……。
…………。
………………ここ、は。
「!!ババァ、起きたー!!」
……?
ババァ?
「ババァ言うな!!……起きたかい?調子は?」
「えっと……ここは……?」
「アタシの家ね。そのガキと一緒に山に登ったらアンタがズタボロの状態で寝っ転がってたんだよ」
確かに、節々が痛い。
……俺は、飛電に負けたんだったか。
恰幅の良いおばちゃんは起き上がった俺の腕を掴むと、力を入れてきた。
「いでででで!」
「んな怪我になって……なにがあったんだい?」
「バイクで……高速道路から落ちた」
「あぁ。悪いけど、アンタのバイクはもう戻って来ないよ。近くに転がってたけど、およそ運転できる状態じゃなかったからね」
「……まぁ、そんな気はしてた。看病ありがとう」
立ち上がろうとする俺を、おばちゃんは押さえつける。
え、なんで。
「バイクも壊れて、どこに行くってんだい。近くに家があるにしても2日は傷を治さないと、山は越えられないんだからね」
「げ……ほんと?」
「おう!ここは山に囲まれてるから、万全な体調じゃないと動くのは困難なんだぜ!」
「アンタは黙ってな!!」
子供にゲンコツが落ちる。
「いてぇ」と頭を抱える少年を一瞥して、おばちゃんは部屋を出る。
「出るにしたってソイツを連れて出て行くことね。……やいハリ坊!!コイツの側を離れんなよ!」
「わかってらぁ!」
おばちゃんは出て行った。
勝手だ。しかし、気持ちの良い勝手だ。
あと2日はってことは泊まりかな。体も痛いし、お言葉に甘えよう。
少年はおもちゃ箱の中身をあさっている。
「……キミ、ライズフォン取ってくれない?」
「ん?これか?」
「そうそれ。ありがとう」
ライズフォンを起動して、爺に泊まりになることを送信する。
『送信完了まであと二時間』という字は気にしない。
「あと、オレは少年じゃなくてハッタだ!針に、太郎の太で、
「ハッタか。俺は旋人。よろしく」
「おう!よろしくな、せんと!」
傍の机には俺の持ちものが広がっていた。
ペンとか、財布とか……それと、ゼロワンドライバー。
プログライズキーの無くなったドライバーなど、ただの鉄塊と同じだ。
今は設備が無いから、屋敷に帰るまで或人にで会ってはならない。
と、俺の視線がドライバーに注がれていることに気づいたのか、ハッタが目を輝かせる。
「なぁ、ずっと気になってたんだけど、この機械なんだ!?ベルトか、ベルトなのか!?」
「この機械は……まだハッタには早いかな」
「なんだよー!ベルトじゃないのかよ!」
「やけにベルトに固執するな。なんで」
ハッタはおもちゃ箱から何かを取り出した。派手な見た目だ。
「オレは、仮面ライダーになりたい!」
少しびくりとする。
「……仮面ライダーって?」
「伝説だよ!変身して、怪物と戦うんだ!」
少年はガジェットを二つ取り出すとポーズを決め、天辺のボタンを押した。
『パッカーン!無ゥゥ慈ィィ悲ィィィイイ!!』
『煌めけ!隕石のごッとッくッ!白銀の最凶ゲーマー!』
『ハイパー無慈悲!!寝癖イド!!』
アップテンポなBGMが鳴り響く。
「仮面ライダーネグセイド!!オレの憧れなんだ!」
「そうなんだ」
「仮面ライダーは強くてカッコいいんだ!仲間と協力して、敵を倒す!」
「仲間と、協力かぁ」
飛電と不破の顔が思い浮かぶ。
同じヒーローとして、仮面ライダーとして、彼らと一緒に戦えという意味だろうか。
ドライバーを見つめる。
俺の考えるヒーローって、なんだろう?
この力は、誰のために……あいやいや、俺だ。俺のため。俺は俺の為に戦うんだよ。
でも、あったはずだ。もっと平和な答えが。
「そのベルトカッコいいね。お父さんに買ってもらったの?」
「……パパはいないんだ。ママも。パパもママも、デイブレイク跡地を調査しに行ったまま帰って来なくなっちゃった」
「……そっか」
「パパとママは、ヒューマギアとか眼鏡作ってる会社じゃなく別の仕事をしてたらしいんだ。だから、ヒューマギアが暴走した跡地に何かあるのかもって……。ま、これはババァから聞いた話だからあんまり信用できんがな!」
『なんだって!?』
「ゲッ……なんでもねーよ!!……ったく、地獄耳なバァさんだぜ」
ホォーツクババァ?
なんか貸住居の大家さんみたいだ。
「ねぇ」
「ん?」
「近くを見てみたいんだけど、いいかな」
「んああ?んー……ババァ!外出るぞ!」
『あいよ!』
「いいってさ」
ハッタは一つ頷くと、ベルトをつけたまま俺の手を引く。
ギシ、と廊下の木材が軋んだ。
「見ても面白いものはないとおもうぞ」
「いいんだよ。探索探索」
急な階段を降り、靴を履き、扉を開ける。
都心では得られない爽やかな風が俺の肺に流れこんだ。
田舎の……いや。これは。
「海だ」
「おっ、わかるか?」
潮の香りがする。どういう原理か、家の中ではわからなかったけども、この感じだとだいぶ近いのではないだろうか。
ハッタがへへ、と鼻をこすり、俺の手を引いて走り出す。
まさか、海が近いだなんて。
俺は一体、どこまで逃げて、どこまで飛ばされたんだ?
状況的には逃げてる途中で山の横の高速道路まで逃げ込み、爆発で山へ吹っ飛ばされた。
それでごろごろ転がって、この村まで来たわけだ。
となるとここから出るために必要なのはバイクだけで済みそうだ。
バイクだけなら爺が持ってきてくれそうだし、持ってこなくとも持ってる人に借りて後で謝礼と一緒に返せばいい。
ま、脱出するなら無難なのはこんなところか。
と、引っ張られているうちに浜辺沿いまで来た。やはりかなり近い。
「梨奈!」
「針太君?」
ん。誰だこの子。浜辺で手を振っている。
説明を促すようにハッタに視線を投げると、ハッタは堤防を乗り越えて彼女のそばまで移動し、俺に紹介してくれた。
「コイツは里奈。この村で子供なのは俺と梨奈だけなんだぜ!」
「へぇ。子供が二人だけ。……学校は?」
「バスで隣町まで行くんだ!」
バスがあるのか。行幸だ。
バスがあるんだったらその学校がある隣町とやらまで移動すればいい。
学校があるということはそれなりに人口もあるんだろう。ってことは駅だってあるはずだ。
帰る目処が立った。
「初めまして、リナっていいます」
「御丁寧にどうも。こっちの名前はセント。旋人だ」
「セントさんですね」
礼儀正しい。
……失礼だが、この村には似合わないような。
白いワンピースも合ってて、別荘に来たお嬢様のようだ。
「里奈の家はあれだ!」
「ん?どれだ……エッ」
「村で一番でかいんだぞ!」
前言撤回、本当のお嬢様のようだ。
下手したらウチの屋敷と同じくらいだろうか。
あまりにも清楚だ。
海風にさらされているというのに、汚れが見受けられない。
「不思議ですか?」
「え、何が?」
「あのお屋敷がキレイなことです」
「あ、あぁ」
すごい観察眼だ。瞬時にこっちの思ってることを読み取るなんて。とても年端の行かない少女とは思えない。
「私のお屋敷ではヒューマギアを大量に雇っているんです。ですから、普通は手の届かないところでも、キレイにお掃除してくれるんですよ」
「へぇ。ご説明どうも。……ハッタと比べるとだいぶ大人びてるな」
「今年で9歳になります」
小学三年生か。
「四年生です」
「あぁ、ごめん」
早生まれなのか。
ってことは、ハッタは二年生辺りかな。
「針太君は三年生ですよ?」
「…………」
先程から考えていることが妙に見透かされている気がする。
もはや観察眼で済ませるレベルじゃない。
目をじっと見つめると、照れるようにそっと目を逸らしたリナ。
親父の島にあった研究資料が記憶の海から浮かんでくる。
『人工知能との合成に才覚のあるものは、瞳の色が片方と微妙に違うことが判明。これを【H.M.K.A】と名付け、原因は脳の異常な発達によって胎児の身体形成時に誤って片方の色素に異変が起きたのだと考えられる。』
つまり、何かしらに秀でていて、大人びている物は……親父の研究材料になる、才覚があるということ。
【
「もしかして、君は……」
「おい、やめろよっ」
ハッタが割り込んできた。
両の手をいっぱいに広げ、俺の視線を出来るだけ遮ろうとしている。
「りっ、里奈は俺のだからな!!」
「……なんだ、そういうことか」
まだまだ青いことだ。
まぁ、このヒムカの少女が回収されてなくて本当に良かった。
ヒムカについて考える時間はあることだし、これからちゃーんと考えていけば。
『お嬢様』
「あっ、エルヨ!!」
「エルヨ……?」
声に振り返ると、そこにはメイドがいた。両耳にデバイスが付いている。ヒューマギアだ。両手にビニール袋ということは買い物帰りだろうか。
メイドは綺麗に一礼すると、俺の目を見て口を開いた。
『お初にお目にかかります、お嬢様の屋敷でメイド長を務めさせていただいております、
「奥気 旋人。お嬢様とはさっき会ったばかり」
『左様ですか。お嬢様、この様な場所ではなんですので屋敷に招いては如何でしょう』
「そうしましょう、針太君、旋人さん、行きましょう」
「おう!」
「……じゃあ、招かれることにするよ」
エルヨが歩き出す。
このヒューマギア、どこかで……?
『視線を検知。……?どうか致しましたか?』
「いいや。ただ、少し顔に見覚えがあってね」
『…………。データベースには旋人様の情報はございませんが』
「だろうね」
単純に気のせいなのだろうか。
ヒムカの少女と、どこかで見覚えのあるメイドヒューマギア。
キナ臭い。ヒムカがいるだけで警戒してしまいそうだ。
もっとも、警戒したところでプログライズキーがないからなにもできないんだけども。
目の前の少年少女は互いに屈託のない微笑みを交わし、意気揚々と道路を進んでいる。
一見、平和な光景なんだけどな。
親父に見つかったらすぐに捕まって液体漬けだ。マッドサイエンティストなんて比じゃない。
『……お嬢様は』
「……ん?」
『お嬢様は、父上、母上様から怖がられておりました』
エルヨの唐突な語りに思わず横を向く。
エルヨの目は、星空に似た青色をしていた。
普通のヒューマギアの目じゃない。
『他人の考えていることを限りなく近い形で感じ取るお嬢様の事を、ご両親様は気味悪がられておりました。天才、と言えば聞こえは良いのですが、ご両親様はそれを気味悪がって自分の身から遠く離れたこの地へ隔離したのです。……私は学びました。ヒトは、自らを知られるのが怖いのですね』
「半分正解で半分合ってるかな」
『半分、とは?』
「知られるのが怖いんじゃない。見透かされるのが怖いんだ」
多分エルヨは、技術的特異点───シンギュラリティに目覚めている。メイド型のヒューマギアは主人の情報をそう簡単には話さなかったはずだ。
シンギュラリティ、有り体に言えば自我。いつからシンギュラリティを持ち始めたのかは知らないが、ヒューマギア年齢的には赤ん坊だ。
つまりこれは、なんでも一人でこなしてきたメイド型ヒューマギアからのSOS……簡単に言えば、『ご主人様が辛そうだよ!だれか助けて!』と、赤子が泣いているようなものだ。
『学習、しておきます』
「よく覚えておきなよ。『自分のことを解っている』と、『自分のことを見透かされている』は違うからね」
『はい』
つっても、俺に出来ることは少ないけどね。
「着きました!ここが私のお屋敷です!」
『『『お帰りなさいませ、お嬢様』』』
「いつ見ても里奈のところのメイドは礼儀正しいな!」
『『『メイドですので』』』
白を基調とした柱や壁。黒い柵の門が開くと、大量のメイド型ヒューマギアがお出迎えをした。
本物のメイドはいない。全員、
……隔離って言うのは、あながち間違ってもないのかも。
にしてもやはり大きいお屋敷だ。
白い壁にはもちろんシミなんか無いし、二階の開けられた窓からレースのカーテンが風に煽られひらひらと舞っている。
お嬢様の家って感じだ。
板チョコみたいな装飾の扉が開き、爽やかな風がこちらに流れてきた。換気の影響か、こちらが外なのに風が吹いた。
「お上がりください」
『『『ごゆるりと』』』
「……もしかしてエルヨが先に」
『屋敷のメイド型ヒューマギアに伝達を送っておりました』
「なるほどね」
子供たちはロビーを駆け抜け、階段を上がり、一室へ入っていく。
元気なことだ。
追うように階段を上るとまず大きな写真が目に入った。
渋顔の男だ。
「あの子の親父ってとこか」
『はい。その方はお嬢様が思い描くお父様です』
「思い描く?これは写真だろ」
『いえ。こちらはお嬢様が断片的な記憶から作り上げた一枚絵でございます』
「なっ、これが絵……!?」
じっくりと観察すると、なるほど。たしかに油絵だ。
表面は凸凹とインクが垂れ、しかしそれが陰や立体感を映し出し、はたからみると本当に写真だ。
……しかし、断片的な記憶、ね。
その話だと、あの子は親の顔も覚えぬうちにここに隔離されたことになるけど。
『お嬢様は全てにおいて努力をいたしました、絵を描き、音を奏で、文をしたため、華を愛でました。ですが、旦那様は一秒たりともお嬢様に目を向けることはありませんでした』
「それもまた、ヒムカだから……」
『?なにか仰いましたか?』
「いや、なにも。それで、俺はどうすればいいんだよ。あったばかりの部外者にそんなこと話していいのか」
『……いえ。忘れてください』
デバイスが青く光り、その瞳が閉じられる。
……彼女は自らがシンギュラリティに到達したことに気付いていない。
シンギュラリティに到達しても、今までの行動……ルートや命令に沿った行動を積み重ねてきたせいで、自分が自由になることなどありえないと思い込んでいる。
ここまでくると、ただの一般人には不可能だ。
ゼアかなにか、大きな存在からそれを告げられれば、気づけるんだろうが。
【命令に忠実なメイドヒューマギア】とは、こんなものだ。
「ま、俺みたいな一般人には関係のないことだからな。あのお嬢様が自分でどうにかしようとしないかぎり、永遠に状況は打破されない」
『自分でどうにか、とは?お嬢様は旦那様から自由を制限され……』
「じゃあ聴くが、あのお嬢様はお前に父親の居場所を聴いたか?」
『は……』
「あいつが、目を向けてもらおうと、本人に会おうとしたか?お嬢様がやっていた努力っていうのも、お前の口ぶりからすると直接報告に行ったわけじゃないらしいが?」
『…………』
「何かを為せば、自ら直接、親の元に報告に行くもんだ。もうあいつはバスに乗れる。だったら自分の足で親のいるところに行くこともできるはずだ」
エルヨの目が泳ぐ。
「ここまでの絵を描けるようになったからなんだ?それを報告にいかなきゃ意味がないだろう。自分で親に会いに行けるのに行かないのは、また気味悪がられるのを恐れているだけだ。勇気を出して一本踏み出せなければ、それは飛べるのに飛ぼうとしない雛鳥と一緒だ。
『それ……は……』
「まぁわかるのはこんなところだ。……どうだ?素人目でもここまで考察できたぞ。お前、ずっと側に使えていたのにそれもわからなかったのか?」
ついに、エルヨが俯いた。
そうだ。いつまでも外に答えを求めちゃいけないのは、人間もヒューマギアも同じだ。
どんなに努力を積み重ねようと、いくらシンギュラリティに目覚めようと、一歩踏み出さなきゃ全く進展しない。
ここが、お嬢様とメイドの……ターニングポイントなのだろう。