さて、ここまで怒涛の更新ラッシュでしたが、ここからはちょっとペースが落ちます。どうかご勘弁を。
2024年10月20日 七十五層・コリニア
先日解放されたばかりのこの層に、大勢の人々が集まる。
その目的は、今日闘技場で行われる二つの決闘。
《神聖剣ヒースクリフ
vs二刀流キリト&暗黒剣ジェネシス》
SAOの中でもトップレベルのプレイヤー同士の戦いを見ようと、あらゆる層の人間がコリニアの闘技場に集まった。
そして場所は変わり、闘技場の控え室。
「もう、ばかばかばか!なんであんなこと言っちゃうのよ!」
アスナは勝手に決闘を受けたキリトにご立腹の様子だ。
「わ、悪かった!悪かったって、つい売りことばに買い言葉で……」
キリトは気まずそうにアスナをなだめる。
「ま、あの場で逃げる選択肢は俺たちには無かったわな」
キリトの隣に座るジェネシスもうんうんと頷く。
「……みんなのユニークスキルを見たときは、別次元の強さだって思った。でも、それは団長のユニークスキルだって……」
「攻防自在の剣技《神聖剣》、特筆すべきはその圧倒的な防御力、か……」
アスナの言葉にティアはヒースクリフの戦闘を思い出しながら言った。
「アイツのHPバーがイエローゾーンまで落ちたのを見たやつはいねえらしいな」
「あの強さはもう、ゲームの範疇を超えてるよ……」
アスナが不安げな声を出すが、
「……んま、簡単に負けるつもりはねぇよ」
「ああ。さて、ひと暴れしてきますか!」
ジェネシスとキリトは不敵な笑みで立ち上がると、揃って闘技場の方に行く。
ーーーーーーーーーーーー
第1戦目は、キリトvsヒースクリフだ。
闘技場の中央で二人は向かい合うと、少し言葉を交わした後にデュエルのカウントが始まった。
そしてカウントがゼロになり、まず飛び出したのはキリト。
左右の剣から繰り出される突きや斬撃を、ヒースクリフは正確に盾でガードして行く。
そして次に動いたのはヒースクリフ。キリトはヒースクリフの盾側に回り込んで回避行動をとったが、ヒースクリフはそこへ目掛けて盾を突き出した。
どうやらあの盾にも攻撃判定があるらしい。手数でキリトの方が勝るかと思われたが、どうやらそうでもないようだ。
その後ヒースクリフの追撃が来たものの、キリトはその攻撃を防ぎ、そのままバックステップを取った後ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》を発動してヒースクリフに突っ込んだ。
しかしそれもヒースクリフの盾に阻まれ、二人は位置を入れ替える形で向き合う。
「素晴らしい反応速度だな」
「…そっちこそ固すぎるぜ」
その後、二人はまた剣戟の応酬を繰り返した。
絶え間無く響く金属のスタッカートが闘技場に木霊する。
「キリトくん……」
アスナは不安げな顔で戦闘を見つめていた。
「安心しろ、多分アイツは負けねぇ」
すると同じく試合を見ているジェネシスが口を開いた。
「ヒースクリフの顔見ろ。さっきまでの余裕の色が消えてやがる。あのまま行けば…ワンチャンあるぜ」
「それでもワンチャンなんだ……」
ジェネシスの言葉でアスナは苦笑するが、それでも不安は和らいだのか、少しその顔には笑顔が出ていた。
その後、キリトの剣速は徐々に加速して行き、ヒースクリフにも徐々に焦りの色が見え始めた。
と、その時。キリトの黒剣がヒースクリフの頬を掠め取った。その瞬間、ヒースクリフの表情には動揺が現れた。
キリトはここで、二刀流上位スキル《スターバースト・ストリーム》を発動。青い十六の流星が、ヒースクリフに襲いかかる。
縦に、横に、斜めに、時にクロスの斬撃がヒースクリフの盾に直撃して行く。
そして十五連撃目の攻撃がヒースクリフの盾を弾いた。
それによってヒースクリフの体勢は大きく崩れ、その胴が無防備に晒される。
────勝ったな。
ジェネシスを含めた今この場にいる3人はキリトの勝利を確信した。
だがその直後、世界がブレる感覚が襲った。
ヒースクリフ以外のプレイヤーが止まって見える。
ヒースクリフの弾かれた盾が瞬時に元の位置に戻り、キリトの最期の一撃を防いだ。
キリトは大技の後なので硬直で動けない。
そこへヒースクリフの剣が突かれ、キリトのHPはイエローゾーンに達した。キリトは地面に倒れ込んだ。
その瞬間、デュエルが決着しヒースクリフの勝利を告げるシステムメッセージが表示される。
大歓声が沸き起こる中、キリトがヒースクリフを見上げると、彼の顔にあったのは勝者の笑みなどではなく、何故か非常に険しい顔でキリトを見下ろしていた。
だがものの数秒そうした後、彼は何も言わず次の試合に向けて闘技場の控え室に戻って行った。
控え室に戻ったキリトは、何も言わずに黙ってベンチに座っている。
3人は彼に対し何も言えない。
「……ごめん、アスナ。負けちゃったよ」
ふと、キリトが申し訳なさそうに口を開いた。
「え?あ、ううん!いいの。キリトくん、カッコよかったし、それに…キリトくんが私のギルドに入ってくれるんだから、それはそれでありかなぁ〜、なんて……」
何故か頬を赤くしながら言うアスナ。
「そう言って貰えると、助かるよ」
そんなアスナに微笑ましい笑みを浮かべながら言うキリト。
「なあ、こいつらまだ付き合ってねぇんだよな?」
そんな二人の様子を見てジェネシスはティアに尋ねた。
「そうみたいだね。早くくっつけばいいのに」
ティアもそれに対し、呆れ半分笑顔半分と言った表情で返した。
「そういえば、ジェネシスの試合はあと10分後だよな?」
不意にキリトがジェネシスの方を見て言った。
「ああそうだな。ま、オメェの二の舞にはならねぇように頑張るよ」
ジェネシスはキリトを揶揄うような口調で言った。
「それを言われるとキツイな……でも、ジェネシスの暗黒剣は、俺の二刀流よりもかなり攻撃に特化したスキルだ。
これは、最強の矛と盾の対決になりそうだな」
「へっ、上等じゃねえか」
ジェネシスは不敵な笑みで返した。
〜10分後〜
「……っし、んじゃそろそろ行ってくらぁ」
ジェネシスはそう言って徐に立ち上がる。
「無茶だけはするなよ?」
ティアが後ろからそう言うと、ジェネシスは背中を向けたまま手を振った。
「あ、ジェネシス!」
不意にキリトがジェネシスの隣へ駆け寄ると、小声で
「……さっきの試合の最後、お前はどう見た?」
と尋ねた。
「それ今聞くの?……まあ、おかしいとは思ったよ。だが確証もねぇしそれがなんなのかもわかんねぇよ。
んま、仮にそれが起きたとしても、俺ぁ勝ちに行くからよ」
そう言い残し、ジェネシスは今度こそ闘技場へと足を踏み入れた。
中央には、先ほどと同じく騎士の甲冑に身を包んだヒースクリフが立っていた。
「よぉ旦那。1日に二試合もやって、体力の方は大丈夫なのかい?」
ジェネシスは出会い頭に悪戯な笑みを浮かべながらそう尋ねた。
するとヒースクリフも底知れない笑みを浮かべ
「心配には及ばない。これしき、普段のボス戦に比べればどうと言うことは無いさ。
それより君こそ大丈夫なのかい?さっきの試合を見たら、私に勝てるビジョンが無くなったのではないかな?」
などと聞き返して来た。
「それこそ心配は無用だぜ。アイツはアイツ、俺は俺だ。
キリトがどんな負け方しようが、俺がテメェに勝つこたぁ変わんねぇよ」
「いいや、君の未来はただ一つ……私に負け、ティアくんと共に血盟騎士団に入る事だ」
そう言い切ると、ヒースクリフは慣れた手つきでメニュー欄からデュエル申請画面を選択する。
ジェネシスの方にデュエル申請メッセージが来たため、《初撃決着モード》を選択しタップ。
するとデュエルのカウントが始まり、ヒースクリフは左手の盾から十字剣を引き抜き、ジェネシスもそれに倣って背中から赤黒い大剣を引き抜き、構える。
カウントが減るにつれ、会場の緊張感も徐々に高まっていく。
そしてカウントがゼロになり、『DUEL!』と言う文字が現れた瞬間、両者は同時に飛び出した。
ジェネシスは大剣を上段から振り下ろし、ヒースクリフは左腕の盾を突き出すと、両者は激しい火花と金属音を散らす。
そして凄まじい衝撃波が発生し、闘技場にヒースクリフとジェネシスを中心に大きな砂埃が巻き起こった。
そして粉塵が舞う中、武器同士がぶつかり合う金属音だけが鳴り響く。
砂埃が晴れると、ヒースクリフとジェネシスは激しい剣の攻防を繰り返していた。
ジェネシスの大剣が何度もヒースクリフの盾を打ち、ヒースクリフは隙を見て右手の十字剣で攻撃するが、ジェネシスはそれを難なく躱し再び大剣を振るう。
だがジェネシスの大剣がヒースクリフの盾を打つ際に発生する破砕音は先ほどのキリトの時の比ではなく、誰が見てもその一撃一撃が凶悪なまでの破壊力を持つ事は容易に想像出来た。現にヒースクリフの表情には既に余裕どころか若干の焦りすら見え隠れしている。どうやら彼もジェネシスの攻撃を防ぐのは中々困難なようだ。
その時、ジェネシスの大剣が赤黒いオーラを纏い始める。
これは通常のソードスキルではない、ユニークスキルによる攻撃だ。
暗黒剣二連撃スキル《ヘイル・ストライク》。
赤黒いオーラを纏う斬撃がヒースクリフの盾に炸裂する。
だがヒースクリフも寸前の所でそれを防ぎ切り、今度は反撃のソードスキルを放つ。
神聖剣二連撃スキル《ディバイン・クロス》
ゴールドに輝く剣が文字通りクロスになる形で振り下ろされるが、ジェネシスはその攻撃を大剣の刃を最小限に動かして振ることで防いだ。
「……凄まじい攻撃力だな」
ヒースクリフが不敵な笑みで言った。
「テメェこそ、ちょっと固すぎやしねぇか?」
「ふふふ、キリト君にも同じ事を言われたよ」
「事実だろうがよこんにゃろう」
そのやり取りの後、二人は同時に飛び出した。
先ほどのキリトの時と同じく、激しい剣の攻防が繰り広げられる。
ジェネシスは身の丈ほどある大剣を使っていながら、ヒースクリフのスピードに完全に付いて行っている。
大剣使いでありながらここまでのスピードを出せるのは、やはりジェネシスは伊達に攻略組の、それも四天王に数えられるプレイヤーではない事の表れだろう。
ヒースクリフはジェネシスの持つ圧倒的なパワーに徐々に押され気味だ。今でこそ防げているものの、その体勢は段々と崩れつつある。
その時、ジェネシスの切っ先がヒースクリフの頬を掠めた。
「おおぉぉぁぁああああ!!!」
その瞬間、ジェネシスは勝負に出た。
大剣が再び赤黒いオーラを纏い始め、そしてヒースクリフの盾に炸裂する。
暗黒剣上位六連撃スキル《ディープ・オブ・アビス》
その一撃一撃はコロシアム、いや、七十五層全体に響かんばかりの破砕音と、コロシアムごと吹き飛ばすのではないかと思ってしまうほどの衝撃波を生み、一撃受けるごとにヒースクリフは大きく後方へスライドさせられる。
そしてそこまでの威力を持つソードスキルならば、例え堅固な防御力を持つヒースクリフといえど体勢を大きく崩すのに時間がかからないのは当然と言えた。
五連撃目でついにヒースクリフの盾が大きく吹き飛ばされ、キリトの時と同じく彼の胴が露わになる。
「(────
最後の一撃。
ジェネシスは大剣を上段に構え、思い切り振り下ろす。
ところが、再びあの不気味な感覚がジェネシスを襲った。
世界全体が止まって見えた。
ただ一人、ヒースクリフを除いて。
ヒースクリフの剣がクリムゾンレッドに輝き、そしてその刃が真っ直ぐジェネシスの腹部を一閃する。
「ガハッ…!」
その瞬間、止まっていた世界が動き出し、発動中のソードスキルが強制中断された。ジェネシスは大きく後方へ吹き飛ばされ、地面に尻餅をつく形で倒れ込んだ。
そしてクリティカルヒットが決まった為、デュエル終了のシステムメッセージが表示される。勝者は勿論ヒースクリフ。
だがヒースクリフはジェネシスの方を見向きすることもなく、落ちた盾を拾ってそそくさと退場した。ジェネシスは座り込みながら呆然とその背中を見つめていた。
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五十五層・グランザム
「じ、地味なやつって頼まなかったっけ?」
キリトは新たに着せられた血盟騎士団のユニフォームに戸惑った顔を浮かべた。白赤のロングコート、キリトがそれまで身につけていた物の色を反転させたようなものだ。
「これでも十分地味な方よ?うん、似合う似合う♪」
何故かアスナは満足げな笑顔を浮かべている。
「あー似合ってる似合ってる。じゅーぶん似合ってんよバカヤロー」
気怠げなジェネシスの声がし、その方を向くと、そこにはいつもの赤黒い装備ではなく、白赤の甲冑を着せられたジェネシスが恨みがましい目で座っていた。
「ジェネシス……おまっ……白似合わねぇ…w」
キリトはそれを見て思わず吹き出すのを必死に堪えている。
それを見てジェネシスはますます機嫌を悪くし、
「ざけんな!!白が似合わねえのはおめぇも一緒だろうが!!」
勢いよく立ち上がりながらそう叫んだ。
「まあまあ落ち着けジェネシス。暫くすればそれにも慣れるさ」
落ち着いた女性の声が響き、その方を見るとティアが困ったような笑顔でジェネシスの方を見ていた。
ティアもまたいつもの白と青の服ではなく、グレーのGパンに白基調と赤いラインの入ったTシャツ、そしてその上にキリトのと同じ柄のロングコートを肩から袖を通さずに羽織っている。
「あーあー、おめぇはいいよなあティア。何気に俺らの中で一番様になってんじゃねえかよ」
ジェネシスはもう完全にやさぐれだ様子でそう言った。
「そうグレるなジェネシス。せっかく入れてもらったギルドだ、アスナに失礼だぞ」
「あはは……なんか、すっかり巻き込んじゃったね」
アスナも苦笑しながら言った。
すると部屋の中に二人の人物が入って来た。
「失礼しますぞ、副団長殿」
入って来たのは、背中に斧を背負った男性と背中に槍を背負った男性。後者は以前、ジェネシスがバンノと決闘した後に彼を連れて帰った男だ。
「ゴドフリー、どうかしたの?」
入って来たのはゴドフリーと言うらしい。
「実はですな、今日新たに加入した3人に、訓練を受けて貰うことになりましてな。内容は、私を含めた3人と、こちらの《チェイス》率いる3人パーティに分かれ、それぞれ五十五層の迷宮区とダンジョンを攻略してもらいます
《チェイス》と呼ばれた男性はぺこりと会釈した。
「ちょっとゴドフリー!キリト君たちは私の……」
「副団長と言えど、規律は蔑ろにして頂くわけには参りません。ユニークスキル使いと言えど、ギルドに入る以上は、前衛指揮を任されている我々に実力を見せて貰わねばなりません」
チェイスはアスナの抗議に対して静かに答えた。
「本日はキリト殿とジェネシス殿に受けてもらいます。ティア殿にはまた後日訓練を受けて貰うつもりですのでそのつもりで」
そしてゴドフリーはキリト、ジェネシス、ティアを見つめながらそう言った。
「待て、実力が見たいと言うなら、私も同時にやった方が効率的ではないのか?」
「本日の訓練では個々の実力、及び他者との連携能力を見させて貰う為、ティア殿は本日は待機です」
ティアはそれを聞いて少し複雑な表情を浮かべた。
「では30分後に街の西門に集合ぉ!!ガッハハハハハ!!」
そう言ってゴドフリーは高笑いしながら部屋を後にし、チェイスは静かに一礼してそれに続いた。
「ごめんね、入団早々こんな事になっちゃって」
アスナが申し訳なさそうに言う。
「アスナが謝る事じゃないよ」
キリトはアスナの頭に手を置き、そしてゆっくり撫でながら
「直ぐに終わらせてくるから、ここで待っててくれ」
それを聞きアスナは少し頬を染めながら頷いた。
「そうそう、オメェもここで大人しくしてろよ。直ぐ帰ってくるからよ」
「……うん、分かった」
ジェネシスがそう言うと、ティアは納得していない様子だがそれでも頷いた。
〜30分後〜
キリトとジェネシスは揃って指定された場所に向けて並んで歩いていた。
すると西門の目の前にゴドフリーとチェイスが立っており、「おーいこっちこっち!」などと言いながらゴドフリーは手を振っている。
すると、門の陰から二人の人物が姿を現した。
金髪の長い髪を後ろに束ねたポニーテール、そしてやや痩せ気味の体型の男性。あれはティアのストーカー『バンノ』だ。
そしてもう一人。同じく痩せ気味の体型に顔に垂れる陰気な前髪。あっちはアスナのストーカー『クラディール』だ。
そして二人とも、それぞれジェネシスとキリトとの間にトラブルを抱えている。
「……オイ、こいつぁどう言うこった?」
ジェネシスは鋭い目つきでゴドフリーに問いかける。
「うむ、君らの事情はよく知っている。
しかしこれからは同じギルド仲間。過去のことは水に流してはどうかと思ってな!!」
そう返答するゴドフリー。
するとバンノとクラディールの二人が前に出た。
そしてゆっくり頭を下げ、
「先日は、ご迷惑をおかけしました」
「二度と同じ真似はしませんので、どうか許していただきたい……」
などと揃って謝罪してきたのだ。
正直また何か突っかかってくると思って身構えていたキリトとジェネシスだったが、こうも謝罪してくるとは思っていなかったのでただぽかんとしている。
「これで一件落着だな!」
そう言ってまた高笑いしながらキリトとジェネシスの肩を叩くゴドフリー。
視線を向けると、ストーカー二人は未だ頭を下げていた。
「さて、これからの訓練では諸君らの危機対処能力も見たいため、結晶アイテムは全て預からせて貰おう」
今日の訓練内容を改めて告げるゴドフリー。
「転移結晶もか?」
キリトの問いに対し当然、と言わんばかりに頷くゴドフリー。
見るとチェイス・クラディール・バンノの3人は大人しくそれぞれの結晶アイテムを預けている。
キリトはそれを見て観念したのか大人しく結晶アイテムを預け、最後はジェネシスとなった。
と、ここでジェネシスはあることを思い出す。
「ちょっと待ってくれ、俺のストレージはティアと統合されてんだ。俺から結晶アイテムを出せばあいつが結晶を使えなくなっちまうんだが……」
そう、ジェネシスとティアは『結婚』しているため、二人のストレージは共有化されている。
つまりジェネシスが結晶アイテムを全て取り出すと言うことは、必然的にティアもそれらのアイテムを使えなくなると言うことだ。
ティアは今日待機と言うことだが、ジェネシスは万が一の事態を考慮したかった。
「本日彼女は一日中待機です。フィールドに出ない以上、結晶アイテムは必要ありませんよ」
するとチェイスがやんわりとした口調でジェネシスに言った。
まあ、ジェネシスとしても拒否の言い訳を考えたつもりではないため、渋々結晶アイテムを取り出し、ゴドフリーに預けた。
「よぉし、では出発ぅ〜!!」
そしてゴドフリーは勢いよく片手を上げたのだった。
ーーーーーーーーーーーー
出発から十分後、一行はそれぞれの訓練場所に向かうため途中で別れた。
迷宮区《ゴドフリー・キリト・クラディール》
ダンジョン《チェイス・ジェネシス・バンノ》
キリトもジェネシスも、選りに選って何でこいつと一緒なんだと大声で叫びたかったが、何も言わずに従った。
そして二つの班が分かれる直前、キリトはジェネシスに小声で
「気をつけろよ」
と言った。
それに対してジェネシスも小声で
「テメェこそな」
と返し、今度こそ二つの班はそれぞれの道を進んでいく。
やがて歩き始めて数時間が立ち、太陽の当たらない深い谷底にやって来た時だった。
「よし。ではこれより休憩に入る。食料を配布するので、各自時間内に済ませること」
班長のチェイスが小包をオブジェクト化し、それらをジェネシス、バンノに投げ渡す。
中を開けると、そこにはいつもティアが作ってくれる魅力的なおにぎり───────────
……ではなく、簡素な黒パンと水筒が入っているだけだった。
本当なら彼女の作るおにぎりを二人で食べてる筈なのに……ジェネシスは己の不幸を呪いながら、先ずは水筒の水を口に含んだ。
ふと、視線を感じ顔を向ける。
見ると、何故かバンノがこちらを見ていた。
彼は小包には何も手を付けていない。
一体なぜ───────ジェネシスがそう不思議に思っていたその時だった。
バンノの口元が不気味に歪んだのだ。
その瞬間、ジェネシスの中である疑惑が浮かび、そしてそれらは一瞬で確信に変わり、大慌てで水筒を投げ捨て、口の中の水を吐き出そうとした。
しかし時は既に遅かった。
黄色く点滅する彼のHPバー。そしてその右端に、黄色い稲妻のマークが付いている。
「(クソが……麻痺毒かよっ……!)」
頭の中でそう毒づきながら、ジェネシスは床に倒れ込んだ。
その直後、チェイスも同じ麻痺毒にかかり地面にうつ伏せになって倒れた。
「ひ、ひひっ……ひひひひひひっ」
二人が麻痺毒にやられたのを見て、不気味な笑い声を上げるバンノ。
「ひひひひひ…ヒャァッハハハハハハハハハ!!!」
そして立ち上がると、体をくねくねと捻じ曲げながら大笑いし始めた。
その顔には、狂気的な笑顔が浮かんでいる。
「ど……どう言うことだ……この水を用意したのは……何故だバンノ……お前……!」
するとバンノはチェイスの前にゆっくり近づき、
「チェイスさぁ〜ん、貴方ゴドフリーさんと同じく、筋金入りの脳筋バカですねぇ〜!!」
などと言いながらバンノの頭部を蹴飛ばした。
「ぶあっ?!」
その瞬間、バンノのカーソルがオレンジに変わる。
だがバンノはそれを気にすることなく腰から両手剣を引き抜く。
「お、お前……何を……」
「うるさいですよ。いいからもうさっさと死んでくださいな」
バンノはそう冷徹に吐き捨てると、両手剣の刃をチェイスに突き立てた。
「があっ?!」
「ふふふふっ、死ぬ前にいいこと教えてあげますよぉ〜!
僕ら3人のパーティはぁ〜、途中で犯罪者ギルドに襲われぇ〜!勇戦虚しく二人が死亡ォー!僕一人になったものの見事犯罪者を撃退し生還しましたぁ〜!
それがクラさんの考えたシナリオなんですよぉ〜!!」
「クラさん……?まさかクラディールまで……?!」
チェイスの目は驚愕で見開かれた。
「もう知る必要なんてありませんよ〜、ゴドフリーさんと一緒に仲良く逝って来てくださぁ〜い!!」
狂気の笑みと叫び声を上げながら何度もチェイスを斬りつけるバンノ。ジェネシスは必死に体を動かして止めようとするが、麻痺が解けないため無駄な抵抗に終わる。
そしてチェイスのHPがレッドになった瞬間、バンノは剣を逆手に持ち替えてチェイスの背中に突き刺した。
「ぐわぁ!!」
「ふふ、ふふふふふっ!あははははははは!!」
狂ったように笑いながら突き刺した両手剣でチェイスの背中を抉るようにグリグリと動かすバンノ。
そしてチェイスのHPはとうとうゼロになり、彼の体はガラス片となって消滅した。
チェイスが消え、地面に突き刺した両手剣を引き抜くと、バンノはニタニタと気味の悪い笑顔を浮かべながらジェネシスに歩いて行く。
「ジェネシスさぁん……どうしてくれるんですか……?貴方みたいな人のために……関係のない人を殺してしまいましたよぉ〜」
「はぁ?その割には、随分と楽しそうだったじゃねえかよ……何でテメェがここのギルドにいやがんだ?それこそラフコフなんかの方が余程お似合いだぜ……?」
するとバンノはすうっと目を細めると、
「へぇ〜、流石!いい目をしてますねぇ〜ジェネシスさん」
そう言ってバンノは左手のガントレットを外して中を見せる。
「っ?!オイオイ……マジでそうだったとはな……」
ジェネシスは目を見開いたのち嘆息しながら言った。
そこにあったのは、棺桶の中から骸骨が手招きしているマーク。
忘れるはずもない、かつてジェネシス達が壊滅させたレッドギルド《ラフィン・コフィン》のマークだ。
「ふはっ、つい最近の事ですよ。クラさんに誘われて精神的に入れてもらいましてねぇ〜、この麻痺テクもそこで教わったんですよ。
おっと……いけないいけない」
バンノは慌てて左手を元に戻すと、再び両手剣を構えて
「早くしないと折角の麻痺毒が切れちゃいますからねぇ〜……」
そう言うと、バンノは両手剣を逆手に持って大きく振り上げた。
「あの日からずっと、心待ちにしていましたよ……この瞬間をねぇ!!」
そう叫び、剣の切っ先をジェネシスの左足に突き刺した。
「ふふっ……どうですかぁ〜?もうすぐ死ぬという感覚はどんな感じですかぁ?!教えてくださいヨォ!!ねぇ!!暗黒の剣士さんよぉ!!!」
そう叫びながら今度はジェネシスの左手に突き刺す。
「そもそもぉ!!貴方のようなクソ人間がぁ、ティア様のような高潔な人間と何故一緒に居られるんですかぁ?!
貴方はかつてラフコフの人間を大勢殺した……つまり僕らと同じ殺人鬼だぁ!!
なのに……なのになのに!!なぜ僕じゃないんだぁ!!どうして僕が選ばれなかったんだぁ!!」
などと喚き散らしながらジェネシスを滅多刺しにして行く。
バンノがジェネシスに抱いていたのは、単に嫉妬だった。
彼もまたティアの姿に惹かれていた男だった。
しかし彼は同時に人殺しでもあった。
なのに、同じ人殺しであるジェネシスがなぜティアといつも一緒で居られるのか、それが許せなかった。
「あぁ?!おい!なんとか言えよぉ!!!本当に死んじまうぞォ?!」
バンノはそう叫びながらジェネシスの腹部ににその両手剣を突き刺してきた。
それによってジェネシスのHPはいよいよレッドゾーンに到達する。
「(クソ……このまま死ぬのか俺は……?)」
諦めかけて目を閉じたその時、瞼の裏に1人の女性の姿が映った。
ティア。この世界に来て……いや、ここにくる前から何度も彼を支え、隣に居続けた女性。
あの日、この世界が始まった日に必ず共に現実に帰ると誓った。なのに、ここで先に死ぬのか?ここで約束を反故にするのか?
否!そんな事があって良いはずがない、ここで死ぬわけにはいかない。
「く……おおっ!!」
ジェネシスは唯一動く右腕で腹部に突き立てられた剣を握りしめ、引き抜こうと必死に力を入れる。
「……ははっ、何だ?死ぬのは怖いか?」
「ああそうだよ……ここで死ぬわけにはいかねぇんだよ!!」
その時、バンノの目が一瞬見開かれた後、すぐに狂気的な笑みに変わり、
「くっ……くくっ…くはははははは!!そうかよ……そうこなくっちゃなぁ!!」
そしてバンノは全体重をかけてジェネシスに剣を突き刺そうとし、ジェネシスはそれを必死に引き抜こうとする。
やはりジェネシスのパワーと言えど、全体重をかけて突き刺してくるバンノの力には勝てず、徐々に剣が再びジェネシスの腹に刺さって行く。
そしてついにジェネシスのHPは数ドットとなった。
それでも諦めまいとジェネシスは必死に歯を食いしばって踏ん張った。
「死ね!死ね!!死ねええぇぇぇぇーーー!!!」
その時、白い一閃がバンノに直撃した。
「ぐぼぁっ?!」
バンノはそれによって宙に吹き飛ばされ、後方の崖に激突する。
ジェネシスはバンノを吹き飛ばした者を見ようと視線を移す。
目の前の人物はゆっくりとジェネシスの方を見た。
棚引く銀髪。透き通るような白い肌。そして黒い瞳は、まっすぐジェネシスの方を見つめている。
紛れもなく、彼が愛する女性、ティアだ。
「おまっ……」
どうして、と尋ねようとしたジェネシスの口を、ティアは人差し指を立てて塞ぐ。
そしてポーチから緑色の回復結晶を取り出すと、艶のある唇を動かし「ヒール」と唱えた。
次の瞬間、残り数ドットしか無かったジェネシスのHPは一気に元どおり満タンになる。
ジェネシスはそれを見て安堵したように息を吐く。
ティアは左手を伸ばしてジェネシスの頬に触れる。そして優しく、ゆっくりと撫でた後、立ち上がった。
「直ぐに終わらせるから、待ってて」
そう言ってティアは再びバンノの方を向き歩き出した。
カツカツカツ…と荒々しくブーツを鳴らし、やや早足で歩く。
「て、ティア様……これは事故、そう!訓練で少し事故が……」
だが彼がそう言い切る直前、ティアは刀でバンノの口元を切り裂いた。
「ぶあっ?!」
口元を押さえ、仰け反った体を元に戻すと、その顔にあったのは見慣れた憎悪の表情。
「ちくしょう!」
そう言って両手剣を振るうが、ティアはそれを軽々と躱すと、そこから斬撃の嵐をバンノに浴びせた。それはまるで吹雪のようだった。
ソードスキルによるものではない凄まじい数の斬撃がバンノを襲う。その身にはみるみるうちに夥しい数の切り傷ができて行く。
「ぬあっ!くあっ?!」
バンノはろくに反撃することもできず、ただティアの繰り出す攻撃を受けるだけだ。
そしてバンノは堪らなくなり剣を捨てて両手を上げる。
「わ、分かった!僕が悪かった!もうギルドは辞める!あんたらの前にも二度と現れないから!だから……」
そう言って頭を地に付けた。
だがそんな彼に対し、ティアは容赦なく刀を上段に振り上げ、そして一気に振り下ろされる。
「い、嫌だーーっ!死にたくないいーーっ!!」
その悲鳴が発せられた瞬間、ティアの刀はバンノの首に触れる直前で止められた。
「(そうだ、やめろ雫。おめぇが殺る必要はねぇ)」
ジェネシスは安堵したものの、逆にバンノがこれを狙っている可能性もある。
「(クソが……麻痺はまだ解けねぇのかよ!!)」
ジェネシスは内心そう毒づいた。
麻痺はまだ解けない。
だがそうこうしている間に、ティアは刀を鞘に収めてしゃがみ込んだ。
次の瞬間。
「ヒャハハーーーッ!!」
バンノは高笑いして右手に剣を再び握って立ち上がった。
「甘えぇーーーんだよぉ!!女あああーーーーー!!!」
そう叫んでティアに向けて剣を振り上げ、そして彼女を叩き斬らんと振り下ろそうとした。
「……甘いのは貴様だ」
が、その剣が振り下ろされることは無かった。
普段のティアからは想像もつかないような冷徹な声が発せられ、バンノは石になったように固まった。
突如彼らのいる谷底が銀色の光で照らされる。
どうやらブラフにブラフを重ねたのはティアの方だった。
銀に輝くのはティア、いや正確には彼女の刀だ。
ティアの刀が鞘ごと銀の光を纏い、ソードスキルが発動する。
ティアが刀を納めたのはバンノを許したからではない。
むしろ最初から彼を許すつもりなど無かったのだ。
ティアは左半身を引いて低く腰を落とし、右手を刀の柄にかけて抜刀術の構えを取る。
「て、ティア様?まさか……」
バンノは目を見開いて後ずさりする。
ティアは未だ鋭い目つきでバンノを睨み続けている。
「ティア様…や、やめて……」
命乞いするバンノだったが、それは無駄に終わった。
「……さっさと逝け、屑が」
そしてティアは左足を前に出し、その勢いで刀を一気に引き抜いた。
その銀色の刃はまずバンノの右腕を切り裂き、そして遂に首元を捉えた。
「ティアさ─────」
ま、という言葉が出る前に、銀色の牙はバンノの首を刎ねた。
抜刀術奥義技《飛閃一刀》
抜刀術の名にふさわしい、一太刀の抜刀で仕留める究極の一撃。
その一撃でバンノのHPも全て消し飛ばされた。
斬撃の余波が周囲の壁に激突し、爆音を上げる。
地面にゴロン、とバンノの首が転がり、そしてバンノの身体と共にガラス片となって消え去った。
しばらく抜刀後の体制のままだったティアだが、ゆっくりと直立すると刀を左右に振って血振るいすると、右手の内で刀を回転させて向きを変えると、左腰の鞘にゆっくりと納めた。
そこまで見届けるだ後、このタイミングを狙っていたかのように漸くジェネシスの麻痺は解けた。
だがジェネシスは地面に倒れ込んだまま動けなかった。
そんな彼にティアは振り向くと、ゆっくりとジェネシスに向けて歩く。
そしてジェネシスの側でしゃがみ込んだ。
「……ティア、お前……」
ジェネシスはただティアを見つめた。
ティアは困ったような笑顔を浮かべると、
「えへへ…これで、私も人殺しだね……」
と言った。
そして左手をジェネシスの頬に伸ばすと、
「久弥、麻痺が解けたら自分がやるつもりだったんでしょう?」
ジェネシスは図星だったため何も言えず目を逸らした。
「それはダメだよ。私、もう久弥のあんな姿は見たくないから……」
そしてもう片方の手でジェネシスの量頬を包み込むように挟み込む。
「あの時、久弥は私を命がけで守ってくれた。だから、今度は私が久弥を守らなきゃいけないの。約束、したから」
そしてティアは優しくジェネシスの頭を胸に抱きかかえた。
「私の命は、もう久弥のものだよ。だから貴方の……久弥の為に使う」
ジェネシスは暫く黙っていたが、右腕でティアの背中に腕を回し、
「ああ……そうだな、俺の命もてめぇのもんだ、雫。だからてめぇの為に使う。」
ティアはそれを聞き一瞬体が硬直したものの、右手でジェネシスの頭を優しく撫でた。
辺りが暗くなる中、2人の男女は黙ってお互いの温もりに浸っていた。
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これは後から聞いたことなのだが、ティアとアスナはジェネシスとキリトが出た後もずっとモニタリングをしていたらしい。
だがキリトのパーティであるゴドフリーの反応が消え、同時にジェネシスのHPバーに麻痺状態が表示されたのを見た瞬間、2人の少女は同時に飛び出した。愛する男を救う為に。
だが、幾らAGIの高いティアと言えど、一時間かけてやって来た道のりをものの数分で到達したのは驚き以外の何者でもない。
因みにどうやらキリトもジェネシスと同じようにクラディールに殺されかけていたらしいが、アスナがその窮地を救ったそうだ。
その後、ジェネシス・ティアとキリト・アスナの4人は一連の出来事からギルドの一時退団を申請。
その際にヒースクリフから「君たちは直ぐに最前線に戻ることになるだろう」と意味深な言葉を残されたものの、何とか申請が認められ、彼らは各々帰ることになった。
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家に帰り、いつも通り夕食と風呂を済ませ、あとは寝るだけとなった。
だがティアは、寝巻きに着替えるとベッドの上で女の子座りをし、シーツの上をポンポンと叩いた。座れ、という事らしい。
大人しくジェネシスが彼女の前に座ると、ティアは控えめに両手を広げた。
「ね、久弥……ぎゅっ、として?」
「雫……?」
「お願い……?」
照れたように、しかしそれでいてそれを願う顔をしているティアの表情には勝てなかった。
ジェネシスは何も言わずに、黙ってティアの背中に両腕を回す。ティアは「ぁ……」と切なげな声を上げると、安心したように笑顔を浮かべ、
「……あったかい。久弥の、暖かさ……」
そして彼の胸に顔を埋めると、そこでゆっくり息を吸った。
「すぅ〜……久弥、いい匂いがする……」
ジェネシスはというと、表情を少しも変えずにただティアにされるがままにしていた。
「久弥、もう一つだけ、いい?」
「………なんだよ?」
「私……もっと、もっと久弥の温もりを感じたい。いいかな?」
困ったような笑顔でそう願うティア。
「……構わねえよ。今日はてめぇのやりたい事なんでも言え。好きなだけ付き合ってやるよ」
「えへ……ありがとう。
それじゃあ…………お言葉に甘えて……」
そしてティアは、ジェネシスに抱きついたまま、ゆっくりと彼を、ベッドに押し倒した。
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深夜。
ベッドで静かに並んで横になるジェネシスとティア。
ジェネシスの両腕の中で、まるで雛鳥のように丸くなって眠るティアをじっと見つめた。
彼女の特徴的な銀髪は、寝室に差し込む満月の光に照らされ幻想的に輝く。
ジェネシスはゆっくり彼女の髪を撫でた。現実ではこれが原因でいじめを受けていたのだが、もし、彼女をいじめていたグループが今この瞬間だけジェネシスと入れ替わったら、二度と同じことはしなくなるだろう。
なにせ、これほど美しい髪はこの世に二つとない筈だ。
まさに、彼女の為だけに調整された、オーダーメイド品。
その時、閉じられていたティアの瞼がゆっくり開かれ、その黒い瞳が露わになる。
「っ、済まねえ…起こしちまったな」
「ううん、いいの……なんだか、すごく不思議」
ティアの言葉に、ジェネシスは疑問符を浮かべた。
「この世界は現実じゃないのに……この身体も、この髪も、何もかもがゼロと1で構成されたデータなのに……
でも、この気持ちは……こんな幸せな気持ちはデータなんかじゃない。全部本物なんだなぁって……」
ジェネシスは黙ってティアの話を聞く。
「夢じゃないよね……私達、ちゃんとこの世界で一緒に生きてるよね……?」
ティアは不安げな表情でジェネシスの腕を掴む。
するとジェネシスはティアの頬を撫で、
「……これで夢だと言えるかよ?」
と尋ねる。
ティアは自分の頬を撫でるジェネシスの手を握り、
「……ふふっ、そうだね。ちゃんと、本物だね」
そして笑みをこぼした。
「ねぇ、しばらく前線を離れない?」
ティアはそう尋ねた。
「……んま、もとよりそのつもりでヒースクリフと対決したしな。この際だ、ゆっくり休むか」
そう言ってジェネシスはステータス画面を確認する。
「金も結構貯まったしな。
二十二層の南西エリアに、森と湖で囲まれたいい感じの村があるらしい。そこに2人で引っ越して……ゆっくりするか」
その瞬間、ティアは目を見開き、満面の笑みで
「うん!!」
と抱きついた。
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「うわぁ〜!!凄いいい眺め!!」
二十二層の南西エリア。
ここの湖の目の前に、小さなログハウスがある。
ジェネシスとティアはこの家を購入し、新たな新居とした。
「だからって外周に行きすぎて落っこちんじゃねぇぞ?」
ログハウスのベランダから見える湖の絶景を前にはしゃぐティアを、ジェネシスは軽く注意し、そして彼女の隣に立つ。
そしてジェネシスはティアの肩に左腕を回し、ティアはその腕を両腕で掴んだ。
その彼らの左手の薬指にには、お揃いの指輪が。
これはジェネシスがここに来る前に、『結婚したのに指輪がまだだった』と慌てて購入したものだ。
「凄く、幸せだね……」
「ああ、そうだな。そうだが……
いや、なんでテメェらもいるの?」
そう言ってジェネシスは左を見る。
そこにはもう一軒同じログハウスがあり、そのベランダにはキリトとアスナが。
しかもいつのまにかどうやら結婚までしているらしい。
「いいじゃないかジェネシス。同じ新婚同士、仲良くやってこうぜ?」
キリトがアスナの肩に手を回しながらベランダ越しに答える。
「はぁ……ま、いいか」
そうため息をついたジェネシスの顔には、自然と笑みが零れていた。
お読みいただきありがとうございます。
いやぁ〜、イチャイチャを書くのはやっぱり楽しいです。
ジェネシスとティア、一体ナニをしちゃったんでしょうねぇ〜w
あ、ジェネティアのR-18が見たい、という方っているのでしょうか?もしリクエストがあれば、頑張って書いてみようかな。
評価、感想などお待ちしております。