ソードアート・オンライン〜二人の黒の剣士〜   作:ジャズ

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どうも皆さん、ジャズです。
先ずは一言、お礼を述べたいと思います。
皆さんのおかげで、この小説の評価ゾーンがレッドに到達しました。まさかいきなりレッドに入るなんて思っていなかったので、感無量です。
これからも皆さんにいい小説を提供できるよう頑張っていきますので、改めてよろしくお願いします!


十八話 朝露の少女

朝日が窓から差し込む寝室。

ここは二人分のベッドがあるのだが、一つは開けられている。何故なら……

 

「……ふふっ♪」

 

ティアがジェネシスの眠るベッドに移動しているからだ。

ジェネシスは毎朝8時にアラームをセットしているのだが、ティアはそれを知った後にその十分前である7時50分にアラームを設定している。

その理由はただ一つ。ジェネシスの寝顔を見るためだ。

もう何度も見慣れた愛しい彼の寝顔。

だが、普段のふてぶてしい彼の態度からは想像もつかないような無防備な姿を見ると、ティアの中にある庇護欲などが刺激される。

また、ジェネシスは彼の気づいていないところで意外に人気がある。しかも女性から。だが彼の寝顔を知っているのは、例え世界広しと言えども自分一人だけだ。

それらの事実を加味すると、ジェネシスの寝顔を見ると言うことはティアの中でかなり大きな幸福感を与えていた。

 

「はぁ〜……どれだけ見ても飽きないよ、この寝顔は」

 

ティアは小声でそう呟きながら恍惚の表情を浮かべた。

そしてジェネシスの頬にそっと口付けをし、そして彼に上から覆いかぶさった。

 

「大好きだよ、久弥……ずっと一緒にいようね……」

 

ジェネシスが目を覚まさないよう気をつけながら耳元でそう囁いた。

 

「……お前、朝っぱらから何やっちゃってんの?」

 

すると、眠っているはずのジェネシスからため息をつきながらそんな声が発せられた。

ティアが慌てて飛びのくと、閉じられていた筈の両目はいつのまにかはっきりと開けられており、ティアを呆れたような顔で見つめている。

 

「ひ、久弥ぁ!起きてたの?!」

 

ティアは素っ頓狂な声を上げながら問いかけた。

 

「てめぇが十分前から俺の寝顔をガン見してたの、気づいてねぇとでも思ってたのかよ?」

 

「なっ……?!!」

 

嘆息しながら言うジェネシスの言葉を聞きティアは一気に顔が赤くなった。

 

「お、起きてたなら言ってよぉ!!」

 

頬を膨らませながらジェネシスに摑みかかるティア。

 

「ちょ、おいこら離しやがれ!俺まだ寝起きなんだからやめろ!!」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

一悶着あったものの、何とかティアを宥めたジェネシスはその後、いつも通り二人で朝食を済ませた。

 

「ねぇ、今日はどこに行こっか?」

 

朝食を食べ、食器を片付けたティアがリビングのソファに座るジェネシスの隣に腰掛けて尋ねた。

 

「おめぇな……ここに来てから毎日遊んでんじゃねえかよ」

 

そう言ってジェネシスは壁を見る。

そこには、ここに来てからティアと作った思い出の写真が飾られていた。時には隣に住むキリト達との写真も。

 

「むぅ〜、久弥は一緒に出かけたくないの?」

 

ティアは不機嫌そうに頬を膨らませながらジェネシスに顔を近づけた。

 

「いやそうは言ってねぇだろうがよ……。けど、出かけるったってなぁ〜」

 

そう言ってジェネシスは両腕を頭の後ろに回す。

 

「……あいつにちょっと聞いてみるか」

 

ジェネシスはメニュー欄からキリトにメッセージを飛ばす。

 

『なんか面白そうな場所ない?』

 

するとものの数秒で返信が来た。

 

『とっておきの場所があるぜ。アスナと今から行くつもりなんだけど、お前らも来るか?』

 

「……キリトからお誘いが来たんだけどどーする?」

 

「キリトから?いいじゃん!四人で出かけようよ」

 

ジェネシスが尋ねると、ティアは満面の笑みで返す。

二人は出かける支度を済ませ、ログハウスを出る。

するとそこには、既に出発準備を整えていたキリト・アスナ夫婦が待っていた。

 

「おはよう、二人とも」

 

キリトが爽やかな笑顔で出迎えた。

 

「おはようさん。昨晩は凄かったなてめぇら」

 

ジェネシスがそう言うと、キリトは首を傾げて

 

「昨晩?何のことだ?」

 

と訊き返す。

だがその反面、アスナは一気に顔を赤くし、

 

「や、やだ!私そんなに声出てた?」

 

などと恥じらいながら尋ねた。

 

「おいおい、カマかけただけだったんだが……マジでお楽しみだったんだなぁ?」

 

それを聞きジェネシスは一瞬目を丸くしたあと、すぐに悪戯な笑みを浮かべ言った。

 

「なっ……ちょっとジェネシスぅ!!!」

 

アスナは涙目になってジェネシスに掴みかかった。

そんな彼らを尻目に、ティアはキリトに

 

「……お前達マジでヤってたのか?」

 

と尋ねると、キリトは目を逸らして

 

「ノーコメントで」

 

とはぐらかした。

 

 

 

 

 

 

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鳥の囀りが響く森の中、2組の新婚カップルは森林の中に設置された木の道を歩いて行く。

 

「で、俺たちは一体どこに向かってんだ?」

 

「まあ、そこは着いてからのお楽しみって事で」

 

ジェネシスの問いにキリトはそう答えた。

 

「ね、キリトくん」

 

「ん?なんだ?」

 

するとキリトの隣を歩くアスナに呼びかけられてキリトは立ち止まる。

 

「肩車してよ!」

 

「は?……か、肩車ぁ?!」

 

アスナの言葉にキリトは思わず素っ頓狂な声をあげる。

 

「だって、いつも同じ高さから景色見てるんじゃつまらないよ〜。キリトくんの筋力パラメータなら余裕でしょ?」

 

「そ、そりゃそうだが……お前いい年こいて」

 

「年は関係ないもん。いいじゃん!今ここにはジェネシス達しかいないんだから」

 

「俺らはいてもいいんだな」

 

ジェネシスは呆れたように呟いた。

キリトはしばし思案した後、渋々しゃがみ込んだ。

アスナはスカートを少したくし上げてキリトの肩に両足をのせる。

 

「後ろ見たら引っ叩くからね?」

 

「なんか理不尽だな……」

 

そしてキリトは立ち上がる。

 

「わぁ〜!凄い!ここからでも湖が見えるよ!!」

 

普段見慣れない景色にアスナは子供のようにはしゃぐ。

そんなアスナを、ティアはどこか羨ましそうな目で見ていた。

 

「ねぇ、ひs……ジェネシス」

 

「なんだよ?」

 

「私にも……肩車、して?」

 

上目遣いそして潤んだ瞳でそう懇願したティア。

こんな美女にこんな頼み方をされては、いくらジェネシスと言えども断る事など出来はしない。

ジェネシスは黙ってしゃがみ込み、ティアを自分の肩の上に乗るよう促す。

 

「……ほれ」

 

「あ、ありがと……」

 

ティアは少し頬を緩めながらジェネシスの肩の上に跨った。

それを確認すると、ジェネシスはすっと立ち上がる。

 

「おお…これは……!」

 

ティアはその光景に目を輝かせた。

 

「何だかんだ、ジェネシスはティアさんに甘いのね」

 

キリトの肩の上からアスナが微笑ましい笑顔を浮かべながら言った。

 

「うっせ」

 

 

 

 

 

 

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ジェネシス達はキリトに連れられ、そのまま湖を抜けて森の奥深くへと入っていく。

 

「実は昨日、村で聞いた噂なんだけどな。この辺りの森の奥深く…出るんだってさ」

 

「出るぅ?何が?」

 

ジェネシスの問いに、キリトはニヤッと笑い

 

「……幽霊」

 

と答える。

ジェネシスは「はぁ?」と呟くが、キリトの肩に乗るアスナは自然と両足の力が強まった。

 

「…アストラル系のモンスターとかじゃなくて?」

 

「違う違う、本物さ」

 

そうしてキリトは語り出した。

 

「一週間前、木工職人のプレイヤーがこの辺りに木材を取りに来たらしい……夢中で集めているうちに暗くなっちゃって、慌てて帰ろうとしたその時……」

 

と、キリトが続けていた時だった。

 

「なあ、あれって……」

 

不意にジェネシスの両肩に乗るティアが森の中を指差す。

全員がその方向を見ると……

そこには白いワンピースを着た()()()少女が。

 

「い……いやーーーっ!!!」

 

アスナは思わずキリトの肩から飛び降りた。

 

「う、嘘だろ……?」

 

キリトも思わず青ざめた表情で呟く。

すると二人の少女はジェネシス達の方を向いた後、数歩よろめいて倒れた。

 

「っ!おい!」

 

ジェネシスはティアを下ろすとその場から駆け出す。

キリトもそれに続く。

 

「ちょ…ジェネシス!」

 

「ま、待ってよ〜!!」

 

ティアも慌てて駆け出し、最後一人置いていかれたアスナも涙目で続いた。

 

ティア達が追いついた時、ジェネシスとキリトは既に倒れた少女の元へ駆け寄っており、その二人を抱きかかえていた。

その二人の少女は、身長や見た目、そして年齢は恐らく同じくらい。二人とも同じ柄の白いワンピースを身につけており、一人は黒髪ロングでもう一人はそれに対して白髪のロングだ。

 

「こいつは……相当妙だぞ?」

 

黒い髪の少女を抱きかかえているキリトが少女を見て呟く。

 

「妙って?」

 

アスナが疑問符を浮かべ、それに対して白い髪の少女を抱きかかえているジェネシスが答えた。

 

「見ろ、カーソルが出ねぇ」

 

それを聞きアスナとティアは少女達の方に視線を合わせる。

通常、このアインクラッドに存在する全ての動的オブジェクトには、必ず名前とHPと言ったカーソルと言うものが出現する。

しかしどういうわけか、この二人の少女にはタゲを合わせてもカーソルが表示されないのだ。

 

「何かしらのバグ、か…?」

 

ティアが顎に手を当てながら考え込む。

 

「まあ、そうだろうな。んなバグがあるとか大問題もいいとこだが……」

 

ジェネシスが頷きながら答える。

 

「……とりあえずこのまま放っては開けないから、この二人を家まで連れて帰ろう。

 

「だな」

 

キリトの提案にジェネシスや後の二人も賛同し、一時この二人の少女をログハウスまで連れて帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

黒髪の少女はキリト達の家に、白髪の少女はジェネシスの家で一度保護することになった。

 

ジェネシスとティアは、目の前のベッドに寝かせた白髪の少女を見つめていた。

 

「確かなのは、家に連れてこれたって事は、この子はNPCじゃないって事だよね」

 

「ああ。もしコイツがNPCなら、俺が触った瞬間にハラスメントコードが出てた筈だ」

 

ティアの言葉にジェネシスは同意し答える。

 

「意識、戻るよね?」

 

「身体が消滅してないって事は、ナーブギアとの信号のやり取りがまだあるって事だ。少なくとも睡眠に近い状態の筈だから、その内目ぇ覚ますだろ」

 

不安げに言うティアに対し、ジェネシスは落ち着いて答えた。

しかしその日は少女が目を冷ます事は無く、二人は就寝準備に入った。

 

ティアは寝る直前、少女の元に歩み寄る。

 

「(もし、この子がたった一人でSAOに来ていたなら、この子は今まで独りで……)」

 

悲しげな表情を浮かべながら、ティアは少女の頬をそっと撫でる。

 

「おやすみ。明日は目が覚めるといいね……」

 

そう言って、ティアは少女の隣で眠りについた。

 

翌朝、目が覚めたティアは何か視線を感じ、顔を横に向ける。

するとそこには、昨日眠っていた少女が目を開いて、大きな青い瞳を不思議そうな顔でこちらに向けていた。

 

「あ……ひ、久弥!!久弥ってば!!」

 

驚いたティアが慌ててジェネシスを呼ぶ。

 

「ん〜〜〜…何だよ朝っぱらからよぉ〜……」

 

ジェネシスは眠たげに目をこすりながら起き上がった。

 

「良いから!早くこっちに来て!!」

 

そう叫ぶティアにジェネシスは疑問符を浮かべながらベッドから降り、少女の目が開いているのに気がつく。

 

「おっ、起きたのか」

 

「良かった……ねぇ、自分がどうなったか、覚えてる?」

 

ティアは両手で少女の体を優しく抱えて起き上がらせる。

少女はティアの問いかけに対し、首を横に振った。

 

「そっか……じゃあ、自分の名前は言える?」

 

問われた少女は少しうつむき考えるそぶりを見せ、

 

「………な…まえ……わたしの……なまえ…………ぁ…れ……い……れい。それが…わたしの…なまえ」

 

少女は辿々しい口調ではあったが、自身を『レイ』と名乗った。

 

「『レイ』……いい名前だね。私は『ティア』。こっちのちょっとこわい顔の人が『ジェネシス』だよ」

 

「おい、どんな紹介の仕方だコラ」

 

ティアは優しい口調で自分と彼を紹介する。

ジェネシスはその紹介の仕方に納得がいかないようだが無視して話を進めた。

 

「レイ、どうしてあの森にいたの?何処かに、パパやママは居たりしないのかな?」

 

そう問いかけられ、レイは少し考えるが

 

「ん……わかんない…なんにも、わかんない……」

 

首を横に振って答えた。

少し顔が曇っていくティアに気づき、ジェネシスがレイの目線を合わせて話しかける。

 

「おう……あー、その、何だ。『レイ』って呼んでいいか?」

 

ジェネシスが尋ねると、レイは「ん…」と頷いた。

 

「そか。んじゃレイも、俺を『ジェネシス』って呼んでくれや」

 

「…じえ……ね……?」

 

「ジェネシスだ、ジェ・ネ・シ・ス」

 

「……じえ…に、しす…?」

 

「ターミネーターかよ。“ネ”な。ジェ“ネ”シス」

 

「ぅ……げ、ねしす……?」

 

「それじゃ新世代の変身ベルトじゃねえか」

 

何度も名前を間違えるレイに度々突っ込むジェネシスを見かねたティアがジェネシスの頭を軽く引っ叩いた。

 

「こら。そんな風に一々突っ込まないの。

ジェネシスじゃ難しいんじゃないかな。レイの好きな呼び方でいいよ?」

 

ティアにそう言われ、レイは少し考え込んだ。

 

「………ぱぱ」

 

そしてレイはティアの方を向き、

 

「てぃあは、まま」

 

そう言った。

ティアとジェネシスはそれを言われて少し戸惑った表情をしており、そんな二人を不安げに見つめていた。

やがてティアは安心させるように優しく微笑んで

 

「…そうだよ、ママだよ……レイ」

 

その言葉でレイはパアッと笑顔になり、

 

「ぱぱ、まま」

 

そう言いながらティアに抱きついた。

 

「お腹減ったでしょ?ご飯にしよう!」

 

「うん!」

 

ジェネシス達はレイを連れてリビングにやって来た。

ティアが料理を作っている間、ソファでジェネシスと並んでレイが座る。

新聞に目を通すジェネシスを、不思議そうな目でレイは見ていた。

 

「はい、ご飯できたよ」

 

そう言ってテーブルの上に運ばれたのは、おにぎりとサンドウィッチ。

おにぎりがジェネシス用でサンドウィッチがレイ用だ。

 

「うっし。んじゃレイ、準備はいいかぁ?」

 

「うん!」

 

食卓に揃った三人は揃って手を合わせ

 

「「「いっただきまーす」」」

 

声を揃えて言った後、三人は各々の食事にありついた。

 

「レイ、サンドウィッチの味はどう?」

 

ティアがサンドウィッチを頬張るレイに尋ねる。

レイはサンドウィッチをしばらく咀嚼した後、

 

「……おいしい!」

 

満面の笑みで答えた。

 

「そうだろうそうだろう。何たってママの料理は世界一だからなぁ」

 

「うんっ!せかいいちー!!」

 

そんなやり取りをしているジェネシスとレイを、ティアは微笑ましい視線で見つめていた。

 

やがて満腹による眠気が襲ったのか、レイはリビングの椅子ですやすやと寝息を立てていた。

そんなレイを見つめながら、ティアはジェネシスに問いかけた。

 

「……どう思う?」

 

「記憶は……完全に無いみてぇだな。んま、それより問題なのが……」

 

「まるで、赤ちゃんみたいになってるよね。

私、どうしたらいいんだろう……」

 

ティアは俯いてそう言った。

ジェネシスはそんな彼女を見て何が言いたいのか察し

 

「レイの記憶が戻るまで、面倒見てやりたいって思ってんだろ?」

 

ジェネシスの言葉にティアは黙って頷いた。

 

「気持ちは分からなくもねぇよ。コイツを見てると、俺たちがまるでホントに家族みてぇになってるからな……」

 

ジェネシスはそう言いながらレイを見つめ、少し苦笑する。

 

「ま、俺たちに出来ることをやるしかねぇよ。コイツに親とか兄弟がいんならそいつらに返してやんねぇといけねぇし、とりあえずはじまりの街に行ってみるしかねえ」

 

「……っ」

 

ジェネシスの言葉に、ティアは少し寂しそうに目を伏せる。

 

「そんな顔すんなよ。別にこれっきりなわけじゃねえ」

 

そんな彼女にジェネシスは肩に手を置いてそう言った。

 

「うん、そうだね」

 

ティアは少し顔を上げると、小さく頷いた。

 

「ぅ……ぱぱ……まま……」

 

寝言を呟きながら幸せそうな笑顔を浮かべるレイを見て、自然と笑みがこぼれるジェネシスとティアだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

〜第一層 はじまりの街〜

 

広場の中央に設置された転移門が青白い光を放ち、中から四人の男女が姿を現した。

ジェネシスとティア、キリトとアスナだ。

そしてジェネシスの肩にはレイが、キリトの背中には昨日レイと共に保護した黒髪の少女がいる。

 

「ここに来んのも、久しぶりだなぁ」

 

「ああ……」

 

はじまりの街を見渡し、ジェネシスが懐かしそうに呟くと、キリトもそれに同意し頷く。

 

「ねえユイちゃん、何か見覚えある?」

 

アスナがキリトに背負われている黒髪の少女───────ユイに尋ねる。

 

「んー……わかんない」

 

ユイは少し辺りを見回すが、首を横に振った。

 

「そうか……レイはどうだ?」

 

ティアがジェネシスの肩に乗るレイに尋ねる。

 

「わたしもわかんない……」

 

レイは少し俯いて答えた。

 

「まあ、はじまりの街はバカみてぇに広いからな。とりあえずマーケットに行ってみるか」

 

ジェネシスの提案に応じ、四人は市街地を歩いて行く。

ユイとレイは二人とも不思議そうな顔で辺りを見渡していた。

 

「ねぇ、はじまりの街って、今どれくらい人がいたっけ?」

 

不意にアスナが疑問に思ったことを尋ねる。

 

「えっと、生き残ってるプレイヤーの数が六千人くらいで、『軍』を含めると3割くらいがここにいるらしいから……だいたい二千人くらいじゃないか?」

 

問いかけにキリトはそう答える。

 

「それにしては、人が少ないと思わない?」

 

「ああ、言われてみれば……」

 

アスナがそう言うと、キリトも頷いて辺りを見渡してみた。

今、彼らがいるのは商店街。

二千人もいるなら、この時間は大勢の人で賑わっているのが自然なはずだ。

にもかかわらず、これまで彼らがすれ違った人の数は片手の指で数えられる程度だ。

 

「こんな状況だからな〜、みんな部屋で引きこもってんじゃね?」

 

ジェネシスが呑気な口調でそう呟いた時だった。

 

「子供達を返して!」

 

閑静な商店街に女性の叫び声が響く。

 

「お、伯母さんの登場だぜ」

「待ってました!」

 

直後に複数の男性の声が響く。

四人が声の下方向に走り出すと、現場は商店街の裏通りだった。そこには複数の『軍』の人間が路地を塞いでおり、奥には三人の小さな子供がいた。

 

「子供達を返してください!!」

 

道を塞ぐ軍のプレイヤーに対し一人の女性が叫んだ。

 

「人聞きの悪い事を言わないでもらいたいな?ちょっと子供達に“社会常識”ってやつを教えてやってるだけでさぁ」

 

「そうそう、市民には『納税の義務』ってのがあるからなぁ〜」

 

それに対し、軍の男たちは下劣な笑みを浮かべながら答えた。

女性は軍の男たちの隙間から覗き込むように

 

「ギン!ゲイン!ミナ!そこにいるの?!」

 

と叫ぶ。

が、1人のプレイヤーがその隙間も埋めるように動いた。

それによって女性はさらに険しい顔なる。

 

「先生!サーシャ先生!助けて!!」

 

奥から少女の怯えた声が響く。

 

「お金なんていいから、全部渡してしまいなさい!」

 

サーシャ、と呼ばれた女性は叫んだ。

 

「先生、それだけじゃダメなんだ!」

 

それに対して少年が叫び返す。

その声にサーシャは疑問符を浮かべた。

 

「あんたら、随分と税金を滞納しているみたいだからなぁ〜」

 

「装備も置いてあってもらわないとなぁ。防具も全部、何から何までなぁ?ククククッ」

 

そう言って下賤な笑みを浮かべる軍の男たち。

あまりに傍若無人な要求にサーシャは堪忍袋の尾が切れたのか、腰の短剣に手をかけた。

 

そこを退きなさい!さもないと……!」

 

その時、2組の男女がサーシャ、そして軍の横を通り抜け、着地すると軍のメンバーに相対した。

現れたのはジェネシス達四人だ。

突然の出来事に軍の面々もサーシャも呆気にとられている。

 

「もう大丈夫だよ、装備を戻して?」

 

アスナは子供達に優しい口調でそう言った。

すると、我に返った軍の一人が

 

「おい、おいおいおい!なんなんだお前ら?軍の任務を妨害するのか?!」

 

あからさまに不機嫌そうな声で叫んだ。

 

「へえ〜、かの『アインクラッド解放軍』さんの任務は小さい子供を脅す事なんすか?こいつは立派な事だなぁー、立派すぎて笑っちゃいますよ〜」

 

それに対し、レイを肩に乗せたジェネシスが煽り口調で答えた。

 

「何だとぉ?!」

 

ますます機嫌を悪くする軍の男達。

 

「あ、いっそ名前変えて、『アインクラッド解放軍(笑)』なんてどうすか?こっちの方がテメェらにはお似合いだろ」

 

「てめぇ!!」

 

そう言って軍の男達はそれぞれ武器を引き抜く。

今にも斬りかからんとする程の勢いだ。

 

「まあ待て」

 

しかしそんな彼らを、リーダーらしき男が制した。

そしてジェネシス達を威圧感のある目でにらみつけ、

 

「あんたら見ない顔だが……解放軍に楯突く意味がわかってんだろうなぁ?!」

 

そう叫んで腰の剣を引き抜き、高く掲げる。

それによって子供達は怯えた声をあげる。

 

すると、ティアとアスナがゆっくりと前に出た。

 

「……ジェネシス、レイと子供達を」

 

「キリトくんもユイちゃん達をお願い」

 

そう言いながら各々の愛剣をストレージからオブジェクト化する。

そしてにやけた顔で立ち続ける男の前で立ち止まると、そこでソードスキルを発動した。

 

細剣基本スキル《リニアー》

刀抜刀スキル《辻風》

 

ピンクと青のエフェクトが男を襲った。

 

「ぶあっ?!」

 

男はそんな悲鳴をあげて倒れ込んだ。

再び顔を上げると、ティアとアスナが既にソードスキルを発動した状態で剣の切っ先を向けていた。

そして間髪入れずにまた同じスキルで斬られる男。

情けなく地面に伏す男を、ティアとアスナは冷ややかな視線で見下ろす。

 

「安心して、圏内でなどんな攻撃をしてもダメージは通らない。そう、軽いノックバックが発生するだけ……」

 

「……だが、『圏内戦闘』は人の心に恐怖を刻み込む」

 

そして再び放たれるソードスキルで男はまたしても吹き飛ばされた。

 

「お、お前ら!見てないで何とかしろ!!」

 

堪らずリーダーが叫ぶと、軍のメンバーは各々武器を構えた。

そんな軍の男達を見て、ティアは

 

「ほう?いいだろう、何人でもかかってくるがいい……ただし、一度武器を抜いたからには命をかけろよ?」

 

そう言った。軍のメンバーは皆疑問符を浮かべた。

 

「その剣は単なる脅しの動画などではない……剣は凶器、剣術は殺人術だ。

まあここは圏内だから死ぬことは無いが、貴様らも私達に手を出すというなら……」

 

そこで一度目を伏せ、

 

 

お前らはこれじゃ済まないぞ?

 

 

くわっと目を開き、軍のメンバー達を鋭い目つきで睨みつけた。

その瞬間、軍の男達に途轍も無い殺気と威圧感が向けられ、今まで感じたことのない恐怖心が彼らを襲った。

 

これは、ティアとジェネシスが編み出したシステム外スキル《覇気》。この世界に存在する剣気や殺気といった威圧感を敵にぶつけるというものだ。

 

軍の面々は皆、一斉にその場から逃げ出した。

それを確認すると、ティアとアスナは剣を鞘に収める。

 

後ろの子供達を見ると、皆呆気にとられて彼女達を見ていた。

怯えさせてしまったか、一瞬不安になったティア達だったが、

 

「すげえ……すげえよねえちゃん!!」

 

「あんなのはじめて見た!!」

 

「うんっ!!すごくカッコよかった!!」

 

そう言って子供達は無邪気な笑顔でティア達に駆け寄った。

 

「ありがとうございました!」

 

サーシャも彼女達の元に寄り、頭を下げる。

そんな彼らの様子を見て、安心したように笑みを浮かべるティアとアスナ。

 

「見たかレイ、ママはすっげえ強いんだぜ?」

 

「ああ、ユイも見たか?ママは強いだろ?」ジェネシスは肩に乗るレイに、キリトは背中に乗っているユイに誇らしげな笑顔で問いかけた。

 

「みんなの……みんなのこころが……」

 

その時、ユイが右手を虚空に伸ばしてそう呟いた。

 

「ん?ユイ、どうかしたのか?」

 

異変に気付いたキリトがユイを見る。

 

「ユイちゃん?何か思い出したの?!」

 

それに気付いたアスナも慌てて駆け寄る。

 

「ぁ……ゆ、い……」

 

すると今度は、ジェネシスの肩に乗るレイがユイを見つめながら彼女の名を呼んだ。

ユイはキリトの肩に顔を埋めるようにして

 

「わたし……わたしたち……ここにはいなかった……」

 

「ゆい……」

 

「ずっとひとりで……暗いところにいた……っ!」

 

「ユイっ!!」

 

レイが目を見開いてそう叫んだ直後、ユイが悲鳴を上げ、同時に耳をつんざくようなノイズが走った。

 

その場にいた四人は思わず両手で耳を塞いだ。

ノイズが治まると、レイとユイは気を失ってバランスを崩す。

ティアとアスナが彼女達を寸前で受け止めた。

 

「ママ…こわい……ママ……」

 

ユイはアスナの腕の中でうわ言のようにそう呟く。

 

「何だったんだ今のは……?」

 

キリトは訳がわからずただそう呟く。

そして今度は、ティアの腕の中で気を失っているレイに視線を向ける。

 

「レイ……お前今はっきりと『ユイ』って言ったか……?」

 

ジェネシスがレイにそう問いかけるが、答えは帰ってこない。

 

この二人に関して、余計に謎が深まった。

四人の心には、暗雲が立ち込めていた。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
さて、今回はユイちゃん回でしたが……ここでオリキャラをぶっ込みました。その名も『レイ』ちゃんです。
見た目は『あの花』のめんまちゃんをイメージしていただければ。そう言えばめんまちゃんとユイちゃんってなんか似てません?

では評価感想など、引き続きお待ちしております。

あと一つ最後に。
とあるユーザーの方から宣伝を依頼されましたのでここで簡単に。

『咲野 皐月』様という方のイセスマ小説をご存知でしょうか?あの小説、結構面白いので一読することをお勧めします。詳しいことはツイッターにて。
ちなみにこの方は、以前のオリジナル回で登場した『サツキ』と『ハヅキ』の案を下さった方です。

ではすみません、長くなりましたが今回はこれにて。





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