ヒメ様と話す内に私は決意を新たにした。
必ず元の世界に帰る、あの境界を勇気を出して超えることを。
元の世界に帰らなければ私はここで腐るだけだと。
「レイ、少し外してくれや」
「ん? まだ話途中なんだけど」
「ええから。レイはちょっとこの屋敷の中でも見てこればええ」
「んー……分かった」
私は立ち上がり、部屋の外に出る。
コジローがヒメ様になんて説得するかは気になるけど……まあ悪いことにはならないでしょ。
「さて」
出てきたはいいけどこのあとどうしようか。
人の家を物色する趣味はないんだけど……ま、他にやることもないし、テキトーに散歩しますか。
三葉葵家については風花だった時に泊まっていたからある程度の間取りは頭に入ってる。
それでも全容が把握出来ていないのがここの恐ろしいところだ。
「どうして君がここにいるんだ」
「あれ」
三葉葵邸をテキトーに見て回っていると、途中の廊下でハッカーに声をかけられた。
なんでハッカーがここにーーと思ったけど、よく考えたらネオ・ブラックゴートの裏サイトのクラッキングに協力してもらったってヒメ様が言ってたな。
「どう? ネオブラックゴートの調子は」
「99%終了、あと数日もすれば完全にーーじゃない。なんだ? 三葉葵姫子から目付けの指示でもあったのか?」
「いや? ただの興味」
ハッカーが味方してくれるなら、ネオネオブラックゴートが誕生することはなさそうだ。
何故か犯罪集団に加担してたハッカーだけど、日本をしょって立つ数学の天才なんだよね。
情報処理能力に関してはハッカーの右に出るものはいない。
「まったく、用がないならさっさと帰ってくれ。僕は寝不足で疲れてるんだ」
「あ、それはごめん。でも寝る前に1個だけいい?」
「? なんだ」
「ハッカーがブラックゴートに入った理由、なにかなって」
ゲームではナナシがブラックゴートを作った理由はあっても、幹部達がブラックゴートに入った理由はほとんど聞かなかった。
たしかアフロだけじゃなかったっけ?
ほかはなんか有耶無耶だった気がする。
「……ブラックゴートに入った理由ね。それは僕が天才だったからさ」
「天才だから世間に疎まれると思った? それとも天才だから人生がつまらなかった?」
「まさか。僕は天才だ。だから僕は自分がどこまでやれるのか知りたかっただけさ。だからボスに協力してブラックゴートの幹部になった。ボスと僕がいればどんなこともできると本気で信じていたからね」
「なるほど。じゃあバトスピしてる時って、どんなことを考えながらやってる?」
「1個じゃなかったのか。まあいい。バトスピか……事前に集めた情報から相手の動きを読み、どんなカードが来ても確実に勝つようにデッキを回す」
「具体的には?」
「事前の情報があるとはいえ、相手が常に同じ動きをする訳じゃない。まずは様子見、無難にターンを重ねつつ、隙を見て相手のライフを奪う」
「なるほど」
私がハッカーにこんなことを聞いたのも、ゲームの影響がどこまであるのかが気になったからだ。
ハッカーは馬鹿ではない。
私は、ハッカーはブラックゴートに加入して悪事を働くような小物ではないと思ってる。
「ハッカーがブラックゴートに加入した理由」を聞いたのはそれがゲームの影響なのか確かめるためだ。
ハッカーは社会的にも順応しており、知能も低くない。
本来ならあまり犯罪など起こさないタイプの人間だ。
今回聞いたハッカーの理由なんて要約すれば「自分の限界を知りたい」だ、それならブラックゴートである必要はない。
そしてバトスピをしている時に何を考えているのか、という質問もそれに連なる。
今回は大雑把な質問のせいで詳しく詰めれなかったけど、だいたい分かった。
彼らは私が思っていたよりも自然に、本当の自分の考えであるように動いていたことは理解した。
この世界にはゲームの流れがあり、それに沿うように彼らの思考が流れる。
「さて、もういいか? 僕は眠いんだ」
「あ、ありがとね。おやすみなさい」
ハッカーのおかげで私もやるべきことが分かった。
今まで避けてきた禁忌に、私もそろそろ触れないといけない。
私はほとんどのものについてどーでもいいと思ってる。
だけどどーでもいいと言ってる割に、私はこの世界の人を貶すことはしたくなかった。
この世界がゲームであることをこの世界の人間に伝える。
彼らがNPCであることを伝える。
私がこの世界で負けない理由、コジローやヒメ様が私やレツに勝てない理由を明らかにする。
彼らは人間じゃない、NPCだ。
私と彼らの間に決して越えられない壁があると分かれば、私が別の世界の人間であることを認識させれば、月の使者を見た兵士のように無気力になるはずだ。
ーーと、そこまで考えたところであることに気づいた私はついふふふと笑ってしまった。
「ああ、これだから人間は面白い」
私の思考は破綻している。
彼らを人と見ないなら、彼らに関わる理由はない。
さっさと元の世界に帰っていい。
なのに私はまた彼らと会って、話をしようとしている。
何故か?
彼らは人間なんじゃないかと。
私は普段の生活で笑い、悲しみ、怒っている彼らを見ている。
理屈で彼らは機械だと認識する自分もいれば、彼らは人間なんじゃないかと考える自分もいる。
私の中で理性と感情の衝突が起きる。
こういう時、人の心は本当に複雑だと実感する。
でもその瞬間が、1番面白い。
理由はないけど、何となく笑いたくなるほどに楽しくなる。
「ーーさて、そろそろ話も終わってるでしょ」
理性と感情の喧嘩を終わらせるのは簡単だ。
感情を納得させればいい。
ただ私が満足するまでやって、ダメだったらダメだったで終わるだけだ。
「逆に理屈が壊れたらーーいや、流石にないか」
◇◆◇◆
応接室に戻った私はコンコン、とノックをする。
中から扉が開けられ、入るとさっきと人の配置が違うことに気づいた。
コジローがヒメ様の隣に移動している。
「レイ、妾とバトルをしてくれ」
いきなりだなー。
「コジローの入れ知恵?」
「せやで。ヒメさんに『レイはバトスピで負け知らずやから元の世界に帰って本気のバトルがしたい』って教えてな。ついでに『レイがこの世界で負けることがあったら、その前提が崩れてまうなあ』て言ったんや」
うっわ、なんて回りくどい言い方。
つまり「私にバトスピで勝てばいい」と教えた訳ね。
自分の与えられた難題を人に投げるなよ。
「……分かったよ、やるよ。ただ、私の要求も聞いてくれる?」
「なんじゃ。言うてみよ」
「バトルのルールについて。まず
このルールは
まず同一デッキだから、単純にデッキ相性みたいなものはない。
単純にプレイングの差が出るバトルだ。
ただ勝つだけなら、これだけでいい。
でもそれじゃ足りない。
「レイ。同一デッキは分かるが、手札をオープンしてバトルをするとはどういうことじゃ。相手の手の内が見えれば駆け引きも何もなかろう」
「そもそも駆け引きするようなレベルじゃないんだよ」
CPUは特定のルールに従って一定の動きしかしない。
その特性を持ってるヒメ様が駆け引きっていったって、結局いつも通りの動きをするだけだ。
今回手札を公開してバトルをすることには別の目的がある。
「むしろお互いの手札が見えることでバトル中に感想戦ができる。私はヒメ様の見てきた世界が見えるし、私はヒメ様に私の見てる世界を教えることもできる」
それはお互いの情報が共有されることで
いきなり「この世界はゲームであなた達はNPCです」といったって受け入れられるはずがない。
さっきハッカーと話して分かったのは、あのCPUの訳の分からない行動を、この世界の人達は「しっかり考えた結果そうした」行動をとっている。
つまり彼らはその動きが最善だと思ってる。
なら、それよりもいい手があることを指摘すればいい。
そして最後に、彼らが私の思考に辿り着かない理由を説明する。
この世界がゲームで、彼らがゲームのCPUに縛られてることを明かす。
「ま、やってみれば分かるよ」
どーせ私がこの世界にいるのなんてあと僅かだ。
最後に、このゲーム世界にものすごい大きな爪痕を残してやろうじゃないか。