天地無用!皇鮫后   作:無月有用

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目指すは幸せ

 霧恋は博司の事件の後始末を終えて、帰宅し風呂に入っていた。

 

 本来ならば、あの後に西南と話をする予定だったのだが、霧恋の心の中に迷いが生まれてしまい、止めることにしたのだ。

 

 理由は静竜のしごきにもへこたれず、悪運を目の当たりにしても離れないどころか、笑って話しかけてくれる友人達と楽しそうに話している姿を見てしまったことだ。

 

 地球では見れなかった光景を目の当たりにしたことで、ただ危険ではないということも思い知らされた。

 

「けど……だからこそ、これ以上命の危険に晒せない……」

 

 霧恋はお湯で顔を洗って、泣きそうになるのを防ぐ。

 その後も自問自答を繰り返し、最後は西南が学校行事を休む時の諦めたからこそ出る明るい笑顔を思い出してしまい、涙が浮かび始めていた。

 

 その時、通信のコール音が鳴り響く。

 霧恋は一度お湯に潜って、泣き顔を誤魔化すために洗い流す。

 

 そして、深呼吸をしてから通話ボタンを押す。 

 

「はい、どなた?」

 

『私よ、霧恋。元気してる?』

 

 月湖の声に霧恋は脱力して、モニターをオンにする。

 

「なんだ、お母さんか……。何の用?」

 

『あら、随分とご機嫌ナナメの様ね』

 

 不機嫌そうな霧恋に、どこかおめかしした服装の月湖は内心苦笑する。

 そして霧恋も月湖の服装に気づいて、眉を顰める。

 

「どこか行ってたの?」

 

『瀬戸様のところよ。西南ちゃんの入学式の映像を見せて頂いたの』

 

「なるほど。それで西南ちゃんのことで?」

 

『クスッ、相変わらずのようね』

 

「笑い事じゃないわ! 本当に危ない処だったのよ! 今日だって……」

 

 霧恋は今日のトラブルのことを口に仕掛けて、慌てて言葉を呑み込む。

 しかし、

 

『拉致監禁されたんでしょ?』

 

「知ってるの!?」

 

『水穂様からね』

 

「水穂様って……。(そうか……。美守様はアイリ様と瀬戸様に報告しないと仰っただけで、隠すとも他の方に報告しないとも仰っていない……)」

 

 霧恋はため息を吐いて、項垂れる。

 

 ならば瀬戸も知っているだろうし、美守からでないだけでアイリにも報告が行ってるはずだ。

 月湖は顎に指を当てながら、

 

『博司君も困った人よねぇ』

 

「…………博司、君?」

 

『ええ、昔の知り合いよ』

 

 あっけらかんと答える月湖に、霧恋は一瞬呆然とする。

 

『でも、娘さんがいたなんてねぇ……。娘さんの歳からすれば、私が地球に帰る直前のはずなんだけど……。結婚したことすら知らなかったけど……』

 

「お母さんの昔の知り合いの家族構成なんてどうでもいいわよ!! 問題はそういうトラブルに巻き込まれたってことよ!」

 

『ちょっとした悪戯でしょ? アカデミーじゃよくあることよ』

 

「あくまでも今回は、よ! いつもそうだとは限らないわ!」

 

『だからこそ、破格の護衛が付いているんでしょ? 瀬戸様の部下やアイリ様や美守様もいらっしゃるし。それに鷲羽様も何か考えているようだって、天――』

 

「どうして!!」

 

 霧恋は悲痛な表情で叫んだ。

 

「どうして皆、西南ちゃんを危険な目に遭わせようとするの? 西南ちゃんの才能は命を削っているのと同じなのに……」

 

『霧恋……』

 

「あの事件があって、海賊や違法採集者が地球へ来る率が高いって知って……西南ちゃんを本当に守るなら、もっと広い視点からって……。大体今回のことで、地球へ飛来する海賊達が増えたのは、西南ちゃんが原因だって証明されたようなものでしょ!?」

 

『私は別に西南ちゃんを宇宙にいさせろって言うつもりはないわよ?』

 

「え?」

 

 悲痛に叫ぶ霧恋とは対照的に、あっさりと言う月湖。

 

 それに霧恋はその悲痛な表情をあっさりと崩壊させる。

 

『ああ、そうだ。霧恋、後でハリベルさんにお礼を言っておきなさいよ』

 

「……なんでティア・ハリベルに?」

 

『今日、西南ちゃんを助けたのがハリベルさんだからよ』

 

「ええ!?」

 

『水穂様が教えてくださったのよ。霧恋だけになら、話していいってね』

 

「……」

 

『そうそう。今日、瀬戸様の所に行く前に天地君に会ったんだけどね』

 

「……天地ちゃんに?」

 

『あの子も西南ちゃんのことで、霧恋と同じように地球に帰した方が安全なんじゃないかって思ってたって』

 

「そりゃそうよ。天地ちゃんだって…………思ってた?」

 

 霧恋は月湖の言葉の違和感を聞き逃さなかった。

 

『ハリベルさんに言われたそうよ。……何かを奪うならば、何かを与えるべきだ。宇宙にいたいと望んだ西南ちゃんから、それを取り上げる。その罪を、背負い続けられるのかって』

 

「……罪……」

 

『西南ちゃんから宇宙の記憶を消したとしましょう。ねぇ、霧恋。あなたは、もし宇宙を忘れた西南ちゃんに『宇宙に行ってみたい』って言われたら……耐えられるの?』

 

「そ……れは……」

 

『天地君もハリベルさんにそう言われて堪えたそうよ』 

 

 実際はもう少しキツイことも言われているのだが、月湖は流石に言わなかった。

 

『だから、天地君はもう少し見守ることにしたのよ。ハリベルさんや鷲羽様も動いてくれてるみたいだから』

 

「……」

 

『それに、私としては未来の旦那様が帰って来てくれるのは大歓迎だしね♡』

 

「………………は?」

 

 それまでの重苦しい雰囲気を一瞬で掻き消した月湖の言葉に、霧恋もそれまでグルグルと考えていたことも一瞬で霧散して唖然とする。

 

『聞こえなかった? 私の未来の旦那様♡』

 

「聞こえてたわよ! けど……意味が分からない」

 

 霧恋は頭が混乱しており、のぼせたように頭が働かない。

 

『あら、だって西南ちゃんが地球に戻ってきたら、高校や大学なんて難しいでしょ? 今日子さんから聞いたけど、色んな高校から敬遠されてるんですってね』

 

 今日子とは西南の母親だ。

 霧恋もこの前地球に帰った時に、同じく今日子からその話は聞いていた。

 

「で、でも高校だったら、前に天地ちゃんが通ってたところが……」

 

『あそこ。魎呼さんが壊した校舎の再建がやっと終わったらしいわよ。行けたとしても、通学が大変よね。本人も通学路中の人も』

 

「うっ……!」

 

 確実にトラブルを引き起こしまくって、目的の駅やバス停に到着できるかどうかすら怪しい。

 そうなれば、数千人、数万人規模で影響が出かねない。

 

『大学なんてもっと無理よね? 近場で西南ちゃんの事を知らない大学なんてないし』

 

「つ、通信制の大学だってあるし……」

 

『まともに通信出来ればいいけどね。じゃあ、就職は? 学校は学費を払えば、まだお客様。けど、就職はむしろ貰う側。下手したら、損害賠償で裁判沙汰になりかねないわよ?』

 

「あう、あう……」

 

『実家の商店は継げないでしょうね。ただでさえ、西南ちゃんがいなくなってから大繁盛だもの』

 

「お、お金はあるもの! 生活には困らないわ!」

 

『報奨金のこと? 確かに生活には困らないでしょうけど。記憶を消すってことは、ご家族もでしょ? そうなったらそんな大金どうやって渡すの?』

 

「そ、それは……。でも、だからって西南ちゃんをこのまま宇宙にいさせるわけにはいかないわ!」

 

『だったら、正木の村で暮らすことになると思わない? 海も文句言わないでしょうし、天地君にも会いやすくなるし』

 

「あっ!」

 

 正木の村の者達ならば、むしろ喜んで西南を迎え入れるだろう。

 例の報酬金もあるし、実家の商売も上手く行く。

 最高の条件であることは間違いない。

 

『そうなれば、うちで暮らすことになるでしょうね。海はどうせ儀式が終われば、宇宙に上がるでしょうし。そうなれば、私と西南ちゃんの2人暮らしね。結婚する頃には、海だって私達の結婚に文句言わないでしょう』

 

「え……え……」

 

『フフッ。ねぇ、霧恋。西南ちゃんを可愛いと思っているのはあなただけじゃないのよ? 私だって同じ年月……いえ、あなたが宇宙に上がった後も、ずっと西南ちゃんを見てきたのよ』

 

 月湖は女の顔を覗かして、言い放つ。

 それに本気だと嫌でも霧恋も理解させられる。

 

「お、おおお、おか、お母さん……。ダイさん……海のお父さんは……」

 

『西南ちゃんって、時々ドキッとさせる大人びた表情をするようになっててねぇ……』

 

「無視しないで! 海のお父さんがいるでしょ!」

 

 霧恋と海は異父姉弟だ。

 ダイという男が父親なのだが、実は結婚していない。それどころか毛嫌いしており、息子に会いに来たという名目で時々家に来るのだが、いつも最後には家から追い出されている。

 

 ダンは陽気で軽薄な性格で、学習能力がない。

 霧恋はもちろん、天地、西南、果てには息子の海ですら、『なんで恋人関係になったん?』『その時、月湖は何かに憑りつかれていた』と言うほど、月湖とダイは相性が悪い。

 

 ちなみにダイは天南家の血筋である。

 

 月湖と会った頃、ダイはかなりプライベートでかなりのトラブルを抱えており、それは普通ならノイローゼや鬱、最悪自殺するレベルのものだった。

 それに追い詰められていたダイは、天南家特有の陽気さは一切鳴りを潜めていた。

 その結果、ダイは物静かで超真面目な美男になっており、それに月湖は絆されてしまったのだ。当時、月湖も健を亡くしたばかりだったので、お互いを慰め合う形になったのである。

 

 それが海が生まれて、少しした頃に解消されたため、ダイは静竜並みの性格に戻った。

 

 月湖を含め、周囲の人間全員がもはや詐欺にしか思えなかったほど最悪方面に回帰した。

 それでも励まされ、海の父親であるのも事実なので、月湖も何とか、出来る限り、最低限、受け入れようとしたのだが、無理だった。

 

 そして、月湖はその記憶と歴史を封印することに決めたのだ。

 

 海に会いに来るのだけは仕方なく認めるが、それ以外は決して受け入れなくなった。

 

 月湖そっくりと言われる霧恋ですら、弟の海の性格に頻繁にイラっとさせられているのだ。ダイはその数倍の性格だ。

 それが旦那的立場だったなど、霧恋は耐えられないと思うのだから、月湖も無理なのは当然である。

 

『うるさいわね。あいつとは結婚してたわけじゃないし、海の父親ってだけよ。海が宇宙に行ったら、もう家に来る理由はないでしょ』

 

 ジト目で冷たく言い放つ月湖に、霧恋はそれ以上ダイのことを口に出来なくなる。

 

「だ、だからって、西南ちゃんとお母さんが……?」

 

『あら。十年もすれば、お似合いのカップルになると思わない?』

 

「……それは」

 

 月湖とて生体強化を受けている。

 なので、百年後も今の美貌を保っていられるだろう。

 

 それは霧恋も認めるしかなかった。

 なので、視線を逸らし、少し拗ねたように答える。

 

「そうね……。西南ちゃんが地球に帰ったら……そうなってもおかしくはないわね」

 

『で、そうなったら当然、私の素性を話すわよね』

 

「……まさか!」

 

『そうなれば、私は西南ちゃんの好きなようにさせてあげるつもりよ♡』

 

「冗談じゃないわよ! お母さんはまた西南ちゃんを危険に晒すつもり!?」

 

『夫がしたいことを支えてあげて何が悪いの? それは大人になった西南ちゃんと私の問題よ。それに、私は瀬戸様やアイリ様、美守様、鷲羽様や天地君達を遠慮なく利用するつもりよ。西南ちゃんを守るためなら、なんだってするわ』

 

「でも!」

 

『健やかなる時も病める時も、一緒に生き、一緒に死ぬ。その覚悟はあるわ。私は私なりのやり方で西南ちゃんを守る。西南ちゃんも西南ちゃんのやり方で私を守ってくれるでしょうね。それのどこに、あなたの許可がいるの?』

 

「……」

 

 霧恋はもはや何も言えなくなってしまった。

 

 月湖の言う通り、結婚してしまえば霧恋はただの親戚でしかない。

 西南と月湖の2人が決めたことに口出すことは出来ようが、許可を取ってもらう必要はない。

 

 それでも納得が出来ない気持ちが溢れてくる理由は唯一つ。

 

 自分も月湖が言った未来を望み、考えていたからだ。

 しかし、宇宙に上がったことでその未来を心の奥底に沈めた。

 

 だが、西南は宇宙に上がってきた。

 再び共に生きていける未来の可能性が生まれてしまった。

 

 しかし、西南が宇宙にいることは命を危険に晒す事だ。

 

(それはあくまで私の自己満足でしかないわ。西南ちゃんの身の安全を保障できるものではないもの)

 

『そうね。霧恋がそれを考えなかったのは仕方がない事だわ』

 

「っ!? お母さん!?」

 

 霧恋は心を見透かされたことに跳び上がりそうになるほど驚く。

 

『まだ霧恋は若いんだから……。だから、あなたが悩む必要なんてないのよ。あなたはあなたの幸せを考えればいいの』

 

 霧恋が西南の未来に責任を持つ義務はない。

 何百年と続く先で、他の未来を見つけることは十分に可能だろう。

 

 西南に囚われ続ける必要はないのだ。

 

 しかし、霧恋はそう考えることが出来ない。

 

「何を言っているの? 私は自分の事じゃなくて、西南ちゃんの事を考えたからこそ、その事を!」

 

『そう……ね。とにかく、これからどうするかはまだ霧恋が決定権があるわ。バトンはまだ霧恋が持っているんだから、ね。ただ……』

 

「……ただ?」

 

『安全であることと幸せであることはイコールではない、そうよ』

 

 そう言って月湖は通信を切る。

 

 霧恋は茫然とモニターが消えた場所を見つめていた。

 

「そんなの……。そんなこと……」

 

 当たり前だ。

 そう言いたかったが、何故かそれを言葉に出来なかった。

 

(西南ちゃんから宇宙を奪うことは……罪……。でも、西南ちゃんは元々宇宙に上がれない生粋の地球人……。宇宙の記憶を消して、地球に帰すのは当然のことよ。それが罪だなんて……。それに……地球に帰しても、帰さなくても同じだなんて……)

 

 必死に頭の中で己の心を整理する。

 

 しかし、月湖から告げられたことが何度も頭を駆け巡る。

 否定する理由を考えても、再び突きつけてくる。 

 

「そうだわ! 西南ちゃんが自分で地球にいることが一番安全だって思えばいいのよ。その後、もしお母さんとそういう関係になっても、西南ちゃん自身が地球に居たいと思えば、無理強いなんてしないもの」

 

《安全であることと幸せであることはイコールではない》

 

 一瞬奇妙な解放感を得た霧恋だが、再び最後の言葉が響き渡る。

 

 俯いて悲痛に顔を歪める霧恋は、妙に世界に置いて行かれたような孤独感に襲われる。

 それによって、すっかりハリベルのことは頭から抜け落ちてしまうのだった。

 

 

 

 そして、翌日。

 

 地球の面々はいつも通り過ごしていたが、やはり天地は時折物思いに耽る様子が見られていた。

 

 畑仕事を手伝っていたハリベルは、恐らく西南の事だろうと推測しているが、流石に覗き見するわけにはいかないので結果を待つしかない。

 

(恐らく瀬戸は覗き見しているだろうがな)

 

 そして、朝食の時間となり、食べ終えて一息ついていたところに水穂から通信が届く。

 

 ハリベルは自室に戻って、通信に出る。

 

『突然ごめんなさいね』

 

「なにかあったのか?」

 

『西南君と霧恋ちゃんの問題でね。どうやら丸く収まったみたい』

 

「そうか……」

 

『天地ちゃんも心配してるだろうから、伝えてあげて』

 

「本人からすれば、複雑かもしれんがな」

 

『まぁね』

 

「西南の生体強化担当は、アイリが言っていたように霧恋達が?」

 

『そうみたいね。雨音ちゃんのペントハウスで皆で住むみたいよ。それも、珀蓮達をメイドとして送り込んでね』

 

 水穂が苦笑しながら言い、ハリベルは呆れを浮かべる。

 

 確かに護衛の面としては必要な対応かもしれないが、男は西南1人と言う状況は本当に健全と言えるのだろうかと疑問を抱く。

 

「……よく霧恋が許したな」

 

『雨音ちゃんとエルマはともかく、珀蓮達についてはまだ知らないのよ』

 

「……はぁ。倫理委員会などに知られたらマズイのではないか?」

 

『お母さんに言える人なんていないでしょうから』

 

「……それはそれで問題だと思うが……」

 

 もはや言うだけ無駄なのだろう。

 それ以上は何も言わずに通信を切り、居間で寛いでいた天地に声を掛ける。

 

「西南は宇宙に残ることになったそうだ」

 

「え?」

 

「霧恋も受け入れたようだ。複雑かもしれんがな」

 

「霧恋さんが……。よく認めたなぁ……」

 

「何を話したかまでは知らないがな。生体強化の担当を霧恋と雨音がするらしい。それもあったのかもしれんな」

 

「え? 生体強化の担当って、何かあるんですか?」

 

 生体強化を知らない天地は首を傾げる。

 

「……生体強化は筋力などを突如数倍に強化する。それ故に初めて強化した時は、加減が分からずに歩こうとするだけで飛び上がったり、物を握り潰してしまう。そのため、日常生活を共にして訓練する必要がある」

 

「なるほど……。え? ってことは……」

 

「西南は今日から霧恋か雨音と一緒に暮らす、ということだろうな」

 

「…………大変だぁ。(俺……しなくてよかった)」

 

 天地も生体強化した場合、間違いなくこの家の女性陣が我先にと教官役をしたがるだろう。

 その結果、酷い目に遭うのは想像に難くない。

 

「その他にも鬼姫やアイリ達が女を送り込むようだ。護衛の側面もあるが、明らかに他の意図もあるのだろうな」

 

「……西南君、頑張ってくれ……」

 

「あははは……。まぁ、霧恋さんに雨音がいるなら、男の護衛は男女トラブルになりかねませんからね。恐らく、瀬戸様の部下がハウスキーパー兼護衛として赴くのでしょう」

 

「あぁ……なるほど」

 

「そもそも、ハウスキーパーがいる程の家ってのがおかしくねぇか?」

 

 苦笑しながら捕捉するノイケの言葉に天地は納得するも、梁に寝転んでいた魎呼がツッコんできて、そっちにも納得する。

 

 ノイケは再び苦笑しながら、

 

「雨音の実家のカウナック家は、元ガーディアンシステムの会社で、今は高級服飾ブランドを生業としています。しかも、雨音は元トップモデルだったので、お金に困ったことはないでしょうね。この家にも負けない広さのマンションくらい余裕で買えますよ。ああ見えて、超が付くお嬢様ですから」

 

「あの雨音さんが……」

 

「お嬢様ねぇ。まぁ、阿重霞や美星って例もあるから、おかしかねぇか? あっはっはっはっ!」

 

 美人ではあるが魎呼にも負けない親父臭さがある雨音に、天地達はどうにもお嬢様というイメージが湧かない。

 阿重霞も最初はまさしくお嬢様だったが、今では天地もそれを忘れつつあるのは秘密である。

 美星はそもそもお嬢様のイメージはない。

 

「ちょっと魎呼さん! どういう意味ですの!?」

 

「そのままの意味に決まってんだろ?」

 

「なんですってぇ!」

 

「まぁまぁ、お2人とも」

 

 睨み合う魎呼と阿重霞をノイケが宥める。

 

 ハリベルは小さくため息を吐き、砂沙美は魎皇鬼と戯れながら苦笑いする。

 

「霧恋お姉ちゃんも西南お兄ちゃんも大変だなぁ。お婆様達はしばらく退屈し無さそうだけど」

 

「……天地、ノイケ」

 

「「はい?」」

 

「霧恋が担当教官となった以上、西南の保護者はアイリになった可能性が高い。更に男子寮を出たことで、西南達の住んでいる家にちょっかいを出しに行くだろう。苦情が来る覚悟はしておけ」

 

「「う……」」

 

 天地とノイケは頬を引きつらせる。

 

 流石にアイリをどうにかしてくれと言われても、どうしようもない。

 夫と娘が諦めているのだから。

 頼むとすれば鷲羽や瀬戸だが、それはアイリ以上に恐ろしい。

 

「……西南君からの連絡はしばらく出ないでおこうか」

 

「霧恋さんは……雨音のこともあるでしょうし……」

 

 ノイケは色々と共通の関係者が多いので、愚痴の内容には事欠かない。

 流石に気持ちも分かるので、無視するのも心苦しかった。

 

 そもそもノイケは西南が宇宙に上がってしまった原因がこの家と美星にあることも引け目を感じていた。

 

 誘導装置がないのも、美星の口が軽いのも、ノイケの責任ではないのだが。

 

「しばらくは西南も出かけることは少なくなる。この前のように危険な目に遭うことも減るだろう」

 

「そうですね……」

 

「この間に瀬戸やアイリ達が西南を宇宙にいさせても安全でいられる環境を整えればいい」

 

 更に生体強化もされているので、危機回避能力も上がっている可能性はある。

 もちろん、逆に油断している可能性もあるが、そこは霧恋が注意しているだろう。

 

 何はともあれ、瀬戸の思惑通りに西南達が動いているのは間違いない。

 

 恐らく今後も様々な手で様々な感情を逆撫でされるに違いない。

 特に女性陣が。

 霧恋を筆頭に。

 

 そして、西南は美女達の誘惑に耐え続けなければならない。

 手を出せば、その瞬間瀬戸が高笑いを上げて、一気に結婚式を整えるに違いない。

 

(この家は砂沙美や魎皇鬼、そして鷲羽と言う『歯止め』がいるからいいが……)

 

 そもそも好意を抱いていた霧恋。

 性格は親父臭いが、トップモデルを張っていたほどの美女である雨音。

 

 そして、退廃的な雰囲気を纏い、男を惑わせる玉蓮。

 

 珀蓮、火煉、翠簾、エルマも十分すぎる美女だ。

 

 エルマは地球では見られないワウ族なので戸惑うかもしれないが、女性らしい仕草を見れば、すぐに女性として意識させられるだろう。

 

(手を出せば、それはそれで西南を宇宙に繋ぎ止める首輪となる、か)

 

 瀬戸ならば考えてもおかしくはない。

 というよりも、確実に考えているはずだ。

 

 完全に女難という言葉が相応しいと感じるハリベルだった。

 

(……幸せになりたければ苦難を乗り越えるべし、というわけか。その道を瀬戸が用意する。……なるほど。周囲からすれば鬼姫、身内からすればクソババアと呼ぶしかないわけか)

 

 結果的に本人の想定以上に良い結果をもたらしてくれるので、文句が言いにくくなるのだ。

 しかし、その過程がどうにも素直に感謝出来ないものでもあるのだ。

 

 下手したら死んでたかもしれないと思う状況にも、容赦なく追い込む。

 

 そこで生き残れば、苦しんだ分の見返りを用意してくれているのだから質が悪い。

 

 恐らく西南や霧恋達は期待されているので、特に辛い目に遭わされるだろう。

 

 それが幸せに通じているかもしれないとはいえ、憐れみしか湧き上がらないハリベルだった。

 

 


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