「キングだ。やれやれ、紋のためってのは分かるが、初日は堅っ苦しかったもんだ。初日の昼を書く必要があるのかってんだよ。大体が初日の夜に初顔合わせだからな。場所にもよるが、初日から既に役職の相場を決める勝負が始まっている村もあるみたいだけどな? そんな息の詰まるようなのは俺は御免だ」
「クイーンだ。二日目からが勝負、というのは当然だ。今回は初日の夜に顔合わせをしたために、二日目で態度が露骨に変わっている者は怪しまれることだろう。これはネット上の対決ではなく、現実の人間が同室で戦う訳だからな。もっとも、マープルたちはそんなミスはしないだろうがな。紋、頑張りなさい」
◇ ◆ ◇
【二日目の朝】になりました。
「武蔵石榴」さんは無残な姿で発見されました。
◇ ◆ ◇
九鬼財閥極東本部特別会議室、【人狼】。
九鬼財閥極東本部のある会議室を大改装して作られた、「汝は人狼なりや?」をするためだけに特化した設備と設計により構成される大会議室だ。
【人狼】は俯瞰してみると、綺麗な正円を描いている。天井から室内を照らす照明も、まるで天使の輪のように光を放っている。
その中央にある円卓はドーナツのように穴が開いており、その中央には大きな地球儀のような形をした機械が設置されている。
その円卓に座っているのは、今回「汝は人狼なりや?」に参加している十人の参加者。参加者は全員、ウィンタースポーツなどで使うようなゴーグルよりも大きなヘッドマウントディスプレイを装着している。さらに、そこから延びているイヤホンを両耳につけ、付属されているマイクを口元に添えるように調整してある。
参加者は皆、ヘッドマウントディスプレイを通して【人狼】の中にいる参加者を視界に入れ、イヤホンから意見を聞き取り、マイクに向かって発言する。疑似的な顔出しチャットを再現しようとしている。
しかし、彼らのヘッドマウントディスプレイに映し出されているのは、月明かりが注ぐ村の風景だ。まだ彼らは目覚めていない。ヘッドマウントディスプレイの映像が【人狼】の中に切り変わった瞬間に、彼らは目覚めたことになる。
そして、最初の一人が村の住人として目を覚ます。
騙し合いの開始である。
「フハハハ! 皆おはよう!」
第一発言者、九鬼紋白は元気よく朝の挨拶をする。「汝は人狼なりや?」において、朝の挨拶は基本であると、二日目が始まる前にあずみのルールブックを一通り読み流しておいたのだ。
そして紋白が目を覚まして目にしたのは、会議室の入り口である扉にもたれ掛り、目をうっすらと開けて意識を失っている従者、武蔵石榴だった。
「お、おおう。い、生きているのであろうが、一応……。【石榴が死体で発見された】ぞ!」
「おはようございます紋様。丁度仕事が片付いたところだったようなので連れてきました」
今回の第一犠牲者役を連れてきた張本人、ヒューム・ヘルシングが続いて目を覚ます。
それを皮切りに、続々と村の住人が目を覚ましていく。
「おはようございます紋様。石榴にはきちんと了解を取ってありますのでご安心ください」
クラウディオ・ネエロがヒュームのフォローへと回る。
――――死体役とは告げていませんでしたがね。
石榴には人狼ゲームへの参加の了解を取っただけで、死体役としての了解を取った訳ではないことを、ヒュームもクラウディオも敢えて言おうとしなかった。
「おはようございます! 無様で妙な死体が出ちゃってますが怯えないで頑張りましょう!」
その悲しき人柱を嫌悪するような物言いで目を覚ましたのは忍足あずみ。
人柱の石榴は気絶しているので言われたい放題である。
「おはようございます。たまにはこういう息抜きも紋様のためならいいかもしれないな」
日本にいることが珍しいことに加え、こういった娯楽に手を出すことも珍しいゾズマ・ベルフェゴールが目を覚ました。
年齢は三十代と、この場にいる従者の中では中堅と言った具合であるが、その手腕は九鬼家従者部隊序列四位。彼より若い従者は彼に対して訝しげな視線を送ってきていたが、本人は気にせずこの場に参加している。
初日の役職説明の際、多面的に人狼を経験していることが垣間見えたゾズマ。ひょっとすると、彼は「汝は人狼なりや?」のコアなプレイヤーなのかもしれないが、その真偽は分からない。
「おはようございまーす、っと。それじゃ早速――――」
「おい。紋様に対してその挨拶の仕方はなんだ」
挨拶と共に何かを宣言しようとしたステイシー・コナーだったが、ほぼ正面に座っていたヒュームが一瞬にしてステイシーの背後に回り込み、右耳の下を添って到達する鎖骨のくぼみに親指を押し込み、グイッと抉る様に力を入れる。
リンパマッサージと呼ばれるものだが、その鈍痛は慣れていない者にとってはただの激痛に感じることだろう。
「んぁっ、あっ、ぎゃあああああああああああああああああ!? ぅお、おはようございます紋様ぁ!!」
「うむ! ヒュームも離してやれ」
アフターケアとして、首筋と肩甲骨と肩口にも親指で瞬時に指圧を加え、ほんの少しだけステイシーのリンパ節を整えてからヒュームは元の席に戻った。
ステイシーはと言うと、右腕全体を襲った重い痛みの余韻を振り払うように悶えていた。
しかし、このゲームの終了後にステイシーの顔が右側だけ少し小さくなったという。
「げ、ゲーム開始早々リアルに死ぬかと思った……! ええい話が逸れた! 【占いCO】だ! 【紋様は○】だったぜ! やはりご主人様だからな。疑うというより信じた結果の占いということで……。あと、占われておくのも一つの楽しみだと思ったんですが……」
「ステイシー、気遣い感謝するぞ!」
「いえいえ。占いはお仕事ですからね!」
紋白とステイシーの席が隣と言うこともあり、まるで姉妹のようなやり取りに見えてしまう。
「おはようございます。死体のフリなら私の出番なのに……。ゴホン、早速ですが【占いCO】です。【桐山鯉は○】でした。同僚の中で一番読みにくい相手、敵ならばと思い疑いましたが、どうやら安心できそうですね……」
その雰囲気を壊す様な宣言と共に、李静初が目を覚ました。
現時点で占い師が二人現われ、早くも疑いの視線が飛び交い始める。
「おはようございます紋様。おや、占い師が二人かい。ちょいとCOが早すぎやしないかい? ○判定なんだから様子見をしなよ」
その占い師たちに苦言を呈しつつ、今回の村に置いて最も聡明であろうプレイヤーのマープルも目を覚ました。
「人狼は今回が初めてじゃないんだろう? だったら、○判定を出したら様子見しておくセオリーがあるだろうさ」
「確かに早すぎという感じもしましたが、どうせノイズが来るのであまり関係が――――」
「おはようございます皆さん!! 清々しい朝がやってまいりました!! 張り切って狼を根絶やしにって柘榴さぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!?」
「……ああ、なるほどね」
マープルと李の会話を断ち切ると言うか、叩き壊す様に全力で叫ぶように挨拶をして目を覚ました、ノイズこと武田小十郎。
その喧しさで様子見もへったくれもなくなってしまうという李の意見に、マープルは大きなため息を吐きつつ納得したように項垂れた。
「黙れ小十郎! このゲームでのお前の結果は揚羽様に逐一報告するつもりだから死ぬ気でやれ」
「な、なんですと!? 揚羽様に知られたら二度や三度の折檻では済まない恐れが……!! こ、この武田小十郎、精一杯頭を絞らせていただきますっ!!」
あずみが小十郎にプレッシャーをかけ、雑音にしかならないような小十郎を黙らせようとしたが、逆に奮起してしまった小十郎を見てあずみはがっくりと肩を落としてしまった。
「おはようございます。……ふむ、○進行のようなので私も。【霊能CO】です。対抗はお早い内に」
最後の村の住人、桐山鯉が霊能者として目を覚ました。
李が○判定を出した鯉が霊能者を宣言したこともあり、場の空気が分かれ始めようとしている。
座っている順番は、入り口に最も近い席にいる鯉から時計回りに、マープル、クラウディオ、あずみ、小十郎、ステイシー、紋白、李、ゾズマ、ヒューム。並びに法則性はなく、ランダムに配置されたようだ。
そんな中、分岐点にすら到達していない参加者が一人、隣の手練れに耳打ちする。
「……あ、あずみさん。対抗CO、というかCOとは……」
「そこから聞くのか……」
恐らくほぼ全ての人狼ゲームに関わってくる用語を理解していない小十郎に、あずみは本気で落胆の表情を浮かべて舌打ちをする。主の紋白はルールブックを進んで読んだというのに、従者である小十郎は何をしていたのかと呆れているのだ。
しかし、小十郎は至って真面目で、真面目に理解できていないようだ。
情けをかけるように、あずみは先程紋白に貸したルールブックを、隣にいる小十郎の頭に勢いよく投げつけた。
「……ほれ、ルールブック。基本中の基本の用語だから載ってる。さっさと目を通しておけ」
「いたたたた……。あ、ありがとうございます!! えっと、シーオーしーおー……。なるほど、役職をカミングアウトすることですね! ……あれ? う、【占い師が二人】いる!?」
小十郎はようやく分岐点に立つことができたようだ。
これで、挨拶と宣言ばかりだった村に、考察の時間が訪れる。
「【2-1】で確定でいいでしょうか?」
「ま、【真狂―真】か【真狼―真】に決まってるんだ。とっとと今日の方針決めちゃうよ。もっとも、人狼は二人しかいないんだから、圧倒的に真狂の線が濃いだろうさ。セオリー通りならね」
「おお! 流石マープル、手慣れているな!」
「TRPGなどはマープルの得意分野ですからね。今回は進行役のGMではなくプレイヤーですが」
マープルが手慣れたように村の流れを作り出す。普段からTRPGの司会進行役を務めることの多い彼女の癖のようなものだろう。
「……初めにマープル占っておくべきだったか?」
「奇遇ですね。私もそう後悔しているところです。しかも占った先が霊能、これはもったいないことをしました」
その様子を見て、占い師候補のステイシーと李が自身の選択を間違えたと後悔しているようだ。
そんな二人に対し、原因とも言えるマープルが李に慰めの言葉をかける。
「霊能占いが勿体無いって? そんなことはないよ。ただの片白出したステイシーよりかはよっぽど有益さ。囲いなしっていうのが何となくでも伝わるからね。ちょっとだけアンタの方が信憑性があるってことさ。霊能は真で見ているんだからね」
「霊能は鯉だったな。進めてくれ」
「承りました。が、どうせこの流れならば狼の搖動を避けつつ、【グレラン】安定でしょう。そう言えば昔、【グレラン】で母が吊られた時は我を忘れて怒り狂ったことがありますよ」
指揮権がマープルから、霊能者の信憑性の極めて高い鯉に移る。
鯉も初日の役職説明の際、母親と何度も人狼を経験しているような口ぶりであった。彼も人狼ゲームには何か思い入れがあるのかもしれない。
「異議はない。とっとと吊る人柱を決めてしまおう」
ヒュームの好戦的なスタイルは、戦闘だけでなくこういったパーティーゲームでも健在のようだ。役職宣言をしていない者に向けて、ヒュームは鋭い視線を向けている。
そんな視線にたじろぎもせず、紋白は学習しつつ人狼を続けていく。先程ルールブックによるインプットを終えたばかりだ。これからは実践によるアウトプットへと移行する。
「なるほど、人狼二人が潜伏している確率の高いグレーを狙うのだな」
「流石紋様、御理解が早い」
その様子を見て喜びを表面に出しているのはクラウディオだったが、目付育成係であったヒュームは内心、クラウディオと同等以上に喜んでいることだろう。
「小十郎は大丈夫か?」
「な、なんとか……! 占い師二人の【内訳】とやらの違いの理解に、苦しんでいるところです!」
「苦しんでたら駄目だな……」
一方もう一人の初心者、小十郎はいつショートしてもおかしくない程顔を赤くしながら、必死に頭を悩ませて人狼というゲームに溶け込もうとしていた。
あずみはもう駄目かもしれないと思い、ルールブックを小十郎からそっと没収した。
「【中人数村】の初歩ですし、これぐらいは頑張ってほしいものですね」
「まったくだ」
その姿に鯉とゾズマが辛辣な言葉をかける。人狼を多く経験してきた彼らにとっては、小十郎の理解の遅さは不愉快なのだろう。
そんな小十郎を脇目に、ステイシーと李の言い合いが始まる。
「李はオオカミっぽいよな。狂人と言うよりはクールな犬っころみたいで」
「狂人さんは言うことがおかしいですね。元から狂っている部分もありますし」
「どうせ桐山に○当ててホッとしてんだろ? 分かるぜ人狼さん。●なんか真霊能に出した日にゃ二日目で破綻だもんなぁ?」
「狂った発想ですね。まあ狂人血まみれステイシーが【囲い】をしようが私の知ったことではありません」
「なんだお前、【紋様が●】だってのか?」
「可能性の話ですよ。そう突っかからないでください。両方の意味でご主人様のことだからって、そうムキにならないでください」
「ケッ! どちらにしろ李は人狼陣営だ。邪魔すんなよ?」
「そちらこそ」
紋白を挟んで二人は互いの意見をぶつけ合い、最終的に二人は互いにそっぽを向いて討論は終了される。
それに挟まれていた紋白はと言うと、ほんの少しだけ縮こまりながらもうずうずとしているようだった。人狼ゲームという経験のない「騙し合い」に、胸が躍っていしまっているのだろう。
「小十郎、【真狼】は考慮しておく程度で真剣に考えるなよ? それは【レアケ】だからな」
一方、紋白の対岸では占い師の内訳に関する議論、というより授業のようなものが行われていた。あずみの世話焼きなところが垣間見える。
「【真狼】か。出会った回数は少ないが、そうなると厄介ではあるな」
「おや……? なにやら【グレラン】を回避したい物言いじゃないか、えぇ?」
ヒュームの呟きにマープルが重箱の隅を突く様に、煽りを加えて意見した。
当然の如く、好戦的なヒュームはそれを挑発と受け取り、マープルに殺気をぶつける。マープルはそれを冷ややかな顔で受け止めるが、間に挟まれた鯉は堪ったものではない。
――――人狼ゲームに殺気は不要だと思うのですがね。
その心の声を決して声に出すことなく、あずみに体を向けて指で小さく「×」の字を作って救難信号を送る。
あずみはそれを一瞥すると、鯉に親指を突き立てた拳を見せ、「が・ん・ば・れ」と声に出さず口だけを動かし激励した。
「至極当たり前の意見を言わせてもらうが、俺は【人柱】になって吊られるのは御免だからな。それに俺だけじゃなく、グレーの連中は全員長く参加したいはずだが? マープル、お前もそうじゃないのか?」
「言いたいことは分かるけどねぇ。【真狼】に固執してちゃセオリーも見えないって言ってんのさ。【役職ロラ】に誘導したいように見えるがねぇ? 二日目から殴り合いを希望かい、戦闘狂め」
殺意交じりの互いの意見のドッヂボール、その流れ弾の被害者の鯉は指揮権を持っているのにも拘らずダンマリになってしまっている。
若い従者たちは鯉に対して数秒間黙祷し、見捨てたように視線を鯉から反らした。
「双方落ち着いて!」
その性質の悪い議論に終止符を打ったのは、クラウディオの鋭く通る声だった。鯉はようやく解放されたとクラウディオに感謝しながら、汗と蒸気の籠ってしまった上半身に空気を送るべく、胸元を掴んで動かしパタパタと音を鳴らしていた。
「確かに、役職なしの村人が二日目に処刑されるのは虚しいことだな」
「数をこなせばそれなりの経験は多い。しかし、村人で処刑と言うのは如何ともしがたい悔しさが残るものです」
ゾズマとクラウディオが自身の人狼歴を振り返り、懐旧の想いに浸っているようだ。
それら全ての光景を一部始終見ていた紋白が一言。
「思っていたより殺伐としていないものだな」
「え゛? あ、そ、そうですねー☆」
思わず濁声で驚愕の声を漏らしてしまったあずみ。なんとか体裁を取り繕うと笑顔を浮かべるが、どうにも引き攣ってしまい説得力のかけらもなかった。
他の若い従者も同様で、笑ってはいるものの皆苦笑いを浮かべている。鯉に至っては疲労まで顔に浮かび上がるほどだ。
――――ヒュームとマープルが喧嘩腰で、こちとら胃が痛いんだけどな……。
――――紋様はお強いね……。私はもう疲れたぜ……。
――――とばっちりが来ないようにと、ばっちり祈っておきましょう。あ、これは九〇点は固い素晴らしい出来……!!
――――考えることに集中できないのは、辛いっ……!!
――――これはもう、作戦決行でしょうね。
若い従者たちは各々思い浮かべたことは様々だが、全員が一致していることは、「紋白という人間の強さに対する敬意を改めた自覚させられた」ということだろう。
その恐怖のタイマンが終わり、再び小十郎の唸り声が【人狼】に響き始めた。
「ぬ、ぬぬうう……!」
「小十郎は大丈夫か? 本当に、大丈夫か?」
ここまでの流れは大丈夫か? と言う心配ではなく、理解できないその頭は本当に大丈夫なのか? という哀れみの籠った声をかけるあずみ。
「も、問題ありません! 今ようやくグレランの意味を把握したところです!」
しかし、彼の頭は残念だ。その哀れみすら汲み取れない。
「やれやれ、先程は順調に理解していたと思ったら、停滞気味ですね」
「ま、あいつは占う必要がゼロだな」
「全くです」
「? 何故だ?」
若い従者たちが小十郎を占う必要がないと言うことに紋白は疑問符を浮かべる。
その理由を、序列一桁の従者が懇切丁寧に説明する。
「小十郎が仮にもし狼だったとしましょう。すると相方の狼に「いつも通りにしていればいい」と戦力外通告を出されることは明白」
「しかしそうすると、小十郎はいつも通りという「演技」をしようとして、棒読みや挙動不審が目立つでしょう」
「本当のいつも通りを振る舞えない、人外陣営の残念な奴がよくやるパターンですねぇ。ボロが出過ぎてボロボロになってしまうんですよ」
「ぶふっ」
「えっ、おい李、今の笑うところか!?」
「ある意味理想的な村人かもしれませんが、極めてノイズということに変わりはないでしょう」
紋白はその説明で納得できてしまったのだが、その説明で納得できてしまう武田小十郎という従者は一体何なのかと、紋白は人狼の最中に彼に対する評価を始めてしまう。
仮にも自分の姉の専属従者である彼があまりにも不甲斐ないようであればその時は、そう真剣に考え始める紋白であった。
真面目な議論と真面目な授業ばかりだったはずの殺伐な村の二日目に、そろそろ夜がやってこようとしている。
彼らのヘッドマウントディスプレイに、夕日が【人狼】を照らしているように室内が茜色に染まっていき、「投票五分前」という表示が参加者の目の前に現れる。
「さて、そろそろ投票のお時間のようですね。皆様、お手元のタブレットで投票先を決めてください」
鯉がそう告げると、参加者は皆自身の目の前にあるタブレットへ視線を落とした。
参加者の座っている円卓には窪みがあり、そこにタブレットがきっちりとはめ込まれている。人数が増減しても良い様に、その窪みは円卓を一周している。
タブレットとは言ったが、その大きさは両手で持たなくてはならない程大きい。紋白がそれを持つと、それはまるで写生大会にでも使いそうな画板のように見える。
タブレットに表示されているのは円卓の見取り図と、その円卓に座っている人間の名前とアイコン画像だ。皆のアイコン画像は一世代前のゲームに見られるようなドット絵で、皆がファンシーなアイコン画像に設定されている。
紋白のタブレットには、紋白のアイコン画像の上部に「YOU」と表示されており、そのアイコン画像の位置は自分が一番手前になる様に設置されている。自分の視点で見やすい様に設計されているようだ。
そのタブレット上の円卓から少し外れた位置、鯉の後ろには×印と「武蔵石榴」の文字が刻まれている。処刑されたり噛まれたりすると、×印に表示が変わるようだ。
「それにしてもこの人狼システムはいつの間に作っておったのだ?」
「英雄様からのご依頼です。何でもクッキーと川神一子に頼まれたようで」
「赤子連中のあんな戯言など放っておけばいいものを。まったく、英雄さまは一途でお優しい」
どうやらヒュームはこの【人狼】の提案者である九鬼英雄と、依頼者である川神一子とのやり取りを見ていたようで、その状況を思い出しつつ語っていた。
「さて、【グレラン】であるぞ!」
「間違っても占い師に入れんじゃないよ? ヒューム、アンタに言ってんだ」
「ええい喧しい。村の決めたことに逆らうほど愚かではない」
「再投票は面倒だからなー。きっちりやれよー?」
ステイシーの最後の口のきき方に、ヒュームは残りの一分間を使い激痛を伴うリンパマッサージを提供することになった。
◇ ◆ ◇
二日目 投票結果(五十音順)
忍足あずみ 2票 → マープル
桐山鯉 0票 → クラウディオ・ネエロ
九鬼紋白 0票 → クラウディオ・ネエロ
クラウディオ・ネエロ 2票 → 忍足あずみ
ステイシー・コナー 0票 → マープル
武田小十郎 0票 → マープル
ヒューム・ヘルシング 1票 → マープル
ゾズマ・ベルフェゴール 0票 → 忍足あずみ
マープル 5票 → ヒューム・ヘルシング
李静初 0票 → マープル
(あちゃあ、ちょいとはしゃいで喋りすぎたかねぇ……。やれやれ、出る杭は何とやらだよ)
【二日目の夜】になりました。
九鬼財閥特別会議の結果、「マープル」さんが処刑されました。
アオーン、アオーン……。
アオーンアオーンアオーンアオーン!!
アオーン……アオーン……。
(遠吠えが多い……。揉めているのか?)
消極的村人による用語解説
・武蔵石榴:武蔵家長男、九鬼家従者部隊序列九八七位。家族みんな駅名なのに自分だけ果物で、飼い猫のミックと肩を寄せ合って生きている。容姿端麗将来有望なのに目立たたないのは武蔵小杉のブルマ姿に武蔵家の全てが集約してしまっているから。
・人狼(会議室):川神一子という皮を被った軍師が九鬼英雄に注文した結果、軍師の予想の斜め上を行った人狼専用の娯楽室。今回が初めての使用。開発費の総額は百代が九鬼に本気で就職しようか迷うレベル。
・挨拶:人狼に置いて大事。しないと吊られる。
・死体が発見された:推理ゲームには欠かせない死体が発見された時に使う魔法の言葉。この一文には様々な意味合いが詰まっている。受身ではなくて自発かもしれない。
・人柱:吊られる人のこと。「俺を吊ってくれ!」と宣言する【人柱CO】がある。立派な戦略の一つ。
・リンパマッサージ:自称セラピストのにわか知識で行われる格闘技。リンパが詰まり顔が逆に晴れて口が開かなくなる悪魔の所業。顔の大きさが元に戻るのに二日かかる。
・占いCO:占い師だと宣言すること。●を出したら朝一にCOしよう。
・死体のフリ:人狼ゲームへの参加意思を表明した瞬間、顎に痛烈なヒュームの蹴りを食らい強制的に気絶させられ、倒れないように扉に固定されること。
・ノイズ:推理の邪魔になるもの。小十郎。
・霊能CO:霊能者だと宣言すること。自ら吊られに行くボロ雑巾宣言とも言う。
・2―1:占い師が二人、霊能者が一人村に現れたこと。こうなると霊能の信用はほぼ真と言ってもいい。
・真狂―真、真狼―真:2―1の内訳。占い師のどちらかが狂人か人狼であるという推理。
・片白:占い師が複数存在している時、全員に占われず一人にだけ占われて○判定を出された人物のこと。逆に全員から占われて○をもらった場合を【確定○】、【確定白】。○と●を出され意見が割れると【パンダ】と言われる。
・囲う:人狼陣営が占い師を騙り、仲間の人狼に○判定を出すようなこと。
・グレラン:グレーの中でランダムに吊ること。決してグレネードランチャーのことでは、おっと誰か来たようだ。
・中人数村:十一か十二人村で、【妖狐】や【共有者】がいない村のことを指す。
・破綻:騙りがばれてしまうこと。占い師騙りが破綻して、粘りすぎて【ノイズ】か諦めて【ステルス】になるのはよくあること。というかそれくらいしかない。
・両方の意味でご主人様:つまり、獣耳紋白がGAOーということ。
・レアケ:レアケースの略。しかし、観戦者はレアケばかり漁るので最早どれがレアケか分からなくなることがあるため注意が必要。
・役職ロラ:役職が複数人現れた際、それらを順々に処刑していくこと。霊能ロラは一番安定しているため、真霊能は二日目で吊られても泣かないように。
・遠吠え:夜に人狼が会話をしていると、村人にはただの遠吠えにしか聞こえない。チャットではしっかりと遠吠えに変更されるのをいいことに、人狼の会話内容が全て独り言だったのに「人狼はまだたくさんいる」と勘違いさせて勝利した人狼がいるとかいないとか。