「3日でレイの世界に追いついてみせる」
レツにそう言われた私は、駄目元でレツの提案に乗ることにした。
まあ別にレツと話をした直後に帰ろうとしてた訳じゃないし、他の人にも話をしないとと思ってたから問題はない。
"あの人"と話なんてしたくないけど……ま、仕方ない。
あれでも一応お世話になったんだし……
「あれ」
家に着き、玄関の鍵を開けようとした所で違和感を感じた。
(……まさかね)
恐る恐る戸を開き、中の様子を伺う。
玄関には私の知らない女物の靴が一足、乱雑に脱ぎ捨てられていた。
「あ、おかえり〜。もうどこ行ってたのよ〜。2時間くらい待ってたわよ〜」
リビングに入ると、ソファーに寝転がった女性が話しかけてくる。
顔が赤い。
床にはビールの缶。
何飲んでるねん。
「……なんでいるの、
そう、このダメ人間は私の母親である。
いや「私の」というか、「氷田零の」だが。
「いやね〜彼の所に泊まってたんだけど追い出されちゃって〜。しばらくここにいるからよろしく〜」
氷田零の母親に関してはゲーム内で一切言及されてなかったが、転生した今この人の存在を知ってかなり苛ついてる。
正直な話、私はこの人が嫌いだ。
私がこの世界に転生した直後のことを話そう。
最初は普通に赤子として転生した私だったが、その頃からこの母親はふざけていた。
まず私が幼く、父が仕事でいないのをいい事に堂々と不倫。
まだ1歳にも満たない私を家に置いて浮気相手と会っていたり、なんなら私の横で知らない男とヤッてたほどだ。
偶に1人で家にいると思ったら酒かたばこ。
私が漏らしてもおしめを変えることもない。
1日1食なんてこともザラだった。
不倫や育児放棄で訴えていれば勝てたと思う。
さらにこの人は浪費癖もすごかった。
明らかに父の収入を超えるレベルのブランド物を大量に買い込み、部屋の一角に山のように積まれていた。
しかも買って使っているところは見たことがない。
ただ買って満足感を得たいだけの人だった。
そんな訳だから我が家はいつも火の車だった。
赤ちゃんに家計を心配されるってよっぽどだぞ。
父が母のブランド物をこっそり質に入れていたのは知ってたが、それでも差分でどんどんお金を失ってた。
結局私が小学生になった辺りで父と離婚。
私は父親の方に着いていこうか悩んだが、ここがゲームの世界であることを知っていたのでわざわざこの町に残った。
逆にそのことがなければこんな屑の所にいない。
その後、母親は男を取っかえ引っかえで家に帰ってくることは滅多になくなった。
経済力のない私は母が別の男の家に居着くとご飯も食べることが出来ないため、わざわざ父に別の口座を作ってもらい、そこに生活費を入れてもらった。
そんなことがあるのだから、私がこの人を嫌いになるのも当然だと分かってほしい。
「(ま、いいや。ご飯食べよっと)……あれ、もしかして冷蔵庫にあったやつ食べた?」
「あ〜、美味しかったわよ〜」
(*ね)
もうこの人に事情は説明しなくてもいいんじゃないかと思う。
私がいなくなってもこの人何も思わないでしょ。
「あれ〜どこいくの〜?」
「……友人の家に泊まってくる。しばらくここにいるんでしょ、勝手にして」
この人と一緒に生活するなんて、ほんと無理。
私は家を出ると、とりあえず広場に向かって歩き始めた。
さて、どこに行こうか。
ヒメ様の所に厄介になるか……でも急で悪いしなー。
あ、そうだ。レツのおじさんの家に行こう。
レツのおじさんは基本仕事で家にいないし、オダイハマで遊ぶ時は勝手に使っていいと許可ももらってる。
観光よりは家出に近い形だけど、まあそこら辺はおじさんも大目に見てくれるでしょ。
そうと決まれば即行動。
私は千樺駅に向かい、オダイハマ行きの電車に乗った。
また戻るならマドカとカフェに行った時、そのままレツのおじさんの家に行けばよかったな。
時間と手間の無駄じゃん。
「お邪魔します」
「おや、久しぶりだね」
「あ、こんばんは」
レツのおじさんの家に入ると、まさにその家主がいた。
レツのおじさんとは前に会ったことがあるから面識はある。
部屋を勝手に使っていいと許可を取ったのもその時だ。
「こんな時間にどうしたんだい? あ、さては電車に乗り遅れたーーにしては終電まで時間があるな。あれ、ほんとにどうしたの?」
「えっとかくかくしかじかで……」
「なるほど……それは大変だね。いいよ、今日は泊まりなさい」
私はさっきまでの出来事をおじさんに伝える。
するとおじさんは気前よく泊めてくれた。
「だけど、明日には帰りなさい。どれだけ君が母親を嫌っていても、そこに強い繋がりがある以上はいつか立ち向かわなきゃいけない」
「……はい」
正直あんなのとは一切関わりたくもないんだけど……ま、いつかは立ち向かわなきゃいけないってのは分かる。
あんなのから逃げ続けるのも癪だ。
どうせ3日あるんだし、全ての縁は切っておこう。
◇◆◇◆
プルルルル、プルルルル
翌日、電話の音に気づいて目を覚ました。
電話が鳴ってるぞー、と隣の部屋に入るが、おじさんはもう仕事に出かけたみたいでいなかった。
「(……仕方ないか)はいもしもし」
「あ、よかった! まだいたんだね」
「あれ、どうしたんですか? 電話なんてかけて」
電話の相手はおじさんだった。
なんでも昨日帰った時に書類を忘れたから暇なら届けてくれという。
一宿一飯の恩があるし、時間に余裕もある。
断る理由がない。
そんな訳で私は超未来技術研究所に来た。
「すいません。渡雷さんにこれ渡してもらえますか?」
「渡雷……異世界研究室の渡雷さんですね。分かりました」
「……今なんて?」
聞き間違いかな。なんかすごい単語が聞こえたぞ。
「えっと、異世界研究室の渡雷さんに、この書類をお渡しすればよろしいのですよね?」
「……すいません、その研究室ってちょっと見学とかできます?」
「? えっと、確認してみますね……」
異世界研究室って、異世界の研究してるってことだよね?
異世界転生経験者としてはぜひ話を聞きたい。
もしかしたら、私がなんで転生したのか、どうやって転生したのかとかが分かるかもしれない。
「はい。見学の許可がおりました。異世界研究室は3階の315室です」
受付のお姉さんから部屋を聞いて、地図を見ながら315室に向かう。
あ、ここか。
「失礼します」
研究室の呼び鈴を鳴らし、扉を開けてもらう。
おじさんが出迎えてくれたのでまず書類を渡し、異世界研究室の話を聞くことにした。
「異世界研究室って、何を研究してるんですか?」
「名前の通り、異世界の存在を研究してるんだよ。あるなら発見できるよう頑張るし、ないならないことを証明しないといけない。それでだ、これを見てほしい」
おじさんが見せてくれたのは1本の動画だった。
画像がブレていて見づらいと思ったら、解像度を上げた写真にして見せてくれた。
「えっと、これがなんですか?」
その写真は紛れもなくお台場のガンダムベース前にあるユニコーンガンダムの写真だった。
こんなもの見せて一体何になるんだろうーーと思ったらおじさんが解説をしてくれた。
「これはウチの研究室が撮影に成功した異世界の写真だ。こんなロボット、この世界のどこを探してもないだろう? これが本物だと証明できれば、異世界が存在すると証明できるんだよ」
ドヤ顔で話をするおじさん。
私はその話を聞いて理解した。
(お台場の代わりにオダイハマとなってるこの世界には、等身大ユニコーンがないんだ!)
完全に失念してた。
お台場のユニコーンを知ってる私からしたらこの写真に何も感じない。
だけどこの世界にはお台場がない。
それならこのユニコーンの写真は正しく私が元いた世界を撮影している。
「……どうやって撮影したんですか?」
「異世界物体移送装置にカメラ付のドローンを乗せてね。そのドローンが撮影したんだ」
「その装置、見ることはできますか?」
「え? 一応重要実験装置だけど……ま、多分大丈夫だと思うよ。待っててね」
もちろん私の元いた世界には異世界と繋がる装置なんてない。
だけどこの世界に異世界転生の装置があるなら、それが原因で私が転生したということも考えられる。
とにかく、情報が欲しい。
「おい。誰だお前」
「あ、見学の者です」
おじさんを待っていると、白衣の男の人から声をかけられた。
確かに中学生がこんな所にいたら不思議に思うよね。
「見学……その歳でか。面白いやつだな、撮ってやろうか?」
「お断りします」
「それは残念」
男の人は首から下げたカメラのレンズをこちらに向けるが、私が断ると窓の外の写真を撮った。
こんな所に見学に来てる私もだけど、この人も何か変わってる。
「お待たせー、装置の見学許可取ってきたよ。それでついでなら再実験しようってことになってね。見てくよね?」
「はい」
実際に動いてる所を見せてもらえるならその方がいいに決まってる。
おじさんに連れられて私は実験室に入った。
さっき話してた男の人もついてきてるけど、ずっとカメラばかり弄ってる。
というかこういう所って撮影OKなの?
「あれが異世界物体移送装置『ハーメルンの笛』だよ」
「あれが……」
異世界物体移送装置と大層な名前だけど、あるのは小さなガラスの箱にチューブがついてるだけ。
正直仰々しい門とかを想像してたんだけど、期待外れでガッカリしてる。
「これが転送装置か。どーゆーものなんだ?」
「ああ、こっちは付属品、本体はまた別にあるんだ。まずあのガラスの箱に転送するものを入れる。するとあのチューブから特殊な液体が注がれ、周りの機械が物体を原子レベルにまで記憶、それを異世界に投影する、というものなんだ」
ほへー、よくわかんね。
というかこの白衣の人、研究者じゃないの?
なんで装置のこと分かってないのよ。
「異世界に物体を投影、か。それならどうやってその記録を持ってきたんだ? 撮った写真に落書きしても、フィルムに落書きは映らないだろ」
「それは注入する液体の力だね。異世界からの投影を終える際にその異世界の状態に変化させるんだ。あの液体には……」
んー、つまり異世界にいくのは残像で、本体はこの世界にあるまま。
そして戻ってくる時に残像の方に本体を寄せる、と。
……その技術があるならどこでもドア作れるのでは?
あれ確か移動前の体をコピーして移動後の場所に再生成する機械でしょ。
やってること同じじゃん。
「というかキミここの研究員だよね? なんで知らないの?」
「今日からここで働くことになったんだ。まあでも大体分かった」
新人かよ!
話し方が偉そうだったから勝手にそれなりの地位にある人だと思ってた……。
まあとにかく、これは私が転生したこととなんの関係もなさそうだね。
異世界に触れられる機械っていっても、私の転生事情には関係なさそう。
「異世界への投影ってどうやってーー」
「物質的なものというよりは概念的なものを転送してるからーー」
とはいえ異世界転送装置についてはかなり気になったので、おじさんから根掘り葉掘り聞き出した。
話はかなり分かりやすく、専門用語は私が理解できるよう噛み砕いて説明してくれる。
おじさんの話を夢中で聞いていたら夜になっていた。
結局家には帰らず、またおじさんの家に泊まることになる(おじさんは研究室に泊まり込むらしい。今日ずっと私と話してて仕事してないからね、仕方ないね)。
レツとの約束の日まであと2日ーー