真菰柱   作:時雨。

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真菰狂いが割とまとも、だと……???


お前の真菰は、 今、何処にある。

それは吐いた息が月明かりに照らされて美しく輝く夜だった。

何時にもまして冬の到来が早く、母や父と寒いね、早く家に帰って温まりたいななんて会話をしながら何かの遠出から家に帰っている途中であったと記憶している。

自分達の住んでいる村の直ぐ側にある狭霧山は何時にもまして黒く、大きく見えて、少しだけ怖くなった俺は母の着物の袖を引いて自分の顔を母の腕と体に挟み込む。

普段と違う様子の俺に母と父はどうしたのかと不思議そうな顔をしていたが、俺は顔が寒かっただけだと見栄を張って嘘を答えた。

今になってみれば仕方がない、という顔で二人は顔を見合わせていたので、俺の薄っぺらい嘘は直ぐにバレていたのではないかと思う。

子供の俺の足でも付いてこれる程度の早足で家へと再び歩きだした俺達一家だったが、もう家までそう掛からないという頃になって唐突に周辺の空気が変わった気がした。

母も父もこの異常に気がついていない。

自身の直感から来る悪寒と恐怖に走って家まで帰ろうと二人に言うが、二人共自分達が居るから心配しなくても大丈夫だと言う。

しかし、言いしれぬ恐怖が足元から神経を伝って冷たい何かを自分に染み込ませているような感覚を受けていた俺は、もう後から叱られようがなんだろうがいいから早く二人を家まで連れて行こうと半ば強引に両親の手を握って走り出そうとした。

左手に母、右手に父の手を取って前へ進もうとした瞬間、突然右手が後ろへ向かって引かれた。

腕の力を入れて引っ張られているというよりは体重を後ろへ移動させてゆっくり倒れ込んでいるような――

反射的に父を見上げれば本来父の首から上があるべき場所には美しく映える満月。

俺が何か言葉を発する暇もなくそのまま父だったものは後ろへ倒れた。

あまりにも唐突なことで俺も母もその場で硬直する。

数秒間父だったものから血が流れ出ていくのを呆然と見た後に、縋るようにして母を見上げようとすれば首を母の方へと向けた途端に顔に温かいナニカが降り注いだ。

目の中にも入ったそれに驚いた俺は慌てて両手で顔を拭う。ねとりとしたそれをなんとか最低限瞼を持ち上げられるだけ取り払い、一体何だったのかと目を向ければ自身の両手が真っ赤に染まっている。

そしていつの間にか目の前に立っていたはずの母も地面に仰向けで倒れ伏していた。父の時と同様に首から上がない状態で。

 

「は、え、ぁ、かあ、さん、とう、さ――」

 

半ば恐慌状態になりかけ、呆然と両親を呼ぼうとした所で体が何かによって力強く引き寄せられた。

その何かは俺を抱き上げたままその場から勢いよく離れていく。

俺が先程まで居た場所には二人の人影がどこからか舞い降り、小さな子どものようなナニカと棒のようなものを持って戦っている様に見えた。

何が起こっているのか全く理解できないまま暗い闇の中をこれまでの人生で経験したことのない速度で移動していく。

しばらくすると速度が落ち、狭霧山の麓の林の中で木を背にするようにして降ろされた。

担がれていた状態では見えなかった相手の顔をこちらが見上げる形で目にする。

 

「もう大丈夫だよ」

 

そこに立っていたのは俺とそう歳の変わらない様に見える少女だった。

そう、真菰だ。

後に俺がこのちっぽけで薄っぺらい人生のすべてを捧げると誓う少女。

これはそんな彼女と俺が初めて出会った月の美しい夜の話。

 

 

 

 

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全身満身創痍で蝶屋敷運び込まれた弥潮はそのまま3日間眠り続け、入院四日目の早朝にようやく目を覚ました。

折れた左腕は固定されたままだが、それ以外の傷はおよそ最低限ではあるが全て塞がり胡蝶しのぶに本当に最低限ではあるが、気をつけながらであれば日常生活を送ることに問題は無いと診断された。

日が登りはじめ、患者も屋敷の人間も起き出て屋敷が回り始めるころ、弥潮は一人とある一室へ向かう。

本来であれば足音を殺せる所を態と足音を立てながらその部屋の前までやって来て、部屋の中を覗き込む。

そこには弥潮が目的としていた人物以外にもう二人隊士と思しき人間が何事かとこちらに視線を向けていた。

 

「え?誰?なんかめっちゃ強そうな音なんですけど……お、俺らに何か様ですか、ね」

 

目に悪そうな髪の色をした少年、我妻善逸が顔を見せた弥潮に対して声を掛ける。

それに対して弥潮は一言も発さず一番手前のベッドの側まで近づく。

下半身を掛け布団の中に入れたまま体を起こしていた炭治郎は、臭いでわかっていたがやはりあの時の――と、数日前に髪を掴まれて殺意をぶつけられた時のことを思い出した。

顔を些か青くしながらも、自身を見下ろす弥潮を真正面から見つめ返す炭治郎。

他の二人はそんな朝っぱらから重たくなった空気を察して静かに場を見守っていた。

数秒の沈黙の後、弥潮が口を開く。

 

「この間はいきなりすまんかったな。俺もここ一ヶ月働き詰めで気が付かないうちに精神的にまいってたらしい。弟弟子に向けていい殺意じゃなかった」

「あ、い、いえ!その、俺も鱗滝さん達が自分達に命を掛けてくれているなんて知らなくて、あの場で手紙を読み上げられて初めて知らされたんです。俺、強くなります!絶対に禰豆子に人を襲わせず、みんなの期待に答えたえられるぐらい……!。そして禰豆子を人間に戻してみせます!!」

 

炭治郎の言葉を聞いた弥潮は少しだけ目を見開いた後にこう答える。

 

「――そうか。じゃあ俺が鍛えてやるよ」

「えっ!?いいんですか!?」

「ああ、なんか俺だけ鱗滝一門でハブられててお前と接点無かったからな」

 

ありがとうございます!!とキラキラした笑顔で感謝の言葉を言う炭治郎。

しかし、後にその選択をしたことを酷く後悔することとなる。

 

 

 

 

 

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「がっ、ご、げぇぁ、ごふっ」

 

蝶屋敷の庭で全身を震わせながら蹲り、えずく炭治郎。

それを木刀片手に見下ろす弥潮。

既に炭治郎は全身をボコボコに殴られた上に鳩尾に強烈な突きを食らい、挙げ句に痛みで身動きを取れないままがら空きになった腹に回し蹴りを受けて吹き飛んだ後である。

なぜこんな稽古ではなく蹂躙としか言えないような有様になってしまったのか。

ことの発端は数刻前まで遡る。

稽古ということで木刀を借りて蝶屋敷の庭までやって来た炭治郎と弥潮。

木刀を持って向かい合った状態で軽く打ち込みをした後に、これから本格的に稽古を始めると言い出した弥潮。

何をするのかと炭治郎が疑問に思っていると、突然あの柱合会議で嗅いだ強烈な殺意の臭いを察知した。

思わず身を固くしていると、弥潮が徐に告げる。

 

「これから俺が鬼役をするから、お前は最低限死なないように頑張れ」

 

稽古じゃないんですか!?と悲鳴のような声を上げる炭治郎に弥潮はそうだが?とい差も当然のような顔をしたまま先程の型を確認するような生易しい打ち込み練習を行った人間と同一人物とは思えないような苛烈な攻撃を繰り出す弥潮。

控えめに言ってマジで鬼である。

あれよあれよという間に炭治郎は壁際まで追い込まれ、フェイントに引っかかって木刀を弾き飛ばされた。

飛んでいく木刀を視線で追ったままの炭治郎の腹へ突き出された弥潮の足が突き刺さり追い込まれていた壁に叩きつけられる。

背を打って地面に落下し、蹲ったまま咽ていれば空かさず真剣ならば首が容易く落ちるような速度で自身の首目掛けて木刀が振り下ろされる。

それをなんとか紙一重で躱した炭治郎だったが、逃げた先にも弥潮は追いかけてくる。

 

「せめて木刀を拾わせてください!」

「お前は鬼殺隊の任務で鬼に追い詰められた時も同じ様に鬼に向けて刀を拾わせてくださいと懇願するのか?」

 

そう問われてしまえばもう何も言えない。

炭治郎は弥潮が先程告げた通り本当に自身を鬼に見立ててこの稽古、もとい痛め付けを行っているのだと理解する。

もしやあの時姉弟子が自分に命を掛けると書かれた書面を見た時の怒りがまだ残っているのでは?というか絶対今も怒ってると思わざる負えない程の躊躇の無さに思わずあの時同様体が震えた。

そうしてそのままろくに抵抗もできず、木刀も拾わせてもらえずに今に至る訳だが、流石に騒ぎを聞きつけたのか蝶屋敷の面々が慌てて弥潮を止めに来た。

 

「領海さん!止めてください!炭治郎さんはまだ先日の怪我が治っていないんです!それに明らかに怪我が悪化しているじゃありませんか!!」

 

蝶屋敷で働く隊員である神崎アオイがそう叫ぶ。

元から十二鬼月との戦闘でダメージを追っていた炭治郎は、既にうちのめされていたにもかかわらず今の鍛錬で間違いなく怪我を増やしていた。

それは蝶屋敷で彼を治療した一人として見過ごせない。

しかし、それを聞いた弥潮はほんのり不満そうな顔をして反論する。

 

「これはあいつが望んだことだぞ」

「望んだって、一体何をどう望んだらこんなことになるんです!?」

 

困惑した声を上げるアオイだが、全く同じことを思っていたのは現在進行系でボロ雑巾もかくやという状態にされている炭治郎もだ。

一体何が彼をそうさせるのか。

二人の疑問はその直後に解消されることとなる。

主に悪い方向に。

 

「『みんなの期待に答えたい』。炭治郎はさっきそう言っていた。みんなというのは当然真菰も含まれてるんだろ?真菰の期待に答えるためにはこれぐらい余裕でこなしてもらわなくては困る」

 

アオイと炭治郎の表情が固まる。

そういうこと……?そういうことなの?また真菰?てかあまりにも極端すぎじゃない?てかこいつ水柱の片割れとおんなじくらい会話が足りない!!!

先程と同様に全く同じ思考が脳内を駆け巡ったアオイと炭治郎の二人だが、至って真面目な顔でそう言い切った弥潮の目には善意しか見えない。

そう、彼はここまでの可愛がり(蹂躙)を完全に善意のみで行っていたのだ。

はっきり行って鬼畜の所業である。

一体どこに「がんばります!」と言われたからといって「よし分かった頑張らせてやる!オラオラ!何へばってんだもっと頑張るんだよ!!」となる人間がいるのか。

恐らく日本中探し回ってもこの男ただ一人だけである。

これには別時空の未来において読者からブラック上司と呼ばれる鬼の首領鬼舞辻無惨もドン引き不可避。

炭治郎が半ば現実から意識を飛ばしている間にも、弥潮は鍛錬という名の蹂躙を再開するつもりなのか木刀を構え直す。

どうにかしてこの真菰狂いを止めなくては。

普段の蝶屋敷では考えられない殺伐とした空気が庭を包んでいく。

そんな渦中にふわりと舞い降りる様にして炭治郎と弥潮の間に入ったのは、美しい黒髪を風になびかせる蝶の髪飾りを付けた女性だった。

 

「あらあら、あまり弟弟子に厳しくしては駄目よ。弥潮君」

「カナエか。久しぶりだな、息災か?」

「おかげさまでね」

 

胡蝶カナエ。

元花柱で、現在は蝶屋敷の常在隊士として鬼殺隊に所属している女性隊士である。

この殺伐とした空気を切り裂いて朗らかな笑顔を振りまく彼女はさながら地獄に舞い降りた天使であった。

鍛錬(暴力)を再開しようとする弥潮に、カナエは落ち着くように優しく語りかける。

俺は炭治郎の為を思って、焦ってはいけないわ、だがそれでは、無理は良くないわと、弥潮の反論はあれよあれよと押し込められていく。

最終的に今日の鍛錬はここまでということになった。

炭治郎が落とした木刀を拾い上げ、自分が片付けておくからゆっくり安めとひと声かけて弥潮は屋敷の中に入って行く。

ようやくなんとか危機を逃れたとアオイと炭治郎の二人がほっと息をつくと、カナエがくすりと笑った。

 

「大変だったわね、二人共。彼と会話をする時は大まかなくくりや曖昧な表現で話しては駄目よ。全く関係ない話題でも自動的に真菰ちゃんがくくりの中に入ってる体で進んじゃうから。今回は炭治郎君が弥潮君たちの弟弟子だったっていうのもあると思うけど、次からはちゃんと気をつけないとまた痛い目を見ることになっちゃうわよ」

 

その言葉に炭治郎は赤べこのごとく何度も縦に首を振って答えた。

正直に言って今日のようなことはもう懲り懲りである。

とはいえあの濃すぎる殺意が鍛錬の終了を言い渡された瞬間に一気に霧散し、残った感情からはこちらを心配する気持ちや罪悪感のような臭いを感じていたので恐らく根は優しい人なんだろうと思ったが、それにしたって怖すぎである。

大変勘弁してほしい。

 

 

 

 

 

 

その後弥潮が炭治郎を痛め付けたという話が鱗滝一門の耳に入り、また何かあったのかと急ぎ蝶屋敷に駆けつけた三人が苦笑いのカナエから事の顛末を聞かされて頭を抱えることになるのはそう遠くない未来の話。




いつから真菰狂いがまともだと錯覚していた?

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