漫画の主人公になるのは妄想の中だけでいい。   作:ロール

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文中に骸が主語や目的語になる部分がありますが、“憑依弾”の使用中は骸が憑依している人のことと思って読んでください。

例)骸はダイナマイトを投げた。
とあったら、それは骸が憑依した隼人の動作です。


覚醒

絶望的な状況で、綱吉はただ待っていた。この状況すらも引っ繰り返せる武器を。

戦いながら、何度も目を向ける。しかしレオンの様子に変化はなかった。

 

ピンチになれば羽化するものと信じていた。それが最後の支えだった。救いは現れない。

 

「ほら、そろそろつらくなってきたでしょう。いいんですよ、僕に身体を委ねて楽になっても」

 

いたぶるようにそう嗤いながら骸はダイナマイトを投げ、トンファーを振るい、鋼球を飛ばす。

その全てを避け、捌く綱吉の集中力は限界に来ていた。一つダイナマイトの爆発範囲を読み違え、爆風を食らって吹っ飛ぶ。

 

「うぐっ……!」

 

呻き、息を荒げる綱吉。希望はまだ来ない。

 

「——さっきから全然集中できてねーな、ツナ」

「リボーン?」

 

音もなく隣に現れたのは、超一流の殺し屋だった。彼が手を出してくれればどんなにいいか。そして。

綱吉は未だ繭のままのレオンを見つめる。

 

「お前は一体何を待ってんだ」

「それは……」

 

レオンから出てくるものを知っている、とは言えない。言葉を濁す綱吉を、リボーンは思い切り蹴飛ばした。

 

「痛っ!?おい、何するんだよ!」

「何してんだはこっちの台詞だぞ」

「は?——っ」

 

かつてないほどに鋭い視線に、綱吉は思わず息を呑む。

リボーンは怒っていた。

 

「さっきから見てりゃなんだ。逃げてばっかで、死にそうだってのに他人事の面しやがって」

「そんなことは——」

「ない、と言えるか?」

 

鋭い言葉に、綱吉は黙り込む。

 

「お前はずっとそうだった。どんなことでも他人事で、修行だってゲームのレベル上げみたいな顔で」

 

思い当たる節はあった。だからこそ、綱吉は日頃から厳しい修行もできたのだろう。

 

「結果として強くはなってるから、それでもいいとオレは思ってたんだ。急にマフィアの世界に入ったら、他人事になっちまうのも仕方ねェ。だがな、戦場でも同じように他人事で、ただ逃げ回ってんのはちげーだろ。今お前の敵は、仲間は、目の前にいるんだぞ」

 

ハッと綱吉は仲間たちに目を向ける。恭弥はもちろん、隼人も武も、骸の無茶な操作で傷つきつつあった。

 

「あいつらはお前を慕って、お前に命賭けてんだ。お前が他人事みたいに見てるここで、お前の仲間は命を懸けて戦うんだぞ」

「……でも、実際俺は勝てない——」

「——本当か?自分の命すら賭けて、死ぬ気で戦ったか?あるもん全部使ったか?外に救いを探すんじゃねェ。逃げんじゃねェ。仲間も敵もお前自身も、今ここにいるんだ。お前はあいつらのボスなんだぞ。持ってるもん全部使って、死ぬ気で戦え」

「死ぬ気……」

 

それはきっと、“死ぬ気弾”とか“超死ぬ気モード”とか、そういうのとは全く関係ない気持ちの問題だ。

綱吉はそっと胸に手を当てた。

 

「結局、決まってなかったんだな。覚悟が」

 

白蘭を倒して世界を救う。そんな覚悟を決めたつもりでいたが、所詮ただの大学生でしかなかった彼にとって、そんな現実味のないことで決まる覚悟なんてなかったということだ。

 

この世界で生きる覚悟。沢田綱吉になる覚悟。

 

「いや、もっと近く、目の前のことだ」

 

仲間を守るために死ぬ気で戦う覚悟。

 

「はは、やっぱり漫画の主人公なんてなるもんじゃないな。世界を救うなんて、俺はそんな器じゃねえや」

 

ただ、目の前の仲間を守りたい。それくらいの覚悟はできた。

 

「悪いな骸、待ってもらって」

「いえ、僕もお別れを言うくらいの時間を与える慈悲は持っていますからね。遺言は残せましたか?」

「お別れか……そうだな、確かにお別れだ。かつての、向こうでの自分とのな」

 

綱吉は周囲を睥睨する。

 

「お前を倒すぜ、六道骸。仲間の身体は返してもらう。——死ぬ気でな」

 

刹那。辺りを塗りつぶすほどの強い光が放たれた。

待ち望んでいたレオンの羽化。それがついに来たのだ。

 

「ぬっ……一体何が?」

「レオンの羽化が始まったな。ツナの言葉に、覚悟に応えたんだ」

 

リボーンがニッと笑う。

そして、毛糸の手袋が綱吉の手に舞い降りた。

 

「ツナ、何があった?」

「手袋と……弾だ」

「そいつだな。寄越せ」

「——させませんよ!」

 

特殊弾の強力さは誰より知っている骸だ。流石にまずいと感じたのか、ここで手駒を動かす。

先ほどまではなるべく少ない傷で綱吉の身体を奪おうと加減していたが、特殊弾で形勢が変わるくらいならば多少の損傷はやむを得ない。そう考えた骸による、六人の本気の総攻撃だ。

ダイナマイトと毒針、蛇鋼球で逃げ道を塞ぎ、武と恭弥、犬が三方向から迫る。きっと今までだったら防ぎきれなかっただろう。しかし。

 

「……はっ、死ぬ気を舐めんなよッ!」

 

少しの怪我すら恐れていた先ほどとは違う。

爆煙から飛び出す綱吉を見て、骸は感心したように笑う。

 

「なるほど、蛇鋼球を利用して離脱しましたか。しかしそのダメージを受けて立ち上がれるのですか?」

 

ダイナマイトでは離脱の距離が足りない。毒針を受けたら動けなくなる。近接の三人の攻撃を受けたらそのまま嬲られるだけだ。唯一大きく離脱できる可能性があるのが、蛇鋼球を受けるという手だった。

しかし無茶をした代償か、大きく飛んでいった綱吉は倒れたままピクリともしない。額に灯っていた炎すら消えてしまっていた。

 

「その様子だと、どうやら特殊弾も外れたようですね。望みも潰えたでしょう。では、その身体をいただきましょうか」

 

——その瞬間。眩いばかりの爆炎が放たれた。

 

「この熱気……まさか」

「フン、このオレが外すわけねーだろ」

 

顔を顰める骸、得意げに笑うリボーン。二人が見つめる中、綱吉が立ち上がった。

 

「——なるほど。今まで俺が使っていた“死ぬ気”は、真似っこでしかなかったんだな」

 

ゆらりと立ち上がり、骸をまっすぐに見つめるその瞳。骸は気圧されるのを感じた。

 

「っ、なるほど。どうやら風格は出てきたみたいだ。ですが、それで何かが変わったんですか!」

 

先ほどはすんでのところで逃れたが、ダメージが蓄積された身体で同じようには動けまい。そう考えた骸は先ほどのように総攻撃をかける。

 

——次の瞬間、綱吉が視界から消えた。

 

「……は?」

 

これまでも人としては十分に速かったが、今のはそれを上回っていた。思わず動揺する骸は、次の瞬間に手駒を三つ失ったのを感じた。

 

「……身体が軽い」

 

ぼそりと呟く綱吉の足元には犬が転がっている。そして両手には武と恭弥が、それぞれ気を失った状態で抱えられていた。

 

「二人とも、待たせてすまない」

 

抱きとめた二人を優しく地面に横たえると、綱吉は双眸を隼人に向けた。

 

「ばかな、今の一瞬で三人の意識を刈り取ったというのか!?」

「問答は後だ」

 

次の瞬間、骸の視界が全て閉ざされた。

 

「すまない隼人。遅くなった」

 

瞬く間だった。一瞬で残る三人の意識を落とした綱吉は、崩れ落ちる隼人を抱えてリボーンのもとに退がる。

 

「三人を頼む」

「急に威張んな」

 

リボーンは文句を言いつつ処置にかかる。

仲間たちを信頼する家庭教師に預けた綱吉は、視線を倒れている骸に向けた。

 

「早く起きろ。とっとと片を付けよう」

「……クフフ、随分と大きな態度になりましたね」

 

催促を受けて、六道骸は立ち上がる。

 

「だが、確かに今の君の戦闘力は脅威的だ。一体どういう仕掛けです?」

「……俺が今まで使っていた“死ぬ気”は、これに比べると浅瀬で遊んでいたようなものだったんだ。今とは深度が全然違う」

 

綱吉は自力で内側からリミッターを外し、“超死ぬ気モード”を再現していた。これまで、それは“小言弾”によるものと全く同じだと思っていて、事実“死ぬ気”に至る原理は同じなのだが、その深さが全然違ったのだ。単純に外すリミッターの数が多い、と考えてもらえばいい。

 

今の綱吉は、身体能力、炎の大きさ、“超直感”の鋭さ、全てにおいて先ほどまでの自分を上回る。

 

「……これは確かに今の僕では敵いませんね。仕方がない。これはあまり使いたくなかったのですが」

 

骸は右目を手で覆う。その手が離れたとき、瞳には「五」の文字が浮かんでいた。

 

「“人間道”。僕が最も忌み嫌うスキルであり、同時に最も強力なスキルだ」

 

骸の全身から、ドス黒い“闘気(オーラ)”が放たれる。

 

「先ほどまでとは、全てにおいて圧倒的に違う」

 

綱吉はようやく手に入れた“Xグローブ”に炎を灯し、ぐっと拳を握りしめる。

 

「終わらせるぞ」

「終わらせましょうか」




次回、決着。

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