天地無用!皇鮫后 作:無月有用
そして、夜。
夕食時に鷲羽は現れず、それに僅かばかりの不安を天地達は感じながらも、先に食事を終える。
食べ終わり、ハリベルは皿を洗っていると鷲羽が現れる。
「ハリベル殿。ちょっといいかい?」
「……なんだ?」
「ちょっと例の件でね」
「例の件?」
当てはまることが多すぎて、逆にピンとこないハリベルだった。
鷲羽は苦笑して、手招きしながら研究室に戻っていく。
「まぁ、いいからいいから」
「……はぁ」
ため息を吐いて、ノイケに後を任せて研究室に向かう。
鷲羽に連れて行かれたのは、様々な鉱石で出来た巨晶群の柱に囲まれた庵だった。
そこには瀬戸がすでに座って、何やらニヤニヤしながらモニターを覗き込んでいた。
「何ニヤけてるのさ? また覗き見かい?」
「まぁね。と言っても、見てるのはこの子だけど」
モニターを鷲羽達に向ける。
そこに映されていたのは、
『ご主人様、お目覚めですか?』
メイド服を着て姿見に向かって、お辞儀をしながら映っている自分に声を掛けていた。
その様子を美守と珀蓮達4人が呆れた様子で見つめている。
「おやおや。随分と楽しそうで」
「その格好で明日西南殿を起こしに行くみたいよ。この後の報告会のこと忘れてそうよね~」
「あの子はすぐに目移りするのが悪い癖だねぇ。ま、そんなに給仕したいなら、練習させてやろうかねぇ。けっけっけっ!」
鷲羽が意地悪な笑みを浮かべて、庵の近くに設置されている転送ポートへと歩いていく。
そして、美守や珀蓮達が部屋を出て行ったのを見計らって転送ポートに飛び込むと、何故か鷲羽は雨音の邸宅に転送され、白蓮達が寝泊まりしている使用人の部屋からアイリがいる部屋に音も立てずに素早く移動していく。
「……あそこは雨音の家ではなかったのか?」
「そうだけどね。実はこの島って元々は鷲羽ちゃんの実験施設だったのよ。それを美守様が持ってる関連会社に買収してもらって、住人や職員を私達の関係者に入れ替えたの。で、雨音ちゃん達が買い物に出かけている間に、色々とね。ちなみにここは雨音ちゃん達の家の地下よ」
「……よく鷲羽の保有している島にマンションを建てられたな? 行方不明になっていたのだろう?」
「ふふふっ。それがね、鷲羽ちゃんの教え子の1人が勝手に名義変更してたのよ。それをこの前、鷲羽ちゃんが直接説教して取り戻したってわけ」
呆れているハリベルと楽しそうにしている瀬戸の目はモニターに向いており、鷲羽がまるで暗殺者の如く一瞬でアイリを簀巻きにして拘束し、声を一つ上げさせる暇も与えずに連れ去った。
それを見ながらハリベルは疑問を口にする。
「……姿を晒したのか?」
「その鷲羽ちゃんの教え子はね、アリウ公国のお偉いさんでね。聞いたことあるでしょ?」
「……あのキルモイ遊国との開戦の話か?」
「そうそう」
数日ほど前の話だが、アリウ公国とキルモイ遊国はこじれにこじれて開戦寸前まで険悪関係に陥っていた。
表向きは樹雷と世二我の共同武力介入警告で何とか回避されたことになっているのだが、実はキルモイ遊国のお偉いさんも鷲羽の教え子で、揃って呼び出され、突然現れた鷲羽の無言の圧力に屈して数分後に土下座したというのが真実である。
「実は戦争になりかけた理由はね、西南殿が捕まえた海賊のいくつかが、この二国のお抱えだったのよ。それで西南殿に手を出させないようにって脅しも兼ねてね」
「んで、急遽最低限の設備を整えたってわけさ。例の件の調査やハリベル殿の新しい船製造も並行してたから、今日は家に顔を出せなかったってわけ」
鷲羽がメイド服を着てしょんぼりとしているアイリを連れ立ってやってきて、話を引き継いだ。
「瀬戸殿の部下が使う部屋に転送ポートを設置させてもらってね。アイリ殿の理事長室やGPアカデミーに行けるようにしてあるよ。もちろん、雨音殿や霧恋殿達には秘密だけどね」
「……はぁ」
もはや何も言う気が起きなくなったハリベルは、どっと疲れが押し寄せてきて今回は大人しく用意された椅子に座ることにした。
ちなみにアイリは椅子を消されて、そのまま給仕役とされた。
「……西南と霧恋の話し合いは覗き見していたのか?」
美守がここに来るまでの間の雑談として、話題を提供したハリベル。
瀬戸は何やら満足そうに笑みを浮かべながら、扇子を口元に当てて、
「ふふふっ。あの子達が気を使ってね。私達は映像だけよ。話の内容までは知らないわ。ただ……」
「ただ?」
「どうやら、自分が西南殿の安全を言い訳に遠ざけようとしていた事実を叩きつけられたみたいね。大分ショックを受けていたわ」
「……そうか」
「まだどう折り合いをつけたのかまでは知らないのだけどね。どうなの? アイリちゃん」
「……私もそこまでは。けど、妙によそよそしくしようとして、結局気になって仕方がないって感じですねぇ。ちょっと感情に振り回されてるってところでしょうか」
「ふむ……。弟から異性へと意識が揺れ始めてるってとこかねぇ」
鷲羽が顎を擦りながら推察する。
霧恋は西南に初めて強く言い返され、自分の保護下から離れたように感じたこと。そして、月湖の旦那様発言も合わせて、異性として意識するようになっていた。
しかし、逃げ出したという引け目もあり、西南が一人前になった時には身を引こうと思ってはいるが、やはり雨音達が西南に近づくのは我慢出来ない。
未成年ということもあり、弟として見てきた感覚も抜けきれず、世話をしてやりたいとも思い、自分が適切だと思う距離を保てないというジレンマに陥っているのだ。
「けど、西南殿から逃げた自分も許せないってとこかしら……。全く……妙に初々しいんだから。好意を寄せてくる男の子くらい、とっととモノにしなさいっての……」
「くくく! 未成年に手を出したら、瀬戸殿達にいびられるって分かってるんだろうさ。もっとも、アイリ殿は何も言えないだろうけど」
「う……」
アイリが水穂を妊娠したのはアカデミー生時代。
つまり、未成年時に遙照に『やっちゃった』結果である。思いっきり不純異性交遊なのだ。
もちろん、本人達にはそれだけのことになった立派?な理由があるのだが、流石にこればっかりは指摘されれば言い逃れは出来ない。
何が辛いって、瀬戸には水穂が、鷲羽には遙照達という他の生き証人達がいるので、絶対的に弱みを握られていることだ。
なので、アイリは霧恋を揶揄うのはリスクがある。
もちろん、本人はその場の感情で動くので、そんなこと忘れるのだが。
「西南殿が成年するまで待てるのかねぇ。周りが」
「これから次第、でしょうね」
「おやおや、何かやらせる気かい?」
「今のところは学生生活を送って貰いたいと思ってるわよ?」
「あれで?」
普通の学生生活は美女の家で、美女に囲まれて暮らさない。
必要なこととは言え、メイドのいる家で暮らすのは普通ではない。
ハリベルはもはやツッコむ気も起きず、黙って座っていた。
「ほら、アイリちゃん。皆にお茶とお菓子出して」
「……畏まりました」
鷲羽の命令でアイリはいそいそと準備をしに行く。
そこに美守が丸い床だけのエレベーターで降りてきた。
周囲の巨晶柱を見渡しながら庵に近づいてきた美守に、瀬戸は微笑みながら席を勧める。
「お忙しいところわざわざ申し訳ありません。どうぞお座りになって」
美守が示された席に座ると、円卓が出現する。
すると、アイリが美守の前にそっとお茶と茶菓子を置く。
「あら、アイリ様。やっぱり捕まりましたか」
「なんだか面白そうな恰好してたからさ。そのまま拉致って来ちゃった、アハハハ!」
「ホホホ、ですから珀蓮さん達の忠告を素直に聞いてらっしゃればよろしかったのに」
「ほら、早く私達にお茶とお菓子用意して頂戴」
「はい、瀬戸……いえ、ご主人様」
アイリは手早く瀬戸達の分のお茶と茶菓子を配り終える。
そして、円卓上にモニターを起動させて、立たされたまま説明を始める。
「入学式で判明したスパイの判別チェックの進行状況報告ですが、重要拠点のチェックは全て終了しました。ただ各部署にはいくつかのダミー情報を流して、未だに調査中と言うことになっています。集まった報告を精査した結果、一番危惧した樹雷と九羅密家中枢へのスパイ潜入は確認されませんでしたが、アカデミーには予想以上の人数が、かなり意図的に配置され潜入していることが判明しました。その年齢やGPへの入隊経歴から推測すると、かなり昔から少しずつ潜入させていたようです。以前起こった、九羅密美星さんがかかわった事件との関連性は不明ですが……」
「ああ、それだけどね。基礎技術は同じだけど、その発展途上で明らかな差異が見られるよ。まぁ、だからといって全く関係ないと断定は出来ないけど、今回の事例との直接的な繋がりがある可能性はほとんどゼロね。まぁ、対処できたのはあの子の事件があったからってのは皮肉だけど……」
「今回と似た事例は、美星さんの事件以外にはありません。近年になって、潜入人員の急激な増加が見られますが、一つにはGP入隊希望者の急激な増加が原因と考えられます。しかし、それでも計画露見の可能性を考慮しますと、最悪の場合、敵の計画実行が近づいたとも考えられます。ただ、ここ数年の潜入者には、以前の者達とは明らかに違う処理がなされているので、これをどう見るかですね……」
アイリは一通り報告を終えて、席に着く。
それに技術関連に調査した鷲羽が口を開く。
「あくまで私見だけど……誰かが計画を引き継いだか横取りしたか、だろうね」
「何か気になることがあるの? 鷲羽ちゃん」
「いや、本気でアカデミーで何かやらかす気があるのかな? と思ってね」
「それはどういう意味です?」
美守が片眉を上げて、鷲羽を見る。
「人員の増加が起こる前の潜入者は、明らかに情報収集の補佐を目的にしたものだ。だけど、今はただ雑多なだけ。これだけの人数が何らかの工作を行うとしても、じゃあ実際問題、致命的な被害が出るかというとそうでもない。何かその場限りの享楽的な感じがするんだよねぇ」
(……享楽的)
鷲羽はお茶菓子に出された大福を指で突き、その感触を楽しみながら言った。
ハリベルはその言葉に何か引っかかるモノを感じた。
「……脳を改造された者達は海賊に捕らえられたことはあるか?」
「……半数ほどはね。けど、全員ではないわ。いえ、ちょっと待ってください……」
「どうしたの?」
「ここ数年の者達に関しては、全員一度ダ・ルマーギルドに捕まっています。それもほぼ全員元々アカデミーに住んでいる者達ばかりです」
「つまり、ダ・ルマーギルドが出火元ってわけね……」
「……タラント・シャンクだな」
「シャンクってことは……」
「ああ、この前捕縛したラディ・シャンクの息子だ。ラディとタラントはシャンクギルド総帥の直系と言われている。そして、数年前にシャンクギルドはタラントが引き継いでいる。シャンクギルドの遺産、皇家の船を撃墜した技術力も引き継いだ可能性はある」
「なるほどねぇ」
「タラントはシャンクの名と過去の栄光に誇りを持っている。そして、海賊であることにも。奴は樹雷や世二我は警戒しているだろうが、アカデミーならば手を出すことを戸惑う可能性は低い。むしろ、喜んで搔き乱そうとするだろう。そうすれば樹雷や世二我も、こっちに手を取られるだろうからな。その隙に何かするつもりの可能性はある」
「ふむ。……確かに、それなら今の改造や潜入方法にも納得がいくね」
ハリベルの話に鷲羽は納得するように頷く。
「ということは、あくまで潜入は享楽的なのと内部協力者へのパフォーマンス、であると?」
美守の疑問に鷲羽、瀬戸、ハリベルは頷く。
「奴のことだ。被害の規模に興味はなく、『スパイを暴れさせるまで、アカデミーや樹雷などに気づかせなかった』という悦に浸りたいのが一番の目的の可能性はある。失敗したところで、スパイが減るだけだ。戦闘要員が減るわけでもないからな」
「確かに宣伝には一番効果的よねぇ。まぁ、もう失敗同然だからいいけど」
「とりあえず、今は大掃除と、連中がいつ入れ替えられたのかのデータを集めるのが重要だよ。そうすれば、他の侵入経路とかも予測できるからね」
「ありがたいですわ。実際、西南君が判別方法を見つけてくれていなかったら、やられていた可能性はありましたからね」
「そうねぇ。全く、西南殿はこれでGP内でどこに配属されるべきか、もう決まったようなものよね」
「ホホッ、出来れば今すぐにでも配属してほしいくらいですわ」
「でも……だからこそ、学生生活ってのは大事さ」
しみじみと言う鷲羽の言葉に、瀬戸達も真顔で頷いた。
「普通より柔軟で強靭な精神を持っていると言っても、まだまだ不安定で多感な少年だからね。それに西南殿には1つの欠点があるからねぇ」
「それは今、私達がどうこう出来るものじゃないわ。それより問題は周りの人間達よ。あの子をモノ扱いすると、霧恋ちゃんが怖いのよねぇ。水穂ちゃんや経理の子達の士気にも関わりそうだし」
「さっきもそうだったんですけど、霧恋ちゃんったら西南君絡みになるとパラメーターが瀬戸様並みになっちゃうんですよねぇ」
「ふふっ。うちは天地殿だね。あとは砂沙美ちゃんもそうかな? でも、そうなりゃ自動的にほぼ全員が連動するだろうし……」
「それは鷲羽ちゃんに、ハリベル殿もっていうこと?」
「私は一応中立の立場よ。でなきゃ、母親に物扱いされたノイケ殿が可哀想だもの」
「……私も基本的に手出しをする気はない。もっとも、正当な理由と状況であれば、だが」
「ふむ。正当な理由とは?」
「西南が当たり前の学生生活を過ごし、他の者達同様に訓練を受けた上であれば、囮部門に行ってその才能を発揮するのは正当な業務だ。だが……お前達や他の者達の思惑で、それが歪められたのであれば……それは私同様兵器扱いと変わらない。宇宙の常識をほとんど知らない少年に、それを強いるならば……それはタラントよりも卑劣だ」
ハリベルは瀬戸をまっすぐ見つめて、天地達と戦った時以上の威圧を放つ。
流石の威圧に瀬戸も一瞬ヒヤッとしたが、すぐに誤魔化すように頬を膨らませる。
「私一人が悪者になればいいんでしょ? どうせ私は嫌われ者よ」
「ハリベル殿は地球に来た経緯が経緯だからね。他の人間が言えないだろうから私が言うけど、自業自得でしょ」
「鷲羽ちゃんの意地悪。もういいわ」
「まぁ、しかしハリベルさんの言う通りですね。彼が意図的にコントロールできる才能ではないわけですし」
「まぁね。ところで、アイリちゃん。西南殿の監視に付けたNBが面白いことになってるんだって?」
「あ、はい」
分が悪いと判断した瀬戸は、スパッと話題を変えた。
面白いこととは、エルマが西南を人間狩りした時に逃げ出した西南のパーソナルデータが、再びアイリの工房から逃げ出したのだ。
しかし、それは有名なCGアイドル〝キルシェ〟が手引きしたらしいことも判明している。
キルシェは美希同様アストラルを持ったAIである。
朝のニュース番組などで司会をしていたのだが、夜の騒動の際にウイルスに汚染されて暴れ回った西南のパーソナルデータにセクハラされて連れ出され、一時保護されていた。
そして、西南のパーソナルのウイルス除去が終了した直後、西南のパーソナルと共に駆け落ちしたのだ。
そのキルシェと西南のパーソナルが、西南のNB内の仮想空間内で家を作って暮らしていることが判明した。
どうやらキルシェは西南に惚れてしまったようで、その愛の告白を聞いたアイリと美守がパーソナルと西南本体を繋げて、本体の西南が眠るとパーソナルの西南が目覚めるという設定を施した。
ただし、精神保護の観点から、NB内で起きたことの記憶の共有はされないことになる。つまり、今雨音の家にいる西南はキルシェの存在は知らないまま、ということだ。
その見返りとして、アイリはキルシェに西南の護衛、監視、報告を依頼した。
更にキルシェが駆け落ちした理由はもう1つあった。
父親、製造者との関係である。
アストラルを持つAIを生み出した者は、そのAIと結婚できないと法律で定められている。
しかし、大抵AIを作る者は『理想の女性』として見た目や性格を構築している。
しかも、アイドルとして人気があるAIだ。
法を犯してでも、自分の物にしたいと思うのは当然の感情でもある。
そして、キルシェの父親、製造者は違法義体を造らせ、偽装出生書を用意させてキルシェを自分の嫁にしようとしていたのだ。
だが、大量捕縛された犯罪者の中に、それを依頼された者がいた。
アイリはそれを利用して、キルシェから手を引くように交渉することも引き受けた。
結果、アイリは堂々と西南のNB内に監視役を置くことに成功したのだ。
「……嫌なら父親に居場所を通報する気ね? 酷い取引ねぇ。この悪魔!」
「いやぁ、私にはとても真似できないわ」
「なら、アクセス禁止と報告も適当な頃に纏めてしますよ」
「流石アイリちゃん! 天才!」
「いやぁ、私にはとても真似できないわ」
「はいはい」
鷲羽はどっちにもとれる見事な言い回しを繰り返し、瀬戸は見事な掌返しを披露する。
ハリベルは再び女に言い寄られている西南にため息を吐き、美守は微笑んでお茶を飲んでいた。
その後、アイリは雨音の家に戻っていった。
「アイリ殿がいなくなると静かになるねぇ。ところで、美守殿。ウィドゥーの引き渡しはいつ頃になりそう?」
「そうですね……。本来であれば、裁判終了までは無理なのですが、刑は確定しているようなものですし、彼女のレポートがあれば調査に支障はありませんので……。二十四時間以内には」
「そりゃありがたい」
「こちらとしても、彼女をできるだけ他の人間と接触させたくありませんから。……しかし、大丈夫なのですか? ウィドゥーのアストラルをコアに使うなんて……」
「ハリベル殿にも言われたけどね。一応、記憶も人格も消すことを前提にしているよ」
「ホホッ、それでも七百年前の再現にならなければいいですが……」
「まぁ、偶にはああいったイベントも必要だわ。もっとも、今それが起こるのはありがたくないけどね、鷲羽ちゃん」
「それがどこで起こるかが問題なだけだろ。もっとも、その指向性は西南殿次第だけど……。どうする? 樹雷の鬼姫としてはさ?」
鷲羽は挑戦的な笑みを瀬戸に向ける。
それを受けて、瀬戸は同意を得るように美守に視線を向け、美守は微笑む。
「最高の船を創って頂戴、鷲羽ちゃん」
瀬戸はきっぱりと、不敵に笑ってそう言った。
ハリベルは地球の自室に戻る。
そして、窓際の椅子に座って、大きく息を吐く。
(ウィドゥーのコアで最高の船を鷲羽が創る。……やはり魎皇鬼の同型艦、なのだろうな。それを西南が持つとなると……騒動の種にしかならんな)
本当に西南が宇宙に上がってから、一気に風向きが変わり、勢いが弱まるどころか強くなってきている。
(それを引き起こすのは西南の悪運という不確定要素……。予測など出来るわけもなく、本人の意識にも左右されかねない確率の偏りに期待する、か。確かにこれまでからすれば、それだけの価値はあるだろうが……)
その分、西南へ向く悪意も大きくなる可能性はある。
鷲羽の船は確かに守りになるだろうが、好奇の的にもなるだろう。
いくら霧恋や雨音達がいるとはいえ、防げる悪意には限界がある。
(この情勢下では遙照や天地達のことを公表するわけにはいかない、か……)
そこに通信コールが鳴り響く。
モニターを起動させると、表示されたのは霧恋だった。
『夜遅くにごめんなさい。今、大丈夫かしら?』
「構わない。わざわざどうした?」
『昨日西南ちゃんを助けてくれたのはあなただって、お母さんから聞いたの。それでお礼をと思って』
すっかり忘れていたのだが、玉蓮を見て思い出したのだった。
「気にするな。あの男の作業が問題なければ、そのまま放置しておくつもりでいた」
『……西南ちゃんがウィドゥーに会った時もいてくれたの?』
「……ああ。お前と鉢合わせになったのはウィドゥーの自首を見届けた後だ」
『そう……。どうだったの? 私も報告までしか聞いていなくて……』
「何もされてはいない。むしろ、ウィドゥーが西南の悪運に巻き込まれ、西南が助けていたほどだ」
『ウィドゥーを助けた? 西南ちゃんが?』
「その時は、ただ声を掛けてきた女でしかなかったからな。だが……それこそがウィドゥーには衝撃的だったようだ。人を貶め、逃げ延びてきたウィドゥーにとって、あの危機回避能力は築いてきた価値観を一変させるものだったらしい」
『……西南ちゃんの危機回避能力……』
「……私もあの時の西南には恐怖を感じた。迫りくる巨大な瓦礫を目の前に一切の恐怖を表出せず、逃げ出すところか他者に手を伸ばすなど……普通ではない」
『…………それでも西南ちゃんは宇宙に居たいって言ってる。……お母さんから聞いたわ。天地ちゃんに西南ちゃんを地球に戻すことへの罪……』
「……」
『正直……今も悩んでるわ。西南ちゃんはもう子供じゃない。西南ちゃんが一人前になれば、私は離れるつもりよ』
今、傍にいるのは、飛び方を知らない鳥に飛び方を教えるためだ。
保護者としての責任と、一度逃げ出した事への贖罪。
それが終われば、霧恋は西南の前から消えるつもりでいた。
それにハリベルは小さくため息を吐く。
「……負い目を感じるのは分かるが、結論から決めて動くのはやめておけ。西南の状況は未だ流動的だ。一人前の定義が西南の場合、他の者達と異なる可能性がある」
『それは……』
「西南はほぼ確実に囮部門に行かされるだろう。それを見越してか、瀬戸や鷲羽が動き始めている」
『瀬戸様はともかく、鷲羽様も?』
「天地が心配しているから、というのもあるが。西南の悪運は危険だけでなく、ウィドゥーや鷲羽といった者達も引き付ける何かがあるようだ。下手をすれば、天地にも負けない状況を作り出す恐れがある」
『……そこまで?』
「だから西南から離れるかどうかは、今は考えるな。……一度逃げた程度で好意を秘する必要もない」
『えっ!?!?』
霧恋は顔を真っ赤にして、慌て出す。
「西南への罪滅ぼしとでも考えているのならば……まずは西南にその想いを伝えるべきだ。独り善がりの贖罪など、結局自己満足に過ぎない」
『うっ……』
「月湖も同じことを言うのではないか? 西南の前から去る気ならば、最初から離れればいい。月湖や瀬戸達はすぐに対処してくれるだろう」
『そ、それは……』
「嫌なのだろう? ならば、正直になれ。想いを抑え込んで一緒にいれるほど、西南の周りにいる女は甘くないのは、お前が一番分かってるだろう?」
『うぅ……。な、なんで西南ちゃんの周りにはあんなに……』
「それもまた悪運なのだろう。『自分を美女が好きになってくれるわけがない』とでも思いこんでいるのではないか?」
『……な、なるほど』
霧恋はハリベルの推測に納得してしまう。
だが、それで雨音や玉蓮などの女を引き寄せられては敵わない。
「……西南は天地とは違い、宇宙にいる。そして、その存在を誰もが知っている。天地以上に、西南の周囲には人が集まるだろう。ウジウジしている合間に西南の傍から弾かれるぞ。お前や西南が望んだとしてもな」
『き、肝に銘じさせて頂きます……』
「ふっ……。聞いてると思うが、私が西南の護衛に就く予定はない。前回のようにはいかないことを理解しておけ」
『ええ、分かってるわ。……鷲羽様に程々にお願いしますって、伝えてもらっていいかしら?』
「諦めろ。奴の程々は、私達にとってすでに過剰だ。手を出された時点で、程々などとっくに超えている」
『あははは……』
身も蓋もないハリベルの言葉に、霧恋は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
そして、霧恋との通信を終え、ハリベルは1人で夜酒を飲むことにした。
翌朝。
ハリベルは夜明け前に起床し、居間へと下りる。
すでに砂沙美とノイケが起きており、3階は何やら騒がしい。
「おはよ! ティアお姉ちゃん!」
「おはようございます」
「ああ」
「おはよ~」
鷲羽が研究室から気だるげに現れる。
「鷲羽お姉ちゃん、また徹夜?」
「ん~、まぁねぇ。悪いけど、お茶くれるかい?」
「ちょっと待ってね」
砂沙美はすぐさまお茶の準備に取り掛かり、ノイケは朝食の準備を進めていた。
ハリベルは窓を開けて縁側に出て、外の空気を吸う。
「ああ、そうだ。ハリベル殿」
「……なんだ?」
「水穂殿が信幸殿達の結婚式が終わるまでは、宇宙に出なくてもいいってさ」
「……」
「まぁ、式に出ろってことなんだろうね」
「……私は天地の父にも、結婚相手にも会ったことがないのだが?」
「だから、ここで会えってことだろうさ」
「……はぁ」
「せっかくの祝い事なんだ。いい機会ではあるよ。挨拶くらいしときな」
「……分かった」
「そもそも、宇宙に上がって何すんだよ? 別に海賊なら1か月仕事しねぇのも珍しかねぇだろ?」
梁の上で寝転んでいた魎呼が顔だけを向けて訊ねる。
「情報収集に赴く予定だった。西南の事やアカデミー、ダ・ルマーギルドの情報がどう広まっているのかを把握する必要があると判断した」
「西南ねぇ……。そこまでヤバいのか?」
「それを調べるつもりだった。四百もの海賊が捕らえられたのだ。多くの者に影響が露骨に出ている頃合いだろうからな」
「確かに引退させられた連中は多いかもしれないねぇ」
「その者達の恨みが西南に向かう可能性はある。私を通して、鬼姫達に支援すれば風向きは変わる可能性はある」
「なるほどなぁ。おめぇも世話好きと言うか……わざわざメンドーなこと考えんなぁ」
「天地殿のために、西南殿を守ろうとしてくれてるのさ。どっかの呑兵衛と違ってね」
「う、うるせぇな! あたしが動けば、目立つだろうが!」
「それならそれで、やり様はあるよ」
「ふん!」
拗ねたように寝転ぶ魎呼に、鷲羽はニヤニヤと笑う。
ハリベルは小さくため息を吐いて、起きてきた天地と共に畑仕事に向かうのだった。