天地無用!皇鮫后 作:無月有用
本日は宇宙に上がらないことにしたハリベルは、朝積みの手伝いを行っていた。
魎皇鬼はニンジンの籠の横で眠たげに欠伸をして目を擦っており、天地はニンジンを収穫し、ハリベルは鍬を振って土を耕していく。
ハリベルの滞在が決定したことを受けて、天地は砂沙美やノイケと相談して、新しく育てる野菜を決めてナスと大根を育てることになった。
そのための土地をハリベルが耕している。
理由は簡単。
天地より体力も力もあるからである。
天地の倍近い速さで土を耕し、鍬の一振りで掘り起こす土も天地より多い。
そして、地中に埋まっている岩や木の根も止まることなく砕ける。
トドメに開墾の際には1人で樹を引っこ抜いて、畑を広げることが出来る。
ちなみに抜いた木々は鷲羽が処置をして別の場所に植え直している。
天地は当初、非常に申し訳なさそうな表情を浮かべていたが、あまりのハリベルの活躍に何も言えなくなってしまった。
軽々と樹を肩に担いで、鷲羽が設置した保護装置に運んでいき、それが恐ろしい速さなのだから文句を言う方がバチが当たると思ってしまったのだ。
土地を耕し終えると鷲羽が土壌調査をして、ある程度育ちやすいように改良して種を植え、肥料を撒く。
そして、昼食時。
「え!? もう開墾どころか種蒔きまで終わったのですか!?」
「凄ぉい!」
ノイケが驚きを露わにして、砂沙美が純粋に感心の声をあげる。
天地も頷いて、心の底から感謝の念を瞳に浮かべてハリベルを見る。
「ハリベルさんと鷲羽ちゃんのおかげで。あっという間だったよ」
「魎呼達だったら後2日はかかってたろうねぇ。くっくっくっ!」
「「くっ……!」」
鷲羽の挑発に魎呼、阿重霞は箸を握り締めて悔しがるが、事実なのでそれ以上のリアクションも出来ない。
その様子に天地とノイケは苦笑し、ハリベルは我関せずと黙々と料理を味わう。
その時、砂沙美がノイケがあることを思い出す。
「あ、そうだわ。ハリベルさん」
「なんだ?」
「勝仁様からなんですが、この後天地様の鍛錬を行うのですが一緒にどうかとのことです」
「……鍛錬に?」
「恐らく助言や鍛錬の相手をしてほしいのかと……。時折阿重霞さんや砂沙美ちゃんも手伝ってますから」
「……分かった」
ハリベルはやることもなかったので、参加することにした。
樹雷第一皇子の実力やその修行にも興味があったからだ。
昼食終了後、皿洗いを手伝い、動きやすい服装に着替えたハリベルと天地は修行場へと向かった。
ハリベルは藍色のノースリーブの和服に黒の帯を巻いており、黒のズボンにカンフーシューズを履いている。
勝仁もいつもの宮司の格好ではなく、動きやすい服装をしていた。
天地と勝仁は体を解すと、木刀を握って型の復習を始める。
天地が習っているのは樹雷剣術だ。
なので、完全に実戦に重きを置いている武術なのだ。
しかし、少し前まではあくまで心身を鍛えるものでしかなかったため、天地の動きや力の乗せ方は舞に近い。
もちろん、それを修正しようとしているのは見ていれば分かるが、やはり長年の癖はそう簡単には抜けない。
天地はその後、地面に設置された大量の丸太の上を移動しながら、向かってくる振り子を打ち払う修行をする。
ハリベルはそれにやや呆れるも、実戦的であることは認める。あまりにも原始的な方法である意味は納得しきれてはいないが。
天地は必死に足場に対応しながら、飛んでくる振り子を躱して、時に打ち払う。
宇宙の戦闘はエネルギー弾や光剣が主体なので、受け止めるという手段は基本とらない。躱すか打ち払うかの二択である。
もちろん光剣同士ならば受け止めることはあるが、それでも出力性能が違えば刃が砕かれる可能性があるので勧められない。
「では、休憩したら、ハリベル殿と試合してもらおうかの」
「はぁ……はぁ……うん……」
座り込んで息を整えながら頷く天地を横目に、勝仁はハリベルに歩み寄る。
そして、木刀を手渡しながら、
「すまんが、軽くのしてやってくれ」
「……どのくらいのレベルで動けばいい?」
「そうじゃのぅ……。まぁ、子供を相手にするつもりでやってくれ。光鷹翼を使わぬと、阿重霞や砂沙美にも勝てぬのでな」
「……なるほどな」
勝仁の言葉に頷いたハリベルは、木刀の軽さ、強度、振るう感覚を確認する。
そして、10分後。
休憩を終えて立ち上がる天地はハリベルに顔を向ける。
勝仁は下がって、審判役を務める。
ハリベルも天地に向かい合う。
すると、右手に握っていた木刀を回しながら右腕を振り被り、勢いよく真横に振り抜く。
バアァン!!
と、空気が弾けて炸裂音を轟かせる。
周囲に爆風が吹き荒れ、周囲の木々の木の葉を巻き上げ、天地と勝仁の身体に叩きつけられる。
「ええ!? ちょ、ちょっとぉ!?」
まさかの初動に天地は大いに慌てて後退る。
その瞬間、ハリベルは滑る様に猛スピードで天地に詰め寄った。
斬り上げを繰り出し、天地はまだ驚きから持ち直していないが反射的に木刀を滑り込ませてガードする。
ガァン!と音を響かせて後ろに滑り下がる天地を、ハリベルは追撃することはせずに木刀を確認する。
なんとか転ぶことなく持ちこたえた天地は痺れる両手に顔を顰める。
(前ほどの速くない……! けど、それでもギリギリだ)
手加減してくれているのは理解しているが、それでも一杯一杯だった。
天地は痺れた両手で木刀を構える。
それを確認したハリベルは再び駆け出して、天地に攻めかかる。
木刀を振り被ったハリベルを見て、天地は腰を据えて待ち構えるが、その瞬間ハリベルは屈んで左足を振って足払いを放つ。
「うわぁ!?」
更にハリベルは左手を伸ばして天地の胸倉を掴み、片腕で一本背負いを放って天地を投げる。
天地は一切抵抗できずに背中から地面に落ちる。
「つぅ……!」
「……柾木天地。格上と分かっている相手に待ち受けるのはあまり意味はない。むしろ、隙だらけに見える」
止まっている相手程仕掛けやすいことはない。
動き回っている方が意外と攻撃手段は絞られ、すでにスピードに乗っているので対処がしやすい場合が多い。
もちろん、あまりにもスピードに差があれば、そこまで有効手段にはならないのだが。
「宇宙では拳銃も当たり前に存在する。光鷹翼を使うならばそれでも構わんが、使わないつもりならば足を止めるのは愚策でしかない。先ほどの鍛錬はそれを意識させたもののはずだ」
「わ、分かりました……」
「ならば、来い」
今度はハリベルが木刀を構えて待ち受ける。
天地は顔を引き締め、体に活を入れて一気に全速力で駆け出す。
「はぁ!」
天地の斬り下ろしをハリベルは半身になって躱し、天地から距離を取る。
天地は足を止めずに追いかけ、ハリベルは木刀を突き出すように右腕を上げる。
「っ!」
両足を滑らせながらブレーキをかけ、横に跳ぶように移動する天地。
その動きに合わせるようにハリベルは身体を回転させて、木刀の切っ先を天地に向け続ける。
それが拳銃を模しているのだと理解し、今のスピードでは簡単に撃たれると言われていると天地は気づく。
天地は更に速度を上げ、ハリベルを撹乱するように周囲を走り回り始める。
意図が理解できたと判断したハリベルは一度木刀を下ろし、次に天地の進行方向を先読みしたように木刀の切っ先を向ける。
その動きを見た天地はその切っ先の先に飛び込まないように、急転換したり、跳び上がって動き続ける。
それが5分ほど続けられた。
「はっ! はっ! はっ! はっ!」
常に全力で動き続けていた天地は、スタミナがすぐに限界を迎える。
そして、最後は足がもつれて勢いよく地面を転がってしまった。
「うわああ!?」
「……ここまでだな」
ハリベルは構えを解いて、張り詰めていた気配を霧散させる。
天地は地面に大の字になって寝転び、息を整える。
ハリベルはタオルを天地に投げつける。
「あ、ありがとう……ございます……」
「ああ」
「ふむ。やはり手も足も出なんだのう」
勝仁が顎を擦りながら、歩み寄る。
天地は体を起こして、小さくため息を吐く。
「攻撃する余裕すらなかったなぁ……」
「当然じゃ」
「そもそもお前と私では、肉体の強さが違う。あの程度の速さならば、見失うことはない」
「そ、そうですよね……」
「……生体強化はしないのか? 白眉鷲羽ならば樹雷レベルの生体強化も可能だと思うが……」
勝仁に顔を向けて訊ねるハリベル。
それに天地は首を傾げる。
「樹雷の生体強化は普通のとは違うんですか?」
「樹雷は皇家の樹の力を活用しておるのじゃ。そして、第三世代以上の皇家の樹のマスターは、己の樹からも力を引き出すことが出来る」
それが樹雷が最強国家と名高い理由でもある。
樹雷に属する者は男女ともに特殊な生体強化を受けており、全員が武の心得を叩き込まれる。
男の場合は基本的に『闘士』と呼ばれ、一騎当千にも匹敵する実力を秘めていると言われている。
そして、マスターとなった皇家の樹を介することによって、更に体を強化することが出来るのだ。
それは上の世代ほど強力で、勝仁はマスターキーを介して、一枚ならば光鷹翼を発現することが出来る。
第一皇妃船穂は、第二皇妃美砂樹の皇家の樹からも力を引き出して、第一世代並みの力を得ることが可能である。ただし、これは2人の樹が双子だから可能であり、更に船穂が酒を飲んで酔っ払うことが条件であるが。
天地は皇家の樹のマスターではないが、魎皇鬼を作り出した白眉鷲羽ならば、それなりの生体強化は可能なはずだとハリベルは疑問を感じていた。
それに天地が頬を掻いて、困惑の表情を浮かべる。
「それが……鷲羽ちゃんがいうには、俺は生体強化は控えておいた方がいいって……」
「……何故だ?」
「説明してあげるよん♪」
「うわぁ!?」
突然天地の背後の茂みから鷲羽が飛び出してきた。
もちろん天地は驚いて跳び上がり、ハリベルは呆れた表情を浮かべる。勝仁はもう慣れたもので涼しい顔をしている。
鷲羽はどこから取り出したのか、眼鏡をかけてアカデミー講師の格好に変わって教鞭を右手に持つ。
「さて♪ 天地殿の生体強化についてだけどね。理由は簡単。必要ないからさ」
「……必要ない?」
「けど、俺は砂沙美ちゃんにすら勝てないんだけど……」
「それはね、天地殿がまだ本能的に超次元生命体の力を引き出さないようにセーブしてるんだよ」
「……精神面の成長というのはそういうことか……」
「そうだね。それと生体強化をすれば寿命も延びるけど、それも天地殿はすでにクリアしてるよ」
「……そうか。超次元生命体になったことで人の理から外れたのか……」
「……理解が早くてつまらないねぇ。その通り。既に天地殿は不死になっている」
「不死……。つまり成長も止まったのか?」
「いや、全盛期までは成長するよ。それ以降は止まるけどね。ちなみにあの家に住んでるメンバー、私も含めた全員も不死になっているよ」
「……柾木天地が望んだから、か」
「恐らくね。ちなみに、ハリベル殿も不死になってることが分かったよ」
「なに?」
「え!?」
流石にその情報はハリベルも驚愕を抑え切れず、天地も大きく目を見開いて驚愕する。
天地は自分が超次元生命体になった時の影響だと思っていた。
しかし、その後に出会ったハリベルが不死になったとなると、話が大分変わってくる。
「げ、原因は!?」
「残念だけど……。天地殿の力は私達よりも上だ。私でも完全に理解できるわけじゃないんだよ」
「そんな……」
「天地殿の光鷹翼のエネルギーを浴びて、天地殿がハリベル殿のことを心配して、身内として受け入れたからだと私は推測してる。だから、誰でもすぐにってわけじゃないだろうさ。それに天地殿が力をコントロール出来るようになれば、問題なくなると思うよ」
「そう……ですか……。すいません、ハリベルさん」
天地は悲痛な顔でハリベルに頭を下げる。
しかし、ハリベルは、
「謝る必要はない」
「けど……」
「元々私の寿命は生体強化を重ねていることで、すでに不死と変わらない。お前に会わなくても、殺されなければあと数万年の寿命はあっただろう。それに……不老であっても、
「そうだね。殺されれば、普通に死ぬよ」
「ならば宇宙に生きる者からすれば、そこまで問題はない。この地球からすれば、白眉鷲羽や柾木勝仁はもちろん、私もすでに十分不老だろう」
「そういえば、ハリベル殿って今いくつなんだい?」
「……恐らく500を超えたくらいだ。もしかしたら、もう少し老いているかもしれんが……」
最後の生体強化以前の記憶がなく、記録もほとんど残っていなかったので、はっきりといた年齢が分からないのだ。
それでも生体強化の記録と、これまで生きて来た年数を考えれば500は超えているはずだと思っている。
「一般的な生体強化でも、一度行えば寿命は2000年近く延びる。正直なところ、不死と言われたところで、実感するのは数千年先の話だろう」
「そ、そうですか……」
「故に今、お前が謝罪する必要はない。それに……お前が力を十全に扱えるようになった時には不老も解けるかもしれない。それを見届けてからでも遅くはないだろう」
数千年もあれば、流石にある程度力を扱えるようになっているだろう。
その時にまた考えればいい。どっちにしろ無茶をしなければ、数千年は確実に生きるのだから。
結論も謝罪も急ぐことではない。
ハリベルのその言葉に、少しホッとした顔をする天地。
「しかし、それでは身体能力の向上は簡単ではない、ということだな?」
「そうなるね。天地殿が少しずつ実感していく方が無難だよ。加速空間を使ってもいいのかもしれないけど、まだ天地殿は使ったことないからね」
「ならば、数を重ねるのみ、か」
「そういうこと♡」
「え……?」
「では、あと10本ほど手合わせしてみるとしよう」
「えぇ!?」
「極限まで追い込めば、力の使い方も分かるやもしれん」
そう言って、ハリベルは木刀を肩に担いで天地を見下ろす。
その後ろで勝仁は頷き、鷲羽はいい笑顔で2人の手合わせを観察する気でいた。
それに逃げ場がない事を悟った天地は頬を引き攣らせながらも立ち上がるしかないのだった。
そして、30分後。
様子を見に来た砂沙美とノイケの目に映ったのは、ボロボロの姿で仰向けに倒れ、鷲羽の機器で色々とコードを繋がれて治療と検査を受けている天地の姿があり、そのすぐ傍でハリベルと勝仁が今後の天地鍛錬プログラムを相談していた。
その日、天地はそのまま休ませることにして、畑仕事はハリベルとノイケが行うことになるのだった。
夕食時。
鷲羽の治療もあり、天地は問題なく回復した。
かなり体を動かしたこともあり、食欲は旺盛だった。
「天地様、もうお身体は大丈夫なのですか?」
「うん、もう大丈夫。別に大怪我したわけじゃないですし。単純に疲れ果てただけですから」
天地は阿重霞の言葉に苦笑しながら言う。
「それにしても、いきなり厳しくやりすぎじゃねぇか?」
「……毎日続けるわけではない。適度な刺激は必要だろうと柾木勝仁から言われただけだ。光鷹翼が自由に使えないのならば、自衛の術は多い方がいい」
「それはそうですが……」
「柾木天地もいつまでも私達より弱いのも複雑な思いがあるようだからな。生体強化が出来ないなら、原始的に厳しく過重をかけるしかあるまい」
「「むぅ~……」」
魎呼と阿重霞は正論に唸るしかない。
どうにも最近ハリベルに負けている気がしてならないのだ。
実際、畑仕事の手伝いや指導力では大きく負けているのだが、やはり天地の横を奪われているようで面白くない。
「私は明日からまた宇宙に上がる。明日からはお前達が手合わせをしてやればいい」
「もうですか?」
「鬼姫……神木瀬戸の大仕事が数日後に行われる。その対応で数日は帰れないだろう」
「大丈夫なの?」
「私はあくまで標的達を誘い出すだけだ。作戦そのものに参加するわけではない。白眉鷲羽が改造した船があれば、皇家の船相手でも逃げ切れる性能はある。作戦宙域のど真ん中に行かなければ問題ない」
心配そうにする天地や砂沙美を安心させるように告げる。
鷲羽も頷いて、
「ハリベル殿の船には長距離転送ゲートもあるから、ヤバかったら飛び込めば問題ないさ」
それに表情を和らげる天地と砂沙美。
その後はいつも通り和気藹々と過ごし、翌朝ハリベルは再び宇宙に上がるのだった。