漫画の主人公になるのは妄想の中だけでいい。 作:ロール
月日はあっという間に流れ。綱吉達は並盛中学校に入学していた。
「おうツナ、おはよう」
「おはよう山本」
爽やかに笑う武に、綱吉は手を上げる。二人は中学生になっても友人として付き合っていた。
「朝練は……そうか、試験期間か」
「そうなんだよ。早く終わんねえかなあっていつも思うぜ」
「赤点取らないように勉強しろよ?」
「ははは」
「いや、笑い事じゃなくて」
相変わらず勉強する気がさらさらない様子の武に、綱吉は溜息を吐く。どうせ補習の課題を手伝う羽目になるのだろうな、なんて思うと、溜息は深くなるばかりである。
——ふと、綱吉は何かを感じて振り返る。
「どうした?」
「うん……いや、なんでもない」
(気のせいか?)
綱吉は訝しげに首をかしげる。これまで数々の実績を残してきた自分の“超直感”に綱吉は全幅の信頼を置いていたが、それでも今回ばかりは何も見当たらない。何かを感じたのも一瞬だったし、気のせいだったのかもしれない。
頭の片隅に違和感を残したまま、綱吉は武に続いて学校へと向かった。
◇ ◇ ◇
剣道場にて、綱吉と武は向かい合っていた。
その眼光は互いに鋭く、張り詰めた空気は周りの者に動くことを躊躇させる。
武が、先に動いた。
「——面ッ!!」
力強い踏み込みからの神速の一閃。目にも止まらぬ一振りを綱吉はすんでのところで受け止める。
受けたはいいが、重い一撃は綱吉の手を痺れさせる。衝撃に顔は歪み、続く一撃への対応が遅れてしまった。
「胴」
——スパンッ!
文句なしで旗が上がる、見事な一閃。綱吉は思わず笑った。
「はは、流石だな。いい加減、剣では相手にもならなくなってきたよ」
「雲雀と互角にやり合う奴が何言ってんだか」
武は苦笑を漏らす。
意外にも、野球以外に全く興味は示さないと思われていた武は剣を握るようになっていた。
きっかけは、二人でいたときに偶然恭弥と遭遇したことだった。
週一の手合わせ以外にも会うたびに戦おうとする彼は、綱吉に連れがいることなど気にもせずいつも通りにトンファーを振るう。そうなったら仕方なく応戦するのだが、恭弥の相手をするとなると綱吉も全力を出さなければならない。
そうして繰り広げた子供の域を遥かに超えた攻防に、武は感じたものがあったようで。
以来、家にある剣道場で剣を振るようになった。
そのことについて武は何も語らないが、意外と負けず嫌い、という面が現れたのかもしれない。
尤も、まだ父親に剣を教わる段階には至っていない。時雨蒼燕流に触れることになるのは、まだ先の話だ。
「よっしゃ、もう一本やろうぜ」
「はいよ。負けっぱなしと思うなよ?」
「はは、望むところだぜ」
二人は、時間いっぱいまで剣を交わした。
◇ ◇ ◇
昼休み。綱吉の姿は、ボクシング部の練習場にあった。
「いつもすまんな沢田」
「いえ、俺の訓練にもなりますから」
リングで向かい合う綱吉と了平。綱吉は休み時間には了平のスパーリングの相手をしているのだ。
あれから継続的に綱吉を相手にしている了平は強くなった。なりすぎたとも言える。
綱吉を捉えるために磨き上げられた、速く重く読めないパンチ。それはもはや並みの学生が相手にするには荷が重すぎた。同年代との試合では敵無しになってしまったのだ。
当然、部員に了平の相手を出来る者などいない。それでは練習ができない、ということで綱吉は休み時間にはボクシング部を訪れるようになっていた。
「では極限に参るぞ!」
雄叫びとは対照的に、了平の動きは非常に静かだ。体重移動すら読ませないままに放たれるパンチは、ジャブですらかなりの威力を誇る。
あの手この手で攻め立てる了平の攻撃を、綱吉は全て捌いていく。その動きは剣道場でのそれより随分といい。
それも当然のことで、別に剣術もボクシングも修めていない綱吉の強さの根幹は“超直感”に由来する先読みにある。
視覚や聴覚が大きく制限される防具をつけた状態よりも、何もつけていないボクシングの時の方が感覚が冴え渡るわけだ。
手の内を知るほどに綱吉の先読みの精度は上がる。そういう意味では何度もやり合っている了平は対処が簡単、と言えるかもしれないが、それを遥かに超えるほどに了平の成長は著しい。寧ろ対応が難しくなってきているのが実情だった。
「くっ、やはりボクシング部には入らんのか?」
「お誘いはありがたいですけどね。今以上は厳しいです」
「むう……よし、もう一度だ!今度は極限に勝つ!」
「お付き合いしましょう」
熱中するあまり時間を忘れ、次の授業に遅れるのもよくあることである。
◇ ◇ ◇
放課後。学校を出ようとした綱吉は、馴染み深い殺気に足を止めた。
「何ですか、今日もやるんですか?」
「ちょうど見かけたからね。退屈してたんだ」
肩にかけた学ランをはためかせる、中学生の皮をかぶった化け物。雲雀恭弥がそこにいた。
この数年での恭弥の伸びには目覚ましいものがあった。
この並盛の頂点捕食者であった雲雀恭弥は、それ故に他者との戦いで牙を研ぐことができず、伸び悩んでいた。
しかし沢田綱吉という名の砥石を見つけ手合わせをするようになってからは、今まで伸びることができなかった鬱憤を晴らすように爆発的な成長を見せている。
どんどんと強くなる恭弥に、綱吉は文字通り死ぬ気で“死ぬ気”の制御を学んだ。成長についていけなければ、どこかで終わっていたかもしれない関係。それは幸か不幸か現在も続いていて、二人の実力を大いに高めている。
「はあ……用事があって断ったとき、代わりに他の生徒でストレス発散するのやめてくださいよ?」
「それは今日の君次第かな」
綱吉は溜息を深める。
「じゃあ、今日は勝ちますよ」
綱吉の額に炎が宿る。
恭弥がトンファーを構える。
「始めようか」
「始めましょうか」
二人は激突した。
◇ ◇ ◇
そしてその日の帰り。綱吉は、一人家路を歩いていた。
ふと、立ち止まる。
「誰だ。朝から俺のことを尾けているのは」
綱吉は確信していた。朝、“超直感”に引っかかった何かは気のせいではなかったと。
その気配は日中にも度々感じていた。そしてその正体も薄っすらと察していた。きっと彼が来たのだろうと。
「——まさか、裏となんの関わりもねえ中学生に気付かれるとはな」
「そんな、気付いてくれと言わんばかりに気配を漏らしておいて何を……赤ん坊?」
「チャオっす」
そして、リボーンと沢田綱吉は邂逅した。
(ついに来た)
綱吉にとっては初めから知っていた出会い。そして、最初にして最大の難関でもあった。
この赤ん坊の鋭さは言うに及ばず、綱吉の異常さもきっと見抜いていることだろう。そしてリボーンを敵に回すことは死を意味する。
自分を見てリボーンが何というか。自分は上手にとぼけられるのか。
かつてないほどに緊張する綱吉に、リボーンはニヤリと笑ってみせた。
「いい面構えじゃねえか。マフィアのボスにふさわしい、いい顔だ」
「へ……それだけ?」
「なんだ、頭ぶち抜いて欲しいのか?」
「いや!そういうわけじゃないけど!」
スッと構えられた銃口に慌てて両手を挙げる。そんな綱吉を鼻で笑うと、リボーンは背を向けた。
「ほら、とっととお前の家に案内しろ。オレは腹が減った」
その小さくも大きな背中に、綱吉は全てを理解した。
「……ちょっ、待ってくれよ!急に上がると母さんが驚くから!」
込み上げるものをこらえ。綱吉は闇夜に消える背中を追った。
書きたいことを書くって難しいなあなんて思う今日この頃。