ソードアート・オンライン〜二人の黒の剣士〜   作:ジャズ

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大変長らくお待たせいたしました……
テストがやっと終わって大急ぎで執筆しました。
どうぞご覧ください。


二十八話 紫の少女

ジェネシス、キリトがホロウ・エリアから帰還してから数日が過ぎた。彼らは皆、ゲームクリアに向けて迷宮区の攻略を進めていた。

その日もジェネシスは一人、迷宮区攻略に行くため、七十六層アークソフィアの街を歩いていた。 

 

「………?」

 

だが街を歩く中、ふと後ろから視線を感じ振り返る。

しかしそこには誰もおらず、気のせいかと思い直し再び歩き出す。

その後も街を歩き続けたが、ジェネシスは例の視線をずっと感じ続けていた。

 

「(仕方ねぇな……)」

 

ジェネシスは街角に入り、そこで足を止める。

そして振り返り、

 

「おい、いつまで下手くそなストーキング続けるつもりだ?もうバレてっから大人しく出てこいコラ」

 

腕を組んで仁王立ちし、そう告げる。

しばしの沈黙ののち、「うふふ…」という笑い声がひびき、

 

「やっぱり、気づいてたみたいですね」

 

柔和な女性の声が聞こえ、足音とともに建物の影からその人物は姿を現し、ジェネシスの方に正面を向けて立ち止まった。

声から察していたが、性別は女性。身長はティアよりも低いくらい。真っ白なドレスを身につけ、足はヒールを履いている。上半身には薄い桜色のパーカーを羽織っている。

髪は紫色の長髪で、左側には赤いリボンをつけている。

やがて少女は、髪と同じく紫の瞳をジェネシスに向け、穏やかな口調で話しかけた。

 

「こんにちは」

 

ジェネシスは依然として険しい表情で彼女を見つめたまま、こう尋ねた。

 

「今までに会った事は……ねぇよな?」

 

それに対して少女は頷き、

 

「ええ。これが初対面、初めましてですよ。

私は『サクラ』。以後、よろしくお願いいたしますね」

 

依然として人の良さそうな笑顔のまま、少女は自身を『サクラ』と名乗った。

 

「サクラ、ね。んじゃ単刀直入に聞かせてもらうが……何で俺の後をつけてた?」

 

「う〜ん……特に理由は無いですが、強いてあげるなら……貴方に興味があったから、ですかね」

 

「は?」

 

ジェネシスの問いにサクラはそう答え、思わぬ返答に困惑する。

 

「興味があったから、だと?」

 

「ええ。ジェネシスさんって、凄く強いのでしょう?ここまで攻略組を陰で支え続けた立役者、《暗黒の剣士 ジェネシス》。その名を知らない人は、このアインクラッドでは居ないと思いますよ?」

 

「あっそ。まあそれはいいんだ……てめぇが俺をつけてたのは、本当にそれだけが理由なのか?」

 

ジェネシスがそう問いかけると、サクラは目を丸くして首を傾げた。

 

「そうですよ。ほかにどのような理由があると言うのですか?」

 

「自分で言うのも何だが……俺が有名なのは多分悪い意味でだ。多くのプレイヤーは俺の事嫌ってるはずだ。

だから例えば……てめぇは俺を嫌うプレイヤーから向けられた差し金、とか」

 

しばらく目を丸くしたまま聞いていたサクラだったが、やがて吹き出すと「あはははははっ!」と笑い始めた。

 

「な、何がおかしいんだよ?」

 

「あははっ!いえ、あんまりおかしな事を言うものですから、つい」

 

「……そんなに変なこと言ったか俺?」

 

ジェネシスは未だに笑っているサクラをジト目で見つめながら言った。

 

「ええ。だっておかしいじゃ無いですか。仮に貴方の言う通り、私が貴方を……そうですね、極端に言えば殺すためにやって来たとしましょう。

だとしたら、ダメージを与えられない圏内でわざわざこんな事をする意味がありますか?貴方を殺すのであれば、圏内では無くフィールド上で貴方を狙うべきですよね」

 

「まあそりゃそうだわな……結論から言って、てめぇは俺に敵意とかは持ってない、と思っていいんだな?」

 

「勿論ですよ。だって……理由がありませんしね」

 

「そうかよ……」

 

ジェネシスはそう言って一旦区切り、

 

「んじゃもう一つ質問だ。俺に興味があるとか言ってたが……てめぇ、俺の事どこまで知ってる?」

 

「どこまで?う〜ん……そうですね。貴方の事は、結構前から見ていたので、割と知っていますよ?」

 

「結構前って、いつからだ?」

 

「七十五層のボスを倒した時から」

 

「何……?」

 

サクラの言葉にジェネシスは目を見開いた。

あの時、七十五層のボス戦に彼女のようなプレイヤーは間違いなくいなかった。

 

「(いや、俺の索敵を掻い潜れる程の隠蔽スキルを持ってるやつだ……ボス戦の影から見てた可能性も無くはねえか……)」

 

ジェネシスはそこまで考えると、

 

「なら、これが最後の質問だ……ずばりてめぇは何者だ?」

 

「ん?それって、私のことをもっと知りたい、と言うことでしょうか?」

 

そう言うとサクラは「うふふ」と口元に手を当てて悪戯な笑みを浮かべ、

 

「貴方って、結構積極的な方なのですね」

 

「うっせ。いいから答えろ」

 

「いいえ、貴方の質問はここまで。もし答えが欲しいのであれば、この後私と付き合ってくださいな」

 

だがサクラは底知れない微笑を浮かべたままジェネシスにそう言ってのけた。

ジェネシスはそれを聞きため息をつき、

 

「はあ……仕方ねえ。なら今回は諦めるわ。続きはまた今度会った時にするぜ。俺はこの後迷宮区に行かなきゃならねぇんでな」

 

「迷宮区に行かれるのですか?ああ、そうだ!

どうせなら、私もご一緒させてくだいませんか?」

 

するとサクラは両手をポンと叩き、ジェネシスにそう提案する。

 

「は?いきなり何言い出すんだお前。ふざけてんのか?」

 

「まさか。寧ろ大真面目ですよ。私は貴方に興味があって、貴方も私の事を知りたがってる……なら、これから共に攻略すれば、互いの目的は達成されると思いませんか?」

 

「確かに一理ある。だが迷宮区に行くのならテメェの命がかかるんだぞ?

まあ、万が一の時は守ってやらんでもねぇが……てめぇの命の保証は出来ねえぜ?」

 

「心配には及びませんよ?だって、私……こう見えて強いですから」

 

サクラは不敵な笑みを浮かべながらそう言った。

 

「大丈夫です。足手纏いにはならないと約束しますよ?」

 

自信満々な表情で言うサクラに対し、ジェネシスはもう何も言えなくなり、嘆息して振り返ると歩き出した。

 

「……分かった。そこまで言うならもう何も言わねえ。好きにしろ」

 

「えへっ、やった♪では、少しの間宜しくお願いしますね」

 

サクラはステップを踏みながらジェネシスの隣に立つとそのまま並んで進み始めた。

 

 

 

 

 

 

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〜迷宮区〜

 

薄暗い黒曜石の煉瓦造りの道を、ジェネシスとサクラは進んでいく。

だが淡々と歩くジェネシスに対して、サクラは楽しそうに鼻唄を口ずさみながらくるくると回ったり小刻みにステップを踏んだりと、踊りながら優雅に進んでいく。

 

「お前……さっきから何やってんの?」

 

「これは《舞踏スキル》ですよ。興味があったので取ってみたんです」

 

サクラはそう答えると尚も軽いステップを踏んでいく。

 

「《舞踏スキル》……そんなもんがあったんだな。

けどまさか、それだけだなんて言うつもりはねえよな?」

 

「もう〜、心配性なんだから。大丈夫ですよ、必ずお役に立ちますから……おや、どうやら早速、来たみたいですね」

 

サクラはステップを止めると前方を見つめながら言った。

ジェネシスが視線を移すと、目の前には三、四体のモンスターがいた。

 

「おいおい、結構いやがんな」

 

ジェネシスは背中から大剣を引き抜き、構えた。

 

「そうですね。でも、やるしかないでしょうね」

 

サクラもジェネシスの隣に立って戦闘態勢に入る。

 

「ああ……って、お前武器は?」

 

「あ、大丈夫ですよ。私の武器は……これですから」

 

そう言ってサクラは自身の両脚を指差した。

そしてサクラはその場から飛び出した。

数メートル程走ると、サクラは左足でジャンプしそのまま右膝突き出して先頭のモンスターの顔面に飛び膝蹴りを喰らわせる。

そのまま右足で着地すると、彼女の左後方からやってきたモンスターに対し着地の右足を軸に反時計回りで左足の踵で蹴りを放つ。そしてその勢いのまま左足を地面につけるとそのまま体ごと横に倒して側転、更にその勢いで前方宙返りをし、その先にいるモンスターの脳天にサクラの右踵を直撃させた。

 

「お前……その動きは……?」

 

サクラが見せるこのアクロバティックな動きに思わず見惚れていたジェネシスはそう尋ねた。

 

「ああ、これはエクストリームマーシャルアーツと呼ばれる技ですよ」

 

エクストリーム・マーシャルアーツ。本来は実戦ではなくその型の美しさを競う競技なのだが、どうやらこの世界では体術スキルの派生技として存在しているらしい。

 

「そして、《舞踏スキル》をマスターする事で出現したスキル……《クライム・バレエ》です!」

 

サクラはそう叫ぶと共に右足でモンスターを蹴り飛ばす。その衝撃でモンスターは数メートル吹き飛ばされる。

 

「……へっ、上等じゃねえか!」

 

ジェネシスは不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、大剣を肩に担いで自身もモンスターの群れに突っ込んでいった。

サクラはその後もアクロバティックかつ華麗な動きでモンスターの攻撃を交わしながら蹴り技を叩き込んでいく。

左足で飛び上がると、体を地面と平行になるように横向きにし体を回転させ、そのまま横回転の勢いで右足をモンスターの頭に叩き込む。 

だが着地のタイミングを見計らったモンスターの一体が、両手剣をサクラに目掛けて横薙ぎに振るう。

しかしサクラはその攻撃に対し、右足を大きく後ろから前方に振り子のように回し、その勢いに合わせて左足で後ろに飛ぶ。するとサクラの身体はその場で宙返りし、その回転に合わせて剣がそこを通過した。

 

「うふふ、残念でしたね」

 

するとサクラの右足が紫色の光を放ち始めた。スキル発動の合図だ。

そしてサクラは紫に輝く右足を敵の横腹に叩き込む。鈍い音が響き、モンスターは横腹を抑えて蹲った。

 

「あら、そんな事してると……いい的ですよ?」

 

サクラは微笑を浮かべたままモンスターに向かってそう言うと、先ほどの右足を後ろまで持ってきてモンスターに背中を向ける。そして左足でジャンプして後方に宙返りすると、

 

「はぁっ!」

 

そのまま右足の爪先でモンスターの脳天を打った。

《クライム・バレエ》二連撃スキル

《ジゼル・シュナイデン》

モンスターはサクラの攻撃によってその身をガラス片に変えて消滅した。

 

「さて、これであと少しですね」

 

サクラはそう呟きながら後ろを振り返ると、最後の一体が彼女に向けて剣を振りかぶっていた。

だがサクラはその場から動かない。いや、動く必要がないのだ。なぜなら……

 

「おらぁ!!」

 

ジェネシスがそのモンスターに向けて大剣を横薙ぎし吹き飛ばしたからだ。

そして間髪入れずに、ジェネシスの大剣が赤黒い光を放ち始める。

暗黒剣ソードスキル《ヘイル・ストライク》

 

左右の斜め方向から振り下ろされる斬撃を受け、モンスターはその身をガラス片に変えた。

 

「はぁ……なんとか片付いたな」

 

ジェネシスは大剣を左右に振り払うと、そのまま背中の鞘に収めた。

 

「お疲れ様です。それで、どうでしたか?私の実力は」

 

「そうだなぁ……悪くねえ、とだけ言っとくわ」

 

「えへへ、やった♪」

 

サクラはジェネシスの言葉を聞くとその場で嬉しそうに跳ねた。

 

「しっかし、思ったよりHP削られちまったな……いや、暗黒剣の特性を使いすぎちまったのもあるか」

 

「今どのくらい残ってるんですか?」

 

「イエローゾーンの一歩手前、ってとこだな」

 

「そんな!今すぐ回復しないと……」

 

サクラはジェネシスはHP残量を聞くと血相を変えて駆け寄った。

 

「いやいいって。グリーンのうちはまだ平気だ。それにポーションだって無限じゃねえんだ、一々使ってられねえよ」

 

「なら、私がなんとかします」

 

するとサクラは、ジェネシスの胴体に右手をそっと添える。

するとサクラの右手がピンクに輝く。その直後、ジェネシスは身体の疲労やダメージが消されていく感覚に襲われ、そしてイエローゾーンギリギリだったHPが一気に満タンまで回復する。

 

「なっ……!」

 

ジェネシスは驚愕のあまり目を見開いた。

無理もない。この世界ではHPを回復する手段はポーションや結晶といったアイテムに頼るか、自身のバトルヒーリングスキルに頼る以外ない。しかしポーションは即座に回復するわけではなく、結晶もそう簡単に手に入らないレアアイテムである。それにバトルヒーリングスキルも安心できるほど回復量があるわけでもない。

だが今サクラが見せたような“人のHPを一気に満タンまで回復させるスキル”など見たことなど無かった。

 

「うふふ。驚きましたか?」

 

サクラは悪戯が成功した時の子供のように楽しそうな笑顔を浮かべて尋ねた。

 

「おめぇ……一体何しやがった?」

 

ジェネシスは驚愕の表情のままそう聞き返す。

 

「これは私だけに与えられた、人を癒す力。

その名も……《ヒーリング・グレイル(癒しの聖杯)》です」

 

サクラは未だにピンクの淡い光を放つ右手をチラつかせながら得意げに言った。

 

「ヒーリング・グレイル……新手のユニークスキルか……」

 

ジェネシスは情報屋のスキルリストを開きスクロールしながら《ヒーリング・グレイル》と言う名前を探すが見つからなかった。

 

「ええ、これが私の全部です。

……それで、どうですか?私、結構役に立つでしょう?」

 

サクラは両手を後ろに組んで、ジェネシスの顔を覗き込むような体勢で尋ねた。

 

「ああ、てめぇの実力はよーく分かった。とりあえずこの後も攻略を進めたいんだが……行けそうか?」

 

「勿論ですよ♪私がいる限り……貴方のHPがイエローゾーンに入る事は無いと保証します」

 

「そりゃ心強えな。んじゃ、攻略再開といくか」

 

「おー!」

 

そして二人はその後も迷宮区攻略を進め、ついにボス部屋を発見した。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

迷宮区からアークソフィアの街に戻った二人は、すっかり暗くなった街を歩く。

 

「そんで、おめぇはこの街に宿とかとってんのか?」

 

「宿ですか?いいえ、まだとってないですね」

 

「おいおい、休む拠点も無いのかよ……んじゃ一緒に探してやっから、大人しく着いてこいよ」

 

「え?ジェネシスさんと同じ宿じゃダメですか?」

 

するとサクラは目を丸くして尋ねる。ジェネシスは思わず足を止めて言った。

 

「俺と?あそこはもう結構人がいんぞ?まあ結構大きめの宿だから部屋はまだ空いてるだろうが……」

 

「じゃあそこがいいです」

 

「マジで……」

 

ジェネシスは困惑の表情を浮かべた。

別に彼女が嫌いだとかそんな理由では勿論無い。だがジェネシスが恐れたのはティア達の反応だ。

『また女の子を引っ掛けてきたのか』そう言われる未来が鮮明に見えた。

しかしそれはあくまで自分の都合であり、それを理由にここでダメだと断るのは違う気がした。

 

「(まあ、ちゃんとこいつの事を説明したらなんだかんだで納得してくれんだろ。事実コイツのスキルはハッキリ言ってかなり強力だ)

わかった。案内してやるからちゃんとついて来いよ」

 

「本当ですか?やった♪」

 

そしてサクラはジェネシスの後を、例の舞踏スキルによる軽やかなステップを踏みながら楽しそうについて行く。

 

 

一方場所が変わってこちらはキリト達が普段寝泊まりしている宿の食堂。

今、ここの空気はいつになくギスギスしていた。

アスナ、ティアをはじめとした少女達が一同に同じテーブルに腰掛け、目の前の料理などに手をつける事なく同じ方向を見ていた。その視線の先にあるのは……

 

「ねえねえキリト、この店で一番美味しいメニューって何なの?」

 

「えぇ?この店でおすすめのやつ……そ、そうだな……な、何だろうなぁ〜……」

 

「アタシ、この店のいろんな料理を食べてみたいな〜!」

 

「わ、分かったからそんなに寄るな!座りにくいって!!」

 

向かい合って座る1組の男女。

一人は黒のロングコートを着た少年、キリト。その隣に座るのは、彼女達は名前も知らない紫の少女。

 

「……で、あれはなに?」

 

重苦しい空気の中、リズベットが引きつった顔で切り出す。

 

「なにって言われても……」

 

アスナは御機嫌斜めな様子で答えた。

 

「アスナさんも知らない人なんですか?」

 

「うん……一緒にいるのは見た事があるけど……」

 

シリカの問いにアスナは頷いて答える。

 

「NPC…じゃ無いよねあれは……新しく下の階層から来たとかそう言う人かな?」

 

「それにしては随分仲が良さそうですよね」

 

サチが疑問符を浮かべながら呟き、ハヅキもまた訳がわからないという様子で答える。

するとその直後……

 

「うわっ?!あの人、キリトくんの膝の上に座った……!!」

 

「ちょ、ちょっとちょっと!何なのよ一体?!」

 

思わぬ事態にリーファが目を丸くして叫び、リズベットも慌てた様子で言った。

 

「ふふ…うふふ……なんだかとっても仲良しさんみたいねぇ?」

 

するとアスナが不気味な笑顔を浮かべてそう言った。

 

「ちょ、アスナさん落ち着いて!顔が全く笑って無いですよ!!」

 

そんなアスナを見て、サツキが慌てて彼女を宥める。

 

「あたし、ちょっと行ってきます!あれはもう放置していいレベルじゃ無いよ!!」

 

リーファが憤った様子で立ち上がって言った。

 

「あー…その、何だ。俺の膝の上なら、いつでも空いてますよ〜?なんて」

 

クラインが戯けた口調で言うと、

 

「……アンタはその辺の観葉植物の植木鉢でも乗せておきなさいよ」

 

シノンがジト目で辛辣な口調でクラインに言った。

 

「ひっでえ……ちょっとした冗談じゃねえか」

 

クラインは肩を竦めながらそう呟いた。

 

「それじゃ、どういう事なのか本人の口から聞きましょうか」

 

そして少女達はキリトの方へと歩き出す。

 

「キリト、ちょっといい?」

 

「や、やあ皆さんお揃いで……」

 

険しい表情で寄ってきたリズベットに対し、キリトは引きつった笑顔を浮かべながら右手を振った。

 

「皆さんどうも♪」

 

するとキリトの膝の上に座る女性も人当たりの良さそうな笑顔で手を振った。

 

「キリトくん、その人は……?」

 

「あ、ああ……彼女は《ストレア》。街で何度か会って知り合いになって……」

 

リーファの問いに対しキリトは気まずそうに答える。

 

「えっと、じゃあ一つ聞くけどストレアさん……あんたはキリトとどういう関係?」

 

「キリトとは〜……とっても仲良しな関係♪」

 

若干怒り心頭気味のリズベットに対し、ストレアは全く表情を崩す事なく対応した。

 

「な、仲良しな関係だったら膝の上に座ってもいいって言うの?!」

 

「こ、これは店が混んできたから他の人に席を譲ろうって事になって、そしたら何故かこんなことに……」

 

キリトは慌てた様子で早口口調になって答える。

 

「なるほど〜、紹介ありがとうねキリトくん」

 

するとアスナが満面の笑みを浮かべながらキリトにそう言った。その笑みから何か不吉な予感を感じたキリトは

 

「あ、アスナさん……?」

 

と問いかける。

 

「それとキリトくん。後で私の部屋に来てくれる?」

 

「え?アスナそれって……」

 

「来 て く れ る ?」

 

アッハイ

 

キリトはアスナから発せられるプレッシャーに圧倒されて萎縮した。

 

「あはは……キリトさんも大変ですね」

 

その光景をずっと座りながら見ていたシリカは苦笑しながら呟いた。

 

「まあ、あんなの見せられたらね……私もジェネシスが知らない女の人とあんな事してたら、ちょっと妬いちゃうかな」

 

シリカの呟きに対し、サチは頷きながら答えた。

 

「サチ、その台詞はティアが一番言うべきなんじゃない?」

 

シノンがサチの言葉を聞いて頬杖を吐きながらそう言った。

 

「あはは、たしかに……ところでティアさん、さっきからずっと黙ってますけどどうかしましたか?」

 

するとサツキが、ここまでずっと沈黙を貫いていたティアの様子を不思議に思い問いかけた。

 

「いや、大丈夫だ。ただ……ちょっと胸騒ぎがしてな……」

 

ティアは目を伏せながら答えると、目の前のコーヒーをゆっくりと啜った。

すると宿屋の扉が開かれ、中に二人の人物が帰ってくる。

 

「うーい、帰ったぞー」

 

入って来たのはジェネシス。

 

「あ、お帰りなさいジェネシスさん!」

 

シリカが笑顔でジェネシスを出迎える。すると……

 

「お邪魔しまーす♪」

 

「…………え?」

 

その瞬間、シリカの表情が固まった。否、その場の時間が止まった。

入って来たのは彼女達の知らない紫の少女。

サチやサツキ、ハヅキは目を丸くして彼女を見つめ、ティアは思わず右手でこめかみを抑えた。

 

「えっと、ジェネシスさん……その方は?」

 

ハヅキは紫の少女を指差しながら問いかける。

 

「あー、コイツはな……」

 

「皆さんはじめまして。私は《サクラ》と言います」

 

ジェネシスが皆に紹介する前にサクラが自ら名乗り出た。

 

「あ、ああ…よろしく。それでサクラさん。何故ジェネシスさんと一緒にいるんですか?」

 

「それはですね、私の方から頼んだんです」

 

「頼んだ?どうして?」

 

サクラの答えにサチが疑問符を浮かべた。

 

「私、ずっと皆さんのお役に立ちたいなと思っていまして……ちょうど良いところに、攻略組最強の一角であるジェネシスさんの姿が見えたので、私の実力を見てもらうために一緒に迷宮区攻略に出てもらったんです」

 

「そうか……で、彼女の実力というのはお前から見てどうだったんだ、ジェネシス?」

 

するとティアが顔を上げてジェネシスに問いかけた。

 

「はっきり言って……文句なし、だな。

いやそんなレベルじゃねえ……コイツは間違いなく、俺たちの《切り札》になり得る存在だ」

 

「ほう……?」

 

キッパリと答えたジェネシスに対し、ティアはすうっと目を細めた。

 

「それは興味深いわね。是非聞かせてもらえるかしら?」

 

すると話を聞きつけたアスナ達がぞろぞろとやって来た。

 

「よ、ようジェネシス……お前もなんか連れてきたみたいだな」

 

キリトがサクラの方を見て苦笑しながらジェネシスに対して言った。

 

「俺はてめぇみたいにナンパして連れてきたわけじゃねえよ」

 

「俺だってナンパじゃねえよ!」

 

「どうだか」

 

「まあまあ……それで、こっちの……ええと、サクラさんだっけ?この人の実力がどんな感じだったのか、その辺を詳しく教えてくれるかしら?」

 

揉めはじめたキリトとジェネシスを宥め、アスナがサクラの方を見てそう切り出す。

 

「ええ、構いませんよ。

私のスキルは……皆さんのHPを回復させる力です」

 

「なっ……?!」

 

サクラがそう告げると、ジェネシス以外の皆は一斉に目を見開いた。

 

「HPを回復させる…ですって?!ちょっとちょっと!それ凄いスキルじゃない!!」

 

リズベットが大慌てで捲し立てる。

 

「その、HPを回復させるのは……無制限に、なのか?」

 

「ええ勿論。私がいる限り、皆さんが死ぬことは絶対に有り得ません」

 

キリトがそう尋ねると、サクラは自信満々の表情で頷いた。

 

「コイツの言ってる事は事実だ。俺はコイツとさっきまで迷宮区にいたが、HPは常に満タンの状態だった。サクラのスキル……《ヒーリング・グレイル》によってな。

お陰さんで思う存分戦えたし、オマケにボス部屋まで見つけてきた」

 

「え、嘘でしょう?!もうボス部屋を見つけてきたって言うの?!」

 

アスナが驚愕で目を見開いて叫んだ。

ジェネシス達攻略神が七十六層にやって来てから二ヶ月近くが経過していたが、迷宮区攻略は今までに比べてかなり難航していた。

まず一つ目が、人員不足。七十五層ボス戦では十四人が犠牲となり、この時点で戦える人数は総勢16名。その後、勇敢なプレイヤーや間違えて来た者達も七十六層にやって来たが、その中でも最前線の迷宮区で戦えるプレイヤーはほんの一握りであった。

二つ目が、ヒースクリフの消失。最強ギルド《血盟騎士団》の団長にして、攻略組の中でもトップレベルに位置する彼は、ユニークスキルである《神聖剣》による実力や持ち前のカリスマ性も相まって、これまで攻略組の面々の精神的支柱であった。しかしその正体は七十五層で発覚。そして彼はジェネシスによって討たれ、消滅した。彼の消失は攻略組にとっても大きな損失と言えた。

そして三つ目が、これらの要素によるモチベーションの低下。戦闘意欲の低下は必然的に攻略スピードをかなり難航させる。

 

それでも彼らは諦めずに攻略を続けたのだが、ボス部屋は二ヶ月も経って未だに見つからなかった。

だがそれを、一人の少女の力だけで半日で見つけ出してしまったのだ。驚くなと言う方が無理な話だ。

 

「まさかいきなりボスの部屋が見つかるなんてね……」

 

「それで、どうするの?《血盟騎士団》副団長さん?」

 

あまりに突然のことに冷や汗を流すアスナに対し、リズベットがアスナの肩に手を置いて尋ねる。

 

「ボス部屋の中は偵察したの?」

 

「そうしようと思ったんだが、七十五層のやつがあるからな……そこまではやってねえ。すまん」

 

アスナがそう尋ねると、ジェネシスは首を横に振った。

 

「いえ、いいの。ぶっつけ本番のボス戦なんて、今に始まったことじゃないしね……」

 

そこでアスナは一度目を伏せ、

 

「明日の正午に、攻略会議を開きます。場所はアークソフィア転移門広場で」

 

「りょーかい」

 

アスナの宣言に対し、ジェネシスが軽く返す。

場の空気はこれまでに無いほどの緊張感で覆われていた。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
今回、ついに新キャラが出ました。その名も《サクラ》。
彼女の詳細についてはTwitterにて紹介したいと思います。
あと自分のTwitterでは、この小説の次回予告や様々な情報を載せていますので、一度覗いてみてください。

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