Q.穂村尊は陽炎であったか   作:鈴近

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番外の遊作視点 成人式の話
モブ度高め


佳き日

 二年前の十二月。遊作は二十歳で、大学生だった。

 二年前の十二月。彼は二十歳で、すでに警察官だった。

 

 

「なあなあ、成人式は袴にする? スーツにする?」

「おれ袴~。代々伝わる紋付きを着ろってじいちゃんが」

「じいさん気合入ってんな!? 俺はスーツ。入学式に着たっきりのがあるし」

 

 基礎演習のクラスメートたちががやがやと騒いでいる。

 成人式か。自分には関係のない話だな。そう思って、遊作はぼんやりと壁にかかったアナログ時計の秒針を見ていた。彼らとはそれなりに話すし、付き合いもある。たぶん友達ってやつだ。自然とそうなった。自然とそうできた自分にとんでもなくびっくりしたものだが、案外うまくやれている。

 遊作が、ずっといいものなんだろうなと遠巻きに見ていた人間関係は、中に入ってしまえば「なんだ、こんなものか」と拍子抜けしてしまうくらいにはあっけなくて、儚い繋がりだった。他人と自分は違うもので、交わることなどないと思っていた思考の狭まりは視線の先にある対象を美化していたらしい。

 三人のうち一人が大げさにのけぞってみせる。椅子の後ろ脚に体重を乗せて揺れる様は高校で見たものとそう変わりがない。遊作はちょっとだけぎょっとしつつ、前の席の背中を小さくにらんだ。

 高校生と大学生の違いは思っていたよりもない。まあ、そんなものだろう。半年かそこらで変わるものは、ふつうはそんなにないものだから。遊作の周りが激動に満ちていただけだ。さながら、Aiが文字通り台風の「目」だったかのように。

 

「えー、そこはレンタルでもなんでもやりようがあるだろ! せっかくだし袴着よーよ! 藤木は?」

「えっ」

 

 当然のように話題を振られて、反射的に遊作は首をすくめた。これが課題をやってきたかとか、レポートの進み具合はどうかとか、来週までにレジュメをうまいこと作ることができるか、なんていう勉強絡みの世間話ならなんとでもなった。けれど、今回は遊作にツキが回ってきていなかった。

 成人式。大人の仲間入りを祝うもの。庇護される未成年から、庇護する側の成年へ橋渡しをする儀式。噂では、スーツや紋付き袴などのちょっといい晴れ着を着て、ここまで育ててくれた親に感謝するような催し。

 さっきまで自分にはまったく関係ないと思っていたものは、「ふつう」なら気にして当然のものだったらしい。遊作は少し焦る。あんまり黙り込んだりしたら心配させてしまうし、人の輪から浮いてしまう。もう遊作には繋がりを拒絶する理由がないし、拒もうとも思っていない。けれども「ふつう」を装って、そのまま振る舞うというのは案外難しいものだった。遊作は大人しくて目立たない、無害なクラスメートを装うのは得意だったけれども、数人のグループでつるんで話を合わせるという、同調圧力の中でうまく泳ぐ術を未だに体得できていない。こういうところが陰キャと小突かれる所以なのだろう。しかし遊作には遊作の言い分があるので、「興味がなくて面白くもない話にニコニコ合わせる方がどうかしてる」と仏頂面を晒すしかないのだ。

 若干まごつきながら、「考えてなかった」と素直に遊作は白状した。

 

「え、式出ないのか?」

「……まだ決めていない。案内のメールは来ていたと、思う」

「そっか。出るにしても出ないにしても、予約するなら早い方がいいぞ」

「そうそう。シーズンはどこも混むうえに着付けとかいろいろあるしぃ」

「ああいうの、小学校の学区で会場分かれるから、プチ同窓会みたいになるよな~」

「わかるわかる~」

「同窓会といえばさあ……」

 

 遊作の言葉はスルッと流して、別の話題に移ってくれたことに感謝した。ほっと息をつき、鞄からタブレットを取り出して、メールを確認する。記憶通り、成人式のお知らせはメールボックスにあった。

 何気なく「なんで?」と深く突っ込まれてしまうともうなにも言えなくなる。残るのは気まずさだけだ。彼らもそれをわかっていて遊作と付き合っていてくれているから、もう慣れたものだった。そういう、些細な無関心さが遊作の呼吸を楽にしている。友達だから常に腹を割って話さなければいけないということはない。なんだかんだ高校に三年通い、大学入学もストレートで済ませたのだ。それくらいを軽くこなすだけの社交性も身につけた、はずだ。

 しかし、成人式。それに小学校の学区ごとに分けられた会場と、同窓会のような空気になる……という事実。それは遊作の気を重くするのに十分だった。

 小学生の頃と言えば、入学早々誘拐監禁記憶喪失のコンボを決めて軽く人間不信になっていた頃だ。学校は空間に馴染むまで保健室登校だったし、周回遅れで教室入りしてからも目立った思い出というものはない。当然友達もいない。教員やカウンセラーはよく遊作を気にかけてくれたし、配慮もしてもらったと思う。それでもわざわざ着慣れない晴れ着をまとい、いい思い出も悪い思い出もない小学校の同窓生と顔を合わせ、たいして顔を覚えていない市長だか誰だかのありがたい薫陶を受けたところで……と考え込んでしまうものだ。

 憂鬱に顔を歪ませる遊作とは裏腹に、ネットワークでのびのびやっているAiが興味を示しているのが手に取るようにわかる。遊作は内心ため息を吐いた。あいつのいいように事を運ばれる前に手を打たなければならない。ただでさえ気が乗らないのに、Aiのお祭り好きが絡むと余計厄介なことになる。

 

 Aiの蘇生をきっかけに、二人を繋ぐリンクセンスは強度を増していた。今となっては軽度の感情共有は常で、ちょっと感情が高ぶったり体調が悪くなったりすると、視界がジャックされたかのように二重がかることもある。もとより遊作から生まれた存在であるAiが、遊作といくらか同期していたところで、前例がない以上「そんなものか」と軽く流すほかない。自分はリンクセンスをネットワークのなにかを感じるものと定義づけ、名前をつけて納得させてきたが、真相なんて実験を繰り返さなければわからないことだ。それに遊作に検証実験をする気はまったくない。

 そして、事が全部済んだ今となっては、遊作がネットワークを通して感じていたのはAiやイグニスが潜伏し、ばらまいていた複数の視線だったのではないかと推測がつく。すべての不可解な出来事はイグニスを始点としているのだ。ネットワークの中に紛れたイグニスたちの気配を察するという能力は了見にもあるし、あそこの研究施設に同時期にいたということは一種のサイコメトリ的超能力を遊作たちに与えたのかもしれなかった。

 そう考えれば、尊が不霊夢を付喪神やおばけと勘違いしたことと、彼が暗闇の中にいるよくわからないものが苦手なのも結びつけることができる。半端に開いたリンクセンスがネットワークの中のさざめきと同期していたら、それこそオカルト方面のものとも接続して交信していた可能性がありえてくるからだ。今は不霊夢が近くにいるから、リンクセンスが本来ペアリングしている不霊夢を探して手あたり次第なにかに接続するということもないだろう……というのが、不霊夢の主張だった。尊当人はよくわからなさそうに頷いていたけれども。

 思考が逸れた。しかし、友達のことを思い出すことができたおかげで、遊作には彼らに成人式について尋ねるという手段ができた。授業が始まるまであと五分。今の間に、尊と財前葵、返事が返ってくるかあまり期待できないが了見にもチャットメッセージを飛ばしておくとする。

 財前は、あの兄と妹に加えて家庭環境及び経済環境が考慮に入るし、アバターのシリーズを見た限り青を好んでいるようだ。青い振袖を着て式に出るのが想像に容易い。華やかな振袖を纏った彼女が杉咲美優と並んで微笑んでいる姿が、瞼の裏に浮かぶようだ。

 尊はどうだろう? 彼の家族が晴れ姿を見たいと望む気持ちはよくわかる。不霊夢だってそうだろう。しかし式に出る場合は住んで長い今の地元の方なのか、六歳までいたDen Cityの方になるのか。今年の冬休みは長く帰るのだろうか。どちらにせよ、尊本人に聞かなければわからないことだ。

 了見は、「犯罪者の我々が足の着くようなことをすると思うか」くらいの嫌味を飛ばしてきそうだが、そのくせ今年のスペクターの成人祝いはきっちりしているのだろう。その三分の一くらいの優しさをこっちにも分けてほしい。気づけば了見は尊と仲良くなっていたし、財前とは街ですれ違えば挨拶する程度の当たり障りない間柄に落ち着いている。あれから四年経っているというのに未だ彼との関係にまごついている自分が情けないし、踏み込んできてくれない了見がもどかしい。了見とどういう関係になりたいかというと、もちろん友達なのだが、欲を言えば親友の座も狙ってみたいところなのだが、「友人」と言って差し支えない存在が複数できた今でも「トモダチ」というものはよくわからない。非常に度し難い。結婚は入籍してしまえば社会的契約ができるのに、恋人だとか友人だとか、人間関係というものはどれもひどく曖昧だ。あるかないかの極端思考では測りかねる。

 そうやって迷っていたから、遊作はもう一人にメッセージを送りそびれてしまった。

 

「よっ」

「■■」

 

 軽く片手をあげて現れた彼は、黒のトレンチコートにマフラーを合わせてすっかり冬支度だ。よく見ると耳が赤くなっている。冬に見る彼はいつもどこかしらかじかませているので、寒がりなのだろう。

 

「注文は?」

 

 トングを片手に遊作はキッチンカーから身を乗り出した。彼も慣れた態度で、メニューをちらとも見ずに「ホットドッグと激流ソーダのセット」と指を立てる。遊作は頷き、さっそく鉄板に油を引いてソーセージを焼き始める。その間に草薙が会計を済ませてくれるから、遊作は目の前のことに集中して、おいしいホットドッグを焼き上げようと一生懸命になれるわけだ。においと音に気をつけながら焼き目をひっくり返す。

 不意に視線を感じて顔を上げた。■■がじっとこちらを見つめている。そうしたら目が合うのは当然のことで。バチッ! と音でもなるように、視線が合った。つい遊作はたじろぐ。

 

「ど、どうかしたのか」

「ん? ああ、悪いなジロジロ見て」

「いや、気にしていない。どこか変なところがあったか?」

「いーや、んなことねーよ。ただずいぶんうまくなったなーと思ってさ。ほら、ずっと前の夏休みに入ったばかりの頃は、お前、しかめっ面でソーセージ焦がしてただろ」

 

 思い出す仕草かのように耳の横で人差し指をくるくる回している彼の言葉を認識する前に、草薙が噴き出す音が聞こえた。それをじろりと睨みつけながら、遊作は口をもごもごと動かして不明瞭な言葉を口の中に溶かしていく。

 

「……よく覚えているんだな」

 

 なんとか口にできたのはひどく無愛想で、ぶっきらぼうな台詞だった。

 

「おー、俺もちょっとびっくりした。やっぱあれかね、お前にバイト許可証の取り方の話をしたのを思い出したから?」

「えっ、あれって君が教えてくれたのかい」

 

 思わず、と言わんばかりに草薙が会話に参加する。ぱちぱちと瞬きしながらも、■■はこっくり頷いた。

 

「夏休み利用して短期の配達なんかのバイトを受けるデン高生徒はわりといましたし、生徒手帳にも載ってたんですけど、学校としては学業を優先してもらわなきゃいけませんからね。なんでかみんなバイト禁止だって思い込んでて……そしたらアナザーだのハノイの塔だのの大事件が終わったあとに、広場でふらふらしてたら同級生がバイトしてたんですもん。こいつ俺と目が合った途端に露骨に動きが鈍くなりましたからね、ああこれはバイト禁止なのに学校には内緒で働いてるってつもりなんだろうなーと思って」

「そうしたら、その場で許可の申請の話を詳しく教えてくれたんだ。すぐに申請した。……それにしても、本当によく覚えているな」

「だって面白かったし」

「なにが?」

「真剣にソーセージ焦がしてたやつが、俺を見るやいなや真顔で慌て出すってのは面白いだろ」

 

 ねえ? と振られた草薙はニコニコ頷いている。遊作は面白くないので、黙々とドッグにレタスとソーセージを挟み、ソースをトッピングした。

 こんなに寒くて、彼も寒さで露出した部位を赤くしているというのに、氷がたっぷり入ってキンキンに冷えた炭酸飲料を飲むのか。風邪を引くのではないか? そう思いつつも、客の注文にケチをつけるような無粋なことはできない。遊作は決まりきった「ありがとうございます」を言って、彼に商品を手渡した。サンキュ、と口にしながら彼も受け取る。

 

「袋は?」

「いらない」

 

 そのまま、流れるように立ち去ろうとした■■を草薙が引き留めた。

 

「せっかくだし座って食べていきなよ、時間あるでしょ? もうお昼時じゃないし」

「あー、バレました? 実は夜勤明けでさっき起きたんですよ……」

「非番か」

「そう」

 

 そう言って、あー、と■■が大口を開ける。そしてドッグにかぶりついた。レタスとソーセージが食いちぎられて咀嚼される音が響く。彼の歯がぶつかるリズムはどこか小気味よかった。

 

「昔からよく買ってくれたけど、こうして話すのは初めてだな。遊作の同級生で合ってるか?」

「ええ、まあ。高校の一年と二年が同じクラスですね。三年になってからもそのあとも、こいつはよく食事の記録を飛ばしてくるし」

「えっ」

「お前が『ちゃんと食べてるのか?』って聞くから証明しただけだろ」

「えっ」

「あの世間話にそういう対応をとるところが真面目だよなあ、藤木はさ」

 

 草薙の視線が遊作と■■を交互に行き来する。それから、彼は首をかしげた。

 

「……どういう関係なんだ?」

 

 ぺろりと彼が親指と人差し指の先を舐めとる。遊作は、彼がなんて答えるかわからなくて、どきどきしながらそのかさついた唇を見ていた。

 

「改めて聞かれると悩むんですけど……学校卒業してもほどほどにつるむ間柄っていうか」

「友達ってことでいい……のか?」

「どーでしょーねー、藤木と俺次第? 知り合い以上友達未満ってとこ。まあ言うてこいつ穂村や他のクラスメートとの方が気安いし、知らん間に女子とも親しくなってたしそんなもんじゃないですか?」

 

 小首をかしげてハッと笑う彼の横顔に、少なからず遊作は落胆する。やっぱり自分はまだ彼と、ちゃんとした「トモダチ」になれていないのだ。うすうす察していたけれども、直面すると少し切なくなる。

 彼の言う通り、これは遊作自身と彼自身の問題だった。遊作のコミュニケーションが手探りで不器用で下手なのは認めるが、なにより■■の身持ちが堅い。知れば知るほど、彼は攻略の難しい城塞のような男だった。守りを固めて撤退の構えを見せつつ、虎視眈々と盤面をひっくり返す隙を狙う戦い方が近い。きっとデュエルでも同じような手を打つだろう。

 草薙に対する当たりはかなり柔らかいが、それも彼が年上であることと、馴染みの店の主人であることが理由だろう。今だって油断なく瞳の奥を探っているのが見える。調理器具を片付けながら、遊作はため息を吐いた。休憩入っていいぞ、という言葉を受けてそのまま奥に引っ込む。エプロンを外して、手を洗ってから遊作も広場に広げたテーブル席に向かった。断ってから彼の正面に座る。

 

「そんなに当時の俺の食事は変だったのか」

「ん~? 変ってほどでもないけど……育ち盛りの昼飯とは思えねーよーなメシばっかり食ってたから、弁当作るような保護者はいなくて金もないんだろうなーとは察してたよ。思わず口挟んじまったときは、柄にもないお節介焼いたって後悔したし、藤木のことだから放っておいてくれとかお前には関係ないだろくらい言うかなって思ってたんだけど、それもなかったし」

「そういう気分のときもある。いつもとっつきづらいと思われているのは心外だ。……それに、あれから食事には気を付けている」

「そうだなー、自炊もしてるんだもんな。えらいえらい」

 

 雑な反応。遊作はムッと口を尖らせた。

 

「別に、普通だろ。キッチンがましな部屋に引っ越したら栄養管理AIが張り切り出して……正直少しうるさい」

「そりゃあご愁傷さま」

 

 くすりと溶けるような空気を揺らして、彼は目を細めた。さっきまでその手にあったホットドッグはもう消え去っている。当たり障りのない表情と、無遠慮な言葉なのに、どうしてこんなに嬉しくなるのだろう。彼と話をするのは楽しい。遊作がどんなにつっけんどんにしてしまっても、気分を害したようにはしないから。それはきっと、無関心さと表裏一体なのだろうけれど。

 

 

「ところで、■■は」

 

 一度言葉を切って、遊作は彼の目の奥を覗き込んだ。拒絶の色はない。踏み込んでも大丈夫だろうか。■■が先を促すように顎をしゃくる。腹は決まった。

 

「成人式はどうするんだ?」

 

 ■■はきょとんと目を丸くしたが、遊作の胸は達成感でいっぱいだった。財前は出席、尊は地元の会場で出席、了見からは返事が来ていない。そしてあのときメッセージを送りそびれて以来タイミングを逃して聞くに聞けなかった彼に、やっと聞けた。それだけで満足感のようなものが身体にじわーっと広がっている。つかえていたものがやっととれたような、そんな心地だった。

 

「どんな深刻な話かと思ったら……俺は今度前撮りで済ませるよ。式の日は仕事だし、同窓会に興味はねえもん」

「まえどり?」

「……わかった、お前自分には一切関係ないイベントだって全部流してたな!?」

「う」

 

 遊作は肩を竦めて小さくなった。彼はため息をひとつ。ぱんと机を軽く叩く。

 

「前撮りっていうのは式より前に袴やスーツ着て撮影すること」

「そういう手があったか……」

「俺は親戚が貸衣装と撮影スタジオで勤務してるからそこを頼るつもり。……当てがないなら紹介するけど」

「ぜひ頼みたい」

 

 遊作は力強く頷いた。食い気味に頷いたものだから、■■が勢いに押されるように若干顔をひきつらせた。

 そういう話だったらうちの弟も……と、耳を大きくしていた草薙に打診され、じゃあもういっそ三人とも同じ日にやってしまおうという話運びになった。彼が挙げた候補日のうち二つ目が偶然、遊作も仁も都合のつく日であったためとんとん拍子にスケジュールが固まっていく。集合場所はわかりやすいからとこの広場を指定され、じゃああとはまた当日。ジュゴッとソーダを吸い上げ、指定のゴミ箱に紙やカップを捨てて■■は去っていった。

 

 

 約束の日。遊作はなにを着ていくか前日の夜まで悩んでいたが、結局普段着のパーカーとジーンズで済ませて、一足先に集合場所にいた。なにを着ていこうかと悩んだところで自分の手持ちの服はどれも似たようなものばかりだし、クローゼットでかさばっているのはAiが買い集めた華美な服ばかり。悩むだけ無駄だったと寝る前には早々に気づき、緊張して眠れないという事態を避けるためにホットミルクを飲んでよく眠った。

 その結果が、ちょっと早く着きすぎてしまったかと疑ってしまうくらい閑散とした広場だった。この広場の人口密度が上がるのは夜のリンクヴレインズが中継される時間帯だけで、朝や昼は散歩をする老人や、職員に連れられた幼稚園児たちくらいしかいない。当然、草薙も店を出したところで商売あがったりなので、今の時間は他の観光地をうろうろ移動している。大学生は個人個人によって時間割がまったく異なるから、ひとりふらふらしていても特に怪しまれたりしないのがいいところだ。モラトリアム真っ只中であることを嫌でも感じる。

 今日は小春日和と言うほかないほどカラッと晴れていて、風がなければ二月上旬なのではと思うほどあたたかい。やはり太陽が出ているだけで気温は大げさなほどに変わる。はあと息を吐けば白く染まるのは、冬真っ盛りだなという感想を抱くけれど。

 ぽかぽか降り注ぐ日差しを受けながら、遊作は仁と■■を待っていた。

 

 今日はデュエルディスクごとAiを家に置いてきてある。よっぽど着いてきたければSOLtisに入っていただろうが、遊作が渋ると引き下がってくれた。今度別のことで埋め合わせをしようと思う。派手好きな彼に、自分の趣味と異なる衣装を勧められるのは勘弁願いたいし、遊作が着替えて写真を撮っているだけの時間を付き合わせるのは退屈だろう。それに今日は草薙や尊と出かけるのとは勝手が違う。■■はイグニスのことなんかこれっぽっちも知らないし、遊作とPlaymakerを等号で結ぶこともない。彼に「藤木遊作」以外の顔を見せるつもりはないのだ。

 秘密を作るなら、それは徹底的に隠すべきである。十一歳のときから、Aiの狙い通りハノイの騎士の敵対者として少しずつ動き始めたときのように、どれだけ時が経とうとも、明かす必要のない情報を他人に明かそうとは思えない。悪いことをしているわけではないけれど──いや、本当は悪いことをたくさんしたのだけれど──秘密は、秘密だ。この秘密を守ることで自分の大切な存在を守れるのなら、いくらだって遊作は沈黙を貫き通す。

 イグニスと人間の共存は、長い年月をかけて、じんわりと広がっていく方がいい。Aiたちをよみがえらせることを決めたときから、遊作はぼんやりとそう思っていた。人間が急激な変化を恐れるのと同じように、遊作も自分の日常をひっくり返されるのを厭う。リボルバー、ライトニング、ボーマンと矛を交えたのも彼らの主張があまりにも世界に対する劇薬であったからだし、Aiとの融合を拒んだのも、それが彼の孤独を癒す方法にはなりえないと判断したからだ。自他の境界を溶かしても、それはAiにとって最善の策ではなかっただろうし、遊作も最後に残ったたったひとつ、自分自身をなげうつほどあの瞬間は人生を悲観していなかった。今だってそうだ。他者と繋がり合うことによって自分は生きる喜びというものを知ったのだ。だから、もっといい方法があるはずだと思って、遊作は提案を蹴った。その結果、大事な相棒に三度目の死を体感させることになってしまったのは……それも、彼に「たったひとりのともだち」と言わしめた自分が手を下すことになってしまったのは、自分が万能のスーパーマンじゃなくて、民衆が思っているほど強く正しい英雄でもなくて、ただのちっぽけで哀れな、十六歳の子供だったからだろう。あの経験は間違いなく遊作の心を壊した。だから、無理やりにでも、首根っこをひっつかむようにイグニスたちを再構築したのだ。あの激動の一年によって得た日常。彼らが側にいない人生は、もう考えられなかった。

 大切だから、外敵の手が届かない場所で幸せに暮らしていてくれていれば、それでよかった。しかし彼らが彼ららしくあるだけで人類と敵対するか、人類に搾取されるかの事態に陥るのならば、遊作にできることはなんだろうか。三か月、Aiのデータをリンクヴレインズから回収しながらずっと考えていた。そして結局、イグニスたちに人類を好きになってもらえるように行動して、ゆっくりと人類側のブレイクスルーを起こしていくよう、人生を担保にして時間を費やしていくことだけが自分にできることだと結論付けたのだ。

 大切な隣人として愛しているから、自分が生きている限りは側にいてやりたいと願うし、手放した途端死んでしまうとわかってしまえば手放すことなどできない。遊作は、ちょっとコネがあってデュエルが強いだけの、ただの人間だ。これから先のことは未来の自分に託すしかない。それならば、もっとも望む未来を引き寄せるために今を精一杯生きて、できることを全部やっていかなければならない。そのための一手を、遊作は打ち続けている。今はネットの監視者として世界を飛び回っているハノイの騎士たちともどうにかこうにか話し合いをこぎつけることができて、パンドールと了見が行うシミュレーションを待ちながら日々の生活を送るのが遊作の日常だ。

 

 よみがえらせたばかりのAiは、「お前が生きていてくれるならおれは死んだってよかったんだよ」と泣いたけれど、遊作にできたのは「じゃあ俺が生きていくためにお前も生きるんだな」と憎まれ口を叩くことだけだった。

 長い時間をかければ幸せになれると信じていたい。鴻上博士が予見したように人類がどん詰まりで、イグニスたちが生まれるべくして生まれてきたのなら。彼らが少々オーバースペックで、速すぎる誕生が人造の神を産み落としてしまったのなら。いずれ来るブレイクスルーまで側にいてほしいと願ったって、誰に責められる謂れもないはずなのだ。

 

「遊作! ごめん、待たせた?」

 

 はっとして遊作は顔を上げた。仁と■■が並んで立ち、仁が少し身をかがめて座っている自分を覗き込んでいる。時計を探せば、待ち合わせ時間ぴったりだ。少し考え込みすぎてしまったようだった。「大丈夫だ」と軽く笑って、遊作は立ち上がる。そのまま、三人は歩き出した。

 

「身体冷やしてないか? 今日があったかいからって言ったって、お前どれだけあそこに座ってたんだよ。結構考え込んでただろ、風邪引くぞ」

「大げさだ。二十分もしていないと思う」

 

 気まぐれに伸ばされた手が遊作の片手を包む。うわっ、冷たい! そう言って仁は笑った。

 

「はい、カイロ。兄さんが持たせてくれたんだ」

 

 ポケットから取り出されたそれを受け取ると、冷えて縮こまっていた指先がほどけていくようだった。■■の言葉もそれほど大げさではなかっただろうか。確かに、思っていた以上に身体が冷えている。

 仁に礼を言って、遊作は使い捨てカイロをくしゅくしゅと握った。

 

 

 そう遠くないと言われていた通り、撮影スタジオには汗もかかない間に着くことができた。伯母と紹介された女性は■■と目元や髪色の雰囲気が似ていて、親戚というものはやはり似通っているのだなというぼんやりとした感想を遊作に抱かせた。

 挨拶をして、中に通される。事前に連絡していた通り、部屋には三人分の黒袴が用意されていた。

 

「じゃ、着付けが終わったら簡単にヘアセットして撮影ね。それにしても本当に普通のでいいの~?」

「いいんだよ! つーか女子ほどレパートリーないだろ。派手に装うほど不良化していくのもどうかと思うぜ、本当に」

「確かに、毎年新成人で暴れてる人が着るイメージあるなあ……ああいうのとか」

 

 仁が指差した先にあったのは、背中に銀糸で龍が刺繍された羽織だった。確かにあそこまでいくと尻込みする。彼の伯母は呵々と笑った。

 

「まあちょっとイケイケの子たちが選びがちではあるわね!」

「そういうやつらは自力で一式仕立てるじゃん」

「そうなのよね~……うちの商売としてはレンタルしてくれた方が稼げて助かるんだけど」

「いくら個性だ、多様化だって言ってもマジョリティに紛れて普通を取り繕ってる方が楽なんだから、商魂たくましいのはともかく、姉貴もちょっとは遠慮してくれよな」

 

 甥っ子からのブーイングに、ぺろりと舌を出して肩を竦める。それからひらりと手を振って、

 

「はいはい。それじゃあ、肌着着たら呼んでちょうだい」

 

 そう言い残して彼女は部屋を出ていった。

 

 

 遊作は、こんなにめかし込むのが初めてだった。三歳と五歳の七五三は覚えていないし、七歳の頃には施設暮らし。人に着付けをしてもらうのも初めてだし、アイラインと眉を整えるだけだがメイクまでしてもらった。彼の妹のようによく似た従姉妹から(アルバイト中だったらしい)、「ちょっとだけ、ちょっとだけだしサービスだからメイクさせてぇ……」と拝み倒されたときは本気で困り果ててしまったけれど、鏡に映った自分はずいぶんと様になっていた。晴れ着を着て、髪を若干フォーマルになるよういじって、顔の印象をキリッとさせるだけでまあ化ける、化ける。仁は「これは女の子がお化粧に夢中になるの、わかっちゃうな~」とにこにこ笑っていた。その彼だって普段の三割増しくらいきらきらしているのだから、服飾は侮れない。Aiがおしゃれにこだわる気持ちを少しだけ理解できたかもしれなかった。

 それにしても、他人になにかを委ねるという行為はとても緊張する。特に遊作は誰かに頼るということが不得手だと自認している。自分から甘えに行けるのは未だに草薙くらいだ。美容師に髪を整えてもらうだけで緊張するし、今日だって着付けの最中、メイクの最中、ずっと肩に力が入っていて、これっぽっちもリラックスできやしない。「そんなに緊張しなくても」と笑われてしまったほどで、恥ずかしくて遊作は小さくなった。■■は頭が痛いのをこらえるような表情で、「こういうの慣れてないんだから容赦してやってくれ」と、面白いおもちゃを見つけた猫のように目を光らせていた母子をとどめてくれたが。

 

「遊作、遊作、写真撮ろうよ」

「今から撮るのにか?」

 

 わくわくしながらスマホを起動させている仁を、怪訝な面持ちで見遣る。彼はぎゅっと握りこぶしを作って力説した。

 

「それはちゃんとデータもらって、印刷もしてもらうやつでしょ! 三人で撮れるのは今だけだよ、ほら■■くんも!」

「プリクラ撮りたがるJKか? まあいいけど」

「やったー! なんだかんだ押しに弱いよね」

「お兄ィはそういうところあるんですよね~。やれやれ系っていうの? なんか困ったらごねたモン勝ちですよっ!」

「こら、余計なこと言うな」

 

 にょきっと現れたぴかぴかの女子高生が口を挟んだ途端、■■がその薔薇色の頬を引っ張って台無しにする。上から抱え込むように頬肉をもみくちゃにされ、彼女はじたばたと暴れた。

 

「あ~っ、ちょっ、暴力反対~!」

「教育的指導~」

「セクハラ~~~~!」

「この距離感でそれを言ってどうにかなると思ってんのかお前は。俺に勝とうなんざ百年早いわ」

 

 絶妙なタイミングでぱっと頬から手を離して、呆れたようにぺしりと軽く頭を叩く。確かに、気安いこの距離感は、従姉妹側がセクハラと訴えたところで周囲に冗談の一言で片づけられるのが想像に易い。どれだけじゃれあっていようが仲が良いと処理されるものだろう。

 それにしても、■■は身内の前だとこんな態度になるのか。なんだか意外だ。非常に新鮮である。見知った姿とだいぶ異なる表情を見ていると、見てはいけないものを見てしまったかのような高揚感が胸の奥からあふれてくるようだ。気づけば遊作はじっと彼の顔を盗み見ていた。

 

「ほら、写真撮るならさっさとやろうぜ。草薙は自撮りでいいのか? 全身撮るならあーにカメラ任せるけど」

「あっ、そっか。三人並んで撮ろうと思ったら他の人に撮ってもらわなきゃダメだったね。お願いしてもいいですか?」

 

 ■■から「あー」と呼ばれた彼女はにかっと明るく笑う。母似の、太陽のようにまぶしい笑顔だった。

 

「もっちろんです! イケメンにバシッと撮っちゃいますよ~!! ……ねえお兄ィ、うまく撮れたらお店のブログに載せちゃダメ……?」

「ダメ。個人情報流出は許さん」

「いじわるゥ! はいじゃあお三方、並んで並んで! お兄ィスマホ借りるよっ」

「おーう」

 

 タタッと少女が距離を取り、「撮るよー」と声をかける。各々適当なポーズと表情を作り、フラッシュ、シャッター音。連続して二度目が撮られ、うんと彼女は頷いた。

 

「ちゃんと撮れたよ」

 

 どれどれ、と三人はそれぞれ小さな画面を覗き込む。三人とも少し黙ってから、最初に■■が口を開いた。

 

「ピースするの下手か?」

「あ、あまりやったことがないんだ」

「えー。じゃあこれから遊びに行くときはいっぱい写真撮るから、遊作は覚悟しててよね。ぎこちなさがなくなるまで撮るよ」

「それは、ちょっと怖いな……」

 

 小さく遊作が笑うと、仁が楽しそうに口許を緩める。その横で■■は写真データをグループチャットにアップロードしていた。

 それからは、順番に撮影をして、つつがなく前撮りは終わり。

 サンプルデータを見ていると、飾り立てられた自分は澄ました顔をしている。昔より背が伸びて、筋肉がつき、肩幅も広くなった。改めて画像という形で見るとなんだか感慨深い。

 

「施設の人たちにも見せてやったらいいじゃん」

「え」

 

 ひょこりと現れた彼は、「さすが姉貴、よく撮れてる」と呟きながら、じっと遊作の目を見た。

 

「お前がちゃんと育ったことを喜んでくれる大人、いるはずだと思うけどな。……いや、いらんお節介だった。なかったことに」

 

 注がれていた視線がふいっと逸らされる前に、遊作は食い気味に言葉をかぶせる。

 

「しない。……そうだな、■■の言う通りだ。たまには顔を出してみる」

「お前がいいなら、いいんだけど。あー、やっぱりお前らといると調子狂うぜ」

 

 がしがしと襟元を掻く彼はもういつも通りの普段着だ。もう少し袴姿を見ていたかったと、少しだけ残念に思った。

 

 

 送ってもらったスリーショットは早速草薙と尊と了見に送信した。彼らも、こうして一緒に時を重ねられたことを喜んでくれたらいいなと思う。

 それは施設の職員たちも同じことだ。遊作は扱いづらい子供だったし、自分でも施設に上手く馴染めていなかったと思う。それでも職員の人たちは遊作を軽んじたり、煙たがったりはしなかった。それが仕事だからと言えばそうなのだけれど、人間の感情は仕事で封殺しきれるほど簡単にできていない。きっとたくさん心配をかけたことだろう。自分は■■が言うほど「ちゃんと」「まっとうに」成長したとは思えないが(なんせやった違法行為が多すぎる)、それでも自分を見守ってくれていた大人たちが、遊作がこの年を迎えたことだけで喜んでくれるなら安いものだろう。

 

 空は晴れていた。雪の気配はない。遊作はこれからも、この街で生きていく。




ここまでお節介しといて数年後に「友達じゃない」ってこいつひどいな……。

これで一連の話は終わりです。お付き合いいただきありがとうございました。

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