龍鬼が討つ 龍に選ばれし物の系譜   作:マガガマオウ

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田舎から夢を持って帝都に来る若者は後を絶たない、だが気をつけろ今の帝都は……。


兄を追って……。

人が集まり集落となり、集落が集まり街となり、街が集まり国となる……。

国が集まれば争いが起き、より強き力を人は求め……力を得れば、弱きより富を奪う。

奪いし富で国は栄え、人は豊かな安寧を享受する……。

国栄えれば光が生まれそして人に闇が差す……永き時は、人に際限なき欲を与え安寧は腐敗に変わる。

人が欲に溺れ人を喰らう魑魅魍魎となる時代、世にはその亡者を喰らう獣が現れるのは必然であった……。

 

 

帝都にほど近い街道に二人組の男が物資を乗せた馬車を帝都まで進ませていた。

 

「ん?」

 

帝都とは、目と鼻の先ほどの距離であり通常通りであれば平穏に物資を運ぶ事が出来たが残念ながらそう上手くは事は運ばないようである。

 

「……土……土竜だぁぁぁぁ!」

「こんな街道に出るなんて聞いてないぞ、逃げろぉぉぉ!」

 

すぐ目の前の地面に亀裂が奔り裂けた地面押し上げて巨大な昆虫の様な生物が姿を見せたのである。

その姿を見た二人は積み荷には目もくれず一目散に逃げ出した。

 

【ヴォォォォォ!】

「ギャアアアア!」

 

しかし土竜と呼ばれたこの生物は表情は判別しにくいが二人を獲物として標的に定めたらしく巨大な前肢を伸ばして襲い掛かる。

 

「人助けと名前売り同時に出来そうだな!」

 

二人の命運も尽きかけたかと思われたが、土竜の巨体に恐怖する素振りも見せずに背に抱えた剣の柄に手を伸ばし猛然と向かう一人の年若い人影が見えた。

目にも止まらぬ俊足で土竜との距離を詰め一太刀で触角を切り落とす。

 

「!」

 

その光景に思わず足を止めた男たちが、この少年と土竜の勝負の行く末を固唾を呑んで見守っる。

足を止めたしまうと自分たちが危機に晒されるという事実を忘れ、その戦いに引き込まれたようにただ佇んだのである。

 

「一級危険種土竜か……相手に不足はないな……。」

 

構えを崩さずに相手を見据えそう言い放つ。

 

【ヴォァァァァ!】

 

土竜の方は、思わぬ方向からの不意打ちに苛立ち怒りの声を上げた。

 

「怒ったな。」

 

普通の人間であればこの怒気を露わにした雄叫びに怖気づき足を竦ませるものだが、この少年に至ってはその分類に当てはまらなかったようである。

目の前の狼藉者に天誅を下さんと言わんばかりに、前肢を振り上げ少年の居た場所に振り下ろした土竜は舞う土煙の中から振り下ろされた前肢を駆け上る少年に一瞬気を取られる、慌てて振り上げた方とは別の前肢で振り払おうとするも上へ跳んで避けられる。

 

「終わりだ!」

 

着地と共に身を屈め勢いよく跳び上がると素早い連撃で土竜を切り刻み決着をつけた。

 

「す……凄い……!」

 

間近で勝負の決着を見ていた二人が何方ともなく呟いた。

 

「凄かったぜ少年!」

「まさか危険種を一人で倒してしまうなんて……!」

 

呆気に取られる内に地面に着地した少年に興奮した様に駆け寄る二人。

 

「ふっ……当ったり前だろー!兄貴に比べればあんな奴楽勝だって!」

 

おだてられて上機嫌になったのか、少年は得意げに話し出した。

 

「ちなみに俺はタツミって言うんだ!帝都で有名になる男の名前だから覚えておいた方がいいぜ!」

「!」

 

少年、タツミの軽いノリに少しばかり呆れ顔をしていた二人ではあったが彼の後半の発言を聞いて表情が硬くなる。

 

「アンタもしかして、帝都で一旗上げようってのか?」

「おう!帝都で出世!田舎者のロマンだぜ!」

 

恐々としながらも彼にそう尋ねた男の質問に、威勢よく答えるタツミ。

 

「……。」

 

しかし帰ってきた反応は芳しくなかった。

 

「……なんだよ?」

 

二人の何とも言えない感情が表に出た表情に、思わず調子を崩されてしまう。

しばらくの無言の後、一方の男が物々しい語り方で話し出した。

 

「帝都は……君が思うような夢のある場所じゃないぞ、賑わってはいるがこの土竜よりタチの悪い化物が一杯いるんだ……。」

「なんだよ……街中に危険種でも出るってのか?」

「人だよ……。」

「人?」

「人だけど心は化物……そんな連中ばかりなんだ……。」

「ふぅむ?」

 

その話の内容を、タツミは上手く理解できず聞き返してみるがいまいちよく理解出ない。

 

「まぁ、忠告は有り難いけど今更引き返す訳にもいかねーよ。俺が……俺達が……帝都で稼いで村を救うんだ!それに、帝都の軍には俺の兄貴も居るしな!」

 

理解できないなら仕方ないと施行を切り替える事にしたタツミは帝都まで続く道をまた進み始めた。

 

 

目の前に故郷の村に居ては見る事が出来ない景色が広がっていた。

 

「はー!すげーっ、ここが帝都かぁ!」

 

国の中心地と呼ぶにふさわしい景観と気品が田舎から出て来たばかりの少年には輝いて見えた。

 

「こりゃ出世すりゃ村ごと買えるな!せっかく兵舎に行かねーと!」

「……。」

 

完全に煌びやかな気風に当てられ小さな子供の用に意気揚々と兵舎に歩みを進めたタツミの声を、近くで聞いていた人物がいた。

 

「アーお前も入隊希望者か……んじゃこの書類書いて俺ん所持ってきな。」

 

視線を忙しなく彷徨わせながら兵舎に辿り着いたタツミに、覇気のない煤けた面持ちの係員が事務的に書類を差し出してきた。

その書類を手にしたタツミは呆気の取られた顔で、渡された書類を見る。

 

「……これって一兵卒からスタートってこと?」

「当然だろ?しかも大抵辺境行きだ。」

「そんなのんびりやってられるか!俺の腕を見てくれ!それで使えそうなら兄貴の部隊に仕官させてくれよ!」

 

事もなく返ってきた返事に、タツミは威勢よく啖呵を切る。

だがその返答は、兵舎から締め出されるという結果で示された。

 

「なんだよ試すぐらいいいだろ!」

 

自分の実力に自信があったタツミは、試されもせずに追い出された事に遺憾の意を示す。

しかし係員にも言い分はあった、否正確には軍の切実な内部事情だった。

 

「ふざけんな!兵士になるのすら抽選が必要なんだ!この不況で希望者が殺到してんだよ!いちいち見てられっか!雇える数にも限界があるんだよ!」

「え……そうなの?でも、兄貴の部隊は人手が足りないって前の手紙に……。」

「誰だよ⁉そんないい加減なこと書いた兄貴は⁉名前を教えろ後でとっちめてやる!」

「イッセーだ。」

「なん……だって?今だれの名を……。」

 

タツミが自分の兄の名前を口にした時、係員の顔色と声音が変わった。

 

「だから、俺の兄貴はイッセイだ!」

 

反応の鈍い係員に苛立ち、今度はよく聞こえるように声を出した。

 

「まさか……お前がイッセイさんが言っていた弟か……。」

 

口調が重くなりたどたどしくなる、よく見ると顔色も悪い。

 

「!やっぱり兄貴を知ってるんだな!だったら……!」

 

だがタツミは、兄な名が知られていることに喜びの感情を声に出して係員に話しかける。

 

「悪いが、その人はもういない……大分前に死んだよ任務でな……。」

「?何いてるんだよ……兄貴が死んだなんて……嘘だよな!冗談だよな!……だって、兄貴は村で一番強い男だったんだぞ!どんな危険種にだって負けたことが無い人なんだぞ!」

 

係員の話が信じられず、覚束ない足取りで詰め寄ると泣き叫ぶように訴えた。

 

「本当だ……とある脱走兵の捜索で、その脱走兵と交戦して……。」

「っ!誰だよ!そいつは、そいつの名前は!」

「知って……どうする?」

「どうするって、決まってんだろ!」

「仇を討つか⁉お前が言った、一番強い男ですら勝てなかった奴に!」

「それは……。」

 

係員の感情が籠った眼差しは、一瞬の怒りで我を忘れたタツミを迷わせた。

 

「成程な、直ぐに熱くなって周りが見えなくなる。イッセイさんが、最後まで自分を殺した奴の名を明かすなと言明するわけだ。」

「え……?」

「確かに、イッセイさんは強かった。通常通りのあの人なら負ける事は無かった……でも、あの日のイッセイさんは……これ以上は、話せない故人と約束だ……。」

「それでも……俺は!」

「今日の所は見逃してやる、早く故郷に帰れ……。」

 

その言葉を最後に係員は兵舎の戸を閉め切った、後に残されたタツミは喪失感を振り払えずその場に唯うずくまる事しかできなかった。

兄を失った、それもタツミにとって生涯敵う事のない憧れであり目標とする人物だった最高の兄イッセイを自分があずかり知らぬうちにである。

 

「畜生……俺はどうすれば……?」

「やあ少年、大丈夫かな?」

 

一人この世に取り残された絶望感が立ち上がるための気力すら霧散させていたタツミの頭上に、何者かの影が重なり同時に若い女の声が聞こえてきた。

 

「あんたは……?」

「あたし?あたしはただの通りすがりだよ、それより何かお困りかな?お姉さんこう見えても顔が広いんだ、もしかしたら力になれるかも。」

 

項垂れた顔を上げ自分を見下げている人の姿を確認すると、整った体型の若干怪しい雰囲気を滲ませた女性が立っていた。

 

「本当か⁉じゃあ人を探してほしいんだ!」

「分かった分かった、じゃあ一旦落ち着ける場所に行こうか話はそこで聞くよ。」

 

タツミはその女性に藁にも縋る思いで迫った、何としても兄の仇の正体を知りたかった、その為なら悪魔にだろうと鬼にだろうと首を垂れる。

その後、酒場の様な場所に連れてこられ事情を説明するタツミ。

 

「成程ね……お兄さんを殺した奴の正体を知りたいと……。」

「あぁ!どうしても知りたいんだ、あの兄貴を殺すほどの手練れだし、どんな奴か知らないけどさ……でも!」

「仇を討ちたい……それが無理ならせめて一矢報いたいっと……分かったよ、そう言う事なら協力してあげる!」

「ホントか!」

「ほんとほんと……でさ、探すにして先経つものがないとさ……。」

「先経つもの?……あぁ、金かならここにこれだけ……。」

 

手荷物の中から、金銭で膨らんだ麻袋を取り出しテーブルの上に置く。

その金は、タツミが帝都まで道中で危険種などを討伐して得た報奨金であり当分の活動資金に充てるつもりでいた命銭でもあるが、今のタツミには兄の仇の正体を知りたい言う願いの為に惜しむつもりなど無かった。

 

これは不味いな……以外にお金持ちだね、どうやってこんなに稼いだの?」

「兄貴に危険種の仕留め方を仕込まれてな……クソッ!何でだよ兄貴!」

本人ぽいな……少年の思いは理解した!でも、調べるだけならこんなに必要ないかなぁ。」

 

そう言うと女性は麻袋から三分の一程取り出した。

 

「この位あれば、大体の情報は仕入れる事が出来るから、後は大事にしまっておきなよ……最後に忠告しとくね、よく知らない人を簡単に信用しない事!」

「……はぁ?」

「あぁぁぁ!もう、そう言う所だよ少年!今、君はよく知らない私を簡単に信用して挙句に大事な軍資金を取られてる、君みたいなお人好しは早く帝都を離れた方がいい。」

「何言ってるんだよ?取られたも何も、あんたはまだこの場所を離れてないだろ?」

「だ~か~ら~!離れてからじゃ遅いの!ここじゃあ、騙す奴より騙される奴の方が悪いんだから!副長が心配するわけだよ……。」

「何だって?」

「兎に角!何か分かったら伝えるから!君は早くこの帝都から離れるんだ!」

 

そう言い残し、その場を離れる女性の背を見送りながら、最後の言葉の意味を考えるタツミではあったが結局その場では理解するには至らなかった。

その後も、情報収集を続けていると別の人間が情報集めを手伝うと言って金銭を求め疑うこともなくその都度渡していった結果、タツミは無一文になってしまった。

 

「……あの忠告の意味って、こういう事だったのか……。」

 

この状況になって初めて、最初に会った女性が如何に親切だったか理解できた、あの人は渡した金を黙って持っていけばばれなかった筈なのにわざわざ残って忠告してくれたのだ、恐らく情報集めも真面目にやってくれているだろう、それを考えれば最初の出費は割といい勉強代だった。

 

「この状況になってからじゃあ、折角の忠告も意味なしだけどな……今夜は野宿かぁ、兄貴の事もそうだけどサヨとイエヤスとも合流しなきゃな……。」

 

今夜の宿代も無くなってしまったタツミは、道の端に座りこれからの事を考えながら寝に付こうとした。

 

「止めて!」

 

だがそんな状況でも親切な人間はいた、道に座り込むタツミに気が付いた値の張りそうな服装の少女が乗っていた馬車を止めさせた。

 

「泊まるアテがないのかなあの人……気の毒に……。」

「またですかお嬢様?」

「仕方ないでしょ、性分なんだから。」

 

馬車に乗っていて少女は護衛の従者に手を借りて下りると、タツミのもとまで歩み寄る。

 

「……ん?」

 

微睡みの中で近くに人の気配を感じたタツミは、薄目を開けて近づいてきた人物を確かめる。

 

「地方から来たんですか?」

「あ……?ああ……。」

 

目の前に立つ少女に聞かれ、タツミは多少警戒しながら質問に答えた。

 

「もし泊まるアテがないんだったら、私の家に来ない?」

 

現状無一文のタツミにとっては願ってもない申し出だが、帝都に来てから最初に会った女性以外碌な人間に出会ってなかった彼は疑心暗鬼になってしまっていた。

 

「俺、金持ってないぞ……。」

「持ってたらこんな所で寝てないわね。」

 

もっともな意見だ、だが見ず知らずの人間を簡単に使用してはいけないと教えてもらったばかりの時に有り金全部取られたタツミはいまいち信用できない。

 

「アリアお嬢様は、お前の様な奴を放っておけないんだ!」

「お言葉に甘えておけよ。」

 

答えを出さずに考え込んでいるタツミを見かねて、護衛役の従者が少女を援護した。

 

「………まぁ、野宿するよりゃいいけどよ……。」

「じゃあ、決まりね。」

 

警戒していたタツミは遂に絆されて少女アリアの提案を受け入れ、彼女の自宅に招かれた。

 

「おお……⁉」

 

タツミはこの帝都に来てから、何度目になるか分からない驚きの声を上げた。

アリアの家は、屋敷と呼ぶに相応しい広さと豪華な調度品で飾り付けられていて、今まで故郷の村でしか暮らした事のないタツミにとっては別世界の光景だった。

 

「おおっアリアがまた誰か連れて来たぞ?」

「クセよねぇ、これで何人目かしら?」

 

その屋敷の一室で優雅にお茶を飲む夫婦が、タツミに視線を向けて会話を交わす。

そんな会話は耳に入らない程、タツミは興奮して辺りを見回している。

 

『!あのオッサン達凄く強ぇ……こういう人達がいるから得体の知れない俺にも優しく出来るのかな……。』

 

この屋敷と思われる男性の後ろで佇む二人の護衛役を見て、その実力を推し量るとこの家に暮らす家族の人柄の良さを推測できた。

 

『それにしているんだなぁ帝都にも、こんな優しい人達が‼』

 

ここまでの出来事で、酒場の出会った女性も親切な部類の人間ではあったが、その親切さも金銭が絡んでいた。

無償でここまでしてくれるのなら、この家族は良心に溢れた人徳者なのだろうか、ならば礼の一つもしなければならないと思い直した。

 

「ひろって頂きありがとうございます‼」

「いいよいいよ,遠慮無く泊まてってって。」

「ハイ‼」

 

自身の運の良さもあったのだろうが、それだけではこんな優しい家族に会う事は出来なかっただろうと、タツミは偶然の出会いに感謝した。

 

「人助けをすればいずれ私達にも幸せが帰ってくるものね。」

「お母さん!アリアはそんなつもりじゃないよ‼」

「冗談よ冗談。」

「あの……ついでに一つお願いしたいことがあるんですが……。」

「「「?」」」

 

図々しいかとも思ったが背に腹は代えられない、これからの事も考えダメ元で話をしてみる事にした。

 

「成程、軍で出世して村を救いたいか……。」

「ハイ。」

「素敵な夢ね。」

 

己の願望は確かに兄を殺した仇を探し出すことだ、だが当初の目的も蔑ろには出来なかった。

昨今の帝国ひいては辺境の実情は何処も芳しくなかった、重い重税に作物の不作などが重なり各々多少の差はあれど困窮しているところばかりであった。

タツミの故郷でも、頼みの綱だった兄イッセーからの仕送りで何とか日々を凌いでいた程で、貧しく苦しい生活を送っていたタツミ達はイッセーに続こうと帝都に出て来た訳である。

 

「……だがね君、帝都の内部は平和だが……この国は三方を異民族に取り囲まれている。国境での彼等との戦いに狩り出されるかも知れないぞ?」

 

アリアの父は、タツミを気遣って忠告してくれた。

 

「覚悟は……しています……何より、兄貴も通った道ですから……。」

 

しかし、タツミの意思は揺るがず決意を告げた、何よりも敬愛するイッセイも帝国の為に戦い殉じたのだ、自分だけが安全な場所には居たくなかった。

 

「兄貴?君はお兄さんが、帝国軍人だったのか?なら、そのお兄さんを頼ったらどうだね?」

「……兄貴は死んでました、俺が知らないうちに……。」

 

アリアの父の疑問も最もだ、タツミも当初はそのつもりだったし一緒に村を出た二人の仲間もイッセイの元に居ると思っていた。

 

「!……それは済まなかったね……。」

 

拙い事を聞いたとアリアの父は、沈痛な面持ちで謝罪してくれた。

 

「いえ、気にしないでください。」

「ところで、そのお兄さんと言うのは誰だったのかな?もしかしたら、知っている兵士かも知れない。」

 

気を取り直させようとイッセイの事を聞いてくるアリアの父に、タツミは何度目か分からないセリフを語った。

 

「……イッセイです。」

「!……これは驚いた、あの龍鬼イッセイの弟とは……。」

 

イッセイの名を聞いたアリアの父は、驚愕した表情でタツミを見た。

 

「龍鬼?」

「知らなかったのかい?君のお兄さん、イッセイ将軍の異名だよ。」

 

聞き慣れない言葉に首を傾げたタツミに、アリアの父は意外な様子で彼の知らない事実を口にした。

 

「将軍⁉兄貴は将軍になっていたんですか⁉」

 

だがタツミがその話の中で一番驚いたのは、兄が帝国軍で将軍だったことである。

 

「……知らされてなかったんだね。」

「……はい。」

 

兄は弾にしか手紙がよこさない為、ただ金銭のみが送られてくる事が殆どだった、だから将軍に出世したことも生死の所在すら知らなかった。

 

「彼が龍鬼と呼ばれるようになったのは、彼の戦い方に由来しているんだよ……常に最前線でそれも誰よりも前に出て戦い退くときは誰よりも後ろ居る、戦う相手はどれも猛者とされてきた強敵ばかりそれらをほぼ一人で引き受け渡り合うどころか圧倒して仕留めた腕……それは最早、人の範疇を超え龍や鬼と言った怪物と言われた方がしっくりくると噂が流れてね、実際に帝国軍の中でも手練れの将兵と模擬戦を行ったが結果は噂に違わぬ実力だったらしい。」

「そう……ですか。」

 

そんなタツミを不憫に思ったのか、アリアの父は異名の詳細を説明してくれたが、タツミの表情は晴れず寧ろ暗くなるばかりだった。

 

「……それで、タツミはその村から一人で来たの?」

 

立ち込めた重い空気に耐えらず、話題を変えようとアリアは別の質問をタツミに投げかけた。

 

「いえ、三人です……実は……。」

 

話題が変わったからかタツミは帝都来る前の事を思い出しながら、ここまでの経緯を話し始めた。

 

 

タツミの故郷、そこは雪深い山間の寒村だった聳える小高い山々の合間に村民の家が疎ら建つだけの小さな集落で、イッセイがまだ居た頃タツミ達は彼の狩りに同行して兄の戦い方を学んでいた。

そして、十分に力が付いたと感じ始めた頃に漸く村長からの許しを得て、イッセイを頼りに帝都へ向かう事にしたのである。

 

「んじゃ、行ってくるぜ村長!」

 

夢と希望に溢れこれから向かう帝都に憧れを抱く三人の若者が居た、彼らの表情どれも明るく特にタツミは兄に会うのが待ち遠しいのかそれとも、これから切り開いていく輝かしい未来に胸を躍らせているのだろうか、兎に角年相応の少年らしい笑顔を浮かべていた。

 

「うむ……幼い頃から高めあってきたお前達じゃ、その腕で出世のチャンスをもぎ取るんじゃ。」

「任せてよ!村を豊かにして見せるわ!」

「そうすりゃ飢えて死ぬこともないからな!」

 

そんな三人を送り出す村長の言葉に、サヨとイエヤスは力強く答えた。

 

「まぁ、このイエヤス様の名が知れ渡るまで10年てところだな。」

「イエヤスはきっと規則守れなくて打ち首ですよ。」

 

よほど自分の腕に自信があるのかイエヤスは、鼻息を荒げながら自信過剰気味に言い放つが、すかさずサヨが横やりを入れて窘める。

 

「サヨ!手前ェ!ありそーなこと言うんじゃねぇよ‼」

「自覚してんなら寝坊か方向音痴、どっちか直しなさよ!じゃないと、イッセイさんに迷惑かけちゃうじゃない。」

 

サヨの言葉に出鼻を挫かれ顔を青くして声を荒げたイエヤス、売り言葉に買い言葉サヨは的確な反論で二の句を潰すが後に続いた言葉には乙女的なニュアンスが混じっている気がする。

 

「元気は充分なようじゃな……。」

 

そのやり取りを横目に呆れた顔で二人を見ていたが、そろそろ出発した方がいい頃合いになってきた、村長は別れの言葉の変わりと懐から手に持てるほどの大きさ何かをタツミに手渡した。

 

「ではタツミ……最後の餞別じゃコイツを持っていけ。」

「いざとなったらこれを……売るんだな。」

 

渡されたのは木製の人形だった、何かの宗教のご神体だろうか人に似た形だが各所の造詣が違った。

 

「違うわ‼」

 

タツミの罰当たりな発言に思わず声を荒げて否定した後、彼の身を案じながらもこれからの活躍を期待しているのだろう視線を向けた。

 

「肌身離さず持っていろ、きっと神様が助けてくださる。」

「ああ……!ありがとな村長!んじゃ、行ってくるぜ!」

 

村長の気遣いの礼を言うと背を向けて片手を上げ、力強く帝都へと歩き出した。

 

 

「とまぁ……そんな感じで意気揚々と……その後、夜盗に襲われて散り散りになったんです……。」

「まぁ……。」

「アイツ等強いんで心配はしてないですが……ただイエヤスって奴が凄い方向音痴なんで、集合場所の帝都までたどり着けるかどうか……。」

 

こちらもこちらで中々重い、だが生きている可能性がある分希望は持てる、今は一刻も早くはぐれた仲間と合流して体制を整えたい。

 

「よかろう!軍の知り合いに口添えしておこう、あとその二人の捜索もな!なに、今の軍部にはイッセイ将軍に恩がある人間も多い、言って否と言う奴はいないさ!」

「ありがとうございます!」

 

事情を聞いたアリアの父が願っていたセリフを言ってくれた、タツミは感銘を受けたいい声で礼を言った。

 

「アリアの勘って当たるんだけどね、きっと近い内に二人共会えると思うよ。」

「アリアさん……。」

 

さらに続けてアリアも仲間との再会を祈ってくれているようだ、タツミはこの時世にもこんなにも良識に溢れた人徳者が居たのかと思った。

 

「よし……じゃあこの辺にしておくか……。」

「あの……ここに居る間、俺に手伝えることってありませんか?」

 

アリアの父は話が纏まったの見計らってこの場を離れようと腰を上げた。

だがここまで親切してもらっておいて、何もお返しが出来なていないタツミは働きで返そうとそう提案した。

 

「あっ、じゃあアリアのごえいをしてよ他の人と一緒に!」

「それはいいガウリ君頼んだよ!」

 

アリアが反応を示し提案に応答すると、彼女の父は同意して護衛の一人に指示を出した。

 

「……分かりました。」

 

指示を受けた護衛は感情の見えない厳めしい表情で返答する。

 

「今日は何から何まで、ありがとうございました!」

「助け合いよ、貴方も誰かに良いことをしてね!」

 

改めて今日の親切に礼を言うと、何でもない当然の事のしたと言うかのように返した。

 

「ハイッ!」

 

この家族の気の良さに感動を覚えつつ、この屋敷に来て一番いい返事をした。

 

 

その後、簡素ではあるが整えられた部屋に案内されたタツミは夜の帝都の景色を眺めながら今日一日の出来事を思い返した。

 

『最初はどうなる事か思ったが……ついてる、良い人達に助けられたな。』

 

最初に声を掛けてきた人には忠告を受けたが、聞かなかったせいで一度はかなり際どかった、でもその後に出会ったアリアの家族は紛れもなく善人だった。

 

『後はさヨとイエヤスだな、二人共無事に帝都に着いてるといいんだけど……。』

 

行方の判らない二人を案じつつ、ゆっくりと眠りについた。

一夜明けた朝、帝都の民で賑わう町の中で……。

 

「次はあの店に行くわよ‼」

「お待ちくださいお嬢様‼」

 

無邪気に目を輝かせ買い物を楽しむアリアと、その後ろを両手に買った物が入った箱を大量に抱えた護衛の姿があった。

 

「次は俺達が留守番のようだな……。」

 

その光景をもう慣れた様に見て呟くガウリと呼ばれた護衛そして、衝撃が抑えられず驚愕の表情で見ていたタツミが居た。

 

「お嬢様の買い物って凄いんですね……もうなんか量が面白くなってますよ。」

 

思わず荷台に積まれた買った商品の山を見て、驚きと恐ろしさをにじませた声が出る。

 

「お嬢様に限らず、女ってのはみんなあんな感じだ。」

 

だがタツミの言葉に、妙に達観した雰囲気でガウリは返した。

 

「そうスか?俺の知り合いは着物はすぐ選ぶんですけど。」

 

しかし、あまりそういった女性と係わったことも出会ったことも無いタツミにはよく理解できない話だった。

 

「それより上を見てみろ。」

「え?」

 

唐突に視線を上げたガウリにつられてタツミも顔を上げて視線の先を追った。

 

「あれが帝都の中心……宮殿だ。」

 

そこにはこの帝都の中でも一際巨大で荘厳な建造物があった、宮殿の名に恥じぬ豪華絢爛な姿は田舎から出て来た人間には圧倒的過ぎて気圧される。

 

「でっけぇ……‼あれが国を動かす皇帝様のいる所ですか⁉」

 

思わず声が大きくなるタツミ、その視線には宮殿の威容に驚きつつ自分たちの国の君主の住居が輝いて見えた。

 

「いや……。」

 

だが無邪気なタツミの反応のとは裏腹にガウリの声音は重苦しい。

 

「少し違う……皇帝はいるが今は子供だ……その皇帝を影で動かす。」

 

途中まで言いかけ、ガウリは何かを気にして周囲を視線を写し警戒する。

 

「大臣こそがこの国を腐らせる元凶だ。」

「⁉」

 

暫く注意深く見回した後、徐に続きを語った。

この帝国の腐敗の中心人物が皇帝の腹心であると知らされ、タツミは息を呑む。

 

「おっと、変な声を出すなよ?聞かれれば打ち首だ……イッセイさんには生前返し切れない恩をうけたからな、弟のお前には教えておこうと思った。」

 

無駄に正義感があるタツミは声を荒げかけたが、すんでの所でガウリに口を押さえられ未遂に終わった。

 

「……じゃあ、俺の村が重税で苦しんでいるのも……。」

 

ガウリの忠告で冷静になると感情を抑えた声で、自分の故郷の現状その原因を聞いた。

 

「帝都の常識だ……。」

 

出来れば否定してほしい話だったが、返ってきたのは虚しいほどに残酷な現実だった。

 

「他にもあんな連中もいるぞ。」

 

そう言うと今度は壁に貼られた手配書に視線を送る。

 

「……ナイトレイド?」

 

そこには数人の顔写真と共通の組織の名前が書かれていた、年齢も性別も様々だがそこだけが同じであり異様に目立つ。

 

「帝都を震え上がらせてる殺し屋集団だ、名前の通り標的に夜襲を仕掛けてきやがる帝都の重役達や富裕層の人間が主に狙われている、一応覚悟はしとけよ。」

「ハイ!」

 

アリアの家族も富裕層に当たる、話が本当ならナイトレイドに狙われる可能性は大いにあったが故に、ガウリは忠告してくれたのだ。

その心意気に感動しつつ、気概にあふれた声で返した。

 

「あと……とりあえず、アレなんとかしてこい。」

「へ?」

 

さっきまでの危機的な雰囲気が消え、別の焦燥を浮かべて視線と指でタツミに指示を出す。

 

「!なんの修行ですか‼」

 

大人二人が持って漸く持ち運べるサイズの箱を抱えた護衛を引き連れたアリアを見て、今まで言わんとしてきた突っ込みが飛び出した。

 

 

夜、月明りのみが照らし靴音だけが武器に響く薄暗い廊下を、にこやかに満面の笑みを浮かべ一冊の日記と思われる物を手に何処かへ向かうアリアの母の姿があった。

 

「さぁて……今日も日記をつけようかしら……。」

 

手にしたハードカバーの日記を眺めながら婦人らしい言動ではあるが、彼女が居る場所が悪いのか怪しい雰囲気が滲みだしていた。

 

「ふふっ、やめられないわねこの趣味は……。」

 

日課なのだろうか軽い足取りで目的の場所へ向かおうとした……。

 

「え……?」

 

しかし、日々の楽しみを送る筈の彼女は……下半身と上半身に分かれ辺りに夥しい量の流血をまき散らしながら絶命した。

彼女の胴体があった場所には、人など断ち切れるであろう巨大な鋏が刃があった……。

そしてその鋏を持つのは、アリアの母の返り血を浴び衣服を赤く汚した年若い眼鏡が似合う女性だ。

 

「すみません。」

 

何に対しての謝罪なのか、殺めた事だろうかそれとも……感情の見えない目で眺めると上下に分かれた亡骸に軽く頭を下げる。

 

「!なんだ……?殺気⁉」

 

昼間の疲れで気持ちよく寝ていたタツミは、今まで感じたことも殺気を感じて跳び起き部屋を飛び出した。

タツミの脳内では、昼間ガウリから聞かされた話がフラッシュバックし、その時の映像と共に再生されていた。

 

【帝都を震え上がらせてる殺し屋集団だ……帝都の重役達や富裕層の人間が命を狙われて……】

『まさか……!』

 

悪寒がタツミを急がせる、最悪の想定が杞憂であればと思いながら警護対象のアリアの元に向かう。

 

「!……アレは……殺し屋集団(ナイトレイド)‼」

 

その途中、ふと状況を確認するために窓に目を移すと、月を背にして細い糸の様な物を足場に宙に立つ五人組が見えた。

その中の数人の容姿には覚えがあった、そうあれは手配書に載っていた顔写真と同じ……。

 

「富裕層だからってここも狙うのか⁉」

『俺は……どうする⁉加勢に行くか……護衛に行くか……⁉」

 

タツミの視界の端では護衛の武官たちが迎撃に急いでいる、彼らに手を貸すかアリアの元に急ぐか判断に迷った。

 

「護衛三人、標的だぜアカメちゃん。」

「……葬る。」

「⁉」

 

タツミが悩む間も事態は進む、ナイトレイドのメンバーが現れた護衛を確認して短い会話を済ませると足場を降りた、黒髪に長髪が特徴的な少女と鎧姿の大男が護衛達と対峙して睨み合う。

 

「……いいか、あの刀に少しでも触れるなよ。」

 

黒髪の少女の持つ刀に必要以上に警戒しているかと思えば次の瞬間には攻勢を仕掛けたが、しかし相手が悪いかった……振るったのはただ一太刀だけ一撃を首に受け血が溢れ出す。

後の続く二人の内の一人は、大男の持つ槍に心臓を刺し貫かれ動きを止める、そして喉を斬られた護衛はまだ息があった受けた傷は致命傷ではなかったのか?

 

「!心根も腐っていた自分には……当然の……報いか。」

 

否、その一太刀は……確かに護衛の命を奪う一撃だった、受けた傷から梵字の様な斑点が広がり絶命した。

 

「……なっ何なんだよコイツ等……!化物過ぎる‼」

 

一連の様相を見ていた生き残った一人は命惜しさに役目を捨てて逃げ出した、だがその逃走はかなわなかった直後に後方から額を撃ち抜かれたからだ。

 

「情けないわね、敵前逃亡なんて。」

「いやーアレは普通逃げるでしょ。」

 

撃ち抜いた狙撃手の少女は逃げ出した護衛をなじるが、後ろに控えていた少年は同情を向けた。

その光景を目撃したタツミの顔は青く、起きた現実をうまく処理できない。

 

『一瞬で全滅‼』

 

惨状を目にして恐怖が思考を狭める、ならば考えることを止め今向かうべきアリアの元へ走り出した。

 

『せめてアリアさんを守らないと!!!』

 

タツミがアリアの元に急ぐ頃、屋敷の別の場所では屋敷の主であるアリアの父が頭や腰に獣の耳や尻尾と言った特徴のある女性に首を絞められ後数刻で命が尽きようとしていた。

 

「ぐ……う……た……助けて……娘が……娘が居るんだ……‼」

「安心しろ、すぐ向こうで会える。」

 

気道が締め付けられ息が苦しいのかきれぎれ口調で許しを請うアリアの父、しかし請うた相手は殺し屋……無慈悲にその願いを挫かれる。

 

「娘まで……情けはないのか⁉」

「情け……⁉意味不明だな。」

 

無情とも言える女性の冷酷な瞳が、絶望に染まったアリアの父の表情を移した。

首を掴む手に力が籠められ首の骨が軋み出すと、いよいよ最後の時が刻まれ出す。

 

「待て……。」

「……副長⁉」

 

その時の針を暗がりから現れたフード付きのローブに顔全体を覆う仮面の出で立ちの男が止めた、その男が現れた事が意外だったのか女性は思わず手を止めた。

 

「その男には聞きたいことがある、殺すのはその後にしてくれ。」

「けどさぁ……。」

 

アリアの父を余所に彼らは内輪話を始める、どうやら彼にはアリアの父に要があるようで女性に待つように言っている。

 

「ボスには、俺から説明する。」

「……分かったよ。」

「がっ!……かはっごほごほごほ!」

 

最終的に女性が折れて首から手を放した、急に手を離されので受け身を取れずに崩れ落ちてへたり込むと急に入ってきた空気にむせるアリアの父。

 

「た……助かった!君、何か礼を……ひぃ!」

「礼はいい……ただ質問に答えろ。」

 

呼吸に苦しみながらも助けられた事に感謝を述べようとするアリアの父、しかしその続きを言う前に仮面の男は県の切先を彼の喉に突きつけ冷酷な声でせかした。

 

「なっ何だ!何が聞きたい!私に答えられる事なら何でも話す!」

 

命が惜しい彼は、怯えながら捲し立てた。

 

「お前たちにしか聞けない質問だ……数か月前、若い二人組の男女が帝都に来ていた筈だ、何処にいる?」

「誰の事を言っているんだ?」

 

聞かれたのはよく知らない人間の所在だった、そもそもこの帝都には毎日数え切れない人間がやって来る、それこそ掃いて捨てるほどだ、そんな中でたった二人の若者の所在など知る筈もない。

 

「黒い長髪の女と頭にバンダナを巻いた男、兵士のイッセイの知り合いだと名乗っていた筈だ……。」

「!まさか……。」

 

仮面の男が話したその二人の特徴を聞いて思い当たる人物でも居たのか、アリアの父は驚いた表情を見せると黙り込む。

 

「知っているんだな、何処にいる?」

「う、離れの倉庫だ!二人ともそこにいる本当だ!」

 

その様子を見ていた仮面の男はさらに詰め寄り所在を聞き出す、男の迫力に押されアリアの父は慌てて返答した。

 

「……そうか、では……。」

「たっ助かった……ごふっ⁉」

 

仮面の男は二人の所在を聞き出したがその居場所を聞いて何かを察した、延命できたと思ったアリアの父は仮面の男の様子を気にする余裕もないのか束の間の安寧を感じていた。

そして落ち着こうとして深く息を吸い込んだ時の刹那の間、喉に焼くつく様な熱さを感じ一拍置いて逆流した血が軌道を塞いだ。

 

「な…ぜ……。」

「理由なら、お前たちがよく分かってる筈だ……。」

 

肺が血で満たされるまでの僅かな時、自分を殺した仮面の男にかすれた声で要領を得ない問いかける。

返ってきた答えも漠然としたものだったが、その答えに納得できてしまったのか何かを悔いるような表情で息を引き取った。

 

「……行くぞレオーネ。」

「………あぁ。」

 

この惨状の中でもこの時は静寂が場を支配した、否……真に場を支配していたのは仮面の男の男だった。

 

 

「お嬢様早くこちらに!」

「どうなってるの⁉」

 

混乱の最中でも主人を逃がすために護衛は奔走していた、その後ろを状況を汲み取れきれないアリアは混乱気味に問いかけた。

 

「とにかく離れの倉庫へ、あそこなら安心です!」

 

だが質問に対する答えが返ってくる事は無く、焦りを前面に出した様相で安全な場所への避難を優先する。

 

「見つけた!アリアさん‼」

「タツミ!!!」

「丁度良いところに来た、俺達は倉庫に逃げて警備兵が来るのを待つ!その間敵を食い止めてくれ‼」

「いいっ‼それは無茶ス……あっ。」

 

如何にかタツミもアリアの元に辿り着き護衛に加わろうとする、しかし警護に付いていた護衛に無理な注文を受けたじろいでいだ、更にはまるで図ったようなタイミングで殺し屋まで現れる最悪の状況が出来上がっていた。

 

「クックソ、こうなったらやるしかねぇ!」

「……標的ではない。」

「ええ⁉」

 

殺し屋の少女は、腹を決めて剣を抜くタツミの肩を足場にして乗り越え後ろで逃げるアリアたちに迫る。

 

「……クソッ、こっちへ来た‼」

「標的……葬る!!!」

 

護衛は焦りながら機関銃の銃口を殺し屋の少女に向けて発砲する、しかし狙いを付けて撃っている訳ではもない射撃だ、偶に掠る事はあっても動きを止める事は出来ず銃弾を摺り抜けて護衛の胴から上を斬りとばす。

 

「ヒィッ!」

「葬る。」

「待ちやがれ‼」

 

その光景を目撃したアリアは恐怖のあまり地面にへたり込んでしまった、そこを狙い暗殺者の少女が冷たい視線で捉えるが、間一髪でタツミが助けに入る。

 

「お前は標的ではない……斬る必要はない。」

「でもこの娘は斬るつもりなんだろ⁉」

 

暗殺者の少女は淡々とした口調で標的であるアリアから離れるように促す、だがタツミも引く訳にはいかずアリアを背に庇い向かい合う。

 

「うん。」

「うん!!?」

 

暗殺者と言うには間の向けた返答が返ってくる、タツミは対峙している相手の素直な返答にツッコんだ。

 

「邪魔すると斬るが?」

「だからって逃げられるか‼」

 

暗殺者の少女は再三の警告をしてきたが、もはやタツミも意地になりアリアの傍を離れない。

 

「そうか……では葬る。」

 

警告しても無駄だと悟った少女は、静かな殺意の籠った目でタツミを捉えた。

 

 

レオーネと呼ばれた女性と仮面の男は、探し人の居る倉庫へ向かっていた。

お互いに言葉は交わさない沈黙だけが二人の間に流れていた、もっと言えばレオーネの方は居た堪れなさそうにしていたが。

 

「!アカメの奴めずらしいな、まだしとめてなかったのか……ってアレ?」

「!……タツミ、何故ここに?」

 

そして、目的が見えてくると普段と違い標的を仕留めきれてない仲間の姿を発見して、相対している相手を見ると二人とも見知った様な反応を見せた。

 

「……アチャー………どこまでついてないんだ弟くん。」

「?レオーネ、何故タツミが弟だと知っている?」

「え⁉そっそれは……。」

 

レオーネがタツミの間の悪さ思わず悲観的な言葉を呟くと、仮面の男がレオーネの言葉の意図に疑問を持ち詰め寄った。

無意識でついて出たセリフを聞き取られ、返答に窮している時もタツミ達の間には緊迫した空気が流れていた。

 

『少なくとも……今の俺に勝てる相手じゃない……。』

 

相手の少女の力量が自分より遥かに上であることは、直接対峙しているからこそ理解できてしまう。

 

『けど……そんなこと気にしてられない‼なにより、女の子一人救えない奴が村を救う事はおろか兄貴の仇を討つことなんて出来る訳ない‼』

 

格上の相手であっても逃げられない状況で追い詰められたが故の覚悟が、剣を握る手と体に力を籠めさせ静かな睨み合いが終わりを告げた。

体を矢のように前へ飛び出させ接触、刃と刃がぶつかり合い甲高い金属音と火花散る鍔迫り合い、刃を下げ下段より切り込んだタツミの回し切りはアカメと呼ばれた少女に跳ばれて躱され、その勢いのまま腕に鋭い蹴りを入れられタツミは体勢を崩した。

 

「ヤベッ!」

 

瞬間持っていた剣を手から離してしまう、隙は一瞬だったが相手は腕の立つ殺し屋、タツミの懐に刀を突き入れた。

 

「カ八ッ……。」

「タツミ‼」

「……。」

 

致命傷とも言える一撃を受けその場に倒れ伏せたタツミに、アカメは無言で刀を突き付ける。

 

「……ク。」

 

暫く無言を貫いていた死んだ筈のタツミから、声が漏れると徐に立ち上がる。

 

「油断して近づいても来ねぇのかよ。」

 

余程強く突かれたのだろうか、足元はおぼつかずに僅かに震えている。

 

「手応えが人体ではなかった。」

「へへっ、村の連中が守ってくれたのさ。」

 

油断なく刀を向けるアカメの言葉を聞いて、タツミは懐から壊れた御神体を取り出した。

 

「ふーん。」

『アカメの刀と相対してまだ生きてるなんて、弟くんやるなあ。』

「ふぅ……。」

 

二人の一連の攻防を見守っていたレオーネはタツミのしぶとさ感心し、仮面の男は安堵の息をはいた。

 

「葬る。」

「わっちょっと待って‼」

 

問答の時間は終わったとでも言うのかアカメは構え直して駆けだした、立ち上げれたとはいえまだ万全とは言えないタツミは慌てた。

 

「お前等、金目的てかなんかだろ!この子は見逃してやれよ!」

 

戦ってダメだったので、今度は情に訴えかけようして早口で説得しようとした。

 

「戦場でもないのに、罪もない女の子を殺す気か‼」

『ダメだ……コイツ全く話を聞いれねぇ‼』

 

だがアカメは足を止めず一直線にタツミたちに切迫してくる。

 

「待った。」

「止まれアカメ。」

「!」

 

これまでかと固く目を閉じ身構えると、誰かがアカメを止めに入った声が聞こえた。

 

「何をする……来ていたのかイッセイ?」

「イッセイ⁉」

 

仮面の男に視線を向けたアカメは傍目では判り難いが驚いていた、そして兄の名を聞いたタツミも仮面の男を見る。

 

「まだ時間はあるだろ?この少年には借りがあるんだ、返してやろうと思ってな。」

「アンタは俺に忠告してくれた!」

 

アカメを諫めたもう一人が仮面の男に意識を向けているタツミに視線を送る、帝都で見ず知らずのタツミに声を掛け親切に忠告までしてくれた女性とレオーネは細部は違っても大体のシルエットは同じだった。

 

「ヤッホー弟くん!君~ここに居るって事は、お姉さんの忠告無視したな~⁉」

「あ!やっそれは……。」

 

せっかくの親切を無碍にされ少しばかり腹を立てるレオーネに、取り繕う事も出来ずにたじろぐ。

 

「全く……あぁ、待ってよ副長!」

「……話が長い。」

 

タツミの困惑した表情に呆れていたら、そんな事は脇に置いて倉庫へ向かうイッセイの後を慌てて追う。

 

「でもさぁ~、副長も会うの久々なんでしょ弟くん?」

「積もる話なら後でする、今は二人の方を優先する。」

 

イッセイに追いつきつ隣を歩きながら話題を振るが、当のイッセイは取り合う事は無く歩幅は変えなかった。

 

「あ、兄貴?兄貴なのか⁉兄貴なんだよな⁉やっぱり生きてて……!」

 

そんな素っ気ない対応を見せ続けるイッセイも、タツミの呼び掛けには足を止め仮面を外して向き直した。

 

「……何故来たタツミ?」

「ちょっ副長⁉」

 

再会した弟に向けるには刺々しい言葉と態度だった、そんなイッセイの発言に驚いて慌てるレオーネ。

 

「っ!なんだよ……それ!」

「仕送りは続けていた、お前は故郷でも暮らしていけたはずだ。」

 

生きていた兄から出た言葉に言葉を失うタツミに、イッセイは拒絶してようなセリフを吐く。

 

「っぅぅぅ!言わせておけばなんだよ!ずっと音信不通で!帝都に来たら死んでる⁉それで仇を聞いても教えてもらえず……それで……それで生きてたら生きてたで殺し屋集団(ナイトレイド)の副長⁉何やってんだよ兄貴‼」

 

流石に我慢の限界だった、堪忍袋の緒が切れ溢れ出した兄への不満を感情に任せてぶちまける。

 

「頭に血が昇りやすいのは相変わらずか、そんな事だから死にかけるんだ。」

「なんだと!」

 

激高するタツミを前にしてもイッセイは態度を崩さず、思ったことそのままの事を言うものだからタツミもけんか腰で突っかかる。

 

「落ち着け弟くん!副長も!」

「……。」

「……。」

 

このままでは埒が明かないと視線の間に入ったレオーネ、それで一旦は静かになったがお互い無言のにらみ合いが始まった。

 

「ハァ、やれやれ……その倉庫に用事があったんじゃないの副長。」

「……そうだったな、愚弟に気を取られて忘れるところだった。」

 

ほっとけばいつまでも睨み合ってそうな二人に、このままじゃ不味いと思ったレオーネ即座に話題を変えた。

レオーネの話で再び倉庫に意識を戻したイッセイは、そちらに向けて歩き出す。

 

「愚弟⁉」

「ハイハイ落ち着いて弟くん。」

 

まだ怒りが収まらないタツミはイッセイの発言に噛みつこうとして、すかさずレオーネに宥められる。

 

「さっき、なんの罪もない女の子を殺すのかって言ってたよね?」

「えっ?あっ!うん……。」

「本当に、そう思う?」

 

とっさの事とはいえ自分が言った言葉だ、何より自分が見てきた限りでアリアの家族は良心を持った善人だった。

 

「何だよ?何かおかしいのか?」

「可笑しくはないけど……私の忠告、人を簡単に信用しない事って覚えてる?」

 

 

まるでそれが間違った認識であると言われているようで、タツミは不貞腐れたような顔でレオーネを睨む。

幼子の様に素直に不満を露にするタツミに、思わず苦笑いを浮かべまるで出会った時に別れ際で言ったセリフを覚えているか聞いてきた。

 

「?勿論だろ。」

 

覚えてるも何も昨日言われた忠告だし、それを無視したから今の現状がある、不思議に思いながら覚えていると頷いた。

 

「そっか、じゃあさ……今から見る光景を見ても罪が無いなんて思えるかな?」

「はぁ?……!何だよ……これ……!」

 

そう言うとレオーネはイッセイの元に視線やった、それに続いたタツミは眼前の光景を信じられずに硬直した。

 

「目を逸らさずよく見ろ、これが帝都の闇だ。」

 

倉庫の扉を開けたイッセイが後ろを見ずに語り掛けてくるが、タツミは視線を逸らすことも答えを返すことも出来ずに静止している。

 

「地方から来た身元不明の者たちを甘い言葉で誘いこみ、己の趣味である拷問にかけて死ぬまで弄ぶ、それがこの家の人間の本性だ……。」

 

倉庫の中の壮絶で悲惨な光景は純粋な少年には衝撃が強すぎた、至る所に苦しみながら息絶えたであろう人の亡骸が放置されここで行われた所業の凄惨は伺える、まだ生きている者も居るのか檻の中からは低い呻き声が漏れ出していた。

 

「ここに居たんだな……済まないサヨ、出迎えが遅れた。」

「……サヨ?」

 

そして無残にも吊るされ体の各所が欠損した遺体の中に、散り散りに分かれ行方の分からない仲間のとよく似た容姿の少女を発見した。

 

「おいサヨ……サヨ…………!」

 

何故この中にサヨが居るのか訳も分からずタツミは掠れるような声で呼び掛ける、しかしその声に反応してくる素振りをサヨは見せなかった。

 

「知り合いの子で合ってたんだな……可哀想に……。」

 

イッセイの探し人タツミの仲間であったサヨの死を悼む二人の背を見ながら、レオーネは静かに無残な姿になり晒される少女の遺体を見つめた。

 

「おっと、逃げようってのは虫が良すぎるぜ嬢ちゃん。」

 

そんな状況の最中、アリアは自分に意識が向いてないのを好機と見たのか、足音を忍ばせて逃げ出そうとしていたがレオーネに襟首を掴まれ失敗した。

 

「この家の人間がやったのか。」

「そうだ、護衛達も黙っていたので同罪だ。」

 

タツミは静かに佇んでいたが不意にそう聞いていた、その質問に肯定する答えが返される。

 

「う……ウソよ!私はこんな場所があるなんて知らなかったわ、タツミは助けた私とコイツ等とどっちを信じるのよ‼?」

 

必死に無実を訴えるアリア、最後には泣き落としの様な事までしているのだから見苦しい。

 

「イ…ッ…セ…さん…タ…ツ…ミ…イッセイさんそれにタツミだろオレだ……。」

 

アリアの命乞いの戯言が響く中、弱弱しい声で自信を呼ぶ声がタツミとイッセイの耳に届いた。

 

「い……イエヤス‼?」

「お前も一緒かイエヤス……よく堪えた。」

 

もう一人の仲間イエヤスが檻の中から手を伸ばしこちらを見ている、その体には病魔に侵されているような斑点が浮かび上がっていた。

 

「俺とサヨはその女に声をかけられて……メシを食ったら意識が遠くなって気がついたらここにいたんだ。」

 

如何にか自由になろうと藻掻くアリアを指さし、ここ居た経緯を語るその目は強い恨みが込められていた。

 

「そ……その女が……サヨをいじめ殺しやがった……!!!」

 

苦しそうな声音で確信を語る表情は般若の様に怒りがあふれ、今日まで壮絶な体験を物語っている。

 

「う…ううっ……。」

 

その時の光景を思い出したのか、悔しさの混じった嗚咽が静まり返った場に悲しく響く。

 

「何が悪いって言うのよ!」

 

その声を遮るように豹変したアリアが逆上し声を荒げる。

 

「お前達は何の役にも立てない地方の田舎者でしょ⁉家畜と同じ‼それをどう扱おうがアタシの勝手じゃない‼」

 

事実を知られ開き直ったアリアは身勝手すぎる理屈を説きだした、その表情は悪鬼にも似た醜悪さがある。

 

「だいたいその女、家畜のクセに髪がサラサラで生意気すぎ‼私がこんなにクセっ毛で悩んでいるのに‼だかこそ念入りに責めてあげたのよ‼むしろこんなに目をかけて貰って感謝すべきだわ‼」

 

ここまでくれば誰がどう見ても、素のアリアが非人道的で傲慢な人の姿をした悪魔であると理解できる。

 

「前任の皮を被ったサド家族か……ジャマして悪かったアカメ……。」

「葬る……。」

「待て。」

 

傍若無人な言動を繰り返すアリアに、レオーネは下衆を見る目で睨みアカメは今度こそ仕留めると刀を握る、だがまたもタツミが待ったをかける。

 

「まさか……またかばう気か?」

「レオーネ、アカメ手を出すな……アイツを殺めるべき俺達じゃない。」

 

ここまで聞いてもタツミはまだアリアを守ろうとしているのかと詰め寄ろうとすると、タツミを見ていたイッセイがそれ止めた。

 

「副長?」

「イッセイ……?」

 

イッセイの命令に戸惑いを見せるレオーネとアカメを余所に、イッセイは無言でタツミを見ていた。

 

「タツミ、やれるな……。」

「あぁ……俺が斬る。」

 

不意にイッセイがそう問いかけると、タツミはそれ応えるようにアリアの胴から上下真っ二つに断ち切った。

 

「あ……。」

 

一瞬の事で遅れて自分が斬られた事を認識したアリアは、短い言葉を最後に地面に転がった。

 

「ふぅん……。」

『憎い相手とはいえためらわず切り殺したか……。』

 

レオーネは感心した、如何にその人物が憎かろうと人を殺めるのは誰しも一度は躊躇う、だがタツミはアリアが仲間の仇と知ると迷わず切り殺した、無慈悲に無機質にただの一時の逡巡もなく。

 

「へへ……さすがはタツミ……スカッとしたぜ………!ゴフッ……。」

 

そして一部始終を見ていたイエヤスは、憑き物が落ちたような晴れやかな表情をして笑っていたが突然血を吐き出した。

 

「イエヤス⁉」

「!どうしたイエヤス!」

 

イエヤスの吐血に焦り傍に駆け寄るイッセイとタツミ、檻を壊し中からイエヤスを助け出すとタツミは腕の中に抱えた。

 

「ルボラ病の末期だ……ここの夫人は人間を薬漬けにしその様子を日記に書いて楽しむ趣向があった……ソイツはもう助からない。」

 

娘が鬼畜なら母は外道、鬼の子は鬼である……、悪趣味を通り越して悪行とも言える所業、その被害者は決まって弱い立場の人間でありイエヤスもアリア一家の餌食になっていた。

 

「……イッセイさん、タツミ。」

 

苦しそうな息遣いで二人に呼び掛けるイエヤス、その表情には僅かな陰りも見えない。

 

「サヨはさあ……あのクソ女に最後まで屈しなかった……カッコ良かったぜ……。」

 

この場所で帝都に来たことを悔やみ続けた筈である、しかしそれでもサヨは最後まで抗い通し彼はそれを誇る様に話す。

 

「だからこのイエヤス様も最後は……カッコよく……。」

「もう気力だけでもってる状態だったな……。」

 

そう言い終わるとイエヤスは息を引き取った、その最期を看取ったアカメはイエヤスの胆力を称賛した。

 

「……どうなってんだよ帝都は……。」

「それを知りたいなら、俺と来い……。」

 

腕の中で永遠の眠りについたイエヤスの顔を見ていたタツミは憤りを隠せずに溢す、誰に投げた訳でもない言葉をイッセイが拾ってくれる。

 

「兄貴……。」

「俺が、今の帝都……しいては帝国の現状をすべて教えてやる。」

 

兄の顔を見上げたタツミに、しっかりと視線を合わせて説得する。

 

「でも……二人の墓は?」

「遺体なら後でお姉さんが運んでおくから、今は一緒に行こ……。」

 

サヨとイエヤスの遺体を視線を向ける、手遅れになってしまったから責めて自分の手で弔いたい、だがここに残るのは状況的に拙い、だからとレオーネに諭される。

 

「……分かったよ。」

 

タツミも状況は理解しているため、一旦イッセイ達の後に続いた。

 

「やっと戻ってきたか……イッセイ何でいるんだ?」

 

集合場所には既に他の殺し屋も集まっていた、その中の一人で鎧姿の大男が待ちかねた様子で出迎えるとその中にイッセイが居る事に疑問を投げかけた。

 

「こいつは珍しい、副長が自ら動くなんてな。」

 

それに続いて細身の男が物珍しそうに、イッセイを見て呟いた。

 

「気にするな、俺の用がある人間と今回の標的が同じだっただけだ。」

「はぁ……あの、後ろに居るのは?」

 

イッセイは気にした様子も見せずに仮面を被り直しフードに手を掛ける、ピンクの髪とネコ目が特徴的な小柄な少女がイッセイの背後に居たタツミに視線を向ける。

 

「イッセイの弟だそうだ。」

「へぇ……えぇぇぇぇ!おとっ弟⁉」

 

その質問には何故かアカメが答える、最初こそ聞き流していたが意味が理解できてくると大仰に驚いた。

 

「……何だよ?」

 

周りに居た殺し屋の仲間たちもタツミを観察し始める、その視線に僅かにビビりながらも睨み返していた。

 

「ほぉ、こいつが。」

「確かに似てるな、顔の感じとか。」

 

何となく納得したのは周囲の反応を見ればわかる。

 

「取り敢えずは新入りとして俺の傍に置くことにした、皆もそのように頼む。」

「はぁ!何でそうなんだよ俺は⁉」

 

一応の理解がされたのを確認してイッセイは仲間たちに自分の判断を伝えた、それ聞いたタツミはまたも噛み付く。

 

「まぁまぁ、副長はそっちの方が安心できるんでしょ?」

 

最早なれたのだろう、レオーネがタツミを諫めるとイッセイの真意を教えた。

 

「あぁ、その通りだ……。」

「そう言う事で折れてあげなよ弟くん。」

 

レオーネの憶測が合っているとイッセイは認めた、それを聞くとタツミに向き合い諭す。

 

「……分かった、どのみち着いていくつもりだったしな。」

 

ここまでレオーネには素直に従って来たからか、まだ不服なようではあったが従ってくれた。

 

「作戦終了帰還する‼」

 

話し合いが終わったの見計らってアカメが号令を出すと、全員がその場を発った。

 

 

嘗て戦場を駆けた龍鬼は、今は影を駆ける……国が腐り傾く時代、悪を喰らうは怒れる龍か地獄の鬼か……それは、誰にも分らぬ事。


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