漫画の主人公になるのは妄想の中だけでいい。 作:ロール
予告通り、諸々すっ飛ばして黒曜編に突入です。
綱吉のもとにリボーンが来てから、随分と時間が経った。
「へへん、このプリンはランボさんのものだもんね!」
「ランボだめ!それツナさんの!」
「リボーン、ママンがコーヒーを淹れてくれたわ」
「悪いなビアンキ」
「いっただっきまーす!……うんめえ!」
沢田家もかなり騒がしくなった、と綱吉は目の前の惨状を見ながら現実逃避的に思う。あらあら、と困ったように笑う奈々のメンタルを分けてほしい。
「母さん、行ってくるよ」
「いってらっしゃい、つー君」
そうしてこの賑やかさに慣れ始めている自分に、まだ気付かない綱吉だった。
◇ ◇ ◇
綱吉が家を出ると、そこにはいつもの光景が。
「おはよう、獄寺」
「おはようございます、十代目」
門の向こうから恐る恐る覗き込んでいる見覚えのある顔に、綱吉は声を掛ける。
「大丈夫、ビアンキはいないよ」
「そうみたいっすね」
隼人はほっと一息吐き、塀の影から出てくる。
隼人は毎朝綱吉を迎えに来るが、たまにビアンキが悪戯で見送りに出てくるものだから、それを恐れていつもこんな感じなのだ。
「もう9月か。早いね」
「2年になってもう半年近く経つんですね」
「色々あったからね……」
綱吉は「大体リボーンのせい」で片付けられそうな騒ぎの数々を思い浮かべる。家庭教師のはずが、現状はただのトラブルメーカーである。
「まあ、最近は何もないし。平和で良いことだよ」
「最近と言えば、アレっすね」
「ん?」
「この一週間くらい、他校の奴から喧嘩売られなくなりましたね。近くにもう一個中学があるじゃないですか。えっと、黒曜中、でしたっけ」
何気ない隼人の一言に、綱吉はぴくりと肩を震わせた。
「この髪色のせいでしょっちゅう喧嘩売られるのは知っての通りだと思いますけど、突っかかられるのが減るってのは平和で良いことですね」
「そう、だね」
綱吉は、原作における細かい時系列を覚えているわけではない。しかし、隼人の言葉でその兆しを悟った。
(始まるのか)
原作において、バトルパートの開幕だった黒曜編。超えなければならない最初の壁が迫ってきているのを、綱吉は強く感じた。
「十代目?」
「……いや、なんでもないよ。ただ、嵐の前の静けさみたいなものを感じてね」
「十代目がそう仰るんなら、何かが起こるんですかねえ」
並盛中の生徒が襲われた、というニュースが校内を駆け巡ったのは、その翌日のことだった。
◇ ◇ ◇
それから一週間で、並盛中の生徒が10人以上襲われた。未だ犯人が黒曜中の生徒ということまでしか分かっておらず、校内は不安に包まれていた。
「十代目の仰る通り、嵐が来ましたね」
「まさかここまで広がるとは思ってなかったけどね」
「怪我した奴ら、大丈夫かな」
「俺に襲いかかってきたら、返り討ちにして取っ捕まえてやるんですけどね」
どこか落ち着かない教室。隼人と武も、普段とは違う空気に当てられてか浮ついているようだった。
「ただ、風紀委員にも被害が出てるんですし、何より並中の生徒が襲われてるんだから、あの雲雀が黙っちゃいないですよ」
「——どうだろーな」
「うおっ、リボーンさん!?」
リボーンが隼人の横からニュッと顔を出した。
「お前、その花瓶スタイル気に入ってるだろ」
「なんのことか分かんねーな」
それはさておき。
「ツナ、今回の襲撃で何か気づいたことはねーか」
「何か規則性があると?」
「それを考えろって言ってんだ」
珍しく鋭いリボーンの視線。
目を伏せる綱吉は、その知識の中に答えを持っていた。
「……この前のランキング、だよな」
「まさか、『ランキング』フゥ太のですか!?」
先日の騒ぎの一因だった、マフィア界隈で有名な情報屋『ランキング』フゥ太。そのランキングを目にしており、何よりマフィアとしてその価値を知っている隼人は声を上げる。
「獄寺は知ってると思うが、フゥ太のランキングはマフィアにのみ知られる極秘情報だ。つまり今回の相手はマフィア——ツナ、お前の相手だぞ」
襲撃のニュースを聞いてから、じわりと感じていた緊張感。リボーンが言葉にして突きつけたことで、いよいよそれが差し迫ってきた。
最初から、今回の首謀者の狙いが自分であることは知っていた。そもそも、事件が起こる遥か前——綱吉が「沢田綱吉」を塗りつぶした時から。
(勝てるのか、俺に)
綱吉の心を埋め尽くすのは、常にそれだった。
出来ることはしてきたつもりだ。体技を磨き、“死ぬ気”での戦い方を鍛え、基礎体力を伸ばした。仲間の強化もした。
それでも感じる、心を押し潰しそうな暗い不安。自分は「ニセモノ」だという自覚。
その不安の一つに綱吉の目が向かう。リボーンの相棒であるレオンは、朝から形状を変化させ続けている。朝食の時に尻尾が切れてから、ずっとそうだ。羽化のための第一関門は突破したと言える。
しかし、いざという場面で羽化に至ってくれるのかどうか。それなしで、彼を相手にどこまでやれるのか。
際限のない不安の渦に飲み込まれている綱吉の額に、強烈な一撃が入った。
「うおッ!?痛っつ!」
「十代目(ツナ)!?」
完全に思考に沈んでいた綱吉は、机をいくつか巻き込んで盛大に倒れる。
下手人であるリボーンは、腰をついた綱吉を机の上から見下ろした
「迷って、いやビビってやがんな」
「——!」
「相手はマフィアだ。お前がボンゴレ十代目である以上、敵は全部倒さねェと全部を失うんだぞ。謝って、降参したら許してくれるとでも思ってんのか?敵が来た以上、お前は戦って勝つしかねーんだ」
そう、はじめから分かっていたことだ。
勝てる、勝てないの問題ではない。勝つしかないのだ。
負ければ身体を乗っ取られるし、殺されるし、世界が滅ぶ。それが、「沢田綱吉」に与えられた運命。そもそも、そうでなければ「沢田綱吉」が戦うものか。
「それに、お前一人で戦わなきゃいけねェわけじゃねーだろ。それとも自分のファミリーを信じらんねーか?」
そう言われた綱吉は、傍らの二人に目を向ける。どちらも綱吉の視線を受け止め、「任せろ」というように頷いた。
「……その言い方はずるいよ」
二人に助けを借りて、綱吉は立ち上がる。
その目は、覚悟を決めたように強い光を湛えていた。
「じゃあ行きましょうか十代目。誰だか知りませんけど、ぶっ飛ばしてやりましょう!」
「ああ。ただ、行く前にちょっと準備がある」
三人は足早に教室を出ていく。
「ようやく、らしい顔になったじゃねーか」
リボーンは小声で呟く。その唇はわずかに笑みの形を浮かべていた。
◇ ◇ ◇
とある、薄暗い一室。崩れた壁の隙間から差し込む光だけが光源のそこは、人の手から離れて久しいのだろう。
元はボウリング場だったと思しきその部屋のソファに、一人の少年が腰掛けていた。
個性的な髪型をしたその少年は、ふと部屋の入り口に目を向ける。
「——おや。千種、戻りましたか」
姿を現したのは、眼鏡にニット帽の華奢な少年。
「どうでしたか、彼の周辺は」
「思っていたよりも警備が厳重でした。突破は不可能ではないでしょうが」
「そうすると、イタリアの門外顧問に連絡が回りますか。流石にボンゴレ本部を相手にするには時期尚早ですね。せめてこの計画を完遂し、周りを完全に掌握してからでないと」
「いかがしますか」
「そうですねえ……」
少年は、瞑目して考えを巡らせた。
「やはり予定通り、ここにおびき寄せるのが一番ですか。犬はどうしました?」
「引き続き、生徒の襲撃を」
「そろそろ呼び戻してください。頃合いでしょう。こちらで準備を進めます」
「かしこまりました」
サッと身を翻した眼鏡の少年を見送り、彼は怪しい笑みを浮かべる。
「
その右目には、「六」の数字が輝いていた。
戦闘シーンを書けるのか問題。
頑張ります。