「あずみ、人狼ゲームとはなんだ」
九鬼財閥極東本部のある会議室。湯気がゆらゆらと立っている紅茶を片手に資料に目を通していた幼い少女が、ふと思い出したように従者に訊ねた。
あずみと呼ばれた従者はと言うと、資料整理の際にかけていた眼鏡を外し、ほんの少しだけ笑みを零して少女との会話を成立させる。
「いきなりどうしたんですか?」
「この間ムサコッスにワンナイト人狼、というものに誘われたのだ。生憎時間がなかったもので、その時は断ってしまったのだ。しかし固より、我はそのゲームを知らなくてな」
紋白はばつの悪い顔を浮かべてしゅんとしてしまっている。折角遊びに誘われたのを断った上、その理由を用事という言い訳にしてしまったことに、奇妙な罪悪感を感じてしょげてしまっているのだろう。
あずみが落ち込んでいる紋白に声をかけようとしたところ、その場にいた他の従者たちが興味津々な様子で二人に近寄ってくる。
「ワンナイト人狼かー、少人数中の少人数の人狼ゲームだな」
「作られたのはつい最近ですからね」
「李もステイシーも知っているのか?」
「休憩中の娯楽の一つですので」
李とステイシーは人狼ゲームに幾らか心得があるのか、どこか紋白に対して自慢げに見える。主に対してそのような感情は不適切と言えるが、お姉さん面をしたがっているのは明白だった。
ここは従者の体裁を整えておくため、率先して指導役を担おうとしている、とでも言い換えておくべきか。
「ちなみにワンナイト人狼ができたのは二〇一三年だが、この世界じゃ既に取り入れられてるんだぜ!」
「誰に向かって言ってるんだお前……」
「故に、その人狼ゲームを知っていれば教えて欲しいのだ」
「なるほど、理解いたしました。ワンナイト人狼なら四人でできますし、このメンバーで大丈夫でしょう。確かどこかに配役カードが……」
何の滞りもなく主一人従者三人による人狼ゲームが開始されようとしている。
李が自分の服のあちらこちらを探り、ワンナイト人狼に必要な配役を決めるカードを探していると、その場にいなかったはずの別の従者が紋白の背後に現れた。
「折角です。ワンナイトではなく、元になった人狼をやろうではありませんか」
「おおクラウディオ! お前も人狼ができるのか?」
「執事ですから」
クラウディオと呼ばれた執事に全員の意識が集中した瞬間、李とステイシーの肩ががっちりと掴まれ、勢いよく引き寄せられて耳元で何者かに囁かれる。
「紋様のためとなれば話は別だな。いつの間にワンナイト人狼の役職カードをメイド服に忍ばせておいたかの詰問は置いておこう」
「ひ、ヒューム……!?」
「……暗器だったのにばらしてしまいました」
李とステイシーは観念してヒュームの詰問と言う名の折檻を受ける覚悟を決めた。それを見つつ、あずみはメイド服に娯楽用のものは何も仕込まないでおこうと密かに誓っていた。
「汝は人狼なりや? をするのであれば、マープルも呼んだ方が良さそうですな。何せ、こういったことに彼女は滅法強い」
「人数合わせも考えると、まあ十人程度の中人数村が一番手っ取り早いだろう。ゾズマも狩りに関しては参加したがるだろう」
「……本当に狩るわけじゃねぇんだけどな」
参加予定の従者の名前にゾズマが出たことにより、あずみは僅かながらに不穏な空気を感じ取っていた。頭脳ゲームであるはずの人狼ゲームだというのに、九鬼家従者部隊戦闘派代表である高圧的なヒュームと皮肉屋のゾズマが参加するという時点で、ただのパーティーゲームが恐怖入り乱れる処刑ゲームに思えてしまう。
その流れを汲み取ってしまった紋白は、人狼ゲームについての知識がないためか勘違いをしてしまい、不安になって李にその真偽を訊ねる。
「人狼ゲームでは狩り合いをするのか?」
「実際に武力で狩り合うものではありませんよ。人狼ゲームというのは、プレイヤーがそれぞれ与えられた役職に基づき勝利を目指すゲームです。初歩的ルールですと、大きく村人と狼の陣営に分かれます。村人陣営は村人に扮した狼を処刑により炙り出し、狼を処刑して村を守ります。一方の狼陣営は、狼だとばれないように村人の人数を減らして村を壊滅させます。どちらかが勝利条件を満たせばゲームは終了です」
「どちらにしろ、数は減ってしまうのだな」
「そういうゲームですから仕方がないですね。狩るだのなんだのと言っていましたが、村人は毎日昼に村から一人指定して処刑していくんです。そうやって狼を根絶やしにしていくんですが、そう簡単に狼は見つかりません」
李と紋白の会話にあずみが参加する。会話が次第に人狼の本筋へ移るにつれて、その会話に参加する人数は増えていく。
人狼とはどういうストーリーの元に成り立っているゲームであるのか、ヒュームとクラウディオが絵本でも読み聞かせるように話を綴る。
「処刑が終わった後の夜になると狼は密会を行います。どの村人を食べようかと相談するのです。村人は自分が村人としか分からないので、狼は密会で不敵に笑いながら食事を心待ちにしています。しかし、村人も黙って食べられるのを我慢している訳ではありません」
「村人たちは狼に対抗するための知恵として、狼かどうかを見分ける「占術」、死んだ者の種族を見抜く「霊能」、狼に対抗する「武力」を身に着けました。今回のような十人程度であれば、各村に一人ずつ特殊な役職として配備されます」
「おお! 心強いではないか!」
「しかし、その役職にも穴があります。その役職だということを自ら証明できる手段が存在しない、ということです。占い師や霊能者が複数現れるというのは人狼ゲームでは珍しくありません」
「ぬう……。役職を騙ってくるほど狼は知恵があるのか」
紋白が人狼の本筋を理解し、人狼のゲームとしての詳細へと移ろうとした時、会議室の扉がゆっくりと開かれる。今回の人狼を行うに当たり、適任とも言える九鬼家の従者がようやく訪れたのだ。
「もっとも、嘘偽りは所詮狼の浅知恵ですけどね」
「おおマープル!」
「紋様が人狼をやるとのことですっ飛んできましたよ。さて、狼の騙りについてでしたかね。狼が占い師を騙ったとして、誰かしらに村人判定か狼判定を付けなきゃいけない。そこで本当の占い師との誤差が出たり、囲いしてるとばれてラインが見えたり、狐や潜伏共有に引っかかったりするのさ」
会議室の扉から現れたマープルに続き、三人の従者も同時に来訪する。
「マープル、これは十人ほどの小さな初心者向けの村です。共有者や狐の話はまた次回といたしましょう。私の母は共有者ありの人狼を好んでいましたので、何れ大人数でやりましょう」
「鯉、アンタの母親は今関係ないだろうに」
マザコンの従者に対して呆れたように苦言を呈するマープル。しかし従者の方はと言うと、何やらその苦言に快楽を得ているように感じられた。
「狼を狩るのは現実でもゲームでもいいものだ。アフリカではライオンやハイエナあたりのネコ科の動物ばかりだがね」
「…………ネコ科の動物ばかり、ってかアフリカってオオカミいないんじゃないのか……?」
ドレッドヘアーでガタイの良い黒人の従者が、狩りという表現に何やら郷愁な光景を思い出し耽ってしまっていた。その従者の懐かしさが若干矛盾していることを、ステイシーは直接言わずにぼそっと呟いてしまう。
「人狼ですか……。なにやら流行っているようですね! ほとんど内容は知りませんが……」
「おい小十郎、揚羽様の護衛はどうした」
「何でも川神院に私用があるとのことで、着いてくるなと……っ!!」
鉢巻がトレードマークの熱血従者は拳を力強く握り、奥歯を噛み締めて涙を流す。私用には不適切と判断され着いてくるなと言われてしまう従者を慰めるほど、ここにいる者たちはお人好しではない。
「鯉、小十郎、ゾズマまで……! いい感じに集まってきたではないか!」
「ストーリー的前説はあんなもんでしょうかね。それじゃあゲーム的な流れを説明しようかね」
主役は揃ったと言わんばかりに、マープルが説明を再開する。
「初日は役職決め、二日目の朝に一人目の犠牲者が出てから本番が始まります。昼に役職発表や処刑指定の話し合い、処刑が終わると夜に移行し狼のみの話し合いが始まります」
「なに? 開始と同時に犠牲者が出てしまうのか!?」
「世の中に犠牲は付き物ですよ」
これはゲームですがね、そう付け足してマープルは解説を続ける。
「それをひたすら繰り返し、互いの勝利条件を満たせば勝ちです。村人の勝利条件は【狼の全滅】という実にシンプルなもの。しかし狼の勝利条件は、【狼と非狼の人数が同じになる】という少し複雑なもの。慣れてしまえばこちらも実にシンプルですが、初めは少し違和感を覚えるかもしれませんね」
「複雑……?」
「狼が二人残っていて村に四人しかいなくなれば、それで狼の勝ちとなるのはお分かりでしょう。しかし、狼が霊能乗っ取りや占い乗っ取りに成功していれば、気づくことなく敗北と言うこともあり得るんです。乗っ取り自体レアではあるんですけどねぇ」
「…………なるほど」
「加えてもっと人数が増えると、飽和と呼ばれる状況がでたり、残りの吊り回数や人数にもっと気を配らなくてはならないので、経験者はそのあたり神経使ってるんですよ」
狐と狂人はこれだから厄介なんだよ、そう呟いてマープルは溜め息を吐いた。以前人狼で辛酸を嘗めさせられたことがあるのか、少しばかり悔しさの混じった表情をしている。
マープルの大まかな解説が終わったところで、他の従者たちが我先にと説明役を申し出始めた。
「それでは役職の説明に移りましょうか。まずは【村人】ですね。村人に対する占い判定霊能判定は共に
鯉は母親の人狼経験談を交えつつ、役職解説に華を添える。
「【占い師】。占い判定霊能判定共に○、村人陣営の役職です。一日に一回、村にいる誰かを占うことで、その人物がどちらの陣営に属しているかを把握、公開することができます。キーパーソンとなりますが、その分人狼に狙われやすい。アフリカではこの辺りを預言者とも呼ばれていました」
ゾズマはアフリカの仲間たちと人狼の経験が広く多くあるのか、役職一つにつき複数の呼び名があることを知っているようだ。固定された場所で人狼をしていれば役職は固定的に見られることが多いため、彼は様々な場所で人狼を経験しているのだろう。
「【霊能者】。占い判定霊能判定はどっちも○、村人陣営の役職だ。これも一日に一回、死んじまった奴の陣営を知ることができる重要な役割だ! ボロ雑巾だの言われている不憫でブラックな役職だけど、処刑役含めて村のためにロックな活躍が期待されてる役職でもあるぜ!」
「おい、それが紋様に対する説明の仕方か……?」
「ひっ!?」
ステイシーの少しばかり砕けた言い方をヒュームは聞き逃しはしなかった。ステイシーの頭をがっちりと掴み、グイッと引き上げて握力に物を言わせてステイシーに強引で物理的な頭痛を味あわせようとする。
「ヒューム、よい。それより続きを」
しかし、紋白はそのことを気にしていない。というか、気になってしょうがないのは人狼の役職についてだ。紋白は従者の小さなミスにいちいち目くじらを立てる性格ではないが、その性格を考慮せずとも紋白を支配しているのは好奇心だけだ。ステイシーの口調など気にも留めていなかった。
ヒュームの万力のようなお仕置きから解放されたステイシーは脂汗を額に滲ませていた。呼吸を整えながら頭をさすっていると、ステイシーにだけ聞こえるようにヒュームが顔を寄せて呟く。
(……命拾いしたな)
――――これだからジジイどもと娯楽はできねーんだよ……!!
「【狩人】。占い判定霊能判定共に○、村人陣営の役職です。誰か一人を護衛し、狼の牙から護ることができます。ただ、自分は護れない上に守っている人が狼かもしれない、状況判断に加え自分を信じることが必要な役職です。主のいない従者、と言った具合でしょうか?」
そんなことになったら従者と言うか傭兵だな、そんなくだらないことを考えつつも、ステイシーが制裁を受けていたのを目の前で見てしまったこともあり、あずみはそれを声に出さなかった。
「頼もしい者たちではないか! で、続いては人狼陣営であるか!」
「はい。続いては【人狼】です。占い判定霊能判定共に
「人狼には何か能力を持った者がいるのか?」
「能力という訳ではありませんがね、引っ掻き回すことに長けた奴がいます。その名も【狂人】、占い判定も霊能判定も、これが厄介で○。どう見ても村人にしか見えない。それでいて自分のご主人様である人狼のためになるよう、村人の推理を邪魔しようとする。主に占い師だとかの騙りで邪魔をしてきます」
嘘偽りはばれますけどねぇ、と重要なことだと強調するように再び騙りのもろさを付け足したマープル。
役職の解説も終わり、紋白も頭の中に入ってきた新しい情報の整理に意識を移していた。
「村人からそんな者が出てしまうのか……。ある種の宗教のようだな」
「宗教関連でしたら背徳者が――――」
「だから中人数村だって言ってんだろ、ったく……。さて、これだけ知っていれば大丈夫でしょう」
――――背徳者が
李がくだらない冗句の脳内練習に精を出していた頃、紋白の脳内の整理が終わったようだった。
「理解したぞ! 例えるのであればそうだな……。いないとは思うが、九鬼家の中にいる反乱分子を膿を出す様に追いやればいいのだな!」
「「「「!!」」」」
――――さ、流石紋様お鋭い。胸に突き刺さりましたぞ。
――――今のは適当に言っただけか? だとすれば末恐ろしい……。
――――やれやれ、いないとは思うがなんて言われちゃ堪ったもんじゃないよ。
――――流石序列一桁の従者たち、表情は崩しませんね。
約数名、紋白の言葉に動揺したようだったが、他の人間がそれを察することはなかったためそれ以上の発展はなかった。
「ウオッホン! 人数合わせの結果、十一人村に決定。内訳は村人が五人、人狼が二人、占い師が一人、霊能者が一人、狩人が一人、狂人が一人。オーソドックスに行きましょう。猫又の導入と説明はまた今度だねぇ」
「十一人? 我、ヒューム、クラウ、マープル、ゾズマ、あずみ、ステイシー、李、鯉、小十郎……。十人しかいないが?」
紋白が指折り会議室にいる人間を数えていく。紋白の小さな両手が拳を作ってしまったところで計算は終わってしまう。
しかし、それも考慮したうえでの人数計算だとマープルは続ける。
「第一犠牲者の分を含めて十一人。第一犠牲者は村人陣営から一人選ばれるようになってます。第一犠牲者はここにはいない人間を採用しますよ」
「紋様がみんなで楽しみたいご様子でしたので」
「おお! それは助かる!」
「それに、しっかりと人柱役も確保しておきました。何、丁度仕事が終わったばかりの従者がいましたので」
紋白のために考えたことで紋白が目を輝かせて喜んでいる。クラウディオもヒュームも、このためだけに従者一人を捕えてきた甲斐があったとほくそ笑んでいた。
「それではみなさん、人狼ルームへ参りましょう」
「へ? どこだそりゃ?」
「タブレットとヘッドマウントディスプレイで行う近代的人狼を試験的に開発した一室です。ささ、着いてきてください」
クラウディオの先導により、会議室から別室へと移動が開始された。
◇ ◆ ◇
【一日目の夜】になりました
夜が更けていく。大きく丸い満月が眩く村を照らす。何か嫌なことが怒りそうな夜だ。
◇ ◆ ◇
アオーン アオーン アオーン…………。
(……どうしたものか、何もわからないまま人狼をやるのか……)
「どうも、
「同じく、クイーンとでも呼んでくれ」
「マープルが参加するのは読めていたが、まさかゾズマまで参加するなんてなぁ」
「紋のために自主的に動いてくれる従者たち、流石我が九鬼家の従者だ」
「…………それにしても紋の奴、鋭いこと言うじゃねぇか。膿とかよく言ったもんだ……」
「どうされました?」
「いやいや、何でもない。さて、役職も配り終わったし、紋の初めての人狼が始まるぜ?」
「どれほど奮闘できるか、我が子の成長を見守りましょう」
「おい、我が子って言っちゃ駄目だろ」
「……あっ! も、申し訳ありません」
「ま、いいけどよ。相変わらずそういう所は可愛いな?」
「お、おやめください……!」