ソードアート・オンライン〜二人の黒の剣士〜   作:ジャズ

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どうも皆さん、ジャズです。
今回でユイ・レイ回は終了となります。アインクラッド編も佳境を迎えてきました。
年内にはアインクラッド編を終えたいな〜と思ってます。


十九話 ユイとレイ

ユイとレイが気を失ったため、ジェネシス・キリト一行は街の教会に一泊させてもらうこととなった。

一階の広間では、大勢の子供達が並べられた料理を我先にと食べ、場は子供達の賑やかな声が響いていた。

 

「コイツは凄えな」

 

ジェネシスがそんな光景を目の当たりにし、思わずそう呟く。

 

「いつもこうなんですよ。静かにって言っても聞かなくて」

 

その呟きに対しサーシャが笑顔で答える。

そして、目の前に座るユイとレイに視線を移す。

 

「ユイちゃんとレイちゃんの具合はどうですか?」

 

ユイとレイはテーブルに置かれた丸型のパンを手に取り、リスのように頬張って食べている。

 

「一晩休ませたおかげで、今はこの通りなんですが……」

 

「この娘達は二十二層で迷子になってたところを保護したんです。記憶も無くしてるみたいで、それではじまりの街に……」

 

 

サーシャの問いに、アスナがユイを見つめながら答え、ティアもそれに続く。

すると、アスナの隣に座るユイと、ティアの隣に座るレイが揃ってパンを手に取り、それぞれの母親に差し出した。

ティアとアスナはそれを笑顔で受け取ると、それぞれの愛娘の頭を優しく撫でた。

 

「この娘達の親や家族がいるかと思って、やって来たんです」

 

ティアがそう言うと、サーシャは少し考える素振りを見せて見せ、

 

「……残念ですけど、この街にいた娘達では無いと思います」

そして、広間で食事している子供達に視線を移し、

 

「このデスゲームが始まってから、多くの子供達が心に傷を負いました。私、そんな子達を放って置かなくて、この教会で一緒に暮らし始めたんです。

毎日困ってる子がいないか見回っていますが、レイちゃんやユイちゃんのような子は見たことが無いですね……」

 

「そうすか……」

 

サーシャの言葉にジェネシス達四人は表情を曇らせた。

すると、教会の扉を叩く音が響いた。

ジェネシス達は顔を見合わせ、食堂から礼拝堂へ行き、扉を開ける。

 

「新聞なら要らねーぞー」

 

ジェネシスがそう言いながら扉を開くと、そこには1人の女性が立っていた。

深緑の甲冑を身につけ、グレーの長髪を後ろで結んでいる。

 

「初めまして、ユリエールです」

 

凛とした声で自己紹介した。

 

「あー、もしかして『軍』の人?昨日のことで抗議に来た感じっすかね?」

「とんでも無い!むしろその逆です。よくやってくれたと、お礼を言いたいくらいですから」

 

ジェネシスの言葉に、ユリエールは両手を横に振って答えた。

そんな彼女の言葉に皆が首を傾げていると、ユリエールは真剣味を帯びた表情で告げた。

 

「……今日は、皆さんにお願いがあって来たのです」

 

彼らはユリエールを奥の部屋へと招き入れる。

円形のテーブルに全員が並んで座った。

 

「元々私たち……いえ、ギルドの管理者であるシンカーは、今のような独善的な組織を作ろうとしていたわけでは無いんです。

なるべく情報や資源を、多くのプレイヤー達で分け合おうとしただけで……」

 

「だが、『軍』は巨大になりすぎた……」

 

キリトの言葉にユリエールは頷き、

 

「分裂した組織の中で、台頭して来たのが、『キバオウ』という男です」

 

その言葉でキリト、アスナそしてティアの三人は顔をしかめた。

忘れもしない。第一層ボス戦で、彼らの大切な仲間であるジェネシスが《ビーター》の汚名を着せられるきっかけとなった人物。

だが当のジェネシス本人は鼻をほじりながら

 

「あー、いたなそんなの。『キバっていくぜ』とか言ってたな」

 

と興味なさげに呑気な口調で呟いた。

 

「いや、多分そんなこと言ってなかったと思うぞ……?」

 

ジェネシスの言葉にキリトがやんわりとツッコミを入れる。

 

「キバオウ一派は権力を強め、効率のいい狩場の独占や調子に乗って徴税まがいの行為をするようになりました。

しかしゲーム攻略を蔑ろにする彼への批判が強まって、キバオウは配下のプレイヤーの中で最もハイレベルな者達を、最前線に送り込んだんです」

 

それを聞き、4人は顔を見合わせた。

思い出すのは、先日の七十四層ボス攻略にて、あまりに無謀な戦闘を行った『軍』の男。

 

「コーバッツさん……」

 

「結果は、部隊員2名を失って撤退。

最悪の結果にキバオウは強く糾弾され、あともう少しのところでギルドを追放できる所まで追い詰めたんです。

ですが追い詰められたキバオウは、そこで強硬策に出ました……」

 

そこでユリエールは表情を曇らせ、

 

「シンカーを……ダンジョンの奥に置き去りにしたんです」

 

キリトは目を見開き、

 

「て、転移結晶は?!」

 

と尋ねるが、ユリエールは黙って首を横に振った。

 

「彼は……いい人過ぎたんです。キバオウの丸腰で話し合おう、と言う言葉を信じて………もう三日も前のことです」

 

「三日も前に……それで、シンカーさんは?」

 

アスナが問いかけた。

 

「かなり高レベルなダンジョンのようで身動きが取れないみたいです。全ては副官である私の責任です。

ですが、私のレベルでは突破出来そうにありませんし、キバオウが睨みを利かせている中『軍』の力はアテに出来ません。

そんな中、恐ろしく強い人達がいると聞いて、ここへやって来たんです!」

 

そしてユリエールは立ち上がり、

 

「お願いします!どうか私と一緒に、シンカーを助けに行ってくれませんか?!」

 

両目から涙を溢れさせて頼み込んだ。

彼女の表情を見れば、いかにシンカーが彼女にとって大切な存在かは一目で理解できた。

とは言え相手は軍の人間。おいそれと信用することは、彼らには出来なかった。

 

「大丈夫。その人、ウソついてないよ」

 

すると、レイが口を開いてそう言った。隣に座るユイもうんうんと頷いている。

 

「レイ?そんなことが分かるの?」

 

ティアがレイの顔を覗き込んで尋ねる。

 

「うん。なんか、うまく言えないんだけど……だいたいわかる」

 

「だいたいかよ……。

まあ、いんじゃね?行くだけ行ってみれば」

 

ジェネシスがレイの頭を撫でながら言った。

 

「そうだな。疑って後悔するより、信じて後悔する方がいいからな。

行こう、なんとかなるさ」

 

キリトもユイの頭を撫でながら提案した。

 

「全く、呑気な奴らだ……」

 

ティアがそれに対して苦笑しながら言った。

 

「私達でよければ、協力させてください。大切な人を助けたい気持ちは、私達にもわかりますから」

 

アスナがユリエールに向き直り、そう言った。

 

「ありがとうございます!」

 

ユリエールはもう一度頭を下げた。

 

「ユイはちょっとお留守番しててな?」

 

「いや!ユイも行く!」

 

キリトがユイに言うと、ユイは顔をしかめて拒否した。

 

「ユイちゃん、私と一緒にお留守番しましょう?」

 

「やだ!」

 

サーシャがユイにそう言うが、ユイは引き下がらない。

 

「おお、これが反抗期ってやつか……」

 

「バカなこと言わないの!……ユイちゃん、今から行くところはとても危ないから、ここでレイちゃんと一緒に待ってて?」

 

アスナがそう言うが、ユイは椅子から飛び降りてキリトの腕にしがみつき、

 

「ユイも行く!!」

 

と頑なに譲らない。

キリトとてもアスナはそれを見て少し困った表情をしていた。

そんな彼らを見た後、ジェネシスはレイに向き直り

 

「んじゃあ、レイは……」

 

「いや!」

 

「まだ何も言ってないんだが……」

 

ジェネシスが待ってるように言おうとするが、レイはそれを言い切る前に膨れっ面で拒否した。

 

「レイ、アスナも言っていたが今から行くところは危ないんだ。直ぐに帰ってくるから、ここで……」

 

「やだやだやだ!!レイも行く!!」

 

ティアがやんわりとレイに言うが、レイは首を横に振って拒絶し、そして椅子から降りるとジェネシスの前に立ち、

 

「……パパ……だめ……?」

 

潤んだ瞳で上目遣いで言ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、ジェネシス達はユイとレイを連れて行くことにした。

ジェネシスが「あんな頼み方されたら置いて行けない」と言ったからだ。

当のユイとレイは、それぞれの父親の肩に乗って上機嫌な笑みを浮かべていた。

戦闘用の装備に切り替え、黒鉄宮の中へ入り、薄暗い路地を進んで行く。

 

「にしても、まさか黒鉄宮の中にこんなダンジョンがあったとはなぁ〜」

 

「βテストの時はこんなの無かったぞ……不覚だ」

 

ジェネシスとキリトがそれぞれ口にする。

 

「上層の進み具合によって段階的に解放されるダンジョンのようですね。キバオウはこのダンジョンを独占する計画を立てていたらしいのです」

 

彼らの呟きにユリエールが答えるように言った。

 

「成る程、専用の狩場があれば儲かるからな」

 

ティアが頷きながら言うが、

 

「それが、六十層レベルのモンスターが出てくるようになってろくに狩りが出来なかったそうですよ。結晶アイテムを大量に使用したせいで大赤字になったとか」

 

ユリエールがそう言うと皆は苦笑した。

やがて一行は、目的のダンジョンへと続く階段の入り口の前まで辿り着いた。

キリト、ジェネシスの肩から降りたユイとレイは、物珍しそうな目で階段の奥を見つめていた。

ユリエールはそんな2人を不安そうな目で見ている。

 

「大丈夫ですよ。この娘達、見た目よりしっかりしてますから」

 

「うん、将来は立派な剣士になる」

 

そう言って2人はユイに笑いかけた。ユイも彼らに笑顔を向ける。

 

「いやいや、レイは剣士になんかさせねぇよ。んな危なっかしいことさせられっかよ」

 

「そうだな。こんな可愛い娘を戦場になんか送れん」

 

ジェネシスとティアがそう言うと、

 

「えー?レイもパパみたいになりたい〜!」

 

レイは不満そうな顔で言った。

 

「ならなくていーんだよ。こう言うのは俺たちに任せとけばいいの」

 

「やーだー!レイもたたかうの〜!!」

 

レイは尚も不満そうな顔でいやいやと首を横に振る。

 

「まったく…レイは頑固な娘だな」

 

ティアは苦笑しながらレイを見つめた。

 

「では、行きましょう」

 

ユリエールが先導する形で、薄暗い煉瓦造りの道を進んでいく。

途中でカエル型のモンスターとエンカウントし、キリトが黒と翡翠の剣で応戦する。

 

「おおおぉりゃああああ!!」

 

真骨頂の二刀流を存分に駆使し、カエルを薙ぎ払っていく。

それをアスナは呆れたように見つめ、ユイは大はしゃぎしていた。

 

「済みません、任せっきりで……」

 

「大丈夫ですよ。あれはもう病気みたいなものだし」

 

「というか病気だよねアレ。完全にイキっちゃってるよね。もうすっかりイキリトくんだよね」

 

「ジェネシス、言い過ぎじゃないか………?」

 

ユリエールが申し訳なさそうに言うと、アスナがあっけらかんと答え、ジェネシスが更にキリトを蔑み、ティアがげんなりとした顔でツッコミを入れる。

すると、

 

「パパ、パパ」

 

ジェネシスの肩に乗っているレイがジェネシスの方を向き、

 

「ぱぱもたたかって?」

 

「へ?なんで?」

 

レイの思わぬ発言にジェネシスは疑問符を浮かべる。

 

「レイ、ぱぱのカッコいいところも見たーい!」

 

レイは満面の笑みでそう言った。

一瞬呆気にとられていたジェネシスだったが、ふぅと嘆息し、レイを肩から下ろすと、

 

「しょうがねぇなぁ〜。んじゃ、しっかりその目に焼き付けとけよ〜?」

 

と、レイの頭を優しく撫でた。

 

「うんっ!!」

 

レイの笑顔溢れる返事を書いた後、ジェネシスは愛剣である背中のアインツレーヴェを引き抜き、現在キリトと戦っているカエルの群れの方へ駆け出した。

 

「オラアァァァァァ!!カエル狩りじゃああああーー!!!」

 

そう叫びながらカエルを滅多斬りにしていくジェネシス。

それを見てレイは飛び上がって大はしゃぎだ。

 

「ジェネシスも大概だな……」

 

ティアは呆れたように呟いた。

そんな中、ユリエールはマップを開いて現在地とシンカーの位置を確認していた。

 

「随分奥まで来たけど、シンカーさんは今どの辺かな?」

 

アスナの疑問に対し、ユリエールはマップを可視化して表示する。マップにはダンジョンの通路と赤い点が表示されていた。

アスナとティアがユリエールの左右からそれを覗き込む。

ユイがアスナの前に立って覗き込むが、場所がないレイはティアの後ろから飛び跳ねながら覗き込んでいた。

 

「シンカーはこの位置から動いていないみたいです。おそらく安全エリアにいるんでしょう。そこまで行けば、転移結晶が使えますから」

 

そう言ってマップを閉じた。

すると、ちょうど戦いを終えたキリトとジェネシスが剣を収めて戻ってきた。

 

「いやぁ〜、戦った戦った♪」

 

満足げに腕を回すキリト。

 

「チッ、ほとんどテメェがやっちまうから全然狩れなかったぜ……」

 

どうやら獲物をほとんどキリトに取られ不完全燃焼のジェネシス。

 

「すみません、すっかりお任せしてしまって……」

 

ユリエールがそう謝るが、

 

「いや、好きでやってるんだからいいですよ」

 

「それに、アイテムも出るしな」

 

キリトが手を横に振って答え、ジェネシスもそれに応じた。

 

「へぇ、何かいいのが出たの?」

 

ジェネシスの“アイテム”という単語に反応し、興味津々のアスナ。

キリトはドヤ顔でメニューを開き、アイテムをオブジェクト化する。

そしてキリトの右手に、『グチャリ』と生々しいサウンドエフェクトと共に、手羽先のような形状のグロテスクな生肉が出てきた。

 

「え…何これ……?」

 

その瞬間、アスナが引きつった顔で尋ねる。

 

「スカベンジトードの肉」

 

キリトは満面の笑みで答える。

 

「さっきの、カエルか……?」

 

ティアも引き気味で尋ねる。

 

「ゲテモノほど美味いって言うからな!あとで調理してくれよ!」

 

そう言ってキリトは肉をアスナに差し出す。

 

「絶・対・嫌!!!」

 

だがアスナは素早くそれを取り上げると、明後日の方向へ投げ飛ばした。遠くで『ガシャン』という破砕音が響いた。

 

「な、何すんだよ?!」

 

キリトがそれを見て悲しそうな顔で叫んだ。

アスナはそんな彼に構うことなく、両手を腰に当てる。

するとキリトは、メニュー欄から大量のカエル肉をオブジェクト化して見せた。

 

「嫌ーーっ!!」

 

アスナはそれらを次々と手にとって投げ飛ばしていく。

それによって大量のカエル肉が宙を舞うと言うシュールな絵面が出来た。

そんな光景を見ていたティアはふと何かを察し、ジェネシスの方を見る。

 

「…お前まさか……?」

 

ジェネシスはティアの言いたいことを察し、

 

「ああ、俺の方にも出たぜ」

 

そう言って同じものをティアに差し出した。

 

「やっぱり……!」

 

ティアはそれを見て背筋が震えた。

 

「おいおい、そんな目でみんなよ。キリトが言うには結構美味いらしいぜ?」

 

「ふんっ!!」

 

だがティアはそれを手に取り、アスナと同じように投げ飛ばした。

 

「おいいいぃぃぃ!!何してくれてんだ!!」

 

「私がゲテモノが嫌いなの知ってるだろ!!」

 

「何言ってんだ?!カエルの肉はゲテモノなんかじゃねえよ!!この◯ばでもカエルの肉を唐揚げにして食いまくってたじゃねえか!!」

 

「それはフィクションの話だろうが!!」

 

「くっそ〜…だったらこれでどうだコラァ!!」

 

そう言ってジェネシスは、キリトと同じように両手一杯にカエル肉をオブジェクト化させた。

 

「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

 

ティアは悲鳴を上げながらカエル肉を次々と放り投げていく。再びあのシュールな絵面が出来上がった。

 

「待たんかいいぃぃぃ!!食べ物を粗末にしちゃいけねぇっておばあちゃんも言ってたじゃねえか!!」

 

「それは男がやっちゃいけない事だろうが!!

 

そして2人は、まるで子供のように不毛な言い争いを始めた。

そんな光景を見て、ユリエールは思わず吹き出して笑ってしまった。

 

「わらった!!」

 

すると、ユイの明るい声が響く。

見ると、ユイとレイが明るい笑顔を浮かべながらユリエールを見つめている。

 

「おねえちゃん、はじめてわらった!!」

 

そう言って笑顔を向けるレイ。

一瞬呆気にとられていたユリエールだったが、直ぐにまた優しげな笑みを2人に向ける。

それを見てレイとユイは今までで一番の笑顔を見せた。

 

そんな2人を見て、先程までくだらない争いを繰り広げていた4人の顔にも自然と笑みが浮かんでいた。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

アスナがユイの手を引き、一行は歩き出す。

更に奥へ進むと十字路が見え、そしてその先に明るい光が見えた。安全エリアだ。

 

「お?奥の方にプレイヤーがいやがるぜ」

 

索敵スキルを使ったジェネシスがそう告げた瞬間、ユリエールは目を見開き、

 

「シンカー!!」

 

逸る気持ちを抑えきれずに走り出した。

ジェネシス達はユリエールを追うように走り出す。

 

「ユリエール!」

 

奥の安全地帯から1人の男性が手を振って叫ぶ。

 

「シンカー!」

 

ユリエールは笑顔で手を振りながら叫び返す。

 

「来ちゃダメだ!!その通路には──────!!」

 

だがシンカーがそう叫んだ直後、ジェネシスの視界の右側に赤いカーソルと、『The Fatal Scythes』というモンスター名が表示された。

その瞬間、ジェネシスと同じくそれに気づいたキリトがAGIを全開にして駆け出す。

 

「駄目!!ユリエールさん、戻ってーー!!」

 

ユイを背負って走るアスナが叫んだ。

だが、ユリエールは聞こえていないのか止まる事なく走り続ける。

ユリエールが十字路に差し掛かった瞬間、右側の通路から巨大な鎌が出現した。

それがユリエールに向けて振り下ろされる直前にキリトが彼女を抱きかかえるようにして伏せ、彼らを庇うようにジェネシスが前に出て、両手剣でその鎌の軌道を逸らした。

鎌は両手剣に阻まれ、ジェネシスの数センチ横を通過し地面を抉りとった。

そして鎌を持ったモンスターは左側の通路へと姿を消し、ジェネシスとキリトはそれを追いかける。

 

一体何が起きたのか理解できていない様子のユリエールに、アスナとティアはユイとレイを下ろし、

 

「ユリエールさん、この娘達を連れて安全エリアに」

 

ユリエールは一瞬戸惑った様子だったが、今の状況をいち早く整理し、アスナの言葉に頷いてユイとレイの手を引き安全エリアへと駆け出す。

当のユイとレイは不安そうな目でアスナとティアを見つめていた。

 

アスナとティアの2人は腰からそれぞれ愛剣を引き抜き、キリトとジェネシスの元へと駆けつけた。

彼らの前に立ちはだかるのは、ボロボロのローブをまとった骸骨。その手にある大鎌から、死神のイメージをそのまま具現化したような外見のモンスターだった。

 

「おまえら、今すぐユイとレイを連れて逃げろ」

 

ジェネシスが振り返ることなくアスナとティアにそう告げる。

彼女達が疑問符を浮かべると、

 

「こいつ、やばい……俺たちの識別スキルでも詳細が見えない。多分九十層クラスだ。

俺たちが時間を稼ぐから、早く逃げろ!」

 

キリトが目の前の敵を見据えながらそう告げた。

 

「そんな……2人も一緒に」

 

「後から行くからさっさと行け!!」

 

ティアの言葉にジェネシスは振り返ることなくそう言った。

だが、

 

「ユリエールさん、ユイとレイを頼みます!」

 

ティアは安全地帯にいるユリエールに向けてそう叫んだ。

 

「いけない!そんな事……」

 

「早く!!」

 

ユリエールが反論する前にアスナが叫んだ。

 

「ママ……!」

 

ユイとレイは不安げな顔でアスナとティアを見つめ、それに対して彼女達は笑顔で頷き、ジェネシス達の元へと走る。

 

「……何で逃げねえんだよ?」

 

ジェネシスがとなりに立ったティアに尋ねる。

 

「言ったでしょ?最後まで一緒にいるって」

 

ティアはそれに対して不敵な笑みを浮かべながら返した。

 

「……だったな」

 

ジェネシスも軽く笑って返した。

 

彼らがそうやり取りした後、死神は大鎌を振り上げて突進してきた。

キリトが左右の剣を交差させ、アスナがその後ろに回り込んで細剣の刃を合わせる。

そしてジェネシスは大剣を盾のように前に向け、ティアはその後ろに隠れる。

 

瞬間、死神の鎌が勢いよく振り下ろされた。

 

四人は防御していたにも関わらず、凄まじい衝撃音とともに天井へ吹き飛ばされた。

地面に勢いよく叩きつけられ、四人は床に崩れ落ちる。

 

飛びそうになる意識を何とか保ち、ティアは自分とジェネシスのHPを確認する。

満タンだったはずのHPは既にイエローゾーンになっており、ジェネシスに至ったはレッドゾーンに達している。

 

「くそっ…たれが……!」

 

ジェネシスがそう毒づきながらも何とか立ち上がろうとするが、体に力が入らず中々起き上がれない。

それはどうやらキリトも同じようで、そんな彼らにとどめを刺そうと死神はゆっくりと近づいてくる。

 

しかしその時だった。

彼らの目の前に、ふわりと棚引く黒と白の長髪が目に飛び込んできた。

そこに居たのは、安全地帯にいたはずのユイとレイ。

 

「おい馬鹿!何やってんだ!!」

 

「早く逃げろ!!」

 

「ユイちゃん!」

 

「レイっ!!」

 

四人は愛娘の危機に立ち上がろうと必死に力を入れる。

その間にも、死神は二人の小さな少女の体を切り裂かんと鎌を振り上げる。

 

「……大丈夫だよ」

 

「ここは私達に任せて。パパ、ママ」

 

しかし返ってきたのは、ユイとレイの言葉。

そこには先程までの幼さは無く、どこか知的な声に聞こえた。

 

そしてそこへ振り下ろされる大鎌。

それは二人の体を真っ二つに──────切り裂くことは無かった。

鎌は紫の障壁に阻まれ、そして鎌を死神ごと大きく弾く。

 

アスナとティアは何が起きたのか訳がわからなかったが、ふと目に入ったユイとレイの頭上にあるシステム表示を見て目を見開く。

 

《Immortal Object》

 

それは、普通のプレイヤーが持っていることはまずあり得ない、システム的不死存在を表すメッセージ。

直後、二人の衣装はティアとアスナが作った可愛らしい服から、出会った直後の白いワンピース姿に変わった。

 

「ユイ、ここは私がやるよ」

 

その表示が消えた直後、レイはそう言いながら一歩前に出た。

 

「分かった。お願いしますね──────()()()()()

 

ユイは頷いてそう言うと、数歩後ろに交代する。

 

レイの身体が不可思議な力で宙に浮き上がり、やがて死神の目線と同じ高さまで浮上する。

そしてレイは、右手をゆっくり死神の方へ差し出す。

その瞬間、レイの手のひらから赤い炎が巻き起こった。

その炎はレイの手に収束していき、やがて一つの剣を形取った。

それは、レイのような小さな少女が持つにはあまりにも大きすぎる剣。しかしレイはそれを難なく持ち上げ、弧を描くようにゆっくりと回し、頭上に構える。

 

そして左手を添えると、勢いよく死神へ振り下ろした。

死神は鎌でそれを防ぐが、レイは鎌ごと死神を両断した。

 

直後、巨大な炎が死神を包んでいき、やがて大きな火の玉となった。死神はそこで最期の段末をあげると消滅してしまった。

 

「レイ……お前……」

 

そこで漸く立ち上がることが出来たジェネシス達は、ユイとレイの小さな背中を見つめていた。

 

「……ごめんなさい、パパ…ママ……」

 

「全部、思い出したよ……」

 

そう言いながら、二人の少女は振り返る。

その両目に、涙を溜めながら──────。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、安全エリア。

ここは完全なる正方形の部屋。部屋には特に装飾などは施されておらず、ただ真っ白な壁と床があり、部屋の真ん中に黒い長方形の石が置かれているだけのシンプルな部屋だ。

ユイとレイの二人はその黒い石に座り、ジェネシス達四人がそれに向かい合うように並んで立つ。

 

「ユイちゃん、レイちゃん。記憶が戻ったって、本当なの……?」

 

沈黙を破るかのように、アスナが切り出す。

 

「はい……」

 

レイとユイは頷き、そしてレイがゆっくりと語り出した。

 

「《ソードアート・オンライン》という名のこの世界は、一つのシステムによって支配されています。システムの名は『カーディナル』。人間の制御を必要としないこのシステムが、SAOのバランスを自らの思考・判断でコントロールしているんです。モンスター、NPC、アイテムや通貨の出現率、そして……プレイヤーのメンタルケアすらも、カーディナルはプログラムで管理しようと考えたんです」

 

レイはそこまで言い終えると一度目を伏せ、

 

「私達の正体は、《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》。私は、9人のMHCPを管理する者として作られた試作0号、コードネーム『レイ(0)』です」

 

「そして私が、MHCP試作一号『ユイ』です」

 

告げられた言葉に、四人は息を呑んだ。

 

「プログラム……AIだ、って言うのか……?!」

 

ティアが信じられない、と言う様子で呟いた。

何故なら、プログラムというには彼女達はあまりにも人間らしかったからだ。

 

「プレイヤーに違和感を感じさせないよう、私達には感情模倣機能が組み込まれています……偽物なんです、この涙も……っ」

 

そう言うユイの目からは涙が頬を伝っていた。

それらは全て光の粒子となって消えていく。

 

「でも、どうして記憶が無かったの……?」

 

アスナがそう問いかける。

その問いに、レイが答えた。

 

「…二年前、このSAOの正式サービスが始まったあの日、カーディナルは何故か私に、プレイヤーに対する一切の接触を禁じました。

カーディナルにその理由を問いかけましたが、命令が下されて以降カーディナルからの連絡は来ず、止む無く私は9人の『妹』達に、カーディナルから下された指令を伝達。

そしてそれ以降私達はプレイヤー達のメンタル状態のモニタリングを続けたんです」

 

レイの説明に、ユイが繋げる。

 

「状況は……はっきり言って最悪でした。恐怖、憤怒、絶望といった負の感情に支配された人々……中には狂気に陥る人まで居ました。

本来なら、このような状況に私達が出向かなければならない……なのにプレイヤーと触れ合うことが出来ない……

私達は徐々にエラーを蓄積し崩壊していきました」

 

レイとユイの口から語られていく真実。

彼女達の役割を果たそうにもそれが出来ないという矛盾で思考回路に負荷がかかってしまった結果、記憶の欠落という事態が起きたのだろう。

 

「ただある日、他のプレイヤーとは違うメンタルパラメータを持つ4名の男女がいることに気づいたんです。

そこにあったのは負の感情などではなく、喜びや安らぎ、友情と愛情、希望と信頼……でも、それだけじゃない。

私達はあなた方に少しでも近づきたくて……MHCPの管理者権限を使って、その時唯一残っていたユイを連れ出して、フィールドを彷徨いました」

 

「そうか……だからあの二十二層の森に……」

 

キリトが納得したように頷く。

それに対してユイも頷き、

 

「その通りです……私達、皆さんにどうしてもお会いしたかったんです……おかしいですよね?私達、只のプログラムなのに……」

 

両目から涙を流してそう言った。

するとジェネシスがユイとレイの元に歩み寄り、

 

「バカやろう、てめえらが只のプログラムな訳があるか。

ユイ、レイ。てめえらはもうシステムに操られるだけのプログラムなんかじゃねえよ」

 

二人の頭を優しく撫でながら言った。

 

「ああ、その通りだ。君達ならもう、自分の望みを言えるはずだよ。ユイ、レイ、言ってごらん?君たちの望みはなんだい?」

 

キリトもジェネシスの隣まで歩いて行き、ユイとレイの目線に合わせて優しい口調で問いかけた。

 

問われたユイとレイは一瞬戸惑ったような表情を浮かべていたが、

 

「私は……私は、パパとママと、ずっと一緒にいたいです……!」

 

「私も……私もですっ、パパ、ママ……!」

 

やがて二人は、両手を目一杯伸ばしてそう訴えた。

 

そんな彼女達を見て、ティアとアスナは居ても立っても居られず、娘の元へ駆け寄りその小さな体を優しく抱きしめた。

 

「私も……ずっと一緒にいたい…ううん、ずっと一緒だよ、レイ」

 

「そうだよ、私達はもう、家族なんだから……ユイちゃん…」

 

涙を流して優しく撫でながら言うティアとアスナ。

 

「ああ……ユイはもう、俺たちの娘だ」

 

キリトがアスナとユイを優しく抱きとめて言った。

ジェネシスはと言うと、何も言わずに黙ってレイの頭を撫でている。

 

「ごめんなさい……でも、もう遅いんです……」

 

しかし思わぬ言葉が告げられ、四人は目を見開いた。

 

「遅いって……なんで……?」

 

ティアが動揺しながら尋ねると、レイが自分の座っている黒石を見つめ、

 

「これは、GMがカーディナルに緊急アクセスできるよう設置されたコンソールです。私は先程、これを使ってGM権限を発動しあのモンスターを消去したのですが……それと同時に、私達がカーディナルの命令に違反してプレイヤーの元に赴いたことが検知されました」

 

「現在、私達のプログラムがカーディナルによってチェックされています。命令に違反した私達はカーディナルにとっての異物です。間も無く、消去が始まるでしょう…」

 

そう言葉を紡いだ。

 

「そんな……何とかならないのか?!」

 

キリトが叫ぶが、ユイとレイは首を横に振る。

 

「パパ…ママ……これでお別れです」

 

レイは両目から涙を流してそう言った。

 

「そんな……そんなの嫌!これからじゃない!私達、これからいっぱい楽しい思い出を作って、仲良く暮らそうって……!!!」

 

ティアは悲痛な叫びを上げながらレイを抱きしめる。

 

「ごめんなさい……短い間でしたが…私、パパとママの家族になれて、幸せでした」

 

ユイも両目から涙を溢れされてそう言った。

 

「嫌!そんなの嫌よ!!せっかく家族になれたのに!こんなお別れなんて……行かないでよユイちゃん!!!」

 

アスナもユイを抱きしめながら叫んだ。

 

「ありがとう……でも、もうどうにもならないんです……」

 

レイは声を震わせながらそう言った。

 

「いや、そんな訳ねぇだろ」

 

だがその時、ジェネシスが淡々と告げた。

 

「なあレイ、このコンソールってまだ使えるのか?」

 

ジェネシスがそう問いかけると、レイは涙を拭いながら

 

「えと……はい。このコンソールは、起動から約十分は使用可能です」

 

そう答えると、ジェネシスは「そうか」と頷き、徐にコンソールに現れたキーボードをタップし始める。

 

「ジェネシス……お前、まさか……?!」

 

キリトはジェネシスの行動の真意を悟り、目を見開くとジェネシスはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、

 

「そのまさかよ。今ならここのGM権限でシステムに割り込んで、ユイとレイをカーディナルから切り離せるんじゃねえかってな」

 

そう言うと、皆は目を見開いた。

そしてキーボードをタップして行くと、システム画面が表示され、ダウンロードゲージが現れた。

そして、100%になった瞬間、ユイとレイの身が光始めた。

 

「パパ……!」

 

「ユイとレイのデータは、俺とキリトのナーブギアのローカルメモリに保存されるようにしておいた。

この世界で実体として存在するのはもう出来ねぇが、消去は免れたな」

 

「じゃあ、ユイちゃんとレイちゃんは……!」

 

「このゲームが終わっても、また会えるってことさ」

 

ジェネシスがそう告げると、皆は歓喜の表情を浮かべた。

 

「ユイちゃん…また、また会おうね……!」

 

「ああ、必ず会おう…ユイ!」

 

「はい……パパ、ママ……!」

 

その言葉を最後に、ユイの身体は粒子となり、そして水晶のように輝く涙石となった。

 

「パパ…本当に、ありがとうございます…!」

 

「ああ。次は現実で会おうぜ、レイ」

 

「少しの間、待っていてくれ。すぐに迎えに行くから」

 

そしてレイも、紅の光を放つ涙石に姿を変えた。

 

こうして、ジェネシス達四人はそれぞれの娘と一時的な別れをする事になった。

 

だが、ユイとレイとの再会は思わぬ形で訪れることを、この時彼らは知る由も無かった───────。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
さて、今回のユイ・レイちゃん回、いかがだったでしょうか?
次回はいよいよ骸骨回となる予定です。

そして、以前予告していたジェネティアのR-18を執筆開始します。完成までしばしお待ちを。

評価、感想などお待ちしております。

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