か美術品の売買で戦国の世より名を馳せている家で明治の文明開化で一気にその販路を世界に広げ大成した名家。

「おいおい何上から言っているんだ? お前に見定めて貰うまでも無く元の持ち主のものだろ」

 一歩譲っても取り返した俺のもの。

 正直どうやって返却するかの算段はまだ立っていない。登坂保険から報酬を貰った以上他の持ち主に無料で返却するのは筋が通らなくなる。めんどくさいが個別に俺が交渉して条件を決めていくしか無い。

 まあそれが新たな金持ちとのコネを産み、うまいくけばコレクションを見せて貰える縁が出来る。

 早々手放せるものじゃない。

「人は魂に刻まれた業により美を求める。

 美は誰もが欲しがり必然的に奪い合いが発生します。美を持つ者は美を守る力がなくてはなりません」

 このお嬢さん言い切ったぞ、だが正論ではある。

 古来より人は美を求め、それが金にものをいわせた奪い合いなら平和なもので時には暴力が用いられ血が流れる。

 簡単で身近な例なら、古来美女を廻り男同士争ってきた。幸運な男が彼女と結ばれて、彼女が優しければいいなんて言っても周りの男が放っておかない。周りの男は美女を手に入れる為あらゆる手を使う。時には権力で陥れようとしたり時にはストーカーにまで成り果てて手に入れようとする。美女を手に入れた幸運な男は、不幸にも否応なく美女を守る為に非情に戦わなくてはならなくなる。

 力なき者が身に余る美を持つことは不幸しか呼ばない。

「今回のオーナー達は美を守ることが出来ませんでした、その点において彼等は美を持つ資格を失ったのです。

 本来なら彼等に返す必要など無いのですが、私が慈悲で一度だけ彼等にチャンスを与えようというのです」

 すげえ傲慢、何様なんだこのお嬢さん。

「あんたにはその資格があるというのか」

「当然、三美神ですから」

「悪いが家名だけで信用するほど俺は純情じゃ無いんだ」

「家名だけで私を力不足と判断しますか?」

「それもないが、そもそも俺はお前を知らない。信用して欲しければお前自身の力を見せて貰いたいもんだな」

「いいですわ。ここであなたを閉じ込めて無理矢理従えることもできますが、あなたにはこれからも働いて貰わないといけませんからね。

 認めさせて上げますわ」

「そりゃ楽しみだ。

 いいぜ後日美術品を一点だけあんたに預ける。それで見せて貰おうか」

「分かりましたわ。連絡を待っています」

 沙織は鉄格子越しに俺に名刺を差し出してくる。

「私から名刺を直々に受け取れることを光栄に思いなさい」

「ほんと護衛も付けずに俺に会いに来た度胸は認めてやるよ」

 俺は腕を引っ張ってやろうかとも思ったが、素直に名刺を受け取った。

 俺の連絡先は聞かないということは、後日俺の方から連絡をしろということなんだろうな。

「ではごきげんよう」

 沙織は翻って優雅に去って行く。

「おい鉄格子開けて行けよ」

 用は済んだとばかりに沙織は俺の声を無視して去って行き、鉄格子が開いたのはそれから10分後であった。

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