ハリー・ポッター、『生き残った男の子』。
闇の帝王と呼ばれた、名前を言ってはいけないあの人『ヴォルデモート卿』を倒すと予言され死の呪文を跳ね除け一時的に殺した存在。
魔法界の英雄。
しかし当の本人は、魔法界から離されマグル界の叔母夫婦の元で冷遇されながら育っていた。
食事抜きは当たり前、家事全般はハリーの仕事、従兄弟のダドリーには殴られ、部屋は階段下の物置部屋、勉強もまともにさせてくれず、服は太っちょダドリーのボロボロのお下がりしかもらえない。
「お兄ちゃん!」
だが、ハリーは幸せだった。それは全て5歳の頃に出会った、ある存在のお蔭だった。
「ハリー、勉強はもう終わったのか?」
「うん!」
鍛錬で掻いた汗を拭いながらハリーに笑いかける青年。
クセっ毛の黒髪、虹色と黒のオッドアイ、それなりに整った顔立ちの中肉中背の青年。だがハリーは知っている自らが兄と呼ぶその青年はこの世の誰よりも強い事を。
「もう、こんな時間か」
「そう!おやつの時間だよ!」
「今日のおやつは…ああ、そう言えば昨日黄金のリンゴをおやつにするように言ったか」
「ええ!?またアレをおやつにしたの!もったいない!!」
ハリーは、兄が良くおやつにするようにと命じる黄金に光る林檎を思い出す。おやつにしても大変おいしいリンゴだがその価値は下手な黄金よりも高い。
「さて今日は、アップルパイかそれとも他のお菓子か、楽しみだな」
「もー、相変わらずお兄ちゃんの金銭感覚が分からないよ」
「始めの頃はともかく、だんだん金には困らなくなったからなぁ」
2人で手を繋ぎ、すでに用意されているであろう薔薇園へと向かう。
何時の間に用意されていいたのかは、ハリーは知らないが兄が花をめでると言う趣味もないのに気が付いたらティータイムのテーブルセットと薔薇園が出来ていた。
そこには、食べられる薔薇もありそれで作ったジャムや香りの強い薔薇で精油なども作っているようである。
「ほぉ、タルトタンタンか」
マネキン人形の様な久重と絶世の美女ナイアスが椅子を引くとそこに座り用意されていたお菓子を見て呟く。
2人が席に着けば、紅茶がそっと差し出される。
「そろそろ、ハリーの誕生日だな。何か欲しいものはあるか?」
「う~ん、でもあっちに持って行けばダドリーにとられるだけだし…それに叔母さんたちが煩そうだし」
「ああ、その問題があったな。そうだな、豪勢な食事は当然として何かいい物が無いか考えよう…それに今年でハリーは11歳、予想が正しければアレが届くだろうからな」
「そういえば、そうだったね。お兄ちゃんと暮らすのが楽しすぎて気にしてなかった」
「私としては、未知の魔法というのに興味があるけどな。そう言えば、お金が手に入ったら私も杖を買った方が良いのか?」
「どうなんだろ?お兄ちゃんの世界は杖が無くても魔法が使えるみたいだし」
ゆっくりと紅茶とタルトタンタンを食べながら、笑顔で言葉を交わす2人の姿はまるで本当の兄弟の様だ。
「まあな、だがこの世界の魔法を使うのに必要かもしれない。ハリーの買い物の後、買う事を視野に入れてもいいかもな」
「お金はどうするの?」
「宝石を換金すればいい、調べてみたがあそこの銀行はマグルのお金だけではなく貴金属も換金できるらしいな」
「宝石ってあれ?」
「昔は闘技場の供物として使ったがこの世界だと手軽な換金アイテムだからな」
ハリーが思い浮かべるのは、地下倉庫の1つに山の様に置かれた金銀と宝石。どれも青年の魔法で品質を高めてから磨かれているので大きさも美しさもテレビで見る宝石の数段は美しいものばかりだった。
「ついでに本や薬の材料を買おう、何事も知っておいて損はないし予習復習は大切だからな」
「え!?そんな、いいよ!学校で頑張るから!」
「私も興味があるんだ、私の世界の薬は傷薬と魔力回復薬ぐらいしか作り方を知らないしな。私が買った材料をハリーに分けるだけさ」
「でも」
「気にしなくてもいい、お前が良い成績を取って学校で友達をたくさん作って楽しく過ごしてくれればそれでいい」
「…うん、ありがとうお兄ちゃん」
自分を見て優しく微笑む青年にハリーは嬉しくなる。
叔母夫婦と従兄弟はハリーを嫌っており、学校でも従兄弟に虐められまともな服を着せてもらえないハリーと関わるような子供はおらず友達もいない。
そんなハリーを優しく包んでくれるように、外では着る事が出来ないが綺麗な服を作りハリーに与え、勉強を教えてくれて、子供の頃は絵本や物語を読み聞かせてくれた。
外ではこの兄である青年は、ハリーにしか見えない幽霊のような存在になってしまうがそうであってもハリーを愛してくれる。
ハリーが疑問に思っていた時折ハリーに話しかける人々の正体を探り、ハリーは本来魔法界という魔法使いたちの住む場所が住むべき場所だと知った。
時折、ハリーの周りで起こる不思議な現象はハリーの魔法力が感情によって爆発し発生した魔法なのだと知った。
自分はとは違うのだ、だからあの家族に疎まれるのだとその時知った。
だがそんなものは気にしなかった、大好きな兄も種類が違うとはいえ多様な魔法を使う魔法使いだったからだ。兄と同じ魔法使い、それのなんと愛おしい響きだろうか。
兄は兄の世界では、同類たちの中では一番と言われるほど強者だったと配下である存在達に聞いた。ならば自分はこの世界で誰もが認める一番の魔法使いになると、そう決めた。
兄に誇れる自分になる。それがハリーの夢になった。
「久重達を使えば本の写本もすぐにできる、私としてもこの世界の魔法族の本は興味深い。ハリーも読書の本が増えて嬉しいだろう?」
「うん、そりゃあ嬉しいけど」
「なら問題ない、元の世界に戻る方法もここから実体を持って出る方法も調べる事に必要だから買うんだ。ハリーが気にする必要はない」
紅茶を飲み終わり、ソーサーにカップを戻し笑う。
「私が何故この世界に呼ばれたのか、君の前に現れたのかそれは分からない。だが、私はこの世界の異物だ、何処までハリーと共にいられるかわからない。だら今のうちに沢山甘えてくれ現実世界で生活できない私に出来る事は少なく物足りないと思うが」
「ぜ、全然物足りなくないよ!十分な物を貰ってるよ!」
美味しい食事に手作りで体に合った綺麗な服に綺麗な靴、優しい家族たち。昔あこがれていた全てを青年から貰った。
いつか終わる夢だとしてもその思い出がある。
「私の弟子たちと違ってハリーは我儘を言わないからな、もっと甘えてもいいんだぞ?」
「で、でも」
「まぁ、6年経っても治らないものを治せと言われても困るか。学校で友達を作ってそこら辺も学んでいけばいいさ」
俯いたハリーの頭を優しく撫でる。
「主様、そろそろお時間です」
「ああ、もうそんな時間か。ハリー、あの家の夕食の時間の様だ。怒られる前に戻りなさい」
「はい、お兄ちゃんまた後でね」
「ああ、美味しいご飯を用意させて待っているよ」
後ろを見れば、この世界から現実世界に戻る為のドアがある。そこに手をかけ開ければ向こう側は自分の部屋として与えられている物置部屋。
「行ってらっしゃい、ハリー」
「行ってきます、キースお兄ちゃん!」
そしてハリーは、現実世界に戻った。
ハリーは、自分が魔法使いだと知った時に時折起こる不思議な現象が自分の魔法力の暴発によるものだと知った。
不思議な現象を起こす度に叔母夫婦に怒られ殴られるので、兄の力の一部を借りた。兄の魔法を封じる魔法をかけてもらい暴発できないようにしたのだ。
そうすれば、彼らの嫌いな“普通”ではない事は起きないので時折ダドリーに殴られる以外の暴力からは解放された。家事手伝いは、そう言う能力が欠如している兄を手助けできると思えば苦痛でも何でもない。
今日もまた寝心地のいい兄の世界の城館のベットを抜け、兄の配下が用意してくれている軽食を食べて物置部屋に戻る。
今日はダドリーの誕生日、あまり遅くなりすぎると出かける時間に遅れ殴られるので手早く用意を済ませ現実世界に戻る。
部屋を出て、朝食用のベーコンをフライパンで炒める。
見れば、プレゼントが山のように積まれている。
可愛いダドリーの支度が終わったのだろう、叔母ペチュニアに連れられたダドリーが今に現れプレゼントの山に一直線。浅ましくもそのプレゼントの個数を数えている。
その様子をニコニコとみる新聞を読んでいるバーノンとペチュニア。
(よくもまぁ、あれだけのもの持っていて飽きない物だ)
(ダドリーだし)
フワフワと宙を浮いている兄は、ダドリーを見てそう零す。
「36だ。去年より2つも少ない!」
「坊や、マージおばさんの分を数えなかったでしょう。パパとママからの大きな包みの下にありますよ」
「分かったよ。でも37だ!」
(37もあれば十分だろうに)
(だね)
卵とベーコンを机に運び、食べながら答える。
「今日お出かけしたとき、あと2つ買ってあげましょう。どう? かわいこちゃん。あと2個もよ。それでいい?」
ダドリーが癇癪玉を破裂させかけているのに気付いたペチュニアがそう提案する。
するとダドリーは随分とゆっくり計算をした後、ようやく満足したようだ。にやりと笑うと、一番近くにあったプレゼントを鷲掴みにした。
「やんちゃ君はパパと同じで、絶対損したくないってわけだ。なんてすごい子だ! ダドリーや」
呆れてものも言えぬとはこのことか、ジト目になった兄を眺めながらそんな3人を無視して朝食を進める。あまりのんびりとしていても怒られるのだ。
「バーノン、大変だわ。フィッグさんが足を折っちゃって、この子を預かれないって」
ペチュニアは、朝食を食べているハリーを顎で示す。よほど嫌なのだろうしかめっ面で大変不細工な顔だ。
「どうします?」
「マージに電話したらどうかね」
「馬鹿なこと言わないで。マージはこの子を嫌っているのよ」
ダーズリー夫妻はハリーの目の前で平然と話を進めた。そんなもの気にしないハリーは黙々と朝食を食べ進めている。下手に反対しても意味はないのだから当然だろう。
「……なら、連れて行くしかないだろう」
渋々と、実に残念そうにバーノンが言った。ペチュニアもそれしかないと諦めたようだ。だがダドリーは大きな声で泣き出して、ハリーが来るのを嫌がった(泣けば大抵の我儘を聞いてくれる両親だと、知っているから嘘泣きする事も多い。今回は絶対嘘泣きだろう)。
「ぼく、いやだ……あいつが……く、くるなんて! いつだって、あいつが、めちゃめちゃにするんだ!」
「ダッドちゃん、ダドリーちゃん、泣かないで。ママがついてるわ。お前の特別な日をあいつなんかに台無しにさせたりやしないから!」
抱き締めている母親の腕の隙間から、ダドリーはハリーににやりと笑った。やぱり嘘泣きだったな、と思いながら留守番させてくれないだろうかと思う。
留守番になれば、一家が帰ってくるまで兄の世界でのんびりと過ごせるのだ。
そんな事を考えている時に、玄関のベルが鳴った。
「ああ、なんてことでしょう。みんな来てしまったわ!」
ペチュニアは大慌てだった。やがてダドリーの一の子分、ピアーズ・ポルキスが母親に連れられ部屋に入ってくると、ダドリーはたちまち嘘泣きをやめた。
そして、30分後ハリーはダーズリー一家の車の後ろに乗っていた。生まれて初めての動物園へと向かっていた。
「言っておくがな……」
出発前に、バーノンはハリーを呼び止めた。
「変なことをしてみろ。ちょっとでもだ。そしたらクリスマスまでずっと物置に閉じ込めてやる」
ハリーとしてはその罰則は願ったり叶ったりである。クリスマスまでずっと兄のところで過ごせると言うのだから罰では無くご褒美だ。
ハリーの返事を待たずに車に乗ったバーノンに急いで車の後部座席に乗った。
その日は天気も良く、土曜日だったため、動物園は家族連れで混み合っていた。ダーズリー夫妻は入口でダドリーとピアーズにチョコレート・アイスクリームを買い与えた。そしてハリーを急いでスタンドから遠ざけようとしたが間に合わず、愛想の良い売り子のおばさんが声をかけてきた。そこで仕方なく、ハリーにも一番安いレモン・アイスクリームが与えられた。
(ナイアスお姉ちゃんたちの手作りアイスの方が美味しい)
(ま、あれは全部出来立てほやほやのアイスばっかりだからな。あいつら基本作り置きなんてことはしない)
アイスを食べながら、ゴリラの檻を見ているダーズリー一家を見る。
(まるで兄弟だな)
(確かに)
ゴリラが頭を掻いている姿がダドリーそっくりだ。髪の色が若干違うが…
昼になると、園内のレストランでお昼を食べた。昼食では、ダドリーがチョコレート・パフェが小さいと怒り出したので、バーノンが追加でもう1つ買ってやっていた。
(ただでさえ太っているのに更に太るぞ)
(運動ってあまりしないからね)
昼食の後で、爬虫類館を見た。ダドリーはすぐに館内で一番大きなヘビを見つけた。バーノンの車を二巻きにして砕いてくずかごに放り込みそうな大蛇だ―――ただし、今はそういうムードではないらしい。それどころかぐっすり眠っている。
「動かしてよ」
息子にせがまれるまま、注意書きを無視してバーノンはガラスをトントンと叩くが反応は無し。
「もう1回やって」
ダドリーが言うと、バーノンは先程より強く拳でガラスを叩いたが、結局蛇は眠ったままだった。
「つまんないや」
ダドリーは文句を言いながら行ってしまった。
(ヘビかぁ~)
(インビジブル・ブライント使うか)
(うんお願い)
兄の言葉に頷く。それはハリーが蛇の言葉を理解できるパーセルマウスだからだ。もし蛇と喋っている所を見られたら比較的穏やかに過ごせている今日がすべておじゃんになるからである。
「蛇も大変だよね。こんな風に見世物にされて、沢山の人にジロジロと見られて動かなかったら叔父さんの時の様にたたき起こされるんだ」
(実際見世物だし、動いていない動物ほど退屈なものはないがな)
『いつもこうさ』
蛇がゆっくりと起き上がり、ハリーをじっと見つめるとそう話しかけてきた。
「分かるよ、僕も5歳ぐらいまでは似たような感じだった」
ハリーの言葉にヘビは激しく頷いた。
「どこから来たの?」
ヘビはガラスケースの横にある掲示板を、尾でツンツンとつついた。ハリーがのぞいてみると、『ブラジル産ボア・コンストリクター 大ニシキヘビ』と書いてある。その下には『このヘビは動物園で生まれました』と書かれてあった。
「動物園生まれか、ブラジルを知らないんだね」
(ハリーそろそろ離れろ、ダドリーたちが気付いた)
兄の警告に従い、すぐにその場を離れる。
「ダドリー!あの蛇が動いているよ!」
ピアーズの甲高い声にダドリーが太った体を揺らしながら走ってくる。
ダドリーとピアーズはガラスに寄りかかって蛇を見ていた。その姿にヘビが可哀想だと思いながらも何もしない。
下手に介入してバーノンたちの怒りを受けるつもりもないからだ。
その後は、ごくごく普通に爬虫類館を見て回り家に帰った。蛇と話していた姿を見られていた訳ではないので特におとがめなし。ごくごく平和にその一日は過ぎた。