天地無用!皇鮫后   作:無月有用

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鮫は海上に上がる

 ハリベルの独白を聞いた夜。

 

 鷲羽はアイリの執務室に移動して、瀬戸、アイリ、美守と円座になって報告会をしていた。

 

「ふむ……。天地殿の家の雰囲気が怖い、か。それは予想していなかったわ」

 

「まさか生体強化で記憶を失っていたなんてね……」

 

「よくあそこまで気高さを保っていたものですねぇ。大抵は己を抑え切れずに暴れ回るものですが……」

 

 瀬戸、アイリ、美守がハリベルの話を聞いて、少し悲し気に目を伏せる。

 

 流石に瀬戸達もハリベルの細かい過去までは知らなかった。

 

「まぁ、ある意味あの家に住むのは、彼女にとって大事なことかもしれないけどね。魎呼や阿重霞殿も話を聞いてからは警戒心はなくなったけど、逆に留めるのも難しくなった感じもある」

 

「そうねぇ……」

 

「天地ちゃんはどうなんですか?」

 

「気にかけて、悩んではいるみたいだけどねぇ。流石にただの同情だけで話せる話題でもないし、きっかけも中々見つからない。何より、そこまでしてハリベル殿を止める理由も信頼関係もまだお互いにないって言うのが問題だね」

 

「かと言って、私達で取り持てることでもありませんねぇ」

 

「ハリベル殿の部下はどうなんだい? 何か取っ掛かりみたいなのはないのかい?」

 

「その子達は数年前に引き入れた子達らしくてね。ハリベル殿の詳しい過去は聞かされてないみたいなのよ。今回の依頼の際には、他の信頼してる海賊に移籍させようとしてたし。まぁ、本人達が嫌がって、結局今は水穂ちゃんの部下として訓練させてるけど……」

 

「ってことは、基本的には瀬戸殿の部下って感じかい? ハリベル殿は使い捨ての子飼いにされる、みたいなこと言ってたけどね。くくくっ!」

 

「そう言うと思ったから、厳密には水穂ちゃんの部下ってことになる予定よ。だから、使い捨てにされることはないでしょ」

 

 瀬戸は不貞腐れたように言うが、水穂は瀬戸の副官なので結局は瀬戸の部下であることは変わらない。

 しかし、危険な任務の場合は、水穂の許可を貰わねばならず、瀬戸よりも水穂の命令権が上位となる。

 

 なので、()()マシではある……はずである。

 

「まぁ、水穂殿なら、天地殿達を悲しませるようなことはさせないだろうね」

 

 鷲羽は苦笑しながら頷く。

 

「それにしても、ハリベル殿がどうなるかは鷲羽ちゃんでも分からないの?」

 

「いやぁ~……天地殿に深く関わることになると、予知が難しくなってねぇ。かなりの不確定要素が入る様になったんだよ」

 

「あらまぁ……」

 

 鷲羽は力を封じていても、頂神であることを思い出した今、その権能を使うことが出来る。

 なので、本来ならば全知全能を以て、未来を知ることも出来るのだが、天地が頂神を超える超次元生命体としての可能性に目覚めたことで、天地が関わる事柄に関しては、鷲羽達の力が手出しできないようになってきているのだ。

 

 今回はもろに天地に関わることなので、鷲羽達の予知も大きくノイズが走っていた。

 

「けど……」

 

「ん?」

 

「逆に言えば、ハリベル殿はまだ天地殿とは縁が切れない可能性が高いってことだね」

 

 これで天地と縁が切れるのであれば、未来では鷲羽の力が届くはずだ。

 しかし、それが未だ届く気配がないということは、そういうことである。

 

 それを聞いた瀬戸は満足げに頷いて、

 

「では、今は天地殿の男気に任せるとしましょうか」

 

「けど、これでまた地球の戦力が恐ろしいことになりますね。ホホホ」

 

「全くだわねぇ……。遙照君も樹雷に戻った時は大変ねぇ」

 

「アイリ殿が樹雷皇妃になることに比べれば、私らのことなんて大したことじゃないよ」

 

「……確かに……ちょっと嫌ねぇ」

 

「嫌なら、私は別にならなくても構いませんけどね。そっちの方が樹雷にとっては嫌ではありませんか?」

 

「……確かに」

 

 勝仁が樹雷に戻った際に、アイリが皇妃になってもならなくても、大問題になる気しかしない。

 しかし、外で好き勝手される方が、暴走した際に抑えきれずに苦情が全て樹雷に来るかもしれないので、それもそれで困る。

 

 瀬戸は来るかもしれない未来に盛大に顔を顰める。

 

「遙照殿に誰か紹介しようかしら……」

 

「それでもアイリ殿と縁が切れないんだから、無駄だよ無駄」

 

「それもそうねぇ」

 

 遙照の妻であることに変わりはなく、瀬戸の副官である水穂の母で、天地の姉である天女、そして天地の祖母なのだから、樹雷にとって超功労者であることも変わりない。

 なので、生きてる以上、樹雷がアイリを無下に扱えないのだ。

 

 今は瀬戸であり、遙照の父母である阿主沙と船穂、そしてお守りとして美守がいるから、そこまで被害がないだけである。

 更に鷲羽の弟子になったので、鷲羽も抑えに回れるようになったことも大きい。

 

「話を戻して。とりあえず、私はハリベル殿に渡す予定の宇宙船の製造に取り掛かるよ。その後に今使ってる宇宙船も改造するからね。それでいいんだろ?」

 

「ええ、お願い」

 

 鷲羽の問いかけに瀬戸は頷いて、今日は解散となった。

 

 

 

 翌日。

 昨日よりは雰囲気は和らいだが、それでも天地の表情はまだ暗かった。

 それを魎呼達は心配そうに見つめるが、内容が内容なので声を掛けられない。

 

 ハリベルも自分から解決するつもりもないので、黙々と食事を続ける。

 現状の方がこのまま去るには、むしろ良いと判断したからだ。

 

 食べ終わった天地はいつも通り畑に出かけ、ハリベルも気まずい雰囲気ながらも手伝う。

 今日も猛スピードで畑仕事が終わったため、午後の畑仕事は休みとなった。

 

 ハリベルはデッキに胡坐を組んで座り、風で揺れる波音と遠くから聞こえる葉が揺れる音に耳を傾ける。

 

 ちなみに昼食時に鷲羽からラグリマを返してもらっており、今はチョーカーとして胸元に鎮座している。

 

 精神統一の如く目を閉じて、しばし自然と溶け込む。

 そこにゆっくりと近づいてくる人の気配。

 

 ハリベルは目を開いて、

 

「……柾木天地か」

 

 未だ複雑な表情を浮かべて近づいてきた天地は、当てられたことに少し驚く。

 

「あ、はい……。その……隣、いいですか?」

 

「……好きにしろ」

 

 ハリベルは胡坐を解いて、左脚をデッキから投げ出して右膝を立てる。 

 天地はその横に両足を投げ出す形で座り、すぐ下の水面を見つめるように俯く。

 

 5分ほど互いに黙ったままだったが、意を決した天地がゆっくりと口を開く。

 

「ハリベルさんは……」

 

「……」

 

「なんで、海賊になったんですか?」

 

 話をしようにも天地はハリベルが何故海賊を始めたのかを知らない。

 そこを知らなければ、自分がどうしたいのか、どうすべきなのか、はっきりしないと思ったのだ。

 

「……海賊は樹雷を始めとする銀河連盟には属していない者達であるということは理解しているか?」

 

「……少しは、ですが」

 

「では、宇宙にある全ての国家が銀河連盟に属しているわけではない、ということは?」

 

「それは……始めて聞きます。けど、なんとなく想像は出来ます」

 

 そもそも天地は樹雷以外の国家をほとんど知らない。

 美星の実家である九羅密家が率いる世二我という国も名前程度だ。

 

 なので、銀河連盟がどれほどの規模なのかも知るわけはない。

 しかし、海賊がいる以上、全ての国がそこに属しているわけはない事も何となく理解出来る。

 この地球とてそうなのだから。

 

「私の故郷は、簾座連合と呼ばれている銀河連盟とは異なる勢力に属している」

 

「簾座連合……」

 

「銀河連盟と簾座連合の間には、海賊の支配宙域があり、樹雷やGPの力も及ばない。そして、樹雷ほどの力のある国でもない。それ故に近年では銀河連盟で儲けることが出来なくなった海賊達が、簾座に流れてくるようになった」

 

「……もしかして、海賊に故郷を?」

 

「いや、滅ぼされたわけではない。しかし、このままでは被害が増える一方だということで、樹雷やアカデミーの戦力をどうにかして手に入れて簾座へと持ち帰れないか、という話が持ち上がった」

 

「……まさか」

 

「そう。私は海賊として銀河連盟の支配宙域に入り、銀河連盟の力を手に入れるための工作員だ。使い捨てで戻れたら奇跡、だがな。成功するなど期待されておらず、恐らく私は簾座では死んだ扱いになっているだろう」

 

 スパイで海賊などバレたら、国として認めるわけにはいかない。

 銀河連盟に隙を作るわけにはいかないのだから。

 なので、ハリベルは国から出た時点でその存在を消されていると考えている。今の状態で戻っても、ただの海賊として殺されるだけだろう。

 

「そんな……」

 

「だが、別ルートでアプローチをしている者達を見つけた。その者達をフォローすれば、最低限の義理は果たしたことになるだろう。私の犠牲にも意味が生じる」

 

「……それが今回の依頼を受けた理由、ですか?」

 

「ああ。このことを知っているのは、樹雷の鬼姫、白眉鷲羽、柾木勝仁、そしてお前だけだ。私の部下すらも知らない」

 

「……なんで、それを俺に?」

 

「命を狙ったのだ。理由を話すのが筋だろう」

 

 ハリベルの言葉に天地はますますこのままではいけないと強く思う。

 

 ハリベルの言葉からは、どうにも自分が犠牲になることを受け入れている雰囲気を感じるのだ。

 自分が犠牲になることに疑問すら感じていない様子に、天地は怒りすら覚えてきた。

 

 もちろん、それは地球人としての感性であることは理解している。

 しかし、魎呼や阿重霞達とはそれで今まで暮らしてきた。

 恋愛などに関しては未だに慣れないが、それでも決して命に関する価値観が大きくズレているわけではないと感じている。

 

 天地はこれまでの話を聞いて、ハリベルは神我人に操られた魎呼と同じではないかと思っていた。

 

「……辛くはないんですか?」

 

「……それは平穏を常にしてきた者が抱く感情だ。私にはこの生き方を辛いと言える過去がない」

 

「なら、今からでも遅くはないと思います」

 

「……」

 

 ハリベルは僅かに目を見開いて、天地に目を向ける。

 天地は柔らかい笑みを浮かべながらも、まっすぐにハリベルを見ていた。

 

「知らないならば知ればいいと思いますよ。幸い…なのかは分かりませんが、寿命が数千年もあるんですから。少し平穏を生きるくらい、許されるはずです。それに……それを知らないのに犠牲になるって言うのは……なんて言うか……少し、ズルい気がします」

 

「……ズルい、か」

 

「すいません。けど、今のハリベルさんが言う『犠牲』は……少し、軽いと思いました」

 

「……」

 

 天地は顔を俯かせながら、それでもはっきりと言い切る。

 ハリベルは池の水面に目を向けて、そこに映る己の顔を見つめる。

 

「……ふっ」

 

 天地の言葉を心の中で反芻したハリベルに湧き上がった感情は、己に対する嘲笑であった。

 

「ハリベルさん……?」

 

「ズルくて、軽いか……。初めて言われたな」

 

「あ、す、すいません。や、やっぱり俺なんかが何言ってるんだって感じですよね」

 

「いや、お前は正しい」

 

「え?」

 

「私は、逃げていたのだろうな。光も届かぬ暗い深海から、光に溢れた海面に上がることが。一度壊れた私の世界が、もう一度壊れるかもしれないことを恐れ、目を背け、『故郷のために犠牲となる』と言う聞こえの良い言葉に、酔いしれていた……」

 

 気づいてはいたが、ずっと目を背けていた事実。

 宇宙に居続ければそれでも問題はなかったのだろうが、ここは、ここにいる者達はそれを許してくれなかった。

 

 これが瀬戸や鷲羽達が狙っていたことかどうかは分からない。

 いや、知らなくてもいいだろう。

 その方が……嬉しいと思う。

 

 そう、ハリベルは想った。

 

 その想いに、ハリベルは無意識に目を瞑って儚げな微笑みを浮かべる。

 

 天地はその微笑みに一瞬見惚れ、直後顔を赤くして誤魔化すように小さく咳払いをする。

 

「ん、んんっ! す、すいませんでした。色々と好き勝手言ってしまって!」

 

「……気にするな。と言っても、気にするのだろうな、お前は」

 

 ハリベルは慌てたように話す天地に、目を細めて微笑みながら言う。

 その慈愛の籠った笑みに天地はまた顔を赤くして、慌てて立ち上がる。

 

「お、俺、じ、神社の掃除に行くので! こ、ここで!」

 

 天地は逃げるかのように走り去る。

 ハリベルは苦笑しながら立ち上がり、家へと振り返る。

 

 すると、魎呼、阿重霞、鷲羽、砂沙美、ノイケが家の中からこっちを覗いており、ハリベルが振り向いた瞬間、鷲羽を除いた4人が慌ててそれぞれの仕事に戻っていった。

 

 ハリベルはゆっくりと歩いて、家へと戻る。

 家の中へと入ると、魎呼は梁の上で寝転んでいるが、意識がこっちに向いているのがバレバレで、尻尾も激しく揺れている。

 

 鷲羽は堂々と腕を組んで、ニヤニヤしながらハリベルを見上げる。

 

「何を話してたんだい?」

 

「……訊ねる必要はあるのか?」

 

「んふ♪ ないわよ♪」

 

「なら、答える必要もないな。だが……」

 

「だが?」

 

「どうやら深海にも、光は届くようだ」

 

「……そうかい」

 

「厄介な男だ。生き方と存在が釣り合っておらず、鈍感のように振舞っているくせに人の心に鋭く切り込んでくる。20年も生きていない少年とも言える若者に、ここまで打ちのめされるとはな」

 

「くくくっ! いい男だろ?」

 

「……そうだな。お前達が惹かれた理由が、よくわかった」

 

「強敵は多いよ? ま、私は面白いからいいけどね」

 

「ふっ……。今は光に慣れるので精一杯だろうからな。しばらくは、近くで眺めるだけで満足できそうだ」

 

「くくっ! それはそれで楽しいだろうさ」

 

「……かもしれんな」

 

 面白そうに笑う鷲羽に、ハリベルも小さく笑みを浮かべる。

 

 2人の会話を聞いていた魎呼は、また女の住人が増えそうなことにため息を吐くも、ハリベルの心境の変化に小さく笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 その夜。

 

 朝や昼とは違い、和やかな雰囲気で食事を迎えた。

 

「ハリベルお姉ちゃん、本当に明日帰っちゃうの?」

 

 砂沙美の問いかけに、天地達もハリベルを見る。

 

「……そのつもりだったがな」

 

「だったってことは……」

 

「ある男にこのまま戻るのは逃げているようでズルいと言われてしまったのでな。人の生き方に口を出した責任は取ってもらうつもりだ」

 

「じゃあ!」

 

 砂沙美は輝かんばかりの笑みを浮かべる。

 それにハリベルは苦笑して、天地に目を向ける。

 

「平穏を知れと言ったのだ。お前に教えてもらうのが筋だろう?」

 

「あははは……。そう、ですね……」

 

 天地も確かに少し踏み込み過ぎた発言をした自覚もあるので、苦笑するしかない。

 魎呼と阿重霞は少し不満気な表情を浮かべるも、仕方がない部分もあるので文句を口にすることはなかった。

 

「だが、九羅密美星同様、鬼姫の手伝いで宇宙に上がることはそれなりにある。偽装とは言え海賊行為も続けることになるだろうしな。毎日この家にいるわけではないはずだ」

 

「え……海賊、続けるんですか?」

 

「あくまで偽装だろうね。恐らくアイリ殿や美守殿が指示した輸送艦を襲って、そのまま裏で荷物を返すっていう茶番さ」

 

 鷲羽の説明に、魎呼や阿重霞達は呆れる。

 

「他にも他の海賊に物資を流さしたりして、情報を探らせるつもりなんだろうさ」

 

「大丈夫なんですか?」

 

「普通に海賊するよりは安全だろうさ。瀬戸殿もサポートするし、私も装備を提供するしね。あくまでメインは情報収集だよ」

 

「けど、瀬戸の奴ならコイツ以外にもいるんじゃねぇのか?」

 

 魎呼の疑問に阿重霞達も頷く。

 鷲羽もそれには同意するように頷くが、

 

「聞いた話だと、近いうちに海賊達に対して大掛かりな作戦を行うつもりらしいよ。それで実力があるハリベル殿を引き込んでおきたいんだろうさ」

 

「へぇ~」

 

 どうでもよさそうに相槌を打つ魎呼に、天地達は苦笑する。

 

 こうしてハリベルは柾木家に居候することが、サラッと決まったのだった。  

 

 

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