骸骨の狩手との戦いは、およそ一時間にも及んだ。
ボスの最後のHPバーが、ついに残り数ドットまで達した。
「全員、突撃!!!」
ヒースクリフの号令で、皆は最後の力を振り絞ってボスに飛びかかった。
ボスにはもうその鎌を振り上げる余力は残されておらず、ただ大人しくプレイヤー達の攻撃を受け続けている。
無数の斬撃、刺突がボスに打ち込まれ、漸くボスのHPは全て消し飛ばされた。
『キシャアアアアアァァァ!!!』
耳をつんざくような断末の声をあげ、そして骸骨の狩手はその身体をガラス片に変えて消滅した。
直後に『Congratulations!』という祝福のシステムメッセージが場に表示され、無限に続くかのように思えたボス戦が終わりを迎えたことを告げる。
だが、それを見て喜ぶものなどいない。
皆限界だったのか、地面に座り込むものがほとんどで、中には仰向けになって寝転ぶものもいる。
ジェネシスもその一人で、その隣にはティアが所謂女の子座りでジェネシスの肩にその首を預けている。
「今日は……膝枕はナシか?」
ジェネシスが力ない声で尋ねると、
「ごめんね……してあげたいのは山々だけど……今日はムリかな……」
ティアは申し訳なさそうに眉を八の字に変えて言った。
「……だろうな。お疲れさん」
ジェネシスは軽く笑いながらいうと、左手でティアの頭を優しく撫でた。
「何人死んだ……?」
するとクラインが低い声で何処と無く尋ねる。
ジェネシスがメニューからマップを表示し、そこにある赤い点の数を数える。
最初この部屋に来たときにいたのは30人。しかし現在残っているプレイヤーの数は16人。
つまり……
「14人死んだ……」
ジェネシスは自分でも信じ難かった。
ここに集まったプレイヤーは、現在アインクラッドに生き残っている6000人の中でも選りすぐりのトッププレイヤー達ばかりだ。
たしかに今回は離脱も緊急脱出も不可能な状況ではあったが、それを含んでも多すぎる犠牲者だ。
「冗談だろ……」
「あと二十五層もあるんだぜ……」
「俺たちは、本当に天辺まで辿り着けんのか……?」
犠牲者の数に戦慄したキリト、クライン、エギルの3人が掠れた声で呟く。ほかのプレイヤー達の間でもざわめきが聞こえてくる。
ジェネシスは何も言わずに黙って周りを見渡していた。
ふと、視界にひとりの人物が目に入る。紅衣の甲冑を身につけた男。ヒースクリフだ。
神聖剣の使い手で防御力に定評のある彼も、流石に無傷では無かったようだ。HPも大きく削られている。まあ、イエローゾーンの一歩手前まで、だが。
彼は他の者達が疲れ切って地面に倒れ伏す中、ただひとり立ち続けていた。あれだけの激闘の中、しかもジェネシスとキリトの二人掛かりでやっと対処出来たボスの鎌を、あの男は最後まで一人で捌き切った。
しかしジェネシスが何より気になるのは、彼の表情だ。
「(なんつー顔してやがる……)」
その表情は、まるで疲れ切った攻略組達を慈しむような……
「(……いや、違う)」
そこまで考えると、ジェネシスは首を振ってその考えを否定した。
確かにヒースクリフの目には慈悲の色が見える。だが何かが違う。あれは一プレイヤーの出来る表情では無い。
まるで別次元の高さから見下ろしているような表情だ。決して自分たちが届くことのない、途方もない高さ。
そう、例えるなら彼の表情は……遥か高みから慈悲を垂れる神の顔。
その時、ジェネシスの中で次々と疑念が浮かんでくる。
ーーそう言えばあの男は、最強ギルドのリーダーでありながら自ら指示を出したり自分から動くことは無かった。あれは部下の者達を信頼していたからなのか?
ーーNPCやAIでも無いのにさっきまでの激闘を経て疲れないのは何故だ?
ーー彼のHPがイエローゾーンまで減らないのは本当に神聖剣によるものなのか?
するとジェネシスは、ここで意図せず彼とのデュエルを思い出していた。
自分の攻撃は立て続けにあの盾に阻まれたが、何とか仕留められる所まで持っていけた。
しかし彼が最後に見せたあの超反応。ヒースクリフ以外の、全ての時間が止まったような気味の悪い感覚を───。
「っ?!」
その瞬間、ジェネシスは全身が一気に凍りつく感覚を覚えた。
次々に浮かんできた疑念。それらが点と点を結んで行き、やがて一つの仮定を生み出す。
ーー彼が今まで自分から動かなかったのは、部下を信頼していたからなどでは無い。自分がこの世界を知りすぎているから自制していたのでは無いか。
ーー先程の激闘を経ても立っていられるのは、単にこの戦いを予測していたからでは無いか。
ーーHPがイエローゾーンまで減らないのは、自分が死なないようにあらかじめ細工していたからでは無いか。
そしてもしそうなら、ジェネシスとのデュエルで終盤に見せたあの動きの理由は────
その時、ジェネシスの右手は勝手に動き、地面に転がっていた大剣の柄を握っていた。
ジェネシスの立てた仮説を証明する方法ならある。
もしこれが間違いなら、ジェネシスが一気に犯罪者扱いとなり、容赦のない非難や制裁を受けることになるだろう。
だが、今のジェネシスには、確信に近いものがあった。
ヒースクリフに気づかれないよう、静かに腰を上げる。
すると、隣の方で微かに物音がした。
見ると、そこには同じように剣を携えたキリトが立ち上がろうとしていた。おそらく、ジェネシスと同じような仮説を思い立ち、ここで証明するつもりなのだろう。
キリトはジェネシスの視線に気づくと、静かに頷いた。
先ずはキリトが走り出す。
地面ギリギリの高さまで姿勢を低くして走り、ヒースクリフへ急接近する。
そしてそれに気づいたヒースクリフに向けて、キリトは片手剣ソードスキル『レイジスパイク』を放った。
切っ先はヒースクリフの突き出した盾によって阻まれた。
だがそれで安堵のため息をつくヒースクリフの背後から、高く飛び上がって勢いよく大剣を振り下ろすジェネシスが。
「おおおぉぉ!!」
両手剣ソードスキル『アバランシュ』でヒースクリフの頭部から叩き斬らんと剣を振り下ろす。
そこで漸く気づいたヒースクリフが慌てて盾を構えようとするが、もう遅い。
ジェネシスの大剣の刃は、ヒースクリフの頭部を両断──────
出来なかった。
火花と金属音を散らし、ジェネシスの大剣は止められる。
大剣がヒースクリフを捉える直前、その刃が紫の障壁によって阻まれたのだ。
その直後、ヒースクリフの頭頂部に紫色のシステムメッセージが表示された。
《Immortal Object》
ジェネシスとキリトはそれを見て目を見開いた。
彼らは一度、それを見たことがある。それは、彼らの愛娘がモンスターに攻撃された時に見た、普通のプレイヤーでは持つことを許されないもの。
《システム的不死》。ヒースクリフは、かつての彼らのデュエルでこれが露見することを恐れたのだ。
「キリト君、何を……」
「おい、お前たち……」
慌てて駆け寄ったアスナとティアだったが、ヒースクリフの頭上にあるものを見て目を見開いた。
プレイヤーたちの間でも、ヒースクリフの頭上に現れたものを見てざわめきが起きている。
ジェネシスとキリトは並んでヒースクリフと対峙するように立ち、剣を鞘に収めた。
「システム的不死……って、どういうことですか……団長……?」
アスナが震えた声で尋ねる。
ヒースクリフは何も言わずに黙って彼らを見据えている。
アスナの問いに答えたのはジェネシスだった。
「見ての通りだ。こいつのHPはどんな事があってもイエローゾーンに入らねぇようにシステムに保護されてんだよ。
ま、不死属性なんざNPCでもねぇ限り持つことを許されんのは管理者だけだ」
そして、キリトがそれに続く。
「この世界に来てから、ずっと疑問に思っていた事がある……あいつは、どこで俺たちを観察し、この世界を調整しているんだろうってな。
けど、単純な心理を忘れてたよ。どんな子供でも知ってることさ」
そこで一度区切り、
「他人がやってるRPGを、側から眺めることほどつまらないものはない」
そして今度はジェネシスが引き継ぎ、
「まして自分で作ったゲームだ。自分の目で確かめて、やってみたくもなるわな。なぁ……《茅場晶彦》さんよぉ?」
そう告げた。
その瞬間、場のプレイヤー達は皆動揺した。
ヒースクリフは表情を変えずにしばらく黙っていたが、
「……なぜ気づいたのか、参考までに教えてくれるかな?」
キリト、ジェネシスを見つめながら静かに問いかけた。
「……てめぇは色々おかしな奴だとは思ってたんだが、決定打になったのはあのデュエルの時さ」
「ああ。あんた俺たちのデュエルの終盤、ありえないくらい速かったからな」
ジェネシス、キリトから返ってきた返答を聞き、ヒースクリフはゆっくり頷きながら、はじめて表情を見せた。そこには苦笑にも似た笑みが浮かんでいる。
「やはりそうか……あれは私にとっても痛恨事だった。君たちの力に想像以上に圧倒され、ついシステムのオーバーアシストを使ってしまったのだよ」
そこまで言うと、未だ状況を飲み込めずにいるプレイヤー達を見回し、ヒースクリフは表情を超然としたものに変え、高らかに宣言した。
「確かに私は《茅場晶彦》だ。付け加えるなら、最上層で君たちを待つはずだった最終ボスでもある」
その瞬間、プレイヤー達は信じられないものを見るような目でざわめいた。
アスナは小さくよろめきながらキリトの腕を掴み、ティアは震えた手でジェネシスの腕を掴んだ。
「随分と悪趣味なことだなぁ。最強のプレイヤーが転じて最悪のラスボスとはよ……てめぇ絶対ドSだろ」
ジェネシスは鋭い目つきでヒースクリフを睨みながら言った。
「中々良いシナリオだろう?本来ならば、九十五層辺りで自らの正体を明かすつもりだったのだが……」
対してヒースクリフ────茅場晶彦は、薄い笑みを浮かべながら肩をすくめてそう言った後、キリトの方に視線を向ける。
「最終的に私の前に立つのは君だと予想していたよ、キリト君。《二刀流》は10種類あるユニークスキルのうち、全プレイヤーの中で最大の反応速度を持つものに与えられ、その者が、魔王に対する勇者の役割を担う筈だった。とは言え、君が《二刀流》スキルを手にすることも、私の正体に気づくだろうという予感もしていたのだがね。
……だが、まさか君まで私の前に立つとは思わなかったよ」
そう言って茅場は表情を変えずにジェネシスの方を見た。
「ジェネシス君。君は私にとって最大の不確定因子だったよ。ビギナーでありながらキリト君と同等かそれ以上の強さを誇り、更にはユニークスキルまで手にした。
《暗黒剣》は我が《神聖剣》と対を成すスキルで、全プレイヤー中最大級の攻撃力を誇る者に与えられる。
そして……私の中ではそのスキルを持つ者が、魔王の使役する悪魔の役割を担ってもらうつもりだったのだが……まさかその力まで私に牙を向けることになろうとは。いやはや、《
まあ、このような想定外の事態も、ネットワークRPGの醍醐味と言うべきかな?」
茅場はそう言いながら肩を竦めジェネシスとキリトの方を見た。
「お……俺たちの忠誠を……希望を……!
よくも……よくも……」
そのとき、茅場の後ろにいた血盟騎士団の幹部が両肩をわなわなと震わせながら剣を握り、
「よくもおおぉぉぉーー!!!」
飛び上がり、茅場の背後から渾身の斬撃を叩き込もうと剣を振り下ろす。
だがそれが振り下ろされる直前、茅場は素早く左手を動かし、ウィンドウを素早くタップした。
するとその男は空中で静止し、そのまま地面に落下した。
男のHPバーには黄色い電気マークのようなランプが点滅している。麻痺状態だ。
その後も茅場は次々とマップをタップして行く。
「あっ……キリト、くん……!」
「こ、これは……ジェネシス……!」
次の瞬間、アスナとティアもその場に崩れ落ちるように倒れこむ。
ジェネシスとキリトが彼女たちを抱きかかえるように支える。
周りを見ると、ジェネシスとキリト、茅場の3人以外は皆麻痺状態で地面に伏している。
「どう言うつもりだ……この場で全員皆殺しにして隠蔽する気か?」
「まさか!そんな理不尽な真似はしないさ」
キリトの問いに茅場は微笑を浮かべたまま首を横に振った。
「こうなっては致し方無い。予定を変更して、私は最上階にて君たちの到着を待つ事にするよ。ここまで育ててきた血盟騎士団、並びに攻略組の者たちをここで放り出すのは不本意だが……何、君たちなら必ず辿り着けるさ。
だがその前に……」
すると茅場は、圧倒的な意志力を孕んだ双眸でジェネシスとキリトを見やり、地面に十字盾を勢いよく突き立てた。
「キリト君、そしてジェネシス君。君達には私の正体を看破した報酬を与えなくてはな。チャンスをあげよう」
「チャンスだと……?」
茅場の言葉にキリトが疑問符を浮かべる。
茅場は微笑を浮かべた表情を全く変えずに、
「君達のうちどちらか一人が、今この場で私と一対一で戦うチャンスだ。無論、不死属性は解除する。
私に勝てばゲームはクリアされ、生き残った全プレイヤーがこの世界からログアウト出来る。……どうかな?」
その瞬間、アスナとティアが動かない首を必死に動かし、ジェネシスとキリトの方を見る。
「ダメよキリトくん……今は、今は引いて!」
「アスナの言う通りだ……あいつはお前たちを排除する気だ……ここは引いて、対策を練るべきだ!」
だがその声は二人には届いていなかった。
ジェネシスとキリトの脳裏に浮かぶのは、全てが始まったあの日。
デスゲームが開始され、絶望し泣き叫ぶプレイヤー達。
第一層ボス戦で命を散らしたディアベル。
涙を流して消えていった愛娘達。
そして今、さっきのボス戦で無念にも散って行った攻略組のメンバー。
「ふざけるな……!」
「上等じゃねえか。ケリつけようぜ」
キリトとジェネシスが怒気を孕んだ声でそう答えた。
「キリトくん…!」
アスナが悲痛な顔でキリトの名を呼ぶ。
「ごめんな。ここで逃げる訳には行かないんだ……」
キリトはアスナを見下ろし、何とか微笑を浮かべながら言った。
「死ぬつもりじゃ……無いよね?」
「たりめーだ。勝ってこの世界を終わらせてやんよ」
ティアが問いかけると、ジェネシスは不敵な笑みで返した。
「……わかった」
「信じてるからね」
アスナとティアは涙を必死にこらえながら言った。
キリトとジェネシスは、彼女達をゆっくりと黒曜石の床に下ろし、寝かせる。
それを見て茅場は満足げに頷き、
「では、私と戦う相手を決めてくれたまえ」
キリトとジェネシスはお互いを見つめた。
ここで彼と戦えるのは、どちらか一人のみ。
「……ジェネシス、ここは俺に行かせてくれ」
ジェネシスはしばらく黙っていたが、
「ああ、わかった」
「え?以外にあっさりだな……」
ジェネシスの意外な反応に驚くキリト。
本当なら「俺が行く」の言い合いが延々と続くと思っていたからだ。
「まあ、てめーが負けるとは思わねぇしな。。勝ってこの世界を終わらせて、英雄になれよ、キリト」
ジェネシスは少し笑いながら言った。
「ジェネシス……ああ、分かった」
そう言ってキリトは歩き出す。
「おいキリト!」
するとジェネシスが彼を呼び止めた。
キリトが首だけを後ろに向ける。
「一つアドバイス…………
後方注意な。あと、済まねえ」
「っ、ぐ……?!」
次の瞬間、キリトの身体から力が抜けた。
HPバーを確認すると、そこには麻痺状態のアイコンが。
一体何が……ふとキリトが左を見ると、彼の左肩に小型ナイフが刺さっていた。おそらく、いや十中八九毒ナイフだ。そして、これを投げたのは……
「ここは俺に任せとけよ」
するとジェネシスがキリトの隣を通り過ぎていく。
「ジェネシス、何でっ……!!!」
キリトは怒りの目でジェネシスを見上げた。
話が違う。ここは自分が行く筈だったのに。
「あいつの神聖剣には、俺の暗黒剣の方が相性がいいんだよ。安心しろ、絶対に負けねぇから」
「お前っ……後で覚えてろよ!!!」
ジェネシスはそれを聞くと苦笑し、背中から大剣を引き抜き茅場の方へと歩いて行く。
「ジェネシス……やめろ!!!」
「ジェネ公───────っ!!」
「ジェネシスっ!!」
エギル、クライン、アスナが悲痛な叫びを上げる。
「おいエギル!今まで、剣士クラスのサポートありがとな。てめーが儲けのほとんど全部、中層ゾーンのプレイヤーの育成につぎ込んでたこと、俺たちは知ってたぜ」
ジェネシスが振り返らずに言うと、エギルは目を見開いた。
「クライン!てめーとは第一層からの付き合いだったが……ま、俺みたいなのと仲良くやってくれて、ありがとよ」
「て……てめぇジェネ公!礼なんか言ってんじゃねえよ!!!許さねぇぞ……ちゃんと向こうで飯でも奢ってくんねぇと絶対許さねえからなぁ!!」
クラインは涙を流しながら叫んだ。
「オイオイ、いい歳こいた大人がガキに奢らせる気かよ……んま、考えとくわ」
ジェネシスはそう言って笑いかけた。
「アスナ!てめーとも第一層からだったな……色々あったが、キリトと幸せにやれよ」
「ジェネシスっ……ダメよ、そんなのダメよ!!!貴方が居なくなって、幸せになんてなれないよぉ!!」
アスナも驚いた顔をしたあと、両目から涙を流して叫んだ。
ジェネシスはその後、ティアの方を見遣る。
「ティア……」
「許さないよ」
ティアは低い声でそう言った。
「死ぬなんて許さないよ久弥。貴方が居なくなるなんて私信じないから」
「はっ、当たり前だ。俺が死ぬわけがねえ……だが、もし万が一……」
「聞こえない!」
ジェネシスの言葉を遮るようにティアは叫んだ。
「何も聞こえないし、聞きたくない……っ、お願いだから…死なないで……!」
ティアは堪え切れなくなったのか、ぽろぽろと涙を流しながら懇願するように言った。
本当ならばジェネシスに抱きついてでも止めたいだろう。それ程までにティアが不安なのは、先ほどジェネシスに対してリアルの名前で呼んだことからも伺える。
それでもティアは、そんな不安を押し殺してでも、愛する人が最後の戦いに挑む覚悟を尊重し、彼を送り出した。
ならば、そこまでされたらジェネシスに残された道は一つだけだ。
ジェネシスは彼女に向けて親指を立ててサムズアップした後、今度こそ茅場に向き直った。
「悪いな、随分と待たせちまった」
「気にすることはない。私としても、君とここで戦えるのは僥倖というものだよ」
茅場は相変わらず底知れぬ微笑を浮かべたまま言った。
「そりゃどういう意味だ?」
「さっきも言っただろう?君は私にとっても最大の不確定要素だ。そんな君をここで消すことが出来るのだから」
茅場はそういうと、左手でメニューウインドウを操作する。
すると、《Changed into mortal object》という不死属性解除を意味するシステムメッセージが表示される、
そして彼は、盾から十字剣を引き抜き構えた。
「あっそ……だが俺も、意地でも勝たせて貰うぜ。
約束があるからな……!」
ジェネシスは大剣の柄を強く握りしめ、そしてその場から飛び出した。
瞬間、ジェネシスの大剣と茅場の構える盾がぶつかり合い、鋭い金属音と火花が飛び散った。
「おおおおぉぉぉ!!」
ジェネシスはただ力任せに、己の本能に従って剣を振り続けた。
目の前の敵は、この世界の創造者。つまりソードスキルは彼には通じない。
だからこそ、ジェネシスは自分の力だけで倒さなければならない。
しかしジェネシスの渾身の攻撃は、全て茅場の見事な盾捌きによって無効化される。無理もない。茅場はジェネシスと戦うのはこれが2回目。ジェネシスの持つパワーがどれ程のものなのかを既に知っている。
茅場は冷静に……否、無感情にジェネシスの攻撃を防いで行く。
どこまで速度を上げても、パワーを引き出しても奴の表情は変わらない。
ジェネシスはそれに言い知れぬ恐怖と焦りを覚えた。
次の瞬間、茅場の放った剣の刺突がジェネシスの頬を掠め取った。
「くそっ……(この野郎……弄ばれてるってのか?!)」
ジェネシスは歯軋りし、そして再び茅場に飛びかかった。
「ぬうぅああああああ!!!」
ジェネシスの大剣が赤黒い光を放ち始めた。
放たれたのは、暗黒剣最上級十連撃スキル《ジェネシス・ディストラクション》。奇しくも暗黒剣使用者の名を冠したその技は、両手剣スキル、引いてはこの世界に存在するあらゆるソードスキルの中でも最大級の攻撃力を誇る。
「……ふっ」
しかし茅場はそれを見て笑みを浮かべた。それは、以前のデュエルの時のそれとは全く逆の、勝利を確信した笑み。
その瞬間、ジェネシスは自身が最大のミスを犯したことに気づく。だが一度発動した技はもうキャンセル出来ない。
とは言え、この技はSAO史上最強クラスの技だ。
「(面白え……受けれるもんなら受けてみやがれ!!!)うおおおおぉぉぉ!!」
雄叫びを上げながらジェネシスは大剣を振り下ろしていく。
盾と剣がぶつかり合った瞬間、凄まじい衝撃波がフィールドに発生した。
そしてジェネシスの剣が赤黒い弧を描いて茅場の盾に打ち付けられる。その度にけたたましい金属の衝撃音と夥しい火花が散る。
だが茅場は、それほどの破壊力を持つ技をいとも容易く弾いていく。
「(済まねえティア……雫。お前だけは……絶対生きろ!)」
ジェネシスは心の中で最愛の人に謝罪した後、最後の一撃を上段から振り下ろす。
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
これもおそらく防がれるのだろう。だがそれでも最後の足掻きだ。ジェネシスは己の全てをこの一撃に込めて振り下ろした──────
────だがその時、不思議なことが起こった。
ジェネシスの剣は茅場に振り下ろされる直前世界にノイズが走り、その刃が止められた。
ジェネシスの剣だけではない。ジェネシス、茅場、その他この場にいるもの達全ての時間が止まっている。
時間が止まること数秒間、世界は拘束から解けた。
ジェネシスと茅場はその場から弾き飛ばされ、大きく後方へ下げられた。
茅場の目にはそれまで一度も無かった驚愕の色が浮かんでいた。
ジェネシスも一瞬戸惑った様子だったが、これがチャンスと踏み再び茅場に斬りかかった。
「おらあああああああ!!!」
茅場は咄嗟に盾でその剣を受け止めるが、その顔には先程までの余裕は全く無い。それを見て、ジェネシスは猛攻は続ける。
「(チャンスは今しかねぇ……反撃もさせねえくらいに、攻撃を叩き込め!!!)」
心の中でそう念じながら、ジェネシスはとにかく剣を振り続けた。
その剣が茅場の盾にぶつかるたびに金属音がなり、火花が散り……そして、剣がぶつかったところにノイズが走る。
茅場の顔には徐々に焦りが出始めていた。
ジェネシスは茅場から発生するノイズには目もくれず、兎に角剣を振り回した。
そして遂に、茅場の体勢が大きく崩れた。盾が弾かれ、その胴が露わになる。
「(こいつで……終えだ!!!)おおおおおおおおぉぉぉぉ!!」
ジェネシスは茅場の胴に向けて、両手剣を上段から振り下ろした。
その剣は今度こそ茅場を切り裂いた。
次の瞬間、世界が割れた。
ノイズが全体に広がり、一瞬視界が奪われる。
視界が晴れると、そこには茅場の姿は無かった。
「……終わった……のか……?」
ジェネシスは剣を降ろした後、一人そう呟く。
すると背中に、何かが抱きついてきた。
麻痺による拘束から解けたティアが、両目から涙を流したままジェネシスを背中から抱きしめていた。
お読みいただきありがとうございます。
皆さん、お分りいただけたでしょうか?
そうです。この物語はゲームルートを辿ります。
つまり次回からはホロウ・フラグメント編となります。