ソードアート・オンライン〜二人の黒の剣士〜   作:ジャズ

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どうも皆さん、ジャズです。
プレミアちゃんが先日誕生日を迎えましたが、ティアちゃんの誕生日はいつになるんでしょうねえ?二見Pによると、12月中旬あたりという事ですが……


十五話 ボス部屋へ

2024年10月17日

 

現在最前線は七十四層。

このデスゲームが始まってから約二年が経過した。

その間、犠牲者はもう四千人近くに登っている。

未だ、最終目標である百層までの道のりは遠い。

 

このゲームを作った男《茅場晶彦》は今どこで彼らを監視し、何を感じているのだろうか──────

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「最近、ちょっと悩み事があるんだよね……」

 

その日、攻略を終えたジェネシスとティアの二人は迷宮区から出て、寝泊まりしている宿屋へと足を運んでいた。

その途中で、ティアは唐突にそう切り出した。

 

「悩み事?何だってんだよ?」

 

ジェネシスが疑問符を浮かべると、ティアは一度目を伏せ

 

「……なんか、付きまとわれてる感じがするんだよね」

 

「はぁ?そいつは世に言う『ストーカー』ってやつか?」

 

ジェネシスの言葉にティアは頷く。

 

「マジかよ、常に索敵は張ってるつもり何だがな……それにも引っかからねぇとはそいつ、とんだ『隠蔽』の達人みてぇだな」

 

「違う!そうじゃないの!」

 

ジェネシスの考察にティアは強く否定した。

 

「つきまとってる人は、もう分かってるの……」

 

「あん?んーだよ、分かってんのかよ。で、どこのどいつだ?」

 

「それは……」

 

ティアが口を開いた時だった。

 

「これはこれは、《白夜叉》ティア殿」

 

そう言って彼らの元に近づく者が現れた。

ティアはその声を聞くと、不快そうなに顔をしかめて反射的にジェネシスの陰に隠れる。

彼らの前に現れたのは、白と赤の鎧に身を包んだ長身の男性だった。誰が見てもわかる最強ギルド《血盟騎士団》の者である。

髪は金髪で、髪型は後ろにその長髪を束ねたポニーテール。

顔は端正な顔立ちで人の良さそうな、しかしどこか食えない微笑を浮かべている。

身長はジェネシスとほぼ同等。腰には豪勢な装飾を施した長剣を吊るしている。

 

「血盟騎士団の『バンノ』……一ヶ月くらい前から私をしつこく勧誘してくるの」

 

ティアはジェネシスの耳元で、小声で彼の情報を伝えた。

 

「探しましたよティア殿。どちらにいらっしゃるかと一日中探し回っていましたが、まさか迷宮区にいたとは!いやぁ〜、精が出ますねぇ!」

 

バンノは仰々しく手を叩きながらそう言う。

 

「ですが!もし貴女が我がギルドに入ってくだされば、攻略スピードが上がること間違いありません!

どうかソロなどと言う非効率的なやり方で攻略するのではなく、我が血盟騎士団にご加入いただき存分にその実力を発揮して頂きたい!そしてそのパーティには、是非この私が…」

 

バンノはティアから目を離さずやや早口でそう言った。

 

「……何度も言わせるな。私はどのギルドにも入るつもりは無い。この人とコンビを組んでやってるからな」

 

そう言ってティアは隣のジェネシスに視線を促す。

バンノはジェネシスを見るとすうっと目を細め

 

「……ほう?貴殿が《暗黒の剣士》、ですか」

 

そう言うと、バンノはゆっくりジェネシスに近づく。

ティアはバンノの接近に対しジェネシスの後ろに隠れるように移動した。

ジェネシスは微動だにせずじっとしている。

やがてバンノはジェネシスの目の前まで来ると、足元から舐め回すような視線で見回し、

 

「ふぅむ……噂ほどの実力は感じられませんねぇいやはや全くおかしな話です。なぜこんな男があの気高き《白夜叉》ティア殿とコンビを組んでいるのか!」

 

バンノは敢えて周りに聞こえるような大きな声でそう宣った。

 

「…おい、少なくともこの人はレベルも実力も其方より上だぞバンノ」

 

ティアがジェネシスの背中から少し顔を出し、鋭い目つきで睨みながら言った。

 

「ま、たしかにそのようですねぇ。

で・す・が……どうせ何か卑怯な手を使っているのではないですかぁ〜?だってこの男は、あの忌むべき異物《ビーター》にして、人を平気で殺してしまう怪物《暗黒の剣士(ダークナイト)》なのですから!」

 

《ビーター》……第一層ボス戦の終了後、ジェネシスがβテスターとビギナー達の溝を作らないための一芝居でついてしまった蔑称だ。

そして《ダークナイト》は、数ヶ月前に行われたラフコフ掃討作戦にてジェネシスがやった行為でつけられた二つ名だ。

 

ここまでジェネシスを侮辱されたティアはもう既に怒り心頭で、刀の鍔を指で押し出し鯉口を切っている。今にも抜刀して斬りかからんとする勢いだ。

 

だが

 

「…悪りーな。今はとりあえずティアを休ませたい。

おめぇも、疲れ切った相手にしつこく付きまとう鬼畜じゃねぇだろ?」

 

ジェネシスはなるべく相手を刺激しない口調でそう言った。

 

「……ふうん?なんでこの僕が君の意見を聞かなきゃならないんだ、と言いたいところですが……一理ありますね。

いいでしょう、()()()()()()()失礼します。ティア殿、いい返事を期待していますよ」

 

そう言ってバンノは一礼し、ジェネシスの隣を通って転移門へと行き、本拠地であるグランザムへと姿を消した。

 

「久弥……」

 

ティアは不安げな表情でジェネシスを見る。

 

「……あの副長に、苦情でも言っとくか」

 

 

 

 

 

 

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プレイヤーホームに戻ったジェネシス達。

そこへ一通のメールが入った。

 

差出人はキリトで、内容は《アスナを含めた四人で攻略に行かないか》という誘いだった。

 

「……だってよ。どーする?」

 

「いいんじゃない?アインクラッド四天王が揃って攻略なんて滅多にないし」

 

「あっそ。ま、俺もあいつには色々言いてえ事があるからな」

 

そう言って思い返すのは、昼間に会ったあの『バンノ』とか言う勧誘係。

まあ、別に自分の評価など知ったとこではないが、それでも大事な人にしつこく付きまとわれるのはジェネシスと言えど許し難い事だった。

 

そして迎えた次の日。

 

二人は揃って七十四層へと行くために転移門広場へと足を運んでいた。

その時だった。

 

「おはようございます!ティア殿!!」

 

例のバンノが転移門で待ち構えていたのだ。

 

「今日こそは、我が血盟騎士団への入団を決意していただきますよ!!」

 

などと大声で叫び始めた。

 

「私はギルドには入らんと言ってるだろ!!そもそも貴様、なぜこんな所で待ち構えてる?!」

 

ティアはこの男から相当つきまとわれて限界が来ていたのか、普段の冷静な声ではなく怒気を孕んだ荒々しい声で、バンノをにらみながら問い質した。

 

「無論!貴女の勧誘の為ですよ!!

ティア殿に是非我がギルドに入っていただく為、一ヶ月ほど前から動向を監視させていただいてましたので」

 

「はぁ?」

 

悪びれもなく答えるバンノに対し思わずジェネシスは目を丸くした。

つまりそれはもう完全なストーカー行為ではないか。

 

「久弥……」

 

ティアは少し怯えた表情でジェネシスの後ろに隠れる。

やはり《白夜叉》と言われるほどの強さを持つティアと言えど、元は一人の女性。この手のストーカーに嫌悪感や恐怖を感じるのは無理もない。

 

「さあ!ティア殿、僕と一緒に血盟騎士団本部に参りましょう!!本部まで来てくだされば、きっとそのお心も変わるはずです!!そしてその後は、是非僕と二人のパーティーに!!」

 

そう言って右手を差し出しながらゆっくりとティアの方へと近づいて来る。

 

「おい」

 

だがそんな彼の進路を塞ぐようにジェネシスは立ちはだかった。

 

「……何のマネかな?部外者の君には立ち入って欲しくないんだがね?」

 

バンノは目を細めながらジェネシスに言った。

 

「部外者?そいつは違えな。こいつは俺の嫁だ。勧誘すんなら俺に話を通すのが筋ってもんじゃねぇのか?」

 

ジェネシスは威圧感のある視線でバンノを見下ろしながら言った。

 

「嫁ェ?!ははっ!!これは傑作だ、随分と思い上がってるみたいだねぇ君は。君みたいな薄汚い『ビーター』の《暗黒の剣士》が、高潔で気高き《白夜叉》ティア殿のパートナーが務まると?」

 

侮蔑と嘲笑を交えた表情を浮かべながらねっとりとした口調で話すバンノ。

 

「はっ、笑わせんなよ。テメェみてえな雑魚ストーカーよりはまともに務まるぜ」

 

それに対してジェネシスは不敵な笑みを浮かべながら挑発した。

その言葉でバンノの顔に浮かんでいた不気味な微笑が消えた。

 

「……へぇ。なら、そこまで言うなら証明してもらおうじゃないか」

 

そう言ってバンノはメニュー欄を操作し、タップ。

そしてジェネシスの前に一つのシステムメッセージが現れた。デュエル申請だ。

 

「……っ」

 

ティアは不安そうな目でジェネシスを見つめる。

 

「安心しろ、俺があんなクソッタレに負けるわけねぇだろ。信じて下がってろ」

 

ジェネシスは振り返る事なくそう言って『初撃決着モード』を選択。そしてカウントが始まった。

 

「ご覧下さいティア殿!この僕こそが貴女の隣に立つに相応しい事を証明しますぞ!!」

 

バンノは腰から豪壮な装飾の施された両手剣を抜きはなった。

ジェネシスはティアが後ろに下がったのを確認すると、背中から赤黒い大剣『アインツレーヴェ』を引き抜く。

『ゴトン』という重々しい金属音を立て、その刃が引き抜かれた。バンノの様々な装飾が施された長剣と違い、ジェネシスのアインツレーヴェは然程飾りなどはなく、控えめなデザインだ。しかし、ジェネシスがその剣を軽く振るうだけで、『ブン』という風切音が鳴り、その剣の重さをこれでもかと周りに知らしめる。

 

「おい!《暗黒の剣士》と『血盟騎士団』メンバーがデュエルだとよ!!」

 

やがて周囲に彼らのデュエルを見ようと野次馬が集まり始める。

通常この世界でのデュエルは、知り合いや友人同士での腕試しなどで行われる程度だ。

先ほどの険悪なジェネシス達のやり取りを知らない人々が、次々に一流プレイヤー同士のデュエルを見ようと集まってくる。

バンノはそんな野次馬達を一瞥すると鬱陶しそうに舌打ちし、剣を構えた。

腰を落とし、両手で柄を持って切っ先をジェネシスの方に向けている。剣道でいう《霞の構え》だ。

それに対しジェネシスは、大剣を右肩に担ぎ腰を落とす。左手は脱力して屈折した左足に乗せている。ジェネシスにとってこれが最も戦闘に持ち込みやすいスタイルだ。

 

両者が各々戦闘態勢に入ったところで、場の緊張感が徐々に高まっていく。それに連れて野次馬達の声も静まっていき、やがて静寂が訪れた。

 

ティアを含めた皆が固唾を呑んで見守る中、ついにカウントがゼロになり、デュエルが開始された。

 

まず動き出したのはバンノの方だった。

彼の剣がオレンジの光を宿し、そのままジェネシスに突進していく。

 

両手剣ソードスキル《アバランシュ》だ。

 

それに対してジェネシスは…………

 

動かなかった。

先程の構えのままただじっと微動だにしない。

 

バンノはそれを見て一瞬驚愕で目を見開いたが、直ぐに勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

そして、そのまま剣を上段に振りかぶる。

 

その瞬間、ジェネシスは動いた。

 

右足を力強く踏み出し、半身を捻りながら左手を剣の柄に添える。

アインツレーヴェの赤黒い刃がライトグリーンの光を帯び、ソードスキルが発動する。

 

両手剣基本ソードスキル《ブラスト》

 

そしてジェネシスは、半身を捻る勢いに乗せ、ライトグリーンに光る刃を無防備に晒されたバンノの胴に叩き込んだ。そのまま右切り上げで剣を振り抜く。

 

「ぶあっ?!」

 

バンノはそんな奇声を上げながら大きく後方へ吹き飛ばされた。

そして同時に、デュエルが決着する。

 

《Winner:Genesis》

 

「すげぇ…あのタイミングで攻撃できるのかよ」

 

野次馬の一人が感心したように呟く。

当然だ。ここまでの出来事は、周りの人間からすれば一瞬の出来事だったからだ。恐らく、デュエルが始まってから約1秒程度しか無かっただろう。

周りの人間には、アバランシュで飛びかかったバンノがジェネシスに弾き飛ばされたように見えたはずだ。まあ、実際そうな訳だが。

 

「そんな……僕が…この僕が……なぜ、こんなビーターなんかに……!」

 

バンノは両腕をガタガタと震わせ、弱々しい声でブツブツとそう呟いていた。

その顔には、自信に満ち溢れ他人を見下すような表情はなく、瞳孔が開かれその美麗な顔は酷く歪められていた。

 

ジェネシスはそんな彼を見て嘆息しながら剣を収め、

 

「…お前の腕は悪くねぇ。レベルも俺とそこまで変わんねえみてぇだし、同じ両手剣同士だ。

なのに何故負けたかって?んなもん、答えは簡単さ……」

 

そして一度目を伏せて区切り、再び顔を上げて威圧感のある視線でバンノを見下ろし、

 

「……格の違いだ

 

と、低い声でそう言った。

その瞬間、バンノの目は限界まで見開かれ、同時にうな垂れた。

 

その時、転移門が青白く光り、中から血盟騎士団のメンバーと思われる男性がやって来た。

 

「ここに居たか、バンノ。団長からの伝言だ」

 

男性はバンノに歩み寄っていく。

そしてバンノの前で停止すると、

 

「『直ちに本部まで帰投。指示があるまで自室にて待機せよ』…以上だ。行くぞ」

 

そして男性はバンノの手を無理やり引っ張って立ち上がらせると、そのまま転移門に促す。

男性は転移門に入ると、ジェネシスとティアの方を向き、

 

「…ご迷惑をお掛けしました」

 

と謝罪して一礼した後、グランザムへと帰って行った。

 

しばらくその様子を見つめていたジェネシスだったが、ティアの方を振り返り

 

「……大丈夫だったか?」

 

と尋ねる。

 

「うん。ありがとう、久弥。かっこよかったよ」

 

ティアも満面の笑みでそう答えた。

 

「……んじゃ、そろそろ行くか。あいつらも待ってるだろうしな」

 

そう言ってジェネシスとティアは歩きだし、転移門に入ると、キリト達の待つ七十四層へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…おいおい、なんだぁこりゃあ?」

 

七十四層に着いたジェネシス達が目にしたのは、大勢の野次馬と、その中心で向かい合う二人の剣士。

一人は白と赤の騎士服を着た血盟騎士団メンバーの男、もう一人は黒ずくめの服に身を包んだ少年、キリトだった。

そしてキリトの背後でアスナが不安そうな目で見守っている。

 

「……なんか、こっちでも揉め事が起きてるみたいだね」

 

ティアが大体の状況を察したのか苦笑しながら言った。

 

そしてキリトと男のデュエルが始まった。

男が使用するのは、両手剣スキル《アバランシュ》、キリトが使うのは片手剣スキル《ソニック・リープ》だ。

だがキリトが使うのは片手剣。もしこのまま衝突すれば、パワー負けしてそのままキリトの敗北が決まるだろう。

 

だがそれでもキリトは突っ込んだ。ということは、何か策があるのだろうとジェネシスは考察した。

 

そして二人の距離がゼロとなり、けたたましい金属音と火花を散らして両者は介錯してお互いの位置が入れ替わる形で停止した。

 

直後、男の元に一本の金属が落下した。

それは男の両手剣の刃。そしてそれは、男が持っていた剣の柄と同時にガラス片となって消滅した。

 

「なるほど……《武器破壊》か」

 

ジェネシスはほくそ笑みながらそう呟いた。

剣と剣がぶつかった時に稀に起こる現象、それが武器破壊だ。無論滅多にそんな事が起きることは無いが、

 

「あんにゃろう…狙ってやがったな」

 

ジェネシスはゆっくり立ち上がるキリトを見つめながら感心したようにそう呟いた。

 

「あれくらい私にも出来るもん」

 

するとティアが頬を膨らませながらそう言った。

 

「まあ、そうだろうな。ちなみにおめぇだったらどうしてた?

 

「私なら二回折ってたかな?」

 

「それが出来んのはおめぇだけだよ……」

 

ジェネシスはティアの言葉にため息をついた。

 

すると男が短剣を取り出してキリトの方に走り出す。

 

「おっと」

 

ジェネシスもその場から駆け出し、野次馬を通り抜けて男を蹴り飛ばした。

 

「ぐはっ?!」

 

男は後ろに数歩よろめくと、そのまま尻餅をつく形で倒れ込んだ。

 

「ジェネシス!」

 

後ろからキリトが目を見開いて叫んだ。

 

「おいおい、往生際が悪ぃんじゃねぇの?もう勝負はついてんだろ」

 

ジェネシスは男を見下ろしながら言った。

 

「き、キサマァ……《暗黒の剣士》!」

 

男はジェネシスを憎しみのこもった目で睨みながら立ち上がった。

 

するとアスナがジェネシスの前に立ち、男を鋭い目で見つめると

 

「…クラディール、血盟騎士団副団長として命じます。

本日を以って護衛役を解任。別名があるまでギルド本部にて待機。以上」

 

「な、なんだと……この……!」

 

クラディール、という男は怨嗟の目でジェネシスを…否、その後ろにいるキリトを睨みつけた。

だが観念したのか、俯きながら転移門へ入ると、グランザムへと帰って行った。

 

「……ごめんね、嫌な事に巻き込んじゃって」

 

アスナが三人の方を振り向き、弱々しい声でそう言った。

 

「いや、俺たちは別にいいけど……大丈夫なのか?」

 

キリトがそう尋ねると、アスナは気丈な、けれど少し申し訳なさそうな笑みを浮かべ

 

「今のギルドの雰囲気は、ゲーム攻略だけを考えてメンバーに規律を押し付けた私にも責任があると思うし……」

 

「そんなことは無いさ。アスナのような人間がいなければ、今頃攻略はもっと遅れていただろうしな」

 

「そーだよ。だからテメェも、たまにはこんないい加減なのと組んで息抜きしたって誰も文句言わねーよ」

 

「まあ、そんなに気負う必要も無いんじゃ無いかな?詰めすぎてもいいことなんて無いし、むしろアスナも、俺みたいにいい加減になってもいいと思う」

 

三人の言葉を聞き、少しの間目を丸くしていたアスナだったが、すぐにその表情から緊張が取れ、

 

「…まあ、ありがとうと言っておくわ。それじゃお言葉に甘えて今日は楽させてもらうわね。前衛よろしく」

 

そう言って歩き出す。

 

「…そりゃいいけど、それだとテメェ要らなくなるぜ?」

 

「ああ。ただでさえ俺たちは攻撃力が売りだし……俺たち三人でもいけるんじゃ無いかな?」

 

「アスナ、お前は帰っていいぞ」

 

「ちょっとそれ酷く無い?!」

 

そんなやり取りをして彼らは迷宮区に向かう。

ジェネシスは先ほどのアスナの様子を見て、ティアのストーカーについてはまたの機会に話そうと心に決めた。

 

 

 

 

 

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その後、四人は危なげなく迷宮区を進んで行く事数十分。

ここまで四回の戦闘があったが、勿論彼らは全く苦戦する事なく進んできた。

迷宮区のマッピングもあと少しだ。そして恐らくこの先に……

 

と、ジェネシスが考えていると、目の前に巨大な二枚扉が現れた。

扉とその両隣の柱には細かな装飾や怪物のレリーフが彫られている。

 

「これって……」

 

「ああ、多分間違いない……ボスの部屋だ」

 

アスナの呟きにキリトが頷いて答えた。

 

「どうする?」

 

「まあ、ボスは部屋から出てこねーし、覗くだけなら大丈夫だろ」

 

ティアの問いにジェネシスが軽い口調で答えた。

 

「そうだな。覗くだけ覗いてみるか。一応転移結晶を用意しててくれ」

 

キリトの言葉で皆が各々の転移結晶を片手に取った。

そして、キリトが左側、ジェネシスが右側のドアに手をかける。

 

「……開けるぞ」

 

「おう」

 

そして二人はゆっくりと扉を開く。

重々しいサウンドエフェクトが鳴りながら扉は開かれた。

中はーー真っ暗闇だった。

 

四人は慎重に部屋の中へと足を進める。

すると、部屋の扉付近から青白い炎が灯った。

それは円形になって二つ…四つ…六つと増えていき、暗闇に包まれた部屋を完全に照らす。

そして漸く明るくなった部屋の中に、それはいた。

 

《The Greameyes》

『輝く双眸』という意味を持つ名前と、四段のHPバーが表示された。

5、6メートルくらいはある巨体は、体色は深めの青。縄のような筋肉質な肉体を持っており、頭部から生える大きくねじ曲がった角は山羊を連想させる。

そして右手にはその身長と同じくらいのサイズの片刃式の大剣。

その両目からは、禍々しい青白い光が放たれている。

まさに『青眼の悪魔』と言ったところか。

 

四人が目の前のボスに圧倒されて固まっていると、悪魔は突如首を上げて強烈な雄叫びをあげた。そしてその右手に持った大剣を振りかぶり、大きな地響きを立てて四人に向かってくる。

 

「うわああぁぁぁーーーーー?!」

 

「きゃああぁぁぁーーーーー!!」

 

悲鳴を上げて走り出すキリトとアスナ、それに続きティアもAGIを全開にして走り出す。

 

「オイィィィーー!!てめぇら置いてくなあぁぁーーー!!!」

 

一人出遅れたジェネシスも慌てて走り出す。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

四人が走った先は安全地帯。

キリトとアスナは壁にもたれかかって座り込んでいる。

 

「……ぷっ」

 

誰からともなく笑いがこみ上げた。

 

「あははっ、やー逃げた逃げた!」

 

「ああ、こんなに走ったのはいつぶりだろうなぁ」

 

「いや……てめぇら……ほんとふざけんな……マジで……」

 

キリトとアスナは声のした方を向くと、声の主は地面に突っ伏して倒れ込んでいるジェネシスだった。

そう言えばキリトとアスナ、ティアの三人はAGIが高いが、ジェネシスは唯一のSTR型。彼らの全力疾走について行くのに相当な体力を使っただろう。

 

「…済まないな、ジェネシス。置いて行くような真似をして」

 

ティアが申し訳なさそうな顔をしながらジェネシスの側にしゃがみ込むと、その背中を優しく摩った。

 

「ホントだよ……ちったあ……加減しろや……」

 

未だに肩を上下させながら呼吸をしているジェネシスを介抱するティアを微笑ましく見ていたアスナは、真剣な表情に変え、

 

「あれは苦労しそうだね……」

 

「ああ。前衛に固い人材かジェネシスみたいなパワー型のプレイヤーを集めてぶつける感じになりそうだ。見たところ武装は両手剣だけみたいだが……特殊攻撃もありと考えていいな」

 

「タンク固めて、スイッチしながらやる感じだな」

 

「盾装備10人は欲しいとこだな……」

 

「盾装備、ねぇ……」

 

キリトの呟きにアスナがピクリと反応した。

 

「君、何か私に隠してることあるでしょ?」

 

「へ?なんのことだ?」

 

「だっておかしいもの。片手剣のメリットって左手に盾をもてることでしょ?私は細剣のスピードが落ちるからだし、スタイル優先って人もいるけど……君はそうじゃないよね?」

 

ジト目で問いただすアスナにキリトは何も言えずただ目を逸らしている。

 

「……ま、いっか。スキルの詮索はマナー違反だものね」

 

そう言ってアスナは時計を確認すると、時刻はもう既に三時。

 

「それじゃ少し遅いけど、お昼にしましょうか!」

 

アスナがそう手を打って、メニュー欄からバスケットをオブジェクト化する。

 

「ほら、ジェネシスも早く起きろ。昼食だ」

 

「んー?おう、わかった」

 

漸く呼吸が落ち着いたジェネシスも起き上がって、キリトのとなりに座り込んだ。

そしてその隣にティアが座り、アイテム欄から弁当箱を取り出す。

 

「はい」

 

そう言ってティアが手渡したのは、おにぎりだった。

 

「おう、サンキューな」

 

そう言ってジェネシスはおにぎりを頬張った。

 

「味はどうだ?」

 

「美味い。サイコーだな」

 

ジェネシスは親指を立てて答え、ティアもそれを聞き自然と笑みがこぼれた。

 

「へぇ、おにぎりか。定番中の定番だが、そういえばこの世界ではあんま見ないな」

 

「おにぎりって案外この世界で作るのって難しいのよ。ティアさん、貴女料理スキルはどのくらいあるの?」

 

「ん?もう既にコンプリートしてるが」

 

それを聞き、キリトとアスナは目を見開いた。

 

「そ、そうか…流石ティアだな」

 

「うわぁ〜、完璧な人間ってこういう人よね〜…」

 

「そんな褒めたって何も出ないぞ?」

 

彼らがそんなやり取りをしている時だった。

安全地帯に新たなプレイヤー集団が現れた。

 

侍の鎧に身を包んだ男性プレイヤー達。

皆悪趣味なバンダナを頭に巻いている。

 

やって来たのは、『風林火山』の面々だ。

 

するとリーダーのクラインがジェネシスとキリトに気づき

 

「よう!キリの字にジェネ公じゃねえか!!」

 

と言いながら走り寄ってくる。

 

「よう、まだ生きてたのかクライン」

 

「よう、まだ独り身なのかクライン」

 

キリトとジェネシスが続けざまにクラインに言った。

 

「相変わらず愛想のねえ野郎だなキリト。

そんでジェネ公!おめぇはティアちゃんっつうべっぴんさんと結婚できたからいいよな!俺も直ぐにいい嫁さん見つけてやっからな!!」

 

クラインは悔しげな顔でジェネシスに掴みかかった。

するとクラインは後ろのアスナに気づくと、表情が固まった。

 

「ああ、ボス戦とかで顔合わせしてるだろうけど一応紹介しとくよ。

こっちは《血盟騎士団》のアスナ。んでこっちは《風林火山》のリーダーのクライン」

 

紹介を受けクラインに会釈するアスナ。

だがクラインは微動だにしない。

 

「おーい、なんか言えよクライン氏。ラグってんのか〜?」

 

ジェネシスはクラインの目の前で手をブンブンと振る。

すると、

 

「く、くくクラインです!24歳独身彼女募集中!」

 

次の瞬間キリトのアッパーとジェネシスの蹴りがクラインに炸裂した。

 

「ってえ!何すんだよてめぇら?!」

 

クラインは涙目でキリト達を睨んだ。

 

「なーにが彼女募集中だコラ」

 

だがそんな彼らの元に新たなプレイヤー集団が現れた。

皆が視線を向けると、そこには約20名程の集団が来ていた。皆似たようなグレーの鎧に身を包んでいる。

 

「あれは……『軍』か?」

 

「第一層を支配してる連中が何でこんなとこに?」

 

ティアとクラインが訝しげな表情で首を傾げる。

『軍』というのは『アインクラッド解放軍』のことだ。

まあ、その名前は周囲のプレイヤー達が揶揄的な意味合いで呼んでいるのだが。

 

「休めえ!!」

 

先頭に立つリーダーらしき男が後ろを振り向き叫んだ。

部下達はその声とともに地面に崩れるように座り込んだ。

リーダーの男はジェネシス達の前に歩み寄る。

 

「私は『アインクラッド解放軍』のコーバッツ中佐だ」

 

そう名乗る。

 

「……俺はジェネシスだ」

 

面倒くさそうに答えるジェネシス。

コーバッツはそんなジェネシスの様子を気にせず

 

「君らはこの先も攻略しているのか?」

 

と横柄な態度で訪ねてくる。

 

「ああ。一応ボスの部屋まではマッピングしてあるぜ」

 

というジェネシスの答えを聞いた瞬間、コーバッツは右手を差し出し、

 

「うむ。ではそのマッピングデータを提供してもらいたい」

 

当然、とばかりにコーバッツは横柄かつ不躾な要求をしてきた。

 

「な…ただで提供しろだと?!てめぇ、マッピングの苦労が分かって言ってんのか?!」

 

「貴様、一体何の権限で言っているつもりだ?!」

 

クラインとティアが抗議の声をあげる。

 

「我々は情報と資源を平等に分配し、一刻も早くこの世界から全プレイヤーを解放するために戦っている!

故に、諸君らが協力するのは当然の義務である!」

 

「戯言を……二十五層で壊滅的な被害を受けてからは、ろくにボス攻略にも参加せずに一層で威張り散らしていただけだろうが……」

 

あまりに傲岸不遜な態度で主張するコーバッツに、ティアは呆れてため息をつきながら言った。

 

「まーまー落ち着けって。どーせ街に戻ったら公開するデータだ」

 

「ああ。遅いか早いかの違いさ。構わないよ」

 

今にも掴みかかりそうな勢いのクライン達をジェネシスとキリトの二人が制し、キリトはメニュー操作を開始した。

 

「おいおい、そりゃ人が良すぎやしねぇかキリトよう?」

 

「マップデータで商売する気は無いさ」

 

マップデータを受け取ったコーバッツは「協力感謝する」と全く気持ちのこもっていない礼を言うと振り向いた。

 

「一つだけ忠告しといてやる。ボスにちょっかいかけんなら絶対やめとけよ」

 

ジェネシスがコーバッツの背中に向けて言うと、

 

「…それは私が判断する」

 

コーバッツは少しだけジェネシスの方に視線を移し答えた。

 

「……さっきボスを覗いてきたが、そんな人数でどうこう出来る相手じゃなさそうだぜ。てめぇのお仲間もへばってるみてえじゃなえか」

 

その言葉にコーバッツは勢いよく振り向き、

 

「私の『部下』達は、この程度で根をあげる軟弱者では無い!!

貴様らぁ!さっさと立たんかぁ!!」

 

コーバッツの叫びに『部下』達はノロノロと立ち上がり、隊列を組んで歩き出した。

 

「大丈夫かよ、あの連中……」

 

クラインがその隊列の背中を見て呟く。

 

「大丈夫なワケねぇだろ。絶対死ぬぞあいつら」

 

ジェネシスがそれに対して呑気な口調で答える。

 

「一応、様子だけでも見に行くか……?」

 

キリトがそう言って周りを見ると、皆は笑顔で彼を見つめていた。

 

「……たく、どっちがお人好しなんだか」

 

ジェネシスがため息をついてそう言うと、彼らは歩き出した。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
今回新たなオリキャラを出しました。ティアのストーカー、『バンノ』です。
名前は『ストーカー→野蛮→蛮野→バンノ』という感じです。あとは『仮面ライダードライブ』の黒幕もモチーフになってますね。
さて、次回はボス戦。
原作ではキリトが一人で倒しちゃってましたが、今作ではどうしようかなぁ〜……

では、評価・感想などお待ちしております。

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