第五十九層 ダナク
草原の木の陰に、二人のプレイヤーが休んでいた。
一人は黒と赤の衣服の男性、ジェネシス。もう一人は銀髪に白基調の衣装を着た女性、ティア。
暖かな日差しに程よい気温の中、、心地よい風に吹かれ昼寝をしている。
しかし寝ているのはジェネシスで、ティアは正座をしてその足にジェネシスの頭を乗せた、所謂『膝枕』をしていた。
いつもなら迷宮区にこもって攻略を進めているのだが、今日外に出た瞬間にその気が失せた。
今日はもう攻略は休もうということになり、今現在に至る。
最初は二人並んで寝ていたのだが、ティアはジェネシスが寝落ちするのをじっと待ち、彼が眠った瞬間自身の膝の上に彼の頭を乗せたのだ。
「……ふふっ、普段はあんな目つきなのに、寝顔だけは可愛いなぁ本当に」
ティアは滅多にみられない貴重なジェネシスの寝顔を見て思わず笑みをこぼした。いつもなら自分が目覚める時には彼は既に起きており、寝顔を見られたことに対する少しの悔しさと、また彼の寝顔を見れなかったという無念さが残っていたが、今日ようやく、しかも真上から彼の寝顔を拝むことに成功し、ティアの内心は歓喜で溢れていた。
ティアはゆっくりと、左手でジェネシスの顔に手を添え、右手でそっと頬を撫でた。
その光景はまるで、膝の上で眠る子供を慈しむ母親のようだった。
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ジェネシスは夕方までティアの膝の上で熟睡していた。
「……ん」
ふと、ジェネシスはゆっくりと瞼を開ける。
「あ、起きた?」
目が覚めたジェネシスに気づいたティアが真上からジェネシスの顔を覗き込む。
「……おー……ティア、俺どんくらい寝てた〜…?」
「もう夕方だよ?ホントによく寝てたね」
まだ寝ぼけて呂律がはっきりしないジェネシスだが、に対し、ティアが呆れたような笑顔で返す。
するとジェネシスは今の状況をなんとなく察したのだろう。
「なーティア〜、これって〜……」
「うん、膝枕。寝心地はどうだった?」
「あーサイコーまじ。もうすこし寝ててぇ〜」
「だめだめ。いい加減起きないと」
ティアにそう促され、ジェネシスはゆっくりと起き上がる。
体を伸ばして欠伸をしてから
「ふぁ〜〜っ……あー、何とか目ぇ覚めたわ。悪りぃな、俺だけ昼寝しちまってよ」
「ううん、全然。寧ろ眼福でした」
ティアは満面の笑みで返す。
「はぁ?何だそりゃ……まあいいわ、とりま飯にしようぜ。なんか奢るからそれでチャラにしてくれや」
「えへっ、やった♪」
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彼らは普段過ごしている六十層で夕食をとった。
ティアはカルボナーラ、ジェネシスはナポリタンというイタリアンな夕食だった。
レストラン内で「あれって『白夜叉』じゃね?」「やっぱ美人だなぁ〜」だの、「一緒のやつは『黒の剣士』か?」「あんな美女と……爆発しろ!」などと言う声が聞こえたが、彼らは気にせず過ごした。
余談だが、ただでさえ女性プレイヤーの少ないアインクラッドの中でも、ティアはトップ3に入るほどの美女だ。
15歳でありながら大人びた顔にグラドル顔負けのスタイル、穏やかな表情、そして最前線の戦闘で見せる洗練されたスタイリッシュな戦い方。それら全てがティアの魅力を世に知らしめていた。故に彼女と常に共に過ごすジェネシスは日頃から嫉妬の目を向けられ続けたが、当の彼は全く気にしない。
「しっかし、随分と人気者だなティア」
「あはは…なんか、アイドルとか女優の気持ちが今ならよく分かるよ」
ジェネシスの言葉にティアは苦笑しながら答える。
「……でも、ジェネシスだって一部じゃ凄く人気者なんだよ?」
「はぁ?一部で?どんな奴だよ」
「そ、それは…その……」
ジェネシスがそう聞き返して来るが、ティアは目を背けた。
ティアの頭に思い浮かぶのは、以前助けた二人の少女。
「(まあでも……負ける気も、久弥を渡す気も無いけどね)」
ティアはそう思いながらほくそ笑んだ。
「おい、何ニヤついてんだ?」
「えっ、ああいや、なんでも無いよ?」
ジェネシスの一言でティアの意識は引き戻された。
「さて、晩飯も食った事だし、さっさと帰るか」
「帰るのはいいけど、ちゃんと寝れるの?」
「布団に入りゃ自然と寝れるさ」
そう言ってジェネシスとティアは立ち上がる。
しかしその時、二人の元にある人物からメッセージが届いた。
差出人はキリト。二人はそれを読んで目を丸くした。内容は……
「……え?」
「《圏内事件》だぁ?」
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ジェネシス達が向かったのは、五十層にある雑貨屋。
ここはとある人物が経営している店だ。
人混みを抜け、目的の店のドアを開く。
「おーう、来たぞエギル」
カウンターには誰もいなかったが、ジェネシスが呼びかけた事で中から巨漢の黒人男性が現れた。
「よお、ジェネシスにティアじゃねえか。待ってたぜ」
「ああ。ここにキリトが待っているとメッセージを受けてな」
ティアがそう言うと、エギルは店の中に促す。
中の部屋には彼らを呼び出した少年、キリトと……
「おやおや、こりゃどう言う風の吹き回しだ?血盟騎士団の鬼の副長さんが、なんでこんなのと一緒にいるんですかねぇ?」
白と赤の装備に身を包んだ栗色の長髪の少女、アスナだった。
アスナはいかにも不機嫌そうな目でジェネシスを睨んだ。
「私も事件を見てたからに決まってるでしょう!貴方ねぇ、その人のカンに触る口の聞き方どうにかならないの?」
「無理だな、諦めろ」
ジェネシスが即答し、アスナは「ぐぬぬ……」と歯軋りしながらジェネシスを鋭い目つきで睨んだ。
「そんな事より、今日お前達が見たものを私たちに教えてくれないか?」
「ああ、そうだな」
ティアの提案にキリトは頷き、話し始めた。
今日、訳あってキリトとアスナの二人は夕食を共にすることになったのだが、その時に女性の悲鳴が響いた。
外に出ると、教会の壁に一人の重装備の男性が槍で貫かれた状態で吊るされていた。
キリト達は救出を試みたものの間に合わず、その男性は消滅してしまったそうだ。
ちなみにその時、犠牲者の男性『カインズ』の知り合いを名乗る女性『ヨルコ』から少し話を聞くことができ、明日もう一度詳しく尋ねると言うことだった。
「……決してデュエルによるものでは無い、それは間違い無いのか?」
「ああ。それは断言できる。少なくともあの時、デュエルのウィナー表示を見た人はいなかった」
ティアの問いにキリトは頷いた。
ジェネシスはテーブルに置かれたものを手に取った。
「……で、こいつが凶器ってか?」
「ああ。武器カテゴリーは槍で、PCメイドの一品だ。名前は《ギルティソーン》、作成者は『グリムロック』」
ジェネシスはキリトの説明を受けながら槍を見た。
三十センチくらいのグリップに赤色の刀身が付いており、その刃には数本の棘が付いている。見たところだと、槍と言うよりは長剣に見えなくも無いものだった。
「一見何の変哲も無いただの槍なんだがなぁ〜……本当にこれで死んだのか?」
「間違い無いわ。カインズさんはこれに貫かれていたんだもの」
アスナがそう答えるが、ジェネシスは納得出来ていない表情だ。
「……なあ、本当に死んだのか?カインズってのは」
「どう言う意味だ?」
ジェネシスの呟きにキリトが反応した。
「いや、例えばだけどよ?武器をぶっ刺したまま圏内にいたら、HPは減らねえけど防具の耐久値は減ってて、カインズって奴は防具が消える瞬間にどっか適当な場所に転移した、とか考えられねぇか?」
その瞬間、キリトとアスナは目を丸くした。
「そうか、武器が壊れる瞬間のエフェクトは、死亡のそれと同じ……もしそのタイミングで転移をしたのなら、限りなく死亡のエフェクトに近いものになる!」
「じゃあ、カインズさんは生きてるってこと……?」
キリトとアスナがそう言うが、ジェネシスは待ったをかけた。
「落ち着け、まだ仮の話だ。
まあ、ちょっと試してみるか?」
ジェネシスの言葉に3人は頷き、一先ず外に出た。
途中武器屋で適当な防具を購入し、ジェネシスがそれを身につけた。
「さあ、実験を始めようか」
「…それ、何のセリフ?」
ジェネシスが少しキメ顔で言ったセリフにアスナが微妙な顔をして尋ねた。
「気にすんな。よし、そんじゃ行くか」
ジェネシスはギルティソーンを右手に、転移結晶を左手に持った。
「あ、そうだ。ティア、万が一用に……」
「回復結晶だろう?もう準備してある」
ジェネシスが言い切る前にティアが右手に持った緑色の結晶アイテムを見せた。
「おっ、わかってんじゃねえか」
「当たり前だ。お前の考えていることなど手に取るように分かるさ」
ティアとジェネシスは見つめ合いながら笑った。
「……あの、そう言うのいいから早くしてくれない?」
アスナがもううんざり、と言う表情で言った。
「へいへい分かりましたよ。そんじゃ行くぜ」
ジェネシスは右手の槍を逆手に持ち、腹部あたりに構える。
ティアは少し不安そうな顔で見つめる。
「3…2…1…ドン!」
カウントと同時に、ジェネシスは短槍を勢いよく突き刺した。赤い血飛沫のようなエフェクトが発生する。
ティアは結晶をギュッと握ってそれを見守った。
「ど、どうだ…ジェネシス?」
キリトがおずおずと尋ねる。
「……うん。HPは何ともねぇわ。ただやっぱ防具の耐久値はどんどん減ってんな〜」
ジェネシスは耐久値を見ながらそう呟いた。
「あ、そうだ。ついでに始まりの街まで行って、生命の碑を見てくるわ」
「ああ、そうだな。頼む」
そして、間も無く防具の耐久値がゼロまで近づいた。
「うし、んじゃ行くぞ……“転移 はじまりの街”」
その瞬間、ジェネシスが消えるのと同時に、防具が破壊された。
「……っ」
ティアはその光景に悲痛な表情になった。
死ぬはずがないと彼は言っていたものの、愛する人が死ぬエフェクトに包まれる光景など、ティアがこの世で一番見たくない光景だ。
いや、もしかしたら今のは本当に死亡エフェクトだったのでは無いか、彼は本当に死んでしまったのでは無いか、と言った不安が一気にティアの頭を覆った。
瞳孔が開き、徐々に心拍数が上がり、呼吸が荒くなる。
苦しさでティアは胸を押さえた。
「ティアっ!」
するとキリトがティアの両肩を掴んだ。
「落ち着いて、フレンド登録画面から、今のジェネシスの場所が見られるだろ?」
キリトがそう言って、ティアは慌てて右手を振ってメニューからジェネシスの居場所を見る。
彼はやはり、はじまりの街にいた。
それを見て安心したのか、ゆっくり息を吐いてティアはへたり込んだ。
「帰ったら……説教だな……」
荒れた呼吸をゆっくり整えながら、ティアは呟いた。
その様子を見ていたアスナがキリトの方を向き
「ねぇ、ティアさんとジェネシスって……」
「ん?ああ、付き合ってるぞ。知らなかったのか?」
キリトがあっけらかんと答える。
「え……?えええぇぇーーーーっ?!!」
〜数分後〜
転移門が光り、中からジェネシスが現れた。
「おう、戻ったぜ」
ジェネシスは手を振りながらキリト達の方へ歩く。
「っ!」
その瞬間、ティアはジェネシスに抱きついた。
「お、おいおいティア……人前だぞ」
「……ばか」
ジェネシスは困ったような顔で引き離そうとするが、ティアは腕の力を強めてギュッと抱きつく。
「ジェネシス、しばらくそのままにしてやってくれ。お前が消えたのを見て、彼女はパニックになったんだからな」
「マジでか」
キリトの言葉にジェネシスはギョッとした。
その後、少しティアの方を見つめ、
「…ああ、悪かったよ。けどこれは必要なことだったんだ。勘弁してくれや」
「……しばらく、このままで」
「へいへい」
そのやり取りの後、ジェネシスはキリトの方を向く。
「んで、実験の結果はどうだった?」
「ああ、お前の言う通りだったよ。まあティアを見てくれたら、お前もよく分かるだろうけど……」
「ああ、よく分かった。俺の仮説は立証されたってことだな。ちなみに、生命の碑にはカインズの名前に横線はなかったぜ」
「なら、やっぱりカインズさんは生きてるのね……でも、それならどうしてこんな事を……」
アスナが顎に手を当てながら考える。
「ま、それは明日ヨルコって奴に聞けばいいだろ。とりあえず、今日のところは解散しようぜ」
「けど、ヨルコさんにはなんて伝えようか?カインズさんが生きてる事……」
アスナのつぶやきに、キリトは考え込むが、
「いや、その事は敢えて伏せておけ」
「えっ?」
ジェネシスの言葉にキリトは目を見開いた。
「十中八九、ヨルコとカインズの二人はグルだ。圏内殺人なんて大掛かりな演出をするなら、それなりに目的があるはずだ。
こちらがトリックに気づいた事を知られたら、向こうは何としても隠すはずだ。それならこちらも敢えて何も知らないフリをするんだ。そして、向こうがボロを出すのを待つ。これが手っ取り早い」
ジェネシスの意見に二人は納得し、とりあえず明日の集合時間と場所を確認し解散となった。
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〜翌日〜
NPCレストランの一角に、五人の人間が集まっていた。
キリト・アスナが座り、向かいにはヨルコが座る。
そして窓際にジェネシスとティアが3人を見下ろすように立つ。
「…あの、この人達は……?」
ヨルコがジェネシスとティアの二人を見て尋ねた。
「ああ、事件解決に協力してくれるジェネシスとティアだ」
ヨルコはキリトの紹介を受け、ジェネシス達に会釈をする。
「ま、よろしく頼むわ。
さてヨルコ氏、唐突で悪いんだが…グリムロックって名前、聞いた事ねぇか?」
ジェネシスがフランクな態度で尋ねると、ヨルコは目を見開いた。
「はい…知っています。昔、私とカインズが所属していたギルドのメンバーです」
キリト達はそれを聞いて目を見合わせ、今度はキリトが尋ねた。
「実は、昨日の事件で使われた短槍の製作者が、グリムロックって人だったんだ。心当たりはあるかな?」
ヨルコはしばし沈黙していたが、やがて口を開いた。
「はい…あります。昨日お話しできなくてすみません。
忘れたい、思い出したくない出来事があったので……でも、お話しします」
そこで一度目を伏せ、
「それが原因で、ギルドは解散したんです……」
目を開いてそう言った。
そしてヨルコは話し始めた。
ヨルコとカインズの所属していたギルドの名は《黄金林檎》。
彼らは半年前、偶々倒したモンスターがドロップしたAGIを20も引き上げる指輪をどうするかで意見が割れたらしい。
出た意見は二つ。『売却してその金をギルドで山分けする』のと『ギルド内で使用する』というものだった。
結果は5対3で売却。
リーダーのグリセルダという女性プレイヤーが、指輪を競売にかけるため一泊の予定で出かけた……しかし彼女は帰って来ず、後に死亡していた事が分かった。
「そんなレアアイテムを抱えて圏外には出ないよな……睡眠PKか?」
「そうね……半年前なら、手口が広まる直前だしね」
睡眠PKとは、圏内で眠るプレイヤーの手を勝手に操作し、全損決着デュエルを申し込み一方的に嬲り殺すというものだ。
「ああ、だが偶然とは考えにくい。犯人はグリセルダさんがレアアイテムを持っていた事を知っていたプレイヤー、つまり……」
ティアがそう考察し、
「黄金林檎の、残り7人の誰か……」
ヨルコが代わって続けた。
「そん中でも怪しいのは、反対した3人だな」
「指輪を売られる前に、彼女を襲撃した…という事か」
ティアが疑問符を浮かべる。
「ああ、恐らく。グリムロックさんと言うのは?」
キリトが頷き、ヨルコに尋ねる。
「彼は、グリセルダさんの旦那さんでした。勿論、このゲーム内の、ですけれど。
お二人共、とても仲が良くて、凄くお似合いの夫婦でした。もし昨日の事件の犯人がグリムロックさんなら、彼は指輪の売却に反対した3人を狙ってるのでしょうね……」
そこで一度区切って、
「……反対した3人のうちの二人は、カインズと私です」
ヨルコの言葉に四人は目を見開いた。
「んじゃあ、あと一人は?」
ジェネシスが問う。
「シュミットという男です。今は聖竜連合にいると聞いています」
ヨルコの答えにジェネシスは「あー」と呟いた。
「あいつか、あのでっかいランス使いの」
「あの、シュミットに会わせてくれませんか?彼は今回の事件を知らないかも……もしかしたら彼も、カインズのように……」
そこまで言って、ヨルコは口を閉ざした。
一瞬の静寂の後、アスナが提案する。
「シュミットさんを呼んでみましょう。聖竜連合には知り合いがいるから、本部に行けば何とかしてくれると思う」
キリトもそれに頷き、
「ああ、頼む。一度ヨルコさんを宿屋に送ろう」
ヨルコもそれに頷いた。
その後、彼女を宿屋に送り届けたあと、転移門広場に向かうため中心街を歩いて行く。
「なあ、ジェネシス。お前はこの事件をどう見てる?」
不意にキリトが尋ねた。
「ま、恐らくヨルコ氏達がやりてぇのは、半年前の指輪事件の犯人をあぶり出す事で間違いねぇな。多分あの二人は、シュミットが怪しいと踏んでるみてぇだ」
ジェネシスの意見にティアが続く。
「ヨルコさん達の狙いは、圏内殺人という大掛かりな演出によって、幻の復讐者を作り出す事。だとしたら、次に死亡を演出するのは……」
「……ヨルコさんか!」
キリトが何かを察して叫んだ。
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ジェネシス達に連れてこられたシュミットは、宿部屋の椅子で貧乏揺すりをしながら終始落ち着かない様子で座っている。
その向かいに座るヨルコは、落ち着き払った態度で座っている。
部屋の中を重い空気が支配する中、不意にシュミットが切り出した。
「……グリムロックの武器でカインズが殺されたというのは、本当か?」
「……本当よ」
ヨルコは落ち着いた態度を崩さず、静かに答えた。
ヨルコの言葉にシュミットは目を見開く。
「なっ!なんで今更カインズが殺されるんだ!!
あいつが……あいつが指輪を奪ったのか?グリセルダを殺したのはカインズだったのか?グリムロックは売却に反対した3人を全員殺すつもりなのか?俺や…お前も狙われているのか?」
怯えた表情で捲し立てるシュミットに、ヨルコはまた静かな声で告げた。
「グリムロックさんに槍を作ってもらった他のメンバーの仕業かもしれないし、或いはグリセルダさん自身の復讐なのかもしれない……」
そして一呼吸置き、
「だって、幽霊じゃなきゃ、圏内で殺人だなんて不可能だもの……」
その言葉でシュミットは絶句する。
だがジェネシスは嘆息した。彼、いや彼らは圏内殺人のトリックを既に解明しているからだ。
そんな彼らを他所に、ヨルコは立ち上がる。
「私、昨日の夜寝ないで考えた……結局のところ、グリセルダさんを殺したのは私たちメンバー全員でもあるのよ!
あの指輪がドロップした時、投票なんかしないでグリセルダさんの指示に従えば良かったんだわ!!」
半狂乱気味に叫ぶヨルコに、シュミットは言葉が出てこない。ジェネシス達も、静かだったヨルコの豹変におそらく演技だと分かってはいても少し圧倒された。
「あの時、グリムロックさんだけは……グリセルダさんに任せると言ったわ。だからあの人には……グリセルダさんの敵を討つために、メンバー全員を殺す権利があるのよ……」
力ない声で言いながら、ヨルコは空いた窓辺へ下がっていく。
「冗談じゃない……冗談じゃないぞ!なんで今更!!半年も経ってなんで今更そんな事!!
お前はいいのかよヨルコ?!!こんな訳の分からない方法で、殺されてもいいってのか?!!」
シュミットはガタガタと鎧を震わせながら立ち上がり、凄まじい剣幕でヨルコに詰め寄ろうとするが、ジェネシスがそれを制した。
その直後、ヨルコは目を見開き、よろめいてその背中を露わにした。
彼女の背中には投げ短剣が深々と突き刺さっており、そのまま窓から落下し地面に落ち、そして消滅してしまった。
(うん、知ってた)
だが四人は全く動じることなく、その光景を見ていた。
アスナは落ち着いてメニュー欄からフレンドの居場所確認機能でヨルコの居場所を探し、見つけると、安心したように息を吐いて椅子に座った。
お読みいただきありがとうございます。
今回、原作及びアニメの展開からは大きく異なるストーリー展開にしました。
相違点としては、原作では圏内殺人のトリックを追っていたのに対し、本作では全ての原因たる指輪事件の真相を追う展開となっております。
次回もよろしくお願いします。