天のいとを紡いで   作:コトナガレ ガク

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第7話 白童子

 月明かりに浮かぶ白童子。

 川風に白装束が揺れ輪郭が朧気に成り幽霊のような存在感に表情のない顔。いや、のっぺりとした顔かと思ったら白い仮面を被っているだけかよ。

 雰囲気に呑まれているな。

「いつの間に?」

「僕も狙っていたんですけど先を越されたようで焦りましたよ」

 白童子は不気味な面を被っている割には気さくに話し掛けてくる。

 口調を変えることも声を変えることもしない、素のしゃべり。

 ん? この声どこかで聞き覚えがあるような。俺は目もいいが耳も鍛えている。この声何処だっただろう。

「横取りか? あんまり感心しないな」

 白童子の正体を探っていることを悟られないように、俺は年長者として若輩に忠告するように言う。

 会話を信じるなら白童子は強盗団の仲間じゃ無い。俺同様強盗団を襲うタイミングを計っていたことになる。つまり俺は俺同様近くに潜んでいた白童子に全く気付くこと無く先走ったことになる。

 ちきしょう、この俺が当て馬にされたとは屈辱だぜ。

「あなただって横取りしたでしょ」

「知らないのか悪党から横取りしても罪に成らないんだぜ」

 アウトローの世界の出来事に法は届かない。

「なら僕も罪に成りませんね」

 白童子はしれっと言う。

「いやいや、俺はどう見たって正義の味方だろ。正義の味方から横取りする奴は悪党と決まっているぜ」

「それは残念。僕も正義の味方が良かったな~、まあたまには悪役もいいかな。

 それで出来れば正義の味方は殺したくないので大人しく水路に飛び込んでくれますか?」

 白童子はさらっと聞き逃せないことを言う。あまりに何でも無いように流すので聞き逃すところだったぜ。

 この少年は何でも無いように殺すと言った。そして何より許せないのは俺に勝つのが当たり前のように言ったこと。

「見たところ坊や一人だが、それは坊やの方が俺より強いってことか」

「はい」

 白童子は何の気負い無く言う。

 ハッタリでも何でも無くそう思っていると言うことか、それはちょいとおにーさんカチンときたな。

「可愛くねえ餓鬼だ」

 そもそも白童子は不意を突こうと思えば付けたはず。それを敢えてしないで話し掛けてきた。

 その余裕益々癇に障る。

 ここはいっちょ大人の怖さを教えてやるしかないな。

「それは交渉決裂ということでいいのですか?」

「ああっ」

 俺は勾玉を一旦箱に戻すとバールを拾い半身で構える。そしてその際に少年の視線が俺から外れたのを感じた。

 何だ?

 バールを持った右手を突き出しつつ、腰のベルトに挿しておいたトンファーを後ろに引かれ隠れた左手でさり気なく引き抜いておく。上手くいけばトンファーが隠し技になる。

「正義の味方がバールですか?」

 此方を小馬鹿にしやがって、つくづく可愛くない餓鬼だ。

「最近のヒーローは個性がないといけないんだよ。

 !?」

 瞬きする間に白童子が目の前に迫っていた、反射でバールを横薙ぎに振り回す。

 あれだけ上から語っておいて不意打ちかよ。

「無駄ですよ」

 だがバールの間合いを潰された状態では勢いも乗らず簡単に白童子に回潜られ懐に潜り込まれた。

 最早完全にバールは使い物にならない。

 バールはなっ。

「はっ」

 左手に持ったトンファーをアッパーの如く下段から振り上げる。近距離から中距離まで自在に対応するのがトンファー、懐に入られても対応出来る頼りになる相棒。

 奇襲が成功すれば顎を叩き上げられる。

「読んでましたよ」

 トンファーを振り上げる腕を足で踏み押さえられてしまった。白童子にしてみればあとは殴る目潰し張り手掌底手刀と選択肢は豊富、対して俺の選択肢はほとんど無い。

「終わりです」

 白童子の正確無比な正拳が俺の鳩尾に放たれる。

「えっ」

 めり込むはずだった拳に返ってくる違和感に白童子の動きが止める。その僅かな一瞬の隙に俺は力尽くのショルダータックルをぶちかます。

 大人の俺と少年との体格差体重差から白童子は後方に跳んだが、転ぶことはなくあっさりと立ち上がる。

「どうして?」

 白童子は己の拳の違和感に戸惑っている。

「俺の鋼鉄の腹筋にそんなへなちょこパンチは効かなかっただけの話だ」

「そうか、先程の感触は鎖帷子! 何か着込んでますね」

 決まっているはずだった正拳を防いだのは服の下に着込んだ特殊カーボンで編み込んだ鎖帷子。鉄より軽く丈夫といいこと尽くめのようでいて、お値段はびっくり。

「意外とせこいんですね」

「ゲームじゃ無いんだ。防御を出来るだけ固めるのは基本だろ」

 こうして会話していると以前会ったことがあることが確信に変わった。そして先程の一連の動き、白童子は俺が勾玉を置くのを待っていたんじゃ無いか。俺が勾玉を保ったまま戦闘に入って万が一にも勾玉に傷が付くことを嫌った。

 なるほど糞餓鬼かと思ったが、意外と弁えているじゃ無いか。

「なるほど。オジサンのようですしそのくらいのハンデは上げますか」

「おいおい、ちょっと偉そうじゃ無いかよ少年。その天狗の鼻をおにーさんちょっとへし折りたくなるな」

 ここで俺が勾玉を手にするば、いい盾になる。

「まるで僕に勝つつもりのようですね」

「つもりも何も今のところ俺が勝っているじゃないか」

 だが美を傷付ける可能性があることを俺が選べるわけが無い。

 つまり実力で勝つしかなく、俺なら十分可能。

「今ちょっとカチンときました」

「怖い怖い。勝負再開と行きたいがその前に確認しておきたいんだが、お前が賊を引き入れたのか?」

 密偵としてターゲットの屋敷に潜り込み、情報を流して賊を引き入れ、後日賊からお宝を奪い取る。

「それは名誉毀損ものですね。

 この僕が強盗と繋がっているなんて誤解でも許せない侮辱ですね」

「そうか、それについては謝ろう。

 だがお前も宝を狙っていたのは事実なんだろ。賊がやらなかったらどうやって手に入れるつもりだったんだ?」

「それは企業秘密です」

 白童子は口に人差し指を当てて秘密をポーズするが、それはグラビアアイドルがやってこそ可愛い。

「男がやっても可愛くないぜ」

「そうですか、おねーさん達には人気あるんですけどね、オジサン」

「おにーさんだ。

 だがあの勾玉にどんな秘密があるんだ?」

「!? 知らない方が身のためですよ」

 勾玉と指摘されて顔色は仮面で分からないが、一瞬声に詰まったな。

 強くてもまだ子供海千山千の者どもとの揉まれ足りないな。槇村なら呼吸の乱れなく流していた。相手に目的を悟られることの怖さを知るがいい。

「お前みたいな子供を働かすなんてどんな組織なんだ?」

「知らない方が身のためですよ。

 それ以上踏み込めば、水路に落とされるだけで済まなくなりますよ」

 最初こそ得体の知れない相手だと思っていたが、基本素直なんだな。

 そうか此奴の背後には組織があるのか。

「折角親切で子供を使うなんて労働法違反と訴えてやろうと思ったのに」

「日本の企業で労働法を守っている所なんてあるんですか?」

「探せばきっとあるんじゃないか」

 そんな会社星の瞬きほどで潰れるだろうけどな。

「忠告はしましたからね。

 僕に負けても復讐しようなんて考えない方が身のためですよ」

「勝った気になるのは少し早いんじゃ無いかな少年」

 

 


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