春風と共に   作:ミソカツマン

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外国人に英語で話しかけられて死ぬほど焦りながら受け答えしたことが2回ほどあります、Earnestです。

1回目は小学生の頃だったから、本当に困惑した覚えがあります。修学旅行中に「写真撮っていいですか?」って聞かれました。

では、どうぞ。



第2章 ー暖かな今ー

聴き慣れたメロディがいつもの通りに頭の中に響く。

アラームを止め、時刻を確認。

何も変わらないいつもの流れだが、起きた時間はいつもより少し早いアラームだったようだ。

 

冬場の朝というものは、なんとも辛いものだ。

肌をチクチク刺す朝の寒気と、矢具を捕らえて離そうとしない布団のぬくもりを感じながら思う。

まるで布団が「もう一眠りしてもええんやで?」と囁いてくるようだ。

 

しかし、矢具は知っている

布団から囁かれるこの誘惑は、悪魔からのものであるのだと。

これは矢具のみならず、誰もが知るところであろう。

 

恐ろしい布団の魔力から解放されるべく、必死に毛布を押しのけて脱出を試みる。

 

するとだ。

腰の辺りに妙な違和感に気がつく。

なにか、謎の重さがある。

 

まさか本当に布団が逃すまいとまとわりついているのか、なんてトンチンカンな朝のボケた思考で毛布に覆われた自分の腰辺りを見る。

 

なんか、毛布が不自然に、盛り上がっている。

 

「…あぁ、そういやそうか…」

 

合点がいった様子で矢具は、一思いにその毛布を剥ぎ取る。

そこにはやはりというべきか、美少女と見間違えるほど中性的で美しい美少年が、矢具の腰に腕を回して抱きついていた。

 

無慈悲なまでに一気に寒気に襲われた細い体がブルリと震える。

 

「ん…」

 

毛布の代わりに近くにある熱を寄せようと、より一層人肌のぬくもりを求める腕の力がギュッと強くなる。

まだ夢の世界から解放されていないようだ。

 

一昨日は小雪の来訪が急すぎて、昨日は仕事に疲れすぎて、あまり小雪をじっくりと見る機会がなかったが、改めて見ると本当に少女の様に見えてしまうほど綺麗だ。

 

男子高校生であると本人の口から聞いているし、事実彼の声質や雰囲気は男子のそれに近い。

小雪は男の子だ。理解はしている。

 

しかし、しかしだ。

彼の今の姿はとても男のそれではない。

普段着の和装の代わりに、大きめのTシャツと少しダボついたジャージを身につけ、自分の腰に華奢な腕と体でしがみつく小雪が男に見えるだろうか、いや見えない。

 

ふと、朝っぱらから何を考えているのだと正気に戻った矢具。

少し早いとはいっても朝は朝だ。

いい加減起きねばならない。

 

可哀想にも思ったが、しがみつく小動物の様な小雪を引き剥がして布団に転がす。

その衝撃のせいか、さすがに目を覚ましたようだった。

 

目を眠そうに薄く開ける小雪は、コチラを認識すると目を細めたままニコリと微笑む。

 

「あ…矢具さん、おはよーございます…」

 

まるで新婚さんの様だなぁ。

そんな思いが頭の中を横切るが、間違っても口に出したりはしなかった。

同時に自分は今、人によっては死ぬほど羨ましがられる状況にいるんだなぁと、しみじみと思った。

 

そんな社会人と高校生の、なんて事のない平日の朝であった。

 

======

 

ガタゴトと、電車の振動に矢具は揺すられている。

いつもならこの振動を揺りかごの様に見立てて1眠りに落ちる所だが、今日は不思議と目が冴えている。

 

いつもと変わらぬ電車内であるが、今日は幸運にも座る事ができた。

今日は何かといい日だなぁと、立って欠伸をしている他の通勤者を見て、内心で勝ち誇る。

 

電車が駅に止まり、人の波が流れ込んでくる。

最初に入ってきたスーツ姿の男性が電車内を見渡し、席が埋まってる事に気づいたのか小さくため息をつく。

矢具はその姿をしめしめと見ていた。

 

「ううっ…」

 

が、そこで矢具は正面から聞こえてくる呻き声に気づく。

不思議に思って顔を前に向けると、そこには壁に押しつけられている1人の女性が。

そのお腹は少し不自然に膨らんでおり、おそらく妊婦なのだろうと推測する。

手慣れた様子でお腹だけは押されないよう、器用に体をそらしているが、浮かべているのは苦悶の表情だ。

 

ふと、自分の首をグルリと回し、後ろを見る。

そこには壁と窓から見える景色が広がるのみで、特に変わったものはない。優先席ではない。

チラと隣に座る女性と向かいの席を見るが、皆が皆見るからに熟睡しており、起こすのが悪く思うほど起きる気配は皆無である。

 

色々な思いが頭の中を掠める中、意を決して矢具は鞄を持つ。

 

目の前の女性の肩を軽く叩く。

キョトンとした表情で振り向く彼女に、自分の座っていた席をポンポンと叩いて示し、「どうぞ」と小声で促す。

 

女性は一瞬驚いた表情を浮かべ、申し訳なさそうに、けれどとても嬉しそうに、何度も頭を下げて席に座った。

彼女は壁にもたれかかり、ようやく一息つけたようであった。

 

矢具は微笑んで、窓からの見慣れた景色を眺める。

 

「(今日も、座れなかったな)」

 

己の不幸を呪う思考とは裏腹に、心はどこか軽かった。

 

======

 

「よう、矢具」

 

「お〜う、おはよう」

 

清々しく元気な笑顔と相変わらず力のない挨拶が交わされる。

同じ会社の同僚で、そこそこ昔からの友人で、同じゲーム好きであるのに、どこでこのような差がついてしまったのか。

某テレビ番組に聞いてみたいくらいだ。

 

いつものように笑顔でコチラを見ていた赤根が、少し不思議そうな顔で話しかけてくる。

 

「今日は珍しく頭が起きてるみたいだな、矢具」

 

「え?」

 

思わず間の抜けた声が出る。

言われてみればそうかもしれない、と妙にハッキリした頭で思う。

いつもなら仕事をし始めて1時間後、体が少し疲れ始めた頃にようやく回ってくるくらいであるのに。

 

考えてみれば、今朝妊婦さんに席を譲ったが、社会人になってから電車で席を譲ったのは初めてだった気がする。

働くようになってから、電車は立って押されるか、駅まで眠るものだったから、周りを気にしている余裕がなかった。

 

けれど、今日は彼女の存在に気づく事ができた。

席を譲るという判断を行う事ができた。

 

矢具はなんだか自分を不思議に感じて、己の身体を見渡した。

自分の体だ。当たり前だ。他人のではない。

だが、矢具はそれでも、自分の体でない気がして身体を見続けた。

 

そうしていると、トンッと背中を押されてハッとする。

赤根がニコニコと笑いながら矢具を見ている。

 

「まぁ何かあったのかは知らんが、それはきっと、いい変化だぜ?」

 

多分な、と付け加えた赤根は友人の成長を祝ってか、嬉しそうに笑った。

その綺麗な笑顔を見て、矢具もまたニカリと笑って彼の背中を叩き返す。

 

「そうやってハッキリしねぇからお前は彼女ができねぇんだよ」

 

「いってろ」

 

お互いに軽口を言い合って、ニヤッと笑う。

 

仕事場での、少し和やかなひと時であった。

 

======

 

「ただいま…っと」

 

暗闇に誰にも聞こえない声がボソリと呟かれる。

 

一人暮らしをするようになってから、はや数年が経っている。

短かったようで、長かった気もする。

 

1人になってわかった事は、多くある。

一人暮らしの自由さ、自由すぎさ。

家族の大切さや、生活の大変さもだ。

 

矢具に関しては、実家は行くのが少し億劫なだけでそれほど離れておらず、帰ろうと思えば帰る事も自由であるから、多少はマシな方であるだろうが。

 

「まだ、帰ってないのか…」

 

自分の脱いだ靴だけがポツンと置かれた玄関と、閉め切られて月明かりすら差し込んでいない真っ暗な部屋を見て察する。

 

「なんか部活動でもやってんのかな…高校生だし」

 

部屋の電気をつけながら、今頃の小雪を勝手に推測し始める。

 

野球やサッカー、バスケットだろうか。

いやあの女子と見間違う細い線の体で当たりの強いスポーツはないだろう。となるとテニスか。

調理製菓や吹奏楽といった文化部の線もある…。

 

あーでもないこーでもないと妄想を捗らせていると、不意に玄関からガチャリという音がした。

その音で正気に戻った矢具は、小走りで玄関へと向かう。

 

きっと疲れているだろう。重い鞄があるだろう。持ってあげよう。

 

内なる父性、いや母性?がくすぐられている様子の矢具。

 

パタパタと走る様は、さながら同居したての若妻か。

彼の心情的には、孫を迎えるお爺ちゃんといった所か。

 

「おかえりー!」

 

「わっ!?た、ただいまです」

 

一昨日と昨日の比較的ダウナー寄りの矢具しか知らない小雪にとって、謎テンション矢具のご登場は予想外であったのだろう。

想像できなかった、あまりに元気なお出迎えに思わず驚いてしまった、といった様子だ。

 

硬直している小雪を他所に、何故か上機嫌な矢具は当初の目的を果たすべく、小雪の手持ち物をひったくろうと、もとい預かろうと手を伸ばす。

 

「え、あっ」

 

瞬く間に両手にあった重みが消え、脳処理が追いつかない小雪が間の抜けた声を出す。

 

「お?」

 

と、ここで矢具は小雪から預かった荷物が妙に軽い事に気がつく。

重いことは重い、が、矢具の記憶にある様な学生鞄的な重みではない。

 

自分が手にしている物を確かめるため、手元に目を落とす。

 

多量の物が入ったグチャッとした重み。

重力と共に手に食い込もうとする持ち手。

揺れるたびにガサガサと鳴る耳障りな音。

 

矢具が手にしていたのは懐かしの学生鞄ではなく、大人になって妙に慣れ親しんで身近になってしまった、レジ袋であった。

 

中を開けて見れば肉や野菜、何かの素といった食料品だ。

 

なぜ食料品?と頭の上に疑問符を浮かべていると、小雪が不意に口を開く。

 

「あの…矢具さん、僕、実は料理が、というか家事がそこそこ好きでして…」

 

「ほぇーだから食料品なんて買ってきたのか、なんか納得」

 

のんきな声でなるほどと思う。

小雪の言葉は続く。

 

「失礼ながら台所を見せてもらった時に、大量の弁当ゴミと、明らかに使ってなさそうなお皿達を見てしまいまして…」

 

「ほんほん…ん?」

 

そこで何やら背中に這い寄る不穏な空気を察知して顔を上げる。

そこにはニッコリと、満面の笑みで立つ小雪が。

 

「ちょっと職業病というか、我慢できなくて…」

 

可愛らしく申し訳なさそうな表情をしている小雪だが、矢具にはなぜかそこに角を生やした母がいるように思えて仕方がなかった。

例えるならそう、だらしない生活空間を親に叱られているような恐怖感…ってそのままではないか。

 

小雪本人に叱っているつもりは毛頭なかったのだが。

 

小雪の知らない所で勝手に錯覚し、勝手に焦り、勝手に冷や汗を流す矢具。

もしここに心を読める第三者がいたのなら、某芸人の勘違い芸のようだなぁと、笑う事間違いなしだろう。

 

======

 

小さな部屋の中に肉の焼ける匂いが広がっていく。

仕事に疲れてグーグーと食料不足を訴える胃袋にとって、鼻をくすぐるこの香ばしい匂いはまさしく暴力的だ。

 

横目にチラと見えるのは、白一色のマイエプロンを装着した男子高校生。絶賛調理中の小雪だ。

 

「僕が勝手に、好きでやるんで」といって座らされた矢具はスマホを弄りながら、その匂いと調理音に耳を傾けていた。

 

トントンと包丁で何かを切る音。

フライパンの上で何かが焼ける音、炒められる音。

 

「(こうしてると、実家暮らしの時を思い出すなぁ)」

 

成人をしてから一人暮らしをし始めた矢具は、数年前の自分を思い出して郷愁の念にふけっていた。

 

 

あぁ無情にも時は経ってしまったのだ。

歳をとり、背丈は伸び、声は低く、心は変わった。

 

このように様々なものが変化しながら、それでも今もなお、「昔はよかった」と思い続けてしまうこの考えは、もはや一種の呪いではないかとすら思えてくる。

 

『昔』。

良い言葉だ。

 

人は日々未来を求めながら、同時に過去に縋り付いている。

今がどんなに辛くても楽しくても、『先』から見れば支えにもなるし、重りにもなる。

常に矛盾を抱え、正義とかいう己が思想を秘めたまま朽ちていく。

 

自分勝手で、予測不可能で、非合理的。

それが人、人間という生き物だ。

 

 

もし。

もしこの世界に、あの夢に出てきた様な神様がいるとしたら。

遠い遠い、もしくは近い何処かから、自分達を見ているのだとしたら。

 

母なる地球を我が物顔で闊歩する人間を、理解不能な人を、どう思って観ているのだろう。

こんな事を考える自分を、どう見ているのだろう。

 

 

妄想にすぎない、実に哲学的で無意味な個人の思想に思いを飛ばしている内に、できましたよーと高めの男声が耳に響いてくる。

 

現実に戻ってきて見れば、すでに目の前には料理が置かれている。

 

ホカホカという擬音がとても似合う温かそうな白米。

湯気と共にその良い匂いで胃のクーデターを引き起こしてくるとろみのついた肉野菜達。青椒肉絲(チンジャオロース)だ。

 

眼前に並べられた料理を前に、ゴクリと唾を飲み込む。

 

向かいの座布団に小雪が座るのを待ち、共にパンと手を合わせて一言。

 

「「いただきます!」」

 

待ってましたと言うかわりに勢いよくご飯をかきこむ。

それを苦笑いしながらも嬉しそうに微笑み見て、小雪も箸を動かす。

 

あぁ、なんと温かく、美味いことだろう。

冷えたコンビニ飯に慣れた舌にとって、手作りの、温かで、美味いご飯は、幸福以外の何物でもなかった。

 

小雪の作ってくれた飯を、小雪と一緒に食べる。

久々に、この上ない幸福であると感じた。

 

 

 

今、矢具が感じている限りない幸福感は、未来の重石になるのだろうか。

「あの頃はよかった」と縋り付くかもしれない。

あんな思いをしなければ-と思うかもしれない。

 

 

でも、でも。

きっと、こういう日が、こういう時があって良いのだろう。

 

 

チラと正面を見ると、小雪と目が合う。

お互いになんとも言えずに見つめ合い、そのうちなんだか耐えきれなくなって笑った。

 

 

 

あぁきっと。

こういう時があって、良いのだろう。

 

 

だってこんなにも暖かいのだから。

 

 

じんわりと、体の奥から伝わってくる熱を感じながら、そう思う。

 

 

 

 

社会人と高校生の、至って普通の、暖かい食卓だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか?
次回も不定期更新となりますので、気長にお待ち下さい。


ここまで読んで下さり、ありがとうございます!
次の話も、頑張ります!
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