私がこの世界に来た時はちょうど夏休みだった。
そこから一ヶ月が経ち、今は10月の初め。
つまり文化祭だ。
学校によってはやらないところもあるけど、千樺中学校では毎年10月の第2木金で文化祭を行っているらしい。
そして文化祭と言えば出し物。
千樺中学校はクラス別で出し物をする。
私のクラスにはレツさんに姫子ちゃんと、バトスピ世界大会出場者がいるわけで、「文化祭でバトスピをやりましょう!」とのマドカさんの提案に反対する人は、まさにその世界大会出場者組以外いなかった。
「よく学校の許可通りましたよね。文化祭でバトスピって」
「うーん。オダイハマも市長がバトスピ好きってだけで色々やってるし、それに比べたらマシじゃないか?」
「えっ、それかなり酷い話じゃないですか。よくクビになりませんね……あとそれも買いましょうか」
文化祭の準備のため、私はレツさんと近くのスーパーに買い出しに来ていた。
結局、バトスピだけをするのは文化祭的にもつまらないから、という理由でバトスピカフェみたいなことをやることになった。
カードゲームと飲食を組み合わせるって、難易度高くない?
「それよりも俺たちは当日の心配をしないとな。酷いと一日中バトスピすることになるぞ」
「それはまだ妥協しますけど、他のクラスの展示に行けないのが残念ですよね」
そう、この企画で1番キツいのはレツさん達世界大会出場者組だ。
部屋の一角にフリースペースを設けて、そこで文化祭の間ずっとバトルするらしい。
私も、零さんが世界大会優勝しているせいでそれに巻き込まれた。
しかし所詮中学の文化祭。世界大会出場者がいるとはいえ、そんなに人は集まらないでしょう!
他のクラスの出し物に面白そうなのあったし、見に行けたらいいなぁ。
特に『ブレイドラーメン』なんか、すっごい気になる。
「あれ、頼まれたものが1つ売ってないな……どーするか」
「なら明日、私オダイハマに行くので、その時にデパートで買ってきますよ。何が足りないんです?」
「うーん。結構荷物になるから、俺も行こうかな。その方が面倒がなくていいし」
え!? それってデートってことですか!?
「いいんですか!?」
「気にするなって。おじさんの家に用があったし、ちょうどよかった」
「いや、そういう意味じゃ……」
マドカさんに怒られません? て意味だったんだけど……ま、いっか。
どーせレツさんからしたら、幼なじみの零さんと出かけるくらいの感覚でしょーし。
「じゃあ明日、駅前で」
◇◆◇◆
(ちょっと早く来すぎたかなぁ)
レツさんとの待ち合わせ時刻よりも早くに到着し、改札の前で待つ。
まだ10月とはいえ、外で待つには寒い。
「あの、ちょっといい?」
「? はい?」
壁にもたれていると、大人の女性から声をかけられた。
スタイル良くて美人、モデルさんかな?
「アンタ、渡雷烈のツレでしょ。アイツに伝えといてよ、『私達は関係ない』ってさ」
「は、はい?」
「チョーコか、アゲハって言えば伝わると思う。それじゃ」
「あ、あの!」
私はその人が帰ろうとするのを無意識に止めていた。
いきなりのことだし、戸惑ったけど、何とかその細い腕を掴んだ。
「この後、レツさんはすぐここに来ます。自分で伝えたらどうですか?」
「……ダメ。私達は私達のやるべき事をやる。じゃあね」
その人は腕を振り払って外へ向かった。
なんか意味深だったけど、深く知らない方がいいこともある。
「おーい、お待たせ」
「あ、レツさん。おはようございます」
レツさんと合流して、私達も別の電車に乗り込んだ。
「レツさん、さっきチョーコさんって方から、伝言を頼まれたんですけど……」
「チョーコ?」
「えっと、モデルみたいにスタイルのいい人でーーあ、アゲハとも言ってました」
「アゲハーーあぁ、あの人か」
アゲハさんの言伝を伝えると、レツさんは黙りこくった。
私が「知り合いの方ですか?」と聞くとレツさんは、ブラックゴートとの最後の戦いについて教えてくれた。
『ブラックゴート』と名乗る違法賭博集団は、裏サイトでバトスピの試合を放送し、その勝敗を賭けていた。
かなり大きな組織の割にセキュリティが固く、レツさん達もその実態を掴むのに苦労したという。
しかしブラックゴートには残念な特性があった。
賭けバトルを盛り上げるために強いカードバトラーを勧誘し、粘着するという特性だ。
断られたら諦めればいいのに、彼らは金と人脈を使って、断ったカードバトラーを廃人に追いこんだ。
レツさんや姫子ちゃんも狙われたらしい。
けど、レツさん達はそれを逆手に取った。
相手が接触してくる時なら、逆に捕まえることができると。
レツさん達は姫子ちゃんの別荘に集まり、ブラックゴートの幹部達を誘い込んだ。
その幹部の一人が、さっきの『アゲハ』さんだ。
レツさん達はそこでブラックゴートのルールに則り、『破滅』と『情報』を賭けたバトルを行った。
それに勝利したレツさん達はブラックゴートの本拠地の情報を得る。
彼らが『ダークトピア』と呼ぶそこは、廃遊園地を改造したもので、レツさんはそこに1人で(実際には裏で工作員の人も入っていたらしいけど)乗り込み、ブラックゴートの幹部の人達と戦った。
最初は『アフロ』と呼ばれていた赤デッキ使い。
変則ルールで相手のライフが8から始まる、というふざけたものだった。
次に『アゲハ』さん。
相手はコア8個から始まる、というルールだ。
最序盤から中型スピリットを並べられて大変だったと、苦笑いで教えてくれた。
3人目『パンク』
ルールは7ターン以内に勝利というルールで、レツさんは速攻で決めなければならないバトルを強いられた。
4人目は『コレクター』
ルールで相手の手札は8枚から始まる。
これもかなりのハンデだけど、レツさんは勝ち進んだ。
そして最後の幹部『ハッカー』
自分のライフが3でスタートするバトルは、うかつに攻めることも出来ずで苦戦したらしい。
5人の幹部に勝ち、ついにブラックゴートのボスとのバトル。
しかしその場にいたのは、レツさんのクラスメイトだった七篠正人、通称『ナナシ』だった。
『ナナシ』とのバトルは相手のライフは8、手札も8枚、しかも最初の手札が決まっているという無茶苦茶なものだった。
レツさんはそのブラックゴートの消滅を賭けたバトルに勝利し、事件は幕を閉じた。
……この話で大事なのは、ブラックゴートの幹部もボスも、実力行使に出ることなく、正々堂々とバトスピで勝負していたことだ。
彼らはその事に誇りを持っていた。賭けで決まったことが全てだった。
「……多分、アゲハが言いたかったことは、幹部の皆はネオ・ブラックゴートに関わってない、てことだ。今でもあのバトルの結果を大事にしている」
「……すごいですね」
まるでアニメやゲームのような話だ。
でも、ほんとにすごいのは今のレツさんの発言。
「よく、そんなに信用できますね。元ブラックゴートの幹部と分かっていて」
「分かるさ。そうじゃなかったら、あんなに本気でバトルをしない」
レツさんは彼らと本気で戦ったから、そう言いきれるんだ。
バトスピで相手を知れたから、こんなにもーー
「あっ」
「ん? どうかしたか?」
「レツさんって、零さんのバトルをどう思いますか?」
そこで私が思い出したのは、世界大会での零さんの寂しそうな表情だった。
レツさんは零さんと何度もバトルしている。
もしかしたら、レツさんなら当時の零さんの思いを理解しているのかもしれない。
「ーーごめん、俺もレイのバトスピについてはよく分からない」
「そう、ですか」
「分かるのはレイのバトルには魅力があるって事と、多分レイもそういう
「なるほど」
レツさんの発言に若干の違和感を覚えながら、私達はデパートに向かった。
デパートは駅から少し歩いた所にあり、その間にも零さんについて質問してみた。
レツさんは快く答えてくれたけど、その違和感は最後まで晴れなかった。
デパートに到着し、目的のものは上の階だからと私達はエレベーターに乗り込んだ。
「ん?」
「? 何かありました?」
「いや、気のせいかな……このエレベーター、
ピンポーン、と到着の合図が鳴る。
エレベーターの扉が開くと、そこは地下倉庫だった。
「キミ達が世界チャンピオンの氷田零と、世界2位の渡雷烈だね? ようこそボクの秘密基地へ」
薄暗い明かりの下で私達を歓迎したのは怪しい眼鏡の男。
その胸には、黒い双頭の山羊のマークがあった。
「ボクはネオ・ブラックゴートの幹部の一人、『ネオ・コレクター』だ。さあ、文字通り