天地無用!皇鮫后   作:無月有用

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ウィドゥー

 アカデミー内はすでに夜を迎えていた。

 

 イルミネーション輝く街に着いたハリベルは、空間迷彩を発動させた状態で空に浮かんでいた。

 

 地球の都会と違い、気候が管理されているため空気が綺麗で空に余計な反射光はなく、都市全体で照明の配置をコントロールしているので、街中の喧騒に反して妙に神秘性を感じさせている。

 

 ハリベルは腕を組み、夜風に黒い長髪を靡かせながら、初めて見る街の喧騒とイルミネーションを見下ろしていた。

 

(……ここに来るのは、捕まった時かと思っていたが……。こんな形でとはな)

 

 海賊がアカデミー内に入るのは、潜入した時か逮捕された時かのどちらかだ。

 なので、ハリベルはアカデミーに足を踏み入れるのは初めてだった。

 

 正直、もう少し感動するかと思っていたが、この街のどこかにウィドゥーがいるかもしれないと思うと感動も霧散してしまった。

 更に海賊や犯罪組織のスパイや工作員もたんまりといるだろう。

 

 アカデミーは叡智の集積地であるため、合法非合法問わずの情報収集関係者が異常なほど集う。

 そこらへんに歩いている者を無造作に数人集めると、必ず1人はスパイがいると言われている。

 

 ハリベルも時折使う情報屋も、子飼いをアカデミーに潜入させていると聞いたことがある。

 もちろん、ダ・ルマーギルドの子飼いもいるはずだ。

 

 そして、この街には『人間狩り』という集団が存在する。

 物騒な呼ばれ方だが、多くの人間狩りは哲学士や哲学士志望の者達で、要は『実験データを集めるためにパーソナルデータをもらいます!』と言うことなのだ。

 一般的な手続きでは時間がかかり、倫理的に却下されてしまうので、人を捕らえてパーソナルデータだけをもらってお帰り頂くのだ。

 そのため、アカデミーでは脱走同様一種の登竜門扱いされており、よほどの犯罪行為に走らない限り黙認されている。

 

 ただし、中には完全に犯罪目的の人間狩り達もいるため、取り締まりがされていないわけではない。

 

 ハリベルは美守からもらったマップデータを開いて、GPアカデミー男子寮の場所を確認する。

 場所を覚えて男子寮がある方角に体を向け、お試しとばかりに全速力で飛翔する。

 

 音も立てずに一瞬で最大速度に達し、30秒と経たずに男子寮の真上に到着した。

 

「……問題ないか」

 

 空間迷彩が解除されることもなく、周囲にエネルギーが漏れる気配もない。

 そして、力を持て余す感覚もない。

 完璧な仕上がりにハリベルはため息を吐くしかなかった。

 

 地球に行ってからというもの、毎日のように伝説の哲学士の天井知らずな叡智に常識を覆されている。

 鷲羽の技術力は頂神であることは関係ない。

 それでもそこらへんの哲学士の何百年も先の技術力を持っているのだから、伝説と呼ばれて当然だろう。

 

 ハリベルはそう思いながら、男子寮を監視できる場所を探し、木の上に下り立つ。

 

 GPアカデミー男子寮は門から寮舎まで鬱蒼とした森が広がっており、寮舎も巨大な蔦のような植物に建物全体が覆われ、若者が住んでいるとは思えない程静寂な雰囲気を醸し出していた。

 しかし、よく見れば人の手で細かいところまで管理されており、所々に監視用プローブが隠れている。

 

 西南が住む部屋を調べ、場所を確認したハリベルは、気配を探って西南の位置を把握した。

 他にも2人程気配があり、どうやら3人一部屋のようだ。

 2人は西南に対して色々と部屋の中を案内しており、設備の使い方を説明しているようだった。

 

(……アカデミーの設備は基本システム制御のはず……。山田西南の悪運に対応できるのか?)

 

 部屋に備え付けられている宇宙にいる者にとって当たり前の設備のほとんどが、西南にとっては初めて見るものばかりのはずだ。

 その場合、西南では警戒しようがないだろう。恐らく全ての設備に何らかの不備や誤作動が起こるはずだ。

 

 そして、何よりその悪運にルームメイトは耐えられるのか。

 

 西南の確率の偏りは九羅密家同等以上だ。

 確率の偏りを知っている者であろうとも、巻き込まれたことなど滅多にないはずである。

 GPアカデミーの生徒とは言え、逃げ出してもおかしくはない。

 

 そうなれば西南の心は更に傷つく可能性は高い。

 

(……もし、山田西南が宇宙にいることすらも絶望した時、正木霧恋は守っていけるのか……)

 

 地球ならば安全と思っているのかもしれないが、何をもって安全と言うのか。

 ただ安全な場所で生きることは幸せと言えるのか。

 霧恋が正直、そこまで考えているようには思えない。

 

(記憶を消せばいい、とでも考えているのだろうが……。山田西南にはその処置すらも上手く行くか分からん。下手をすれば……全ての記憶が消えかねない)

 

 もちろん、その危険性を霧恋が考えていないわけがない。

 それでも死ぬよりはマシ、とも考えていそうだが。

 

 その時、アイリからメールが届く。

 中を見ると、西南に渡したアイリ特製のNBへのアクセスコードだった。

 

 一瞬ハリベルは呆れるが、西南の護衛に関しては必要になる場合があるのも事実だ。

 恐らくはアイリはもちろん、美守、瀬戸、鷲羽もアクセスできるはずだ。

 下手したら水穂、天女達も見ているかもしれない。

 

 しかも、言動すらも操作できるようだ。

 それにアイリが暴走する未来しか想像できず、小さくため息を吐く。

 

 そして、しばらく西南は霧恋、雨音、リョーコのファンクラブの者から質問攻めにあう。

 危うく地球の柾木家の事を話しそうになり、アイリと美守が割り込むという事態が起こったが、その後は特に問題は起きず点呼、就寝時間となった。

 

 のだが……。

 

「……鬼姫の予感が当たったか……」

 

 明日は入学式だというのに、ルームメイト主導で西南達は脱走を始めたのだ。

 しかも、NBを置いて行ったので、ハリベルは気配を追うしかなくなってしまった。

 

 更に他の部屋の者達も脱走を始め、全員が我先にと競争するように外を目指していた。

 

(……何を目的にここまでして脱走したいのか……)

 

 ハリベルは右往左往する気配に呆れていた。

 

 もちろん、彼らが目指す理由は唯一つ。

 出会いと大人の階段を上ることである。

 

 様々な国や宗教、企業の重役などが集まっているアカデミーの夜は、毎晩のごとく祝い行事があるため、毎日パーティー状態となるのだ。

 つまり、毎晩そこでは出会いと別れが乱発している。

 それは男にとっては夢の場所で、アカデミーに入学する者は、ここを目指してくる者さえいるくらいなのだ。

 

 ハリベルは西南を見失わないように、気配を探り続ける。

 もちろん、奇妙な気配が集まってこないかどうかも警戒する。

 

「……ん?」

 

 ハリベルが西南の動きを追い続けていると、監視プローブ達の動きが妙に西南達ばかりを追いかけていた。

 すぐ近くに他の生徒もいるのに、なぜかまっすぐに西南達の元へと向かっている。

 

 それに訝しみ、あまり得意ではないがセキュリティーシステムを調べることにしたハリベル。

 その結果誰かまでは分からないが、外部から操作されていることが分かった。

 しかし、完全にコントロール下に置いているわけではなく、あくまでターゲットがそこにいるかのように誤認させているだけに留めている。

 

 完全にコントロール下に置くと、流石に寮監側にバレてしまう。

 そのギリギリの範囲で捜査をしていることから、かなりのオペレート能力を持っていることが窺える。

 

「……柾木アイリならば、むしろ脱走を援助するだろう。ならば……正木霧恋、か」

 

 ハリベルは見事に正解を言い当てる。

 

 すると、近くに隠れていた生徒がまるで囮になる様に監視プローブの前に飛び出して、ターゲットがそっちへと移る。

 その隙に西南達はすぐさま先に進み、ルームメイトがセキュリティーを解除していく。

 

 しかし、見事に失敗して監視プローブの大群が西南達に迫るが、そこに何故か生徒の1人が西南達を庇う様に体を張り、更にはセンサー用フラッシュ弾を炸裂させる。

 

 手段を選ばない生徒にハリベルは呆れてしまうが、

 

「……それはそれでGPに向いているのかもしれんな……」

 

 センサーが止まった隙に西南達は先に進む。

 しかし、少し進むと、先ほどとは違うタイプの監視プローブが大量に押し迫ってきた。

 

 それはタコのような見た目で『クレータイプ』と呼ばれている監視プローブである。

 付けられたら超恥ずかしいマークをゴルフボール空気弾と共に発射する。

 マークが体や顔に付いてしまったら、出会いどころではなくなるので、西南達は必死に走る。

 

 恐らくあの監視プローブ達も霧恋が操っているのだろうとハリベルは思いながら、西南達の動きを観察していると、ある違和感に気づく。

 

「……罠と攻撃を全て避けている……?」

 

 西南は監視プローブの射撃や、床や壁に設置されている罠を悉く躱していた。

 まるでそこにあるのが分かっているかのような動き方だ。

 

 しかし、それを隠すかのように躱した後に転んだり、躓いたりしているので、いまいち凄さが分からない。

 

「……なるほど。悪運から生き延びてきたのは伊達ではないということか」

 

 十何年と経験してきた悪運で、培ったものなのだろう。

 本能的に危険な場所が分かるようだ。

 もっともあくまで『人が意図的に仕掛けたもの』に限られるのだろうが。

 

 恐らく今頃霧恋は必死に監視プローブを操作して、罠を仕掛けていることだろう。

 そこに他の生徒達も合流して、西南達のグループが上手く罠にかけて、監視プローブへの生贄にする。 

 その近くにはポツンと小型エアカーが安置されており、西南達はそれに飛び乗ろうとするが、エアカーの中から監視プローブがワラワラと飛び出してきた。

 

 しかし、2mも離れていない距離からの攻撃を西南は見事に躱した。

 残念ながらルームメイトの方は西南のような危機回避能力はなかったので、見事に顔面に直撃を浴びる。

 

 そして、遂に西南も四方を囲われて絶対絶命かと思われた。

 その時、他の生徒達を仕留めていた監視プローブの一部が、何故か西南を囲む監視プローブに攻撃を仕掛け始めた。

 

 西南はそれに疑問を覚えるも、その隙を逃さずにルームメイトをエアカーに放り込んで乗り込む。

 

 ハリベルはセキュリティーシステムを確認すると、システムに複数の侵入の痕跡があった。

 1つは霧恋のものだろうが、それを邪魔したもう1つは流石に該当者が多すぎて首を捻らざるをえなかった。

 

「……柾木アイリか、九羅密美守か」

 

 再び正解を引き当てるハリベル。

 アカデミーの慣習に横やりを入れるのは御法度なのと、ウィドゥー達を引き寄せる囮にする機会を見逃すわけにはいかない、と言うのが理由である。

 

 今頃霧恋が唸り声でも上げていそうだと思っていると、エアカーが猛スピードで扉を破壊して森の中を突っ切り、裏の門柱も吹き飛ばして寮の外に出てきた。

 すでにエアカーは屋根が吹き飛んでオープンカー状態になっており、ドア部分もあちこち凹んでいる。

 

「……はぁ」

 

 ハリベルは小さくため息を吐いて、アイリと美守にメールで追跡開始と連絡して飛び上がり、空中から西南のエアカーを見守るのであった。

 

 しかし、その後にアイリから届いた情報に、顔を顰めるのだった。

 

 

 

 アカデミー中央管制センターは大混乱に陥っていた。

 

 数分前に西南達が乗ったエアカーはGP管理のもの、つまりパトカーである。

 それが監視プローブの攻撃、西南が乗った際に発信させようと適当に触りまくったこと、更にはあちこちぶつかって屋根や車体が壊れ、トドメに西南の悪運のブーストにより、大規模戦闘を知らせるエマージェンシーコールが鳴り響いたのだ。

 

 職員達は最初慌てていたがアカデミー寮からは連絡はなく、他からもコールは一切なっていないことから、誤作動と判断してコールカットをしたのだが、それが予想外の事態を引き起こした。

 

 外部からシステムが乗っ取られ、大規模戦闘命令が発信されようとしているのだ。

 

 本来防衛の要である中央管制センターのシステムを乗っ取るなど不可能に近いのだが、その原因もすぐに判明した。

 

「33の門です!! こちらに届く前にコールを経由していたようで、コールカットされたことでここが占拠、または崩壊したと判断した模様!!」

 

「哲学科のマスターガードだと!? くそっ!!」

 

 それは哲学科を卒業した『マスター』と呼ばれた優れた哲学士33人が、ありとあらゆる知識を集積したサーバーを守るために築いたガードシステムだ。

 鷲羽とアイリも一門を築いた1人で、その2人の名前が出ただけでこのシステムが非常に厄介なのは誰もが理解できる。

 つまり、他のシステムなど簡単に押しのけて、防衛機能を好き勝手されるということだ。

 

「こうなれば、こっちも大規模戦闘に乗れ! 本部健在を示して、少しでもこちらの命令を受け入れさせろ! 大規模戦闘プログラム、ロード!」

 

「「「了解!!」」」

 

「まずは通信機能を確保しろ! 確保次第、抜き打ちの大規模戦闘演習だと各部署に通達!」

 

 司令官の素早い判断で、数パーセントのコントロールと通信を取り返したオペレーター達はすぐに情報収集と連絡を開始した。

 

「司令! 該当車両に乗っている生徒を特定! したのですが……」

 

「したが?」

 

「生徒は3名。ケネス・バール、ラジャウ・ガ・ワウラ、そして……山田西南です」

 

「や、山田西南……」

 

 もちろん管制センター一同にも、西南の情報は知っている。

 四百もの海賊を集めた西南が引き起こした以上、演習で済む可能性は低い。

 

「目標近くにいる者を大至急向かわせろ! コールを止めるんだ!!」

 

 

 

 ハリベルは西南の追跡を続けていた。

 

「……私はまだ手を出さなくていいと?」

 

『ええ。鷲羽様からも『システムトラブルである以上、人命に関わること以外はアカデミーの者達で対処してね。お手並み拝見♡』だそうよ』

 

「……分かった。では、このまま監視を続ける」

 

『お願いね。あの子達も揃ったから、街中では注意してね。霧恋ちゃんも移動を始めてるから』 

 

「ああ」

 

 そのハリベルの視界には、西南達の乗るミニパトの後方1キロほどから走り迫るGPパトカーを捉えていた。

 これでコールは止められるだろうと思っていたのだが、直後ハイウェイの照明が全てダウンした。

 

 そのせいかライトも全て壊れている西南達のパトカーが見えづらくなり、突然の暗闇で視界が慣れていなかったのだろうパトカーに乗っていた婦警達は、唐突にヘッドライトに浮かび上がった例の恥ずかしいマークだらけの車体と、紙袋を被った人影に色々な意味で叫び出すのだった。

 

「キャアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

「嫌ァァァァァァァァ!!! 来ないでぇぇぇ!!」

 

 悲鳴と同時に婦警達は拳銃を抜いて、西南達のミニパトに向かって発砲する。

 西南達のミニパトは慌ててハイウェイから森に飛び込んで、木々にぶつかりながらも逃げ、婦警達は追いかけようとして森に入るも木にぶつかってパトカーが停止し、それでも発砲を続けた。

 

 その様子をハリベルは森の上空で、もはや呆れるのすらも疲れていた。

 

(……よくもあの車体で逃げ切れる……)

 

 すると、再びアイリから通信があった。

 

『悪いのだけど、そこにいる婦警達を回収してくれないかしら? 気絶させてくれて構わないわ』

 

「……何故だ?」

 

『それがねぇ、マスターガードが西南ちゃんが乗ってるエアカーを攻撃した婦警と、寮のセキュリティーシステムに不正アクセスした霧恋ちゃんの家を標的にしちゃったのよ。アカデミーに駐在してる第二機動軍全機にスクランブルを出してね』

 

「……」

 

『家に関してはデコイを飛ばしてターゲットを移せるけど、婦警達はちょっとね。だから、お願いしたいの』

 

「山田西南の警護はその間出来なくなるが?」

 

『街に向かってるから、大丈夫でしょ』

 

「……分かった」

 

『ごめんなさいね』

 

 アイリは苦笑しながら通信を切る。

 ハリベルはもはやため息をつく気にもならず、その場で身を翻して猛スピードで森に飛び込む。

 

 荒く息を吐いて、まだ拳銃を構えている婦警達の背後に一瞬で回り込んで、首筋に手刀を叩き込んで気絶させる。

 

 崩れ落ちる婦警2人を両脇に抱えて、迷彩を再起動しながら飛び上がり、猛スピードで西南達を追い越して街に入る。

 アイリに指定された転送ゲートに婦警達を放り込んで、すぐにその場を離れる。

 

 この時、すでに西南達がいる方角に向かう数える気にもならないほどの数の気配が移動していた。

 

(……これで山田西南は悪意を引き付けるのが確定か。これでは山田西南本人を守るのでは間に合わない)

 

 ハリベルは西南に辿り着く前に排除すべきと判断して、西南に最も近い気配に向かう。

 一瞬で人間狩りの男の目の前に移動して、男の首に手刀を鋭く叩きつけて気絶させる。男はいきなり歩道に倒れ込んで、周囲の者達が目を向ける。

 

 迷彩で隠れているのがバレる前に、再び一瞬でその場を離れて次の標的に向かう。

 次は男の背後から詰め寄り、後頭部に軽く拳を叩き込んで目の前のダストボックスに頭から突っ込ませる。

 

「うごっ!?」

 

 そのまま男を追い越して、少し離れた場所でチームを組もうと集まっていた人間狩りの集団の中に飛び込む。

 

 正面にいた男2人の顔を両手で掴み押し、そのまま壁に叩きつける。

 

「なっ!?」

 

「攻撃か!?」

 

「ちくしょう! どこからだごっ!?」

 

「ぎゃっ!? べっ!!」

 

 仲間がやられて周囲を見渡し始めた男の後頭部に左ハイキックを浴びせて、男の向かいにいた仲間にぶつけ、その者の顎に左ハイキックを振り抜いた勢いを利用して繰り出した右後ろ回し蹴りを叩き込む。

 

 そして、残った2人の真上に背後に回って、両手をそれぞれの背中に向け、

 

「《虚弾(バラ)》」

 

「「ぎゃ!?」」

 

 低出力のエネルギー弾を高速で撃ち出し、男達は吹き飛んで地面を転がり気絶する。

 

 ハリベルは結果を見る前に、一瞬で西南の真上に戻る。

 次の標的を定めようとした時、美守から通信が入る。

 

『これからアイリ様と霧恋さんが瀬戸様の女官を指揮して危険分子の確保に動きます。あなたがすでに気絶させた者達はGPの者が回収します。あなたは西南君の護衛をお願いします』

 

「承知した」

 

『気を付けてくださいね。西南君を守ることとなると、霧恋さんはかなりポテンシャルが上がるようなので』

 

「正木霧恋が宇宙を知った事件については把握している。警戒はしておこう」

 

 霧恋は昔、瀬戸が千数百年追いかけていた同化型生物兵器が地球に逃れてきた時、その生物兵器が西南を襲おうとする直前に庇ったことがある。

 多くの者達を取り込んできた生物兵器の同化を、霧恋は西南を守るという強固な意志のみで抑え込み、そこを瀬戸や水穂が助けたことで、霧恋は正木の村の真実を知ったのだった。

 

 何の備えもしていない人間が、意志のみで宇宙の生物兵器を抑え込む。

 その事実をハリベルは決して無視していなかった。

 

「正木霧恋達のマーカーは分かるか?」

 

『問題ありません。すぐに送信します』

 

 その言葉通り、すぐに位置情報が送信されてきた。

 霧恋、そして瀬戸の女官の珀蓮、火煉、翠簾、玉蓮の居場所と動きが把握できるようになった。

 街のマップデータに赤く表示されて高速で動き回っているのが霧恋達、緑で表示されているのが捕縛対象の犯罪者だ。

 

 残念ながらウィドゥーはその中にはいない。

 姿や顔まで変えている可能性が高く、パーソナルでも調べない限り分からないからだ。

 

 ちなみに西南は今『イムイム』のパーティ会場への受付にいる。

 『イムイム』とは【イム】という惑星で行われる集まりの事で、南国の海辺を思わせる環境でその星にある樹の樹液や排出する水が幸福感とリラックス効果をもたらすのだ。

 

 そのため、18禁的なイベントが催されることがあり、そっち方面でのお見合いパーティーの扱いをされるようになっている。

 もちろん、それはあくまで一面でしかないのだが、噂として出回るのは18禁方面ばかりだったのだ。

 

 西南がそんな情報を持っているわけはないので、ここに連れてきたのはケネス達なのだろう。

 

 しかし、少しするとホテルから肩を落とす紙袋を頭に被った男二人と、その2人を心配そうに見つめる西南が出てきた。

 

 どうやら入れなかったようで、西南達は少し離れた喫茶店に入っていった。

 喫茶店のテラス席に座った3人を見て、ハリベルは周囲の気配を探ることに集中する。

 

 その時、海の方が妙に騒がしいことに気づいた。

 調べるとどうやら天南家の大型戦艦クラスの潜水艦が奪われ、この都市へと突っ込んできているらしい。

 

 防衛軍の艦隊が攻撃をしているが、潜水艦は速度を落とすこともなく、都市に向かっていた。

 

 ちなみに犯人は雨音と霧恋ファンクラブ会員達である。

 元々は天南家の御曹司、静竜が集めたのだが、ファンクラブ会員達にボコられて乗っ取られたのだ。

 

 目的はもちろん西南。

 

 会員達は完全に熱に浮かされており、攻撃されようが突っ込もうが、停まるつもりはなかった。

 しかも、最悪のことに西南の悪運せいで都市防衛機能が一部機能不全に陥っており、安全停止機構が働かずに勢いよく都市基部に突っ込んだのだった。

 

 それと同時にハリベルと西南がいる場所も僅かに揺れる。

 

 ハリベルは西南が見下ろせるビルの屋上に立っていて、特に問題視はしなかった。

 流石にこれでアカデミーが倒壊するわけはない……はずだからだ。

 

 ハリベルは西南に目を向けると、西南は不安げに周囲を見渡していた。

 

 恐らく今の揺れが何か起こるのではないか、今の揺れは自分の悪運のせいではないのか、と不安になっているのだろう。

 いつの間にかルームメイトがいなくなっており、西南1人だった。

 

 その不安そうな姿が『捨てられた子犬』のように見えて、ハリベルは自然と笑みを浮かべてしまう。

 

 しかし、そこに()()が現れた。

 

 1人の気品ある女性が西南に近づいたのだ。

 

 ハリベルは女性がそこに現れるまで、その存在に気づかなかった。

 

 只者ではない。

 

 どこにでもいそうな女性の見た目なのに、佇まいも普通なのに、どこか目を離せない存在感があった。

 

 その感覚にハリベルは覚えがあった。

 

(九羅密美守……! ウィドゥーか!!)

 

 ハリベルが女性の正体に思い至り、動こうとした瞬間、

 

 ハリベルの足元が崩れた。

 

「!?」

 

 潜水艦が突っ込んだ衝撃が西南の悪運などの複合的要因によって増幅されたのだ。

 

 十数メートルの瓦礫はまっすぐ西南がいるテラスに向かって落下する。

 

 ハリベルは空中に飛び上がって体勢を整えて、瓦礫を破壊しようとするが、瓦礫の大きさ的に完全に破壊するとなると威力を上げなければならないのだが、角度的に確実に西南にも影響が出てしまう。

 

 瓦礫の下に回り込もうとするが、すでにテラスに落下する寸前だった。

 

 ならば西南を抱えて避難しようと猛スピードで移動を開始する。

 

 西南とウィドゥーと思われる女性を視界に捉える。

 すると、西南が逃げ出そうとしていたウィドゥーの手首を掴んで何故か引き留めていた。

 

 そして何より、西南は一切の恐怖を顔に浮かべておらず、地面に突き刺さって倒れてくる巨大な瓦礫を見据えていた。

 

 その光景に強烈な違和感を感じたハリベルは、無意識に眉を顰めて動きを止める。

 

 すると、倒れかけた瓦礫が一瞬何かに引っかかって動きを止め、中央部分が折れ砕ける。

 折れた上部分の瓦礫は複数に分かれながら、西南達を飛び越えて轟音が響き渡り、地面が大きく揺れる。

 

 西南とウィドゥーは瓦礫に挟み込まれる形となったが、全くの無傷だった。

 

 ウィドゥーは飛び越えていった瓦礫を震えながら見つめており、それはハリベルも同じだった。

 

 瓦礫が落ちた場所は、ハリベルも安全だと思っていた場所だったからだ。

 恐らくウィドゥーもそこに逃げようとして、西南に手を掴まれたのだろうと推測したハリベルは、その事実に強烈な怖気が背筋を走った。

 

 それは天地達に戦いを挑む時以上のものだった。

 

(あの一瞬で……? いや、瓦礫が落ちた瞬間、本能的に……?)

 

 危機回避能力というレベルではない。

 西南のそれはもはや『死への予知』に等しいとハリベルは思った。

 

(高度蘇生治療技術も、培養再生技術も、ガーディアンもない初期段階文明で生き延びてきた……。その事実を……甘く見ていた……)

 

 もちろん見慣れた土地で生きてきたから、と言うのも大きいだろう。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()だったはず。

 

 それを霧恋はずっと傍で見て、守ってきた。

 

 西南を地球に帰したくなるのも、当然だろう。

 

 そう思っていると、西南とウィドゥーは喫茶店の中に入っていく。

 

 本来ならばすぐに2人を引き離すべきなのだろうが、何故かハリベルの目にはウィドゥーは先ほどまでとはどこか雰囲気が違っているように見えた。

 

 妙に人を引き付けていた魔性の気配は消え、まるで一目惚れの初恋をしたような少女のように見えた。

 

(害意は……ない)

 

 ハリベルはそう判断して、2人が別れるまで見守ることにした。

 ウィドゥーは数分ほど西南と話すと、席を立ちあがって歩き出す。

 

 ハリベルは空間迷彩を展開したままウィドゥーを追う。

 

 ウィドゥーは迷うことなく道を歩いて行く。

 すると、道を逸れて裏路地に入っていき、その先に座り込んでいた男に近づいていく。

 

 男は近づいてくるウィドゥーに顔を向ける。

 

 直後、ウィドゥーは挨拶をするかのように自然な流れで、男の胸に貫手を繰り出す。

 

 しかし、直前で男の側頭部にエネルギー弾が直撃し、男は真横に吹き飛んで地面を勢いよく転がって、うつ伏せに倒れる。

 時折ピクついていることから、死んではいないようだった。

 

 ウィドゥーは来た道を振り返る。

 それにハリベルは空間迷彩を解除して、浮き上がる様に路地裏に現れる。

 

「……山田西南の護衛はいいのですか?」

 

「あの死を躱す力があれば、今すぐ死ぬことはないだろう。それに……貴様を超える者がいるならば、貴様が現れた時点で動いているはずだ」

 

「ふふっ。あなたほどの方にそう言って頂けるのは嬉しいですね」

 

 嬉しそうに微笑むウィドゥーは、西南の前に現れた時のような異様な存在感を醸し出していた。

 いや、相対している今は、更に強まっている。

 

 噂通り、瀬戸や鷲羽にも引けを取らない。

 

 悪に傾いている分、その存在感は人の理性の殻を容易に壊し、欲望や悪意を引き出すのも納得出来る。

 

(……違う。壊すのではない。()()()()()()()()()()()

 

 だから、一度ウィドゥーに魅入られると、そう簡単には元に戻らない。

 今でも多くの者がウィドゥーに会ったことで精神が狂い、カウンセリングを続けている。

 

 それを理解したハリベルは、だからこその疑問を吐き出す。

 

「何故、山田西南から手を引き、放置していた人間狩りを始末しようとした?」

 

 今そこで気絶している男は、犯罪組織に属する人間狩りだった。

 

 ウィドゥーは聖母を思わせる慈愛が籠った笑みを浮かべ、

 

「私が山田西南に捕まったからよ」

 

「……なに?」

 

「私は今まで1人で生きて来た。それだけの力を持ち、それを振るってきた。危機回避能力にも自信があった。……それをあの子は……ただただ純粋に蹂躙した。それだけのこと」

 

「……」

 

 ハリベルはそれが先ほど自分が西南に感じたものと同じだと理解した。

 

「……お前の危機回避は明確な根拠と理論で成り立っている。光に当てられたことで出来る影を見つめるように……」

 

「……ええ」

 

「しかし、山田西南のは同じようで真逆だ。光も差さないブラックホールの中で歩き、ただ『怖い』と思ったから歩幅を変えるだけ。根拠など存在せず、理論などあり得ない。絶対の理不尽により造られたものだ」

 

「私程度が太刀打ちできる力じゃない。私は今まで全てを奪ってきた。だから、あの子に負けた私は、あの子が生きる世界の価値観に準じなければいけない」

 

「……自ら、いや……山田西南に捕らえられ、GPに行く、と?」

 

「ええ」

 

「……なるほど。だから、山田西南に死んでもらっては、傷ついてもらっては困る、か」

 

「その通りよ」

 

「……山田西南は自分のために命を奪うことを望まないだろう。殺すのだけはやめておけ」

 

「そう……分かったわ。それでは、貴女が誰かは知らないけれど、もう会うこともないでしょう」

 

「ああ。……怖くはないのか?」

 

 ウィドゥーは間違いなく死刑になる。

 己の価値観で負けたというだけで、ウィドゥーは自ら処刑台に向かっているのだ。

 

「まさか。私はすでにあの子に殺された。あの時に感じた恐怖に比べれば、死ぬことなどたいしたことじゃないわ。……私の望みはあの子と同じ世界に在ること。その先が死でも、それが望んだ故であるならば、股すら開いて受け入れましょう」

 

 神々しいと呼べるほど、満足そうな笑みを浮かべて言い切るウィドゥーを、ハリベルは畏敬の念を抱き、羨ましいと心の底から想った。

 

 ハリベルはゆっくりと宙に浮かび上がり、

 

「……話を聞かせてもらった礼だ。警察署まで、エスコートしよう」

 

「ふふっ。ありがとう。……名を聞いても?」

 

「……ティア・ハリベル」

 

「……そう」

 

 それで2人の会話は終わりを迎えた。

 

 その後、ウィドゥーは霧恋達が見過ごしそうな犯罪者がいるところに堂々と歩いて、ハリベルが撃破していく。

 

 そして、最後は警察署前の路地裏に気絶させた犯罪者達を置いて、堂々と警察署に向かうウィドゥーの背中を見送る。

 

(これも山田西南の悪運か……。純粋故に……魔性を持つ者は惹かれ、魔性故に……悪運の中で失われない純粋さを敬い、愛する)

 

 ウィドゥーのような他者に毒する性質の者にとっては、己の存在意義を否定されたも同然だ。

 しかし、歪んでいるからこそ、その尊さも理解出来るのだ。

 そしてそれは、歪みが大きいほど、強く愛する。

 

(四百もの海賊を捕らえた次はウィドゥーか。囮としての有能さは、完全に証明されたな)

 

 ハリベルはウィドゥーを捕らえた以上、自分の仕事は終わったと判断する。

 残りの有象無象は霧恋達でも問題ないだろう。

 

 『引き続き西南の近くで待機するが基本的に見守るだけに留める』とアイリと美守に連絡をして、移動を開始するハリベル。

 

 しかし、数時間後に、その判断を後悔することになるのだった。

 

 西南の悪運によって。

 

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