皆、真菰を愛す人間なのだから。
産屋敷の「落ち着きなさい」という鶴の一声で浮足立っていた柱や隠達は再び静かに傅いた。
唯一一人だけやけに不服そうな顔をしている甲の隊士が居たが、それを産屋敷は有無を言わせぬ笑顔で黙殺する。
その後風柱である不死川の稀血を使った試練を禰豆子が乗り越え、兄の炭治郎共々蝶屋敷に運び込まれていった。
この後に行われる本来の柱合会議に備えてしばし休憩を言い渡された柱達は各々仲の良い別の柱や近くに居た柱と雑談をしだす。これは言わば柱合会議が終わった後と同様の恒例のようなもので、半年に一度全ての柱が一堂に会する数少ない機会に皆自主的に交流を図っているのだ。
そんな中、この中で唯一柱ではない隊士が同門の水柱二人に向かってつかつかと近づいてくのをこの場にいる誰もが視界に捉えていた。
「さぁ、事の些細を話してもらおうか」
「あぁ……そう、だな」
「…………」
苦笑いで頬を引きつらせる水柱が片割れ、鱗滝錆兎。
普段の飄々とした表情は何処へやら、困り顔で相方を見つめる冨岡義勇。
二人へ詰め寄るのはこの場にいる誰もがご存知真菰柱、
「今回の件、俺と義勇と鱗滝さん、それから真菰とでよく話し合って決めたことなんだ。俺達はあの兄妹に可能性を感じている。他の鬼とは違う、あの二人だけが持つ何か。それが鬼舞辻無惨へ繋がる大きな一手になると信じている」
「だから何だってんだ。あぁん?そこでお前らが真菰を諌めるなりなんなりするべきだろ。てかなんで俺にだけこんな完璧に隠匿してんだよ真菰にもしろよ。そうすればお前らだけ腹切りショーでもなんでもできただろ」
「俺は見世物ではない」
「無闇に命を掛けると言っている訳じゃない。弥潮、お前もあの兄妹を見ればきっと俺達の思いが分かるはずだ。それに、なによりこれを言い出したのは――――」
「私だよ、弥潮」
その声に誰よりも早く、そして激しく反応したのは弥潮。
そしてホッとしたように息をついたのが水柱の二人。
じゃり、じゃりと庭の石を踏んで足音を立てながら言い合いの渦中へ向かって行くのは彼らの同門にして甲の女性隊士、鱗滝真菰である。
その姿を捉えた弥潮はこれまで向かい合っていた水柱二人に背を向けて真菰に向かって走り出す。
全身に大怪我を負っているとは考えられないほどの軽快な動きで駆けていくものだから、この場にいる全員が一瞬奴が現在進行系で医療施設に緊急入院すべき重症患者であることを忘れさせられた。
今までの険悪な表情からは想像もつかないような爽やかな笑顔を撒き散らしながら動かない左手はそのままに生き残っている右手は大きく広げる弥潮。
それに対して真菰もニッコリと可愛らしい朗らかな笑みを浮かべる。
「真菰ぉぉぉおおおおお!!!!!」
「おかえり、弥潮!」
真菰も彼を受け入れる様に軽く両手を広げる。
柱の中には彼女を初めて目にした者もそれなりにおり、弥潮はあれだけ愛を振りまいているがそれを向けられている側はどうなのかと常々思っていた。だが、今の様子を見るにどうやら相思相愛のようである、と結論付けたその直後。
まさに弥潮が真菰を抱きしめようとしたその瞬間、笑顔のまま表情を変えない真菰の右手が弥潮の顎を横からぶった。
ものの見事に脳を揺らされた弥潮は体をそらした真菰の横を通り過ぎてそのまま半ば白目を剥いた状態で顔面から地面へと倒れ伏す。
ベチャァッ!というおよそ転んだとか滑ったという事象では最大級の音を立てながら弥潮は地面に対して海老反りで滑って行き、やがて停止する。
突然の予想打にしない自体に柱の面々は目を見開き、元から見開いたような目をしている炎柱は「よもやっ!」と声を上げた。
元々そういう打ち合わせだったのか、そそくさと後方に控えていた隠し達が倒れた弥潮を担いでどこかへ運んで行く。
「遅くなってごめんね、ふたりとも」
「いや、むしろ思っていたよりも早かったぐらいだ。助かった。完全に頭に血が登っていたようだったからな。普段と違って満身創痍だったっていうのもあっただろうが、俺達がどれだけ何を言おうとも聞く耳を持たなかっただろう」
「そうだねぇ。それにしても随分傷だらけだったけど、そもそもこの一ヶ月弥潮は何処に行ってたの?」
「知らん」
「ああ、俺達も詳しく聞かされてない。どうやらお館様から直々の密命を受けていたらしい」
「えー!?そうだったの!?」
さも何事もの無かったかのように会話に興じる彼らだが、ついさっき自分達の兄弟弟子が死にかけで担がれていったことを忘れてしまったのだろうか。
それとも普段から彼の扱いはこんな感じなのか……。
そう思うとこれまで鬱陶しく感じていた彼の真菰談義だが、少しはまともに聞いてあげてもいいかもしれない。
そう心変わりをした柱達だった。
真菰が波のように押し寄せる。朦朧とする意識の中そんな夢を見た。きっと俺の呼吸が海の呼吸とかふざけた名前だからに違いない。