暖かい。
柔らかい。
冷たく硬い床はない。
目を開ける。
赤い天井が見える。
暖色系で統一された家具や壁が見える。
私は…今ベッドの上にいるようだ。
暖かい毛布をかけられている。
体に異常はなさそうだ。
ゆっくり体を起こす、と―――
「あら? めが さめたのね。 からだはだいじょうぶかしら? 」
奥のドアからヤギのような大きなモンスターが入って来た。
「あなた、 キズは みあたらなかったけど、 きをうしなっていて… 」
ヤギのモンスターが言葉を途中で切り、私の方を心底心配そうに見る。
「ほんとうにだいじょうぶ? どこかいたむようなら いってちょうだい? 」
「ぇ…?」
頬を何か、生暖かい物がつたう。
そこでやっと気付いた。
私は泣いていたのだ。
だから彼女が私を心配した。
私は安心したのだ。
だから私は泣いた。
「い、いえ。大丈夫です。ただ、貴女が無事でいてくれた事が嬉しくて…安心しちゃって…それで…」
ヤギのモンスターは優しく笑う。
「そうだったのね。 よかったわ。 わたしはトリエル。 このいせきの かんりにんです。 よろしくね。 」
こちらも挨拶をすると、握手をした。
それが終わると、トリエルは顔を真剣な表情へと変える。
「あなたが… わたしのことを たすけてくれたのよね? 」
まさか貴女が塵でいるところを見つけたのです、だなんて言えない。
「はい…」
「そこで こどもにあわなかったかしら。 」
子供…というのはきっとナプスタが言っていた子供だろう。
つまりは、トリエルを塵にした張本人だ。
「…いいえ、私が着いた時にはもう誰もいませんでした。」
「そう… 」
トリエルは悲しいような、怒っているような、ホッとしたような、焦っているような、複雑な表情をした。私がただ、モンスターの表情の読み取り方を、分かってないだけかもしれないけど。
「いいの。 きにしないで。 それよりあなたはやすんだほうがいいわ。 」
…いや、でも私は。
「トリエルさん、気づかいはとても嬉しいんですけど、私はあの扉の奥に行きたいんです。」
トリエルの目の色が変わった。これは私にもはっきり分かった。
「ダメよ! いせきのそとは いまキケンなの! あなたにまた そんなところにいってほしくない… 」
「また行く…?」
あっと言い、トリエルは口を隠した。
「…ごめんなさいね。 あなたとよくにたコと しりあいでね、 そのコと かさねちゃったの。 もう… あのコはもういないのにね… 」
トリエルの声が暗く、悲しげに沈んでいく。
私がここを出て行ったら、トリエルはもっと悲しむだろうし、苦しむだろう。
でも私は、ここから出て、皆を助けに行かなきゃいけない。
でも、トリエルを悲しませるわけにはいかない。だから―――
「トリエルさん、私は全然強くないんです。相手が誰でも傷つけたくないし。」
トリエルが私の意図を掴めないというように首をかしげる。
「でも、私にはたった一つだけ力があるんです。」
トリエルの目を真っ直ぐに見る。
「皆を助ける力です。」
少しだけ沈黙が流れる。
「そのチカラで あなたはわたしをたすけた。そういうことかしら? そのチカラをつかって、 あなたはこのさきにいるみんなを たすけにいきたいのね… 」
「私にあるものと言ったら、この力しかないけど、これは私にしかないから。皆がいなくなるのが嫌だから。だから、先へ行かせてください。」
頼み込むようにトリエルに言う。
また沈黙が流れて―――
「わかったわ… ドアのむこうへいきなさい。 わたしがまちがっていたわ。 」
トリエルが悲しげな笑顔を私に向けながら言う。
「あなたは キケンをわかったうえで みんなをたすけようとしていたのよね。 そこで ははおやがとるべきたいどは ヒテイじゃないわ。」
トリエルが近づいて、体が、心が、温かくなる。
私は、トリエルに抱きしめられていた。
「あなただって こわかったし さびしかったはずよ。 」
…そうだ。自分でも気づけなかった。怖がっていちゃ、寂しがっていちゃいけないと、自分で自分を仕舞い込んでいたから。
「トリエルさん…」
私がそう言うと、トリエルは少し困った顔をした。
「わたしはあなたのことを ジブンのこどものように おもっているわ。 だから そんなにかしこまらなくていいのよ。 」
「あぁ… えっと、じゃあママ…とか?」
何だか自分で言ってて恥ずかしくなってきた。トリエルはというと、最初は驚いていたようだったけど、今日一番の心からの笑顔を見せた。
「あなたがそうしたいなら… ぜんぜんかまわないわ。 すきなように よんでちょうだいね。 」
もの凄く恥ずかしいし、なんでそれなんだって我ながら思うけど、トリエルがこんなに嬉しそうな顔をしているし、どうしてだかしっくりくるような感じがした。
「うん…… ママ。」
トリエル、いや、ママがにっこりと笑う。
「それとよ。 あなた、 そのチカラしか もってないっていってたけれど ぜんぜん そんなことないじゃない。 」
私が首をかしげるとママは続けた。
「やさしさよ。 」
ママは続ける。
「ただ チカラがあるだけじゃ だれもたすけられないわ。 でもあなたはちがう。あなたは キケンをおかしてでも、 みんなをたすけたいとおもった。 」
「そのやさしさが あなたにはあるじゃない。 」
…どうしよう、また泣きそうだ。改めて、ママが本当に私の事を考えてくれているんだなと思った。
「ありがとう。でもやっぱりモンスターたちの優しさには敵わないかな。」
「フフフ。 そうかしら? でもケツイは あなたのほうがつよいとおもうわ。 」
そんなやり取りができるのが本当に嬉しい。ここでママと二人、暮らしていくのも悪くないかもと思った。
「ほんとうにほんとうに きをつけてちょうだい。 キケンだとおもったら すぐに にげるのよ。 」
「うん。わかった。」
真剣な面持ちで話しているのはあの大きな扉の前。今は開け放たれ、冷たい風が足元を通り抜けている。
本当はママも一緒に来るはずだった。でもどういう訳か、使えていたはずの魔法が使えなくなっていたらしい。ママはそれでも一緒に行くと言ったが、色々理由を並べ立てて押しきってきた。だから遺跡の外へ出るのは私だけだ。
「わたしが いせきのそとへでたのは ずいぶんまえだから、 あまり たすけになるじょうほうがなくて ごめんなさいね。 」
「心配ないよ。今までもそうだったし、途中で皆に訊けば大丈夫だよ。」
極力ママを安心させられるように応える。
「そうだわ。 そとに サンズっていうスケルトンのモンスターがいるの。 かれはきっと たすけてくれるはずよ。 それと―― 」
ママが声のトーンを落とす。
「あのコは ほんとうにキケンよ。 モンスターいじょうに モンスターだった。 どうか ブジでいてちょうだい、 わが子よ。 」
「うん。必ずまたママに会いに行くから。」
ママが私を抱きしめる。私も力強く抱きしめる。
名残惜しく思いながらもママと離れる。
「それじゃあママ、行ってきます。」
「いってらっしゃい、 わが子よ。 」
扉をくぐる。後ろは振り向かない。振り向いたらあのママのとても悲しそうな顔が見えてしまうから。帰りたくなってしまうから。
あの優しいママとまたたくさん話したい。だから―――
絶対に無事に帰ると思うと、ケツイがみなぎった。