漫画の主人公になるのは妄想の中だけでいい。   作:ロール

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原作ヒロインの力。


迷走と太陽

綱吉は白蘭を倒す覚悟を決めた。

そして同時に、あまりにも自分勝手で非情な決断をした。

 

(原作において俺の守護者になった奴らは、皆道連れになってもらう)

 

元がマフィアの獄寺隼人はいい。戦闘狂の雲雀恭弥もいい。だが山本も笹川了平も一般人だ。クローム髑髏——凪だって、交通事故を防ぐことはできるだろう。

 

しかし、綱吉は彼らを欠いて全ての戦いを乗り越えられる自信がなかった。彼らの分まで戦えるなんて傲慢を抱けなかった。

 

どうせリング争奪戦でリボーンと家光が巻き込む、という免罪符は意味がない。

自分が今、彼らを巻き込むと決めたのだ。

今後彼らが負う全ての傷、痛みの責は己にある。

その分も飲み込んで、背負って、立つ。それがボスとしての役割だろう。

 

「強く、ならなくちゃいけない」

 

巻き込むと決めた以上、負けは許されない。

最低でも六道骸との戦いまでに、彼に勝てるようにならなければならないだろう。

 

(奴の主な武器は、“地獄道”と“修羅道”、そして“人間道”。となると必要なのは……“超直感”と格闘スキル、そして“死ぬ気”か)

 

原作の流れを期待するのは笑止なことだと分かっているが、それでもリボーンが来るのは既定路線として考えていいだろう。

不安なのは、骸戦でXグローブを得られないことだ。

 

形状記憶カメレオンであるレオンは、生徒の試練を予期して繭になり、成長とともに羽化して武器を吐き出す。原作ではツナが骸を相手に戦う意志を見せたことで羽化した。

 

しかし今の綱吉は中身が違う。果たして原作通りにXグローブを得られるかどうか。

そして得られなかったとして、それでも勝てるか。

 

(全ては“死ぬ気”を引き出せるかどうかだ)

 

“死ぬ気”は、必ずしも死ぬ気弾を必要としない。

リボーンが来るよりも早く“死ぬ気の炎”を扱えるようになれば、それだけ長く修練ができる。

あるいはグローブによる高速機動がなくとも、骸に勝てるだけの力を得られるかもしれない。

 

必要なのは、己を追い込むこと。

 

(まずは滝にでも打たれてみるか)

 

綱吉の迷走が始まった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

それから綱吉は、色んなことに挑戦した。

滝に打たれてみたり、寺で修行をしてみたり、バンジーを飛んでみたりもした。

 

そのうち自分を追い込むことが目的になっていき、潜水の限界に挑戦して溺れかけたところで我に返ったわけだが。

 

“死ぬ気”の兆しは未だ見えない。

綱吉が目覚めた日より3年が経ち、焦りも覚えてくる今日この頃である。

 

「あれ、ツナくん?」

 

学校帰り。公園のベンチで黄昏れる綱吉は、掛けられた声に顔を上げた。

 

「笹川か」

 

声の主は天真爛漫な笑顔がかわいい美少女、笹川京子。言わずと知れた原作ヒロインである。

元がどうだか知らないが、小学校の同級生なのでお互いに面識があるのだ。

 

「どうしたの、こんなところで」

「ちょっと自分の運命力の無さに悲観してただけだ」

「ふふっ、なにそれ」

 

意味は分からないだろう。しかしその言い方と妙に疲れた風な綱吉の様子に、京子は笑みをこぼす。

 

綱吉は最近、京子のことを避けがちだった。その笑顔を見るたびに、自分が塗り潰した『沢田綱吉』のことを思い出すから。

思うように進まない現状に焦燥しているからこそ、それを強く感じるのだろう。

 

果たして自分は正しいのか。消えてしまったほうがいいのではないか。どうしてこうなったのか。自分の存在意義とは何か。

 

多分、答えなんかない問いだ。前世において、思春期に一度通った道でもある。

しかし憑依という特異な経験をした綱吉は、その問題をより深刻に感じていた。

 

「なんか悩んでるんでしょ?」

「ん……まあね」

 

顔を覗き込んでくる京子に、綱吉は目を逸らしながら頷く。

 

「ツナくんでも悩むことなんてあるんだね。何でもできるのに」

「そんなことはないよ。出来ないことばかりだ」

 

中身は義務教育なんて終えて久しいから、小学校の勉強くらいは流石に問題ない。

運動も、最初は壊滅的だったのを努力を続けて底上げしている。戦闘において、身体を動かすのに慣れていることはきっとプラスになるだろう。

 

結果的に出来上がったのは、勉強も運動もできる絵に描いたような優等生だった。素行も悪くないし、上に立つ練習として学級委員にも立候補する。

確かに、何でもできるように見えるのも不思議ではなかった。

 

(でも、欲しいものは手に入らない)

 

綱吉は拳を握りしめ、そこに炎を灯すイメージをする。当然、炎などちらつきもしない。

 

(どうすればいいんだ……やはり追い込み方が足りないのか?)

 

「ツナくんが悩んでるようなことだから、きっと私にはもっと分かんないね」

「そうだね……いや」

 

今はどんな助言でも欲しい。

そう考えた綱吉は、今の状況を出来るだけ噛み砕いて、言葉にする。

 

「何かに一生懸命になるには、どうしたらいいと思う?」

 

言ってみてから、訳の分からないことを言っているな、と綱吉は苦笑する。具体性がなさ過ぎて、答えようもないだろうと。

 

しかし京子は彼女なりにそれを飲み込み、答えを出してくれた。

 

「うーん。一生懸命って、頑張ってなるものじゃなくて、気付いたらなってるものなんじゃない?」

「そう……かもしれない」

 

それは、“死ぬ気”になるために自分を追い込むということにとらわれ過ぎていた綱吉にとって、視界を晴らすような言葉だった。

 

(“死ぬ気”とは、俺の解釈では“死ぬ気の炎”の活性化だ。体内を巡る“炎”は肉体の強度を上げる)

 

そうでなければ、綱吉の“死ぬ気”状態での機動力に身体が耐えられるわけがない。

そしてその“死ぬ気の炎”は、超圧縮された生命エネルギーだ。そんなものを消費する“死ぬ気”は、火事場の馬鹿力の最上位にあるものと言えるだろう。

 

(そんなものを燃やさなきゃならないなんて、自分で用意した危機で思うわけない……!)

 

「ありがとう、笹川!」

「へ?あ、ううん。力になれたなら良かったよ」

 

有力な仮説が立ち上がったが、問題は何一つ解決していない。

結局、自力で“死ぬ気”になれないことに変わりはないのだ。

 

(どうする。めちゃくちゃ治安の悪いところに行ってみたりするか?)

 

あるいは銃弾が日常的に飛び交うような、海外の治安の悪い地域。そこはこれまでと違って命の保証は全くないが、だからこそその危機が“炎”を灯すかもしれない。

 

「なんか怖い顔してる」

「え?」

 

思考の海に沈んでいた綱吉は、掛けられた言葉に顔を上げる。そこには心配そうに顔を覗き込む京子がいた。

 

「ツナくんって、いつもここがギュッてなってるよね」

 

京子は眉間に指を当て、んッとしわを寄せてみせる。

 

「……そうか?」

 

綱吉もつられて指を眉間に当ててみる。確かに、彼女の言う通りだった。

 

「なんか、笑ってる時も楽しそうじゃないように見えるの。いけないことをしているみたい」

 

(……よく見ている)

 

借り物の人生を生きている罪悪感は消えず、常に思考の一部を占めている。

 

でもそれは仕方のないことだ。だって、彼が「沢田綱吉」の人生を塗り潰したのは、消えようのない事実なのだから。

 

「ツナくんが悪いことをしちゃったなら、それは仕方のないことだったんでしょ?ツナくんは人の嫌がるようなことなんてしない人だもん」

「どうだろうね」

 

己の保身のために、守護者達を裏の世界に巻き込むと決めた身だ。聖人君子とは対極にあるだろう。

 

そんな思いがあるから、綱吉の笑みは苦笑の色が濃い。

 

「そうだよ!私には分かるもん!」

 

京子はグッと顔を寄せてくる。

 

「だから、あんまり考えすぎちゃダメだよ。大事なのはこのあと何をするかだって、お母さんがよく言ってるもの」

 

そう言って、彼女は満開の笑顔を咲かせた。

 

(……はは、なるほど。これは確かに太陽だ)

 

それは、原作において「沢田綱吉」が京子に惚れた理由がよく分かる、心を浄化するような笑顔。

綱吉もまた、その笑顔に照らされた。


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