カナリアの鳥籠   作:多賀實志治


原作:ソード・ワールド2.5
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この話は私がPCとして作成したキャラの前日譚のようなものです。特に何も考えずに書いたので矛盾等がある可能性がありますが感覚で感じ取ってください。

本作は、「グループSNE」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『ソード・ワールド2.0/2.5』の、二次創作です。
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カナリアの鳥籠

 ――ここには空がない。あるのは先の見えない曇天と、純粋な魂を持った人間を育てる牧場と、反乱分子を殺す処刑場だけ。

 ――ここには希望はない。あるのは自分達が産まれ、産み、そして彼らに食われていく結果だけ。

 ――ここには疑問はない。あるのはこの結果を当然だと感じ、外を知らず、真なる"無垢"として消費されゆく肉袋だけ。

 ――しかし、世界に絶対はない。ある蛮族がここに踏み込み、『外の世界を知りたくないか』とだけ尋ねて回った。

 

 

 

 ここはラクシア、"呪いと祝福の地"アルフレイム大陸。魔神が現れる奈落と豊富なマナが存在する、その二つ名に相応しい試練と恩恵が潜む大地。

 その中でかつて人族の領域であり、魔神に奪われた土地が存在する。その名はザムサスカ地方。〈大破局〉によって起きた"奈落の壁"の破損を引き金に流入した魔神に蹂躙された、アルフレイム大陸の"呪い"が何であるかを証明する土地だ。

 

 曰く、当時そこに居た人族が飼い殺しにされており、入った人物は戻ってこれない。

 曰く、魔神達の前線基地であり、当時のとある魔術師が綿密に組んだ裏切りの計画である。

 

 曰く、地獄である。

 

 そんな噂話が流れ、そして当然のようにそれだけのことが起きているだろうと民衆を納得させてしまう、そんな場所。わざわざ立ち入ろうとするのは変人か、実力の伴った阿呆か、実力の伴わない馬鹿か、はたまた居場所を奪われた人族や蛮族が破滅のために訪れるか、その程度の場所。

 高名な勇者が時たま訪れて帰ってこない不毛の地にあって、自らそこに踏み込もうとする蛮族の姿があった。

 

「ここが、かの有名な"力なき者の末路"か」

 

 燕尾服のような物を着、これからパーティーにでも参加するかのような装いの彼が口に出すその名は蛮族――バルバロスの間でザムサスカ地方を指す名称だ。こう呼ばれるのは同じような状況で魔神の排斥『には』成功したとされる"悪徳の都"ヴァイスシティと対称関係にあるからだった。

 方や、人族だけで対抗しようとし失敗したもの。方や、蛮族の介入により排斥には成功したもの。彼ら蛮族の間で、それは一種の自慢話の一つにもなっている。

 ただ別に、彼はザムサスカをヴァイスシティのようにするためにここに来たわけではない。なんせ彼は覇権なんてものを気にするドレイクとは対極にいる。趣味人の変人、気まぐれの快楽主義者、バジリスクなのだから今回のことも面白そう以外の理由はない。面白そうだから、この"鳥籠"に来て。面白くなさそうだから、"悪徳の都"の真実を調べない。その程度のことだ。

 ではその彼に面白いと思わせた情報とは何か。それは『完全に外界から隔離し、真に無垢である魂を作ろうとしている魔神がいる』という話を聞いたからだった。そしてその話を聞いた彼はこう思った。

 

『魔神によって作られた、完全にまっさらな人族が、自分の意志で外に出た時に何を想うか』

 

 今回の彼の興味はこれに尽きる。また彼の個人的な趣味の関係でできれば人間が好ましい。事実上人族を助けることになるので蛮族の世界からは追放されるだろうがそんなことは彼にとって些事であり取るに足らないことだ。

 

「人族が逃れ得ぬ鳥籠。そこで何が起こっているかもそうだが……まあそれは二の次、あくまで副産物だな」

「相変わらず私の主は変な趣向をしておられる。あなたはバルバロスの支配階級に君臨する者だろうに」

 

 彼の方に乗った彼の使い魔は呆れたように彼に話しかける。それに対して彼の回答は単純だった。

 「それじゃあつまらない」と。

 そんな約束された支配階級と、与えられた能力で生きて行けばきっと酷く世界が色褪せて見える、と。

 

 彼にとって欲求を満たすものは闘争ではなく感動であった。それは、闘争の中に見出すものでもある。人族が死力を尽くして向かってくる姿はとても綺麗なものなのは間違いない。しかしそれは彼にとって濁って見えるのだ。

 その命に変えてでも何かを救いたいと願う姿は美しいと、彼は本気で思っている。その祈りの果てに何が齎されるかは関係ない、その過程にこそ意味があるのだと。だからこそ、その祈りの果てである闘争に興味はなく、それ故にどうやっても人族のそれと対峙する立場である『バルバロスの支配者』を捨てた。

 蹂躙し、略奪した後の土地の何処に感動を抱けというのだろうか。片端から世界を石に変えて、そんなものが果たして美しいのだろうか。彼はバルバロスの中に感動を終ぞ見つけることはなかった。

 

「それにしても……本気なので?」

「何がだ?」

「人族に加担するという話です」

「まだ決まったわけじゃない……まだ決まったわけじゃないが、バルバロス――いや、蛮族の方に戻る気はねぇよ。彼処に俺の求めるものはねぇ」

 

 お目当ての人族が見つからなければ中で彷徨ってるか隠居でもしてんだろ、となんでもないように語り歩を進める。

 実際彼に戻る場所はもうない、なにせ近隣を支配していたドレイクの領の兵を片端から"掃除"してきた。今頃ブチギレながら彼のことを探しているだろう。マッチポンプだが、追われている状態で人族の街に入り身分を明かし、更に情報をリークしたように見せかけてそのまま人族の味方としてドレイクを倒せば少なくともその街での安全は保証されるだろう。そうならなかった時のことなどその場で考えればいい。

 そうして、彼は呪いの世界に足を踏み入れた。

 

 

 

 その街は壁で囲まれ、魔法で作られた雲によって陽は差さず、配られる配給に際限はなく、一切の外部情報を遮断された場所だった。

 

 そんな場所で疑念は育たない。なぜなら彼らは"疑念"というものが何であるか知らない。

 そんな場所で道徳は育まれない。なぜなら決められた行動表に従っているだけなのだから自己の判断は必要なく、同様に"道徳"も不要であり知る必要はない。

 そんな場所で闘争はありえない。物価が均一化されてしまえば『満ち足りないから』という原初の動機は潰え、"闘争"という競争は失われる。

 そんな場所で感動は生まれ得ない。それを生み出し得る現状への"疑念"も、人の命に価値を生み出す"道徳"も、自身を満たすための原初の欲求である"闘争"でさえもここにはないのだから。

 

 ここはザムサスカ地方、魔神が支配する呪いの世界。その中でも異質を極めた鎖された領地、その名は"鳥籠"フィルギス。人が人でなく、肉袋となる場所。

 

 

 

 街には人がいるのに閑散としていた。喧騒はせず、ゴミもなく、決められた時間に決められたようにそこを通り、与えられた役割をこなし、消えていく。

 そんな完全に整理された場所で、この金髪の少女は生まれた。周りに金髪の人間はいないし、長髪の人族もいないし、ましてやぬいぐるみを持っているような者はどこにもいない。そして定められた就寝時間を破り夜空を見るためだけに外に出ているのもまた、彼女しかいなかった。

 

「……」

 

 できるだけ物音を立てないように、他の人族や魔神達に気付かれないように外に出て手頃な石に腰掛ける。慣れたような抜け出し方は、今回が初めての脱走ではないことを物語っていた。夜空が見える場所を望めばきっとそれを用意されるだろうが、彼女にとってはこの脱走こそに意味を見出していたのでそれでは意味がなかった。

 できるだけ人目のつかない場所を選んだだけはあって立地は最高とも、最悪とも取れる場所だった。すぐ隣には不自然に刻み込まれた切り立った崖、その裏には通ってきた獣道がある鬱蒼とした森だけしかなく、いつ獣に襲われるかもわからない。その代わり人は近づかないし魔神の巡回ルートからも外れている。周りに光がないことも相まって星を見るのにはいい場所だった。

 

 予定にないことをしていれば『自我を持った』という理由で生贄コース一直線のこの街では、彼女のような行動は即、死を意味する。それは彼女のように反乱の意図もなく、只々夜空を見たかったという理由であっても例外ではないが、そんなことは彼女には関係ない。この停滞した街の中で変化する特別なものが欲しかっただけで、それは常に見える星空が欲しいということと同義ではないからだ。

 

「……寒いなぁ」

 

 アルフレイム大陸北東部に位置するこの場所の夜間は1年のいつでもそれなりに冷え込む。鎖された世界で彼女が生み出した欲求はただ『周りの人が知らないことを知りたい』ということであって、その思考の殆どは未だフィルギスのもの。故に定められた用途以外に防寒着を持ち出すという発想は出てこず、寝間着として使われているワンピースだけで外に出ているので感じる寒さは通常時のそれ以上になる。

 

 ちなみに夜間外出禁止はフィルギス内の決まりごとの内の1つである。これは"導きの星神"ハルーラやそれに近しい"奈落の盾神"イーヴの影響を防ごうとする魔神達による思惑によるものだ。そのような事例は少なくともフィルギスの内部では起こっていないが、可能性として挙げられるリスクは片端から潰すというのがここの方針となっている。

 ただしそのリスクは、なにも神託だけではない。

 

『……!……?』

「……また来たの?」

 

 彼女の目の前に突如火が、正確には髪が燃えているように見える少女の姿が浮かぶ。所謂妖精と呼ばれる種族――それも古代妖精種、エインセルと呼ばれるものだった。何処にでもいて、何処にもいない彼らもまた、この鳥籠に潜む綻びと言えた。

 もちろんのこと、彼女は妖精使いでもなければ妖精語を話すこともできないので会話自体はできないのだが、エインセルはそれとは無関係に彼女を気に入り、夜の間だけ会いに来るようになっていた。

 しかし今日のエインセルは普段と様子が違った。いつもなら彼女の横でふわふわと浮いているか隣に腰掛けていたりするのだが、今日はそのまま彼女の横を通り抜けて少し離れたところを招くように揺れていたのだ。

 

 別にそれ自体に思うところがあったわけではない、今までだって何度か気まぐれに彼女を誘おうとしたことはあった。あったが彼女はそれを無視していた。それでもこの日、何かの気の迷いか運命か彼女はこの妖精について行ってしまった。

 

 

 

 しばらくエインセルを追って、彼女はいくつかのことに違和感を抱き始めていた。

 まず、エインセルが自身を何処かに招こうとしていることに。彼女がこれを本当に理解したのはもう少し先の話だが、そもそも妖精は極端に記憶力が低く気まぐれで何処かに誘い込むということがあっても、目的を持って誰かを招くということは基本的にできない。実際エインセルは彼女に会う度に初めてあったかのような反応を繰り返していたし、今回の様に最初から何処かに自身を導こうとしたこともなかった。

 次に、彼女はこの道に見覚えがなかったことに。無知の住人といえど、その中で知識を知った彼女にとって『知れなくなること』である死は遠ざけたいものになっていた。そのためできるだけ抜け道や人目がない場所を探して抜け出していたのだが、この獣道は少なくとも見つけたことがない。見逃していたというならそれまでだが、流石に昨日今日で獣道ができたりはしないはずで誰かが通っていたことになる。

 

 しかし彼女はエインセルについていく。無知は未知を知ってしまった、未知を知ったものはもう無知にはかえれない。だから彼女は引き返せない、知るということを放棄できない。それが唯一彼女に目覚めた自我であり、自己の死に無頓着なフィルギスの方針も相まって危険な好奇心と化していた。それが彼女を誘い出す罠かもしれないのに、最早そんな考えは頭の中に存在しなかった。

 

 

 

 それから更にしばらくして夜も明け始めた頃、本来なら割り当てられた区画にとっくに戻っている時間になってようやくエインセルは止まった。そこはこのフィルギスを鳥籠と言わしめた壁がある外輪部だった。滅多なことでは人族が近づく許可が降りない場所の一つで、そこの監視所らしき個室から、おそらくエインセルを使い彼女を誘った人物が現れた。

 

「……お嬢さん。貴女は知りたいか?この世界に満ちた、感動を」

 

 礼服を着た男の発言に彼女は首をかしげる。感動という意味を知らない彼女に、この問いは理解できなかった。そもそも質問が突然すぎるというのもあるが、基本的に彼の問答はこんなものである。

 

「おっと失礼、こうじゃなかったか……言い換えよう。"外"を知りたくはないか?」

「……そと?」

「そうだ、"外"だ。この壁の外だ。お嬢さんと同じ人族が、自分の意志で生きる世界だ」

 

 礼服を着た男にとって見れば、この壁を超えることは別になんてことはないことだ。それは抵抗するだろう彼女を無理やり抱き抱えていても対して変わらないことだ。

 だが彼はそれをしない。あくまでその決定は自分の意志でなければならないからだ。それが彼の甘言に誑かされた結果であっても問題はない。彼がここにいた数十年で引き抜こうとした他の子供達は、そもそも自我を持たず彼の言葉になんの反応も示さなかった。

 この点に関して言えば彼女は合格だった。彼女は"外"への興味を、正確には疑問を示した。そのささやかな自我は無知を殺したが、未だ無垢なまま。善にも悪にも染まってなどいない、彼の求める存在だった。

 

「……」

「別に今すぐ壁を超えていけ、とは言わない。だが貴女は帰る場所を、好奇心のために手放した。それは薄々分かっていたのだろう?火の精、このエインセルを追った時に」

 

 この時彼女は初めてこの妖精、エインセルの名前を知った。それ以外――帰る場所を手放したなどというどうでもいいこと――の情報は全部必要なかった。

 今この時、彼女は初めての友達の名前を知った。そして目の前にはそれを教えた男がいた。彼女にとってはそれだけで十分だった。

 

「ねえ」

「なんだ?答えられる内容であれば疑問には答えるが」

「貴方は……私の知らないことを知ってる?」

 

 彼女の今知りたいこと、それは自身により多くの未知を教えてくれる選択を知ること。友達の名前を語ったこの男が、他にも自身の知らないことを知っているなら教えてもらおう。そうでないなら『死』を知りに行こう。彼女はなんの決意もなく年相応の好奇心を見せるかのように、知識と死を天秤にかけた。

 

 男は一拍二拍とおいて大声で笑った。知識欲以外の全てが欠落しているとこうも滑稽なのかと笑った。想像以上だったし、数十年待った結果がこれなのかと呆れもした。

 それ以上に、この少女のこれからを見てみたくなった。きっと彼女は、知識を知り、人を知り、感動を知り、蛮族を知り、失望を知る。その時の彼女の顔を見たいと素直に思った。この知識欲以外何も持たない少女が何を成すのか見届けたいと、純粋に思ってしまった。

 

「ああ、知っているとも。少なくとも人間よりは遥かに長生きなのでね」

「じゃあ、教えてくれる?」

「いいや、全てを教えやしないさ。それは君自身が、君自身の全てで知らなければいけない。外の世界はこの鳥籠のような安定した場所じゃない。欲しいものは与えられないし、人は悪意を持つ。それでも君が君自身の手で知らなければならない」

「?……よくわからないけど教えてくれないの?」

「いいや、教えるとも。知るということの全てを。この外側のことを知る術を教えるとも」

「……」

 

 

 

 そして、男は囁く。それはくすぶる火種に風を送り込むように。

 

「もう一度問おう。"外"を知りたくはないか?……あー、締まらないがお名前は?」

「……私、名前がないの」

「ああそうだったな。ここの連中は全員名前が無かったな」

「……うん」

「そうだな、"カナリア"なんてどうだ?綺麗な鳥の名前なんだが」

「カナリア……」

「いやここが鳥籠って言われてるから縁起が良くないな……ロビン?いやなんか違うな……うーん」

「……カナリアでいい」

「ん?いいのか?嫌ならちゃんと言ってくれよ」

「ううん、カナリアがいいの」

 

 そして、彼女は手を取った。今ここに火は燃え上がり、未知を照らし始めた。


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