皆さん、コロナウイルスには十分お気をつけください。
「じゃあ、今日もありがとうな。フィリア」
その日、キリトとフィリアはホロウエリアでの探索を終え、管理区に戻ったところだった。
「うん、こちらこそ付き合ってくれてありがとね」
フィリアは笑みを浮かべながらそう答えた。
ここ最近、フィリアはよくキリトとホロウエリアを冒険していた。時にモンスター狩りを行ったり、時にフィリアの得意なトレジャーハントを行ったり。
当初フィリアは、ツクヨ以外の人間には冷ややかな対応をしていた。彼女が置かれたホロウエリアでの過酷な環境が、彼女の心を次第に閉ざさせてしまったのだ。アインクラッドのような安心して眠られる宿や街も無ければ、安全圏でゆっくり休めるわけでも無い。そんな状況が二ヶ月も続き、次第に彼女の精神は疲弊し、摩耗してしまっていたのだ。
だがツクヨと出会い、そしてキリトとジェネシスに出会った後、彼女は少しずつではあるが何かが変わっていくのを感じた。
否、戻っていくと言う方が正しいだろう。閉ざされていた心の扉が次第に解放されていく感覚。事実、フィリアはここ最近よく笑うようになった。上部だけの笑顔ではなく、心からの笑顔を。
だからこそ迷っていた。自分が抱える秘密、ホロウエリアから出られない真相、そして自分が何をしてしまったのかを……。
「そう言えばフィリア」
ここでキリトが何かを思い出したようにフィリアに言う。
そしてこう尋ねた。
「オレンジの解消法についてなんだけど……」
そこまで言って、キリトは申し訳なさそうに目を伏せた。
やはりか、とフィリアは内心苦笑した。
以前、キリトが現在もオレンジであるフィリアとツクヨのオレンジ解消法を調べる、と言っていたのだ。
「やっぱりそっか……」
「済まない、力になれなくて……」
肩を落とすフィリアに対し、キリトは頭を下げた。
「ううん、大丈夫だよ。むしろありがとう、私のために色々してくれて」
「力になるって約束したからな」
「ふふっ、そうだったね。本当にお人好しなんだから」
フィリアはそう言うと、そこで一呼吸おく。
「あのねキリト……私、本当はこのエリアから出ないんじゃなくて、出られないの」
「……え?」
キリトはフィリアの言葉に目を丸くした。
「出られない、って……どう言う事だ?」
「そのまんまの意味だよ、私はこのエリアから出られない……」
そこからフィリアは自身が何かしらのエラーによってホロウエリアに閉じ込められている状態であることを話した。
「そんな事が……つまりフィリアとツクヨはこのエリアに閉じ込められてるって言うことなのか……」
キリトは愕然とした表情で言った。
「うん……ごめんね、ずっと黙ってて」
「いや、いいんだ。とりあえずはフィリアとツクヨのエラーを解除しないといけないな。こちらで調べてみるよ」
「ありがとう、キリト……」
キリトは笑顔で頷き、ホロウエリアから去っていった。
やっぱり彼はいい人だ。初対面の私たちにそこまでしてくれる。
認めよう、私はキリトのことを────
「よお、愛しの王子様は帰っちまったのか?」
だがそんな私に、悪魔は近づいてきた。
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「“ジョーカー”?」
その日、ツクヨと共にホロウエリアを散策していたジェネシスが彼女から告げられた名前に首を傾げる。
「ああ。この間わっちらに接触してきたオレンジの男じゃ。聞いたことはないか?」
「ああ。全くねえな」
ジェネシスはツクヨの問いに首を横に振った。
「そうか……ならばいい」
「いやよくねえよ。なんだよそのジョーカーってのは何してきたんだ?」
「まあ、大した話などしてはおらぬ。じゃが……奴はあまりに危険な男じゃ」
「そうか。ならこっちでも調べておくぜ。気ぃつけろよ」
「ああ」
そうやりとりした後、ジェネシスは管理区からアインクラッドに帰還した。
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七十六層の宿に戻ったキリトとジェネシス。
「ジョーカー……名前からして普通のプレイヤーじゃなさそうだな」
「同感だな。そいつはオレンジプレイヤーだとも聞いた。ひょっとすると……」
「ラフコフの生き残り、の可能性があるな……」
ラフコフ……かつてアインクラッドに存在した最悪の犯罪者ギルド《ラフィン・コフィン》。攻略組によって既に壊滅させられた組織であるが、その構成員は未だアインクラッドに多数存在すると言われている。
「とりあえず、この間の《ジャック・ザ・リッパー》の事も含めて、アルゴに調査してもらうよ」
「あー、あのネズミか……それが確実だわな」
そう交し、彼らは宿に戻った。
「あ、キリト!」
「お疲れ様です、ジェネシスさん」
出迎えたのは二人の紫の少女、ストレアとサクラだ。
「よお、なんだ来てたのか」
「ええ。今日は皆さんにお土産を持ってきたんです」
そう言ってサクラはメニュー欄を操作すると、机の上に特大の肉の塊が現れた。
「こいつは……」
「えっと……《ヒドゥンバイソンの肉》、だって?!」
キリトがアイテムの名前を見て目を見開いた。それもそのはず、この肉はSAOに存在する数ある食材の中でも最高級とされるS級レア食材なのだ。
「しかもこの量……丸々一頭分はあるんじゃねえか?」
「ええ、珍しくフィールドに沢山ポップしていたので、目につく分全て狩ってたらこんな量が取れちゃいました」
てへっ、と得意げに話すサクラ。
「で、こいつは誰が調理すんだ?」
「もちろんアタシ達だよ。料理スキルは持ってないけど」
ジェネシスの問いにストレアがそう答え、二人はうげっとした顔になる。料理スキルを持っていない者が料理なんてすればどんなゲテモノ料理になるか分からない。
「なら、私たちが作ろうか?」
いつの間にか話を聞いていたティアがそう言い、続けてアスナも頷きながら
「もちろん二つ返事で受けるわよ。何せS級レア食材なんて滅多に調理できないからね!」
「んじゃ絶品料理を頼むぜ」
「ああ、任された」
そう言ってティアとアスナは厨房へと足を運ぶ。
「あ、ティアさん!食材に余裕があれば、あたしもお料理を作りたいんですけど……」
「わ、私も!せっかくだから……」
するとシリカとサチがそう頼み込む。
「なら、あたしも料理してみようかな」
「あたしもやりたいです!」
続けてリズベットとリーファが加わり、
「じゃあ、私もやってみようかな?」
ハヅキもそう言って厨房へ歩き出す。
「えっ、ハヅキも作るの?」
「あ、うん……お兄ちゃんに、私の料理食べてもらいたいし……///」
「そ、そっか……じゃあ楽しみにしてる」
兄であるサツキの了承も得て、ハヅキは厨房に向かった。
『じゃあ、私もやります!この機会ですから、皆さんにフランス料理をご馳走しますね!』
ジャンヌも張り切った様子で厨房に駆け出した。
「えー?!みんなが作るならアタシも作るよ!」
「ね、姉さ…ストレアさん待って!……ああ、厨房が溢れかえっちゃう」
サクラが引き留めようとするも間に合わず、ストレアも向かってしまった。
「大丈夫だぜサクラちゃん。厨房はそれなりに広い。あれくらいの人数なら全然問題ないぜ」
「そ、そうなんですか?……じゃあ、私もせっかくだから行きますね」
サクラもそう言ってピンク色のエプロンを身につけて厨房に入った。
「………」
次から次へと厨房へと入っていく少女達を、シノンが離れた場所から見つめる。
「ん?おめぇはどうすんだシノン?」
「どうするって?」
「いや、おめぇは料理作んねえのかなと思ってよ」
するとシノンは怪訝な表情を浮かべ、
「……食べたいの?私の料理」
「質問を返すようだが……食べたいって言ったらどうする?」
シノンの問いに対しジェネシスは口端を上げて尋ね返す。
「ふふっ……冗談よ。私もやるわ。滅多に手に入らない食材なんでしょ?勝手は分からないけど……やるだけやってみる」
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〜数分後〜
少女達の賑やかな声が厨房から響くと共に、食欲をそそる香りが漂い始める。
「なんだ、今日は随分といい香りがするじゃねえか」
やって来たのはミツザネ。
「お疲れっす、親父さん」
「親父なんて呼ばれる筋合いはねえ……んで、厨房の方がえらく盛況のようだが」
ミツザネはジェネシスの隣に座ってそう尋ねる。
「実はS級レア食材が手に入って、それをみんなで料理してるんです」
「ほう?そいつは楽しみだな」
その後、料理が出来上がった少女達が次々に運んでくる。
リズベット 青椒肉絲
リーファ 牛丼
シリカ 肉じゃが
シノン ローストビーフ
ストレア よくわからないもの
ユイ 一口サイズのハンバーグ
彼女達の料理をそれぞれ味見程度に口にし、それらの美味さに舌鼓を打つ中、続いてやって来たのはハヅキだった。
「あ、あの…私も出来ました!肉豆腐です!」
彼女は両手で大鉢を抱え、それをテーブルに置く。
「おおお!すごく美味しそうに出来てるじゃないかハヅキ!」
「そ、そうかな?……えへへ」
兄であるサツキに絶賛され、嬉しさを隠さず頬が綻んでしまうハヅキ。
「うん、味も美味えな」
「ああ、すき焼き風とは考えたなハヅキ」
箸で少しだけ摘んで口にしたジェネシスとキリトもその味を褒め称えた。
「はーい!皆さんお待たせしました〜」
続けてやって来たのはレイ。
「おっ、レイか。お前は何を作ってくれたんだ?」
ジェネシスが楽しげにそう尋ねる。
「ユイがハンバーグでしたので、わたしはコロッケを作りました!」
レイの持つ皿には、ユイと同じく一口サイズの可愛らしいコロッケが積まれていた。
「おお!こりゃ美味そうな出来てんな〜」
「ありがとうございます!早速食べてみてください!」
ジェネシスは早速コロッケを一つとって一思いに口に放り込む。サクッとした食感と、中に詰められた牛肉の旨味が一気に口内に広がった。
「こりゃ最高だ!上手く出来たなレイ」
「わーい!ありがとうございますパパ!」
父親に褒め称えられ、嬉しそうに飛び上がるレイ。
「くう……よもやこの年で孫の料理が食べられるとは……!」
レイのコロッケを食べ、肩を震わせながら嬉し泣きをするミツザネ。
「ふうー、皆さん私も出来上がりましたよ〜」
続いてサクラ。彼女の持つ大きな皿には、一枚の大きな肉が。
「やっぱり牛肉と言ったらコレですよね!私はステーキを作りました!」
「シンプルかつ王道だな」
「ただ、皆さんお一人ずつ用意することは流石に出来なかったので、ここは皆さんで切り分けて召し上がってください」
そう言ってサクラは大きなステーキの乗った皿にナイフとフォークを一本ずつ置いた。
「わ、私も出来たよ〜!」
今度はサチがやって来た。
「私はこれ。《牛肉とキノコの和風パスタ》!」
早速フォークで少しだけ巻き取り、口に運んでみる。
「おっ、中々美味いな」
「ああ。あっさりしたいい味だ!」
「よ、良かった〜。料理はあまりやったことがなかったから不安で……」
ジェネシス達からそう言われ、安堵の表情を浮かべるサチ。
『みなさーん、私も出来上がりました〜』
続いてやって来たのはジャンヌ。
『私が作ったのはコレ。じゃーん!フランスの定番、《牛肉の赤ワイン煮込み》でーす!』
ジャンヌの持ってきた皿には、これまでのボリューム溢れる料理に比べると量は控えめだが、その分ブロッコリーやニンジンなどのトッピングが乗せられており、見た目もかなりお洒落に仕上がっていた。
「これは……SNSにアップしたら映えそうだな」
「多分一瞬でバズりますよ」
キリトとサツキがジャンヌのお洒落な料理の見た目に思わずそう溢した。
「赤ワイン煮込みって、一日くらい漬け込まねぇとダメなんじゃなかったか?」
『そこはまあ……SAOですから』
ジェネシスの問いにジャンヌは唇に人差し指をたててそう答えた。
その数分後、アスナがやって来た。
「お待たせ、出来上がったわよ!」
「おっ、アスナが来たか!何を作ってくれたんだ?」
「コトレッタ……ミラノ風カツレツよ!付け合わせのサラダとかトマトソースを作ってたら遅くなっちゃった」
アスナの持つ皿には、黄金に輝くカツレツに緑のサラダ、赤いトマトソースが鮮やかな光沢を放ち、見るもの全てに食欲を誘う。
「みんな、お待たせ」
最後にやって来たのはティア。
「最後はティアか。何作ったんだ?」
ティアはジェネシスに対しふっと軽く笑い、両手で持っていた鍋をテーブルの中央に置く。
蓋を開けると、香ばしい肉の匂いが充満する。
「ビーフシチューだ。召し上がれ」
「おおお……こりゃうまそうだ…!」
ジェネシスがティアの料理を見て感嘆の声を上げ、ティアが一人ずつ器にシチューを入れていく。
「よし、みんなの料理が出揃ったみたいだな」
「んじゃ、食うか!!」
「「「「「「「いただきまーす!!」」」」」」」
そして皆は一斉に料理を取り始めた。
「ビーフシチューか……この味、母さんの料理を思い出すな」
ティアのビーフシチューを早速口にしたミツザネが口元を綻ばせながらそう呟いた。
「そうそう。味もなるべく近づけてみた」
「そうか、どうりで……この世界に来てからまだそれほど経ってはいないが、懐かしい味だ」
ミツザネは納得したように頷くと、もう一度ビーフシチューを流し込んだ。
「そう言えばお母さんは元気?」
「ん?ああ、お前がSAOに巻き込まれた時は流石に気落ちしてたが……毎日のようにお前の病室に通っててな。
今も、お前が帰ってくるのを信じて待ってるよ」
「そっか。母さんらしいね。それで………姉さんは?」
「ふむ、千冬か。あいつも時折お前の病室に行ってるが……雫、この世界が終わったら、千冬のゲンコツの一発くらいは覚悟しといたほうがいいぞ」
「うわぁ……」
ティアはそれを聞きげんなりとした表情になる。
「ティアの家族か……返ったら会いに行かねえとな」
「そうだね、私も会ってほしいな」
「んま、千冬に殺されねえように気をつけるこったな」
ジェネシスの呟きに対してミツザネが忠告を与えた。
「お前の姉ちゃんってどんなやつなの?」
「超ストイックで、恋愛とかにはちょっと否定的な人なんだよね」
「あ、俺死んだわ」
「大丈夫。私が守ってあげるから」
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夕食が終わり、皆各々食堂に残って談笑をしたり食器の片付けを行ったりしていた。
その中で、ストレアは一人宿から夜の広場へと歩き出す。
「姉さん!」
そんな彼女を、サクラが引き留めた。
ストレアは立ち止まると、そのまま振り向かずに
「……ねえ、サクラ。アタシ達は本当にここに居ていい存在なのかな?アタシ達はプレイヤーを……みんなを助けなきゃいけない存在だった。みんなの心を癒さなければいけなかった。
なのにアタシ達は……何も出来ず、ただ彼らを見ているだけしかしてこなかった。
そんなアタシ達が彼らと一緒にいる権利ってあるのかな?」
「姉さん……」
ストレアが寂しげな表情で言い、サクラも悲痛な表情を浮かべた。
「やっぱりそうだったんですね」
その時後ろからそう言って近く人物がいた。
白いワンピースと銀髪をたなびかせる少女、レイ。
「ストレア、サクラ……その名前をずっと忘れた事はありません。
また……会えましたね」
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〜同時刻・ホロウエリア〜
「ねえ、ツクヨさん……」
その頃、ホロウエリアのダンジョン探索に出ていたフィリアとツクヨ。
「む?どうしたフィリア。今日はやけに暗いではないか」
フィリアの様子を見て彼女の顔を覗き込むツクヨ。
「ずっと考えてたの。私がこの世界から出られないのって……ひょっとすると罰なのかなって。
私が背負うべきだった罪を、ツクヨさんにまで背負わせてしまったことへの」
彼女の言葉を聞き、ツクヨは呆れた顔でため息を吐き、
「またその話かフィリア。それは気にするなと何度も言っておろう」
「でも!あの時ちゃんと私がやっていれば……私だけでやっていれば貴女までここに閉じ込められることはなかった!
私の罪は一生消えない……一生、この影の世界で生きなきゃいけないんだ……」
フィリアは両目に涙を溜めてそう捲し立てた。
「落ち着けフィリア。大丈夫、主の罪は必ず消える。何より奴らが…………ジェネシスとキリトがきっとこの世界から出る方法を見つけてくれる。
何より明けない夜はこの世にはありんせん。何があってもわっちは主の味方じゃ」
「ツクヨさん……ありがとう……
……でも、少し我慢してて」
「なに……っ?!」
その時、ツクヨの背中が『ドン』と押され、そのままツクヨは前に倒れ込む。その先の床が開き、深淵の空間へツクヨは吸い込まれるように入り込んでしまった。
「じゃあな、『死神太夫』」
落下する直前、ツクヨの耳には不気味な男の声が響いた。
「ごめん……ごめんなさい……ツクヨさん……」
お読みいただきありがとうございます。
ここに来てようやくホロウエリア編の一つの佳境に入った気がします。
ここから一度目の山場に入る予定です。フィリアとツクヨの行き着く先、そして暗躍するジョーカーとの対決、今後も楽しみにしていただけたらと思います。
では、また次回。