一斉に目に、耳に、肌に、足の裏に、頭に、情報が入ってきた。
薄暗く、狭くも綺麗な洞窟。静かだが、微かに聞こえる水の流れる音。生暖かい、湿気の多い空気。足の裏に伝わる固い地面の感触。
ある。今はある。さっきまでなかった全ての物が。
そして、
「おい、 ニンゲン! どうしたんだ? いきなり たちどまったりして。 」
パピルスも居る。
パピルスは私の正面に立って平然としている。
「―――えっと……さっきのって…何だか、わかる…?」
あんな不可思議な事があったばかりなのに、パピルスはどうしてこんなに普通の顔をしているのだろうか。ここでは、あれはよくある事なのだろうか。
途方もなく長い時間あの空間にいた気もするし、一瞬だった気もする。
「さっきの? チーズのことか? だから、あれはクリスタルか したやつなのッ! 」
「違う違う。さっきの…なんて言うか…何も見えなくなったやつ?」
伝えにくい感覚だ。しかもパピルスに伝わりやすいように、だから余計に難しい。
「なにいってるんだ? さっきから まぶしいとか なにもみえないとか。 べつに なんともないぞ? 」
「え?」
またこれなのか。私が体験した物、事をパピルスは知らないという。どうして?同じ場所に居るというのに。
しかし、そもそも私は人間で、パピルスはモンスターだ。何かその間にズレがあってもおかしくはない。こういう事は、普通なのかもしれない。
あの歴史が書かれたパネルがふと頭をよぎる。
もうその普通は普通ではないのかもしれないけれど。
「それで、 どういうチーズなんだ? 」
「…えっと、何の事?」
パピルスがいきなり私に質問を投げる。
「チーズのことに きまってるでしょッ! さっき なにか いいかけていたじゃん! 」
パピルスが私の後ろの方を指差して言う。
「チーズ?」
何の話だと思いながらも、パピルスが指差した方向を向く。
そこにあったのは―――
「あれ…?なんでまたここにあるの?」
チーズだった。あのクリスタル化した、ちょうど前に見た物とそっくりの。いや、というより、全く同じに見える。
二回もあの前通ったっけ?そっくりな物だったとしても、隣をもう一度通った覚えがない。どういう事?
「ごめん、パピルス。言う事忘れちゃった。」
「なにぃぃぃ!? 」
パピルスが目玉が飛び出す勢いで驚く。
考えてみると、ここは本当に分からない事だらけだ。この場所も、状況も、モンスターも、人間も、自分の事でさえも。
下を向いて歩きながら考えていると、明るい光が差し込んできた事に気付く。それにつられて前を見る、が。
「え…」
青い光、揺れる水面、星のように輝く宝石。
この光景もまた、そう遠くない過去に、私は一度見ている。
「どうして…」
思わずそう口からこぼれる。
パピルスとの会話の違和感、そっくりそのまま同じ物や景色、光景。
これじゃあ まるで、時間が戻って、また同じ時間をそっくりそのまま過ごしているようだ。
「パピルス、私達ってチーズの前を通ったのも、ここに来たのも一回だけだよね?」
パピルスは呆れたような、驚いたような顔をした。
「ああ、 そうだが。 …きさま わすれんぼうの そしつあるぞ。 ヘタしたら サンズよりも なま―― 」
その時、何かが光った。
パピルスの言葉の続きは何だったのか。それは分からない。
なぜなら途中で切れてしまったから。それはテレビのコンセントをブチッと、いきなり引っこ抜いたかのようだった。
この途切れ方は一度聞いた。その時は自分の声だったが。
そして、そう思うやいなや、また一度体験した事のある感覚がした。
何もない。
音も光も温度も香りも地面の感覚も自分の体でさえも。
ない。
そんな感覚。
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「それで、 どういうチーズなんだ? 」
「――あぁ。えっと…腐るんだよ。」
「くさる…? 」
「そう。すごい小さい生きものが、食べ物に住み着いちゃう事だよ。その生きもの達ごと食べると、お腹が痛くなっちゃうんだよ。」
「なにッ!? それはたいへんだ! 」
パピルスの大袈裟な反応にも見慣れる頃、「腐る」についての説明も洗練された物になってきた。それもそのはず、私はこの説明を何度も繰り返してきた。パピルスに毎回、同じ事を訊かれる度に。
何度も見た景色。何度もした会話。何度も何度も、全てが繰り返されているのだ。時間が戻っていると気づいて、不思議な事もあるものだなと思っていたが、それは一回どころでは終わらなかったのだ。
しかも、私を置いてけぼりにしてだ。他の皆はこの時間が繰り返されているのに気づいていない。それは皆も巻き戻っているからだ。私だけ。正確には、私の魂だけが巻き戻されていない。体は毎回毎回ご丁寧に同じ位置、クリスタル化されたチーズの横だ。
急いでみても、ゆっくりしても、留まってみても、時には止めるパピルスを引っ張って道を戻ってみたりもした。けれど、時間が経てばあの何も存在しない空間に飛ばされて、またここに戻ってきてしまうのだ。
戻ってくるまでの時間はその時によって違う。戻ってきて一分も経たない内だったり、かなり奥まで進むまで戻らない時もある。しかし、必ず同じ場所に戻るのには変わりない。そして、同じ質問をされて、同じ反応が返ってきて、同じ景色を見て、同じモンスター達を助けて、同じ道を歩いて……ずっと、ずっと、ずっと、ずっと………
「どうしたのだ、 ニンゲン! かおいろがわるいぞ? 」
パピルスが立ち止まって心配してくれる。この反応は初めてだな、だなんて頭では冷静に考えているが、実際気分はもの凄く悪い。頭はずきずきと痛むし、吐き気だってある。体全体が疲れた感じがする。そんな私の様子に、パピルスは気遣ってくれたようだ。
「ごめんなさい。先に行っててもらっていい?ちょっと疲れちゃって。」
「だいじょうぶなのか? 」
「うん。すぐに追いつくから…」
パピルスは本当に心配そうな顔をしたが、すぐに姿勢を立て直して分かったと歩を進めた。その背中に今出せる精一杯の声でお礼を言う。
パピルスを見送ると、その場に座り込んで目を閉じる。頭がどくどくと脈打っているようですらある。息もきれてきた。どうしてこんな事に…
直にまたあの空間に飛ばされるのだろう。そうしたら、この辛さも消えるだろう。しかし、またウォーターフェルに戻ってきた時には、この状態になりそうだ。最初は気づかなかったが、回数を重ねるごとに体調が悪化しているようだからだ。
このままならこのループから抜け出せず、体調は悪化していく一方で、私は死んでいってしまうのかも。命の危機が迫っているかもしれないのに、対策を考える余裕すらがない。
―――でも、こんな所でぐずぐずしている余裕だってないんだ。
そう思って思い切り目を開ける。
と、そこには今までのループで一度も見た事がない物があったのだ。
「ドア…?」
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槍がひゅっという風の音と共に目の前を過ぎ去る。間一髪だ。
避けきった。しかし、ふっと一息ついてしまった。ほんの一息だ。ただ一息は一息。その一瞬で槍が足首に刺さる。魔法の槍だから、そのまま残る事はない上に、痛みにも慣れた。
しかし、今回は許されないのだ。一度だって攻撃を喰らってはいけない。
別に強制されている訳ではない。強いて言えば、強制しているのは自分自身だ。そう決めた。そうでしょう?
「………。 」
自ら槍に当たりに行く。逃げもしなければ、防御もしない。背中に、足に、腕に、首に。連続した痛みが体を襲うが、なんて事ない。
気づけば体力はなく、視界が真っ暗になる。何もしないとこんなにもあっけなく死んでしまうのか、といつも思う。
タマシイの割れる音がした。
記憶の中の声がまた語りかけてくる。
何もない空間。そこでする事と言えば一つしかない。意識を集中させ、強く念じる。
―――「生きたい」と。
ケツイがみなぎる。
まばゆい光が何もない空間を覆う。
そしてくらんだ目が治る頃には、最初の関門、怒れる勇者がやってくる、あの橋の前にいる。黒い風がないている。
この流れも、今回は何回見ただろうか。23、いや24か。
「きさまの ほんきは そのていどか!? 」
…さあ、今回はどこまでいけるだろうか。
ケツイ。