天地無用!皇鮫后   作:無月有用

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とんでもなくお久しぶりです(__)
試験やら就活やらがようやく落ち着いてきたので。


結婚式その1

 いつも通りハリベルは天地と共に畑仕事を行っていた。

 

 今日は午後から水穂がやってくるため、出来る限りこの時間に今日分の仕事を終わらせておこうということになり、2人は魎皇鬼を横目にせっせと励む。

 さらに今日は月湖にニンジンを届けることになっていた。

 

 なんでも、明日は正木淑女会の集まりがあるらしく、そこで使うらしい。

 

「そういえば、姉さんとアイリさんはどうするんだろ……?」

 

 天地はようやく姉と祖母の存在を思い出す。

 恐らく結婚式に出席するのは間違いないだろうが、いつ来るのかは聞いていない。

 もちろん、突然来ても客間などはまだ余裕はあるが、ぶっちゃけ超長距離転送ゲートもあるので当日直前でも問題はない。

 

 正直、天地は内心姉はともかく、祖母に関してはそれでお願いしたいと思っていた。

 

 ただでさえ自分にとって初めて会う水穂のことだけでも緊張するのに、あの姉と祖母まで追加されたら結婚式まで保つ自信がない。

 

 ちなみにアイリは意気揚々と出発する気だったのだが、直前に秘書軍団や関係各所から大量の決裁書類を押し付けられて泣きながら仕事をしていた。

 そこに抑え役として天女もおり、呆れた目で見つめていた。

 

 これには水子や音歌達も絡んでおり、アイリが予算割り増しを条件に決済期限を延ばしたり、書類を溜め込んでいることをリークしていた。

 それで秘書軍団が爆ギレして、絶え間なく書類を送りつけていた。

 完全にアイリの自業自得なのだが、巻き込まれた天女が哀れである。

 

 可愛い弟の天地を可愛がる時間が減ったのだから。

 

 畑仕事を終えた天地は朝食を食べた後ニンジンを月湖に届けに行き、ハリベルは皿洗いなどを手伝う。

 

 天地は月湖の家に到着して土間にニンジンが入った籠を置く。

 

「おはようございまーす! 月湖おばさ~ん」

 

「おはよう、天地君」

 

 月湖は天地にお茶と羊羹を出す。

 

「ごめんなさいね。本当は海に行かせようと思ってたんだけど……また勘が働いたみたいで」

 

 月湖は小さくため息を吐くが、天地は苦笑して、

 

「西南君が宇宙に上がって遊び相手がいなくなりましたからね。そういえば何か聞いてますか? ティアさんからはアカデミーに残ることになったとは聞いたんですけど……」

 

「そうね。霧恋も覚悟を決めたみたい。ハリベルさんの言葉も聞いたみたいよ」

 

「ティアさんの?」

 

「ほら、天地君も言われたことよ。あれを霧恋にも伝えたの。それに西南ちゃんにも結構ガツンと言われたみたいね」

 

「西南君が、ですか?」

 

「あくまであの子にとってガツンと来ただけよ。『自分の悪運を必要だって言ってくれたのは、瀬戸様が初めてだ』ってね」

 

「……なるほど」

 

 少しだけ同情する表情を浮かべて、月湖は霧恋から聞いた西南が言った言葉を口にする。

 それに天地は頷き、霧恋にも、そして西南にも同情した。

 

 天地も西南に言われたら、かなりショックを受ける自信がある。

 地球において西南の悪運が必要になる場面などなかったのだから、言う機会などなかったのは当然だ。

 

 だが、西南にとっては自分の悪運を受け入れてくれる言葉は、諦めていたほどにずっと欲しかった言葉であることは想像に難くない。

 それを最初に言ったのが自分ではなく、しかも西南から直接言われれば、霧恋にとってそのショックは天地とは比べることすら烏滸がましいほどに大きかっただろう。

 

 もちろん西南は霧恋を苦しめたくて言ったわけではない。

 それが分かっているからこそ、そのダメージは更に大きくなっているのだ。

 

「こればっかりは、霧恋が悪いわけでもないし、西南ちゃんが悪いわけでもないからね。まぁ、あの子は自分を責め続けるでしょうけど……」

 

「……大丈夫でしょうか?」

 

「大丈夫よ。きっと瀬戸様がちょっかい出して、それどころじゃなくなるわ」

 

「あ、あははは……」

 

「西南ちゃんが自分のやりたいことを押し通したのは嬉しいけど……。瀬戸様がきっかけって言うのが、ねぇ」

 

「そうですね……」

 

 天地も少し前に『美咲生事件』があったので、その性格を少しは理解している。

 鷲羽と仲が良い事やハリベルからも何となく話を聞いた内容から、鷲羽やアイリの同類であることは理解した。

 

「けど、天地君の力なら、いつでも西南ちゃんに会いに行けるのでしょ? もう隠す必要もないし、アイリ様やお姉様もアカデミーにいらっしゃるんだし」

 

「それはそうですが……。あの2人のテンションに付き合うのは、中々……」

 

「ふふっ。それは諦めるか早く慣れるしかないわ。うちの村にも1人いたでしょ?」

 

「水子さん、ですか……。でも、アイリさんに比べると全然マシですよ」

 

「そうねぇ。でも、今回は水穂様がご一緒だから、あまり無茶な絡み方はされないと思うわよ」

 

 水子は見た目は若いが、正木の村でもかなり古参に当たる。

 遙照の曾孫でもあり、時々地球に戻って来ていたので天地はもちろん西南や海とも顔見知りなのだ。

 これは風香や音歌も同じくである。

 

「今回は玲亜ちゃんの結婚式ですし、玲亜ちゃんの方が大変かもね」

 

「確かに……」

 

 玲亜は正木の村でも若い方で、しかも正木の村出身でもない。

 今回の結婚でようやく正木淑女会に入ることが認められるのだ。もちろん淑女会に入っていないからと言って、排他的な態度をとるわけはない。むしろ正木の村の人間ならば、気に入れば構うに構い倒す者達の集まりだ。心情ではとっくの昔に玲亜は正木の村の一員である。

 

「せっかく家族全員集まるんだから、楽しんでらっしゃいな」

 

「はい」

 

「せっかくだから、水穂様をお母さんだと思って甘えてみたら?」

 

「そ、それは……」

 

「うふふ」

 

 月湖の言葉に顔を赤くして照れてしまう天地だった。

 

 

 

 昼食も終え、天地は農具の手入れをしたり、ノイケ達は洗濯をしたりと各々のんびりと過ごしていた。

 

 そこに信幸達が到着したと連絡があり、全員で出迎える。

 もちろんハリベルも。

 

 車用の道から自動車が入ってきて、玄関横に停まる。

 信幸と玲亜が降りてきて、天地達に挨拶する。

 

「わざわざ出迎えてもらってすみません」

 

「いらっしゃい! 信幸おじさん! 玲亜さん!」

 

「砂沙美ちゃん達はいつも元気だねぇ」

 

 信幸は砂沙美の頭に乗っている魎皇鬼に頭を撫でながら微笑む。

 そして、鷲羽に顔を向けて、

 

「他の皆様は……」

 

「ああ、アイリ殿は仕事が押してるそうだ。天女殿はその付き添い。水穂殿は衛星軌道上だよ」

 

 鷲羽は空を指差しながら言う。

 

 信幸はそれに頷いて、ハリベルに顔を向ける。

 それに気づいた天地がハリベルを紹介する。

 

「ああ、父さん。この人はうちで暮らすことになったティア・ハリベルさんって人で……」

 

「養父さんから話は聞いてるよ。天地の父の信幸です。この度は天地のために身体を張ってくれたようで、ありがとうございます」

 

「……ティア・ハリベルだ。礼はいらない。鬼姫から見返りを貰っているし、ここで暮らさせてもらっている」

 

「そうですか……。こんな息子ですが、よろしくお願いします」

 

「……私に出来る限りは、な」

 

「十分です。そして、彼女が……」

 

「正木玲亜です。よろしくお願いします」

 

「ああ」

 

 ハリベルが簡単に頷いて挨拶を返していると、信幸が天地に近づく。

 

「それにしても、ノイケさんが来たばかりだってのに、また美人を捕まえたなぁお前は」

 

「と、父さん……! そんな言い方失礼だろ」

 

「ハリベル殿に関しては捕まえたって表現でもあってる気がするけどねぇ。ぐふふふ」

 

「わ、鷲羽ちゃん……」

 

 天地はガックリと項垂れる。

 それに鷲羽や信幸が笑い、ハリベルは呆れながら車から荷物を下ろすノイケを手伝うことにした。

 

 信幸達が落ち着いたところで、鷲羽が水穂に連絡して池の傍のデッキに並ぶ。

 

 少しすると人が転送され始め、まずは水子、音歌、風香が現れる。

 

「ノブ君、天地ちゃ~ん!!」

 

 水子が駆け寄ろうとしたが、音歌が襟首を掴んで引っ張り上げ、池に放り投げる。

 

「え? えぇ~~!?」

 

 ドッボ~ン!と池に落ちる水子に、信幸達は苦笑を浮かべる。

 

「水子さんも相変わらずだなぁ」

 

 その直後、風香と音歌が向かい合うと、その間に上司である水穂が転送されてきた。

 天地は初めて顔を合わせる水穂に母の面影を感じた。

 

「お久しぶりです、姉様」

 

「お久しぶりね、信幸さん。この度は本当におめでとう。玲亜さん、信幸さんをよろしくね」

 

「はい」

 

 玲亜は丁寧に頭を下げて、そして天地へと道を空ける。

 それに水穂はゆっくりと天地に歩み寄り、それに気づいた天地はきょどりながら自己紹介をしようとしたが、その前に水穂に抱き着かれる。

 

「!」

 

「……後でゆっくり話しましょう」

 

 天地は顔を真っ赤にして、ただただ頷く。

 その様子を魎呼達も微笑ましそうに見守り、水穂は天地から離れて阿重霞と砂沙美に向いて頭を下げる。

 

「阿重霞様、砂沙美様、お初にお目にかかります」

 

 阿重霞達が挨拶を返そうとすると、池からザバァ!と音がして全員が目を向ける。

 

 そこには1mサイズの魚を掲げている嬉しそうな水子がいた。

 

「見て見て、音歌、風香! 大物大物ぉ!」

 

 それにハリベルと魎呼以外の全員が苦笑し、ハリベルと魎呼は呆れた表情を浮かべた。

  

 その後、水穂達は私服に着替え、ノイケや砂沙美などはそれぞれの仕事に戻る。

 玲亜、水子、音歌、風香は結婚式や淑女会の前日宴の準備で正木の村に向かい、信幸は神社の方へ行くことにした。

 

 ハリベルは家族団欒の邪魔をしないように自室で過ごしていた。

 しかし、天地の畑仕事に水穂も行くということになり、ハリベルも誘われた。

 

 家にいても仕事はないので、大人しく同行することにした。

 

「それにしても、あなたが天地ちゃんと畑仕事とはねぇ」

 

「……現樹雷皇の孫に言われたくはない」

 

「うふふ、それもそうね」

 

「もっとも……樹雷皇の曾孫で、女神に見初められた男が畑の主だがな。それに比べれば、私など驚くに値しない」

 

「あ、あははは……」

 

「みゃあ」

 

 天地は苦笑いを浮かべて頬を掻く。

 

 確実に立場と存在から考え一番畑仕事に釣り合っていないのは、天地である。

 天地と手を繋いでいた魎皇鬼が首を傾げて天地を見上げる。

 

「……西南と霧恋は大丈夫なのか?」

 

 ハリベルが話題を変えようと西南の名前を出す。

 水穂はそれに笑みを浮かべて頷く。  

 

「ええ。今は生体強化後の訓練に必死みたいね。特に大きな問題も命の危険も起きてないわ」

 

「そうですか……」

 

 天地はホッとした表情を浮かべる。

 しかし、

 

「もっとも、天地ちゃん同様、美人に囲まれての生活の方が大変みたいだけどね。霧恋ちゃんも美人ばかりで気が気じゃないでしょうし」

 

「あははは……」

 

「しかも、美守様がいてくれるとはいえ、お母さんが押しかけたりしてるしね。アカデミーでも人気の先輩に近づかれて、物凄く妬まれてるわね」

 

「……西南君が女性関係で妬まれる、かぁ……。想像が全く……」

 

「本人達でさえ戸惑ってるんだから当然よね」

 

 天地は西南の話を聞いて、自分はまだマシだったんだなと思ってしまった。

 だが、それは西南が宇宙で有名になっているからであって、天地も宇宙に上がれば同レベルの事が起こることに気づいていない。

 

 ただし、西南と霧恋はすれ違ってはいるが、お互いに想いを寄せている状態であるので、そこで起きる霧恋嫉妬事変が度々起こっているのは天地より大変かもしれない。

 魎呼や阿重霞のケンカが可愛く思うくらい、霧恋の爆発は過激なのだ。しかも、その時は瀬戸ですら怯むほどのプレッシャーを発するので、止めるのも一苦労だったりする。

 

 畑に到着した3人は鍬を振って、収穫後の畑の土を耕していく。

 ハリベルは耕し終わった畑に肥料を撒いて、出来る限り水穂と天地が2人っきりになるように気を遣う。

 

 それに水穂は苦笑するもありがたく思い、時々地球に来ていたことや暮らした事もあることなどを話して盛り上がる。

 

「じゃあ、昔地球に住んでらっしゃったんですか?」

 

「合わせれば百年くらいになるかしら? お父さん……天地ちゃんのお爺ちゃんが生きてるって知って地球に来た時や清音が生まれた時とかね」

 

「それで百年っていうのも凄いですね」

 

「地球人の感覚だとそうかもしれないけど、宇宙ではね。私はお父さんが魎呼さんと戦って行方不明になった時には、もう生まれていたから」

 

「え、じゃあ……」

 

 天地が年齢のことを言おうとするが、水穂はお茶目に指を口に立てる。

 それに天地も喉元に出かけていた言葉を呑み込んで苦笑いを浮かべながら頷く。

 

「いずれ天地ちゃんも言われるようになるわ。それに瀬戸様や鷲羽様に比べれば、私達なんてまだまだ子供よ」

 

「あははは、確かに……」

 

 ハリベルはその話を遠目に聞きながら、魎皇鬼と戯れていた。

 

(……緊張しているか。まぁ、天地からすれば皇族という印象の方が強いかもしれんな)

 

 それもあるが、母親の面影を感じてどうにも接し方が分からないのだ。

 天女は逆に母親に似すぎてて、しかも間違いなく直系の姉だ。トドメにあのテンションなので天地の抱いている母親像から離れてしまったのもある。

 

 だが、今のところ水穂はアイリや天女と血が繋がっているとは思えない程お淑やかな女性であった。

 

 それが天地が抱く清音のイメージと重なり、どう接すればいいのか戸惑ってしまっているのだ。

 

(まだ会ったばかりだからな。遙照やアイリ達とも共に触れ合えば、変わるだろう)

 

 ハリベルはそう判断して、遊び疲れたらしい大きくあくびをする魎皇鬼を抱き抱える。

 魎皇鬼は体の位置が落ち着くと眠気に負けて、すぐに目を閉じて寝息を立て始める。

 ハリベルはそれに小さく笑みを浮かべて、

 

「天地、魎皇鬼を家に帰してくる。肥料は全て撒き終えているから、後はそこを整えるだけだ」

 

「あ、分かりました。俺は仕上げをしたら戻りますから、水穂様もティアさん達と一緒に――」

 

「最後まで手伝うわ。その方が早いでしょ?」

 

「え、しかし……」

 

「それにハリベルさん。もう行っちゃったし」

 

「へ?」

 

 天地が顔を向けると、ハリベルはさっさと家へと歩き始めていた。

 もちろん水穂と天地に気を遣ってである。

 

「ティ、ティアさん……」

 

「気が利きすぎるのも考えものねぇ。私は天地ちゃんを独占できて嬉しいけど」

 

「あははは……」

 

「それにしても……」

 

「はい?」

 

「ティアさん、ねぇ~」

 

「う……。(アイリさん達に似てる笑みだ)」

 

 天地のハリベルの呼び方に水穂はニヤニヤし、天地は思わず顔を赤くしてようやく水穂にアイリ達の血筋を感じた。

 

「うふふ♪ 照れなくてもいいわよ。一緒に暮らしてるのに、彼女だけ名字呼びってのも可哀想だしね」

 

 水穂は口に手を当てて笑う。

 

「どう? 彼女と上手くやれてる?」

 

「……そうですね。正直、ノイケさんと同じくらい頼りになります。さっきみたいに色々と気を遣ってくれますし……西南君のこととか……」

 

「そうね。瀬戸様達が彼女を味方にしようと躍起になっていた理由がよく分かったわ。彼女がどこかの海賊ギルドに入っていたら、間違いなく強敵になっていたわね。下手したら700年前の魎呼さん達みたいな存在になってたと思うわ」

 

「そ、そこまでですか……!?」

 

「すでに一部では『魎皇鬼の再来』とまで言われてるわ。強さは天地ちゃんは直に味わったでしょ?」

 

「……」

 

 確かに魎呼や阿重霞にも負けず、光鷹翼を使ってもかなりきつかった。

 その衝撃を思い出して右腕を擦る。

 

 その後は畑仕事の仕上げに集中し、終わって一息ついたところでまた軽く話をして家に戻る天地と水穂。

 

 水穂と天地は魎皇鬼と3人でお風呂に入る。

 ハリベルはここで気を遣って、1人で女風呂にさっさと入っていた。魎呼や阿重霞達もここは気を遣ったのか、遠慮していた。

 

 砂沙美とノイケは緊迫感の中で水穂に料理を食べてもらい、太鼓判を押されて歓ぶのだった。

 

「やっぱりニンジンが凄いわね。瀬戸様や船穂様が欲しがる気持ちも分かるわ」

 

「ありがとうございます。この前から他の野菜も育て始めたので、少しずつ種類も増やしていこうと思ってるんです。魎皇鬼も他の食材に興味を持ち始めましたし、鷲羽ちゃんやノイケさん、ティアさんのおかげで畑仕事も大分余裕が出来ましたから」

 

「それは楽しみだわ」

 

 魎皇鬼も食欲のコントロールが出来始め、昼食や夕食では天地達と同じ料理を食べるようになっていた。

 

 これを機に水穂は天地達のニンジンと皇族御用達の作物を交換量を増やすことにした。

 さりげなく西南や霧恋にもお裾分けをすると言う名目を使ってきた当たり、取引に慣れているのを窺わせた。故に天地が太刀打ちできるわけもなく、鷲羽も口出ししなかったので、やや水穂有利の条件で話が進んだ。

 

 もっとも天地は自給自足しか頭になく、商売に手を出す気がないから仕方がないのだが。

 

 

 夕食を終えた後、ハリベルはここ最近お気に入りの縁側で月見酒を楽しんでいた。

 

 そこに水穂が隣に座ってきた。

 

「どう? ここは?」

 

 水穂は自分で酒を注ぎながら尋ねる。

 それにハリベルは視線だけを向け、

 

「……この地は好ましいと思っている。天地や西南が健やかに育ったのも納得出来る」

 

「そうね……。とても長閑だわ」

 

「宇宙を知っており、宇宙に生きてきた者達が帰ってくる理由も分かる。ここの生活は不便ではあるが、自然任せ故にどこか落ち着く」

 

「私もここで畑仕事を憶えたおかげで、宇宙に戻ってもやってるわ。体も動かせるし、土や野菜の匂いが落ち着くのよね。お父さんや清音が離れたがらなかったのもよく分かる」

 

「……そろそろこの星を海賊から隠し続けるのは厳しいのではないか? 西南や霧恋達は嫌でも目立つ。この星を狙う者が現れてもおかしくはない」

 

「……そうね」

 

「鷲羽や魎呼、遙照、そして天地がいる以上、外敵は問題ないだろう。だが、海賊達が地球人達にバレないように配慮するとは思えん。すでに魎呼と阿重霞が一度派手にやったようだしな」

 

「一応、この国の皇族とは繋がっているから、まだマシではあるのだけどね……。ネット環境が急激に発達しつつある今では油断は出来ないのも事実だわ」

 

「……地球で生まれ、地球人と共に育った事実はあっても、天地達はいずれ故郷を捨てなければならない時が必ず来るか……。純粋な地球人である西南さえも。……初期文明の星に生きる以上避けられない定め、か」

 

「ここや正木の村の人達は、皇眷族として樹雷に来ることが出来るけど……。問題は西南君ね。霧恋ちゃんか月湖ちゃんと結婚してくれれば、樹雷の人間として迎えられるわ」

 

「問題はそれまでに西南が何を為し、何をしでかすか想像も出来ないということか。樹雷で囲えるレベルで収まればいいがな。……難しいと思うが」

 

 ハリベルはチラリと背後を振り返り、鷲羽を見る。

 もちろん鷲羽は話を聞いており、ニンマリと笑う。ちなみに魎呼達は風呂に入っている。

 天地は魎皇鬼と絵本を読んでいるため、こちらに意識を割く余裕はない。

 

 ハリベルは小さくため息を吐いて、新しく酒を注ぐ。

 

「……魎皇鬼の姉妹艦。しかもコアはあのウィドゥー。コアに関してはともかく、船に関しては確実に騒ぎになるぞ?」

 

「不安だけど……瀬戸様と鷲羽様が動いている以上、止められる人なんていないわ」

 

 すでに諦めている水穂の言葉にハリベルは呆れた表情を浮かべるが、自分も水穂の部下になっているので言うだけ無駄だと思い、それ以上言わなかった。

 

「……霧恋をあまり追い詰めないことだ。変に吹っ切れる危険性はまだ残っているぞ?」

 

「そうねぇ……。流石に今は無理だけど、西南君の日常生活訓練が終わった頃か、合同訓練辺りに何かする可能性はあるわ」

 

「霧恋が駄目ならば月湖とでも考えているのだろうが……。その前に西南と霧恋が恋や結婚を完全に諦めるような破局を迎えなければいいがな」

 

「……」

 

 ハリベルの言葉に、否定できなかった水穂。

 水穂は西南のことを人伝いと宇宙に上がってからしか知らない。なので、西南がどのような恋や結婚観を持ってるのか分からない。

 

 恐らく、これは天地や霧恋ですら答えられないだろう。

 

 何故なら西南はそもそも人付き合いさえ、非常に狭い範囲で終わっているのだから。

 

 西南の恋の対象など、霧恋しかいなかった可能性すらある。いや、その可能性が高い。

 

 なので、ここで霧恋と碌でもない別れ方をしたら、確実に西南は誰もが想像出来ない結論を出す。

 そして、それはもう天地や瀬戸ですら変えられないだろう。

 

 その場合、間違いなく瀬戸や樹雷に最悪と言える影響が出る。

 

 そうなれば、その尻拭いを水穂が陣頭指揮を執ることになるだろう。

 今以上に忙しくなるのは想像に難くない。

 

 しかも、霧恋はもちろん、天地達にすらそっぽを向かれる可能性もある。

 

(……下手したら、樹雷が傾くかも……)

 

 水穂は顔を青くして身震いする。

 その様子を見ていたハリベルは、徐に立ち上がり、

 

「せっかくの機会だ。西南のことを天地や月湖、正木の村の者達に聞いておくことだな」

 

 そう言って、家の中へと戻っていく。

 自分が飲んだ分の徳利とお猪口を流しに持って行くと、

 

「随分と脅したねぇ」

 

 鷲羽が苦笑しながら近づいてきた。

 

「……西南は確かに純粋だ。あの悪運の中でも失われない程に。だからこそ、それが奇跡で成り立っているのは想像に難くない。……奇跡で生まれたモノほど、些細なことで崩れやすいモノだ。そして西南の悪運は、その『些細なこと』を引き寄せかねない」

 

「ふむ……確かにねぇ」

 

「西南の精神は歪んでいる。その歪みを理解しなければ、死よりも最悪の事態を招きかねない。宇宙とは……そういうところだろう? 三命の頂神」

 

「……まぁ、ね」

 

「もちろん、更なる奇跡が起きる可能性とて大いにある。だが、私はそれを期待するほど『奇跡』を信じていない」

 

 ハリベルは洗い終えたお猪口などを乾燥棚に置いて、鷲羽の横を通って自室へと向かう。

 

「それに……樹雷の鬼姫のお節介は碌なことにならないというのも有名な噂だ。特にお見合い関係はな」

 

「くっくっくっ!」

 

「そこに柾木アイリまで加わっている。最大限の警戒は必要だろう」

 

「グゥの音も出ないねぇ。あの4人も引き続き、西南殿の傍にいるらしいしね」

 

「……そこもどっちに転ぶか分からん。それによって私も行動が変わる。ならば下手に手を加えず、流れに身を任せた方がまだマシだ」

 

「西南殿相手じゃ、それはそれで大変かもしれないよ?」

 

「だろうな。だが、それならそれで誰も恨まずに済む」

 

 そう言ってハリベルは今度こそ自室へと去っていった。

 

 鷲羽はそれに微笑んで、リビングに戻って水穂や天地達の絡みを観察するのだった。

 

 


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