私とヒメ様のバトルは、私の先攻で始まった。
「『ブレイドラ』を召喚。マジック『リバイヴドロー』を使用。2枚ドローする。ターンエンド」
と、言っても私のデッキは取り違えたまま戻ってきていない。
ヒメ様にデッキは返したが、私のデッキはまだレツが持っている。
今私が使っているのはレツのデッキだ。
「レツのデッキか……。思えばレイと初めてバトルした時も、白でなく青のデッキを使っておったな。一体幾つのデッキを扱えるのやら。メインステップ、『最後の優勝旗』を配置じゃ。配置時効果でボイドからコアを1つ、このネクサスに置く。ターンエンドじゃ」
そういえばそうだったね。
あの時はヒメ様も転生者じゃないかって疑念があったから「ゲームキャラクターの氷田零」じゃなく「ゲームプレイヤー」として戦った。
「メインステップ。ネクサス『灼熱の谷』を配置。『ブレイドラ』をLv3にアップ。アタックステップ、『ブレイドラ』でアタック」
「ライフで受ける」
「ターンエンド」
そして、今はそのどちらでもない。
私だ。
私はただの私としてバトルする。
余計な仮面を被ったまま戦っても、相手に何も届かない。
「『タワー・ゴレム』を召喚する。ブレイヴ『リボル・アームズ』を召喚。召喚時効果でボイドからコアを2個、『最後の優勝旗』へ。そして『タワー・ゴレム』に
ヒメ様はそれでターンエンド。
『最後の優勝旗』の余剰コアを外さないCPUの戦い方。
ヒメ様じゃない、CPUのバトルだ。
「『灼熱の谷』の効果で2枚ドローして1枚破棄。メインステップ。赤の『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』を召喚。『ブレイドラ』はLv2にダウン」
でも、それについてはこの世界に来た時から知っている。
バトルで語り合うことはできないと分かってる。
「『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』の召喚時効果で『武槍鳥スピニード・ハヤト』を召喚、
なら私は、ただまっすぐ勝ちにいくだけだ。
勝って、彼女に道を示す。
それが今の私にできる唯一のことだ。
「アタックステップ。『武槍鳥スピニード・ハヤト』の効果。「青」を指定。このターン、
「ライフじゃ」
「ターンエンド」
BPで勝てないヒメ様はライフで受けることを選択する。
これでヒメ様のライフは2。
もう一度
「……やはり、レイは強いの」
ヒメ様が零す。
「ヒメ様は違うの?」
「…………」
ヒメ様は無言でコアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップを処理する。
「正直、なんでヒメ様がそこまで悩んでるのか分からないんだよね」
「……レイには、関係あるまい」
悩んでることは否定しないんだね。
「関係ないってのは確かにね。でも友達が苦しんでたら、助けようとはするよ」
「苦しんでいる、か。そうかもしれんの」
ヒメ様は手札を伏せ、顔を隠すように俯いた。
そして小さな声で、過去を語り始める。
「……妾は昔からバトスピがーーいや、多くの札遊び、カードゲームにおいて、他の者より強かった。お主らと出会うまではな」
知っている。
それはゲーム内でも語られていたはずだ。
「初めは嬉しかった。妾でも勝てぬ者がいることに。そして憧れた。その者のようになりたいと。お主やレツが、妾の中で大きなモノになっておった」
いや私はともかくヒメ様のレツに対する視線は絶対恋愛的なアレだよ。
恋愛経験が希薄な私でも分かるよあんまの。
この子はそれを憧れの感情だと思ってるのか……。
「じゃが、何度も戦い、負ける内に気づいたのじゃ。……妾ではお主らのようにはなれん。根本的な、大きなところで妾とお主では違いがある」
それは、CPUかどうか。
私は転生者だし、レツには
ヒメ様はその違いに気づいた。
流石、賢いね。
「……それに気づいても、これまで妾は目を背けておった。追いつける、いつか妾もそうなれる、とな。じゃが、ダメじゃった」
無視してきた現実がヒメ様をいきなり襲った。
世界大会という舞台でデッキを間違えるというミス。
しかし私とレツはそれでも勝利し、ヒメ様は敗退した。
「最初のドローで、妾の頭は真っ白になった。そこからはどんなバトルをしたのかも覚えておらん。気がついた時には負けておった。しかしお主は、デッキを取り違えた上で勝利した」
なるほど、それが原因で爆発したのか。
ヒメ様は私たちにはなれないと。
私たちには勝てないと諦めた。
……でも、それだと大切なところがハッキリしていないよなあ。
「どっちなの?」
「……何がじゃ」
「どっちが原因なの。私たちに追いつけないことか、自分の弱さか」
「!」
なるほど、そこも分かってない感じか。
まあ爆発したのがさっきならまだ現実に絶望してるターンだよね。
なら私がこんなことしなくても時間が解決した気もするけど、まあいいや、乗りかかった船だ。
「別に普通だと思うけどね。勝てない誰かがいるなんて当たり前だし、何度戦ってもどーしようもない相手だっている」
「しかし! レイは、チャンピオンで……」
「私だって、ずっと勝ってる訳じゃないよ。過去を見れば数えきれないほど負けてる」
私はこの世界ではチャンピオンにまでなったが、元の世界では何者でもない。
ただの1カードバトラーだ。
「勝てないなんて普通だし、それに絶望することはないよ。逆にいつか勝つために、戦い続ける」
勝てずに悩むのはいい。
でもそこで立ち止まったら勿体ない。
ゲームに本気で向き合い、克服する。
そうして得た達成感は何物にも代えがたい。
「別にバトスピに負けたって死ぬわけじゃない。なら、気楽にやった方が楽しいよ」
そう、所詮ゲームだ。
苦悩も含め、全てを楽しんだ方がいい。
「……ふふ、死ぬわけではないから楽しめ、か。確かにその通りじゃな。遊びというものは、楽しめなければ意味がないからの」
ヒメ様の目は、相変わらず赤く、潤んでいる。
けれどその顔に憂いはなくなっていた。
「さて、遊びを続けるかの。メインステップ、『天秤造神リブラ・ゴレム』を召喚じゃ!」
ヒメ様は『天秤造神リブラ・ゴレム』を召喚し、ターンエンドした。
ヒメ様はもう大丈夫だ。
彼女は進み続ける。
目標に到達するまで、もう決して立ち止まらない。
そして、彼女の先に私がいる。
私は彼女の目標であり、壁となる。
「メインステップ。『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』をLv3、『灼熱の谷』をLv2にアップ。アタックステップ、『武槍鳥スピニード・ハヤト』の効果で青を指定する。
「『タワー・ゴレム』でブロックじゃ!」
「『武槍鳥スピニード・ハヤト』の効果で
『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』のBPは17000『タワー・ゴレム』はBP6000。
このバトルは、私の『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』が勝つ。
「『『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』の
『北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン』のLv3
これでヒメ様にブロックできるスピリットはいない。
「回復した
「ライフで、受ける」
「はい私の勝ち」
ヒメ様の目から一筋の涙が零れる。
キラリと光を放つ大きな、一雫の涙。
けどそれ以上に、ヒメ様のこの笑顔は、私の記憶に深く刻まれた。