もう三月ですね、皆さんはどうお過ごしですか?
では、本編どうぞ。
その日、クライン・シリカ・サチ・キリトの四人は七十九層層迷宮区に来ていた。
目的はシリカとサチのレベルアップ。迷宮区のため多少リスクはあるが、モンスターのレベルが高い分得られる経験値も多く、更により実戦に近い形で戦えるため強化を図るならば最適な場所だ。危険な場合はキリトとクラインがフォローに入る形で迷宮区を進んで行き、日が暮れ始めた頃に彼らは切り上げた。
「……ようし、今日はこの辺で帰るか」
「そうだな、もう夕暮れだ。アスナ達が夕食を作って待ってくれてるはずだ」
クラインとキリトはそれぞれの武器を収めて言った。
「今日は付き合ってくださってありがとうございました!」
「お陰で随分とレベルも上がったよ〜」
シリカとサチもそれぞれ短剣と長槍を収めて礼を述べた。
「いいってことよ、お前さんらが強くなってくれりゃこっちも助かるんだしな」
クラインは気さくな笑顔でそう答える。
「よし、それじゃ帰ろうか」
キリトがそう言うと、皆は頷いて帰路についた。
「《黒の剣士・キリト》……《風林火山リーダー・クライン》とお見受けする……」
その時、前方から男の声が響き、見ると暗闇の中を編笠を被り黒い和風の衣装に身を包んだ男が悠然と歩いて来ていた。
「なんだてめぇ?」
クラインはやや警戒しながら問いを投げかける。
すると男は徐に編笠を外し投げ捨て、隠されたその素顔があらわになった。
銀色の髪に中性的な顔立ち、左目を隠すように斜めに掛けられた眼帯があり、その深紅の右目は禍々しい光を放っていた。
「その首……貰い受けるッ!!」
そして男は勢いよくその場から飛び出し、左腰の刀を引き抜いて斬りかかった。
「うおっ?!」
クラインは咄嗟に自身の刀を抜刀してその刃を受け止めた。
凄まじい火花とけたたましい金属音が迷宮区内に響き渡る。
「クライン!」
キリトは即座に背中から二振りの剣を引き抜いてクラインと男の元へ駆けた。
「ふん」
だが銀髪の男は面白くなさそうに息を吐いてキリトに対しクラインと鍔迫り合いをしたまま彼の胴体に蹴りを叩き込んだ。
「てめぇ……一体何者だ!」
「知る必要があるのか?貴様らはここで死ぬのだからな」
クラインの問いに対し男は冷徹な口調で告げ、そのままクラインを押し返した。
バランスを崩したクラインに対し銀髪の男はソードスキルを纏って斬りかかった。
彼の胴体に向かって横一閃に刀を振るった。
「ぐっっ?!」
クラインは腹部を押さえて蹲り悶絶し始めた。
「くくっ……痛いだろう?この刀はペインアブゾーバーを無効化する特性がある」
「なっ……ペインアブゾーバーを?!」
キリトは驚愕のあまり目を見開いた。
通常、SAO内でダメージを受けても痛みを感じる事はない。
ペインアブゾーバー機能によって痛覚抑制が働いているためだ。
ペインアブゾーバーを無効化する武器やアイテムなど、聞いたこともなかったし、存在する事自体あり得ない事だと思っていたためだ。
「信じられない、という顔だな……ならば自分で確かめてみるがいい」
すると銀髪の男はキリトを標的に定め刀を構えて斬りかかった。
真上から振り下ろされる鈍色の刃をキリトは左右の剣を交差させて受け止めた。
「ほう?二刀流か、中々やるようだな。しかし手数が多ければ有利とは限らんぞ」
そう告げた直後、キリトに対して男からの猛攻が始まった。上から、横から、斜めから、下から次々と不規則に刃が振るわれ、キリトはその攻撃を黒と翡翠の剣でどうにか凌ぐ。
だが剣速は僅かにキリトが劣っているため、徐々に押されていく。
そしてキリトの胴体にに斜めの傷が入った。
「ぐあっ……!!」
キリトはかつて味わったことのない激痛に顔を歪ませた。
「キリトさん!!」
シリカが短剣を引き抜き、サチも槍を構えて意を決して男に飛びかかる。
しかし、
「貴様ら程度、刀を振るうまでも無い」
男はつまらなそうに言うと、刀の柄でサチの頬を殴りつけ、左膝をシリカの腹部に叩き込んだ。サチは地面に倒れ、シリカは壁に叩きつけられた。
「フン、四人もいてこんなものか?他愛もない……」
男はゆっくりと周りを見回しながらそう呟く。
そして彼は激痛に悶絶しているクラインの元へとゆっくり近づくと、刀を逆手に持って振り上げる。
「させるかっ!!」
その叫びと共にキリトが黒剣で男に斬りかかった。
男は逆手に持った刀を突き出してその攻撃をいなす。
キリトの剣が男の刀を火花を散らしながら通過し、そのままキリトと男は背中合わせに立つ。
直後二人は同時に動き出し、振り向きざまに互いの獲物を振るう。キリトの左手の剣と男の逆手に持たれた刀がぶつかり合う。そのままキリトは左右の剣で交互に斬撃を繰り出していくが、男はそれらを難なく防いでいく。
「遅い」
男が冷徹な口調でそう告げた直後、キリトの視界から男が消えた。
行方を探すため視線を動かそうとしたその時、キリトの体が崩れ去った。何が起こったかも分からず地面に倒れ込み、起き上がるため足に力を入れたその時、違和感を感じて足に視線を移す。
その瞬間、キリトの目は見開かれ、同時に今まで感じたこともない激痛がキリトを襲った。
「ぐああああああーーーっ!!!」
キリトの右足の太腿から下が斬り落とされていたのだ。
地面に伏して激痛にもがき苦しむキリトを見下ろし、男はその刃をキリトの首に近づけた。
「キリトォーーーっ!!」
クラインがそう叫びながら男の背後から斬りかかる。
だが男は振り返らずにただ刀を背中に回してクラインの刃を受け止めた。
「そんな散漫な刃で俺を斬れるものか」
男は吐き捨てるように告げると、振り向きざまに回し蹴りを叩き込んだ。
そして刀を左手に持ち替え、バランスを崩してよろめくクラインの腹部に勢いよく突き出す。
『ザシュッ!!』と言う音が鳴り、クラインの腹部を鈍色の刃が貫いた。
「クラインさん!!」
その時、シリカが短剣を手に男に向かって背後から飛びかかった。
だが男は刀から手を離し、そのまま振り返ると自身に飛び込んでくるシリカの首を掴んだ。
そして彼女の首を掴んだまま男はシリカを地面に叩きつける。
固い地面に叩きつけられたシリカの頭を、男は容赦なく踏みつける。
「その程度の実力で俺に斬りかかろうとは……愚かな奴だ」
呆れた表情でシリカを見下ろしながら男はそう吐き捨てた。
「シリカちゃんから……離れろおおおぉーーーっ!!!」
その直後、サチがそう叫びながら槍を男に向かって突き出す。ソードスキルの光を纏った槍の先端が男の首元を捉えた。
タイミング的に回避することは不可能。
しかしその時、男の右目がサチの方に向けられた。
その瞬間、禍々しい深紅の瞳に睨まれたサチはまるで石になったかのように動きを封じられた。
なっ────?!体が……動かない……どういう事?一体何が?!
サチの心中を察したのか男はニヤリと口端を吊り上げ、
「何が起きたか分からない、という様子だな?
これは妖術ではないぞ。現実世界に存在する、まあ一種の催眠術のようなものだ。
二階堂平法“心の一方”。それをこの世界でシステム外スキルとして昇華させたものだ」
「ぁ……ぁぁ……」と呻き声しかあげられないサチに対し得意げに話す男。
「人間は恐怖に脆い…その脆さを突いて高めた剣気を相手にぶつけ動きを封じ込める……」
そして男はサチ顎を掴んで、その首元に刀を添えた。
「苦しいだろう。心の脆い人間ほど術にかかりやすい……」
「ぁあ……っ!」
「ぐ……サチイィィーーッ!!!」
キリトが激痛に耐えながら何とか立ち上がろうとするが、右足を切断されているため起き上がることすら叶わない。
サチはいよいよ死を覚悟して目を閉じた。
するとその時だった。
迷宮区の奥から銀色の疾風が男を突き飛ばした。
サチは催眠が解けたのか地面に尻股を突いて座り込んだ。
そして顔を上げると、視界に入って来たのはたなびく白マント。
「ククク……貴様なら必ず来ると思っていたぞ」
男は愉快そうに肩を上下させて笑い出し、その人物の方を見た。
「また会ったな────《白夜叉》」
「て……ティア!」
ティアは刀の切っ先を男に突きつけ、鋭い目つきで睨んでいた。
「貴様……娘に飽き足らず私の仲間にまで手を出すか……
ジャック・ザ・リッパー!」
ティアは敵意を剥き出しにしながら男────ジャックに斬りかかった。
地面から勢いよく飛び出してティアは刀を横一閃に振るい、ジャックは剣を真上から振り下ろす事でそれを防いだ。
二人の位置が入れ替わり、背中合わせに並ぶ。
そして二人は同時に振り返り、ティアは下から、ジャックは上から刀を振り下ろす。
金属がぶつかり合う音と凄まじい火花が何度も飛び散る。
ティアとジャックは刀を弧を描くように何度も振る。
ティアは目の前に迫る刃を上体を後ろに逸らす事で回避し、返しにジャックの頭部目掛けて突きを放つが彼は首を横に傾ける事でそれをかわす。
両者の実力は拮抗していた。
一度二人は距離をとって睨み合う。
「ふん……流石は四天王の一角である白夜叉だな。
しかし貴様の剣には何かが欠けている……」
そう言ってジャックティアに斬りかかる。
鍔迫り合いの最中、ジャックはティアの目を見つめながら何かを悟ったように切り出した。
「見えたぞ……貴様は人斬りの快楽を恐れている」
「────何?」
ティアはジャックのその指摘を受け目を見開く。
その瞬間、ティアの集中力が僅かに乱れ、ジャックはその隙を逃さず猛攻を加える。
先程と打って変わって桁外れの剣速にティアは防戦一方だ。
「前にも言ったろう?貴様の本性は修羅だ……人を斬りたいという本能が確かにある。
だが理性がそれを抑えている」
「私の本性が……人斬りだと言いたいのか?」
「ああそうだ……俺は知っているぞ?貴様がかつて人を斬った事を……その瞬間もな」
「っ?!」
その瞬間、ティアの両眼は見開かれた。
ティアの脳裏に蘇るのは、あの忌まわしい男の顔、その最期。
あの時、ティアはジェネシスを手に掛けようとした野蛮な男をその手で斬り殺した。あの瞬間を目撃されていた事実に、ティアは信じられない思いだった。
「だから言っているのだ、貴様は俺と同じ人斬りだとな」
勝ち誇ったような笑みで宣うジャック。
そんな彼の言葉を、ティアは首を横に振って否定する。
「違う……違う!私の剣は人を斬るためのものじゃない!」
そしてティアは自身の刀をジャックに向けて
「私の剣は……この世界を……この世界の人を救うための剣……活人剣だ!」
「そうか、ならば試してみるか?」
するとジャックは刀をゆっくりと左腰の鞘に収めた。
「お前の言う活人剣とやらと、俺の人斬りの剣……どちらが真に強いのか。思い知らせてやろうじゃないか」
そう言ってジャックは腰を落とし、左半身を引く。
あの構えはティアもよく知っている。抜刀術の構えだ。
ティアも同じように刀を収めて抜刀術の構えをとる。
2メートルほどの間隔を開け、両者は静止し睨み合う事数秒。
同時に右足を勢いよく踏み出し、左腰の刀を勢いよく引き抜く。
銀色に輝く刃が勢いよくぶつかり合う。けたたましい金属音と今日一番の火花が飛び散る。
そして、宙に一つの金属の刃が舞った。
「な……」
ティアは自身の刀を見る。
かつて名工であるレインに鍛えてもらった刀《銀牙》が、真っ二つに折れてしまっていたのだ。
自身の敗北を悟り、ティアは地面に片膝をついた。
そんな彼女を見下ろし、ジャックは嘆息しながら言う。
「分かっただろう、貴様の活人剣などで俺は止められん」
そしてジャックは刀を上に掲げ、それをティアの首に勢いよく────
振り下ろさずに、再び左腰に収める。
「精々人斬りとなって出直すんだな」
するとジャックの身体が周りの景色に溶け込むように消えていく。
「あれは……隠蔽スキルか!」
ようやく回復したキリトがジャックを追うため駆け出す。
だが彼がジャックに到達する前に、ジャックは消えた。
ティアはやがてゆっくりと立ち上がると、半ばから折れた自身の刀を見つめた。
折れた刀身は光を失い、やがてガラス片となって消滅した。
お読みいただきありがとうございます。
今回の話はジャズがやりたかった事の一つです。
では、短いですが今回はこの辺で。