天地無用!皇鮫后 作:無月有用
夜は更け、姦しい女達の前宴会が終わり、二次会となった柾木家。
ちなみに寂しい男達の宴はまだ続いている。
砂沙美と魎皇鬼は夜遅くなってきたのもあり、先に就寝。
天地は未だ酔っぱらった親父達に捕まっている。天地の次に若者である珀嶺も、天女との仲で揶揄われていた。
そして、女性陣は大浴場で湯に浸かりながら月見酒と洒落こんでいた。
風呂桶に酒とツマミを乗せ、円を組んで駄弁る一同。
ちなみに樹雷陣は湯着を身に着け、それ以外の面々は全裸である。
ハリベルもなんだかんだで付き合っており、魎呼の横で静かに呑んでいた。
「いやいや……お父さんも色々あったのねぇ」
天女が溜息をつきながら淑女会で聞かされた父である信幸の昔話を思い出していた。
それにノイケが首を傾げ、
「今までお聞きになったことはないのですか?」
「お母さんの話はあちこちで聞かされたけど、お父さんの方は全っ然。正木の村ってちょっと特殊だから、親戚関係の話はあまりしないのよ」
「でも、素性を知った後なら色々と聞けるのではありませんか?」
ノイケの言葉に美星も頷いていた。
しかし、天女は意地悪そうな笑みを浮かべ、
「その精神的余裕があればね」
「え?」
「考えてもみてよ。天地の世代ならSFは身近な知識だけれど、私達の時代にはそんなものはほとんどないのよ? 宇宙に上がって見聞きするものを受け入れるだけで必死よ」
天女は生まれて約80年。
地球で初めてロケットが宇宙に到達したのは1942年。初めて衛星が打ち上げられたのが1957年、有人宇宙飛行は1961年。
天女が地球人と思い込んでいた時代はまだまだ宇宙に行くのは計画段階途中だったのだ。
それまでは宇宙と言う言葉や概念はあったが、それは人々の想像でしかなかった世界。
そこにいきなり連れて行かれて、宇宙船を、宇宙ステーションを、宇宙人を――いや、見るモノ全てが見たことも聞いたこともないばかり。
宇宙を知る度にどんどん新しい知識が与えられるのだ。アカデミーや樹雷に関われば、それは更に増える。
家族のことなど聞いてる余裕など、それこそ数十年経たなければ無理な話だろう。
「私達なんて人が空を飛ぶことさえあり得なかった時代だからね」
音歌達は飛行機どころか気球すらまだ存在しなかった時代の生まれ。
宇宙という言葉すら、まだ日本には一般には広まっていなかった時代だ。
それこそ狸にでも化かされたか、実は死んだんじゃないかと思う程の衝撃だったろう。
「それにお爺ちゃんの問題もあるから、宇宙の友人にも私達の素性は話せないし。それなら端から私達にも詳しい話をしないでおこうってことなのよね」
「宇宙に上がって数世代定着した私達も未だに自分の素性は話さないようにしてるから、天女ちゃんが知らないのも無理はないわ」
正木の村の住民達は、宇宙では基本樹雷出身の一般市民として公表されており、地球出身とは知られていない。真実を知らない者達にとって、【正木の村】とは第一皇妃 船穂の故郷である地球の『管理者』という役職、職場の名称でしかないのである。
そして、ある程度事情を知っている者でさえ、公式には『船穂の妹の子孫』としか教えられておらず、遙照や阿重霞達のことは九羅密本家上層部、樹雷皇家上層部、そして瀬戸の部下達しか知らない。
もし今のまま素性を明かせば銀河法違反となり、宇宙に上がることを認められなくなる可能性が高いのだ。最悪は不法占拠として訴えられ全員捕縛。西南の家族やまだ宇宙人であることを知らない海などは記憶を操作され、正木の村のことはなかったことにされるだろう。
「瀬戸様は正木の詳しい系譜やプロフィールを管理しているけれど、お父様の公式な生存発表がされるまでは極秘扱いね」
水穂は酒を一口含むと、あることを思い出して玲亜に顔を向けた。
「ああ、それで思い出した。瀬戸様から玲亜さんの情報を調べてくるように言われてたんだわ」
その言葉に水穂とハリベル以外の全員が僅かに驚きを露わにして顔を見合わせる。
そして、揃って玲亜に顔を向ける。
「え? もしかして、誰も知らないの……!?」
まさか天女や水音達すら知らないとは、水穂も流石に思っていなかったのだ。
「ねぇねぇ、玲亜ちゃんってどこの生まれなの? 正木の人間ではないのよね?」
水音が明るい調子で訊ねる。
玲亜はそれに気分を害する様子もなく、明るい笑みで答える。
「はい、私は【ジェミナー】と言われている
「へぇ、そうなん…だ……」
水音は普通に頷いたが、内容の意味を理解して尻すぼみになっていく。
他の者達も、鷲羽さえも数秒ポカンとし、ようやく内容を理解して驚いて揃って玲亜に詰め寄った。
ハリベルも詰め寄るまではしなかったが、流石に僅かに驚きを顔に浮かべて固まっていた。
「ちょ、ちょっと!? 今なんて!?」
慌てる水穂に玲亜はむしろ何で驚いているのか分からないといった感じで冷静に答える。
「ジェミナーから来たと」
「鷲羽様、ジェミナーって星、ご存じですか?」
「聞いた覚えないけど」
鷲羽は目の前にスクリーンを起動させて検索する。
「ああ、いえ。他の星ではなく、異世界です。別の次元なんですが……」
しかし、それでも誰も得心の得ない表情をしていることにようやく勘違いしていることに気付いた。
「あ、あら? 清音姉様から、お聞きになっていないのですか?」
『うん』
玲亜の問いかけに水穂や天女、水音達、そして何故か鷲羽や阿重霞、美星達すらも頷いた。
「そ、そんな……」
慌てる玲亜に、水穂と天女は頭を抱えた。
「あ、あの子はぁ~……。ここに来て、なんて爆弾を……」
「お母さん……」
「き、清音姉さん……。まさか誰にも言ってなかったなんて……」
「え、まさか、お父さんまで知らないってことはないわよね?」
「いえ、流石にそれはないです。しかし、信幸さんは宇宙に上がったことはありませんから……」
「動いてたのは清音ってわけね。お父さんも多分お母さん達に流石に報告、相談していると思ってただろうから、わざわざ言わなかったんだと思うけど……」
「ってことは、清音殿の研究データがどこかにあるってことかい?」
鷲羽の言葉に天女はハッとする。
「お母さんの亜空間倉庫……! お父さんが管理してるし、お母さんは特に研究にのめり込んでたわけじゃなかったから気にしてなかったけど。まさか、その中に玲亜さんのことが?」
「……だが、そこまで誰にも話さなかった理由はなんだ? 天地の母の死は突然だったことは聞いているが、芝居がかった遺書を作っていたとも聞いたが?」
輪から外れて話を聞いていたハリベルの問いに、今度は玲亜も含めて顔を見合わせる。
清音は老衰でこの世を去った。延命調整をサボったのが死因とされている。
「遺書に関しては、きっとお祖母ちゃんと冗談で作っただけだと思うのよねぇ。でも、誰にも話さなかった理由と言われると……」
「お母さんに知られたらモルモットにされるから……かしらね。他の人にまでとなると……」
「「他の人に盗られたくなかったから?」」
姉と娘の言葉に、玲亜達は呆れるしかなかった。
しかし、疑問はまだ残る。
「でも、亡くなる直前まで研究してた痕跡が全くなかったのは……」
「……天地が生まれたから、かしらね」
天地が生まれてからの清音の関心は全て天地に向けられていた。
初めての息子というのもあったし、更に数年もしたら西南という新たな可愛くもハチャメチャな幼馴染も現れた。
毎日のように怪我をしてしまう可愛い子達に、天真爛漫な清音は毎日が楽しかったのだろう。
子供と言うのは、毎日違う姿を、毎日新しい発見を見せ、毎日何度でも見たくなるものだ。
「そう、ですね。西南君もいましたし」
「そうね。天女ちゃんと入れ替わって宇宙に来た時はいつも天地ちゃんと西南君のことばかり話してたし」
「……子育てに熱中して、研究のことを忘れていたと?」
「いえ、それもないと思います。恐らく、私の事情の問題です」
玲亜が首を横に振ってはっきりと否定する。
「事情って?」
「今言った通り、私は異世界から地球に来ました。しかし、それは偶然ではなく、ある目的のためなんです」
「ある目的のため? 事故でこちらに来たわけではないと?」
「いえ、
玲亜は顔を俯かせて事情を話す。
「そこを清音姉さんに拾って頂き、正木の村に迎えて頂いたんです」
鷲羽は腕を組みながら頷き、
「なるほどねぇ。で、その目的ってのは何なんだい?」
「……こちらの世界の人と作った子供を向こうの世界に送ることです」
告げられた内容に全員が首を傾げた。
「子供を?」
「なんで子供を?」
「こちらの世界の人と私達の間に生まれた子供はとても強いと言われています。そして、その子供をジェミナーに送り返し、ガイアを倒さなければいけないんです」
「ガイア?」
「私達の世界で暴れている敵です。私達の世界では人型ロボットが存在していたのですが、その中でも最強と言われるロボットが暴走して人々を襲い出したんです。古代文明の技術と遺物を使って製造されたため、誰にも止めることが出来なくなってしまって……」
「それで玲亜ちゃんの子供をって? それっていくら何でも悠長過ぎないかしら?」
「……あくまで二次的な計画だったんです」
「じゃあ、必ずしも送り返す必要はないということ?」
「それは……向こうの状況が分からなければ……。本来こちらに来るべきだった姉妹がどうなったのかとか……他の皆も無事なのか……」
玲亜は目尻に涙を浮かべて顔を俯かせる。
天女達は心配そうに玲亜を見つめる。
「鷲羽様。調べることは出来ないんですか?」
「可能だけど、ちょっと時間はかかるよ。まずは玲亜殿がこっちに来た時に通ってきた次元ホールを特定しないとね。それと玲亜殿、後で精密スキャンをさせて貰えるかい? 何故こちらの世界の人間との子供が強くなるのか、どう強くなるのかを把握しときたい」
「はい」
「やれやれ……まさか、こんな大事になるなんて……」
水穂はこの事を瀬戸や船穂達にどう報告したものかと頭痛がしてきた。
「とりあえず、調べるのは明日の結婚式が終わってからにしませんか? 信幸さんはもちろん、遙照様やアイリ様にもお話しなければいけないでしょうし」
再び頭を抱える水穂に、ノイケが空気を換えるように提案する。
ノイケの提案に水穂達はもちろん、鷲羽も同意して話題を変えることにした。
もちろん、話題は――天地と西南についてである。
「それにしても、せっかく西南ちゃんが宇宙に上がってきたのに全っ然会えないのがね~」
天女が伸びをしながら岩にもたれ掛かってボヤく。
「天女ちゃんは地球じゃどうやっても会えなかったものね」
「ホント、お母さんと入れ替わって驚かそうとしたのは失敗だったわ~」
「まだ西南さんには真実をお話ししていないんですか?」
ノイケが首を傾げる。
天女と水穂は同時に頷いて、
「水音達と同じく、今の西南ちゃんは周りから注目されてるから、下手に近づくと詮索されて正木の村のことがバレちゃうかもしれないからね。天女ちゃんもまだお母さんに止められてるの」
「霧恋ちゃんはまだ月湖ちゃんが地球にいるから、西南ちゃんと顔見知りだったって言っても深くは突っ込まれないけど、私達は流石にねぇ」
「この前のアカデミーの騒動を考えれば、下手に教えればどこから情報が漏れるか予想出来ないわ」
「ぐふふふふ! マスターガードと哲学科の集積用サーバーを吹っ飛ばしちまったからねぇ。しかも疑似人格のパーソナルデータでってんだから、あの時は笑っちまったよ」
「笑いごとじゃないですよ。あの時は私達だって心臓止まったかと思ったんですからね!?」
天女は哲学科ではないが、アイリの工房で助手をしているので物によっては集積用サーバーを利用していたのだ。あくまでバックアップ感覚で、見られてもいいデータだけだったので、サーバーが吹っ飛んでも問題はなかったのだが、それも数百年分のデータとなれば絶対ではない。
安全だと思われていたマスターガードとサーバーが、ミラーごと吹っ飛んだなどあの時信じる者はほぼいなかっただろう。
「しかも、その直前にはウィドゥーが自首してきて? 西南ちゃんに捕まった、だなんて意味分かんないことが起きてたし。霧恋ちゃんやハリベルさん達が捕まえた人間狩りやスパイがポンポコポンポコ送られて、私も手伝いに駆り出されて……」
「あの時は流石に瀬戸様やお母さん達も頭を抱えてたわね。西南ちゃんが悪いわけじゃないけど、事が事だったもの。あの時はまだ霧恋ちゃんが西南くんを地球に帰す気でいたから、バレないように色々仕込んだり」
「まぁ、そもそも霧恋ちゃんもやらかした1人なんだけどね」
「でも、やっぱり西南ちゃんのことになると霧恋ちゃん生き生きしてるわよね~」
ニヤニヤしながら言う水音の言葉に、音歌達や水穂は頷いていた。
「まさか林檎様をあんな風に追い返すとは思わなかったわ」
「そうそう!」
「あんな風に、とは?」
ノイケの質問に水音達は顔を見合わせて苦笑する。
「西南ちゃんの報酬金を渡そうと霧恋ちゃんに会いに行ったら、眠らされて、更には時間凍結出来る貴重品ケースに入れて宅急便で水鏡に送り返されたの!」
まさかの内容にノイケや阿重霞は目を丸くし、魎呼とハリベルは呆れる。
「宅急便って……」
「林檎様というと、皇眷族立木家の方では?」
「そうよ」
「……よく立木家の方にそんなことを……」
「立木家ってどんな家なんだ?」
魎呼がノイケに訊ねる。
「樹雷皇族竜木家とその皇眷族立木家は、とても温厚な方々で、特に女性の方々はとても可憐でお淑やかで愛らしいと有名なんです」
「お嫁さんにしたいナンバー1の家系と言えば立木家ってのが銀河連盟の常識になってるくらいなの」
「特に林檎様はその特性が強い方でね、多分霧恋ちゃん、滅茶苦茶罪悪感に襲われてたでしょうね」
「それでも西南ちゃんに近づけたくなかったってことね。ただでさえ、今の西南ちゃんの周りは美人揃いだから」
水穂、天女、水音の言葉に呆れる魎呼と阿重霞。
しかも林檎は自分の愛らしさを自覚していない。そして、更に子犬のように人懐っこいのだ。
尻尾を振りながら満面の笑みで近づいてくる子犬を邪険にするのは普通の人間であれば罪悪感を抱くだろう。
林檎はそれを特に刺激してしまうのだ。
「まぁ、こっちもこっちで美人が2人も増えたけどね」
天女はノイケとハリベルを交互に見て苦笑する。
「ホント、天地もよく我慢出来るわよねぇ。西南ちゃんといい、どこでそんな精神力を鍛えたのかしら?」
「西南ちゃんは霧恋ちゃんや月湖ちゃんでしょうけど、天地ちゃんは誰かしら? やっぱり月湖ちゃん?」
「それはないんじゃない? だって天地ちゃんは少し前まで正木の村を離れて倉敷で暮らしてたし」
水音の疑問に風香は首を傾げながら否定する。
鷲羽はくつくつと笑いながら、
「どうせ魎呼と阿重霞殿の小競り合いと、美星殿の天然で慣れざるを得なかったんだろうさ」
「オメェだって人のこと言えねぇだろ! 何度実験とかほざきながら天地を裸に剥こうとしたんだよ!」
「なるほど……色気に我慢強いんじゃなくて、色気に酔う前にコメディになっちゃったって感じなのね、毎度」
水穂はため息を吐いて、再びハリベルに顔を向ける。
「ってことは、ノイケさんとハリベルさんって、天地ちゃんにとっては初めての色気の強い女性って感じなのかしら?」
「おいこら水穂! アタシらに色気がねぇみたいなこと言うんじゃねぇ!!」
「あ、ごめんなさい。そういう意味じゃなくて……う~ん……なんて言えばいいのかしら。変に構えなくていいからこそ、色気を意識しちゃうんじゃないかってことかしら?」
「「「「ああ……」」」」
水穂の言葉に天女、水音、音歌、風香が納得の声を上げる。
魎呼と阿重霞は喧嘩に発展することが多く、美星も確率の偏りのせいでトラブルに巻き込まれる可能性が高く、鷲羽はマルモットにされかねない。
天地の本能にそれが刻み込まれており、どこか無意識でいつでも逃げられるように構えているのだ。
しかし、ノイケとハリベルにはそんな警戒心を抱く出来事はない。
なので、天地は純粋に2人を女性として意識しやすい精神状態になってしまうということだ。
水穂の推測にノイケは苦笑し、ハリベルは我関せずと猪口を傾ける。
「それにスタイルも抜群だしねぇ」
「ねぇねぇ、いつ天地ちゃんや西南ちゃんが爆発するか賭けない?」
「嫌よ。そんな賭けしたら瀬戸様やアイリ様達も参加して、大事になるのは目に見えてるもの」
「それが船穂様や霧恋ちゃんの耳に届いたら、後が怖いわ」
「うっ……確かに」
水音は音歌と風香の言葉に頬を引きつらせて気まずげに提案を引っ込める。
その後も本人達を前に、盛り上がる外野女性陣。
お酒も回り始めたのもあり、姦しい女子会は深夜まで続いたのであった。