アクグラはいいぞ
「ああ、間に合わなかったか」
私はいつも通り当直が終わってから射撃場に来て射撃を楽しんでいた。雨が降る予報だったため早めに切り上げるつもりだったんだが……予報より雨足は早かった。射撃場正面玄関の軒先から空を見上げる。
「しかも結構強く降ってきましたね」
私の横で右腕に抱きついてきたアクィラが呟く。彼女も一緒に来て私より早く帰ると言っていたが私の片付けが終わるまで待っていてくれた。
「別にアクィラは先に帰ってよかったんだぞ? 私を待っていなくても……傘も無いんだし 」
「んん、一本ぐらいあると思ってました。あったらグラーフとあいあい傘できたのに……」
「服装規定が、おい待てやめろ、胸を腕に押し付けてくるな」
右腕に感じる柔らかいものを離そうとアクィラの左肩を押す。渋渋彼女は腕を解放してくれる。私を惑わす胸からは外れたが、今度は手を握られた。
「アクィラ」
「いいじゃないですか、ちょっとぐらい」
……まあいいか。一向に止む気配のない雨に包まれる基地を見ながらそう考えた。
やがて雨は弱まるどころか強くなって軒先にいる私達に跳ねた雨粒がかかってくる。ふと思いついたような顔をしたアクィラが尋ねてきた。
「秋雨前線が来てるんでしたっけ?」
「ああ。確かそうだ。南から来た暖かい湿った空気と北から来る冷たい乾いた空気がちょうどここら辺でぶつかっているから結構降るらしい」
ふーんと、自分から聞いてきた割には興味無さげに返事をしてきた。全く、もう……。
しかし、ここはちょっと寒いな。一度中に戻ろうかと考えアクィラの方を見る。
「アクィ……」
普段は見ない神妙な面持ちで降りしきる雨を見つめていた。普段の明るさは唸りを潜め、薄く開いた唇と遠くを見る細めた目が冷ややかな表情を作り出している。その表情を見た瞬間、私の顔が赤くなるのを感じた。心臓が波打ち苦しくなる。
じっと見つめてしまっていたのだろう。私の視線に気がついたアクィラがいつもの明るい表情で微笑んだ。
「どうしたんですか、グラーフ。そんな顔しちゃって」
「な、なんでもない」
凄く恥ずかしい。本気で。視線を逸らして帽子の鍔を下げて目元を隠した。っく、見たことの無い表情に惚れ直してしまったなんて言えるわけがない……。ああ、本当に、本当に美しかった。
「あのー、グラーフ?」
「なんだ?」
「もうちょっと握る力を緩めてくれないですか?」
そう言って彼女は右手で握っている手を指さしてくる。
「っ、すまない。大丈夫か?」
「ちょーっとだけ、痛いですけどグラーフの力強さをしっかりと感じられました」
「アクィラ……」
琥珀色の彼女の瞳が私をしっかりと捉えている。私の鼓動はさらに激しくなるが、今度は視線を逸らさない。向かい合ってほんのりと赤く染まった彼女の頬に左手を添える。こそばゆいのか少しだけ声を上げ私の首に手を回してきた。
互いの瞳に顔が映るほど近づいて唇を──。
「んん゙!」
急に誰かの咳払いが聞こえて私は跳ね上がった。慌てて周囲を見渡すと傘をさしているサラトガと北上が私達の目の前にいた。咳払いしたのは北上の方だ。
見られた──さっきのなんか比じゃない程顔が急激に赤くなるのを実感する。
「いや、その、えっと」
「ハハハ……」
何か言い訳しないと……えーと。頭が真っ白になって何も考えられない。帽子で顔を隠すのが私ができた唯一の事だった。
「いやあ、ちび共がグラーフさんとアクィラさんが大雨で動けないって言っているから傘を持ってきてあげたけど……いらなかったかな」
「サラも降ってきてから二人が傘を持って行ってないことを思い出して届けに来たけど、お邪魔だったようね」
帽子の影からチラリと彼女達を伺うと二人の手の中に傘が収まっていた。復活の早かったアクィラがいつもの調子で答える。
「Grazieです。ちょうど動けないし、雨も止みそうにないで困ってたんです〜」
傘を受け取ろうとアクィラが手を伸ばすが……二人して一歩下がった。北上が意地の悪そうな顔をしたあとニヤニヤしながら口を開く。
「おサラさん、こういうのをアクグラタイムって言うんですかい?」
「ええ、そうですよ。えーと、北上様。このアクグラタイムはいつどこでも発生して周囲を甘く察せる効果があります。これを見た時はブラックコーヒーでも飲みましょう」
「そうですか、そうですか。では、戻ったらとびきり苦いブラックコーヒーを飲みますか」
それじゃあ、と言って二人は立ち去ろうとする。色々と突っ込みたいし言い訳もしたいが、とりあえず私は帽子を直して二人を引き止める。
「ちょっと待ってくれ。その……傘をくれないか」
「おっと、うっかり忘れてたわ。はい、どうぞ」
「……一本だけか?」
「だってあたしはこのあと元々おおいっち迎えに行くつもりだったし、こんなの見せられた後じゃあ渡す気にならないし。それじゃあごゆっくり〜」
「おい、待て、サラトガ! 北上!」
アクィラも傘を貰おうと声をあげるが、必死の抵抗虚しく、二人は立ち去ってしまった。大雨の中、私とアクィラ、傘一本だけが取り残される。
「はぁ、ったくあいつらと言ったら……」
「まあまあいいじゃないですか。グラーフとあいあい傘できますし」
「む……」
アクィラとあいあい傘……か。とりあえずあの二人には今度英国艦監修の元でうなぎのゼリー寄せを食べてもらうとして、考えてみると悪くないな。誰かに見られなければいいがこの雨じゃあ警備隊以外は外に出る気にすらならないだろうし、いいかもしれない。
「ほら、アクィラ。一緒に行くぞ」
「グラーフ、私が持ちまーすー」
「アクィラが持つと私が屈まないといけないからダメだ」
「酷い、遠回しにチビって言ってますね!」
「何もそこまでは言ってないだろう。流石に宿舎まで屈んだ姿勢で行くと腰が死んでしまう」
「いいや、言いました。もう、だったら今夜ベットの上で──」
「明日早いんだからやめてくれ……」
酒がないとアクィラの方が攻めてくるから辛いところだ。サラトガから貰った傘を開くと思ったより小さかった。敢えて小さいのを選んだかと疑いたくなるぐらいに。しかもうっすらとだがハートが幾つもデザインされている。……後でシバく。
「濡れてもいいなら私だけ傘をさして先に帰ろうと思うんだが」
「むむむ。……グラーフが持ってていいですよ」
「ほら、こっちにこい。ちゃんとくっつかないと濡れるぞ」
怒ってる顔が可愛いアクィラを引き寄せた。体を密着させてやっと二人の体が傘の中に収まる。大雨の中、私達は慎重に宿舎へと歩み出した。
歩き出してから急にアクィラが静かになって俯いている。握ったままの手を握る力が少しづつ強くなって、彼女の鼓動が早まってきた。鼓動は雨音をも打ち消して私の耳に響いてくる。
「どうした、アクィラ?」
「……」
返事がなく顔を右下に向けて覗き込むと、彼女の顔が赤かった。不満げな表情をしているが、その目は何か期待しているような目をしている気がした。
一瞬のタイムラグの後、彼女が何をしたいのか察して私の顔も赤くなってしまう。
「ねえ、グラーフ。今なら……」
「ああ」
立ち止まり傘の中で体を器用に動かし向かい合う。アクィラの両手が私の首に回され引き寄せられる。物欲しげに上目遣いで私を見てるアクィラに対して我慢などできるはずがない。
二人の唇が重なった。
あの後、私が傘を落とし、しかもその傘が壊れたため結局ずぶ濡れになって宿舎に戻った。アクィラには私の帽子とケープを渡して少しでも雨を防げればっと考えていたが効果はまるでなかった。
ずぶ濡れになった服をさっさと脱いで、二人してお風呂に入って、ガッツリやられた。本当に腰が抜けるほどされるとは思っていなかった……。
次の日には雨が上がり、天気予報では降らないと言っていたが私はいつ降っても大丈夫なように折り畳み傘を持ち歩くことにした。もうあんなことは懲り懲りだ。
なおサラトガは私の、秘書官代理の権限で仕事量を三倍にした上、ウォースパイトにうなぎのゼリー寄せを振舞って貰った。北上は謝りに来たため許した。大井を怒らせたくないしな……。
そしてアクィラは雨が降るたび私とあいあい傘をしようとせがんでくる。できる限り断っているが……濡れなければ偶には良いかもしれない。雨の日の楽しみがまた一つ増えた。
アクグラはいいぞ、最高だ。何が素晴らしいって全てが素晴らしい。尊死。
あらすじでも書いたように雨合同と同じ世界線で今回のは合同二作目の数年前です。つまりこの二人はいずれ……。
ストックが増えしだい投稿します。今は別の世界線のアクグラと別のところで使う予定のアクグラ書いてるので次回投稿は未定です。煽ってくるスマホのキーボードに耐えながら頑張る。
アクグラはい(ry