漫画の主人公になるのは妄想の中だけでいい。 作:ロール
案の定、というかなんというか。
気を失った京子をどうにか送り届けた綱吉は、家に帰った途端に倒れた。
今回綱吉が覚醒したのは、“
これまでは成長を阻害すると思って身体を鍛えるのは控えていたが、これからは徐々にトレーニングも始めなければならないだろう。
綱吉たちを襲った二人組は、雁字搦めに縛って放置した。
そのあとどちらの勢力に回収されたかは綱吉にも分からないが、それがボンゴレ側にせよ元々所属していたファミリーにせよ、ろくな目には合わないだろう。子供一人を拐かすという至極簡単な任務を失敗した者に、マフィアが寛大であるとは思えない。
今回のような襲撃はもう起きない。綱吉はあの日以来急激に鋭くなった直感で、護衛が増えたことを確信していた。
ボンゴレが同じ失態を二度繰り返すとも思えないし、“死ぬ気”を得た以上、よほどの相手でもなければ負けない自信があった。それこそヴァリアーでも来れば話は別だが、現状彼らは味方だ。
唯一心配だった京子は、どうやらあの時の記憶を失っているようだった。
どうも公園で話しているうちに疲れて寝てしまった、という綱吉の説明をそのまま信じているようで、「わざわざお家までごめんね」なんて申し訳なさそうに謝られたほどだ。
ただどういうわけか、あの日から頻繁に話しかけられるようになった。
笑顔で声を掛けてくる彼女を綱吉もまさか無碍に扱うわけにもいかず、随分と仲良くなったのだが。
「笹川のお兄さんが?」
「そうなの。どうしてもって聞かなくて」
京子の兄、笹川了平が綱吉に会いたいと言っている、という話を聞かされたのはそんな頃だった。
用件はいまいち分からない(どうせ京子のことかボクシングのことだろう)が、了平に接触する機会としてはこれ以上ない、と綱吉は快諾した。
守護者を巻き込むと決めた綱吉は、ならばできる限り彼らを強化しておかなければならない、と考えていた。ランボは、まあ流石にどうしようもないだろうが、それ以外のメンバーは向上の余地が十分にある。
客観的評価として、“死ぬ気”と“超直感”の組み合わせはかなり凶悪だと綱吉は考えていた。その綱吉自身が相手になることで、自身にとっても相手にとってもよい訓練となる。
その一番手として、了平はちょうどよかった。
◇ ◇ ◇
そして放課後。なんとなくの想像通り、綱吉は呼び出された公園でグローブを渡されて了平と向かい合っていた。
「一応、なんでこうなったか聞いてもいいですか」
「簡単なこと!貴様のような悪い虫を極限に成敗するためだ!」
了平は怒っていた。
「最近、京子が貴様の話ばかりするのだ。京子が俺以外の男の話をするなんて初めてだ。ならば俺は!兄として京子に近づく男を極限に試さなければならん!」
了平はグローブをはめた右拳を綱吉に突き付ける。
「京子が欲しければ!この俺を倒していけ!」
ドドン!と背後に文字が踊る錯覚を見た綱吉はこめかみを押さえた。
「お兄ちゃん!何を訳のわからないことを言ってるの!ツナくんは普通のお友達だから!」
「京子!今お前を助けてやるからな!」
「お兄ちゃん!」
京子の悲痛な(?)叫びも届かない。了平は「悪を滅さん」とばかりに息巻いていた。
綱吉は、想像以上に面倒くさい了平に大きく、大きく溜息を吐いた。
「分かりました」
これは一度力づくで黙らせなければなるまい。そう決心した綱吉は静かに声を上げた。決して状況の面倒臭さにキレ始めているわけではない。
「代わりに、俺が勝ったら二度と笹川のことで突っかかってこないでください」
「おう!もし俺に勝つほどの根性があるやつならば極限に構わん!男に二言はない!」
「いいでしょう。じゃあ始めましょうか」
流石に慣れた風に構える了平に対して、腕をだらんと下げたままの綱吉。
「構えんのか?」
「ええ。お好きに打ってきてどうぞ」
「ならば遠慮はせんぞ!」
了平は軽快なステップからあっという間に綱吉を間合いに捉えると、右に左に次々とパンチを繰り出す。綱吉は目を見開き、すれすれのところでかわしていく。
「む、よくかわすな。ならばこれだ」
一際強い踏み込み。綱吉も嫌な予感を覚えたのか、ガードのためにそれまで下げていた腕を持ち上げる。
「極限右ストレート!!」
空気を裂くような鋭く重い一撃。避けられないことを覚悟して受けた綱吉は、それでも大きく腕を吹き飛ばされた。
「俺の極限右ストレートを受けても倒れないとは……沢田、お前はボクシングの才能があるぞ!」
「いや、やりませんからね」
痺れたのか腕を軽く振りながら、目を輝かせる了平の言葉をため息交じりに否定する綱吉。
「まあ、でも」
「うん?」
「今のが一番自信があるパンチだったとしたら、もう全部見切りました」
◇ ◇ ◇
“超直感”とは、極限まで研ぎ澄まされた五感による産物である。綱吉は自身の血に宿る異能をそう考察していた。
五感から得られる大量の情報を精査し、普通だったら見逃してしまうような些細な情報すら掬い上げ、直感という形で示す。原作で示された“超直感”にはそれでは説明のつかないものもあったが、概ねそれで間違いはないだろう。
“超直感”という名の下に研ぎ澄まされた観察力は、わずかな予備動作から次の動きの予測すら可能とする。それは未来において死茎隊との戦いの中で示された。ならば人の動きについて大量に情報を蓄えておけば、その予測はさらに精度を増す。
そう考えた綱吉は、格闘技の動画を大量に見た。もちろんボクシングもその中に含まれている。ありえる大抵の動きは、すでに予習済みだ。
序盤は、蓄積した情報と現実の擦り合わせだった。そしてそれが済んだ以上、全ての攻撃は当たり得ない。それは慢心でも過信でもなく、紛れも無い事実だった。
「ハァ、ハァ、当たらん……!」
どんなラッシュも、フェイントも、先ほど綱吉の肝を大いに冷やした右ストレートすら。
ただの一発も当たりはしない。掠りもしない。全てを完璧に見切っていた。
普段からトレーニングを積んでいる了平が息を切らすほど動いても、綱吉は少し呼吸が乱れる程度。一度もパンチを打っていないとはいえ、差は歴然。
自分の技がボクシングなど初めてのはずの綱吉に、全く通用しない。心が折れてもおかしくない状況で、しかし了平はこの上なく楽しそうだった。
「ははは!まさかこれほど身近に、これほど上がいたとは極限に気付かなかったぞ!」
パンチもフェイントも全て完璧に見切る綱吉。その理由が、パンチを打つときの予備動作や体重のかけ方にあるということを、了平は頭でなく感覚で理解し始めていた。
そして戦ううちに、それらを改善しつつあった。
「……これだから漫画の登場人物は」
戦いの中で成長する了平に舌を巻く綱吉。彼はあのコロネロをして「必要なのは十分な休息だけだ」と言わしめた逸材である。中学生にしてプロの暗殺者を正面から打ち破ったその片鱗は、すでに現れていた。
とはいえ。
「成長の過程を目の前で見せてくれるなら、負ける道理はない」
綱吉の身体は紛れもなく漫画の主人公。素質においては譲らない。特に学習能力に秀でた彼の能力では、戦いの中で逆転されることはありえない。
次々と精度を増していく了平に、同様に綱吉の対応力も成長していく。二人の動きは、もはや小学生の領域を超えていた。
そして。
戦い始めたばかりの綱吉だったら間違いなくダウンしていた。そう言い切れるほどの渾身のストレートを放ち。全てを出し切った了平は満足そうに倒れていった。
「——ちょっと、お兄ちゃん!?」
心配した京子が大騒ぎしたのは、言うまでもないことだろう。
そして後日。
「沢田!お前はボクシングの才能がある!極限に俺とボクシングをやるのだ!」
了平が事あるごとに綱吉をボクシングの道へ誘い込もうとすることになるのも、尚更言うまでもないことだ。