天地無用!皇鮫后   作:無月有用

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仲良くしましょ

 ハリベルの滞在が決まり、とりあえず怪我が治るまでは客室に泊まることに決まった。

 

「ところでよ……」

 

「どうしたの? 魎呼お姉ちゃん」

 

「その恰好、どうにかなんねぇのか?」

 

 ハリベルの過激な服装に魎呼がツッコむ。

 全員がハリベルの服、特に胸から腹部に目を向ける。

 

 天地は僅かに頬を赤くして、顔を背ける。

 何度も女性の裸やハリベル以上に過激な姿を見たことがあるのに、未だに慣れないのだ。

 というよりも、無意識に慣れることを避けている節すらある。

 

「それに髪の色も変わってたじゃねぇか。その見た目だと美星の関係者みたいで落ち着かねぇ」

 

「髪の色?」

 

「……はぁ」

 

 魎呼の言葉に鷲羽以外の者達は首を傾げる。

 ハリベルは小さくため息を吐いて、胸元に触れる。

 

 すると、服が淡く輝き出して、形を変えていく。

 

 数秒と関わらずにハリベルの服装が変わっていた。

 

 上着は白い前合わせのベストになっており、腹部は僅かに臍が覗くだけだった。代わりに腕と胸元が露出して、チョーカーになっているラグリマが姿を現している。

 下半身は袴ではなく、濃紺の生地に右太腿部分に水色の渦水玉の柄が入ったパラッツォパンツに変わっている。

 詰襟で隠されていた顔も露わになっており、更に髪の色も金色がかった銀に戻っていた。

 

「これならば問題ないか?」

 

「あ、ああ……」

 

 魎呼は柾木家にいる女性陣とはまた違う色気に思わず気圧される。

 瀬戸やアイリも素顔までは知らなかったようで、面白そうに観察していた。

 

「ふむ……。美守様に近いところはあるかしら?」

 

「そうねぇ。少し九羅密家よりは冷たい印象を与えるけど。まぁ、美星ちゃんや美兎跳殿には出せない色気だわ」

 

 天地も先ほどの服よりはマシになったが、ハリベルから発せられる色気に直視することが出来なかった。

 魎呼や阿重霞ももちろん女性の体つきだが、纏う雰囲気はやはり若々しい。

 美星も2人とは違うが、性格のせいで色気よりも可愛さが目立つ。

 なので、ノイケが今まで一番『大人の女性』的立ち位置だったのだが、ハリベルの色気とはまた違う。

 

 ノイケが『太陽』ならば、ハリベルは『月』という感じだ。

 

「じゃあ、瀬戸殿とアイリ殿。ハリベル殿への報酬について、こっちで聞こうか。ハリベル殿ももう少し行けるかい」

 

「……問題ない」

 

 鷲羽が階段下のドアを指差しながら言い、瀬戸達も頷いて立ち上がる。

 それを皮切りに天地達もとりあえず、いつも通りの生活に戻るのだった。

 

 

 

 ハリベル達は鷲羽の研究施設へと移動して、円座に座る。

 すると瀬戸がどこかに連絡を取り、鷲羽が端末を操作すると、新たな人影が現れる。

 

 現れたのは金髪に褐色肌をした柔らかい笑みを浮かべた老婆だった。

 九羅密美守。

 GPアカデミー校長であり、九羅密家の実質的な最高権力者である。

 

 美守は一礼して、用意された椅子に座る。

 

「何とか上手く纏まったようで。何よりですわ」

 

「残念ながらまだよ。数日ほど天地殿達と一緒に過ごして決めることになったわ」

 

「おや。いえ、それが普通ですか」

 

「そうだね。瀬戸殿とアイリ殿が少し望み過ぎだよ」

 

「あら。けど、鷲羽ちゃんだって、ハリベル殿は魅力的じゃない?」

 

「そりゃそうだけど。昨日の今日で言うことじゃないだろ? 今回はこっちに負い目があるんだよ?」

 

 珍しく鷲羽が常識的な発言をして、瀬戸達を嗜める。

 瀬戸達は苦笑して、やや気だるげに足を組んで座っているハリベルに顔を向ける。

 

「さて、それではハリベル殿への報酬の内容について話し合いましょうか」

 

「難民への対応は既に始めております。今のところは大きな問題はありません」

 

「アカデミー入学希望者への手続きもつつがなく進んでます。GPアカデミーに関しては、もう少し待ってもらう必要がありますが、数か月問題行為がなければ、特に審査もなく入学できると思われますわ」

 

 美守とアイリがアカデミー関連の報告をし、瀬戸も頷く。

 

「それで他の報酬が、最新型宇宙船と数件の罪歴の抹消ね」

 

「報告を頂いた罪歴に関して調査をしましたが、全て別の海賊……およびGPの汚職であることが判明しました。すでに該当するGP職員は全員逮捕、または降格処分を下しています。海賊に関しても順次手配と捕縛に動いております」

 

 美守がやや苦渋に顔を歪めて報告する。

 

 ハリベルの罪状のいくつかは、海賊と繋がっていたGP職員達による冤罪だったのだ。

 その全てが一般人の殺人などの凶悪犯罪だった。

 

「じゃあ、残るは宇宙船だけってわけだ。で、それを私が受け持てばいいんだね?」

 

「お願いできる?」

 

「流石に魎皇鬼の同型艦は無理だけどね。すでにある船の中身を改造するなら、問題ないだろう」

 

「今回、地球に来た船はこちらが支給した船なの。だから、いつも使ってる船とかの情報はハリベル殿に訊いて頂戴」

 

「あいよ」

 

「それでいいかしら?」

 

 瀬戸はハリベルに訊ね、ハリベルは戸惑うことなく頷く。

 鷲羽の改造はやや不安ではあるが、それでも伝説の哲学士の作品なのだから、使い勝手は良いものとなるはずだ。

 

 なにより、もうこの面子を前にして、今更キャンセルなどと言える気がしない。

 

 鷲羽、瀬戸、アイリ、美守の4人は間違いなくこの宇宙の女傑トップ4である。

 一海賊であるハリベルが敵う相手ではない。

 本来、真面目に要望を応えようとしてくれている方が驚きである。

 

 もちろん、天地の家に住んで手伝いをしてほしいからなのだろうが、それでもここまで迅速に対応してくれているとは考えていなかった。

 

「ああ、そうそう。あなたの部下もすでにこちらで匿わせてもらってるわ。あなたが保護していた人達の移住に感づいた海賊達が動きを見せていたから、樹雷のステーションで過ごしてもらってるわ」

 

「流石にここに連れてくることは出来ないけどね」

 

「……無事ならそれでいい」

 

「じゃあ、私と美守様は仕事があるので、ここで一度失礼しますわ」

 

「ご苦労さんだったね」

 

 アイリと美守は一礼するとそのまま転移する。

 

 2人が消え、周囲に人がいないことを確認した瀬戸は真剣な表情に変わる。

 

「さて……鷲羽ちゃんがいるけれど」

 

「簾座方面の話かい?」

 

「あら、やっぱり知ってたのね」

 

「ハリベル殿が持ってる結晶を調べさせてもらったからね」

 

「なるほど」

 

「瀬戸殿はハリベル殿から聞いたのかい?」

 

「ええ。まぁ、他にも理由があるけれどね」

 

「ということは、ハリベル殿が今回の依頼を受けた本当の理由は簾座関連なのかい?」

 

「……そうだ」

 

 簾座連合は、樹雷が属している銀河連盟とは完全に別物だ。

 銀河連盟と簾座連合の宙域の間には、海賊達が縄張りにしている宙域があるからだ。

 そのため、ほぼ国交は行われていないのが実態である。

 

「アイリ殿達には申し訳ないけれど、流石に簾座との関係をバラすには銀河連盟はまだまだ不安定。あの2人によそ見をさせる余裕はないわ。だから、ハリベル殿の素性については伏せておいてちょうだいね」

 

「分かってるよ。けど、ということは、ハリベル殿が地球に住むのは決まってたってことかい?」

 

「いいえ。そこまでは決めていなかったわ。私達も思いついたのは、一昨日くらいだしね。けど、お手伝いをしてもらうのはすでに確約を貰っていたわ。だから、ハリベル殿の部下をうちで匿っていたの」

 

「なるほどねぇ。じゃあ、私はそこらへんを考慮して色々準備してあげればいいんだね?」

 

「お願いできるかしら?」

 

「問題ないよ」

 

 鷲羽は躊躇なく頷く。

 瀬戸も満足げに頷いて立ち上がって、ハリベルへ顔を向ける。

 

「それじゃあ、しばらくはゆっくりと体を休めて頂戴。それと、天地殿達とも仲良くね」

 

「……努力はしてみよう」

 

「お願いね」

 

 そして、瀬戸も転移するのを見届けて、鷲羽は研究に戻り、ハリベルは体を休めるために治療カプセルで横になるのだった。

 

 

 

 その夜。

 夕食の時間となったが、ハリベルはまだ内臓が回復していないので、本人と鷲羽の判断で止めておくことになった。

 だが、鷲羽の謎のお節介で、食べ終わった頃に治療カプセルから居間に連れ出された。

 

 ハリベルは1人縁側に出て、角の窓の柱にもたれ掛かって腕を組み、夜風に吹かれながら夜空を見上げていた。

 

 魎呼と阿重霞はまだ警戒しており、天地やノイケ、砂沙美はどう声をかけていいのかが分からなかった。

 美星はのほほんとテレビを見て笑っており、鷲羽は新聞を読みながら天地達の動きを観察して楽しんでいた。

 

 そして、最初に均衡を崩したのは、

 

「みゃあ?」

 

 魎皇鬼だった。

 

「ん?」

 

 ビーストモードの魎皇鬼が首を傾げてハリベルに声をかけ、ハリベルは魎皇鬼に顔を向ける。

 

「みゃあ!」

 

「……ふっ」

 

 ハリベルは微笑んで、左手を魎皇鬼に伸ばす。

 魎皇鬼は左手に跳び乗り、肩まで一気に登って落ち着くとハリベルの頬に顔を擦りつける。

 ハリベルは左手で魎皇鬼の頭を撫でて、再び夜空を見上げる。

 

 魎皇鬼は上機嫌にぶら下げた後ろ脚をパタパタさせて、尻尾が揺れていた。

 それに天地達もどこかホッとする。

 

 天地はハリベルの元へと歩み寄る。

 

「……星が好きなんですか?」

 

「みゃあ!」

 

 天地が窓を開けて声を掛けると、魎皇鬼が嬉しそうに天地へと飛び移る。

 天地は魎皇鬼をキャッチして、胸元に抱く。

 ハリベルは一度視線だけを天地に向けて、また夜空へと戻す。

 

「……初期文明の星の夜空は、滅多に見られるものではないからな」

 

「え? けど、宇宙ならもっと綺麗な景色が……」

 

「……そういえば、お前はほとんど宇宙に出たことがないのだったな」

 

「え? あ、はい……」

 

「ある程度文明が発展した星は、気象をコントロールしている。流れる雲や日差しの強ささえも。だから、嵐もなければ雨もない。そして、宇宙に居れば確かに星空ではあるが、代わり映えはなく無機質に見えてくる。……ここのように人の手が何一つ入っていない夜空と言うのは、宇宙に住む者達にとってはあまり見られない風景になってきている」

 

「へぇ……」

 

「宇宙の生活に慣れた大抵の連中は、その不安定な天候は無駄で苛立つのだろうがな……。この星の夜空は、私が如何に本来あるべき命の在り方から外れているのかを教えてくれる」

 

「え……?」

 

 己を否定する言葉を吐くハリベルを天地は小さく驚きながら見る。

 しかし、それ以上ハリベルは何も語らずに、ただ黙って夜空を見上げていた。

 

 話が聞こえていた魎呼と鷲羽は、ハリベルの最後の言葉にどこか寂し気な表情を浮かべていた。

 

 その後、他の者達が就寝するまでハリベルは夜空を見上げ、案内された客間で夜を過ごした。

 

 

 

 

 翌朝。

 夜が明けて間もなく、ハリベルは家の外に出て池の傍に立って、陽が昇るのを見つめていた。

 涼しい風が頬を撫で、その心地よさに目を細める。

 

 すると、少し離れた場所に人の気配を感じた。

 意識をそちらを向けると、どうやら天地のようだった。

 畑の方角に向かっているので、畑仕事に行っているのだろうとハリベルは考察する。

 

 家の中でも砂沙美達がもう起床して、それぞれに活動を始めていた。

 鷲羽が欠伸をしながら縁側に出てきて、身体を伸ばしてハリベルへと歩み寄る。

 

「調子はどうだい?」

 

「……問題ない。戦闘はまだ無理だが、日常生活にはもう支障はない」

 

「そりゃよかった。なら、食事も大丈夫そうだね」

 

 鷲羽は笑みを浮かべながら頷き、家へと引き返していった。

 ハリベルは再び景色に目を移そうとしたが、背後から妙な気配を感じて振り返る。

 

 柾木邸の屋根の上に、3頭身ほどの人形のようなものが座っていた。

 人形はハリベルの視線に気づいて、ふわりと飛んで来る。

 

「ふむ……。我の存在に気づくとはな。柾木天地達をそこそこ追い詰めただけの事はある」

 

「……そうか。お前が訪希深か」

 

「いかにも」

 

 可愛らしい少女にしか見えない訪希深は得意げに頷く。

 これが『頂神』と呼ばれ、全ての宇宙の創造神だというのだから信じられない。

 もっとも普通に考えれば、目の前の姿は仮の姿なのだろうが。

 

 それでもそれなりの圧を感じるので、やはり常軌を逸する存在なのだろうとハリベルは考える。

 

 天地はそんな存在に選ばれたというのに、初期文明の星で畑仕事をしているのだから、違和感しか覚えない。

 逆に言えば、だからこそ瀬戸達が気にかけるのも納得がいくし、勝仁の懸念も頷ける。

 よほどの大物でなければ、天地の存在や真実など受け入れるわけがない。

 

 鼻で笑って手を出して、後悔した時にはもうどうしようもない状況に追い込まれるのだろうと簡単に想像が出来る。

 

「姉様達はともかく、我は必要以上に柾木天地に干渉するつもりはないのでな。お前が柾木天地に成長を促してくれるのは非常にありがたい」

 

「……神と同等以上の存在に成れど、いきなり十全に扱えるわけではない、か」

 

「そういうことだ。その力も精神も、まだまだ成長してもらわねばならん」

 

「……私はあくまできっかけにすぎん。ここからは柾木天地次第だろう」

 

 正直、神の力の扱い方などハリベルに分かるわけがない。

 手伝えと言われてもゴメンである。

 

 そんな事を考えていると、

 

「訪希深お姉ちゃ~ん! ハリベルお姉ちゃ~ん! もうすぐ朝ごはんだよ~!!」

 

 と、砂沙美が明るく声を掛けてくる。

 訪希深はフワフワと家に飛んで行き、ハリベルは「お姉ちゃん」呼ばわりにとてつもない違和感を覚えて眉間に皺を寄せるも、どうしようもないので小さくため息を吐いて家へと足を向ける。

 

 居間にある掘り炬燵になっている座敷に柾木家一同が揃って座る。

 しかし、

 

「……流石に狭すぎじゃねぇか?」

 

 魎呼が少しうんざりしたように呟き、その呟きに阿重霞は小さく頷いて、他の者達は苦笑するしかなかった。

 8畳ほどの座敷、その内2畳ほどが食卓と考えると、流石に10人近くで座り、料理を並べるのは限界があった。

 

 魎皇鬼はビースト化してニンジンを食べるだけなので、場所は取らない。

 訪希深は小さいとはいえ子供サイズなので、合わせて9人座ると流石に狭い。

 

「……私は客室の方で頂こう」

 

 魎呼の呟きが己に対する嫌味だとしっかりと受け取ったハリベルも流石に狭くて邪魔でしかないと判断し、目を伏せながらそう言って立ち上がろうとする。

 それを天地と砂沙美、ノイケが慌てて止める。

 

「それは……!」

 

「そうだよ! 別に食べられないわけじゃないし! 1人だけ別なんて寂しいよ!」

 

「掘り炬燵はすぐに拡張できますから。そうですよね? 鷲羽様」

 

「まぁね。なんだったら、拡張空間にでもするかい?」

 

「さ、流石にそこまではいいかな……」

 

 楽しそうに笑みを浮かべる鷲羽に、天地は困った笑みを浮かべながら止める。

 天地達のやり取りにハリベルは小さくため息を吐いて、大人しく座り直す。

 それに天地やノイケ達はホッとして、改めて朝食を食べ始める。

 

 ハリベルは慣れた手つきで箸を使って、焼き魚を口にする。

 その様子を砂沙美とノイケが食べながら注目しており、口に合うかどうか内心ドキドキしていた。

 

 ハリベルは呑み込むと、

 

「……美味いな。ここまでの味は初めてだ」

 

 笑みを浮かべながら感想を言う。

 それに砂沙美とノイケは顔を見合わせて笑い、天地も笑みを浮かべる。

 魎呼と阿重霞は少し気まずそうにするが、流石に食事時にこれ以上空気を悪くしたくなかったので、大人しく食事を続けるのだった。

 

 

 食事を終えた天地と魎皇鬼は畑に向かい、砂沙美とノイケは家事、鷲羽は早速掘り炬燵の拡張、美星はパトロールで出勤、魎呼と阿重霞はいつも通り好きに過ごしていた。

 

 魎呼は定位置である天井の梁で寝転んでいると、

 

「……あん? おい、アイツの姿が見えねぇけど、どこ行ったんだ?」

 

 魎呼はハリベルの姿が見えずに、ソファで編み物をしていた阿重霞に訊ねる。

 もちろん阿重霞が知るわけもなく、

 

「あの者の行方などわたくしが知るわけないでしょう」

 

「そりゃそうか。おい、鷲羽」

 

「ん? ハリベル殿なら、家の周りを散歩するって言って出かけたよ」

 

「はぁ? ったく……いい気なもんだぜ」

 

「まだ勝てなかったこと根に持ってんのかい?」

 

「はぁ!? ん、んなわけねぇだろ!? そもそもアタシゃ負けてねぇ!!」

 

「くくくっ! 別に負けたなんて言ってないだろ? 負けてないけど、勝ってもないからねぇ。もっとも、本気になったハリベル殿の最初の攻撃を喰らってたら、どうなってたことやら」

 

「「ぐっ……!」」

 

 鷲羽の言葉に魎呼はもちろん、阿重霞も顔を顰めて言葉に詰まる。

 2人の反応に鷲羽は声を出さずに笑うのだった。

 

 その頃、ハリベルは柾木神社近くの森へと足を進めていた。

 

 そして、小さな池の傍に立派な樹が立っていた。

 

「……これは……」

 

 ハリベルはその樹から、天地に似た力の気配を感じた。

 

「……そうか。お前が第一皇子の皇家の樹か。〝船穂〟……と言ったな」

 

 ハリベルが名を呼ぶと、葉から光が発せられてハリベルの身体に当てられる。

 神経光はこそばゆかったが、ハリベルは敵意がないことは分かっていたのでしばらく好きにさせる。

 すると、背後から近づいてくる気配を感じた。

 

「もう体は良いのかの?」

 

「……日常生活を送る分にはな。それにしても……地に根付いた皇家の樹がここまで力を維持しているとはな」

 

 ハリベルは神経光を浴びながら、勝仁に顔を向けることなく返答する。

 

「まぁ、儂も驚いておるよ。おかげで儂もここまで生き永らえ、樹雷に戻ることも出来る」

 

「……驚いたな。お前はあまり樹雷皇になりたいと思っているようには見えなかったが」

 

「……否定はせんよ。地球に来た当初は一度全てを諦めたからの。船穂の力は衰えると思うておったし、魎呼の封印もあったし、何より……この地にも妻や子も出来てしもうたでな」

 

 勝仁は少し寂しそうな声色で言う。

 

「しかし、魎呼は天地と繋がり、神我人は倒れた。最初は天地を樹雷皇にとでも思うたが、あれはもはや樹雷程度では収まるまい」

 

「だろうな。始祖樹〝津名魅〟すらも超える存在となり、創造の三神に見初められた柾木天地を樹雷に引き込めば、間違いなく銀河連盟だけでなく、海賊とのパワーバランスも崩壊するだろう。その周りにいる女達も付いてくれば、尚更周囲に与える衝撃とプレッシャーは大きい」

 

「……うむ。しかし、柾木の血を引く以上、素性を知れば樹雷皇にと望む声は決して少なくないじゃろう。ならば祖父であり、現樹雷皇の長子である儂が皇位を継げば、ある程度不満は抑え込めると考えておる。鷲羽殿の力を借りれば、船穂も船に戻れるじゃろうしの。そうなれば、正木の村の者達も、大手を振って樹雷に住める」

 

「……初期段階文明の星とは言え、通信環境も発達してきているようだな。星の人口も増えれば、余所者も増える。いつまでもこの地の真実を隠せるわけでもない…か」

 

「うむ……。もちろん、それまでに地球が惑星間航行を為せれば話は変わってくるがの」

 

「可能性は低そうだがな」

 

「かも、しれんの。さて……天地達とはどうじゃ?」

 

「……どうもない。私は怪我をした客人でしかないからな」

 

 襲い掛かって3日、事情が判明して2日だ。

 しかも、いきなり「これから一緒に暮らせ」と言われて納得出来るわけはないだろう。

 特に言い出したのが瀬戸とアイリなのだから。

 

「ふむ……。まぁ、焦ってもしょうがあるまい」

 

「……お前は私が簾座の者だと鬼姫から聞いているな?」

 

「……誤魔化すだけ無駄じゃな。聞いておるよ。何故こちらに来たかまでは知らんがな」

 

「……鬼姫もお前も、そして白眉鷲羽も。柾木天地がいずれ簾座に関わると踏んでいるわけか……」

 

「儂はあくまで可能性の1つとして、じゃがの。身内に伝手があれば、もしもの時に動きやすいだろうというだけのことじゃ。瀬戸様はどう考えておるかは図りかねるがの」

 

「鬼姫のことだ。海賊の勢力圏を削いで、いずれは簾座も引き込むつもりなのだろう」

 

「その可能性は高そうじゃのぅ」

 

 勝仁は顎を擦りながら苦笑し、ハリベルは船穂に背を向けて歩き出し、勝仁の横を通り過ぎる。

 

「天地達をよろしく頼む」

 

「……まだそこまであの者達に情が湧くわけもない。頼まれても困る。……だが」

 

「ん?」

 

 勝仁はハリベルに振り返り、ハリベルも足を止めて周囲の木々を見つめる。

 

「この地は……好ましいと思っている」

 

 ハリベルは呟くように言って、また歩き出す。

 勝仁はその背中を見つめながら微笑み、己の分身に顔を向ける。

 

「どうじゃ、船穂。あの者は好きになれそうか?」

 

 その問いに船穂は神経光を嬉しそうに乱れ放つ。

 勝仁は微笑ましくその様子をしばらく見つめ続けるのだった。

 

 

 

 ハリベルは畑へと足を進めた。

 

 見渡す限りのニンジン畑。

 これが売り物ではなく、ほぼ身内で消費しているなど想像出来る者はいないだろう。

 ハリベルは農業に詳しいわけではないが、畑によって土の色や状態が異なっているのが見て取れた。

 

 どうやら様々な条件を作り出して、ニンジンを育て比べしているようだった。

 

 そして、少し先にある畑に天地と人型の魎皇鬼の姿があった。

 天地は1人で鍬を振って土を耕しており、魎皇鬼はその近くで遊んでいる。

 すぐ近くにはニンジンがたんまり入った籠が置かれていた。

 

(……あの時も1人で作業をしていたな。……神を超える存在が、ニンジン畑か)

 

 ハリベルはあまりの落差に思わず笑いがこみ上げる。

 ゆっくりと天地達の元へと歩み寄る。

 

 先に魎皇鬼がハリベルに気づいて、嬉しそうに駆け寄っていく。

 

「みゃあーん!!」

 

「ん? あ……」

 

 天地もハリベルに気づいて、作業を中断する。

 駆け寄ってきて足に抱き着いてきた魎皇鬼の頭を優しく撫でるハリベルは、ゆっくりと天地の方へと歩く。

 

「……いつも1人で作業をしているのか?」

 

「え? い、いえ……ノイケさんも家事が落ち着けば来てくれますから」

 

「みゃあみゃあ!!」

 

「ん? ふっ……そうか。お前も手伝っているのか」

 

「みゃあん」

 

 魎皇鬼の可愛い抗議を理解して、微笑みながら頭を撫でる。

 魎皇鬼は気持ちよさそうに顔をほころばせる。

 

 それに天地も自然と笑みが浮かぶ。

 

(……やっぱり、とても優しい人なんだな)

 

 ハリベルは魎皇鬼を撫でながら、畑に目を向ける。

 

「樹雷皇の曾孫で、神を超えた男が畑仕事か。無欲なものだ」

 

「あははは……。俺自身は普通の地球人……のはずだったんですけど……。樹雷皇の血筋と言われても、俺は樹雷はもちろんアカデミーや他の星に行ったこともないですし。訪希深さん達を超えた存在っていうのも、実感が湧かなくて……」

 

「……宇宙に出たいと思ったことはないのか? お前や周りにいる者達の力ならば、樹雷や世二我すらも平伏すだろう」

 

「……そんなことしても得る物なんてないと思いますし、皆にそんなことさせられません。そんなことをした人達の末路を見たこと……いえ、倒したこともありますから」

 

「……」

 

「もう普通の地球人として生きるのは難しいんだろうけど……それでも地球でやりたいことがなくなったわけじゃないですから。寿命が延びたなら、せっかくなのでやりたいことをやれるだけやってみようって思ってるんです。宇宙に行くのは、それからでもいいかなって……」

 

「……なるほど。(確かに……樹雷皇に収まる器ではないな。良くも、悪くも)」

 

 地球の常識、宇宙の常識、樹雷の常識、そして高次元生命体の常識。

 その全てをいきなり受け入れて、存在に相応しい生き方をしろと言われても無茶な話だろう。

 数年前まで宇宙人すら、空想上の存在として見ていたのだから。

 

(……恐らくは無意識の防衛本能。己の本質が地球人であるということを見失わないようにするため、か)

 

 目まぐるしく変化していく自身に、周囲の人間関係や環境。

 己の意志に関わらず、その力ゆえに嫌でも巻き込まれていく。

 普通ならば精神が歪んでしまいかねない。

 

 ハリベルは天地の境遇に内心同情する。

 もっとも、自身もまた天地を巻き込む要因の1人なのだが。

 

「これ以上は邪魔になるな」

 

「あ、いえ、そんなことは……」

 

 ハリベルは最後に魎皇鬼の頭を一撫でして、畑の隅に置かれている籠に歩み寄る。

 そして、それを左腕一本でヒョイと持ち上げて肩に担ぐ。

 

「あ!? ハ、ハリベルさん!?」

 

「どうせ持って帰るのだろう? 何もせずに散歩しているのも悪いからな」

 

「け、けど……」

 

「気にするな。この程度、私には大した重さではない」

 

 ハリベルは左人差し指だけで籠を持ち上げて見せる。

 それに天地は征木家にいる女性全員が自分以上に力持ちであることを思い出した。

 

「生体強化した者ならば、人1人くらいは軽く担げる」

 

「そ、そうですか……。いや、そうじゃなくて!」

 

「ではな」

 

「あ……!」

 

 そもそも客人に運ばせるのが気が引けるのだが、ハリベルはそれを無視してさっさと歩き出す。 

 

 天地は右手を伸ばして唖然としたまま、ハリベルの背中を見送るしかなかった。

 

 

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