龍鬼が討つ 龍に選ばれし物の系譜   作:マガガマオウ

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アカメの下で暗殺者として学ぶ事になったタツミ。
その最初の仕事とは……?


殺し屋としての教訓~タツミの初仕事~

『軍でのし上がっていく為にも出来ることは増やしていきましょ。イッセイさんもやってた事だし。』

 

最初に言い出したのはサヨだった、彼女の意見でいつもの三人で料理の練習を始めた。

 

『食材に詳しければいざって時に兵糧切れでも凌げるしな。』

 

それに続いたのはイエヤスで故郷にイッセイが居た頃、彼の狩りに同行した時のよく狩った獲物の下処理を見学していた。

 

『サヨ……イエヤス……俺……料理できるようになってて良かったよ。』

 

そんな昔のことを思い返していたタツミは今………。

 

「「「「おかわり」」」」

『おかげで……すっかりコック扱い⁉』

 

アジトの食堂で炊事作業に精を出していた。

 

 

「くそーっ殺し屋なのにくる日もくる日も炊事かよ。」

 

アジトのメンバーが食事を終えた後、厨房にて次の食事の仕込みを始めていたタツミは不満を漏らす。

 

「仕方ない、私はアジトでは炊事担当だからな。私についてるお前も当然炊事担当になる。」

「味見や試食が無限だから炊事なんだな?」

 

タツミと会話しながらも食材をつまみ食いする手を止めないアカメに、切り出し方は質問口調だがほぼ核心を突く。

 

「そんなことはない。」

「説得力ねぇよ。」

 

口では否定しているが即座に口に食物を頬る仕草で語るに落ちており、タツミがその様子に冷静なツッコミを入れた。

 

「やっぱり新入りにはその姿が一番サマになってるわね。」

「何ィ⁉ってアレ?皆どっか行くのか?」

 

今の彼の姿をなじり小馬鹿にした様な口調の言葉に、反射的に反応したタツミが声のした方に体を向けると余所行きの服を着たマインを含めたメンバーたちが佇んでいた。

 

「ええ、依頼が来たから帝都で殺しよ。」

「依頼?」

『そういえば……。』

 

マインが帝都でこれから仕事をしてくると得意げに語る、だが要領を掴めないタツミは一瞬首を傾げナジェンダに言われていたことを思い出す。

 

『我々は表向きには帝都民からの依頼によって暗殺を行う組織で通っている、その方が何かと都合が良いんでな。』

 

タツミはいち早く状況を飲み込みナイトレイドを取り巻く環境に慣れる為に色々な雑事を手伝い始めていた、確かその時は手伝いが終わり一息入れていた時だったから生返事を返していた気がする。

 

『ちゃんと聞いているのかタツミ?いずれお前も依頼を受ける事になるんだ気を引き締めておけよ。』

 

その場に同席していたイッセイからの叱責に顔を顰めて、その時は後に続いた言葉を流して聞いていたが今思い出すとアレは兄からの注意喚起だった。

 

「留守は宜しくお願いします。」

「え、俺は?」

 

シェーレから留守を頼まれ、自分にもお呼びが懸かってないかを聞き返したタツミ。

 

「新入りとアカメは留守番!キュウリのヘタでも落としてなさい!」

『なんで必要以上に威圧的なんだコイツは……。』

 

何かとタツミに突っかかるマインは居切った口調で彼を挑発する、それはまるで猫が自分の玩具で遊ぶのと同じ理由なのだが、精神的に未熟なタツミにはその真意は図りかねた。

 

「じゃあねー。」

「ぐぬぬ!」

 

タツミを弄って要を達したマインがそう捨て台詞を残し上機嫌で厨房を後にする、マインの後姿を恨めしそうに見つめ苦渋の声を漏らすタツミ。

 

「……よしっ、じゃあ次は私達も命を奪いに行こうか。」

「炊事班の狩りってオチですね、分かります。」

 

不満げなタツミの様子見たアカメが何を考えたか知らないが食材の調達を遠回しな表現で言い表し、タツミはさっきまで腹立ったしさから一転して遣る瀬無い感情のツッコミを入れる。

 

アジトを出たアカメとタツミは拠点から離れた山の中の奥地へと進んでいた。

 

「なあ、アジトから結構離れてるけど大丈夫か?」

 

アカメは組織の中で顔と名前がわれている、それなのにアジトから離れて出歩く事にリスクはないのか気になり質問した。

 

「山奥に行く分には問題ない。」

 

そして帰ってきた返答がこれだった、確かにここは辺境の山の中だ人目はあってないような物、万が一人に見られても身を隠せる場所など幾らでもあるし、周囲の警戒を怠るなんて真似はプロの暗殺者がする筈がない。

 

『……間がもたない。』

「着いたぞ。」

 

その後は特に会話らしい会話もなく山道を歩く靴音だけが流れる気まずい空気が流れたまま、目的の滝の流れる清流に辿り着いた。

 

「へぇーっ、キレイな所だな。」

「川の獲物を葬る。」

 

風景の素晴らしさに感心に素直な感想を話すタツミ、そんな彼をマイペースなアカメは気にする事もなく上着を脱ぎながらそう伝える。

 

『⁉まさか全裸で……。』

 

思春期の少年の様に純粋な煩悩を持つタツミは、風景に見とれていた事も忘れアカメの方に熱い視線を送る。

 

「この水の中で動きやすい服で……。」

『なんだ……。』

 

上着のしたに水着を着こんでいたアカメに、若干ガッカリした様な安心した様な複雑な心境のタツミ。

 

「狙いはコウガマグロ、ここはポイントだ。」

 

勝手な期待で盛り上がり勝手に消沈して冷静になった少年の心中を知ってか知らずか、ここに来た目的と捕獲する食材を伝える。

 

「ん?それは兄貴に捕る方を教えられたな……警戒心が強いから中々捕れなかったけどコツを掴めば簡単だったな。」

「そうか、なら説明は不要だな。」

 

そう言って川の中に飛び込み数秒後川面から10匹程のコウガマグロが討ちあがり籠の中に納まっていく。

 

「スゲーけど、前に兄貴が倍取ってを見たことがあるからなぁ~あんま驚けねぇや……。」

「ふむ、やはり副長ならそれ位はやっているのか。」

 

水面から上半身を出したアカメが表情事態は変わってないが、気落ちした様に思える声音で話した。

 

「それで出来そうかタツミ?」

「あぁ……兄貴に様に出来ないかもしれんが一応やれるぞ。」

 

それでも即座に切り替えてタツミにそう尋ねたアカメに、特に気負った様子もなく上着を脱いで水中で潜っていった。

 

「で……そう言ってアカメより三匹多く捕らえてと……流石はイッセイの弟と言うことか。」

「うん……何だかんだ言って、副長の血統ってすごいんだね弟くん。」

「負けた……。」

 

アジトでの夕食時、ナジェンダとレオーネの二人が落ち込むアカメにどう反応していいか困惑しながらタツミの能力の高さを改めて評価していた。

 

『アカメでも落ち込む事ってあるんだな……なんか親近感が湧いてきた。』

 

表情は相変わらずだが虚ろになった目でマグロの頭を注視するアカメに、僅かではあるがタツミの中のアカメとの心的距離が縮まった。

 

「レオーネ、数日前帝都で受けた依頼を話してくれ。」

「!」

 

さっきまでの場の空気が急に張り詰めたものに変わり、その場に居た全員の目が鋭くなる。

 

「標的は帝都警備隊のオーガと油屋のガマルって奴よ、依頼人が言うには……。」

 

ナジェンダに話題を振られレオーネは、徐に依頼人との邂逅時の状況を語り出した。

 

【オーガはガマルから大量の賄賂を貰ってるんです。】

 

依頼者の女性の静かで悲痛な言葉が密会場所となった墓地に陰鬱な影を落とす。

 

『周囲に第三者の気配は無いな、副長は……ここ以外で隠れてる人影も無しか。』

【続けて。】

 

目の前の依頼人が国の回した囮ではない事を確認し、この場を遠くから見張っているイッセイからも怪しい様子が無い事を伝えられ、女性に会話の続きを促した。

 

【ガマルが悪事を行うたびに代理の犯罪者をオーガによってでっち上げられるんです。私の婚約者も濡れ衣を着せられ死罪になりました。】

 

淡々と感情を押し殺した声で真相を語る女性は、その表情を苦悶に歪めて声音以上にその心情の無念さを語る。

 

【あの人は牢屋で二人が密談を聞き、処刑前に手紙で私に知らせてくれたんです。どうか、どうかこの晴らせぬ恨みを……!】

 

身に覚えのない罪を着せられ非道にも殺された愛する人への想いと、本来罪を背負い罰を受けるべき人間が今も天道の下をのうのうと歩いている事への憤りや恨みが合わさった、表情に表せぬ程に渦巻いた怨嗟に苦しむように蹲り絞り出した切なる願いが辺りの空気を震わせた。

言葉もなく悪に対する静かな怒りがレオーネの瞳を冷酷な殺戮者の色を見せた。

 

【……分かった、そいつ等地獄に叩き落してやる‼】

【ありがとうございます‼ありがとうございます‼】

 

背を丸め悲壮の感情を周囲の溶かす女性の苦しみを少しでも和らげようと力強く宣言すると、彼女は礼の言葉と共に何度も頭を下げていた。

 

「これがその時の依頼金だよ。」

 

小さな麻袋いっぱいに詰められた金銭がその質量以上に込められた想いを体現する様な鈍重な音を立て卓の上に置かれた。

 

「俺がここに来た時と同じ位か?その人、よくこんな溜められたな。」

「依頼者から性病の匂いがしたんだ……きっと体を売り続けて稼いだんだろうね。」

 

タツミが故郷から帝都に来るまでに稼いだ軍資金と同額はあると麻袋の大きさから目算し、自分があれだけ稼ぐのに割いた労力を鑑みても並ではない時間が懸かった、無論イッセイ仕込みの戦闘指南を受けた事も実力を加味した上での計算だが、それと同等額を女性が身一つで作り出せた事に驚いていると、レオーネが感情の籠らぬ単調な口調で依頼料を稼ぎ出したと思われる方法を告げた。

 

「!……そんな。」

「事実確認は?」

「有罪だね、油屋の屋根裏部屋にいて断定できたよ。」

 

レオーナの告げた事実に衝撃を受け意気が沈んでいくタツミ、そんな彼の脇に置いてナジェンダは依頼の信憑性を問うと、レオーネは紛れもない事実であると返した。

 

「……よし、ナイトレイドはこの依頼を受ける。」

 

ここまでレオーネの報告を聞いていたナジェンダが、僅かな思案を挟み受諾する判断を下した。

 

「悪逆無道のクズ共は新しい国にはいらん、天罰を下してやろう。」

 

後に続く言葉にはナジェンダの意思もあるが革命軍の一員としての判断も含まれていた。

 

「ガマルを殺るのは難しい事じゃないね、問題なのはオーガの方だけど……。」

 

通称鬼のオーガ、イッセイ亡き後新たに鬼と呼ばれるようになった兵士であり、そう呼ばれるだけの実力は有り剣の腕は犯罪者達を恐怖させる分には十分であるとされ、普段は多くの部下と見回りに出ておりそれ以外は警備隊の詰め所で過ごす、賄賂などの受け渡しは自室で今回の標的のガマル等を呼んで行っていて、非番の日は役目柄詰め所を離れる訳にもいかず宮殿付近のメインストリートで飲むことがほとんどだそうだ。

 

「実行は非番の時にしか無理そうだな。」

「……だが宮殿付近の警備は厳重だ、指名手配中のアカメに頼むのは危険だな、イッセイの方も伏せて置きたい。」

「マイン達が戻るのを待つのは?」

 

集められたオーガの情報を鑑みて発言するタツミ、だが標的の行動範囲ではアカメが見つかるリスクもあイッセイに任せても仮面とローブで顔と体を隠しているとはいえ正体がわれる可能性もある、今で出払ってるメンバーの帰還を待つのも手ではあるが。

 

「でもアイツ等いつ仕事が終わるか分かんないんだろ?」

「うん」

 

いつ戻るか判断出来ないメンバーを待ち、その間に被害者を増える可能性も大なのだ。

 

「だったら、俺達だけでやり遂げようぜ!」

 

かの悪党たちを放置していてもいい影響が出て来る筈もないなら、この期を逃す事は無いとタツミは奮い立つ。

 

「ほう……お前がオーガを倒すというのか?」

「え?」

 

タツミの宣言から意地の悪い笑みを浮かべたナジェンダ、確かに言葉の意味的にはそうも聞こえるが。

 

「ちょっボス!まさか弟くんに殺せる気ですか⁉幾ら弟くんが副長の身内だったとしても、最初の相手がオーガなんて危な過ぎます⁉」

 

それをレオーネが慌てて仲裁し引き留めようとする。

 

「ほらアカメも止めるように説得して!」

「……いいんじゃないか、今日の事でタツミの今の実力に興味が湧いた。」

 

アカメにも同意を求めようとするレオーネだが、当のアカメはナジェンダと同じ考えを示す。

 

「アカメ⁉あぁもう!弟くんも真に受けなくいいからね?私は顔が知られて無いし、慣れてるからさ。」

 

同意してもらえると踏んでアカメに声を掛けた筈がまさかの容認の回答だった事で、焦るレオーネは最終手段としてタツミ本人の説得に移る。

 

「心配してくれてありがと姐さん……でも俺、やるよ。」

 

自分を心から心配して言ってくれてる忠告であると理解している、だが依頼者の事情を知った手前ここで引くことはタツミの性格上出来ない事を彼の表情が特に目がものがたる。

 

「っ!……はぁ~なんて目をしてるのさぁ、そんな顔されちゃ私もこれ以上なにか言っちゃ野暮になっちゃうじゃない。」

 

そんなタツミの覚悟を受けてはレオーネが折れるしかない、諦めの溜め息を吐き出し困ったように表情を崩して笑みを見せる。

 

「決まりだな、お前の意思を汲み取ろうオーガを消せ。」

 

タツミ自身がオーガを引き受ける事を同意した事で、ナジェンダは彼の見せた決意を認めて一任し話を締める。

 

「レオーネとアカメは油屋を頼む。」

「分かった。」

「はいはい、あぁ~ホントに如何してこうなったかな~?」

 

残っもう一人の標的の油屋のガマルにアカメとレオーネの二人を宛がい、了承するアカメと一応の納得は示したもののまだ心配が残るレオーネは不満を溢す。

 

「……タツミ。」

「なんだよアカメ?」

 

任務に向けて各々が其々に違った心境を抱く中、アカメに声を掛けらるタツミは彼女に向き合た。

 

「任務では最後まで気を抜くな、目的を着実に遂行し報告すま所まで行って任務は成功と言える……健闘を祈っている。」

「っ!おう!」

 

彼の作戦参加を賛同した手前ではあるが忠言だけはした方が良いと思い彼の心構えを説くと最後に激励の言葉を送る、その言葉にタツミは気を引き締めつつも確り答えた。

 

そして任務結構の日帝都の中心部へ続く立派な陸橋を目の前に望む橋の入り口に、タツミとレオーネ二人の姿あった。

 

「ここを真っ直ぐ行けばメインストリートだよ。」

「分かった、ありがと姐さん。」

 

初となる本格的な任務へ参加を前に少しばかり興奮するタツミ、そんな彼に思う所があるのかレオーネは独りでに語り出した。

 

「……弟くん、仕事の前に聞いておいて欲しい事があるんだ。」

「ん?」

 

レオーネの語り掛けに興味を持ったタツミは聞き耳を立てる。

 

「アカメには生き別れになった妹が居てね、子供の頃に姉妹揃って帝国のある機関に買われてたんだ。」

 

タツミの育った村ではレオーネの言いった人身売買は無かったが、他の地域だと貧困層の家では良く自分の子供を売りに出す親が居る事をタツミも聞いたことがあった。

 

「その機関ではアカメ達と同じ境遇の子供たちが集められていて、暗殺者の育成が行わてたの……殺しの教育を受けながら過酷な状況を耐えて生き延びてたんだって。」

 

言葉にするのも憚られる程凄惨を極めた鍛錬は、教育と言うよりは調教に近かったとアカメは回想したそうだ。

 

「そんな日々を過ごしていく内に帝国の命を従順にこなす一人の暗殺者としてアカメは形付けられていったんだ。」

 

帝国に反目の意思のある者たちを人知れず消していく、その為だけの存在だった嘗てのアカメは当時から優れた能力を持ってい。

 

「でもさアカメは任務をこなしていく内に帝国の闇の部分を察して、当時標的として相対したボスの説得を呑んで帝国を離れ本当に民衆の為を思う革命軍に付いたんだって。」

「………。」

 

アカメ本人の口からは決して話されない彼女の過去を黙って聞き入る。

 

「そこに至るまでに一緒に過ごした仲間は殆ど死んでしまったんだけど、今でもそれついて思う所があるんだって。」

 

そこで一旦アカメの内情についての話を区切ると、レオーネはタツミの向き合った。

 

「川での事でタツミへの認識を改めたみたいだけど、それでも油断した端から命を落とす世界だから気を張ってほしいんだよ。」

「分かったよ……兄貴に稽古つけて貰ってた頃も慢心は己を殺すって言われたしな、気を引き締めるよ。」

 

レオーネには今回が急に初仕事となったタツミが少しばかり浮かれてる事を気にしていた、そしてその事をそれと無く伝える、タツミに無事任務を完了させ戻ってきて欲しいから自分の為と彼を推挙したアカメの為に。

それを感じ取れない程タツミも鈍くない、何より兄の狩りに同行していた時期は調子に乗って命を落としかけた苦い経験もあったりして、その都度イッセイからは注意を促されて来た。

だからこそ気は抜けない、ここは帝都人の街だが暮らしている奴らは危険種より厄介な悪鬼の巣窟、気を抜けば死よりも辛い地獄が待つそんな場所だと思い直し獣の嗤う魔窟もとい帝都へと入っていく。

 

ここは帝都の歓楽街の一角のひと際目を引く豪華な佇まいの遊女屋、中庭に沿う廊下を一人背が低い頭の禿げた男が薄ら笑いを浮かべて遊女の元へ向かっていた。

 

「ふいーっ!トイレですっきりしたことだし、またイカせて貰おうかのう。」

 

操の後の一息を終えまた快楽を貪ろうと卑下た笑みで口元を歪める男の、その要望は残念ながらかなえられる事は無い何故なら……。

 

「ああ……逝かせてあげるよガマル。」

 

もう既に彼の背には死神が張り付いていたのだから。

 

「あっ!」

 

背後からレオーネが首を抑え込み声を上げられないように気管を圧迫して、天井裏に隠れていたアカメに心臓を一突き。

 

「ゔっ!」

 

流れるような連携で抵抗する事はおろか大声を上げる暇すら無く、ガマルは低く短い呻き声を最後に絶命した。

 

「美少女二人がかりで落とされるなんて幸せ者め!」

 

ガマルの亡骸を見下ろし多分に皮肉を含めた言葉を吐き掛けるレオーネ。

 

「さて……あとは弟くんの無事を祈るだけだね。」

「心配ない。」

 

一仕事を終えたその場で気を緩めたレオーネは単独で難敵を引き受けたタツミに思案を向け、消えぬ懸念をまた口にする、だが相方のアカメはその心配は杞憂であると返す。

 

「レオーネ私がなぜ、タツミにオーガを任せる事を止めなかったと思う。」

「……それもそうだね、いつもなら頑なに否定し続けるのに?でも今回は終始賛成してたよね……なんで?」

 

アカメは普段新たなメンバーを迎える際は最初は否定と拒絶を示し決して入れ込む事は無い、だがタツミに関しては違ったのだ彼に強敵を宛がう事に難色を示すどころか賛同までした、これは確かに異例な事だし今までにない事例でレオーネもそこは気になっていた。

 

「コウガマグロを捕る時に見ていたんだが、あいつは獲物を見つけてから狩るまでの間一時も気を乱さなかった、確実に仕留めきる所まで例え獲物が目の前に迫った一瞬でもだ。」

「っ!……イッセイさんが狩りをする時と同じ、気配を殺し殺気を隠してじっと時を待つ。」

 

危険種の狩猟の時それは自分が獲物を狩るか自分が獲物になるか生と死が懸かった勝負の時、束の間の一瞬その一瞬が生死を別け命を奪うか奪われるか、如何に屈強な戦士であろうと経験豊富な射主であろうと集中力が途切れればそこから全てが崩れる、故に優れた忍耐力が必要でありそれは暗殺も同じ殺った思い込んで気を抜いたが最後対象からの反撃で命を落とす。

アカメは川での狩りでタツミの忍耐力を見た結果、彼になら強敵を当たらせても問題ないと判断したのだ、そしてアカメの意図に気が付いたレオーネは改めてタツミの潜在能力の高さに息を呑む。

 

その頃、帝都のメインストリートでは暗殺対象のオーガが気持ちのいい酔いの余韻を楽しんでいた。

 

「ウィー―ッたっぷり尋問した後の酒はうめぇや。」

 

裏で如何なる悪事に手を染めようと表の彼は町を守る警備隊の長、一般市民からすれば立派に仕事をこなす役人であると疑う者などいなかった。

 

「オーガ様!」

「あん!」

 

そんな立派な役人であり相当な権力を持つ彼の元には様々な人間が近づいてくる、例えば彼に声を掛けた人物たちの様な。

 

「おつとめご苦労様です。」

「先日はお世話になりました。」

 

二心を隠しけれていない歪な笑みを顔に張り付け胡麻を摺るよに手を重ねた商人たち、彼らもまたガマルと同様に彼に賄賂を贈り自らの罪を他人に擦り付けた俗物達である。

 

「おう、困ったことがあったらいつでも言ってこい。」

 

その彼らの遜った態度に満足気な表情で、役人にあるまじき言動をほざく。

 

『この街じゃ俺が王様よ……!権力最高!やりたい放題だぜ!』

 

彼は我が世の春を謳歌するが如く自身の権力を使い暴利を働いて得た立場に満足していた、だからこそ裁きを受ける時の音がすぐそこまで近づて来たのだ。

 

「……あのう、オーガ様。」

「あん?」

 

上機嫌のオーガの背後から若い男の声がし声のした方に顔を向けた、そこにはフードを目深に被った怪しい雰囲気若い男が意味深な表情を浮かべていた。

 

「ぜひお耳に入れたい話があるんですが……。」

「なんだ……?言ってみろ。」

 

男の様子を怪しみ片手を剣に伸ばしながら、その場で相手に話を促すオーガ。

 

「表ではちょっと……路地裏でお話出来ませんか?」

 

しかし件の男は、ここでは話し難いと言い仕方なく人通りのない路地へ移動した。

 

『人の気配はねぇな……。』

「オラ、ここならいいだろ。」

 

周囲に潜伏している人の気が無い事を見計らい、男から話を切り出すのを持つ。

そして、オーガに向き合った男ことタツミは一世一代の勝負に出た。

 

『サヨ……イエヤス……俺に力を貸してくれ!』

「お願いします‼俺を帝都警備達に入れてください!」

 

心の中で今は亡き戦友二人名を呼びながら平伏して懇願するフリをしたタツミ、その必死に見える様相に一瞬で緊張が解かれ気が抜けたオーガ。

 

「金を稼いで田舎に贈らなきゃならないんです。」

「ハァ……んなことだろうと思ったぜ、正規の手順を踏んでこいボケ!」

 

立て続けて情けない泣き言を話すタツミに、完全に興が削がれたオーガは彼を突き放すように厳しい言葉を吐き立ち去ろうとタツミに背を向けた。

 

「……ですが、この不景気では倍率が高すぎます。」

 

背後を見せたオーガの無防備な姿を好機と見たタツミは、後ろの腰に隠した愛用の剣に手を伸ばしゆっくり抜きさる。

 

「仕方ねぇだろ、お前が力不足ってこったな。」

 

タツミの纏う雰囲気の変化に気付いたオーガも、腰の横に帯剣している剣の柄を握り抜き放とうと構え刹那の間。

 

『……迅ぇ‼恐れを知らぬ思い切りの良さ、まさかこの俺様に歯向かう奴がいるとは。』

 

気が付けばオーガは視認する間もなく斬られていた、その斬撃の速さに驚きの感情を浮かべながら前のめりで倒れる、だがそれでもスイッチが入ったタツミは気を抜かない。

 

『……今のは浅かった、まだ立つな。』

 

オーガを切った感触が浅いと感じ背を向けたまま、剣を体の横に構え手を添えて足を踏ん張らせると予想通り重い衝撃が柄を持つ手に伝わる。

 

「っ!……俺が……このオーガ様が……手前ぇみてぇなクソガキに殺られるかよ……。」

 

完全に決まったと思った奇襲を受け止められ多少動揺した様だが、それでもオーガの怒気を込めた一撃はタツミの体を後ろに流した。

 

「弱者が何うめこうが関係ねぇ……強者がこの街じゃ絶対なんだ……俺が裁くんだよ‼俺が裁かれてたまるかあ‼」

「……。」

 

身勝手な言い分を怒りのままに叫ぶオーガ、そんな相手を前にしても狩りのモードのタツミは涼しい表情で飛び上がる。

 

「随分よく回る口だな、俺の知る一番強い男は戦い間は無口になるんだがな。」

「何⁉墳‼」

 

頭上から放たれる斬撃を受け止めそのまま地面に抑え込むオーガを、表情を変えないタツミはそう呟くと更に感情を昂ぶらせる。

 

「太刀筋も単調で力任せ……クソガキの俺ですら受け止めきれる程度の技量で鬼の渾名か分不相応だな。」

「うるせぇ!……そうかぁ、さてはお前ナイトレイドの一味だな?」

 

更にオーガの剣の腕にもケチが付けられ怒りの感情が頂点を過ぎると、一転して頭が回り出したのかタツミの正体に気が付きだす。

 

「一体誰の依頼だ?心当たりは山程あるが……最近だと、この間殺った奴の婚約者か?」

「……だったら?」

 

オーガの戯言を聞くのにも早くも飽き始めたタツミは、呆れの籠った心情を短い言葉で言い表す。

 

「当たりかぁ……やっぱりあの女も、あん時殺っときゃ良かったなぁ……いや……今からでも遅くはないか!まずはあの女を探し出し、女の親兄弟を重罪人に仕立て上げて女の目の前で皆殺しにしてやる……!」

『哀れな奴だなオーガ……自力でそこまで地位を得っておいて、弱者を虐げる事にしか発想がいかないとは……。』

 

下衆を極めた男の表情とセリフは画くも醜く悍ましい物なのかと、口を閉ざしたタツミはオーガを哀れにすら思った……その後に続くセリフを聞くまでは。

 

「手前ぇを殺った後になぁ……‼」

「っ!随分易く見られたもんだ……。」

 

タツミがそう呟いた後、彼を抑え込んでいたオーガの量腕は二の腕から先は斬り飛ばされた……。

 

「なっ……。」

 

唐突に消えた腕の先を見つめ脳の処理が追い付かないオーガが間抜けな顔を見せた時、タツミは宙に舞い体を捻じり剣を這わす。

 

「……やはり、口だけの男に鬼の名は過ぎたものだったな。」

 

そこから俊撃と呼ぶに相応しい早業で切り刻まれ声を上げる間も与えらずに屠られ、仕事を終えたタツミはアジトへ帰投した。

 

「強敵の始末ご苦労だったな!見事だ!」

「……。」

 

アジトに帰り任務の結果報告を済ませたタツミを、ナジェンダは労うが彼は何とも言えない表情を見せた。

 

「どうしたタツミ?」

 

彼の表情が気になり若しや、何処かやられてはいないかと聞いてみると……。

 

「標的……鬼と呼ばれてる男だどんな奴かと思ったら、力が強いだけの俺以上の未熟者だった……あれで隊長を任されるなら警備隊の実力の程度も知れる。」

「は?……え!」

 

吐き捨てられた言葉に一瞬疑問符が浮かび、数刻の反芻した後驚愕の表情を浮かべる。

 

「あの……弟くんキャラ変わってない?」

「……すいまない姐さん、狩人モードは余韻が長いんだ。」

 

普段の彼と今の彼の性格的なイメージが合わず思わず聞いてしまったレオーネに、事も無げに返すタツミは涼しい表情のままだった。

 

「……タツミ。」

「アカメか如何した?」

 

いつもと違うタツミの様子に困惑する二人を余所にアカメは声を掛ける、それに気が付いたタツミが落ち着いた声で応じる。

 

「服を脱いでくれないか、怪我をしてないか見たい。」

「……分かった、ちょっと待てってくれ。」

 

アカメの要望に応え上着を脱いで無傷である事を見せると、下の方もと視線で促され仕方なくズボンも脱ぐ。

 

「これでいいか?」

「あぁ、良かった。強がって傷を報告せずに毒で死んだ仲間を見たことがある、ダメージがなくてなによりだ。」

 

下着だけになったタツミは爽やかな表情でアカメに要望に叶ったか聞くと、これまで固かった表情を解し柔和な笑みを見せた。

 

「……心配をかけたみたいだな。」

「いや、初めての暗殺は死亡率が高い……見込みはしていたがよく乗り越えた!」

 

互いに清々し気な表情で握手を交わす、そんな彼らを遠巻きに見ていたレオーネとナジェンダ。

 

「弟くんの狩人モードって、やっぱり副長の影響なのかな?」

「恐らくは、イッセイが言っていたがタツミ……あいつの底は見えないな。」

 

二人が話すタツミの際限のない潜在能力、イッセイ曰く狩人モードとはその眠れる力が部分的に発現したものと言う弁を思い出しながら、二人は語り合う。

 

「これからも生還してくれ……タツミ。」

「ああ、これからもよろしくなアカメ。」

 

同じ組織の仲間として認め合うタツミとアカメ、それを遠巻きに見守るレオーネとナジェンダ、同じ空間で二組の間に温度差が生まれていた。

 

「弟くん、感動的な場面を壊すようで悪いんだけどいい加減服着ない?」

「え?あ……。」

 

どうもその温度差に耐え切れなかったのか、レオーネが客観的に突っ込みを入れ場の空気が入れ替わると共に狩人モードの余韻も終わった。

 

「……よし、じゃあ次はマインの下について頑張ってみろ。」

「……え゛っ⁉

 

何かを思案したナジェンダが唐突にタツミに次の指令を告げ、その内容に言葉を詰まらせる。

 

「アッハハ……一難去ってまた一難かぁ~。」

 

レオーネも苦笑いしてタツミの同情の視線を送る。

 

「あ……あいつですかぁー?」

 

気の乗らない間延びした声で次に指名された猫の様な少女の顔を思い浮かべた時。

 

「何か悪寒がするするわね……。」

 

向こうも不穏な気配を感じ取っており、ある種宿命めいた縁があるのかもしれない。

 


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