フローリィ回です。
爺2人の起床時間が他と比べて早いのは言うまでもない。しかしこの日は総じて皆起床が早かった。
殊に暖房設備など整っていない仮設テントでは朝の寒さから目が覚めるというのも珍しくはない。
コックから「クリプトン嬢にべったり」と称されていたフローリィもまたそうである。
「くしゅんッ...うぅ、寒っ」
マットの上で毛布にくるまりながら髪を梳いていたフローリィは梳かす手を止めてくしゃみをし、そう呟いた。あまりの寒さに寝が覚めた彼女は他の女性陣の—主にダネルの—体調が心配になりながら震える手で髪を梳かしていく。長い銀髪は癖毛こそないものの梳かすのに時間がかかるのだ。
「早くお嬢様の様子を見に行かないと...」
やっとこさ梳き終わった髪を一旦後ろに束ねると彼女の仕事着を用意する。メイド服であるから想像には困らない。ただピストルのホルスターが付属した胴のレザーアーマーを上からつけるくらいしか違いはない。メイド服を着る前にコルセットを巻いておく。銃弾は防げないが刃物を胴体に受けないというだけで恩恵はある上、姿勢を保つのに必要なのだ。
余談だが、監督官やアリサカに比べれば豊かでもなく、かといって貧相でもないと自負している彼女は体型にコンプレックスは抱えていない。唯一あるとすればピストルなど銃火器やその他サバイバルナイフ、手斧、マチェット、今でも愛用するトマホークなどを広く扱うために無駄なく鍛えた体に対してであるか。
「その分太らないのは羨ましいわよ」とダネルからは言われたが大して嬉しくはならなかった。
「目立つほど筋肉質なわけではないのだから気にしすぎじゃないかしら」とも言われたかと思いつつ一瞬黒リボンを襟元に結ぶ手を止める。
「...」
すぐに気を取り直して手を動かす。
寒いのでテキパキと着替えるとレザーアーマーは着ずに上から灰色のカーデガンを羽織り、メモ帳と鉛筆を胸ポケットに入れ、一度束ねた髪をもう一度シニヨンに纏め直しながらテントを出る。
8つのテントに囲まれた広場はコックの食堂のような立ち位置で、フラットウッズから拝借して運び込んできた丸テーブルと椅子4脚が3セット置いてある。テーブルの上にひっくり返して置いた椅子を見ると正に営業前のレストランを思わせる光景だ。
広場の隅、フローリィのテントから出て右手の空き地にあるクッキングステーションではコンクリートブロックに腰かけたコックが鉄製の飯盒の中身を火にかけながら念入りに混ぜ続けている。匂いからしてジャムだろう。
「おはようございます、マックさん。」
「やぁフローリィ おはよう。」
にっこりと笑うコックは絵になる。
「やはりというか、寒いですね。」
「そうだなぁ。寒くて目が覚めたかい?」
「えぇ。」
「それは体に悪いな。明日からは毛布を2枚に増やすべきだろうよ。」
「そうですね。ところでそれはジャムですか?」
飯盒を指差すとまたにこりと笑ったコックが続ける。
「あぁそうさ。マットフルーツからジャムを作ってみたんだが、なかなかうまくできたようだね。一口食べてみるかい?」
スプーンを腰の縦長の木箱から取り出して見せている。
「...ッ!是非。」
「それじゃ、はいこれ。」
コックがスプーン1匙を火にかけている飯盒から掬い、それを受け取る。
「熱いから気をつけて。」
「はひ...」
「ふむ、さてと。寒いから広場の真ん中に篝火でも用意するかな?フラットウッズにところどころあるやつだけど。」
「はむ...んぐんぐ...」
「...聞いてないか...まぁいいや。味はどうだい?」
「...甘いですがさっぱりしてるんですね。酸味がちょうどいいです。」
「ブラックベリーのジャムに似た感じだな。マットフルーツ自体がブラックベリーの派生なのかもしれないが...」
「美味しいですね。スコーンに合いそうです。」
「そうだねぇ。流石にそれを焼くのは後になりそうだけど、これなら乾燥パンでも食べやすいかと思ってね。」
「そうですね。ごちそうさまでした。」
「いやいや、付き合ってくれてありがとうよ。」
「ふふふ、それではこれで。」
「また後でな。」
コックと別れるとフローリィの左隣のアリサカのテントの前を通っていく。
—わたしは気づいていますよアリサカさん...テントが1つ少ないですものね...?
大方、アリサカがハヤトに頼み込んで同じテントに居させているのだろうと当たりをつける。テントを張る作業の際にやたらコソコソしていた彼女はおそらく「うまく隠し通せた」と思っているのだろう。
「ふふ、ふふふ...」
ニヤリと笑いながらその前を通り過ぎる。
フローリィの頭の中ではアリサカが「えっ、えっ、ナンノコト?」と言っているのが浮かんではまた消えていった。
アリサカテントのすぐ隣がダネルのテントだが間にはフラットウッズへ向いた小道がある。そこを渡るその時、ラジオの音がかなりのスピードで接近してきた。
Out of an orange colored sky♪
言わずもがな、ノリノリの爺である。
散歩の帰り掛けにかかったOrange colored skyにノッてスキップ気味に走り帰ってきたのだ。
反応しきれなかったフローリィは体重差から爺に弾き飛ばされ、丸テーブルに背中を打って倒れる。
「キャッ うぐ...ッ」
「おおっとすまない!大丈夫か...⁉︎」
メイド服の下にコルセットを使っていたので内臓が揺れる感覚があるもののあまり痛くはない。すぐに立ち上がってロングスカートとエプロンの埃を払うと爺へ答えた。
「うぅ......えぇ大丈夫ですよ。」
「いやすまない...ついノッてしまった。」
「ふぅ...わたしは大丈夫ですが他の方だっているのですから。っ、気をつけてくださいね?」
「ハイ」
「ふふ、それではこれで。」
ダネルのテントへ入った。
自身のテントに走り去っていったという。—
やたら長く感じたダネルのテントへの道のりたが、中ではまだクリプトンが寒そうに丸まって眠っている。テント端に畳んでおいた予備の毛布を手に取ってダネルに追加で掛ける。
顔は見えないが寝息は静かだ。特に寝苦しくはないようで安心しつつ、テント内の椅子に腰掛けて時間を待つことにした。
いつの間にか眠っていたフローリィはダネルに揺すり起こされる。
「フローリィ?」
「...ッ!お嬢様っ、申し訳ございません...」
「いや別にいいわよ?あなたが私に毛布かけてくれたんでしょう?」
「はい...」
「フフ、ありがとう。まぁ寝てたのはマック曰く10分もないみたいだし気にしないわよ。」
「すみませんでした。」
「いいのいいの。—私も珍しいあなたの寝顔見れたわけだし—」
「...?私の顔になにか...?」
「なんでもないわよフフフフ。さっ外の篝火にあたりにいきましょう?」
「...?わかりました。カーデガンを羽織ってからにしましょうか。」
「えぇ、そうしましょう。なかなか寒いわね。」
広場では3つのテーブルのちょうど真ん中に、金網の箱に火を焚いた篝火が設置されていた。そのそばではコック、ハルロ、スチュワートが話しており、また奥では据え置きのラジオを抱える爺とそれを見るウィリアムが頭を抱えている。フローリィは思った。「おそらくラジオを広場かどこかに設置したい爺がウィリアムに発電機の設置を頼んでいるのだろう。それに対してウィリアムは...頭を抱えているのだ」と。
「どうしましたの?Mr.アダム。ウィリアムが頭を抱えていますわよ?」
「おぉMs.クリプトン、おはよう。おれはこのラジオを広場に置きたいと思って廃教会から拝借してきたんだがこいつがな...」
「おはようダネル、フローリィ。いやアダム爺さん、当たり前だろう?だって今のところ電力を必要とするのはそれだけなんだぞ...?」
フローリィの勘が冴えている。
「ほかに必要なものを置いたらどうだ。」
「そういうことじゃない。とにかく今はpip-boyで満足してくれないだろうか?というかソレで十分だろう...?」
「むむッ」
「『むむッ』じゃない。わかったらもういいかね?」
「むむむっ」
「まぁ、いざC.A.M.P.で小屋でも立てれば資材の許す限りラジオならいくらでも置けるのだし今は我慢すればいいんでなくて?Mr.アダム。」
「むむ、むむむむっ 不利! 圧倒的に不利! わかったそうしよう...。」
「あぁそうしてくれアダム爺さん。」
「ソレを持ってわたしにぶつからないならなんでもいいですよ。アダムさん?」
「あらフローリィあなたMr.アダムと何か...」
「なんでもございませんよ。ふふふ。」
「あらそう?」
「えぇ。」
しばらくしてアリサカとハヤトが広場へ合流したのでコックがクッキングステーションへ向かった。朝7:00のことである。
アリサカのテントから2人が出てきたことに対してダネル、フローリィは生暖かい視線を送り、アリサカがそれに気付いて顔を一気に紅潮させるということがあった。アリサカ本人が気にしていたほど男性陣への広がりはなかったことがまたさらに顔を赤くしたのだとか。
—BONFIRE LIT—
はいすいません。
反省しましたもうやらないと思います。
結局のところテントになりました。
前回分がそうでしたが爺の散歩徘徊回とC.A.M.P.陣地での日常描写では積極的にラジオがかかるかと思います。前書きに使用する曲を書いておくべきでしょうか?
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