「幸い、命に別状はありませんでした。軽い火傷と打撲で済んでいます」
待合席でその言葉を聞いた遊星は胸を撫で下ろすように息を吐いた。
十代は片目を抑えながら、床を見つめている。
「……俺は、あいつを知っているのか?いや、そんなわけが無い……俺の記憶はもう完全に───」
「十代さん」
遊星に肩を揺すられて、十代は現実に戻る。
「彼女、命に別状はないそうですよ」
「そう、か……」
何処か十代の表情は浮かばない。
如何なさいましたか。遊星が訪ねるも、十代はなんでもないの一言で済ましてしまう。
しばらく無言が続いたが、ふと十代は立ち上がると遊星を見て言った。
「遊星、すまないが起きたらあいつから色々聞き出してくれないか?」
「俺は別に構いませんが、十代さんは?」
「……少し、夜風に当たってくる。大丈夫だ、すぐ戻る」
言いながら、十代は待合室を後にした。
病院の屋上にやってきた十代は、静かに腰を下ろしながら夜空を見上げた。
「……E・HEROデッキ、か。何年……いや、何十年ぶりだろう」
早乙女レイという少女が手にしていたデッキを懐から取り出した十代は一枚一枚カードを捲っていく。
いつどこでこのデッキを失ってしまったのかはもう覚えていない。辛うじて何枚かのE・HEROは残っているが、それもE-HEROに捧げる生贄の為であり、戦闘で使うことはまずない。
「フレイムウィングマン、サンダージャイアント、エリクシーラー───ははっ、こんな奴らもいたっけ」
十代は一枚一枚大切そうに捲りながら呟く。捲る度に心の奥底が温まるようなそんな錯覚に襲われる。
「そうか、こいつらと共に俺は、この地球を───この広大な宇宙をずっと護っていたんだな」
だが、やはりと言うべきだろうか。カードに宿っているはずの精霊は目視することは出来ない。
「……そう、だよな。俺にそんな権利はない。全部忘れてしまっているからな。このデッキを見れば、少しは思い出せると思ったが───俺の考えが甘かったな」
苦笑いしながら、十代は残りの数枚のカードを捲る。そこでふと手を止めた。
「……これは一体、どういうことなんだ?」
震える声で呟く。
カードのイラストがないのだ。通常モンスターでレベルは7。そこまでは書いてあるのだが、モンスターの攻撃力、守備力、そして概要のすべてが抜け落ちてしまっているのだ。
「……なんだ、このカードは」
記憶を辿るも、頭の中で羽虫が飛び交うような音が鳴り響き、苦悶の声を漏らす。まるで、思い出すことを拒否するかのようだ。
そこから何枚かカードを捲ると、7枚がこのカード同様にモンスターがいない。
頭に鋭い痛みが走る。
「……何なんだ、こいつらはッ!」
痛みに耐え切れられなかった十代は堪らずカードを地面に落としてしまう。
荒い息を吐きながら何とか生唾を飲み込むことに成功し、地面に落ちたカードを凝視する十代。
目眩がする。吐き気もだ。座っていることもままならず、思わず地面に倒れ込んだ。長い間感じることのなかった倦怠感と激痛に眉を顰めながら、必死に酸素を求める。
───光を取り戻したお前が、再び闇に墜ちるとは。皮肉だな、遊城十代。
頭の中で聞き覚えのない声が響く。
十代は不快感を隠そうともせず、苦悶の声を上げた。
「誰、だ……ッ!」
───俺を忘れたか。まあいい。俺を思い出したところで、欠けた記憶を取り戻すことなんて出来ないからな。
「巫山戯るな……隠れていないで出て来やがれ……ッ!」
───止むを得ん。
頭の中で鳴り響いていた声が消えると、夜空の次が雲に覆われて消える。
微かな光さえ屋上には差し込まない。それだというのに、十代から伸びる影は濃くなっていく一方だ。
そして、影から細長い手が一本伸びると───十代の腕を力強く掴んだ。
───こちらへ来い。
刹那、影の中に引きずり込まれる十代。
自然と苦しいという感覚はなく、十代は小さく息を吐きながら、頭上にいるであろう人物を睨んだ。
「……隠れていないで出て来い。相手ならいくらでもしてやる」
「ほう。戦う気はあるらしい」
闇の中から現れたのは青年だった。黄金の瞳、栗色の瞳。そして、十代と同じ顔。対照的なのは、十代が赤い服を着ているなら、彼が着ているのは黒い服という点だろうか。
生唾を嚥下し、十代は小さく口を開いた。
「……お前、は……俺なのか?」
「さあな。だがこれで、お前を叩きのめせる」
黒衣の青年は十代の腰のホルスターに収められていたデッキ───『E-HEROデッキ』を抜き取った。
「……!待て、俺のデッキで何をするつもりだッ!!」
十代の言葉を無視し、青年は腕を天高く掲げた。瞬間、血色の異形の形をした
真っ赤な血が地面に滴るも、青年は気にした様子もなく地面に倒れ伏す十代を睨みつける。
「俺の?違うな、これは元々俺のデッキだ」
「……E-HEROデッキが、お前の……?なら聞かせろ。お前はそれを使って何を企んでいる」
「企んでなどいない。ただお前と決闘するだけだ」
青年が指を軽く振ると、地面に落ちていたカードが束になって十代の手元に収まった。どうやら、これを使って戦えということらしい。
「
闇の中で青年が小さく笑う。十代は膝に手をついて立ち上がると、自分の手に握られたE・HEROデッキを睨んだ。
「……お前が何を企んでいるのかは知らないが───」
十代の右腕を突破って黒色の異形の
十代の瞳が翡翠と黄金のオッドアイに変化する。
「お前を倒さなければ、ここから抜け出せないことは理解したよ」
「お前に出来るのか?中途半端にしか力を使えぬお前に」
「やるやらないじゃない。お前をここで倒すんだよ」
十代がそう返すと、青年は僅かにだが目を丸くして───小さく笑ったような気がした。