「道を空けろ。邪魔をしなければ見逃してやるが、邪魔をするなら遠慮無く切る」
「ひいいいいいっ」
鳥居ごとに控えていた神主や巫女達は鳥居の影に慌てて隠れて仕舞う始末、だがこんな見るからに獰猛な男に凡人が立ち向かうのは勇気を通り越した蛮勇なのであながち非難できない。
「ふんっ」
そんな神主達を侮蔑しつつ上に登っていく虎噛、まるで主のように悠々と頂上に辿り着き門を潜り抜ける。
誰もが道を空ける男、その男の前に一人白地に金の刺繍が施された狩衣を纏った神官が立ち塞がった。
この場の最上位者なのだろう。50代後半くらい、体格こそ虎噛に劣るがその眼光は虎噛に匹敵し虎噛の圧を撥ね除ける気力に満ちていた。
「ナメアは下がっていろ」
「でもっ」
構図的には囚われた少女を救いに来た勇者が成り立つ。
なのにナメアは虎噛で無く自分を怪しげな儀式に利用しようとする男の方に心配する声と顔を向ける。そんなナメアに男は一瞬だが悲痛な顔を見せてしまう。
だがそれも一瞬、ナメアを生け贄に捧げる為、使命に徹する為、愚直な男は情を寄せ付けぬ巌のような顔を作って虎噛と対峙する。
「虎噛、この儀式を預かる者としてこれ以上の勝手はさせぬぞ」
「白猪か。
俺の前に立つとは威張り散らすだけで無く多少は骨があったか、それとも恐怖すら感じられるほど愚鈍に成り果てたか」
虎噛は己を殺さんばかりの気迫を前にして不敵に揶揄する。
「虎噛、お前だとてこの儀式がどれだけ大事か分かっているであろう」
白猪は嘲る虎噛を前に怒りを滲ませつつも諭すように言う。
「知っているさ、この儀式がどれだけ下らないかな。
だからぶっ潰しに来たんだよ」
虎噛は今にも白猪を噛み殺しそうな笑顔を浮かべ答える。
「本気なのか?
この穢土を治める荒ぶる神に生け贄を捧げねば、この関東は大地震に襲われ多くの人が死ぬだけでなく、この国の首都機能が失われてしまうのだぞ。そうなればどれだけの不幸がこの国を襲うことか。
なのに下らないことだと?」
白猪は怒りを無理矢理嚥下する顔でどういう意味で言ったのかもう一度問い糾す。
「ああ下らないな。
生け贄まで捧げて守らなければならないような価値などこの地に無い。
万物流転。
こんな虚飾に塗れ停滞し腐臭湧く地なんぞ、大地震で崩壊した方が胸がすく」
知っていた。
虎噛は理解していた。
生け贄を捧げることを迷信だと馬鹿にして下らないと言ったのではない。
生け贄を捧げなければ大地震が起きることを知って、それを防ぐこの儀式を下らないと虎噛は言い放ったのだ。
「貴様それでも大納言様がここに江戸を開いてからずっとこの地を守護してきた家系の者か誇りは無いのかっ」
虎噛の真意を知り、白猪はもはや最初の頃の年長者の落ち着きは吹き飛び怒りを露わに怒鳴りつける。
見立てじゃ無かった。
神に生け贄を捧げると白猪は言い切った。
当然生け贄に捧げられるのはナメア。
荒ぶる神は都心を破滅させるという活断層と一致する、祭壇の前に走る亀裂だろう。
神との婚姻、少女をあの亀裂に捧げるという婉曲で無い言い方を辞めれば、ナメアをあの亀裂に落とすということだろう。
ナメアは確実に死ぬ。
それでも大事な者を守る為ナメアは死を覚悟し、白猪も慚愧に堪える覚悟があった。
そんな思いを下らないと一笑されて怒らなければ、その真摯は嘘になる。
「はっ、この俺を黴くせえ過去しか誇れるものが無い寂しい老害と一緒にするな」
「もはや問答無用」
「白猪様落ち着いてください。
虎噛、私は覚悟できています。だから・・・」
「自惚れるなっ。
言った通りだ、俺は心底むかつく下らない儀式を潰しにきただけだ」
虎噛はナメアの言葉を一喝してその先を言わさない、そして子供のかんしゃくのような怒りを露わにする。
もう理屈じゃ無い、生理的に本能がこの儀式に拒絶反応を示し潰さなくていられなくなっている。
「お前だとて、地上の繁栄を享受している身だろうがっ!!!」
白居の顔が真っ赤に染まり米神に血管が浮き出る。
「ははっ歳を考えろよ、そんなに頭に血が上ると血管が切れるぞ」
「神に代わって、成敗してやるわっ。
見よ、そして平伏せ。
これぞ神代の時代より受け継げられし神の御技『鬼道』」
神官の掌があの竜乃宮と同じように光だした。
最新科学で生み出され鋼鉄すら凌ぐカーボンファイバーのトンファーすら溶断した、触れしものを滅ぼす恐るべき力。
その恐ろしき力が宿った手刀を振りかぶり白猪は虎噛に襲い掛かる。
「じじいいがとろいんだよ」
「ぬかせっ若造」
虎噛は馬鹿にするが白猪の足裁きは決して若者に劣るものじゃない。寧ろ長年の修練で洗練され無駄を削ぎ落とされた美しさが宿る。全くぶれない重心移動で氷の上を滑るように虎噛に迫っていく。
白猪が間合いに入った瞬間、稲妻のような一閃。
「!?」
白猪は自分の身に何が起きたのか知ることは無かったのだろう。
虎噛を睨む巌のような顔のままに袈裟斬りに胴がズレていき、ゴトンと上半身が地に落ちた。
勝負にもならなかった、あっけなく白猪は一刀のもとに斬り捨てられた。
「白猪様っ!!!」
ナメアの悲痛な叫びがジオフロンに木霊する。
「だからなんだというのだ。当たらなければ意味が無い黴臭い技に猛執する愚直な老害が、己の間違いに気付くことも無く逝けて幸せか」
虎噛はもはや関心はないとばかりに、血振りすると白猪の死体を通り過ぎナメアに向かって行く。
「なんてことをっ、こんな事があなたの望みなのですかっ」
ナメアの嚇灼に睨み付ける鋭い問いが虎噛に突き刺さる。
「俺は俺の欲するがままに生きるだけだ」
並みの男なら腰を抜かすようなナメアの問いにすら虎噛は怯むこと無く答える。
「大勢の人が死ぬんですよ」
「名も知らねえ奴らだ。
お前こそ長老共に唆されて悲劇のヒロインに浸っているだけだ、目を覚ませ」
「唆されてない、私の意思だ」
虎噛の嘲笑に己の怒りで返すナメア。
「その目だ。
いい目だ生け贄に甘んじる人形じゃ無い、自らの胸の内から湧き上がる炎が宿ったいい目だ。
お前こそ俺の女に相応しい。
一度だけ聞く、ナメア俺の女に成れっ」
「断るっ」
「ここで死んでどうする。
俺は駆け上がりいずれこの国を牛耳ってやる。そんな俺の女に成れば宝石も服も美食も与えてやる。
この世の栄華を味わい尽くさせてやるぞ」
「下らぬっ」
虎噛の甘い諫言などナメアは一刀に切り捨てた。
「なら死ね」
虎噛にもはや躊躇いは皆無。
蛇蝎する儀式に心酔する女もまた蛇蝎。
宣言通り、白猪を葬った雷光の袈裟斬りが容赦なくナメアに振り下ろされる。
カキン。
柔らかい女の肉裂く音で無く鉄琴を打ったような堅く澄んだ音がジオフロントに響き渡った。
「女に振られたからって暴力に走るのは美しく無いぜ」
虎噛の驚愕に開く瞳に背中にナメアを庇いトンファーで袈裟斬りを受け止めた御簾神の姿が映り込んでいるのであった。
「誰だお前は?」
虎噛が太刀に体重を乗せてのし掛かかりつつ問うてくる。
「正義の味方に決まっているだろ」
俺は正義の味方らしく格好良く美しく不敵に笑ってみせるのであった。