なかまが
今まで通ってきた地下も薄暗く、狭い道ではあったけれど、次に踏み入れたのはもっと暗く、もっと狭い洞窟だった。
「意外にここら辺はあったかいんだね。」
さっきまでは雪が積もり、冷たい風が吹きつける町、スノーフルにいた。最初は、この暗い洞窟は更に寒い場所なのではないかと疑っていたが、奥の方から流れてくる風は生暖かく、冷えた体にはとても心地よい。長い冬の後の、やっとこさやってきた春風のようにさえ感じる。
「そうらしいな! 」
隣を大股で歩く、背丈の高いスケルトン――パピルスが元気な声で応える。
「らしい」というのは彼に皮膚がなく、寒さ暑さを知らないからなのだろうか。
「それにしてもニンゲン。 なぜきさまは そんなに びしょぬれなんだ? 」
「ああ、これは雪の上を転がって――」
「こいぬじゃあるまいし、 そんなことしたら ぬれるってわかるでしょッ! 」
「え……ごめん。」
何を私は謝っているんだろう。パピルスと話しているといろいろ分からなくなってくる。
ところで、この洞窟はウォーターフェルという名前らしい。
さっき、岩と共に流れてくる滝の前を通った。この洞窟には、その名の通りの、先程のような滝がたくさんあるのかもしれない。事実、奥の方からも、微かにちょろちょろと水の流れるような音がする。
「パピルス、この花は何?」
私がパピルスに訊いたのは、意味ありげな植物の蕾。道の脇にあるスペースを大きく使って、等間隔に4つ程育っている。
「このはなは みずべをわたるときに つかうのだ。 べつに たべられないぞ? 」
「え?いや食べないよ?」
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さっきの蕾はなんと、水に4つ並べて浮かべると花が咲き、花を橋代りに水の上を渡れるという仕組みだった。なんとも奇妙な花だが、よく考えて並べなければ渡れない。
「すごいぞニンゲン! よくとけたなッ! 」
「皆ここを通る時、いつもこの仕組みを解いてるの?」
「そうだぞ。 でも しんぱいムヨウだ! およぎたくなったら およいでもいいんだぞッ! オレさまは いつもそうしているからな。 」
パピルスは泳ぎたくて泳いでいるのか、それとも解けなくて泳いでいるのか。
―――その時、あの感覚がした。少し久しぶりとも言えるあの感覚。意識が引っ張られ、それにつられて、目線がその意識を追いかけるようにして動く。意識がある地点で止まり、目線もそれに続く。意識と目線の先にある物を頭で理解するのは一瞬遅れてからで―――
「おい、 ニンゲン! どこへいく! 」
パピルスがそう言うのは、小走りで道の隅へと行く私が逃げると思ったからか。でもそんな思惑は私にはない。私が向かう先にあるのは塵の塊。ただ、『助ける』ためだ。
「―――助けたい。」
何かが目の前で光り、明るすぎるぐらいのその光が、視界全体を覆う。そしてその光がおさまり、光に眩んだ目が治る頃には、目の前にはいくつかの影がある。
今回も、いつもと同じようにその過程を経て、いつもと同じようにモンスターたちが今、私の前には居る。彼らは、先程私が『助けた』モンスターだ。
見た事があるモンスターもいれば、知らないモンスターも多い。上半身が筋肉質な馬で下半身が魚のモンスター。背中に水を溜めているひよこのようなモンスター。それから、遺跡で見たゼリーのようなモンスター。
彼らが安全でいる事を確認でき、肩の力が抜けると振り向き、完全に置いてきぼりにさせてしまっていたパピルスの方見る。
「ごめんね、パピルス。急に走ったりして。あと眩しかったと思うけど… 今度からは一声かけるね。」
隣を歩いていた人がいきなり走り出し、その先でいきなり何かが光ったと思ったら、いきなり今まで居なかったモンスターたちが現れる。
ちなみに、あの光は何なのか全く解らないが本当に眩しい。光が光るのは一瞬にもかかわらず、数十秒はその眩しさで周りが全く見えない。
もし、私がパピルスの立場だったら、その光は眩しいやら、どこから訊けばいいのやらで混乱するだろう。パピルスでは尚更―――
「まぶしい…? ウォーターフェルは いちばん くらいばしょだぞ。 まぶしくはないな。 」
「え?」
予想していた反応と全く別の物がきて戸惑う。ただ、パピルスが予想外の言動をとるのはこれまでにも何度かあったなとも思う。
「いや、そうじゃなくて、さっきの一瞬だけ光った光の事だよ。すごーい眩しいやつ。ここら辺から出た光だよ。」
モンスターたちがいる場所を指差しながら丁寧に説明する。モンスターたちはというと、状況が読めないという感じで首をかしげたり、困ったような顔をしている。それはまた、私の説明を聞いたパピルスも同じだった。
「なにを いっているんだ? べつに そんなひかりなんて なかったとおもうが。 」
なかった?光が?パピルスには見えなかったのだろうか。いや、この暗く、狭い洞窟内で、あれ程の光を無視するなんて嫌でも無理だ。だとすると…
「ねえ、さっき、すごく眩しい光とか見えなかった?」
今までずっと黙っていたモンスターたちに尋ねる。いきなり話に参加させられた事に驚いたのか、体を跳ねさせたりしたものの、皆揃って首をふるふると横に振った。
見えていない。パピルスのみではなく、他の皆まで。見えているのは私だけ?そもそもあれは何の光?『助ける』時に毎回出てきて―――
「―――ゲン! おい、 ニンゲン! きいているのかッ!? 」
「あ…ごめんパピルス。」
色々と考える事に夢中で周りが見えていなかった。今はパピルスもいるし他のモンスターたちもいる。
「色々と混乱させてごめんね。いきなりで悪いんだけど、何処か隠れられる場所に行ける?」
に向き直り、声を優しくかける。
「いけるけど… どうして? それとキミはだれ? 」
ひよこっぽいモンスターが尋ねてくる。
それはそうだ。知らない人が現れたと思ったら、よく分からない事を訊いてきて、避難しろと言ってくる。皆それぐらいは疑問に思う。今まで何度もされてきた質問だ。
「今、避難しなくちゃいけない状況なの。急いでるから詳しくは話せないんだけど。私は皆に避難するように言いながらまわってるの。」
彼らは顔を見合わせて戸惑っているようだったが、その後私に向かって頷いた。
モンスターたちは皆私達に背を向けて、少し急ぐようにして去って行った。
私がしゃがんでいた腰を持ち上げ、後ろを向くと、それまで黙っていたパピルスが口を開いた。
「ニンゲン…… きさまは……… マジシャンだったのだなッ! 」
「えっと…」
今度はどうしてその答えに辿り着いたんだ?パピルスには、私が何もない所からモンスターたちを出現させたように見えたからだからだろうか。
パピルスの発言はいつも方向性が飛んでいるが、ここまで来ると、パピルスの独特な解釈の仕方にも慣れてくる。
「マジシャンというのはフツーならできないことができるヤツのことだってMETAほうそうで いってたぞ。 まほうとかがつかえて… あれ? じゃあオレさまもマジシャンだったのッ!? 」
パピルスは一人で混乱しているようだが、あながち言っている事は間違っていないかもしれない。私もこの力が何なのか分からないのだ。
「私は皆が危険な目に遭わないようにしてるの。ロイヤルガードもこういう事してるんじゃない?」
「ああ そうだぞッ! みんなをまもるのが ロイヤルガードだと アンダインがいっていた! 」
パピルスが自信満々に答える。
ロイヤルガードについては完全な私の想像だったが、『ガード』と言うくらいなら、きっとどこかでこの事件に立ち遭っているだろうと思った。その、アンダインというモンスターも。
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左、上、左、上、左、上。右、下、右、下、右、下。
反転する槍は覚えてしまえばなんの難しさもない。
次は囲むようにして追尾してくる槍。これが一番厄介だ。
槍が足首あたりに痛みを与える。 無敵時間があるとは言え、一度ダメージをくらってしまうと、次の攻撃を連続で受けてしまう。
これは死ぬだろうなと思う。気がつけばHPはもう7しか残っていない。
槍が突き刺さり、タマシイの割れる音がした。視界が黒に染まり、自分の記憶の中の、あの声が聞こえる。
―――あきらめては いけない… ■■■! ケツイを ちからに かえるんだ!
私は今、死んだ。
初めての死だ。
―――今回は。
ケツイ。