天地無用!皇鮫后   作:無月有用

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新たな身体

 スクアーロンはようやくアカデミーに通じる外周リング状中継ステーションに到着するGP輸送艦を見送っていた。

 

 ハリベルはいつも通り涼しい顔をしているが、雰囲気はやや疲労感を纏っており、アパッチ達は露骨に疲労感を顔に浮かべていた。

 

「やっとか……」

 

「普通3日の航行が、まさか一週間になるなんてな……」

 

「リョーコさん以降、海賊に出会うことはありませんでしたが……。エンジントラブルにジャンプミスで、遠回り遠回りの連続でしたものねぇ……」

 

 大量の海賊との遭遇と瀬戸の接待があったとしても、地球から3日で到着するところが、倍以上に伸びたとなれば乗っている方も大変だろうが、追いかける方も大変だった。

 

 特にジャンプ中に超空間から弾かれた時は、ニアミスしそうになった。

 あの時は流石にハリベルも声を荒らげるほど、緊急ジャンプを強いられた。

 

 しかも、そこは海賊の支配宙域だったので、また海賊達が来ないかと周囲の警戒を強め、無事に再びジャンプしてもまた失敗するかもしれないからとジャンプアウトギリギリまで待ってから、急いで追いかけるという全く気が抜けない状況が続いた。

 

 何が辛かったかと言うと、徒波に任せて休憩に入ってすぐに、また輸送艦がトラブルに襲われて慌ててブリッジに戻るという休むに休めない状況に追い込まれたことだ。

 アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンは交代で休むことは出来たが、艦長であるハリベルは中々ブリッジを空けることが出来ず、食事とシャワーなど以外はずっと艦長席で仮眠を取っていた。

 

「……まだ油断するな。山田西南ならば、むしろここからが本番になりかねん」

 

「へ?」

 

「あいつの悪運がステーションにまで被害を出すかもってことだよ。あいつのは悪運は海賊を引き付けるだけじゃないからね」

 

「システムトラブルに、事故、崩落、普段なら摘発できる海賊の侵入を見過ごす……。考えたらきりがないですわね……」

 

「海賊に関しては逆に捕まる可能性があるけどな」

 

 西南の厄介なところは、基本的には複合原因によるトラブルが()()()()()()()()()()()()ことなのだ。

 決して西南が何かをするわけではない。

 元々潜んでいた問題や欠陥が、一気に現れているだけなのだ。

 

 なので、いくら西南が警戒しても、初めて見るものばかりであるステーションの設備やシステムまでは防ぎようがない。

 もちろんそれが確率の偏りで、だからこそ西南が排除されない理由なのだが。

 

「けど、あいつがGPアカデミーに入学したとして、2年間も無事に過ごせるのかねぇ……」

 

「それはあの子が? 他の入学生や講師達が?」

 

「両方に決まってるだろ? 確かGPアカデミーって1年から何度か宇宙での訓練とかあったはずだし。今回みたいなことになったら、職員でも辞める奴出るんじゃないか?」

 

 ミラ・ローズの推測をスンスンもアパッチも、そしてハリベルすらも否定出来ない。

 

「神木瀬戸や柾木アイリ、九羅密美守達ならば、変則的な処置を行う可能性はある。GPならば、うってつけの部署もあるからな」

 

「【囮部門】ですか……。確かに天職かもしれませんが……」

 

「GPじゃコントロール出来ないかもしれねぇっすよ?」

 

「そこは柾木アイリ達の手腕次第だろう。恐らく神木瀬戸も人員を出してサポートするはずだ。……柾木天地達が動く以前に、山田西南だけで銀河連盟と海賊の勢力図が変わる恐れが出てきたか……」

 

「確かにあの能力……ダ・ルマーギルドと戦争になりかねねぇなぁ」

 

「大丈夫でしょうか? 今の所、ダ・ルマーギルドの大多数はそこまで銀河連盟に喧嘩を売るような連中ではありませんが、今後の被害によっては……」

 

「暗殺、も現実離れってわけじゃないねぇ……」

 

「ダ・ルマーギルドの傾き方によっちゃあタラントも派手に動くぞ? あいつ、ただでさえ親父と兄弟捕まって恥かいたしな。シャンクギルドの頭になったし」

 

 アパッチ達の懸念は、もちろんハリベルも感じている。

 

(……問題はいつ鬼姫達が山田西南を囮部門に送り込むか……。アカデミーに入学すれば、山田西南が海賊達に与える影響は断片的になる。ある意味、アカデミーは山田西南を閉じ込める檻にもなりえる。恐らくやられるのは、アカデミーに潜入しているスパイと犯罪組織……。その程度ならばダ・ルマーはまだ山田西南の排除には動くまい。だが……動き出せば、どちらかが崩壊するまでは止まらん、か)

 

 ダ・ルマーギルドが消えるか、山田西南が消えるまでのどちらか。

 これまでのような長期戦ではないだろう。

 

 確率の偏りという不確定要素に頼るのだから。

 

 しかも、利用できるとは言え、頼るのは『山田西南という少年の不運』。

 

 人権的にも倫理的にも問題になりかねない。

 いつ糾弾されてもおかしくはない。

 

 なので、一度始めたら、一気に終わらせるつもりでなければならない。

 そして、それを可能にするだけの権力と能力、伝手も瀬戸は持っている。

 

 アカデミー理事長で樹雷皇太子の妻で柾木家養女のアイリ。

 

 瀬戸同様、世二我の裏の最高権力者であり、GPアカデミー校長の美守。

 

 そして、白眉鷲羽も手伝うだろう。

 

 銀河連盟三大勢力の頂点に立つ女傑が手を組んでいるのだから、西南のバックアップとサポートは類を見ないものになる。

 そうなれば海賊だけでなく、銀河連盟内にも西南を疎ましく思う者達が現れるはずだ。

 

(……私達も動かされると覚悟はしとくべきだろうな)

 

 ここまで来ると、むしろそのために瀬戸は接触してきたのではないかと思えてしまう。

 

 もちろん、そんなわけはないのだが、それでも何か運命的なものを感じる。

 

(山田西南を万全にサポートできる者、しようとする者達が、山田西南の周りに常にいる……。それは偶然なのか……必然なのか。いや……確率の偏りへの反動なのか?)

 

「ハリベル様! 輸送艦の真後ろに重力波出現! ジャンプアウト反応です!」

 

 スンスンの報告に、ハリベルは考察を中断する。

 そして、スクリーンに目を向けた時には、真後ろから大型艦に追突される輸送艦の姿があった。

 

 

 

 その数時間後。

 

 ハリベル達は呆れ全開で、スクリーンに映った水穂を見ていた。

 水穂も呆れたように笑みを浮かべながら、

 

『西南君は大丈夫よ。軽い脳震盪による一時的な入院ね。他のクルーも全員無事。追突した海賊の偽装艦も捕縛したわ』

 

「後ろから追突されるのもアホらしいけど、それがGPの調査を潜り抜けた海賊だったってのもまた……」

 

「流石、というべきなのでしょうね。ここまで来ると」

 

 西南の輸送艦に追突したのは、アカデミーに潜入しようとした海賊の偽装艦だったのだ。

 ただの悪運がお手柄になってしまうのが、どうにも西南への評価を惑わせる。

 

 そのアパッチ達の思いを感じ取った水穂も苦笑するしかない。

 

『だからこそ、瀬戸様が気に入ったのでしょうね。まぁ、後はお母さんに美守様、それに霧恋ちゃん達に任せましょう。あなた達はアカデミーにあるお母さんの工房に着艦してちょうだい』

 

「……了解した」

 

 頷くと同時に通信が切れ、ハリベル達は速やかに指定された座標へと向かう。

 10分ほどで到着したスクアーロンのすぐ目の前には、全長1kmほどのハチの巣状の宇宙ステーションが鎮座していた。

 

「亜空間ゲートキー取得。キー起動。亜空間ゲート開きます」

 

「了解。ゲート完全開放確認。入ります」

 

 スクアーロンの目の前の空間が捻じれて、ひし形に開く。

 ゆっくりとスクアーロンはゲートを通過して中へと入る。

 

 中に入ると、そこはすでに港の内部だった。

 

「ポイント確認、着艦します」

 

 明滅するポイントに向かってゆっくりと降下し、港に停まる。

 動力炉を停止させるのと同時に、アームプローブでスクアーロンが固定される。

 

 異常がない事を確認したハリベル達は、港に降りる。

 そこには水穂や天女が立っていた。

 

「お疲れ様。船はこの後、鷲羽様が点検されるわ。けど、その前に今後についての話が瀬戸様からあるから、付いてきてちょうだい」

 

 水穂と天女の案内で移動したのは、日本を思わせる和風建築の木造の屋敷だった。

 中には上がらずに屋敷の裏に回ると、そこは庭園になっており、その真ん中に敷物を敷いて瀬戸と鷲羽が座っていた。

 

 水穂は瀬戸の背後に、天女は鷲羽の背後に移動して座る。

 どうやら天女は地球サイドで参加するようだ。

 

「ご苦労様だったわね。座って頂戴」

 

 瀬戸に促されたハリベルは今回は断ることはせずに、胡坐を組んで座る。

 アパッチ達はハリベルの後ろに座る。

 

「さて、色々と想定外の事が起きたけど、作戦は大成功の大成功。樹雷の財政を傾く覚悟をしていたのに、むしろウッハウハになったわ」

 

「くくくっ! まぁ、あれだけの逮捕劇だからねぇ」

 

「おかげでうちの経理部が大喜びよ。西南殿に身体を開いてもいい! って泣きながら言うほどにね」

 

「おやおや……。それだけの偉業を、知らぬは本人ばかりってわけかい?」

 

 瀬戸の話に鷲羽は楽しそうに笑い、水穂や天女は苦笑して、ハリベル達は呆れを浮かべる。

 

「正木霧恋は追いつかなかったのか?」

 

「今、入管でようやく再会したんじゃないかしら?」

 

「……何かしたのか?」

 

「まぁね。流石にアカデミーに到着もせずに、霧恋ちゃんに連れ戻されるのは西南殿も本望じゃないでしょうし。西南殿本人は宇宙にいたいと言っているしね」

 

「とか言いながら、結局はあの子の一番の保護者としてくっつけたいんだろ?」

 

「それも否定しないわ。西南殿の才能も手放し辛いのも本当。せっかくなら、みんな幸せになれるようにしてあげたいじゃない?」

 

「その過程が地獄だろうけどね」

 

「鷲羽ちゃんに言われたくないわよ」

 

 いい笑顔で言い合う化け物2人に、ハリベル達は黙り込むしかない。

 しかし、このままでは碌な話にならなさそうなので、ハリベルは話を進めることにした。

 

「山田西南が地球に上がった理由は分かったのか?」

 

「ええ。二級刑事の雨音・カウナックよ」

 

 その言葉と同時に、全員に見える位置にスクリーンが展開されてVサインしている金髪ショートカットの美人が映される。

 

「へぇ、カウナックの孫か。もしかして、美星殿かい?」

 

「でしょうね。で、本来は天地殿にGPのパンフレットを渡すつもりだったのだけど、何故か西南殿に渡ったみたいね」

 

「雨音・カウナック。……射撃の名手とも言われる海賊遭遇率0%の刑事、だったな」

 

「ああ、『ゼロの女神』っすか」

 

「確かリョーコにも負けないほどのファンクラブがあるとか聞いたことあるね」

 

 ハリベル達も雨音の噂は聞こえていた。

 それは雨音がGPに入る前にトップモデルをしていたからというのもある。

 

「彼女の一番注目すべき特性はね、『直感』なのよ」

 

「直感?」

 

「非常に勘が鋭いの。それこそ確率の偏り並みにね。それが射撃精度と遭遇率に繋がってるの。で、そんな子が西南殿にパンフレットを渡すなんてミスをしたなんて、面白いと思わない? ちなみに雨音ちゃんは霧恋ちゃんの同期でもあるのよ」

 

「……」

 

「さらにね。さっきの偽装艦との衝突だけど、その海賊を追ってたのは雨音ちゃんだったって、どう思う?」

 

「山田西南の悪運が、雨音・カウナックの直感を引き寄せている、と?」

 

「面白いと思わない?」

 

 ニヤリと笑う瀬戸にハリベルは呆れるが、確かに何かを感じさせるものがあった。

 先ほど考えていた西南の周りに集まる存在に関してにも通じる話なので、ハリベルも否定する気は起きなかった。

 

「……何を仕込んだんだ?」

 

「まぁ、私達からすれば、西南殿を宇宙に上げてくれたのだから勲章ものだけど。生粋の地球人を宇宙に上げて、海賊に襲われたというのは流石に無視できない……という名目で、あの子をGPアカデミー講師への異動辞令が出るそうよ♪ 霧恋ちゃんにも、ね♪」

 

「……正木霧恋は山田西南の宇宙滞在を認めたのか?」

 

「いいえ。帰すことに必死になっているわ。……もっとも、それが本当に西南殿のためなのかはちょっと怪しいと、私は思ってるけどね」

 

「……やはり正木霧恋は山田西南から逃げ出したのか……」

 

「西南殿を案じているのも本当よ。けど、そのせいで霧恋ちゃんはその事実をまだ自覚出来てないみたいなの。今はあくまで、今までの関係性から皆が『もう一度』って言うだけのこと」

 

「山田西南も正木霧恋への想いに区切りをつける機会を作れるか……。恋心を捨てて、宇宙に残るか。恋心を取って、己の願望を捨てるか」

 

「そして、恋心も残して、宇宙に残るか。どうせなら、これが一番いいでしょう。西南殿や霧恋ちゃん、私達も含めてね。ま、霧恋ちゃんが駄目なら、月湖ちゃんが奪っていくのでしょうけどね♪」

 

 つまり西南が地球に帰るという選択肢は残さない、ということだ。

 執念すら感じる瀬戸の気迫に、アパッチ達は頬を引きつらせて西南を憐れむ。

 

 ハリベルも西南に同情の念を覚えるが、それ以上に引っ掻き回されるであろう霧恋や月湖の方に同情していた。

 

 しかも、瀬戸はリョーコも控えさせている。

 霧恋が別の意味で心が折れないことを祈るハリベルだった。

 

「それで、私達を今後どう動かすつもりだ? そのために地球やチョビ丸ではなく、ここに呼んだのだろう?」

 

「流石ね。……偽装艦を捕らえたことで、新たに三十八ものアカデミー違法侵入経路が発覚したわ。その経路を樹雷、九羅密家の情報部で調査したところ、Sランクスパイ数名の侵入が予想されているの。その中にね……AA33485、ウィドゥーがいる可能性が高いわ」

 

『!!?』

 

 瀬戸の告げた名前に、鷲羽を除く全員が目を見開く。

 

 特に水穂は顔を青くするほど動揺を露わにした。

 

 『ウィドゥー』。別名『病原体』。

 一国の運命すら操って、滅亡に追い込んだことがある全銀河に知らぬ者がいない稀代の大悪女。

 

 必要ならば名前、顔形、体すらも変え、関わった者全ての財産、命、その血肉すらも己の財産に変える。

 

 アイリの故郷【アイライ】で反乱を起こさせ、その反乱を起こした数万の人民が集団自殺し、自殺した者達の一族数十万人が立てこもっていた都市コロニーが消え、反乱を止めようとしたアイリの父は死に追いやられ、アイライは鎖国を余儀なくされたのだ。

 

 その原因がウィドゥーなのだが、これだけのことを彼女は直接指揮したわけでもなく、手を下したわけでもなく、ただ傍で小さなきっかけを与えただけなのだ。その後、彼女はただただ結末を見つめ続けただけ。

 

 樹雷ならば瀬戸、世二我ならば美守、アカデミーならば鷲羽、悪ならばウィドゥー。

 

 そう言われるほどの【女傑】である。

 

 そんな女が、山田西南がいるアカデミーに潜んでいる。

 

 それは絶対に見過ごせる話ではない。

 

「私達もアカデミー内で山田西南の警護に当たれと?」

 

「ええ。もちろん、私の部下も警護に回すわ。けど、大人数を送り込めないから、少数精鋭よ。私は戦闘力を重視した子を出すつもりなのだけど、ハリベル殿にはその子達のフォローもお願いしたいのよ」

 

「……しかし、私の顔はバレているぞ? 空間迷彩を使ったところで限界もあるだろう」

 

「そこは鷲羽ちゃんの出番よ。高性能義生体を創ってもらってほしいの」

 

 瀬戸は鷲羽に顔を向けて注文する。

 鷲羽はニンマリと笑って、

 

「ぐふふ♪ こんなこともあろうかと、すでに創ってあるわよん♡」

 

「あら素敵♡」

 

 瀬戸は嬉しそうに言うが、ハリベルは目を瞑って眉間に皺を寄せ、アパッチ達は拳を握り締めて歯を食いしばって鷲羽を睨んでいる。

 水穂はウィドゥーの衝撃から未だ立ち直れずに複雑な顔をしており、天女はそれぞれの状況に苦笑するしかない。

 

「けど、創ったのはハリベル殿だけだよ。後ろの子達のパーソナルデータとかは貰ってないからね」

 

「それはこの後、本人達に相談して頂戴」

 

「へいへい。んで、いつからだい?」

 

「悪いのだけど、ハリベル殿はこの後すぐにでもお願いしたいわ」

 

「ん? なんかあるのかい?」

 

「いえ、アカデミー寮ではね、夜に寮を脱走するのが一種の訓練でもあり、慣例でもあるの。で、脱走が成功した場合、警官は見つけても厳重注意で終わらせるのよ。西南殿の悪運からすれば、もしかしたらってね」

 

「「あ~……」」

 

 瀬戸の懸念に天女と水穂が納得の声を上げる。

 それに鷲羽は苦笑し、ハリベルはため息を吐くしかない。

 

 ということで、今夜はアパッチ達は水穂のサポートをさせられることになり、ハリベルは鷲羽の研究室に向かい、義生体の調整を行うことになった。

 

 

 

 ハリベルは鷲羽の背後を気だるげに歩いていた。

 

「偽装では駄目なのか?」

 

「パーソナルを解析されたら面倒だろ? アカデミーだしね」

 

「……はぁ」

 

 そして、案内された研究室に到着し、中に入る。

 

 真ん中にカプセルが設置されているだけの無機質で暗い部屋。

 2人が入ると、カプセルに明かりが照らされて、その中身が明らかになる。

 

 中には1人の女性が立って眠っていた。

 

 腰まで届く黒の長髪に、白い肌。

 目から下が黒い包帯のようなプロテクターで覆われており、左腕だけが露出している。左前腕は黒いタイツグローブが嵌められている。

 

 黒い袴を身に着け、足元は上半身と同じプロテクターで指先が露出しているだけの裸足に等しかった。

 

 顔や体つきは間違いなくハリベルだ。

 

 それが標本のように見えて、ハリベルはあまりいい気分ではなかった。

 

「これがこの体の性能と能力だよ」

 

 鷲羽がモニターを表示して、ハリベルの前に飛ばす。

 表示されたパーソナルデータを見て、ハリベルは目を鋭くする。

 

 身体能力が解放状態と全く一緒だったのだ。

 ラグリマの力も必要とせずに、リスクなしで十全に引き出すことも出来る。

 

 そして、見たことがない特殊ガードシステムと装備が満載だった。

 ガーディアンシステムは体表を覆うタイプで、特殊迷彩と防御のみに全振りされている。

 

「ハリベル殿の体術を活かせるように調整してあるよ。もちろん飛行も出来る」

 

「……ここまでとなると、自分と言う存在が馬鹿らしくなってくるな……」

 

「言っとくけど、身内だからこその性能だよ? ま、実験も兼ねてるけどね。その分、使ってる素材も技術も、アカデミーじゃまだしばらく再現出来ないよ。魎皇鬼に使ってる技術を応用して創った素材だからねぇ。くっくっくっ!」

 

「……それはそれで問題ではないのか?」

 

「ハリベル殿なら、捕まる前に身体の処理は出来るだろ?」

 

「あまり期待されても困るがな。どうすればいい?」

 

「そこのコンソールに触れておくれ。今後はラグリマを介して、ハリベル殿の船とかでも入れ替われるようにしておくよ」

 

 カプセルの横にコンソールが展開される。

 ハリベルはラグリマを鷲羽に渡し、コンソールに触れると、一瞬で身体が入れ替わって本体がカプセルの中に収納される。

 

 そして、義生体の身体が外に出て、意識も義生体に移っていた。

 

 両手を離握手したりして、体の調子を確認するハリベル。

 そして、カプセルの中で眠っている本体を見て、完全に標本になった気分になり、感動が薄れてしまった。

  

 ちなみに瞳は金色になっている。

 

「どうだい? 違和感はないかい?」

 

「……良すぎる、という意味で違和感はある。普段この力は戦闘による興奮状態で振るっていたからな。素の状態でとなると、やはり過剰に感じる」

 

「くくくっ! まぁ、すぐになれるさ。ラグリマの改造はすぐにやっておくよ」

 

「……必要な改造に留めてくれ」

 

「ふむ、善処はする♪」

 

 つまり、我慢出来なければ好きなように弄る気だということだ。

 

 すでに一度改造されているので、もう諦めることにしたハリベルは、ため息を吐いてアカデミーに戻ることにした。

 

 

 

 アイリの第一工房に戻ると、水穂にアパッチ達が待ってくれていた。

 

「「うお……」」

 

「まぁ……」

 

「髪と肌の色が変わるだけで大分印象が変わるわね。うん、これなら西南ちゃんや霧恋ちゃん達にも、そう簡単にはバレないでしょうね」

 

 アパッチ達はガラッと印象が変わったハリベルに見惚れ、水穂も感心するように頷く。

 

(真面目な瀬戸様……真面目なお母さんにも近い雰囲気はあるわね。本体は美守様と玉蓮に似てるし、この子も……いや、この子は雰囲気が淫靡って感じじゃないから、また違うか。それでも、本人がその気になれば、同じ雰囲気に変わるんでしょうけど……。天地ちゃんも大変ねぇ)

 

 水穂はよく理性が保てるなと、ある意味天地を尊敬した。

 

 これに関しては水穂の推測通り、ハリベルが色気を意識的に抑え込んでいるからである。

 少しでも周囲の意識や視線を自分から逸らすためだ。

 

「それで……どう動けばいい?」

 

「一度お母さんのところに行ってくれるかしら? 今、西南君を寮に送ってるはずだから。美守様もいると思うから、美守様に話を聞いてちょうだい」

 

 そう言われて案内されたのは、アイリの住宅にもなっている全長200mほどの船で、温室のような造りになっている。

 宇宙艇に転送されたハリベルに、待っていた美守は微笑みを浮かべて一礼する。

 

「わざわざごめんなさいね。本当なら、地球でゆっくりさせてあげたいのだけど……」

 

「山田西南とウィドゥーだ。仕方あるまい。柾木天地も望まないだろうからな」

 

「ありがとう。まだアイリ様は来てないのだけど……。ウィドゥーについて報告するのは少し見極めが必要だから、私が合図をするまで迷彩で姿と気配を隠してくれるかしら?」

 

「……承知した」

 

 ハリベルはいつも通り胸の下で腕を組んで、目を瞑ると同時にその姿が景色に完全に溶け込んで消える。

 

 美守も違和感や気配を感じないことを確認して頷き、アイリが帰宅するのを待つ。

 

 20分ほどするとアイリが帰ってきたかと思うと、アイリは服を脱ぎ捨ててブラウスとパンツのみのラフスタイルになって、ソファに胡坐をかいて座る。

 

 美守がお茶を用意しながらため息を吐くも、真剣にレポートを読んでいる様子から小言は控えることにした。

 読み終えたのを見計らって、美守がお茶をテーブルに置き、新しく見つかった侵入経路について互いに感想を言いながら軽くウィドゥー報告に向けてジャブを放つ。

 

 もちろん、それを見逃すアイリではなく、只事ではないことを見抜いてアイリの視線が鋭くなる。

 

 それに美守はゆっくりと、ウィドゥー潜伏の可能性について報告する。

 

「なっ!!」

 

 アイリは目を見開いて、恐怖と怒りが混じった表情を露わにする。

 爆発しそうな感情を抑え込むかのように、両手を爪が食い込み血が滲むほど握り締める。

 

 ハリベルはそのアイリの余裕がない揺らぎを、美守の背後で目を瞑ったまま感じていた。

 

 これに関しては、アイリが動揺するのは無理もなく、むしろ今もよく耐えていると心の底から感心している。

 

「……あのウィドゥーがアカデミーに潜伏しているかもしれないと?」

 

「はい」

 

「瀬戸様が私に?」

 

「はい。……もう理性的に行動できるはずだとおっしゃって」

 

「そう……」

 

 アイリは目を瞑って、一度大きく深呼吸をする。

 

 そして3分ほど、自問自答して、美守が心配そうな顔を浮かべて声を掛けようとした時、パァン! と掌に拳を叩きつけた。

 

「さぁて! どうするか!」

 

 鼓舞するように声を張って、モニターを起動して作戦を練り始める。

 

 しかし、

 

「……アカデミーの情報部は使えないし、私の部下は他に手を割く余裕はないし……。どっちにしろ大掛かりな捜査はウィドゥーに気づかれる。……ちぇっ!」

 

 アイリは拗ねたような表情を浮かべて美守を見る。

 自分が簡単に気づいたことに瀬戸と美守が気付いていないわけがない。すでにプランはほぼ決定済みのはずだと気づいたのだ。

 

 美守は苦笑し、母親のような慈愛の笑みを浮かべて、

 

「アイリ様の過去を考えれば、仕方がないことだと思いますよ」

 

「ふんだ! 理性的に動ける~とか言っときながら、結局私が出来る事なんてほとんどないだけじゃない! あのクソババア! ……で? 瀬戸様と美守様のプランは?」

 

「今回のプランは、私の部下も適任ではないと判断しました。九羅密家からの人員投入も悟られる可能性は高いので」

 

「じゃあ、瀬戸様の部下だけってことね……」

 

「それと……ハリベルさんを」

 

 美守が頷くと、美守の横にハリベルが姿を現す。

 

 アイリは目を見開くも、すぐに義生体だと理解し、それが鷲羽の手助けであることも気づいた。

 

「!! あら……これまた、頼りがいのある援軍だわ」

 

「瀬戸様のところからは女官4名が派遣されてきます」

 

「ヒュ~! 太っ腹ねぇ。ウィドゥー相手じゃ、しょうがないか」

 

「いえ、今回の派遣は【剣】です」

 

「【剣】!?」

 

 瀬戸の部下は戦闘メインで動く【剣】、情報収集メインで動く【盾】が存在する。

 【盾】の場合は、女官1人で一個大隊規模の部下を持っている。

 しかし、【剣】は基本単独行動である。

 

「もう目標の特定は出来てるの!? ……いや、それならハリベルちゃんだけでもいいわね。ってことは……!?」

 

「はい。西南君のガードです。ハリベルさんは更にそのバックアップとなります。なので、派遣される女官達もハリベルさんの事は知りません」

 

「……理性的って……そういうことね……」

 

 美守は苦悶の表情を浮かべて頷く。

 

 瀬戸は『西南を囮にしてでも、ウィドゥーを排除する』と言っているのだ。

 そして、女官4人をも必要によっては囮として西南に張り付かせて、その隙をハリベルが突くという徹底具合である。

 

 自分はもちろん、天地や天女、そして霧恋達が大切にしている少年を、さっそく囮にしなければならないことに、アイリは一瞬だけ悲し気に俯く。

 しかし、すぐに気を切り替える。

 

 申し訳なく思うならば、ここで絶対に捕らえる。

 

 そう考えたのだ。

 ハリベルも問題ないだろうと判断して、

 

「では、私は先に街に出る。動きがあったら、連絡をくれ」

 

「分かったわ。……ところで」

 

「ん?」

 

 転送ゲートに向かうハリベルは、アイリを振り返る。

 

「さっきの……天女ちゃんや天地ちゃん達には内緒にしてちょうだい」

 

「……ならば、ここでケリをつけることだ」

 

 少女のような雰囲気で言うアイリに、ハリベルは前を向きながら答える。

 

「ウィドゥーを捕らえれば、柾木天地に終わったことをわざわざ報告する必要はない」

 

「……そうね。……ありがとう」

 

「礼はいらない。……柾木天地が悲しまないようにしているだけだ」

 

 そう言って、ハリベルは転送ゲートに入って、街へと向かう。

 

 それにアイリと美守は微笑みを浮かべて、出来る限りのサポートをするために着替えて理事長室に戻るのだった。

 

 




ようやく【最後の月牙天衝】スタイルを出せました……。
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