セルモノー・リューに生まれ変わった青年の話。   作:黄色いうちわ

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  エリス嬢の昔話。


 エリス・ファーロス嬢の昔話。

 

 

     自分の容貌が嫌いだ。

 

  お母様に似た顔なのに、優しげでない儚さがない。鏡を見るたびにため息がでる。なぜ、こうも《いかにも何かを企んでいます》《悪女の見本です》《毒婦ですが、なにか?》《謀略・策略を考えるのが大好きです》な顔をしているのかと。

 

  周りからの、愛する家族からの声も、気が沈む内容だ。

 

  《エリスが男であれば良かったのに》《エリスがいればファーロス家は安泰だ》《いっそエリスを女当主にして息子を有力貴族の御令嬢に婿入りさせようか》

 

  私は普通に暮らしているだけで、普通に貴族の令嬢として、家の為に嫁ぎます。できたら暖かい家庭を築きたいです。

 

  信頼している乳兄弟のフリントにそう言ったら、エリス様ったら、笑えない冗談は止めてください。エリス様でしたら王家をぶっ潰して新たにファーロス王家を創れますよと返ってきた。この世は地獄です。

 

  信頼しているフリントを常に側に置いているのもよくない気がしてきた。フリントと恋仲なのかと疑われている。フリントからの想いは百パーセント忠誠心だ。本人が言っていた、

 

  《エリス様へ向ける感情は、忠誠心と敬愛です。もはや信仰心といっても過言ではありません。エリス様の罪を被って死ぬ名誉を私にお与え下さいませ》と。

 

  嘘やおべっかなら良かったのに、心の底から思っているのが困る。普通が良い。

 

  第二王子のセルモノー様。あの御方の噂話や風評もすさまじいものであったな。ご本人も私の様に戸惑いを感じておられるのやも知れぬな。

 

  そう。私はセルモノー様に親近感を抱いていた。

 

  《魔王バロル以上の魔王となる御方》《あの御方の禍々しさはデス以上だ》《ロストールで一番の賢人が、教えられる物がなにひとつ有りませんと言っていた》《騎士団長がセルモノー様と打ち合って負けて、セルモノー様に剣と忠誠を捧げたぞ》《兄上を慕い弟君を可愛がっていらっしゃるが、内情はわからぬな》《肥沃な領土を拝領した。やはり王位を狙っていらっしゃるのだ》《冒険者になられたのはきっと他国に私兵を増やす為に違いない。狡猾な御方だ》

 

   貴族や豪商の噂話で語られるセルモノー様の印象は私が噂されている内容に似ていた。だからこそ、ご自分の風評に困惑されておられると思った。

 

   私の代わりに《外》を見てもらっているフリントの話してくれたセルモノー様は、違った姿をしていた。

 

   「フリントから言わせていただくと、あの御方は神の慈悲の代行者。破壊神の裁きの執行者でございます。疫病で倒れた旅人の治療を王子がしていたのです。貧しい寒村から食糧を女を略奪した傭兵崩れのならず者集団をたった一人で全滅させ、奪われた食糧と女を取り戻したのです。王子をお守りする王家の守護者を頼る事なく、ご自分の判断と力で為し遂げたのです。

 

  …スラムに慈悲を施す、いいえ、セルモノーはスラムに生きる人々に寄り添い生きている。平民の生きる町で平民と共に喜怒哀楽を共にしている。神の慈悲破壊神の裁き、そして何より、人間です。身分などにあの人間はとらわれない。人間としてよわきに優しくあろうとし、弱者をうつものに抗う。それを選べてしまう強き人です。

 

  殿下御自身が、王家の櫛びから飛び立っておられます。王家のセルモノーではなく、冒険者のセルモノーとして生きておられます。大旦那様と旦那様は、セルモノー様の本質に気付かれて、獲得に向けられて策略を練っておられます。陛下にセルモノー様を我がファーロス家に降嫁させて下さいませんかとおっとしまったついうっかり。…セルモノー様のお話し相手としてエリス様と若様を紹介されるそうです。良かったですねエリス様?エリス様―っ!医師を呼べーっ!」

 

  亡くなったお祖母様に会いに逝きかけてしまった。人間は嬉しすぎても死にかけるらしい。

 

  傲慢で愚鈍だった救えない兄が、セルモノー様に出会った瞬間に劇的に変わった。騎士としての忠誠をセルモノー様に誓い、剣と学問を習い直し、父上とお祖父様にお願いをして、ファーロス家の跡取りとしての再教育を受けているのだ。

 

  変わった理由を聞いたら、真剣な顔をして語られた。

 

  「…笑うなよ。俺はな、魂、その者の宿している魂がわかるときがあるんだ。騎士の奴等はアークソードがやっぱり多いよなとかそんな感じでな。だけどな、セルモノー様は違った。違ったんだ。神様、異界の神様の守護が三つもあった。それと、セルモノー様の魂は無限だった。無限なんてありえないだろう?一際強く感じられた魂は、人間の持ち得る魂ではなかった。神様としかいえなかった。貴族や豪商の語っている噂は所詮噂だ。うちの実直なフリントの言う事こそが真実だ。現人神が近いな。エルズのエアは所詮巫女。竜だって神様から創られた存在。あの御方は神様を宿している尊い御方。…ファーロスが神の従者になれるなんて光栄だろう。俺は一の従者を目指すから、お前はセルモノー様の妻の座を狙えよ。お前は俺の自慢の妹で、ファーロスの自慢の一人娘だ。絶対に第二王子妃の座を得るんだぞ?エリスーっ!フリントっ、医師を呼べーっ」

 

  私の兄と乳兄弟よ。私の心は初なんだからもう少しオブラートにくるんで欲しい。

 

  前当主・現当主・未来の当主からのお墨付きなので、私もセルモノー様の妃になるという覚悟を決めた。だが、問題がある。セルモノー様が私を気に入って下さるかどうかだ。

 

  兄が、セルモノー様のお部屋に入るなり、いきなり泣きながら忠誠を誓うからだ。周りが慌てて兄と私を回収して無理矢理帰宅させてしまったから、私はセルモノー様にご挨拶できなかった。

 

  …美しい方だった。細身の、だが、均整のとれた逞しい体。美しい銀髪で、優しい目をしていた。控えていた従者やメイドがセルモノー様に向けている視線は敬虔な信者の視線そのものだった。兄に向ける眼差しが、《よく真実に、真理に気がつきましたね。貴方の選択は正しい。さあ、同胞よ。共に尊き御方にお仕えしましょうね》と語っていた。

 

  …七つの年齢差が呪わしい。同じ年ならば、生まれたと同時に婚約者になれたのにっ。父上のお祖父様の親戚の勘違いが呪わしいっ。私の容姿のイメージから、この娘を当主にしよう。そうしたほうがお家が安泰だなんて考えついたばかりに十一まで嫁ぎ先を考えなかった!兄よ、目覚めるのが遅いっ。噂にビビってセルモノー様に近づかなかったってどこの気弱な乙女だっ。なんかもう、身内にせっせと足を引っ張られて妨害されている。でも、絶対に負けないっ。絶対にセルモノー様に選ばれてお、奥さんになるっ。

 

 

 






  ファーロス家は一族揃って敬虔なセルモノー教徒。(ゼネテス除いて)

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